筑紫の国の片隅で…

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ニューヨーク・タイムズの反日報道について

先月末より体調不良で、ブログを更新する元気がありませんでした・・・。あれこれと書きたいことは沢山有るのですが・・・。

戦後70年近くともなると、その地域の事情に詳しかった方々がお亡くなりになり反論できる人々がいないため、共産党系や9条の会系
さらには在日系の反日左翼団体が、各地で日本と日本人を貶めるための活動を執拗に繰り広げています。日本各地で設置されている
「朝鮮人追悼碑」も、そんな問題の一つといえます。
J-CASTニュースによれば、10月28日、ニューヨーク・タイムズ紙に「戦争犯罪を忘れさせようと、日本で圧力がかかった」という記事が
掲載されたそうです。記事を書いたのはニューヨーク・タイムズ東京支局長のマーティン・ファクラー記者。また彼か、という感じですが…。
ファクラー記者は随分と日本がお嫌いなようで、今までにも数々の日本叩きの記事を書いています、それも殆どが虚報紛いの内容ばかり。
私は、彼は朝日の代理記者ではないのかと思っています。
今回の猿払村(北海道)の件については、昨年12月に追悼碑は自主的に撤去されおり、その後、村に申請が無い状況なのに、何故それ
を蒸し返すような記事を報じたのでしょう・・・。この問題については、朝日と北海道新聞が盛んに報じてきた経緯もあり、ネタ元はおそらく
朝日だと思われます。誤報問題で鳴りを潜めている朝日に代わって、ファクラー記者が反日記事を書いたとみて間違いないでしょう。
中央日報などが早々に彼の記事を引用し日本批判を報じたのが、何よりの証拠というところでしょう。

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2014年10月31日 J-CASTニュースより

朝鮮人追悼碑「ネット右翼の圧力で中止になった」 NYタイムズ紙の日本批判報道が物議

北海道猿払村で2013年11月、戦時中に労働力として動員された朝鮮半島出身者の追悼碑が建立されたが、村の
申し入れで除幕式が中止になる騒ぎがあった。米ニューヨーク・タイムズ紙は、これをネット右翼の圧力でそうなった
と批判的に報じて、物議を醸している。
「戦争犯罪を忘れさせようと、日本で圧力がかかった」 ニューヨーク・タイムズ紙の2014年10月28日付サイト記事
では、こんなセンセーショナルな見出しが躍っている。記事は、アジア版の1面にも掲載された。
圧力がかかったとされた追悼碑の建立は、猿払村の共同墓地で進められていた。もともとは地元の男性が朝鮮出身
者を慰霊しようと発案したものだ。村では旧陸軍が対ソ戦に備えて1942~44年に浅茅野飛行場を建設し、日本人も
含めて多くの朝鮮出身者が過酷な環境で働いていたとされる。そんな中で、80人以上が栄養失調やチフスなどで亡
くなったと伝えられ、飛行場近くの旧共同墓地などに埋葬されたという。
そのことを知った地元男性の呼びかけで、市民団体「強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道フォーラム」などが
06~10年まで発掘調査を行い、39人の遺骨を見つけて近くの寺に安置した。
その後、韓国政府機関「対日抗争期強制動員調査・支援委員会」も加わって追悼碑の建立が進められ、13年11月
26日に除幕式が行われる予定になった。このことが韓国でも報じられると、日本のネット上で騒ぎになり、村には、
「強制連行というが、根拠はあるのか」といった抗議が相次いだ。
そんな中で、村有地の追悼碑建立に村への許可申請がなかったことが分かり、村は除幕式の中止を求めていた。
12月8日には、追悼碑が自主的に撤去され、村の総務課によると、その後は改めて申請はないという。
しかし、ニューヨーク・タイムズ紙は、記事の中で追悼碑が無許可だったことに触れず、ネット右翼の抗議が相次いで
村が建立中止を命じたと書いている。記事では、その抗議について、「村の住民たちは国賊だ」「特産のホタテガイの
不買運動をするぞ」といったものだったと指摘している。
ニューヨーク・タイムズ紙の報道について、猿払村の総務課では、「ニュアンスについては、違う部分があると思います」
と戸惑いがちに取材に答えた。「抗議の電話やメールが多数あったのは事実ですが、圧力があったので除幕式の中止
を申し入れたわけではありません。あくまでも、手続き上の不備があったということです」と説明した。
一方、追悼碑建立などを進めてきた「強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道フォーラム」の共同代表は、取材に
対し、村が話し合いの中でネット右翼の圧力に何か言及したかについてはコメントしなかった。しかし、村が手続き上
の不備だけを挙げたことについては、「それが役場の見解でしょう」と含みを持たせた。
別の場所に建てるかなど、今後については、「まだ何も決めていません」と取材に答えた。ただ「抗議などは気にしない
で追悼碑を建てるべきだという立場に立っています。近く何らかの主体的なアクションをする可能性はあります」と言っ
ている。
記事を書いたのは、ニューヨーク・タイムズ紙の東京支局長だった。そこで、支局に話を聞こうとすると、支局長は取材で
外出しているとのことだった。

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2014年10月30日 中央日報/中央日報日本語版より

右翼から脅迫も「朝鮮人徴用追悼碑」設置する日本の村

北海道の小さな村、猿払。人口2400人規模の「村」で暮らしてきた水口孝一さん(79)は「村のどこかに朝鮮人の遺骨
が隠されている」という50年前の町内郵便局長の言葉を今もはっきりと記憶している。若い頃に聞いたその言葉が気に
なったのは2000年に入ってからだ。水口さんは調査の末、浅茅野飛行場の建設のために朝鮮人徴用者が連れられて
きて、少なくとも80人が栄養失調やチフスで死亡したという文書を入手した。
謎は遺体が埋められた場所だった。墓地と推定されるところは日本製紙が造林したマツ・シラカバの森に変わった状態。
水口さんは村役所および韓国側の団体と協力して発掘を始め、2006年から09年まで3回の作業の末、38人の遺骨を
発見し、近くの寺に安置した。しかし水口さんと村の同僚は「裏切り者」という烙印を押された。
インターネットを通じて結集した日本の右翼団体の脅迫電話が鳴り続け、猿払村の事務所は昨年11月、推進してきた追
悼碑の設置も中断した。右翼団体は、設置費用の一部を韓国政府が支援したという点も問題視した。
ニューヨークタイムズは28日、これを取り上げ、猿払を「裏切り者の村」として脅迫した勢力が「ネットライト(Net Right)」
という点に注目した。「規模は小さいがインターネット空間を通じて団結し、攻撃的な性向を見せる」とし、「水口さんのよう
に自国の暗い歴史を忘れてはいけないという人たちを脅かしている」ということだ。
同紙はネットライトの構成員は主に安定した職場に通えない若年層であり、極右性向を通じて社会に不満を表出してきた
と分析した。阪口正二郎一橋大学教授が「ネットライトの勢力拡大は、(日本人が)自国の衰退を心配する状況を反証して
いる」と解説する背景だ。
同紙は「ネットライトは、日本が過去70年間、長崎原爆を主導した米国はもちろん、隣国である韓国・中国によって『悪党』
と表現されたという点に憤慨している」と診断した。
京本和也(26)という有名右翼ブロガーが代表的なネットライトだ。猿払村の追悼碑設置を「自己虐待的発想」として強く
反対した京本は、ニューヨークタイムズに「日本にずっと謝れという声にぞっとする」と主張した。この人たちは「強制徴用」
という表現にもアレルギー反応を見せる。
同紙の取材に応じたネットライトの一員、的場光昭は「「強制徴用というのは捏造」と主張した。しかし同紙が指摘するよう
に、「日帝時代に朝鮮人約70万人が強制徴用されたというのが主流歴史学者の見解」 「猿払村の朝鮮人徴用者は監獄
のような非衛生的な施設で労役しなければならなかった」というのは否定できない事実
だ。
ネットライト自体は数千人ほどと推定されるが、最近の日本の長期景気低迷に疲れた若い世代がこれに同調して勢力化し
ている。同紙は、ネットライト勢力の牽制に消極的な安倍晋三首相と、安倍政権を制御できないほど没落した野党が問題を
拡大しているという見方を示した。
猿払村だけでなく▼群馬県の朝鮮人追悼碑撤去決定▼長崎原爆朝鮮人犠牲者追悼碑設置の挫折▼極右人種差別団体
・在特会(在日特権を許さない市民の会)の勢力拡大などを取り上げ、「日本には、軍国主義の過去を直視するのが容易で
なかった」とし「最近はネットライトの勢力拡大などで、さらに状況が悪化している」と懸念した。
安倍内閣の山谷えり子拉致問題担当相らは、在特会の幹部と一緒に撮った写真のため非難を受けたりもした。
記事を書いたニューヨークタイムズのマーティン・ファクラー記者は中央日報とのメールで、「極右主義者が意見の異なる人
たちを脅かす傾向が目立っているうえ、これにブレーキをかける日本政治・社会指導者がいないという点に警鐘を鳴らそうと
思った」とし「違う意見を尊重するのは健全な民主主義の基本」と強調した。
しかし水口さんののような人たちの奮闘は希望を見せている。水口さんは、「(ネットライトに反対する)他の日本人が沈黙を
続けているのは薄情だ」とし、「歴史を直視しようとする私たちの目を閉じさせようとする一部の外部勢力には屈しない。最後
まであきらめない」と語った。

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上記の中央日報の記事でネットライトの一員とされる的場光昭氏は、北海道旭川市在住の医師であり、以前から朝鮮人強制連行問題
に取り組まれている方で、いわゆるネトウヨとは違います。的場氏のブログ『そよ風』をご覧になれば、「中央日報」の記事が事実とはほど
遠く、ニューヨークタイムズ東京支局長のマーティン・ファクラー記者が書いた日本叩きの記事が、まともな取材をしないで書かれた虚報
であることが分かります。以下に、マーティン・ファクラー記者が的場氏に問い合せした内容に関しての返信の一部を転載します。
詳しくは、9月9日付けのブログ『そよ風』をご覧になってください。
更に2014年11月05日のブログでは、「ニューヨークタイムズ紙に対する反論」と題して、マーティン・ファクラー記者に対して詳細な反論
文を書いておられますので、あわせて読まれることをお薦めします。
また、的場氏が『正論』 2014年11月号に、〝朝鮮人「人骨」騒動の呆れた顛末〟というタイトルで寄稿されたものも、最後に参照しておき
ますのでご覧ください。


9月9日付けのブログ「そよ風」
http://blog.livedoor.jp/soyokaze2009/archives/2014-09-09.html

「ニューヨークタイムズ紙に対する反論」
http://blog.livedoor.jp/soyokaze2009/archives/51837836.html


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猿払村朝鮮人強制連行慰霊碑建立の問題点

(1)第一点は猿払村への朝鮮人強制連行はなかったという史実です。日本が朝鮮半島に強制性を伴う徴用を施行した
のは1944年9月以降です。猿払村の飛行場建設は1942年着工1943年にはほぼ完成し、通信施設などの付帯設備を
残すのみとなって重労働を必要とする状況ではなくなりました。

(2)飛行場建設に携わった朝鮮人がいたとすれば、それは自由渡航者によるものです。もちろん賃金も、同じ現場で働く
日本人同様に支払われていました。これは道内の炭鉱などで働いていた朝鮮人と同様の処遇であり、こうした重労働に
対しては、当時の巡査の給与の約4倍という高給が支払われていました。 これに関連して重大な証言を紹介します。
樺太残留朝鮮人の補償を日本政府に求める運動がありますが、これについては北海道サハリン友好協会の世話役とし
て、〝サハリン平和交流の船〟で何度も樺太を訪れた元道庁職員の(平成22年)の証言を紹介しておきましょう。
20年ほど前、樺太へ行った時に会った朝鮮人が言うには、「戦前、朝鮮では飯が食えなかった。飯が食いたかったら博多
へ行けといわれて、博多へ来た。博多では飯は食えたが、贅沢ができなかった。贅沢したかったら樺太へ行けといわれて
樺太へ来て生活が楽になった」と言っていたのが、最近行った時に彼は同じ私に向かって「自分は戦前朝鮮半島から強
制連行されて来た。日本政府は補償せよ」と言うのだから、呆れてしまう。
この残留朝鮮人は、終戦間際に朝鮮人にも適用された徴用ですらなく、自らの意思で樺太へ渡ったにもかかわらず、こう
いうことを言うのです。

(3)当時、日本にはタコ部屋労働というものがありました。
あらかじめ賃金を貰い、賃金に応じた期間、宿舎に寝泊まりして、労働力を提供するというものです。また年季が明けた者
についても、正直でよく働く者は宿舎から出て居を構え、「通いタコ」と称して本人の希望によって雇用される場合もありま
した。通いタコの中には、現場近くで家庭をもつ者もありました。

(4)これに関連して重大な証言があります。
2011年に、東川町の遊水池建設のために強制連行されたという二人の老人、パク・シヨン(91歳)・パク・インシク(90歳)
を招いて町民を交えた交流会を行なった席上、挨拶に立った強制連行被害者の一方が多くの町民を前に「仕事はきつか
ったが、おかげで米も買えたし、帰国して家も建てることができた」と語って、〝東川9条の会〟 〝歴史を掘る会〟(これの構成
員は、「強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道フォーラム」と重複する)関係者をあわてさせたといいますが、こうした
報道は一切なされておりません。
私は町民に事実を確かめ、東川町に記録提示するよう申し出ましたが、町が参考にしたのは「強制連行・強制労働犠牲者
を考える北海道フォーラム」が作成したビデオで、該当部分は無かったとの返事でした。

(5)猿払にもどります。
この石碑建立の中心になった「強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道フォーラム」の共同代表は、殿平善彦深川一乗
寺住職・同じく共同代表蔡鴻哲朝鮮総聯北海道本部副委員長であり、参加者の中には北朝鮮関係者をはじめ元日本赤軍
関係者やパレスチナ連帯(元革マル派)など国内だけでなく海外でも過去に重大な破壊工作をおこなった組織の関係者が
含まれています。

(6)月刊誌『正論』の拙稿(朝鮮人「人骨」騒動の呆れた顛末2013.11)に詳述してありますが、この団体は過去に東川町、
次いで、美瑛にも同様の石碑を建立しようとして、特に美瑛町の発掘調査ではニセ墓穴、ニセ人骨を用いて大々的に慰霊祭
まで行っています。これに参加し中心的役割を果たした韓国人は、過去に北のスパイ容疑で韓国公案の家宅捜索を受けた
前歴の持主でした。

(5)美瑛町で彼等が発掘した墓穴や人骨については、警察の科学捜査研究所による鑑定結果、法医学者の証言を得て偽物
であることが判明しています。しかしこのような重大事件を、朝日はもちろん北海道新聞も報じておりません。
しかもこの発掘に参加した大谷大学の宋基燦は、黒土で埋められたニセ墓穴について、「人体など腐るものと接触すると土は
黒くなる」などと、法医土壌学の知見からは全くかけはなれたデタラメを証言しています。
また地元の古老の証言に基づいて発掘を行い、証言の場所に証言と同じ大きさの墓穴が出たのですが、この証言そのものが
法医昆虫学から明らかに間違いであったことも証明されています。

(6)猿払村で発見された人骨についても多くの疑念があります。
①美瑛町もそうですが、猿払の土壌で60年以上埋められた人骨が残ることはない。つまり、埋められた人骨が50年以上残る
のは貝塚周辺、サンゴ礁土壌、石灰岩地域や洞窟、砂漠のような乾燥地域に限られる(法医学者の見解)。
②2006年の発掘調査では「火葬されそのまま放置されたとみられるあばら骨や肩甲骨が数か所で見つかった」としているが、
大腿骨骨幹部でさえも60年以上保存されることは奇跡に近いのに肋骨や肩甲骨が残存することはない(法医学者の見解)。
③彼等が2010年に第三次発掘で発見したという人骨について数々の疑念がある。
まず、埋葬後70年を経て人骨が残ることは美瑛町同様ありえない。歯にたばこのヤニが付着していたというが、長く埋められた
歯は白色または淡いピンクであり、ヤニが残存することはない。つまり比較的新しい人骨である(法医学者の見解)。
また当時日本国内ではタバコは貴重品で遅くとも1941年当時、一人一個に制限されていた。これを歯にヤニがたまるほど豊富
に彼らがいう強制連行された朝鮮人労働者に与えるとは考えにくい。
歯の状態から幼い頃の栄養状態が悪いことまで分る、としているが歯に異常がでるほど栄養状態が悪いということは、成長もそ
れなりに阻害されているはずであり、重労働の人夫としては不適であり、彼らのいう強制連行の対象にはならない。
腰の骨から腰痛があったことがわかり、遺骨は30代前半のものとしているが、腰椎は長管骨に比べて骨皮質がうすく、腰痛の
有無を論じる程の保存状態は考えられない。また、私は腰痛を専門とする医師であるが、骨の形からでは腰痛の有無は判断で
きないのが通常である。
④殿平氏はその著書『遺骨』の紹介記事(北海道新聞2013.12.4)において、「背骨が不自然に曲がった遺骨が物語る過酷な
現実」などとしているが、成人男性の背骨が2年程度の重労働で「不自然に曲がる」ことはない。
以上の数々の疑念、そして美瑛町の経緯から考えると、発見された人骨は他から持ち込まれた新しい人骨、もしくは動物の背骨
である可能性が高いということです。

(7)この碑の問題点
①浅茅野には徴用による朝鮮人労働者は来ていなかった。したがって碑文に「強制」があるとすれば、これは歴史の捏造である。
②発掘したとされる人骨は本当に骨なのか、或は骨であったとしても人骨だったのか、さらに朝鮮人労働者のものなのかという
検証がなされていない。仮に日本人の人骨が含まれているとすれば、亡くなった方は朝鮮人として祀られることをどう思うであろ
うか。再発掘して一体一体厳密な法医鑑定とDNA鑑定をすべきである。
③日本の領土である村有地に、韓国政府機関が出資、その意を受けた朝鮮総聯が深く関わる組織が施設を建てる、しかも無申
請で建てることは立派な犯罪である。
④仮に村が土地を提供したとすれば、日本政府の頭越しに韓国政府と村が勝手に金(村は地価分)を出し合って施設を造った
ことになり、外交・行政両面から大変な問題である。日本の主権を韓国と北朝鮮に侵害されたといっても過言ではない。
⑤村の共同墓地の取り付け道路真正面に、韓国政府機関出資による碑がドカンと建っていることに対する、村民感情への配慮
が全くない。

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2013年11月22日 KAZUYA CHANNEL
北海道猿払村で韓国が不穏な動き

2013年11月23日 KAZUYA CHANNEL
猿払村朝鮮人追悼碑は建設許可をとっていないことが判明!

・…………………………………………………………………………………………………………………………
北海道新聞 平成25年11月23日朝刊34面より

除幕式中止に 朝鮮人追悼碑 設置申請なく (猿払)

〔猿払〕 宗谷管内猿払村は22日、戦時中に日本へ労働力として動員され、犠牲になった朝鮮半島出身者の追悼碑除幕式
を中止するよう主催者の実行委に伝えた。
建設地が村有地であるにもかかわらず、必要な許可申請が出ていなかったためで、今後、碑の設置場所や碑文の内容な
ど善後策を実行委と協議する。除幕式は26日に予定されていた。市民団体「強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道
フォーラム」や地元住民で作る実行委は、1942~44(昭和17~同19年)に同村と同管内浜頓別町にまたがる旧陸軍浅茅
野飛行場の建設工事に動員され、犠牲になった朝鮮半島出身者の発掘調査を2010年まで行い、計39体分の遺骨を発見。
韓国政府機関と実行委が共同墓地(村有地)に追悼碑を建立することを決めた。
韓国側では、政府機関が20日、追悼碑建設事業費180万円について「韓国政府予算と猿払村からの支援金が使われた」
と発表。韓国メディアが同日、同様の表現で報道したところ、インターネットニュースを見た日本の市民団体などから事実関
係をただす電話やメールなど約100件の抗議が猿払村に相次いだ。村によると、村が費用を支出したという事実はないが、
村が経緯を調べるうち、村有地使用手続きの不備などが判明し、実行委に除幕式の中止を要請した。
実行委の水口孝一共同代表(78)=猿払村=は、「村側に設置の許可を取らないなど、実行委側にも落ち度があった。関係
者にご迷惑をかけ申し訳ない。韓国側にも説明した上で、今後、いい方向に進められればと思う」と話している。


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2013年11月25日 J-CASTニュースより

北海道で「強制連行」朝鮮人慰霊碑騒動、実は「無許可」
「日本最北の村」役場も困惑・・・「根拠はあるのか」抗議100件以上


北海道北部に位置する「日本最北の村」猿払村(人口2854人)で、一基の「慰霊碑」が波紋を呼んでいる。
追悼の対象となっているのは、第2次大戦中、この地に「強制連行された」とされる朝鮮半島出身の労働者たちだ。
2013年11月26日に除幕式が行われる予定で、地元紙 北海道新聞も14日付でその完成をしっかり報じていた。
ところがこの慰霊碑、実は「無許可」。しかも韓国紙が、村も建立に関わっていたと報じたため、騒動はますます大きくなった。
「強制連行というが、根拠はあるのか」 村役場の担当者は、この5日ほどの間に、こうした「問い合わせ」を優に100回以上
は受けたと語る。「確かに、慰霊碑を作るという意向があるということは聞いていた。だが、村役場として正式に把握したのは、
19日、村長に除幕式の出席を求める案内が届いてからです」(村職員)問題の慰霊碑は現在、村の共同墓地に静かに鎮座
している。
「記憶」「継承」---こう大書された、高さ2メートル余りの真新しい石碑だ。碑には日本語とハングルで建造の趣旨が刻まれる。
なぜ、この村に慰霊碑が作られねばならなかったのか。話は第2次大戦中にさかのぼる。
かつてこの地では旧陸軍により対ソ戦に備え、浅茅野飛行場の建造が進められていた。1942~44年にかけて行われた工事
には、日本人労働者に加え、多くの朝鮮半島出身者が動員され厳しい環境での重労働に。少なくとも100人近くが亡くなった
ことが当時の資料から確認されている。
遺体は飛行場近くの旧共同墓地などに火葬・埋葬され、その後は半ば忘れられた存在となっていた。2000年代に入り、これら
の動員を「強制連行」と位置付けた上で、朝鮮人労働者たちの遺骨を「故郷」に返還しようという運動が本格化する。
中心となったのは、地元住民、そして研究者や宗教者、在日コリアンなどからなる市民団体「強制連行・強制労働犠牲者を考え
る北海道フォーラム」だ。
2006年から始まった発掘作業には、日韓の大学生などが参加、その取り組みは、地元紙・北海道新聞、朝日新聞などにもたび
たび紹介された。そして建てられることとなったのが、上記の慰霊碑だ。
建立には発掘関係者とともに、韓国政府系機関「対日抗争期強制動員被害調査及び国外強制動員犠牲者等支援委員会」も
携わった。除幕式には村長の出席も求めるなど、猿払村での活動の「集大成」となるはずだった。
ところが、この事実を韓国紙が20日に報じると、日本のネットは大騒ぎとなった。特に、その報道では村も建立に関わっていると
受け取れる内容だったため、「韓国側の主張に沿った碑を自治体が作るとは」などと唱える人が相次いだのだ。
突如日本各地からの「電凸」を受ける羽目になった村役場の担当者はしかし、村は建立には関与していなかったと強調する。
そもそも村有地である共同墓地への建立には村長の許可が必要だが、その申請も村側では受けていなかった。要するに「勝手
に作られた」というのだ。このことを理由に猿払村は除幕式の中止を市民団体側に求め、ひとまず慰霊碑のお披露目は先送り
に。宙に浮いた格好の慰霊碑はどうなるのか。「もちろん、このままにはできません」と担当者は言う。協議はこれからだが「改め
て申請を出すか、移転するか」のどちらかを選ぶことになるそうだ。
なお、韓国・聯合ニュースでは「無許可」問題には触れず、あくまで上記の「抗議活動」などの圧力が除幕式中止の原因だとし
ている。

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2013年12月13日 NEWSポストセブンより

韓国の反日工作が日本でも 最北端の村に強制徴用記念碑建立

従軍慰安婦問題について、韓国側は世界各地に慰安婦像をつくり、問題を拡大させてきた。
いま、それと同じことが、朝鮮人労働者の戦時徴用問題で起きようとしている。なんと北海道の寒村に、追悼碑を建てようという
動きが起きていたのだ。 11月20日、韓国メディアの報道が、北海道のある村に波紋を起こした。
「韓国政府機関の『対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者支援委員会』は20日、日本による植民地時代
に北海道・猿払村の浅芽野飛行場の工事現場へ強制動員された犠牲者を追悼する碑石を建設すると明らかにした。除幕式は
猿払村で26日に行われる」(聯合ニュース日本語版) 北海道新聞でも同様に追悼碑の建立計画が記事になった。
猿払村は、北海道の宗谷岬に位置する「日本一北にある村」で、人口は3000人に満たない。その村が期せずして、日韓問題の
矢面に立たされたのだ。本誌記者が現地に飛ぶと、村役場の職員は困惑していた。
「石碑の件は報道で知りました。村では以前、(飛行場に徴用された)朝鮮の方々の遺骨を発掘する調査に協力したのですが、
今回のことは経緯も全く知らず、報道の直後にいきなり『石碑の除幕式をやるから村長に出席して欲しい』との案内状が届いた
のです。ただし、石碑の建立が予定されている共同墓地は村の所有地なので、その手続きが済んでいません。石碑はまだ完成し
ていなかったので、工事の中止を要請しました。報道のあとには村に抗議の電話もいただいている。正直、動揺し困惑していると
いうのが、隠しようのない事実です」(総務課長)
結局、抗議の殺到や役場からの要請を受けて、除幕式はいったん中止になった。
石碑の建立が予定された共同墓地を訪れてみると、草原の中に墓石が並んでいる。そのなかの周囲を真新しい砂利で囲われた
一角に、ベニア板で覆われた四角い箱があった。ここに高さ2メートル以上の石碑を建て、「記憶 継承」などの文字を刻む予定
だという。石碑は、韓国の政府機関に日本の市民団体や一部の地元村民が協力する形で計画が進められてきた。
共同墓地の関係者は、「遺骨の発掘調査にはみんな協力的だったけど、そのあと韓国の人たちや市民団体がどんどん入ってきて
資料を見せろ、確認させろと騒がしくなってきた。それで地元民はだんだんお付き合いしなくなった」という。
地元で石碑の実行委員会の共同代表を務める水口孝一氏が一連の経緯を説明する。
「村が全く知らなかったはずはないんですが、自分たちもしっかり申請していればよかったし、石碑に入れる文言をすりあわせたり
する必要もあったかと思います。(日本の)市民団体が『強制労働』という言葉にこだわり、騒動で、文言の入ったプレートを外すこ
とになりました。そもそもは(韓国政府機関の)委員長が昨年4月に韓国から来て、『形に残したい』という話が出た。今年の9月は
じめに再び委員会から『部署がなくなるかもしれないから急いで作れないか』と打診が来て、地元民として以前、遺骨の発掘調査
を手伝っていたし、犠牲になった人たちを忘れないという思いはあるから、お手伝いすることにしたんです。ただ、こうした騒ぎにな
ると、政治的に利用されたという側面も、おっしゃるとおり多分にあるのかもしれません」
石碑は韓国から石を送ってもらい、文字を彫るなどの費用も含め130万~140万円ほどの実費を、韓国の政府機関が負担する予
定になっていたという。石碑は殆ど完成しており、今後改めて除幕式が開かれるのか、計画が中止されるのか、現段階では決まっ
ていない。

(週刊ポスト2013年12月20・27日号)

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ちなみに、記事に出てくる水口孝一氏(実行委共同代表)は、2009年5月に北海道新聞のインタビューを受けています。
不思議なのは、朝鮮人のことは熱っぽく語るのに、同胞の日本人に対する追悼の念を示そうともしません。余程、朝鮮人に対して
思い入れがあり、〝朝鮮人強制連行〟という虚構を信じて疑わない人物なのでしょう。


北海道新聞 水口孝一氏


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『正論』 2014年11月号より
正論 2014年11月号「朝鮮人人骨騒動」01
正論 2014年11月号「朝鮮人人骨騒動」02
正論 2014年11月号「朝鮮人人骨騒動」03






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