筑紫の国の片隅で…

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沖縄と在日米軍

沖縄の在日米軍基地がある地元の人達と、在日米軍との交流については沖縄メディアは勿論のこと、

大手マスコミやNHKも黙殺して報道することはありません。
下の産経新聞の記事で触れていますが、東日本大震災後から在沖縄海兵隊と気仙沼市大島の
子供達との交流が続いていることなど、殆どの国民が知らないのではないでしょうか。
1月11日から14日まで、大島小と大島中の生徒24人がホームスティ・プログラムに参加しました。
大島の子供達は、在沖米海兵隊基地キャンプ・フォスターのホストファミリーのもとにホームスティし
様々な交流プログラムに参加、海兵隊員やその家族と一緒に楽しい4日間を過ごしたようです。

 

 

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~2013年2月19日 産経新聞より
沖縄と米軍 もう一つの顔
今月6日、那覇市内で「本物のアメリカン・ミュージックの夕べ」と題するコンサートが開かれた。
主催者は「沖縄キーストンライオンズクラブ」で、主役は太平洋地域で、国境を超えた音楽親善
大使としてさまざまなコンサート活動を展開している米空軍太平洋音楽隊アジアに所属する
7人編成のバンド「パシフィック・トレンズ」。
午後7時から始まったコンサートは、開演と同時に250人が入れる会場が満席に。
メンバーは1時間半の間に1960年代から最新のヒットチャートまで、ポップやロック、ジャズなど
17曲を演奏、そして歌い上げ会場を興奮の渦に包んだ。
圧巻だったのは、沖縄民謡の「芭蕉布」。この日のために2カ月かけて特訓したという成果が表れ
独特の節回しを流暢な日本語で歌い上げると、会場は興奮の坩堝(るつぼ)と化した。
沖縄というと「反米闘争」という印象が強い。だが、決して反米感情だけが強いわけではない。
演奏終了後、主催者が集計したアンケート結果を見ると
「質、レベルが高く聞きごたえがあった」「笑顔とユーモアが素晴らしい」「日本語の歌をあんなに
上手に歌えることに驚いた」「母が泣きながら聞いていた」…。さらに、「日米友好のために頑張っ
てください」「暗いニュースが続いているが、このような交流は継続すべきだ」という声も。
米軍の活動はこうした活動にとどまらない。来月、東日本大震災から2年を迎えるが、震災を契機
に在沖海兵隊と甚大な被害を受けた宮城県気仙沼市大島の子供たちとの交流が続いている。
気仙沼港からフェリーで25分程かかる大島は、震災後、本土から支援を受けられない日が続いた。
この間、海兵隊は支援物資を運び、島の清掃や復旧活動を展開。その結果、信頼関係が醸成され
青少年異文化交流プログラムが計画された。その一つがホームステイへの招待だ。
1月11日から14日まで、大島小と大島中の生徒24人が海兵隊のホストファミリーとともに過ごし
アートクラフトやホストファミリーの子供たちが通う学校での半日体験入学などを経験した。
こうした米軍と日本人との触れ合いは、殆ど報じられることはない。
沖縄は、反米軍基地闘争の拠点であり続けなければいけないからだ。
米軍の活動を特段持ち上げるつもりはない。
だが、米軍との交流が存在することも沖縄のもう一つの顔だ。
(那覇支局長:宮本雅史)
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米国海兵隊の公式サイトより~
在沖米海兵隊が大島の子供達を歓迎 【在沖米海兵隊基地キャンプ・フォスター】
○1月11日に宮城県気仙沼大島からの子供達24名と6名の付添いが、在沖米海兵隊基地
キャンプ・フォスターのユースセンターに到着し、第2回ユース文化交流・ホームスティプログラム
に参加しました。
このプログラムは東日本大震災後に発足され、震災直後の8月に大島の子供達にストレスの無い
環境で、夏休みを楽しんでもらうために計画されたました。
米海兵隊太平洋基地政府外交部次長のロバート・エルドリッジ博士は
「今日は、4日間のホームステイ・プログラムの初日です。今回は大島の子供達に、沖縄に駐留して
いる米海兵隊員や、その家族と一緒に数日間を過ごしてもらうために、私達が実施した2度目の
ホームステイプログラムとなります」と説明しました。
このホームスティプログラムに参加したのは、大島の小学4年生から中学2年生までの生徒達です。
ホームステイプログラムの代表で気仙沼市議会議員の菅原博信さんは
「震災の翌年に、海兵隊が私達を沖縄に招待してくれ、前回は25人の子供達が沖縄を訪問しました。
これからも海兵隊員との親密な関係を維持したいと思っています。今年は、お互いに学び合えるよう
にと、子供達がアメリカの子供達と一緒に学校に行く機会も予定されています」と語りました。
大島の子供達は沖縄に行くことを喜んでいて、滞在を楽しみにしていると、この交流プログラムに
参加している中学1年生の千葉大介君(13歳)は話しています。
千葉君は、「沖縄に行くのは初めてなので沖縄に行くことも、ホームスティ先の海兵隊員の家族と
一緒に過ごすこともとても楽しみです」と述べていました。

 

○1月12日、ユース文化交流プログラムの一環として、アートアンドクラフト、バスケットボール、
卓球、そしてテレビゲーム対戦などの色々なイベントをユースセンターで開催しました。
東日本大震災後に、この交流プログラムが発足し、東北地方が震災から復興する中、大島の
子供達に夏休み期間中、ストレスのない環境でリラックスしてもらおうと計画されました。
今回の訪問は、日米の子供達が様々な文化を共有し、お互い学び合うことに焦点を置いて計画。
米海兵隊太平洋基地政務外交部次長のロバート・エルドリッジ博士は
「この経験で子供達の視野が広がり、私達が彼等のことを気に掛けている、ということを知ってもら
えたら良いですね。在日米海兵隊(第三海兵遠征軍)司令官のケネス・グラック中将と米海兵隊
太平洋基地司令官のピーター・タレリ少将双方とも、このプログラムを強く支援してくれています。
このような考えを受け入れてくれる幹部と、一緒に仕事ができとても光栄です」
と自身の感想を述べました。
「海兵隊社会は“関係”をとても尊重します。海兵隊自身が行なう全てのことに、名誉、勇気、献身の
実践を実際に示しています。海兵隊は『友にするには最良で、敵にするには最悪の相手である』と
良く言われるように、海兵隊は最良の友であり-海兵隊がベストを尽くすことを示しています」と
博士は続けて説明しました。
海兵隊員やその家族が、自宅に子供達を招き入れるなど、あらゆる面で海兵隊社会がこのプログ
ラムを支持し参加しました。
普天間基地の航空管制上級下士官のリカルド・クレイトン曹長は
「受け入れ国である日本に対して、私達がゲストとして感謝していることを示す素晴らしい機会だと
思います。交流プログラムは素晴らしいプログラムであり、私たちが地域のことに関心があることを
示しています」と語っています。
ホストファミリーを買って出たマリア・クレイトンさんは、子供達が一生の思い出を胸に帰路に付く
ことを願っている。クレイトンさんは、
「うちに滞在した子供達が楽しんで、私たち家族と過ごした素敵な思い出を持ち帰ってくれたら
嬉しいですね。子供達と文化を共有する機会に感謝しています。このプログラムに参加できたこと
や子供達が私達から学んだのと同じくらい、私達も子供達から学べたことに感謝しています」
と述べています。
大島から来た小学6年生の小山瑞稀君(12歳)は
「楽しいです。ホストファミリーはとても親切にしてくれ、水族館に行ったことが一番楽しかった」と
ホストファミリーと楽しい時間を過ごせたと、話しています。
ホームステイ先の子供達もまた、同様に楽しんで日本文化を学ぶことができた。
ホストファミリーの一員のヒギンソン君(12歳)は
「コミュニケーションを取るのが大変な時もあるけど、お互いが好きだと思うことを見つけるのは、
それほど大変ではありませんでした」と述べていました。
このプログラムではグループ活動として、アメリカンスクールの半日体験入学や将校クラブでの
日曜ブランチなどがあり、個々ではホストファミリーがサーカスや沖縄美ら海水族館などの色々な
場所へ子供達を招待しました。

 

○1月14日に、大島の子供達はキャンプ・フォスター内にあるキリン小学校を訪問しました。
子供達は同年齢のアメリカの小学生たちと共に図工や体育、日本文化の授業を受けました。
大島小学校の5年生の小山瑞稀君(12歳)は、「図工の授業では、絵を描くのが一番楽しくて、
今日は学校で楽しく過ごしました。また沖縄に戻ってきたいです」と話していました。
大島の子供達はアメリカンスクールの訪問を楽しみ、アメリカの子供たちも同様に彼らの訪問を
楽しんだと、同校の5年生リュウマ・マーフィー君(12歳)は述べています。
マーフィー君は、「クラスで一緒に勉強できてよかったです。殆どの生徒が言葉の壁に悪戦苦闘し
ていたけど、僕は日本語が話せるので通訳として会話の手助けをしました」と話していました。
キリン小学校のスタッフもこの訪問を楽しみ、大島の子供達が楽しめるような和やかな雰囲気作り
をしました。
日本文化を教える授業を担当する宇座かおる先生は
「私の授業に参加してもらって楽しかったです。最初は少し恥ずかしそうにしていましたが、授業の
最初に英語で自己紹介をしたら少しは心地よくなったようです。沖縄に滞在している間は、歓迎され
ていると感じてもらいたいですね」と話していました。
ホームステイプログラム代表者の菅原博信気仙沼市議会議員は
「震災直後の8月に海兵隊から沖縄に招待されました。自分達の地元と海兵隊との親密な関係
を維持していきたいと思っています」と話しています。
夏休み中に子供達を荒廃した場所から連れ出し、2学期が始まる前に楽しく過ごす機会を与える
ことは大切だったと、米海兵隊太平洋基地政務外交部次長のロバート・エルドリッジ博士は説明
しています。
(中略)
タレリ少将は、「ユース文化交流プログラムは、この特別な友好関係を維持する私達の継続的な
強い関心を表しています。この交流は2011年に大島の小中学校生25人を沖縄でのホームステイ
に招待して開始しました。海兵隊は、2011年3月11日に地震や津波が起きて日本が打撃を受けた
後で日本人の支援を行い、それ以来、海兵隊は大島と非常に特別な友好関係を維持してきました」
と話しています。
この日、大島の子供達は、ホストファミリーや関係者に別れを告げ、帰路につきました。

 

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米国海兵隊の公式サイトより~
辺野古住民に海兵隊員が協力して地元地域の清掃活動を行う
【沖縄県名護市辺野古】
1月20日、老若男女、日本人、アメリカ人、軍人、民間人のボランティアが一堂に
集まり、沖縄県北部に位置する辺野古区のために献身的な清掃活動を行いました。
辺野古区民、ボーイスカウト、キャンプ・シュワブの海兵隊員および海軍兵の協力で
清掃活動のプロジェクトが成功裏に終了しました。
キャンプ・シュワブ司令官のリチャード・ホール大佐によると、
「このプロジェクトの規模は前例のないものでした。海兵隊員として私達は通常の
清掃活動や色々な地域渉外活動も実施しますが、異なる地域からこれほど多くの
人が集まるのは非常に特別なことです」
作業は4時間程続き、結果としてボランティアらは松田ヌ浜、平和の搭、ゲートボール
場からトラック9台分を越えるゴミを収集しました。
ボーイスカウトがプロジェクトの指揮を執り、キャンプ・シュワブ地域渉外事務所が
辺野古区の大城康昌区長や辺野古区老人会の金城信幸会長、地元の高齢者の
参加者との調整を手伝いました。
キャンプ・シュワブの伊波文雄基地渉外官は、
キャンプ・シュワブは、ボーイスカウトだけでなく、地元地域の指導者とも緊密に
協力する機会があります。このプロジェクトは、私達全員がメリットのあることだと
考えていたので、協力し合うことにしたのです」と説明しています。
辺野古区老人会前会長で、大城区長の叔父でもある大城徳政氏が去った1月13日
に他界してから、清掃活動の試みがさらに重大な意義を持つようになりました。
今は亡き徳政氏は地元では大変尊敬されていたので、ボランティアらは彼を偲んで
清掃活動に励みました。
米軍人と地元の人との変わることのない友情の証として、キャンプ・シュワブの隊員
らはゲートボール場に飾る記念額を贈る予定です。
清掃活動は、米軍人、ボーイスカウトおよび地元地域で年に2回実施するイベントとなる
と、ホール大佐は話し「キャンプ・シュワブの海兵隊員と海軍兵、第102隊ボーイスカウト
そして働き者の辺野古住民が実際に行なったことはみな称賛に値することです。
地域を結びつけるプロジェクトに関われたことを誇りに思い、今後もキャンプ・シュワブ
辺野古住民や近隣地域との素晴らしい関係を続けていきたいです」と感想を述べました。

 

 

 

 

在日米海兵隊概要(PDF)
http://www.okinawa.usmc.mil/Documents/MCGuide.pdf

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報道されない沖縄 沈黙する「国防の島」
復帰40年を迎えた沖縄の「声なき声」に迫る
著者は産経新聞社那覇支局長:宮本雅史氏
沖縄の問題を知るうえで、とても参考になると思います。


 

 

 

 

 

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