筑紫の国の片隅で…

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「終末医療」について考える

1月21日の社会保障制度改革国民会議における麻生副総理の発言が問題になりましたが、
この発言をドイツのニュース週刊誌「シュピーゲル」が、歪曲報道していたという記事を1月22日付
JBpressに川口マーン・惠美さんが寄稿されていました。(↓がその記事です)
確かに、麻生副総理の表現の仕方や語彙が不適切だったのは、否めないと思いますが、ドイツ誌の
“彼は介護の必要な人間に、できるだけ早く死ぬように訴えた”というのはひど過ぎますね。
麻生副総理は「シュピーゲル」を“名誉棄損”で訴えるべきではないでしょうか・・・。
社会保障制度改革国民会議は「社会保障制度改革を行うために必要な事項を審議するため」という
ものでありますから、当然のこととして様々な問題をかかえている「終末医療」に対して、突っ込んだ
意見交換がなされるべきです。その席で意見を求められた麻生副総理は、個人的な思い(希望)を述べ
たわけです。このような意見は、医療関係者や専門家などからは、絶対に出てこないでしょう。
麻生副総理の言っているのは「終末医療」について選択肢があってしかるべき、だということです。
「終末医療」に多大なコストが掛かり財政を圧迫している現状において、どこまでを保険で賄うのか
あるいは、如何なる方法で削減するのかを検討するうえで、麻生副総理の発言は、示唆に富んだ貴重な
ものではないでしょうか。

私の父親が亡くなって4年になります。亡くなる3ヶ月位前から、寝たきりになっていました。
固形物を食べることが出来なくなり、流動食になり、いつしかそれも呑み込めなくなくなり、点滴による
栄養補給になりました。その頃から自発呼吸も難しくなり、酸素吸入器をつけるようになりました。
日に日に痩せ細り、手足は浮腫み、身動きすら儘ならない状態でしたが、何とか意識は有りましたので
浮腫んだ手や足を擦ってやると、気持ち良さそうにしていたのが忘れられません。
亡くなる1ヶ月ほど前から、起きている時間が短くなり、声をかけてもなかなか反応しなくなってきました。
担当医から「延命治療」の話しがあったのは、そんな時期だった思います。
私はどう答えるべきか迷っていたのですが、母は「回復する見込みが無いのなら、このままでいいです」
とはっきりと答えていました。それを聞いた担当医は「このままでは、いつまでもつか分かりません。
処置をすれば数ヶ月は延命することはできます」と、そうするのが当然のように話しました。
それに対し「気管支挿管や胃ろうなんかで、管だらけになって無理やり生かされたって、可哀想なだけ
です。本人が自力でものを食べられなくなった時から、覚悟はできています。惨めな姿で生かされるより
できるだけ穏やかな状態で最後まで過ごさせてやりたいです」と答えたのです。
「それで良いんですか?」と私に問いかける担当医に対し、「母の希望通りにしてください」と答えるしか
ありませんでした。
「終末医療」については、様々な考え方があって当然だと思います。
しかし、其々の家族の事情や思惑がどうであれ、「どうするか」を決めなくてはなりません。
「どんな状態でもいいから、生きていて欲しい」と思うのであれば、「延命治療」を受け入れればいいし、
「回復する見込みが無いなら、尊厳ある死を迎えさせたい」と思えば、措置を望まなければいいのです。
考えなけらばいけないのは、一旦「延命治療」をはじめたら、家族が望んでも、処置を止められないと
いうことです。長くなればなるほど、家族の肉体的、精神的負担が重くのしかかってきます。
問題なのは、「終末医療」を受けている患者を、病院に預けたまま家族が放置していることです。
何ヶ月も様子を見に来ることもなく、病院から連絡しても無視したり、「そちらに任せているんだから
好きにしてくださいよ」と逆切れしたり、というケースが少なくありません。
現に、父と同室だったご老人は、1年近く意識もないまま「終末医療」を受けている状態でしたが
その間に、家族が病院に来たのは、たった1回だということでした。
「人命は大切だ。どんなことをしてでも生かす努力をすべきだ」などと言うのは、経験したことのない
人の思い上がりです。真剣に命と向き合ったことがない、傲慢なヒューマニズムでしかありません。
私は、細君には「無駄な延命治療はしないで欲しい。自力で生きられるまでが寿命なんだから」と
話していますし、細君も同じ考えのようです。
母は「何もしなくていい。駄目な時は、お父さんが迎えにくるからね」と笑顔で話します。


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ドイツ有力誌が伝えた麻生大臣の「さっさと死ね」発言
悪意か誤訳かは別として、介護の問題は世界共通
 
ドイツの有名なニュース週刊誌「シュピーゲル」のオンライン版に、
1月21日の午後、次のような記事が載った。麻生大臣が知ったらビックリ仰天すると思うが
“大臣が介護の必要な人間に早く死ぬよう要請”
(Minister fordert Pflegebedurftige zum schnellen Sterben auf)という見出しで
リードには、“
彼(麻生氏)は介護の必要な人間にできるだけ早く死ぬように訴えた”
(Er appellierte an Pflegebedurftige, moglichst bald aus dem Leben zu scheiden.)。

 

◇独大手メディアが歪曲報道した、麻生大臣の「ショッキングな発言」
本文には、“日本の麻生財務大臣は、社会保障の改革委員会の会合で、急激な改革案を
表明した。「死にたいのに生きることを強制されて、そのうえ、すべて政府が金を払っている
と思ったら、ゆっくり眠ることさえできない」と、72歳の大臣は月曜日の会合で述べた”と続く。
このシュピーゲル・オンラインの記事を送ってきたのが、日本語学を勉強している長女だったが
私がすぐ日本のニュースを探したら、朝日新聞デジタルが麻生大臣の言葉を次のように引用し
ていた。“いい加減死にてえなあと思っても、「とにかく生きられますから」なんて生かされたん
じゃあ、かなわない。しかも、その金が政府のお金でやってもらっているなんて思うと、ますます
寝覚めが悪い”となっている。
これを読むと、麻生氏が自分の場合なら、どうしたいかを述べたものと取れる。
日本語には主語がないが、ドイツ語は主語なしでは作れない。
つまり、これをドイツ語に訳すなら主語は「私」になるはずだ。
「私は、かなわない」「私は、ますます寝覚めが悪い」ということだ。
ところが、シュピーゲル・オンラインのドイツ語訳では、主語は「私」ではなく、不定代名詞の
「man」つまり、不特定の人々一般を指す名詞となっている。
すなわち、ニュアンスは全く違ってくる。長女は両方読んで、「これは誤訳ね」と言った。
もちろん誤訳だが、問題は、それが故意かどうかということだ。
しかも、朝日のデジタルニュースには、シュピーゲル・オンラインが麻生氏の発言としている
「老人はできるだけ早く死ぬように要請した」というような内容はどこにも見当たらない。
麻生氏は、(自分なら、意識もなく生かされるより、自然に死にたい。そう思っている人は多い
のではないか)という意味で、“さっさと死ねるようにしてもらうとか、色んなことを考えないと
いけない(朝日新聞デジタル)”という発言に至ったのだと思うが、それは、日本だけでなく、
世界の先進国で一様に問題になっている終末期医療の問題だ。
延命治療を止めようという動きは、もちろんドイツにもある。
いったい全体、シュピーゲル・オンラインの“大臣が介護の必要な人間に早く死ぬよう要請”
というのは、どこから出てきたのか?
本当に麻生氏がそう言ったのなら、朝日新聞だって喜んでそう書いたはずではないか。
シュピーゲル誌はドイツの一流週刊誌だ。麻生氏の正確な発言内容は私には分からないが、
場合によっては、抗議した方がいいのではないだろうか?
いずれにしても、麻生氏の発言は繊細さに欠け、誤解を招くので、政治家の言葉としてはお粗末
だが、ただし内容がそんなに間違っているとは、私は思わない。
日本人もドイツ人も、親戚や知り合いに少なくとも1人ぐらいは、意識が無いまま生かされている
人間がいるはずだ。
チューブで流動食を流し込まれ、ただ呼吸をしているだけの人を見て、これが正しい医療だと
思う人はいるのだろうか。これこそ人間の生きる権利だ、医療の進歩はありがたいと考える人が
いるなら、お目にかかりたい。
胃に穴を開けて栄養を流し込むのは、医療の進歩というよりも、経口よりもそのほうが介護が
簡単だからだ。こうなると、家で介護したなら自然に亡くなるはずの老人が、延々と生き続ける。
麻生氏の望むように、「さっさと死ぬ」ことは、最早できない。
(中略)
老人医療自体が、壁に突き当たっているのは事実だろう。
その理由は2つ、介護が必要になった老人は施設に入れてしまう、というシステムが常態化した
こと、そして、意識がなくても頑なに延命を図る医療である。
(中略)
だから年を取ると皆、老人ホームに行き、そのうち何処かのベッドの上で栄養を注入され、意識が
無いまま息をしている。そして皆が何かおかしいと思いながら、誰も何も言えない、何もできない。
意識のない親を持つ友人たちの話を聞くと
「いくらこんなことをしても仕方ない、もうそろそろ旅立って欲しいと思っても、
『では、延命措置は要りません』とは、絶対に言えないものよ。なんだか殺人を犯すみたいな気分
になって」と言う。それも分かる。
だから、意識のしっかりしているうちに、本人に一筆書いておいてもらうのが一番良いわけで、
これも麻生氏の“私は遺書を書いて「そういうことは、してもらう必要はない。さっさと死ぬから」と
書いて渡してある”という言葉には説得力がある。
(後略)
~2013年1月22日 JBpress (川口マーン 惠美)

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~2013年1月21日 朝日新聞(ロイター
麻生副総理が終末期医療めぐる発言撤回、一般論ではなく私見

麻生太郎副総理兼財務相は21日午後、この日の社会保障制度改革国民会議での自身の発言に
関してコメントを発表し「私個人の人生観を述べたものだが、公の場で発言したことは適当でない
面もあった」として発言を撤回し、議事録から削除するよう申し入れる考えを明らかにした。
副総理は午前に開かれた国民会議で、医療費問題に関連して、患者を「チューブの人間」と表現
したうえ「私は遺書を書いて『そういうことはしてもらう必要はない、さっさと死ぬんだから』と渡して
あるが、そういうことができないと、なかなか死ねない」などと発言した。
続けて副総理は「(私は)死にたい時に死なせてもらわないと困る」とも述べ「しかも(医療費負担
を)政府のお金でやってもらうというのは、ますます寝覚めが悪い。さっさと死ねるようにしてもらわ
ないと、総合的なことを考えないと、この種の話は解決がないと思う」などと話した。
コメント発表前に財務省内で記者会見した副総理は「終末医療のあるべき姿について意見を
言ったものではない。発言の内容からはっきりしている」と釈明。
自身の発言が「一般論としてではないのは、文章を読み返してもはっきりしている。私見を求め
られたので、私見を申し上げた」と説明した。

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~2013年1月22日 Zakzakより
麻生失言に賛否 終末期医療への言及メディアは否定的だけど…

麻生太郎副総理兼財務相(72)が、終末期医療について語った発言が批判されている。
自身の個人的生き方として「さっさと死ねるようにしてもらわないと」などと発言したのだ。
首相時代に失言を連発させたため、メディアの「麻生攻撃」が始まりそうだが、今回の発言
には、肯定的な意見も聞かれる。
注目発言が飛び出したのは、21日午前の社会保障制度改革国民会議。
麻生氏は「残存生命期間が何カ月かと、それにかける金が月に一千何百万円だという現実を、
厚労省も一番よく知っているはずだ」とし、財政負担が重い現状を指摘。
そのうえで、「私は少なくとも遺書を書いて、そういうことをしてもらう必要はない、さっさと死ぬから
と書いて渡しているが、そういうことができないと死ねません」「いいかげん死にたいと思っても
『生きられますから』なんて生かされたんじゃ、かなわない。しかも政府の金で(高額医療を)
やってもらっていると思うと寝覚めが悪い。さっさと死ねるようにしてもらわないと」と述べたのだ。
メディアは即反応し、同日午後から「不適当発言」と報道。
民主党細野豪志幹事長
「とにかく生きようと頑張っている人の意思は尊重すべきだ」などと批判した。
麻生氏も同日午後、「公の場で発言したことは、適当でない面もあった。当該部分は撤回する」
とコメントを発表。記者団に「個人的なことを言った」と釈明した。
発言の場所やタイミングに問題があるとはいえ、終末期医療については、様々な意見があるのは
事実だ。ニッポン放送「高嶋ひでたけのあさラジ!」では22日朝、女性リスナーの
「麻生氏はよく言ってくれた。助かりもしないのに生かされて、家族に迷惑をかけたくない。
70歳を超えた方の言葉は重い」といった意見が披露されていた。

 

 

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