筑紫の国の片隅で…

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4月29日 「昭和の日」

本日4月29日は「昭和の日」です。
先帝陛下の誕生日にあたり、先帝陛下の御遺徳を偲び、感謝の意を捧げたいと思います。

マスコミやメディアは、「昭和の日」についてまったく報じていません。読売・産経までもが報じないとういうのは、何か意図的
なものがあるように思えてなりません。唯一、世界日報だけが社説で「昭和の日」についてふれていました。

 昭和天皇ご一家

「昭和の日」とは
(「昭和の日」オフィシャルサイトより)

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2015年4月29日 世界日報 「きょうの主張」より

昭和の日、復興と繁栄の時代語り継ごう

きょうは「昭和の日」。 激動の日々を経て復興を遂げた昭和の時代を顧み、日本の将来に思いを致したい。

◇歴史認識示す戦後の歩み
今年は戦後70年の節目の年に当たる。昭和初期は、6年に始まった満州事変から15年間は戦争の時代であった。
その時代を語り継ぎ、振り返り、改めてその意味を問う作業が続けられている。
一方、戦後の40年以上は、平和の中での復興から高度成長、そして繁栄の時代であった。昭和を顧みる時、ややも
すると戦争の暗い時代が想起されがちだが、日本が元気だった戦後にもっと注目し、同様に語り継いでいくべきである。
「昭和」という言葉は、世代によって受け止め方やニュアンスが異なるようだ。平成生まれの若い世代には、ただ古くさ
いというイメージを持つ人も見受けられる。しかしはっきりしていることは、昭和の遺産の上に平成の現在の日本がある
ということである。勿論、それには明と暗の部分があり、正と負の遺産がある。だが、敗戦に打ちひしがれた中から再び
立ち上がり、奇跡的な復興を遂げ、繁栄の時代を築いていった。それは、日本一国ではなくアジアの近代化、成長にも
大きく貢献するものだった。その意味では「大いなる昭和」と言ってよい。
戦争の記憶を風化させず、語り継ぐことはもちろん大切だが、復興と繁栄の時代も伝えたい。(略)
日本が元気で、輝いていた時代の経験もしっかりと継承していくべきである。
安倍晋三首相が戦後70年談話の中で、戦後の日本の平和国家としての歩みと、今後の世界への貢献を語ることは
時宜を得たものである。
中国や韓国は「歴史を直視せよ」と注文を付けているが、歴史認識は、言葉よりも、その国の実際の行動によって示さ
れるものである。日本がどのような歴史認識を持ったかは、戦後の歩みの中に表れている
。(略)
政治やイデオロギーのバイアスを掛けずに昭和の人々の喜びや悲しみをそのままに伝えることが、歴史から学ぶ基本
であり、その歴史を精一杯生きてきた人々への礼儀である


◇天皇の御聖断伝えたい
そして激動の時代を経て、輝かしい繁栄の時代を築いたその中心におられたのが昭和天皇であった。
軍部の横暴に苦悩されながら、この国を滅亡から救うために下された終戦の御聖断が、戦後日本の出発点にあった
ことを忘れてはならない。その無私の精神と国家、国民を思う大御心を次の世代にも語り伝えていきたい。
(4月29日付社説)

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2015年3月27日 zakzak 【目覚めよ日本】より

敗戦後に昭和天皇が取られた対応 21世紀まで続く皇室は「生きた神話」

日本は世界で一番歴史の長い、世界最古の君主国である。太陽の女神(=天照大神、アマテラスオオミカミ)
の子孫が祭祀王(プリースト・キング)となり、その家長が皇室をつないできた。
その歴史が、連綿と21世紀まで続いている。これこそ、まさに「生きた神話」といえる。
そんな国が有色人国家とは、白人国家には内心、許し難いのかもしれない。
それでも、未開のジャングルに原住民族として生きているなら、「保護しよう」となる。
ところが、G8サミット(主要8カ国首脳会議)に唯一、非白人国家として参加を続けている世界屈指の主要国
なのだ。世界史で、敗戦国の国家元首が、敗戦後もそのまま元首を続けた例はない。あり得ない。
戦勝国や民衆に断罪されるか、事前に亡命するか、戦勝国に対して「国と国民は譲り渡すので、自分と家族と
、できれば親族の命を助けてほしい」と命乞いをするのが定石だった。
ところが、昭和天皇はまったく違う対応をされた。
1945年9月27日、GHQ(連合国総司令部)最高司令官、マッカーサー元帥は、昭和天皇を自分のもとに呼
びつけた。
マッカーサー元帥はソファに座ったまま、昭和天皇が直立不動で国際儀礼の挨拶をされるのを聞いていた。
次の瞬間、驚くべきお言葉が続いたと伝えられている。
「戦争の責任はすべて私にあります。文武百官は、私の任命する所だから、彼らには責任はない。私の一身は
どうなろうと構わない。あなたにお委せします。しかしながら、罪なき国民が住むに家なく、着るに衣なく、食べる
に食なき姿において、まさに深憂に耐えんものがあります。この上はどうか国民が生活に困らぬよう、連合国の
援助をお願いしたい」
マッカーサー元帥は驚いて立ち上がり、昭和天皇を丁寧に椅子に座らせた。
真のジェントルマンの姿に心を打たれ、最後は玄関まで見送ったという。
昭和天皇は戦後、日本中を大した警備もつけずにご巡幸された。
国民の中に入って、敗戦の中で必死に生きる国民を励まされた。圧巻は、広島を訪れられた光景だ。
大群衆が、昭和天皇を歓喜して迎えた。8年半のご巡幸で、石ひとつ投げられることはなかった。
天皇陛下とそれを支える国民あっての日本なのだ。「国体」とは、君民一体の天皇国・日本である。
私が親しかった作家の三島由紀夫氏は、守るべきものは何かと『文化防衛論』で訴えた。それは『国体』であり、
畢竟(ひっきょう=帰結として)、それは天皇陛下である。
神話が天皇陛下のご存在によって、21世紀まで連綿と生き続ける奇跡の国・日本。弥栄(いやさか)あれ。
その貴い国柄を、天皇陛下とその国柄を守らんと散華された日本の父祖の名誉を日本人が守らずに誰が守る
と言うのだ
。 (取材・構成 藤田裕行)

ヘンリー・S・ストークス 1938年、英国生。
英紙『フィナンシャル・タイムズ』東京支局初代支局長
英紙『タイムズ』、米紙『ニューヨーク・タイムズ』の東京支局長を歴任

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2014年5月5日 KSMWORLD KSMELECTRONICSより
沖縄に寄せられた 昭和天皇の御心 全国御巡幸



2014年9月23日 KSMWORLD KSMELECTRONICSより
いわゆる「天皇の人間宣言」というGHQのまやかし
「新日本建設に関する詔書」口語訳 昭和天皇








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