筑紫の国の片隅で…

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奉祝天長節 平成弐六年壱弐月弐参日

天皇陛下の御誕生日を心より御祝い申し上げ、陛下の御長寿と御皇室の弥栄を御祈念申し上げます。


                        菊のご紋


 天皇陛下 81歳に01


2014年12月22日 KYODO NEWS【共同通信社】
天皇陛下、81歳に 平和国家として支え合いを


2014年12月23日 AFPBB News
天皇陛下、81歳の誕生日 Japanese Emperor Akihito turns 81



天皇陛下について AFPが竹田恒泰さんにインタビュー


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平成26年12月19日 天皇陛下の記者会見(宮殿 石橋の間) 宮内庁HPより

天皇陛下お誕生日に際し(平成26年)

宮内記者会代表質問

問1
この1年を振り返り、印象に残った出来事をお聞かせください。
来年は戦後70年の節目を迎え、両陛下のパラオご訪問が検討されています。改めて先の戦争や平和に対するお考えをお聞かせください。

天皇陛下
この1年を振り返り、印象深い出来事としては、最近スウェーデンで行われたノーベル物理学賞の授賞式で赤崎、天野、中村3博士が受賞
されたことです。赤崎、天野両博士が青色発光ダイオードを作り、さらに同じ頃独自にもその研究を果たしていた中村博士によりその実用
化が進められました。照明器具として消費電力が少なく発光による熱し方も少ないことから、社会の様々な分野で利用されていくことと思
います。成果を上げられた3博士の業績を誇りとし、深く敬意を表します。
痛ましい災害もありました。8月には大雨が広島市を襲い、土砂災害によって74人が亡くなりました。先日被災地を訪問しましたが、暗闇
の中で木がなぎ倒され大きな石が土砂と共に落下してくる状況は想像するだに恐ろしく、人々の恐怖はいかばかりであったかと思います。
また9月には御嶽山の噴火により、死者、行方不明者が63人となりました。紅葉を楽しもうと登った人々であったことを思い心が痛みます。
長野県北部でも11月に震度6弱の地震が発生しましたが、幸いにも地域の人々の日頃の訓練と消防職員の協力によって死者を出すこと
はありませんでした。建物の被害は大きく、冬に向かっての生活の苦労が深く察せられますが、死者がなかったことはうれしいことでした。
新聞に大きく取り上げられるような災害ではありませんが、常々心に掛かっていることとして、多雪地帯での雪害による事故死があります。
日本全体で昨冬の間に雪で亡くなった人の数が95人に達しています。この数値は広島市の大雨による災害や御嶽山の噴火による災害
の死者数を上回っています。私自身高齢になって転びやすくなっていることを感じているものですから、高齢者の屋根の雪下ろしはいつも
心配しています。高齢者の屋根の上での作業などに配慮が行き届き、高齢者が雪の多い地域でも安全に住めるような道が開けることを願
ってやみません。
家族のことについては秋篠宮家の佳子が国際基督教大学で勉強することになりました。先輩の眞子から大学のことを十分に聞いた上で
決めたことですから、きっと良い大学生活を送ることになると期待しています。
私には叔父に当たる三笠宮が元気に白寿を迎えられたことは私どもの大きな喜びでした。それと共に6月の桂宮薨去という悲しい出来事
もあり、三笠宮、三笠宮妃のお寂しさを深くお察ししています。
先の戦争では、300万を超す多くの人が亡くなりました。その人々の死を無にすることがないよう、常により良い日本をつくる努力を続ける
ことが、残された私どもに課された義務であり、後に来る時代への責任であると思います。そして、これからの日本の、つつがない発展を求
めていくときに、日本が世界の中で安定した平和で健全な国として近隣諸国はもとより、できるだけ多くの世界の国々と共に支え合って歩
んでいけるよう、切に願っています

問2
宮内庁が24年あまりをかけて編纂し、この夏に両陛下へ奉呈された「昭和天皇実録」に関してのご感想と、昭和天皇についての思い出
や天皇としてのお姿から学び生かされていることをお聞かせください。

天皇陛下
昭和天皇実録は、宮内庁書陵部が中心となって多くの資料に基づき編纂したもので、完成までの苦労には計り知れないものがあったと
察しています。携わった関係者の努力に深く感謝しています。これから折にふれ手にとり、御事蹟(ごじせき)に触れていくことになると思
います。このことは大変に困難な時代を歩まれた昭和天皇を、改めておしのびするよすがになろうと思っています。
昭和天皇との思い出については様々なことがありますが、夏の那須の附属邸に滞在していて、御用邸に滞在していらっしゃる昭和天皇、
香淳皇后をお訪ねしたり、植物を御覧になるため、その植物の自生地にいらっしゃるのにお供をしたりしたことが懐かしく思い起こされま
す。実録にも私の結婚の翌年の夏の記述に『皇后及び皇太子妃と御同車にて御用邸敷地外の広谷地(ひろやじ)に向かわれ、同所にて
お揃いで湿地のサギソウ等を御覧になる』と記されています。
この時私は那須を離れ、地方で行われる行事に出ていたのですが、昭和天皇は生まれたばかりの浩宮を守って留守をしている美智子が
寂しくないよう、香淳皇后と共に散策にお誘いくださったのではないかと思います。少し後になりますが、皇后と私とで、廻谷(めぐりや)で
あったかと思いますが、お供した時には、皇后に水辺の白い花で、野生のスイレンであるヒツジグサの花をお教えくださいました。
この2度の大切な思い出のため、皇后にとりサギソウとヒツジグサはそれ以後ずっと特別な花となっていたようで、それから大分後になって
私どもが女の子に恵まれ、清子(さやこ)と名付けたその同じ日に私どもは清子のお印にヒツジグサを選びました。昭和天皇が『大変よい』
とお喜びくださったことが、うれしく思い出されます。
昭和天皇から学んだことは多いと思います。結婚前には葉山の御用邸に昭和天皇、香淳皇后と一緒に泊めていただくこともありましたか
ら、そのような時に昭和天皇から学んだことが多くありました。人のことを常に考えることと、人に言われたからするのではなく、自分で責任
を持って事に当たるということは、昭和天皇の御言動から学んだ大きなことであったのではないかと思っています。


【この1年のご動静】

天皇陛下には、本日、満81歳のお誕生日をお迎えになりました。
この1年は大きなご健康上の問題もなく、お元気にお務めを果たされました。国事行為については、陛下は内閣から上奏のあった1042件
の書類にご署名やご押印をなさいました。
また儀式や行事として、最高裁判所長官の親任式、国務大臣始め88名の認証官任命式、新任外国大使28名の信任状捧呈式、大綬章
及び文化勲章の親授式、勲章受章者の拝謁などに臨まれました。授賞式や記念式典には17回ご臨席になりました。
御所や宮殿では文化勲章受章者及び文化功労者、日本学士院会員、日本芸術院会員、新認定重要無形文化財保持者、シニア海外ボラ
ンティア及び日系社会(青年・シニア)ボランティアの代表等、両陛下のご成婚を記念して創設された皇太子明仁親王奨学金の奨学生、
若手研究者を顕彰する「明日の象徴」受賞者、海外に派遣されて帰国した国際緊急援助隊員にお会いになり、その労をねぎらい励まされ
ました。その回数は26回を数えました。
各省庁の事務次官、外務省総合外交政策局長からのご進講は13回に及び、行幸啓や行事に関するご説明は45回お受けになりました。
このほか、新嘗祭の献穀者や勤労奉仕団として皇居にこられた延べ7958人の方に63回にわたってお会いになりました。

東日本大震災の関係では、皇后陛下と共に今年3月に開催された3周年追悼式にご臨席。7月には宮城県南三陸町、気仙沼市などをご
訪問になり、知事等から復興状況等についてのご説明をお聴きになったほか、南三陸町の商店街や気仙沼市の魚市場をご視察になりま
した。またこの折に、登米市の国立療養所東北新生園をご訪問になり、霊安堂にご供花の後、入所者とご懇談になりました。
ハンセン病療養所は全国14か所ありますが、両陛下は、このご訪問により昭和43年の国立療養所奄美和光園(鹿児島県奄美市)ご訪問
以来、全ての療養所の入所者とお会いになったことになります。
そのほか、被災した歴史文化資料の再生に取り組む活動を紹介する特別展や、復興を支援するチャリティーコンサートにもお出ましになり
ました。

地方へのお出ましは、前述のほかに今年3月には昨年式年遷宮を終えた伊勢神宮をご参拝。5月には全国植樹祭ご臨場のため新潟県に
お出ましになり、その折、平成16年に発生した新潟県中越地震の被害とその後の復興を伝える小千谷市のおぢや震災ミュージアムそなえ
館をご視察、また見附市の葛巻地区ふるさとセンターで平成16年7月に発生した新潟・福島豪雨災害の復旧状況をお聴きになり、刈谷
田川防災公園で水害復旧状況をご視察。
6月には日本学術振興会が神奈川県葉山町で開催した欧米主要国の博士号取得前後の研究者を招致して研究機会を提供するサマー・
プログラムの歓迎レセプションにお出ましになりました。
また、神奈川県横浜市で開催された世界作業療法士連盟大会・日本作業療法学会の開会式及びレセプションにご臨席。
さらに、学童約800人を含む1400人を超える人々が犠牲となった沖縄県から本土に向かう学童疎開船対馬丸が沈没してから今年70年
を迎える沖縄県をご訪問。慰霊碑・小桜の塔にご供花、ご拝礼後、対馬丸記念館をご視察、遺族や生存者とご懇談になりました。
陛下は、平成9年に対馬丸が海底から発見されたとき、「疎開児の命いだきて沈みたる船深海に見出だされけり」と御製をお詠みになって
います。
10月には国民体育大会ご臨場のため長崎県をご訪問。その折に、来年戦後70年を迎えることから平和公園でご供花なさり、恵の丘長崎
原爆ホームをお訪ねになりました。長崎県行幸啓は当初2泊3日のご予定でしたが、大型で強い台風19号が接近したため、関係者がその
備えに専念できるようにとの両陛下のお考えから、2日目の開会式ご臨席後のご予定をお取りやめになって還幸啓なさいました。
11月には全国豊かな海づくり大会ご臨席のため奈良県をご訪問。
また、平成26年2月大雪災害とその後の復興状況等をご視察になるため埼玉県深谷市をご訪問、次いで、有機農業を通じた里づくりで
平成22年度農林水産祭むらづくり部門で天皇杯を受賞した小川町下里地区の農地をご視察になりました。
12月には広島県広島市をご訪問になり、今年8月の豪雨災害とその後の復興状況をご視察、被災者を見舞われ、復興尽力者をねぎらわ
れました。翌日は広島平和都市記念碑(原爆死没者慰霊碑)にご供花なさり、広島原爆養護ホーム矢野おりづる園を訪問されました。
この度、比較的新しい原爆養護ホームをご訪問になったことで、両陛下は広島県内に4か所ある原爆養護ホームの全てを訪れたことにな
ります。

昨年からお始めになった私的ご旅行では、5月に洪水の防止と足尾銅山から流出した鉱毒の沈殿化を目的に作られた渡良瀬遊水地及
び足尾銅山の鉱毒問題に取り組んだ田中正造に関する資料を展示する佐野市郷土博物館をご訪問。また足尾銅山跡地では、鉱毒ガス
や乱伐等による荒廃した山林がボランティア等の植樹活動により予想以上に再生されている様子をご覧になり、お喜びになりました。
9月には青森県をご訪問。東日本大震災により被害を受けた八戸港をご視察、復興状況についてご聴取になった後、種差海岸をご散策。
翌日は、黒石市のりんご生産農家と青森県産業技術センターりんご研究所を訪問されました。
私的ご旅行を含む地方へのお出ましは、ご静養のための御用邸へのお出ましを除き、14県29市5町3村でした。

都内の行幸啓としては、国会開会式、全国戦没者追悼式、恒例となっている日本国際賞、日本芸術院賞、日本学士院賞等の授賞式や各
種周年記念式典等に44回お出ましになりました。このうち2月には両陛下で伊豆大島(大島町)を訪問され、昨年10月の台風26号によ
る土砂災害の状況とその後の復興状況をご視察になり、被災者を見舞われ復興尽力者をねぎらわれました。

外国との関係につきましては、国賓として3月にベトナム国主席閣下及び令夫人、4月に米国大統領閣下、10月にオランダ国国王陛下及
び王妃陛下を両陛下してお迎えになり、歓迎行事、ご会見に臨まれ、宮中晩餐を催され、お別れのご挨拶にお出ましになりました。
オランダ国国王陛下及び王妃陛下とは、御所でもご昼餐を共にされました。
また、公賓として来日されたサウジアラビア国皇太子殿下、アラブ首長国連邦アブダビ首長国皇太子殿下とのご会見、午餐に臨まれたほ
か、ソマリア国大統領閣下、モルディブ国大統領閣下、パラグアイ国大統領閣下、ミクロネシア国大統領閣下と会見されました。
スイス国大統領閣下及び令夫人、マーシャル国大統領閣下及び令夫人、エストニア国大統領閣下及び令夫人、グルジア国大統領閣下及
び令夫人とは両陛下で会見されました。パラオ国大統領閣下とはご会見の後、両陛下してご昼餐に臨まれました。さらに、公賓として来日
されたオーストラリア国首相、バングラデシュ国首相、インド国首相をご引見になったほか、スペイン国下院議長、モロッコ国参議院議長、
キルギス国議会議長をご引見になりました。
公式実務訪問賓客として来日されたトルコ国首相夫妻、イスラエル国首相夫妻とは両陛下でご引見になりました。また同じく両陛下で、
ルクセンブルク国皇太子同妃両殿下、昨年の両陛下インドご訪問時の首相で勲章受章のため来日された、マンモハン・シン前インド国首
相、ヨルダン国国王陛下、王弟アリー殿下及び王族ガーズィ殿下を御所でのご昼餐に、カタール国前首長妃モーザ殿下、ベルギー国王女
マリア・ローラ殿下を御所でのお茶にお招きになりました。
なお今年12月にベルギー国元国王妃ファビオラ陛下が崩御され、閣議了解により皇后さまが国葬にご参列なさいました。
両陛下には、ベルギー国国王フィリップ陛下から直接に崩御をお伝えするお電話があり、陛下は、両陛下と故ボードワン元国王・ファビオラ
元国王妃両陛下との長きにわたった友情に鑑み、皇后さまがご参列になるのが一番ふさわしいのではないかとのお考えを示されました。

在京外交団とは,この1年間に着任後間もない18か国の大使夫妻をお茶に、着任後3年を経過した24か国の大使夫妻を午餐にお招きに
なり、離任する19か国の大使夫妻をご引見になりました。
日本から赴任する44か国の大使夫妻にも出発前にお会いになり、帰国した50か国の大使夫妻をお茶に招いて任地の話をお聴きになり
ました。

御用邸へは、両陛下で葉山御用邸と那須御用邸にお出ましになりました。那須御用邸ご滞在中は、例年どおり農家を訪問されたほか、
陛下が傘寿をお迎えになった折から、過去にご訪問になった農家の方を邸内の嚶鳴亭にお招きになって懇談されました。
8月下旬には例年どおり長野県軽井沢町、群馬県草津町でお過ごしになるご予定でしたが、広島県広島市で豪雨災害が発生したことか
ら全てのご予定をお取りやめになりました。

今年12月、崇仁親王殿下が白寿をお迎えになり、陛下は皇后さまとご一緒に宮邸をご訪問になりました。また、6月8日に宜仁親王殿下が
薨去された折には、両陛下して桂宮仮寓所及び赤坂東邸を訪問されたほか、豊島岡墓地に行幸啓になりました。

宮中祭祀については、恒例の祭祀等に22回お出ましになり、天長祭及び歳旦祭はご代拝とされました。また、新嘗祭神嘉殿の儀につきま
しては、夕の儀は昨年同様にお出ましの時間を短縮され儀式の半ばより出御されましたが、暁の儀は陛下のご健康への影響を考慮して、
儀式終了までの間、御所でお慎みいただくことに改められました。

陛下は今年も例年どおり、皇居内生物学研究所の一画で種籾たねもみのお手まき、お田植えをなさりお手刈りをなさいました。また、陸稲
と粟をお子様及びお孫様方とご一緒に種をまかれ刈り取られました。粟は、新嘗祭の折にお手刈りになった水稲と共にその一部をお供え
になりました。また神嘗祭に際しては、お手植えになった根付きの稲を神宮にお供えになりました。

魚類のご研究については、皇居内の生物学研究所で京都大学教授及び生物学研究所職員らとお続けになっておられ、国立科学博物館
本館で開催された魚類分類研究会には3回ご出席になりました。

この1年は陛下の傘寿を奉祝する様々な行事が催されました。
春と秋には初めて宮殿の特別参観と皇居乾通りの一般公開が実施され、通常は平日に行っている皇居一般参観が土曜日も実施されま
した。また、京都御所秋季一般公開の期間は7日間に延長されました。
皇后さまは陛下のために「日本の民俗芸能」を催され、三の丸尚蔵館では特別展「天皇陛下 昭和28年欧米14か国の旅~新たな感動と
出会い~」が、都内のデパートでは両陛下の傘寿を奉祝する特別展「天皇皇后両陛下の80年―信頼の絆をひろげて―」が開催されまし
た。このほか、皇宮警察音楽隊や警視庁音楽隊による傘寿奉祝コンサート、宮内庁及び皇宮警察の職員主催の音楽会や宮内庁職員によ
る奉祝茶会等が催されました。
一方、傘寿をお迎えになったことを節目として、僅かながら両陛下のお仕事の軽減も話し始められており、両陛下が毎年恒例とされてきた
「こどもの日」及び「敬老の日」にちなんだ施設ご訪問を今年限りとされ、来年からは皇太子同妃両殿下及び秋篠宮同妃両殿下にお譲りに
なることにされました。
また、園遊会でのお道筋を一部変更するなど、お務めの一部を行事の趣旨やご年齢に応じたものとする見直しも進められました。


~NHKニュースより~
天皇陛下 81歳に NHK








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