筑紫の国の片隅で…

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三宅久之先生を偲んで

三宅久之先生が逝去されて2週間が過ぎました。
三宅先生が今回の衆院選の動きをご覧になっていたら、どんな批評をされたでしょうね・・・
「政治理念も国家観も無い政治家擬きのポン助達が、議席欲しさに離散集合して第3局だとか
戯けたことを言っているが、あんなものは政党でもなんでもない、ただの選挙互助会にすぎん。
中身のない空理空論のお題目を並べて、具体的なビジョンも道筋も示さない、それでは何も
やる気がないと言っているようなもので、国民をバカにしているとしか思えん。」
みたいなことを、TVタックルあたりで言われるのを見たかったですね・・・。
国を憂い、政治を憂いておられた三宅先生が、何故に安倍晋三氏に期待されていたのか
「月刊正論」平成24年1月号に掲載されていた、三宅先生と市田ひろみさんの対談記事を
読めば、自ずと分かって貰えるのではないでしょうか。
以下、公式ブログより転載させてもらいます。
::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::(市田)総理大臣が野田佳彦さんになって約2カ月が経ちましたが、民主党政権で日本は大丈夫
   という不安はずっと続いています。
   自民党から民主党に政権交代してから、アメリカとの間には沖縄の在日米軍普天間飛行場
   移設問題、中国との間には尖閣諸島沖の中国漁船の巡視船への体当たり事件、ロシアとの間
   ではメドベージェフ大統領が、北方領土視察を強行するという事態になりました。
   日本の主権や安全保障が揺らいでいる。最近も、わが国外務省の中止要請を無視して韓国の
   国会議員グループが、竹島で実効支配を内外にアピールする目的の音楽会を、500人規模で
   開催しました。
   鳩山由紀夫さんは、「日本列島は日本人だけの所有物じゃない」と言いましたが、まさにそうなり
   つつあるような感じがします。
   私は日本国民の一人として、主宰する着物教室の生徒さんたちにお願いして、領土問題や
   拉致問題で政府にしっかりしてほしいという署名をしてもらい、関係団体を通じて送っています
   けれど、何とも腹立たしい、空しい思いをしています。

(三宅)確かに今、日本の主権が揺らいでいるという実感は、国民の多くが抱いているでしょう。
   ただ民主党政権によって、一気にそれがもたらされたかというと、戦後この方、自民党時代も
   相手国との摩擦回避を理由に、問題を棚上げしてきた現実があります。
   自民党の怠惰が積み重なったところに、民主党政権が出来て、いわば潜伏していた病状が
   露わになったという訳ですね。
   そもそも論で言えば、先の敗戦から60有余年経ちましたけれども、日本はまだまだ〝占領ボケ〟
   が抜け切っていない。若い人たちは知らないかもしれませんが、たとえば占領政策を仕切った
   マッカーサーに対し、当時の日本国民がどう感じたか。
   離日の際には、彼への感謝状や日本の皇帝になってくれ、という嘆願書などが50万通も寄せ
   られ、国会もマッカーサーに感謝状を贈って、吉田茂首相が国民を代表するかたちで謝辞を
   述べました。いくら戦時中に窮乏生活を強いられ、大本営発表のような国民をだます行為が
   あったとはいえ、あまりに能天気に骨抜きにされてしまったのではないかと思わざるを得ない。
   それが典型的に現れているのが今の憲法です。
   国民主権基本的人権の尊重平和主義を基本原則として、新生日本に相応しいと謳われま
   したが、実質は連合国軍総司令部GHQ)の英文起草案を呑んだもので、アメリカが日本を
   統治しやすいように作って、押し付けた占領基本法です。制定に関わった、今も存命の米国人が
   「未だに占領下の憲法が改定されないとは信じられない」と語っているのは、彼ら自身もこれが
   その後「不磨の大典」となるとは、思ってもいなかった証でしょう。
   日本が独立を回復した時に、少なくとも昭和20年代の後半には、憲法を改正しておくべきだった
   んです。独立国としての自らの意思を縛るような、外国製の憲法を後生大事に60年余りも抱き
   しめて、それが絶対であるかのごとく思い込んでいる、そんなバカな国は日本以外にありません。
   昭和30年の自由民主党の結成に際し自主憲法制定が掲げられ、翌31年の第三次鳩山一郎
   内閣では、憲法調査会が設置されました。
   それを思えば、今の自民党も民主党も、当時より後退しているわけです。
(市田)実際には、憲法改正はとてもハードルが高いように思います。
(三宅)「硬性憲法」だからです。
   具体的には、国会の衆参両院が3分の2以上で発議をし、その後国民投票にかけて過半数の
   賛成を得なければ改正できない(日本国憲法96条)。
   市田さんのおっしゃるとおり、非常にハードルが高いんです。
   東日本大震災への対応でも露呈しましたが、今の憲法は根本的なところで政治のダイナミズム
   を削ぎ、ハンディキャップ国家であることを是としています。
   その枠内に制約される限り、国家としての日本の「機能不全」は続くと言わざるを得ません。
   憲法改正の発議要件を、衆参両院の過半数にすることをめざして、自民党安倍晋三元首相
   や古屋圭司衆院議員らが中心になって呼び掛けた結果、民主党国民新党、たちあがれ日本
   に公明党の有志議員を含めた「憲法96条改正を目指す議員連盟」が誕生しました(平成23年
   6月)が、私はこれが大きな動きになってほしいと思っています。
   戦後一度も衆参両院で、保守勢力が3分の2以上になったことはありません。
(市田)「過半数」というのが糸口ですね。
(三宅)そうです。 保守勢力にとって、憲法改正への可能性が高まるんです。
   面白い話を一つすると、反米左翼主義者ほど「今の憲法を守れ」と言ってるんですよ(笑)。
(市田)反米なら「アメリカ製の憲法はすぐにも変えろ」と、主張するのが普通だと思いますが、
   違うんですね。共産党や社民党が、しっかり守ろうとしている(笑)。
(三宅)共産党について指摘すると、まったくお笑いなんですが、昭和21年の「制憲議会」と呼ばれた
   憲法制定のため色々な論議が行われた国会で、彼らは今の憲法に反対しているんですよ。
   最後に賛否を問うとき、政党として唯一反対したのが共産党です。
   当時、共産党の幹部に野坂参三という人物がいました。
   昭和6年にソ連に渡り、コミンテルン執行委員になり、その後中国で毛沢東と行動をともにし、
   昭和21年に帰国すると、新たに共産党の指導者として「愛される共産党」とか「民主人民戦線」
   とかいった方向性をもたらした人です。
   長く党の最高指導者の地位にありましたが、結局、党からスパイの烙印を押されて除名され、
   お気の毒な末路でしたが、その野坂さんが吉田首相に、概略こんな質問をしているんです。
   「この憲法を読むと、自衛のための戦争まで悪としている。侵略戦争はたしかに悪だが、自衛の
   ための戦争は、やむを得ないのではないか」。 もっともな質問だと思います(笑)。
   ところが吉田首相は、「近代は自衛を口実に度々戦争が起きているから、自衛のための戦争も
   いけない」と答えている。吉田首相はその後、国の自衛権については、それを保有していると
   修正するのですが、この吉田さんと野坂さんの当時の立ち位置〝逆説〟に、戦後日本の根本
   課題が見て取れますね。
(市田)確かに、憲法9条の第1項「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
   国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」に続けて、第2項の「前項の
   目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを
   認めない」を素直に読めば、日本は外国からの侵略に対しても、武力行使を一切しない国
   で、自衛隊も憲法に触れる存在だと思えますものね。
   文言の解釈でなんとかしのぐというのは、やっぱり国家として無理がありすぎます。
(三宅)そうです。国家は自衛権を持ち、その行使の手段として軍隊を持ち得るという、独立国としての
   常識を国民の共通了解にしないかぎり、日本の〝占領ボケ〟は続く。
   困ったことにこうした議論を提起すると、途端に「あんたはそんなに戦争をしたいのか」と難詰
   してくる人たちがいますが、それはあまりに短絡的で、論理が飛躍していることに気づかないか
   為にする議論のどちらかです。今時戦争を望むような日本人はいませんよ(苦笑)。
(市田)今の日本は、巡視船が領海侵犯した中国漁船に、不当に体当たりされても耐え、犯行の証拠
   映像も国民には開示せず、取り調べもそこそこに当の船長を放免して、無事お帰りいただくと
   いう国ですからね。それとも、これが憲法9条の「正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に
   希求」することに資するんでしょうか・・・(嘆息)。
(三宅)まったくバカげたことです。外国から理不尽な要求や、無理難題をいくら突きつけられても、
   それを受け容れ続けるというのであれば、もはや独立国ではありません。
   主権を放棄した属国です。尖閣諸島、竹島、北方領土と摩擦回避を最優先して〝言いなり〟を
   続けていたら、本当に日本には何をしたって構わないという空気が国際社会に蔓延しかねない。
   やはり、イザっ!というときには「我々は起ち上がるぞ」という決意を、憲法の中に盛り込んでいな
   いから、有り体に言って舐められるのです。
   これは感情的な強硬論でもないし、過激な話でもない。この当たり前の精神が、憲法にないと
   いうのは恥ずかしいことだし、外国から敬意を払われることもないと私は思っています。
(市田)自民党も、その気概は希薄だったと思いますが、今の民主党には全くないように見えます。
   「国民の生活が第一」というのなら、その前提として日本が国としてしっかり立っていなくて
   どうするのか。鳩山さんが盛んに口にした「友愛」とか「地球市民」とかいう言葉の薄ら寒さを
   私は感じないわけにはいかないんです。
   むしろ日本を脆弱にし、危うくする〝正体〟がそれではないかと思っています。
(三宅)私が政治記者になったのは昭和29年です。
   ちょうど吉田さんが総理大臣のいちばん最後の頃で、その番記者が私の駆け出しなんです。
   朝鮮戦争の勃発によって、東西の冷戦構造が明らかになり、日本は再軍備をアメリカから
   求められました。
   非武装から軽武装(警察予備隊、のち自衛隊)へと舵を切った時点で、現実には憲法9条の
   前提は崩れていたわけですが、占領期間を経て、独立国家としての道を模索する過程を
   政治記者として見た私が、先ほど話した保守合同憲法調査会の設置といった「国家」回復
   の流れが断ち切られた、と痛感したのが、日米安保条約の片務性を改めることをめざした
   岸信介内閣が「アンポ反対」の声の中で倒れたことです。
   今から思えば、反対を叫んだ人たちの何割が、ちゃんと日米安保条約を認識していたか、
   はなはだ心許なく、熱気とは裏腹に実態は〝から騒ぎ〟だったとも言えます。
   日米安保の双務性を高めた、岸さんの政治的判断は正しかったわけですが、その後の
   自民党は〝羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く〟となって、独立国家たる要件を整えると
   いう問題には消極的になっていきました。
   岸内閣の後継となった池田勇人内閣は、昭和36年からの10年間で国民総生産(GNP)を
   26兆円に倍増させるという「所得倍増計画」を打ち出し、「日本国の在り方」という政治的
   課題から経済成長に重点をシフトしました。
   実際、日本経済は高度成長で予想をはるかに超えて伸びたため、当初の所得倍増目標は
   GNPで約6年、国民1人当たりの実質所得で約7年目の昭和42年に達成しました。
(市田)池田さんの病気退陣後に首相になった、佐藤栄作さんは沖縄返還を実現し約7年8カ月と
   いう長期政権を維持しましたけれど、戦後政治の大きな流れから見ると、その後の田中角栄
   さんがいちばん象徴的だったと思いますが、歴代の自民党政権は、高度経済成長の継続を
   背景に国民の支持を得ていたということなんですね。
(三宅)経済成長重視でやってきたわけです。その中で多少なりとも政治的課題について、発言し
   挑んだのが安倍晋三さんです。
   その前に中曽根康弘さんも「戦後政治の総決算」を掲げて国鉄の分割民営化を実現したり
   靖国神社に首相として公式参拝したりしたんですが、これは中国からA級戦犯合祀を理由に
   中止を求められたのに屈して一回で終わってしまった。
(市田)そうでした。いわゆるA級戦犯合祀の時期は、中曽根さんの公式参拝よりも前で、中国が日本
   への圧力のための〝外交カード〟として、持ち出してきたのは明らかでしたが、中曽根さんが
   折れてしまったことで、その効力を認めた格好になりましたね。
(三宅)まあ、三木武夫首相が昭和50年の終戦記念日に靖国参拝した折、「総理大臣としてではなく
   三木個人としての参拝である」と私的参拝を強調したことが発端で、以後、自国の戦没者への
   慰霊行為を「公的な資格か、私的な資格か」などと新聞記者が愚問を発するようになった。
   中曽根さんとしては、それを決着させたかったのでしょうが、結果的に中国韓国に付け込まれ
   るかたちで、今も続く問題になったのは誠に残念です。
(市田)世界中の国々に、無名戦士の墓地があります。
   終戦後、靖国神社を焼き払ってドッグレース場にするという話が出たとき、〝ビッテル″という
   バチカンから日本に派遣されていた神父が「いかなる国家も、その国家の為に死んだ人々に
   対して、敬意をはらう権利と義務がある。それは戦勝国か敗戦国かを問わず、平等の真理で
   なければならない」とGHQに進言し、マッカーサーがそれを受け入れたということですが、
   慰霊行為はそれぞれの国の宗教や習慣、歴史伝統にのっとって行われるものですから、
   粛々と己を貫くしかないと思うんです。
   仮にアメリカ大統領が、ベトナム戦争イラク戦争の評判が悪いからと言って、アーリントン
   墓地を訪れないと言ったらアメリカの指導者としてもたないでしょう。
(三宅)戦没者の慰霊に関して、戦争の正義不正義を過剰に絡めるのはよくないことです。
   ましてや、現在の政治家や経済人が祖先の苦闘を偲ぶことなく、自己都合で評価を下すのは
   厳に慎むべきです。今の日本人にはどうも〝生者の驕り〟があるのではないか。それを踏まえて
   言うと、いささか旧い表現になりますが(笑)、ここらでもう一度「日本精神再興運動」みたいな
   ものに取り組まないと、本当に、日本人は背骨のないクラゲのような存在になってしまうんじゃ
   ないかと思います。
(市田)やっぱり教育が大事ですね。
(三宅)そうです。たとえば私は日本に返還されて間がない頃の沖縄を訪れたとき、摩文仁の丘の
   平和祈念資料館(当時は沖縄県立資料館)で、沖縄戦に関する展示を見た記憶があるん
   ですが、悲惨な地上戦の情景には「ああ、そうだったんだろうな」と見入りましたが、当時は
   日本本土に対する憎悪や怨嗟が感じられるものは余りなかったんです。
   ところが今や「反日」、「反本土」です。
   「我々だけが犠牲になった」「こんな過酷なことを強要された」等々、陰々滅々たる展示に
   なっている。この違いは何を物語っているか。
   まさに返還から40年近くの間に、沖縄の地元メディアと日教組支配がいかに沖縄県民に
   「反日」「反本土」を刷り込み、意識を偏向させてしまったかを思わざるを得ません。
(市田)戦前も戦後も、本土は沖縄を見捨てたわけじゃないですよね。
   戦前は、残念至極だけれども沖縄を守るには力が足りなかった。
   復帰後は、それこそ本土並みを目標に長年月援助を続けてきたはずです。
(三宅)毎年2,000億円くらい、振興費をつぎ込んでいます。
   足りない部分、及ばない部分だけをクローズアップすることで、本土と沖縄を離反させて
   一体誰が得をするのか。少なくとも沖縄県民じゃないでしょう。
   駐留米軍に基地を提供している地主にも、毎年7~800億円程度支払われているはずですし
   普天間飛行場に基地を提供している地主に対する、地元紙の世論調査でも、たしか6割以上
   が即時返還は困るという答えだったと思います。
   沖縄には「琉球新報」と「沖縄タイムス」と2紙があるんですが、同じような編集なんです。
   一方が保守系で、もう一方が左翼系、というならまだしも、これでは、沖縄の公的な議論は
   「閉ざされた言語空間」に縛られたままです。
 (市田)マスコミの問題というのは、政治家がなかなか変えられないことですね。
   もちろん、一方的に言論や情報の統制みたいなことをされたら困るわけですが…。
   そういえば安倍さんが首相時代のマスコミ、とくに朝日新聞の安倍批判にはびっくり。
   教育や外交、安全保障といった安倍政治の本質について、殆ど議論することなく、閣僚の
   不適切発言や「政治とカネ」の問題ばかりが一方的に論われて、政権が傾いていったと
   いう印象です。
   「政治とカネ」が問題なら、小沢一郎さんのカネをめぐる疑惑はどうだったのか。
   マスコミは、小沢さんの問題を十分知っていながら、反安倍のために、その追及を避けて
   民主党に風が吹くように仕向けた、と言ったら穿ち過ぎでしょうか。
(三宅)安倍さんが掲げた「戦後体制(レジーム)からの脱却」というのは、まさに〝占領ボケ〟から脱け
   出すことです。安倍政権は一年の間に、憲法改正手続きを定めた「国民投票法」を成立させ、
   制定から59年ぶりに「教育基本法の改正」を成し遂げて、それまでなかった「公共の精神」や
   「伝統と文化の尊重」「国を愛する態度」などを盛り込みました。
   他にも防衛庁の省昇格や「海洋基本法の制定」など、野党やマスコミによる〝強行採決17本″
   などという非難にもめげずに、日本の未来にとって必要なことを推し進めた。
   では、なぜ彼は突然の辞任表明をしたのか・・・。
   参院選の惨敗に加えて、「潰瘍性大腸炎」というストレスによる病気が直接の理由だと言われ
   ていますが、それにいちばん影響したのは霞が関官僚の抵抗だったと思います。
   安倍さんは、公務員のあり方に大きく斬り込む「公務員制度改革法」を通常国会で成立させ
   ました。その方針は高級官僚の人事をコントロールするために、内閣に人事局を設置すると
   いうものでしたが、これに関して霞が関が強硬に反対したわけです。
   安倍さんは事務次官会議をすっ飛ばして、閣議決定で事を進めたんですが、これが各役所の
   事務次官の猛烈な反発を買って、官僚たちの「安倍降ろし」につながりました。
(市田)でも、事務次官会議を通して閣議に上げるというのは、単なる慣習で、法的な決まり事では
   ないのでしょう。
(三宅)そうなんですが、事務次官は自分たち官僚全員の身分・処遇に関する案件から外されたことで
   「安倍さん憎し」となって、安倍さんにマイナスとなる様々な情報をマスコミにリークして、内閣の
   地盤沈下が起こるようなトラップ(罠)を仕掛けたというわけです。
   当時の、本間正明税調会長、松岡利勝農水相、久間章生防衛相らの不祥事が相次いで発覚
   したのは、「反安倍」で官僚とマスコミの利害が一致した結果なんです。
(市田)マスコミがまったく伝えない、怖い話ですね。
(三宅)安倍政権が倒れたことで、日本の政治の流れがどうなったか。
   その後の福田康夫麻生太郎鳩山由紀夫、菅直人と眺めれば、国家の解体を志向するような
   左翼リベラル色が強まったことは明らかです。
   野田首相についてはもう少し見る必要があると思いますが、いずれにせよ〝占領ボケ〟から脱け
   出すには程遠い。
   といってリベラル色において民主党と差のない、谷垣禎一総裁の自民党では復元力に欠ける。
   ここで誤った歴史認識に囚われたまま、国際社会に対し低頭を続ける弊を断ち切り、日本再生
   のために奮闘できる政治家は誰かと見回せば、やっぱり再度、安倍晋三に白羽の矢を立てざる
   を得ない。私も齢80を超えて引退を考えているんですが、このままでは死に切れない(笑)。
   そこで、安倍さんの再生を願って、出来ることは何でもやろうと思っているんです。
   復権が容易でないこと、時間がかかることはわかっていますが、あの1年で安倍さんもいろいろ
   学習したでしょう。改めて国民の理解と支持を得るために、今度こそ命懸けで踏ん張って欲しい
   幸い潰瘍性大腸炎の特効薬が出来たので健康面の不安は解消され、今はこれまでの人生で
   いちばん体調が良いようです。
(市田)手術しないで治るんですね。私も安倍さんの「美しい国へ」という想いに期待したいと思います。
   実は十二単とか、束帯とか、天皇家の第一礼装は平安時代から形が変わっていないんです。
   千年以上形の変わっていないロイヤルコスチュームを持っているのは、世界でも日本だけ。
   それを壊すのは一瞬だけれども、これまで守ってきたことは大変なことで、私は自分の服飾の
   仕事の中でそれを「永遠なれ」と想い、人生を紡いできたつもりです。
   そして安倍さんには、確かにこうした歴史に対する垂直の価値観、意識が強くおありになると
   思うんです。
(三宅)同感です。過去と未来の結節点に立っている、という自覚を持つ指導者だけが、現在の日本を
   より良くできるんです。 安倍晋三に期待する所以はそこです。

 

 

        

   三宅 久之(政治評論家)     市田 ひろみ(服飾評論家)

 

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