筑紫の国の片隅で…

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太宰府の民家で発見の神像、九州最古か

九州歴史資料館(福岡県小郡市)が発表したところによると、2012年11月、宝満山(太宰府市)での史跡調査の過程で
民家から偶然見つかった神像(男神立像)が、9世紀頃(平安時代初期)の作とみられ、九州最古の神像の可能性があ
るということです。これまで九州では、10世紀後半の八幡奈多宮(大分県杵築市)の神像が最古とされていました。
日本最古級とされる松尾大社(京都市)の神像と、ほぼ同時期(9世紀頃)の作だとすれば、貴重な研究資料ということに
なります。

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2014年09月22日西日本新聞より
太宰府で9世紀の神像確認 九州最古か、民家で発見
九州歴史資料館(九歴、福岡県小郡市)が、九州最古とみられる神像彫刻を同県太宰府市内の民家で発見した。
形状などの特徴から平安時代前期の9世紀に作られたと推定され、国内最古級の可能性もある。10月10日に始まる
九歴の特別展「福岡の神仏の世界」で一般公開される。
発見されたのは、貴族の装束をまとった男神立像(りゅうぞう)。カヤ製の一木造りで、台座を含む高さは55.6センチ。
一昨年、宝満山の史跡調査の過程で偶然見つかった。
九歴の井形進学芸員(仏教美術史)によると、頭部が大きく胴体が太いなどの形状、衣のひだの彫り方などの技術が平
安時代前期の神像の特徴を示す。井形さんは「古さはもちろん、簡素に神を表現する技術も優れている」と話す。
日本に現存する最初期の神像は、松尾大社(京都市)の男神坐像など9世紀にさかのぼる。九州では、10~11世紀に
作られた八幡奈多宮(大分県杵築市)の八幡三神坐像などが最古の神像とされていた。一方、仏像彫刻では浮嶽神社
(福岡県糸島市)の仏像などが9世紀に作られ、九州最古級という。
発見された神像は、角張った頭部がこれらの仏像と酷似し、「北部九州の信仰文化圏の中で生み出されたものだろう」
と井形さんは推察する。来歴は不明だが、もともとは北部九州の有力者の手にあったとみられる。
別府大学の八尋和泉客員教授(仏教美術史)は、「神像は人目に触れないように保管され、仏像に比べて比較研究が
進んでいない。今回の発見は、全国的な神像研究が進むきっかけになるはずだ」と指摘する。

               9世紀の神像


2014年9月22日 朝日新聞デジタル/福岡より
太宰府に神像、九州最古か 平安時代前期の作
九州最古とみられる神像彫刻が、福岡県太宰府市の民家に保管されていたことがわかった。
九州歴史資料館(福岡県小郡市)が確認し、21日、明らかにした。平安時代前期の作とみられ、形や構造の特徴から、
現存する国内最初期の神像が造られた9世紀制作の可能性がある。
神像彫刻は剣や鏡などのような神体の一つで、神社に人目に触れないよう保管されることが多い。
今回見つかった神像彫刻は貴族の装束をまとう男性の立ち姿で、台座を含め高さは55.6センチ。材はカヤとみられ、
内側にえぐりを入れない一木造り。体形は幅広く奥行きがあり量感豊かで、顔立ちは険しい。
彫刻表現はシンプルで衣のひだは深く、角張った冠をひもで縛る様子も表現されている。
九歴によると、こうした古式をとどめた姿から、現存最古とされる松尾大社(京都市)の神像などと同じ9世紀に造られ
たとみている。九州では10~11世紀ごろの八幡奈多宮(大分県杵築市)の像などが最も古いとされてきた。
詳しい来歴は不明だが、九州最古級の木像仏群といわれる、浮嶽神社(福岡県糸島市)の木彫像群や旧若杉観音堂
の木造千手観音立像(九歴で保管)などと造形上の共通点があり、北部九州で造られたとみられる。
九歴の井形進学芸員(仏教美術史)は、「9世紀にさかのぼると思われる神像の出現は驚きだ。初期の神像は、座像や
僧形が多く衣冠束帯風の立像は珍しい。初期から多様な姿があったことを示唆し、新しい基準作になる」と話す。
神像は、10月10日から九歴で始まる「福岡の神仏の世界」展で展示される。 (編集委員・中村俊介)

《解説》 伝播の過程に新視点
神像彫刻には謎が多い。仏像が寺院で広く礼拝の対象になってきたのと対照的に、神像は神殿の奥深くに隠され、
「軽々しく見てはならぬもの」との性格が強いからだ。仏像に比べて研究も進んでいないだけに、古式の神像が新た
に見つかった意味は美術史上でも大きい。当時の神像彫刻の中心から外れた地域での確認も、研究者を驚かせた。
神像は当時都が置かれた近畿から、徐々に地方に伝わったと考えられているからだ。今回の発見は、神の像を造る
文化がかなり早くから九州に浸透していたことを物語り、神像信仰の成立や伝播の過程を解く新視点を提供したと
いえる。日本で神像が造られ始めるのは奈良時代末で、現存するものは9世紀が最古。仏像の影響を受けて成立し
たと考えられているが、今回の神像には仏教的な影響が弱いとの指摘もあり、神としての姿形が初期から確立して
いた可能性も出てきた。素材には、うろ(空洞)のある木が使われていた。
日本には古くから森羅万象に魂が宿るとするアニミズムの考え方があり、八百万の神々もその表れだ。
「うろのある木に聖性を認め、素材に選んだのかもしれない」と九州歴史資料館の井形進さん。とすれば、いにしえ
の信仰の一端を垣間見る材料としても興味深い。

《八尋和泉・別府大客員教授(仏教美術史)の話》
格段に古く、9世紀と言われて否定する人は少ないだろう。全国的に注目されるべき大きな発見だ。
造形的にもしっかりしている。なぜ京都や奈良でなく九州で見つかったのか、どんな系統なのか。
これを機に神像研究が進むことを望みたい。






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