筑紫の国の片隅で…

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平成27年 奉祝・紀元節!

      皇紀2675年  乙未(きのとひつじ)の年

   


~首相官邸HPより~
「建国記念の日」を迎えるに当たって

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本日の産経新聞1面に“建国の日「知っている」2割未満”という、愕然とするような記事が載っていました。
約8割の国民が、「瑞穂の国」の成り立ちを知らないということです。同じ日本人として、これ程嘆かわしいことはありません。
国の成り立ちを知らずして、どうして自国を愛することができるでしょうか・・・。「古事記」や「日本書紀」を歴史的根拠に基づ
かない“神話”だと否定し、戦後、教育の場から排除し、子供たちに教えてこなかった結果がこれです。
我が国の神話を否定しておいて、ギリシャ神話は問題視しない。左翼リベラルや天皇否定派の主義主張は矛盾ばかりで
理解に苦しみます。せめて、天孫降臨や国譲りの話などを外国人に語れるように、歴史ではなく国史として子供たちに教え
る必要があるのではないでしょうか。
それにしても、60歳以上の約55%が建国の日を知らないとは・・・。日の丸掲揚をしている家を見かけることが少なくなる
のも当然ですね。。。


2月11日 産経 建国の日を
 (2月11日 産経新聞より)

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2015年2月10日 zakzak(夕刊フジ) オレンジ世代の健康歳時記より

建国記念の日と初午 日本を愛する心養う

2月11日は「建国記念の日」。初代天皇の神武天皇建国の聖業を偲(しの)び、祖国日本の永遠の繁栄と世界の恒久
平和を祈る日で、日本を愛する心を養う祝日です。昔は、「紀元節」という祝日で戦後になって廃止されましたが、昭和
41年に国民の祝日に追加されました。「建国記念日」と間違いやすいのですが、建国された日ではなく、建国されたこと
を記念する日という考えで、正式には「建国記念の日」。 全国の神社では、紀元祭、建国祭という例祭が行われます。
また、昭和12年のこの日、文化の発展に優れた業績を上げた各界の人に、文化勲章を贈ることに決まった文化勲章制
定記念日でもあります。選ばれた文化功労者には、11月3日の文化の日に文化勲章が授与されます。
今年は、「初午(はつうま)」も2月11日です。2月最初の午の日には、全国の稲荷神社で「初午祭」が行われます。
農業と商業の繁栄をお稲荷さまに願う日で、この日に馬に乗りキツネが降臨したという言い伝えによるものです。
灯明をあげ、お神酒や赤飯の他に、キツネの大好物の油揚げを供えます。稲荷社の総本宮は、京都の伏見稲荷神社。
赤い鳥居、狐の石像、正一位稲荷大明神と書かれた赤いのぼりが目印です。稲荷の名は、いねなり(稲生り、稲成り)
が語源で、稲が成育すること、稲を担(にな)うことを意味します。(後略)

クリスティーン デリコ
個人鑑定、歳時記講座、起業セミナー、桜美林大学アカデミーの講師を務める

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平成27年2月11日 産経新聞 【主張】より

建国記念の日 「よりよき国に」の覚悟を

わが子の誕生を喜ばない親はまず、いまい。その後の子供の成長を願わない親もいないはずで、「這(は)えば立て、立
てば歩めの親心」とはまことにもって至言である。 国家についてもまったく同じことが言えるのではなかろうか。
日本書紀によれば日本国の誕生(建国)は紀元前660年で、その年、初代神武天皇が橿原の地(奈良県)で即位した。
明治6年、政府はその日を現行暦にあてはめた「2月11日」を紀元節と定め、日本建国の日として祝うことにしたのであ
る。
西欧列強による植民地化の脅威が迫るなか、わが国は近代国家の建設に乗り出したばかりで、紀元節の制定は、建国
の歴史を今一度学ぶことで国民に一致団結を呼びかける意義があった。
先の敗戦で紀元節は廃止されたものの昭和41年、2月11日は「建国記念の日」に制定され、祝日として復活した。
「建国をしのび、国を愛する心を養う」と趣旨にうたわれているように、国家誕生の歴史に思いをはせる大切さは、今もも
ちろん変わっていない。
ただ忘れてはならないのは、親心と同様に、誕生以後の日本を少しでもよい国にしようと、先人らが血のにじむ努力を重
ねてきたことである。現在を生きる国民もまた、さらによい国にして次の世代に引き継がねばならない。
慶応義塾の塾長を務めた小泉信三は昭和33年、防衛大学校の卒業式で祝辞を述べた。その中で小泉は、先人の残
したものをよりよきものとして子孫に伝える義務を説いたうえで、こう続けた。
「子孫にのこすといっても、日本の独立そのものが安全でなければ他のすべては空(むな)しきものとなる。然(しか)らば、
その独立を衛(まも)るものは誰(だ)れか。日本人自身がこれを衛らないで誰れが衛ることが出来よう」(小泉信三全集
から)
57年前の言葉がそのまま、目下の国防への警鐘となっていることに驚かされる。中国の領海侵入などで日本の主権が
脅かされているばかりか、国際的なテロ組織によって国民の命が危険にさらされてもいる。
だが、わが国の現状は、自らの国防力を高めるための法整備も十分ではなく、その隙をつかれて攻撃される恐れもある。
紀元節制定時に倣って今こそ、国を挙げ「日本人自身が日本を衛る」覚悟を決めなければならない。

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2015年2月11日 世界日報【社説】より

建国記念の日、民族と国家の原型見詰めたい

きょうは「建国記念の日」。初代神武天皇が橿原宮で即位され、国の礎が築かれた日である。建国の歴史に思いを馳
(は)せ、これからの日本を考えたい。

◇現代に生きて繋がる神話
敗戦後、GHQ(連合国軍総司令部)によって「紀元節」が廃止された。「建国記念の日」として復活したのは昭和42年
のことで、法案提出から10年近くかかった。それは、一部の歴史家や当時最大野党だった社会党が反対したためだ。
社会党は「神武東征」の物語が、日本の軍国主義や対外侵略に利用されたと主張。一部歴史家は、神武天皇の即位
の年月が、学問的根拠に欠けるとして反対した。しかし、これらは論理の飛躍が明らかで多くの日本人の歴史感覚から
も懸け離れたものであった。
もちろん「神話」から「歴史」に移り変わる時代であり戦いが多かったことは当然である。また百歩譲って、神武東征神話
が対外侵略に利用された面があったとしても、その史実ないし伝承自体に責任があるのではない。
かつてほどの反対はないものの、その影響は今なお尾を引いている。
世界の国々には建国や独立を記念する日が定められており、多くは近代国家としての誕生を祝っている。
そのため、自由や平等などの分かりやすい建国理念が謳(うた)われている。
これに対し歴史の古い日本の場合は、近代的な理念ですっきりと提示できるというものではない。神武東征と大和平定
の建国物語は、高天原神話や出雲の国譲り、天孫降臨などからの繋(つな)がりの中で語られている。
それ故に、民族の「原型」を宿しながら、国家の出発点が語られているという点でユニークであり、懐が深いと言える。
一見素朴な物語の中から「原型」を探り、また祖先たちのメッセージを読み取ることが、我々に課せられた責任である。
そして何より、神武天皇以来の歴史は、皇室の存続を通して現代に生きて繋がっていることに目を向けるべきだ。
これは、世界史の奇跡と言っていいほどの誇るべき事実である。
日本は今、歴史を取り戻す作業の途上にある。戦後の反国家主義の流れの中で自虐的な歴史観が大手を振ってきた。
それを改め、より正確な等身大の歴史として認識する作業が始まりつつある。しかし、そこで避けなければならないのは、
周辺国の極めて政治的かつ感情的な動機によって提起されたいわゆる歴史問題に対し、同じく政治的、感情的に応じ
ることである。あくまで、学問的な冷静な立場を堅持すべきである。

◇真っ直ぐ歴史に向き合う
建国の歴史から日本民族と国家の原型を見詰めることの意味は、そういう面でも重要と思われる。
その歴史は、いたずらに自己を美化するわけでもなく、卑下する姿勢もない。民族の大らかで、時には赤裸々な、時には
哀切な物語に満ちている。われわれの先祖が持っていた真っ直ぐな心で、この国の歴史を見ていきたいものだ。





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