筑紫の国の片隅で…

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違憲という憲法学者は、如何にして日本国民を守るのか

国会で審議中の安全保障関連法案は、集団的自衛権行使を容認した場合、現行法のままでは自衛隊員の生命が脅か
されるリスクが高いため、いわゆるポジティブリスト方式の枠内において、その適用範囲を少しだけ広げて是正しましょう
というものです。現行法制下では国民の平和的生存権を脅かす危機が起きても、対応できないことが多いのです。
イラン・イラク戦争中の昭和60年(1985年)3月、イラン国内に取り残された日本国民を、当時の日本政府は救出する
こが出来ませんでした。憲法の壁と法制の不備で、自衛隊を海外派遣できなかったのです。ぎりぎりのところで在留邦人
を救ってくれたのは、親日国のトルコ政府でした。
この事例を持ち出すまでもなく、テロの脅威が増している現在において、海外在留邦人が生命の危機に曝される可能性
は高いのです。日本人の平和と暮らしを守る為にも、「今そこにある危機」と「将来予想される危機」に、いかに対処する
かが重要であり、議論されるべきでしょう。憲法違反か否かの神学論争をしている場合ではありません。

下の記事は、6月19日の産経新聞(社会面)に掲載されたものです。
「安全保障関連法案」賛成派の産経の記事なんて、どうせ右寄りの内容だろうから読む必要はない、などと毛嫌いせず
に、朝日や毎日では読むことが出来ない「現場の声」を聞きとって欲しいですね。特に「私たちの背骨」の真意を・・・。
6月19日 産経 現場自衛官は

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<参考・・・ヒゲの隊長の話は興味深いです>
iRONNA 「自衛隊はどれほど強いのか」より
ヒゲの隊長が明言 「自衛隊には限界がある」 佐藤正久(参議院議員)
「自衛隊はどれくらい強いのか」と問われれば、・・・(略) 少なくとも一つの事実については、明言することができる。
それは、「自衛隊には“限界”がある」ということである。ここでの“限界”とは、「法律の整備が不十分であるがゆえに、
自衛隊では十分に対処できない事態が存在する」という意味である。
http://ironna.jp/article/1543
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過去60年以上、日本国憲法の条文を恣意的解釈に「あーでもない、こうでもない」と捏ね繰りまわしてきた憲法学者や
法律家が、「安全保障法制は違憲だから撤回せよ」と政府に要求するなど思い違いも甚だしいでしょう。 国会で成立し
た法律が、違憲かどうか決めるは最高裁なのです。立憲主義をいうのなら、その中で重要なのが違憲立法審査権
(憲法)81条 「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有
する終審裁判所である」)でしょう。
選挙により国民から支持された議員が立法府である国会に法案を提出し、審議をしているというのに、一介の学者が
三権分立を無視し、立憲主義を否定するような言動に終始するのが正しいことなのでしょうか・・・。
曲学阿世の徒」だと非難されて当然だと思います。
今回の安全保障関連法案は、粛々と国会で審議し成立を目指せばいいのです。そのうえで、違憲かどうかの最終判断
は司法に委ねるのが立憲主義というものです。
ちなみに、憲法学の泰斗と称される芦部信喜氏が、著書『憲法 第5版』の「第18章・4 憲法の変遷」中で、以下のよう
に述べています。 < 憲法も変転する社会の動態の下で「生ける法」であるから、憲法規範の本来の意味に変化が起こ
り、その趣旨・目的を拡充させるような憲法現実が存在すること、これは当然の現象で、とくに問題とする必要はない


6月16日の産経新聞に小さく報じられた記事です。近い将来、本格的な脅威にならない事を願うばかりです。
6月16日 産経 北朝鮮ミサイル発射

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<参考・・・現在進行形の支那の蛮行が、分かり易く解説されています>
防衛省 ロゴ
http://www.mod.go.jp/index.html

2015年5月29日 防衛省
南シナ海における中国の活動
http://www.mod.go.jp/j/approach/surround/pdf/ch_d-act_20150529.pdf
防衛省 中国 南シナ海における


<参考・・・今回の平和安全法制について、政府は以下の資料を公開しています>
内閣官房HP
・平和安全法制等の整備について
http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/housei_seibi.html 

・ 平和安全法制(概要PDF)
http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/pdf/gaiyou-heiwaanzenhousei.pdf 
平和安全法制01

平和安全法制02

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6月21日付産経新聞のオピニオン記事【中高生のための国民の憲法講座】は、百地章先生による「集団的自衛権」に
関するお話でした。分かり易くまとめておられますので是非読んでみて下さい。

第99講 「集団的自衛権の行使は合憲」
安保関連法案の審議をめぐって国会の混乱が続いています。問題の核心は、「集団的自衛権の行使」を認めた政府の
新見解が憲法に違反しないか、ということです。そこで今回は、この問題を取り上げます。

6月21日 産経 中高生のための憲法講座

◇集団的自衛権とは何か
国家の自衛権には「個別的自衛権」と「集団的自衛権」があり、全ての国連加盟国に認められています(国連憲章51
条)。それでは、集団的自衛権とはどのような権利でしょうか。ひと言でいえば「わが国と密接な関係にある国に対して
武力攻撃がなされた時は、それが直接わが国に向けられていなくても、わが国の平和と安全を害するものとみなして、
対抗措置をとる権利」といえるでしょう。そのポイントは、他国への攻撃を「自国に対する攻撃とみなして対処する」こと
にあります。つまり、直接自国が攻撃されたときに行使されるのが個別的自衛権です。
これに対して、他国に攻撃がなされたときに共同して対処する権利が集団的自衛権です。例えば、北大西洋条約では
「欧州または北米における締約国に対する武力攻撃を全ての締約国に対する攻撃とみなし…集団的自衛権を行使す
る」(5条)と定めています。
個別的自衛権と集団的自衛権は、不可分一体です。このことは刑法の「正当防衛権」と比較すれば明らかでしょう。
刑法36条は次のように規定しています。「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得
ずにした行為は、罰しない」。つまり正当防衛権とは、急迫不正の侵害が発生した場合、「自己」だけでなく一緒にいた
「他人」の権利を防衛することができる、というものです。例えば、友達と一緒に歩いていたとき、突然、友達が暴漢に襲
われたら、それが自分に対する攻撃でなくても、反撃して友達を助けることができるのが正当防衛権です。
それゆえ、国内において個人に認められた「正当防衛権」に相当するのが、国際社会における国家の「自衛権(個別的
・集団的自衛権)」と考えられますから、両者は不可分一体です。

◇政府新見解は妥当
この集団的自衛権について従来の政府見解は、わが国はこの権利を「保有」しているが「行使」することはできない、と
いうものでした。そこで昨年、政府はわが国を取り巻く国際環境の急激な変化を理由にこの見解を改め、集団的自衛権
の「行使」を一部、認めました。つまり、「わが国と密接な関係にある国に対する攻撃が発生し、これによってわが国の存
立が脅かされ、国民の権利が根底から覆される明白な危険がある」時に限り、集団的自衛権の「行使」を認める、という
ものです。
これに対し「政府見解の変更は許されない」「憲法違反だ」といって反対する人たちがいます。そうでしょうか。
はじめに述べたように、集団的自衛権は全ての国連加盟国に認められた「固有の権利」(国連憲章51条)です。
したがって、憲法に書いてなくても、わが国が国連加盟国の一員として、国際法上、集団的自衛権を有することは明らか
です。
次に、憲法論ですが、日本国憲法がその行使を「禁止」していなければ、わが国はもちろん主権国家ですから、「行使」
可能です。この点、憲法9条は集団的自衛権を何ら禁止していませんから、わが国が国際法上、集団的自衛権を「行使」
しうるのは当然で、合憲ということになります。
この点、憲法上、集団的自衛権の行使が可能かどうかを最終的に判断できるのは最高裁判所です(憲法81条)。
そこで、最高裁が憲法9条の意味について正面から判断した昭和34年の砂川事件判決を見てみましょう。
判決は次のように言います。憲法9条は、わが国が主権国家としてもつ固有の自衛権を否定していない。そしてわが国
が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な措置をとりうることは、当然である、と。
判決は、米駐留軍と旧安保条約の合憲性について述べたものですから、当然、集団的自衛権を射程に入れており、この
「自衛権」には個別的・集団的自衛権が含まれます。
したがって、わが国が集団的自衛権を行使できることは、国際法および憲法に照らして明らかであり、最高裁も認めてい
ますから、集団的自衛権の行使を認めた政府の新見解は、何ら問題ありません。

<国連憲章第51条>
この憲章のいかなる規定も、国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の
平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない。
この自衛権の行使に当たって加盟国がとった措置は、直ちに安全保障理事会に報告しなければならない。
また、この措置は、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持または回復のために必要と認める行動をいつ
でもとるこの憲章に基づく権能及び責任に対しては、いかなる影響も及ぼすものではない。

百地章(ももち あきら)68歳
愛媛大学教授を経て現在、日本大学法学部教授。国士舘大学大学院客員教授。
専門は憲法学。法学博士。比較憲法学会理事長。

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6月14日 【チャンネルくらら】配信 舞川れみのニュース最前線
「安保法案改正」


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2015年6月13日 日本経済新聞 【社説】より

現実がもたらしてきた「憲法解釈の変遷」
国会で審議中の安全保障関連法案の柱である集団的自衛権の行使容認をめぐって、憲法解釈の対立が続いている。
衆院憲法審査会で自民党推薦の参考人として出席した憲法学者が違憲と明言したのをきっかけに、政府が統一見解
を示す事態となり、与野党がそれぞれの立場から合憲・違憲の水かけ論を繰りひろげているものだ。
この問題は、9条解釈という戦後ずっと続いてきた政治の一大テーマで、別に目新しいものではない。
9条が抱える構造問題でもある。
現実はめまぐるしく動いていく。本来であれば憲法を改正して対応するのが一番いいのに、それができない。
そこで解釈によって矛盾がないように知的アクロバットをしてきた。振りかえれば憲法制定議会で吉田茂首相は自衛権
を否定するような答弁さえしている。自衛隊について、「憲法の容認するものとみなすのは、憲法の真意を曲げる論理の
飛躍というべきである」(清宮四郎著『憲法1』)というのが憲法学の一般的な見解だった。
しかし米ソ冷戦、朝鮮戦争で国際環境が一変。「戦力なき軍隊」として創設された自衛隊はどんどん大きくなり、存在を
否定できなくなった。「違憲合法論」は、憲法学の困惑の表現だった。
冷戦後もPKO法、周辺事態法……状況の変化を踏まえ、政府はぎりぎりの線で憲法解釈をしてきた。
そこに権力闘争である政治の駆け引きが絡まり合う。 憲法解釈の変遷こそが戦後日本である。
そして今、日本を取り巻く安全保障環境は確かに大きく変化している。北朝鮮は、いつ暴発するか分からない。
中国の台頭で、米国を軸とする国際社会の力の均衡が崩れたことも見逃せない。尖閣諸島の領有権をめぐる摩擦にと
どまらない。中国の海軍力の増強、南シナ海での埋め立ては日本のシーレーン(海上交通路)に影響を及ぼさないのだ
ろうか。仮に、あの空域で中国が防空識別圏を設定すれば、いったいどうなるのだろうか。


「9条の定める理想は理想として尊重するが、現実にはその時々の情勢判断によって保有する軍備の水準、同盟を組む
相手国等を、それらが全体として日本を危険にするか安全にするか、安全にするとしてもいかなるコストにおいてかなど
を勘案しながら決定していくしかない」(長谷部恭男著『憲法』)。 その通りである。

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2015年06月08日(月) 現代ビジネス 高橋洋一 「ニュースの深層」より抜粋

憲法学者の限界!
アメリカが「世界の警察官」をやめた今、日本はどう生きるのかを考えるべき

憲法審査会で、与党の参考人が、安保法制を「憲法違反」とする異例の事態があった。
4日の衆議院憲法審査会で、憲法学の専門家3人の参考人質疑が行われた。自民党が推薦した長谷部恭男教授は
今国会で審議されている安保法制を憲法違反とした。
(中略)
一般論として憲法学者に限らず法律学者は、「法律にこう書いてあるから○○だ」「この法律はこう解釈すべきだから
××だ」という論法をとる人たちの集まりで、今ある法律や法解釈を金科玉条のように扱うので、法改正や解釈変更に
は消極的なことがしばしばある。
一方、国会議員は今の法律では現場として不都合である場合、法律改正することに拘りはない。まして、国会議員は法
律を作るのが仕事であるので、現場を知らずに法律改正に反対する法律学者とは意見が合わないことも少なくない。
また、国会での審議過程において法案を憲法違反とする意見は、反対者の方から出されることが多いが、実際に違憲
を決めることができるのは最高裁である。法案が成立した後に訴訟が実際に行われて初めて司法が判断して、違憲に
なるわけだから、国会の参考人質疑は単なる学者の意見でしかない。
(中略)
役人をしている間に、法律学者の生態もわかってきた。筆者のように理系だと、学問の世界では多数意見というのは何
の権威でもない。特に、筆者が学んだ数学ではロジックだけが唯一の判断基準であり、間違っていれば、どんな権威の
ある人でも間違いである。「学問に王道なし」だ。
法律では、一定の権威のある人の意見が尊重される。そして、多数の考えのほうがよりマシとされることが多い。法律と
いっても常識と大差ないので、多数の意見のほうがとられやすいことは理解できる。
ただし、権威のある人の意見がいいというのは、今でも違和感がある。そうした法律学者はバカな政治家に判断させな
いために、権威がある自分たちの意見が正しいという、「上から目線」である。
多くの国民に支持された政治家のほうが、長い目で見れば権威のある人の意見より劣っていると言えるのだろうか。
そうした権威のある憲法学者が、安保法制が憲法違反であると言うときのロジックが「立憲主義」というものだ。
かつての左派は平和主義と言っていたが、最近色あせた言葉になっているので、その代わりに立憲主義が護憲の立場
をよく表すものとして使われる。まあ、憲法改正反対というものだ。色々な書物を読んだが、どうもわかりにくい。
憲法の中に侵略戦争放棄のように時代を超えた普遍的な原理があり、それを守るというのであれば、わからなくない。
ただし、憲法の中には統治機構に関する部分もあり、その改正は珍しくない。
さらに、「憲法96条の改正なんて立憲主義からはトンデモナイ」と言われることもある。かりに「憲法96条」を改正しても
日本の憲法改正難易度は世界的に見て低くない。むしろ、最高難易度の国のままだ。ようは、憲法改正をしたくないとい
うだけだ(略)。
安全保障について今国会で議論されているのは、集団的自衛権の行使である。そもそも、個別的も集団的も自衛権は、
時代を超えてどこの国にもある、個人における正当防衛のように不可分である。
集団的自衛権の行使を認めない国は何処にあるのだろうか。筆者は寡聞にして知らない。
何にもまして立憲主義の先生方は(略)、南シナ海の情勢や尖閣諸島への中国の潜在的な侵略の恐れを全く考えてい
ない。こうした国際関係など眼中になく、いつでも同じ主張を繰り返している。これは学者としてはかなり楽な話であるが
実際に役立たないで、畳の上の水練のようなモノだ


民主党もお花畑のような思考に凝り固まっており、戦後日本が平和だったのは「個別的自衛権」のみだったからという、
驚くべき意見も出ている。戦後日本が大丈夫だったのは、日本の再軍備を恐れたアメリカが守ってきたからだ
「集団的自衛権」を持っているが行使しないというのは、世界では馬鹿げた意見だが、なにより日本の無力化を図りた
いアメリカにとっては、その方便も好都合だっただけだ。その上で、二国間の安全保障条約があれば、集団的自衛権は
当然となる。米軍に基地を使わせておきながら、戦争に加担していないなんて言えるはずないのが世界の常識だ。
それでも日本が侵略されなかったのは、背後にアメリカがいたからだ。つまり、集団的自衛権のおかげ
でもある。
アメリカがかつて「世界の警察官」であったので、盤石であった。それでも、自国に弱点があって日本でできることであれ
ば、日本に頼んで来たことがある。朝鮮戦争の時、朝鮮半島での機雷掃海だ。占領下で占領軍指令に基づくとはいえ、
当時の海上保安庁は特別掃海隊を韓国領海内に派遣し、機雷掃海を行い、作業中に死傷者も出ている。
こうした事実について法律学者は、降伏条項による占領軍指令なのでやむを得ないが、憲法違反とか法律違反だとい
う立場であろう。おそらく、機雷掃海はやるべきでなかったと言うだろう。そうした人たちは、法違反と言いながら、犠牲者
へどのように接するのだろうか。
犠牲者が出たのは本当に残念であるが、日本が機雷掃海をしなかったら大きく国益を損ない場合におっては九州あた
りまで朝鮮戦争の戦火に巻き込まれ、日本の安全も脅かされていたかもしれない。犠牲者を出したが、その当時の貢献
があったので、それ以降の日本の安全がおおいに高まったと思われる。

◇「世界の警察官」が不在の世界をどう生きるか
今現在でも、中国の南シナ海でもオーバープレゼンスは国際問題だ。
ドイツで7、8の両日に開催される先進7ヵ国(G7)首脳会議(サミット)でも取り上げられるだろう。
それを見越して、3日に来日したフィリピンのアキノ大統領は、参院本会議場で中国の横暴を訴えた。これを日本が世界
に伝えるのは当然だろう。
安倍首相と欧州連合(EU)のトゥスク大統領らが5月29日に発表した共同声明にも「東シナ海・南シナ海の現状を変更
し、緊張を高める一方的行動を懸念している」とある。これは中国のことだ。
アメリカのオバマ大統領は2013年9月10日、シリア問題への対処の中で、「もはや世界の警察官ではない」とテレビ演
説した。その直後から、中国は南シナ海に出てきた。これは、中国がアメリカは軍事行動しないと高を括ったからだ。
警察官は相手が見返りなしでも助けてくれる。 「世界の警察官ではない」という意味は、同盟国なら相互主義で正当防
衛は行使する、つまり、同盟国間で集団的自衛権を相互に使うのであれば助けるという意味だ。
もはや世界が変わっているときに、日本でしか通用しないような「立憲主義」を振りかざすのは国益を損なうだろう。

高橋洋一 (たかはし よういち)1955年、東京生まれ。
80年、大蔵省(現財務省)入省、理財局資金企画室長、内閣参事官など歴任。小泉内閣、安倍内閣では
「改革の司令塔」として活躍。07年には財務省が隠す「埋蔵金」を公表、08年に山本七平賞受賞。
政策シンクタンク「政策工房」会長、嘉悦大学教授。

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2015年06月12日 現代ビジネス 長谷川幸洋 「ニュースの深層」より

安全保障法制見直し論議 憲法学者の見解は絶対なのか
安全保障法制の見直しについて、3人の憲法学者が国会で「違憲」と断じたのをきっかけに憲法論議が再燃している。
だが、違憲かどうかを決めるのは学者ではない。 最高裁判所だ(憲法81条)。そこで最高裁の砂川判決(1959年)を
あらためて読み直してみよう。

◇「専門家」の権威に弱い日本人
こういう作業はともすれば、プロの裁判官や弁護士など専門家にお任せすべき仕事と思われがちだ。
とりわけ新聞記者やジャーナリストがそうだ。 普段は「自分が一番事情に詳しい」と己惚れているくせに、こと法律とか
判決になると、からきし「専門家」の権威に弱い。
私は40年近く新聞業界にいるが、ちょっと専門的な話になると「先生のお説を賜ります」とへこへこする記者が多いの
に呆れている。司法記者は特にそうだ。自分の頭で判断できないのだ。だから、一見もっともらしく書いている司法記事
や社説は、たいてい「専門家」から聞いた受け売りである。取り分け左派系マスコミは、ここぞとばかり左派系論者を動
員し自分たちもそれに追従して論陣を張っている。もともと安保法制論議では、長谷部恭男・早大教授も小林節・慶大
名誉教授も、左派系マスコミの御用的存在だった
。彼らの議論はずっと前から同じだが、国会で意見を述べた途端に
大注目されるのは、マスコミの歪んだ権威主義の裏返しである。
そもそも安保法制のような案件で、憲法学者の説をありがたく賜っていること自体が日本の危機ではないか。
憲法学者の議論が無駄とは言わないが、憲法の専門家が日本を脅かしている脅威を正しく判断し、それへの対応策を
立案できるわけがない。彼らの多くは干乾びた法律知識を金科玉条のごとく抱きしめて、それを学生たちに講義するの
を職業としている。「干乾びた」というのは、文字通りだ。なぜなら憲法は制定以来、一度も改正されていない。
その間、日本を取り巻く安全保障環境は激変し、ここ数年はとりわけ大激動している。にもかかわらず憲法は変わらず、
したがって憲法学者の頭の構造も変わっていない。そういう学者の説にしたがって、日本の安全保障政策を考えようと
いう姿勢自体が日本を危うくする
。私はそう思う。

◇砂川判決をどう読むか
その点を確認したうえで、敢えて憲法論争の土俵に乗ってみよう。
私は専門家でも司法記者でもないが、日本語が読めればとりあえず十分だ。最終的に何が正しく、どうあるべきかを考
えるのは学者ではない。国民である。
実は後で触れるように砂川判決のエッセンスも、「最終的には国民の判断に委ねる」という点にある。
砂川判決とは、米軍立川基地の拡張に反対するデモ隊の一部が基地内に突入して逮捕された事件に関連して、最高
裁が憲法9条と日本の自衛権や日米安保条約との関連について初めて下した判決だ。
最高裁はこの判決で、憲法9条は戦争を放棄し戦力の保持を禁止しているが、それによって「主権国として持つ固有の
自衛権は何ら否定されたものではなく」(中略)「我が国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要
な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のこと」と述べた。
ここで国家固有の権能として認められた自衛権の中に集団的自衛権も含まれるかどうか、が焦点になっている。
判決はそこを明示していないが、論理が指し示す含意的結論はたどっていける。
判決は日米安保条約について言及した中で、「条約の目的は(中略)国際連合憲章がすべての国の個別的および集団
的自衛の固有の権利を有することを承認しているのに基づき(中略)、わが国の安全と防衛を確保するに必要な事項を
定めるにあることは明瞭である」と書いている。そのうえで、そんな目的をもった安保条約が、「違憲なりや否やの法的判
断は純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には、原則としてなじまない性質のものであり、したがって一見
極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のもの」(=統治行為論)という判
断を示した。

◇集団的自衛権が違憲ではない根拠
まず「安保条約は国連憲章51条にある個別的自衛権と集団的自衛権を基礎にしている」。 判決はこの点を認めた。
そのうえで、「安保条約が違憲かどうかは一見、明白に違憲とはいえず司法権の範囲外」というロジックになっている。
言い換えれば「集団的自衛権も基礎にしている安保条約は一見、明白に違憲とはいえない」。そうであれば、安保条約
が基礎にしている集団的自衛権も一見、明白に違憲とはいえない、という話になるのではないか。
むしろ、おそらく合憲の範囲内になる。私にはそう読める。
奥野健一裁判官と高橋潔裁判官は判決に対する補足意見の中で、もっと鮮明に安保条約合憲論を展開した。
判決本文が示した統治行為論を退け「裁判所が安保条約の国内法的効力を審査することは可能」としたうえで、次の
ように述べたのだ(判決全文の中にある)。

「安保条約は(中略)国連憲章51条の『個別的および集団的自衛の固有の権利』に基づき(中略)自衛のための措置
を協定した集団的安全保障取極で(中略)もとより侵略を目的とする軍事同盟であるとは言いがたく、憲法9条の精神
にも、その前文の趣旨にも反するものとはいえない」


この補足意見にしたがえば、個別的および集団的自衛権に基づいた安保条約を合憲としている。そうであれば、条約の
前提の一部になっている集団的自衛権が違憲という話になるわけがない。もっと簡単にいえば、安保条約自体がそもそ
も日米2国間で取り決めた集団的自衛権に基づく協定なのだから、集団的自衛権を否定したら安保条約自体が成り立
たないのだ。

◇裁判所に最終判断を委ねるべきではない!
さらにいうと、米国との2国間関係のみならず、第6条で極東(具体的には韓国、台湾、フィリピン)の平和と安全にもコミ
ットした安保条約が、集団的自衛権を前提にしているのを認めたとしても、集団的自衛権に基づく武力行使は認めてい
ない、というような左派の議論もある。これは馬鹿げている。基地があるのは、有事で使用するのが前提だ。
基地使用を認めないというなら、基地そのものを認めないのと同じである。つまり安保条約違憲論であり、これはまさし
く砂川判決が結論を出している。
統治行為論については、先に引用した「司法審査権の範囲外のもの」という記述に続いて、こうある。「第一次的には、
右条約の締結権を有する内閣およびこれに対して承認権を有する国会の判断に従うべく終局的には主権を有する国民
の政治的批判に委ねらるべきものであると解するを相当とする」

この「国民の政治的批判に委ねられるべきもの」という点に、私は同意する。先の補足意見は条約の「国内法的効力」
に注目して、その限りにおいては司法審査権が及ぶという主張だった。だが、国の存立にかかわるような重大案件につ
いていえば、最終的には国民の判断次第ではないか。まずは国民が選ぶ国会議員と議員が選ぶ政府の判断が大事で
あって、裁判所に国の存立にかかわる最終判断を委ねるべき
ではないと思う。
これは1959年の判決である。いまから56年前だ。それだけの時間が経っても、同じような議論が国会で蒸し返されてい
るとは、ある意味、驚き以外のなにものでもない。それくらい安全保障の論議は、時間が止まっていた証拠である。

長谷川幸洋 (はせがわ ゆきひろ)1953年千葉県生まれ。
ジャーナリスト、東京新聞・中日新聞論説副主幹。慶応義塾大学経済学部卒。
ジョンズホプキンス大学高等国際問題研究大学院(SAIS)で国際公共政策修士。
財政制度等審議会臨時委員、政府税制調査会委員などを歴任。13年から規制改革会議委員。

<砂川判決要旨>
http://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=55816 

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2015年6月15日 木村正人(在英国際ジャーナリスト)のコラムより抜粋

安保法制を否定するのは日本の海洋権益を放棄するのと同じだ
(前文略)
安倍首相は14日夜、都内で維新の党最高顧問、橋下徹市長と会談した。今国会で成立を目指す安全保障関連法案の
強行採決が避けられない情勢になる中、維新の党を巻き込んで世論の批判をかわす狙いがあるのは明らかだ。
「何でも反対」の旧社会党に先祖返りしたかのような民主党の体たらくを見て、橋下市長は「維新はイデオロギーにとら
われず、既得権に左右されず、現実的合理性を重視する。空理空論の夢物語りだけでは行政運営はできない。責任あ
る立場での現実的合理性を重視する。民主党とは決定的に違う」とツィート。責任野党を目指す方針を明確にしている。
(中略)
民主党の野田佳彦前首相は2009年の著書で「集団的自衛権は認めるべきだ」との考えを示し、野田政権時代の国家
戦略会議フロンティア分科会(座長・大西隆東大教授)も「能動的な平和主義」を提唱した。
さらに、「米国や価値観を共有する諸国と安全保障協力を深化し、ネットワーク化を目指す」「集団的自衛権に関する解
釈など旧来の制度慣行の見直しなどを通じて、安全保障協力手段の拡充を図るべきだ」と強調している。
安倍首相の「積極的平和主義」と、どこがどう違うのか区別するのは難しい。
仮に民主党政権であっても、安全保障関連法案はいずれ必要になってくる。野田前首相も集団的自衛権の行使は容認
すべきというのが持論だった。日米同盟の穴を埋めておかないと、台頭する中国の軍事的な脅威に対抗するのが難しく
なっているからだ。

(中略)
◇安保法制は現行憲法と矛盾しない
集団的自衛権と現行憲法の関係について、1972年の政府見解は次のように論理を組み立てている。

≪自衛権≫
「国際法上、国家はいわゆる集団的自衛権、すなわち自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接
攻撃されていないにかかわらず、実力をもつて阻止することが正当化されるという地位を有している」「日本が国際法上
集団的自衛権を有していることは、主権国家である以上、当然」
「現行憲法の前文が平和的生存権を、13条が生命、自由および幸福追求権を定めていることから、自国の平和と安全
を維持しその存立をまっとうするために必要な自衛の措置をとることを禁じているとは到底、解されない」

(参考:1959年12月、砂川事件最高裁大法廷判決「日本が、自国の平和と安全を維持し、その存立をまっとうする
ために必要な自衛のための措置をとりうることは国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない」)

≪歯止め≫
「平和主義をその基本原則とする憲法が、自衛のための措置を無制限に認めているとは解されない」
「外国の武力攻撃によって国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆されるという急迫、不正の事態に対
処し、国民のこれらの権利を守るためのやむを得ない措置としてはじめて容認される」「自衛のための措置は、こうした
事態を排除するためとられるべき必要最少限度の範囲にとどまるべき」(自衛権行使の3要件)

≪結論≫
「現行憲法下で武力行使が許されるのは、日本に対する急迫、不正の侵害に対処する場合に限られる。
従って、他国に加えられた武力攻撃を阻止する集団的自衛権の行使は、憲法上許されない」

これまで憲法上許されないと否定してきた「集団的自衛権の行使」が認められる場合があるとして、今回、憲法解釈を
変える理由は何か。
目覚ましい経済成長を遂げた中国が軍事的にも台頭し、南シナ海や東シナ海で領有権や国際秩序を、力づく変更する
意思をあからさまに示し始めたことが一番大きな理由である。
さらに大量破壊兵器やサイバー攻撃のリスクなどが飛躍的に増し、日本と密接な関係がある他国に対する武力攻撃で
も日本の存立が脅かされる事態が考えられるようになってきたためだ。
昨年7月の閣議決定はこうした事態に対応するため、「日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これ
により日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由および幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」場合
を新たに自衛権行使の3要件に加えた。
新たに認められる集団的自衛権の行使は、国際法上認められる「他国を防衛するための武力行使」ではなく、日本の
存立をまっとうし、国民を守るため、すなわち「日本を防衛するためのやむを得ない必要最小限度の自衛の措置」に限
定されている。
自衛権行使の新3要件も、平和主義を原則とする現行憲法の枠内にとどまっているという論理構成になっている。
日本の存立が脅かされ、国民の生命・自由・幸福が根底から覆される場合、集団的自衛権であっても自衛権の行使を
憲法が禁じているとは考えられないからだ。


◇集団的自衛権の行使は自国防衛のために限られる
安全保障関連法案で現行の運用がどう変わるのかを次に見てみよう。
事態が一番深刻で重大なのは、武力攻撃事態への対処である。
日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由およ
び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態を「存立危機事態」として新設し、新3要件の下で「武
力の行使」を可能にしている。
歯止めをかけるため、「わが国が武力攻撃を受けた場合と同様に深刻、重大な被害」が生ずる場合に限定し、「他に適
当な手段がない」ことを明文化。
自衛隊に防衛出動を命ずる際は、現行規定と同様、原則国会の事前承認が必要になっている。
単純化して言えば、他国防衛のため(フルサイズ)の集団的自衛権は認められず、自国防衛のため(必要最小限)の集
団的自衛権は認められるという仕分けになっている。


◇武力行使との一体化は回避
周辺事態への対処では、周辺事態安全確保法から「周辺」という言葉を削り、そのまま放置すればわが国に対する直接
の武力攻撃に至る恐れのある事態、わが国の平和および安全に重要な影響を与える事態を「重要影響事態」と定めて
いる。
「非戦闘地域」「戦闘地域」という区別をなくす一方で、自衛隊員の安全を確保するため、近くで戦闘行為が行われたり
予測されたりする場合、活動を一時休止、中断。戦闘行為が発生しないと見込まれる場所を「実施区域」に指定すると
いう。
日米安保を中核とし、他国の武力行使との一体化は回避している。主に水や油の補給が想定され、弾薬を含む武器の
提供、戦闘作戦行動のために発進準備中の航空機に対する給油・整備は含まれない。
新法の国際平和支援法では、(1)国際社会の平和及び安全を脅かす事態であって (2)その脅威を除去するために国
際社会が国連憲章の目的に従い共同して対処する活動を行い (3)わが国が国際社会の一員として、これに主体的か
つ積極的に寄与する必要がある場合を「国際平和共同対処事態」とし、国連決議や例外なき国会の事前承認などの縛
りをかけている

安全保障関連法案は多岐にわたっており、国民に分かりやすく説明するのが非常に難しい。
存立危機事態についても、「あらかじめ定型的、類型的に答えるのが困難」なことが議論を抽象化してしまっている。

◇何ができないのか
安全保障関連法案が成立しても何ができないか。安倍首相のこれまでの発言から見てみると――。
(1)海外派兵は禁止されている。
(2)アフガン戦争やイラク戦争、湾岸戦争、ベトナム戦争に自衛隊が参加することはない。
(3)他国の領土に戦闘行動を目的に自衛隊を上陸をさせて武力行使をさせることはない。
領海や領空でそういう活動をする、派兵するということはない。
(4)米国とどこかの国が戦闘していて、助けてくれと言われても、そこに行くということはあり得ない。
自衛権行使の新3要件に合致しない限り、あり得ない。
つまり、自国防衛のために必要最小限の武力行使をすることはあっても、他国防衛のために戦闘行為に参加すること
はあり得ないということだ


◇当面は南シナ海の警戒監視
当面の課題は、南シナ海や東シナ海、台湾海峡をめぐって中国と米国・日本の緊張が増し、軍事衝突に発展する事態を
避けることだ

ベトナムやフィリピンとの領有権争いを力づくで片付けようとする中国の横暴を黙認すれば、中国は南シナ海に次々と不
沈空母を完成させ、防空識別圏(ADIZ)を敷設する能力を身に付ける。
南シナ海で制空権と制海権を確立すれば、日本や米国の航海の自由や飛行の自由が制約される恐れが出てくる。
中国が次に東シナ海に進出してくるのは必至だ。日本は日米同盟を基軸に、オーストラリアと協力し、ベトナムやフィリピ
ンを支援して、中国に対する警戒監視網を構築するのが喫緊の課題である。
南シナ海の公海で海上自衛隊や米海軍の艦船が共同航行したり、合同演習を実施している時に、米艦船が第三国の
攻撃を受けた場合、海上自衛隊は見て見ぬふりをするわけにはいかない。そんな事態に陥れば日本は信頼を失い、安
全保障の根幹をなす日米同盟は崩壊してしまう。
中国は南シナ海に「九段線」を引き、そのほとんどを自らの領海だと主張している。「通行人」に過ぎない米国の航行を
今のところ大目に見てやっているというが中国の立場だ。
2009年3月、南シナ海の公海上で、米海軍の音響測定艦インペッカブルが中国海軍の調査船5隻に照明を当てられ
たり、進路を妨害されたりする事件が起きている。この件に関し、中国は「自国管轄海域だ」と主張している。
中国の言い分を認めれば南シナ海は中国の領海であり、尖閣諸島も中国の領土に組み込まれる。
東シナ海の排他的経済水域(EEZ)についても日中中間線ではなく、中国の大陸棚主張が通ることになる。
さらに中国はEEZ内で軍事調査を行う場合、許可を求めてくるだろう。
自衛隊の活動は大きな制約を受け、日本の船舶の航行に関する安全にコミットできなくなる。それを受け入れたくなか
ったら、米国やオーストラリア、フィリピン、ベトナムと協力して南シナ海の警戒監視を強化していくしかない。
そうした国際情勢を無視して、安全保障関連法案を政争の具にするのは愚かという他ない


◇フィリピンの叫びを聞け
フィリピンの日刊邦字紙まにら新聞の冨田すみれ子記者は次のように伝えている。
「117回目の独立記念日を迎えた12日、首都圏マカティ市の在比中国大使館領事部が入居するビルの前で、
西フィリピン海(南シナ海)における中国の実効支配拡大に抗議する集会が開かれた。集まった左派系団体や
政治家ら約1000人は、比国旗やプラカードを手に『中国は出て行け』という怒りのシュプレヒコールを繰り返し、
西フィリピン海の領有権を主張した」
国賓として来日したフィリピンのアキノ大統領は記者会見で次のように述べた。
「中国の人々に聞いてみたいのは、もしあなた方がフィリピンの立場だったとして、海岸線の西側(南シナ海)が奪
われ、東側だけを維持することになったとしたら、『どうぞ』と言うだろうか。どの国も喜んでそうするとは思わない。
私たちはフィリピンの主権も尊重されることを求めているのだ」
それでも、あなたは安全保障関連法案に反対ですか

集団的自衛権の限定的行使容認に関する筆者からのアンケートに対し、1600件余りの回答が寄せられそうです。
その約8割以上が、集団的自衛権の限定的行使容認に「賛成」という結果だったそうです。

木村正人 在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。
憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。
産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。
2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。




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