筑紫の国の片隅で…

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【 拡散希望 】 この“日の丸”を遺族のもとに

本日、久しぶりに「安倍晋三ファンページ」を覗いて、コメントを読んでいました。
その中に、ちょっと気になるものが有り、コメント主のfaceに御邪魔させてもらった
ところ、下の写真の“日の丸”が紹介されておりました。
「この日の丸は何?」と興味を惹かれ、リンクをたどってみると
2012年12月18日の『Mの親方日記』というブログにたどり着きました。
その内容を、読ませていただいたところ、この日の丸の出自が分かりました。
内容を知った以上、そのまま素通りする訳にはいかず、自分も多少なりとも協力させて
もらいたい、遺族の方々のもとへお届けする一助になればと思い、拙ブログでも紹介し
心ある皆様のご協力を願おうと思った次第です。
 

 

以下に、『Mの親方日記』さんのブログの内容を転載いたしますので、拡散の協力を
いただれば幸いです。


*******************************************************************
『Mの親方日記』 2012年12月18日

(前略)

実は、祖父の兄弟、大叔父2人は戦死してます。
最近知ったのですが、ひとりはガダルカナルで、もうひとりは沖縄沖で特攻死。
大叔母の話では戦況危うく大叔父達は、国と家族を守りたい!と、志願したらしい。
しかし、大叔母は『国に兄を奪われた』と思ってるみたい。
田舎にお墓はありますが、遺骨はもちろん片身の品も何もない。
せめて遺品だけでも、、、と言う思いがありました。
最近、海外製品で『なにか新しい商品はないか?』などとネットを検索していたら、、、
これが(※下の写真)目に止まり、強烈な衝撃を受けました。
あの、硫黄島で、全滅した日本人のみたいです。
日の丸の寄せ書きと、陸軍の物と思われる軍刀。
知人に調べてもらったら、どうやら本物のよう。。。
見てしまっては、日本人として素通りできず、、、しかし… 俺一人じゃ重いよな…
地元の先輩に相談したら『俺も協力するから!』と申し出てくれました。
このような形見的な品をオークションにて購入と言うのも心情として疑問が残りますが、
その国の歴史や文化の違いとして受け止めてます。
出品者に直接連絡を取り、事情を説明しましたが、野郎は同意せず・・・
まぁ、あちらではお守りという概念を理解できないのかも。
また、同じ志の者との競り合いは好みません、したがって内緒で入札し無事落札しました。
これはご本人、ご家族の宝でもあり日本国民の宝でも有ると思う。
ほんの70年前に、国や家族の為、命を賭して戦った俺たちの先輩が、生きていた証でも
あると信じてます。
現在、軍刀の輸入の件で税関他関係機関に問い合わせ中。
日本到着後に、持ち主、遺族を捜します。そのときにはおって詳細を公表します。
万が一、ご家族ご遺族が見つからない場合は、靖国に奉納するつもりです。

 

……………・……………・……………・……………・……………・……………・

<2013年1月5日のブログでの報告です。>

 

年末に日の丸の寄せ書きが無事届きました。
タイミング良く、年末に中二の息子も上京したので、
この日の丸の意味、硫黄島の戦いなど説明し、撮影を手伝わせました。
「お父さん、この染みは…?」、「…血だ。…怖いか?」、「…いや」 
思うところがあったのか?終始無言で、撮影と文字解読を手伝ってました。
作業終了後、神棚と仏壇に手を合わせ、ご家族に届きますようお願い。

手がかりは、硫黄島の戦いで、米軍が持ち去った日の丸であること。
この写真と、記載されたメッセージやお名前だけです。
殆どが旧漢字の為、不明の部分もあります。
また、消えてしまい解読不能な文字もありました。
旗に記載されたメッセージに、何とも言えない思いがこみ上げました。
皆、どんな気持ちで寄せ書きし、どんな気持ちで戦地に送り出したのか?
旗を手に戦地に向かった方の思い。恥ずかしながら想像つきません。
西本、行田、両氏の苗字が多かったのでご身内か?
三津口局職員一同、とあるので広島県呉市のご出身か?

この旗をなんとか持ち主のご家族、お仲間の元へ返したい!
ご賛同いただけましたら、リンクやシェアなど一人でも多くの方々に広めてください。
ご家族に繋がるような情報がありましたらお知らせください。

 

以上、引用おわり。
詳しくは下記URLにアクセスしてみて下さい。

 

『Mの親方日記』
http://blogs.yahoo.co.jp/msoul1025/63727776.html

**************************************************************


~参考までに~
硫黄島の戦いアメリカ軍側の作戦名:デタッチメント作戦)
太平洋戦争末期の1945年2月19日~3月26日に、小笠原諸島硫黄島において
日本軍とアメリカ軍との間で行われた島嶼防衛戦。
日本軍守備兵力20,933名のうち、20,129名(うち軍属82名)が戦死。
捕虜となった日本軍人数は、3月末までに200名。
アメリカ軍は戦死者6,821名、戦傷者21,865名。

 

 


 

 

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