筑紫の国の片隅で…

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朝日の検証記事を「検証」する産経

昨年、今年と河野談話に関するスクープを報じるなど長年、慰安婦問題に取り組んできた産経新聞は、人民朝日の検証記事について
8月6日から10日にわたって取り上げ、阿比留記者が中心となり検証・批判記事を報じていました。
読売と違って、産経の記事は「朝日の罪は、こんな内容で赦されるようなものではない」という、強い憤りがこもっている気がします。

20年以上も慰安婦問題に関わり、反日勢力と対峙してこられた西岡力也東京基督教大学教授がコメント寄せておられますが、その中
で「自らの報道だけでなく、日本が被った損害も併せて検証する責任がある」「過ちを犯せば責任を取るのは当然だ」と、諌言されていま
す。産経の基本スタンスもこれと同様なのだと思います。

かたや朝鮮日報が8月9日、人民朝日を擁護するようなコラム(ソンウ・ジョン国際部長)を掲載していました。
《朝日はいくつかの誤報を公にして訂正した上で「慰安婦の強制動員はなかった」という日本社会で主流を成す主張を再度批判した》
《旧日本軍の従軍慰安婦をめぐる朝日新聞の闘いは20年以上になる。加害者の国の新聞が常に被害者側に立って闘ってきた》
《孤立し疲れが見えてきた。これを知恵を持って助ける方法が韓国政府にはあるはずだ》と、同朋を優しく慮っています。
 (8月9日朝鮮日報日本語版 http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2014/08/09/2014080900729.html

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平成26年8月6日 産経新聞より

日本の名誉傷つけた

朝日新聞が吉田清治氏の証言を虚偽と判断し、記事を取り消したことは良かった。しかし、評価に値するのはその一点のみだ。
朝日新聞が自らの非を認めるまで30年以上かかった。その間、国際社会に日本の負のイメージがどれだけ浸透し、日本の名誉
が傷つけられたことか・・・。朝日新聞は自らの報道だけでなく、日本が被った損害も併せて検証する責任がある
また、一見すると反省しているように見える紙面も姑息さが随所にうかがえる。例えば、朝日新聞は「挺身隊」と「慰安婦」を“誤用”
したという。だが、挺身隊は慰安婦ではない。事実と異なる報道をすれば、どんな事情があるにせよ“誤報”に他ならない。
誤用という言葉の裏に、誤魔化しや保身の念が透けて見える。
朝日新聞は日頃の報道で、舌鋒鋭く政治家の責任を追及する。過ちを犯せば責任を取るのは当然だ。今こそ、その自浄能力を大
いに発揮してもらいたい。 (西岡力也/東京基督教大学教授)

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平成26年8月6日 産経新聞より

「慰安婦」朝日検証 訂正まで32年 明確な謝罪避ける

朝日新聞が5日付朝刊に掲載した、これまでの同紙の慰安婦報道の検証記事は、一部の記事が事実無根だったことや不正確なこと
は認めて反省は表明した。しかし、明確な謝罪は行っていない。
1面の記事で杉浦信之編集担当は「『慰安婦問題は捏造』という主張には決して同意できません」と訴えるが、少なくとも大手メディア
では、そのような主張はしていないはずだ。朝日新聞の検証記事を「検証」してみた。 (阿比留瑠比)

朝日は今回の検証記事で、慰安婦募集の強制性を認めた平成5年の河野洋平官房長官談話について「『強制連行』ではなく、戦場の
慰安所で自由意思を奪われた『強制性』を問題にした」と位置づける。
また、「93年(平成5年)以降、朝日新聞は強制連行という言葉を、なるべく使わないようにしてきた」「軍などが組織的に人さらいのよう
に連行した資料は見つかっていません」などとも書いている。だがそれまで朝日が「主として朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した」
(4年1月11日付朝刊記事)、「『挺身隊』の名で勧誘または強制連行」(同年1月12日付社説)などと、強制連行を強調してきたことへの
反省はない。朝日は自社が熱心に唱えた強制連行説の旗色が悪くなると、「日本軍が直接に強制連行したか否か、という狭い視点」(
9年3月31日付社説)と、論点をずらし始めた経緯がある。
今回、朝日は「確認できただけで16回、記事にした」(検証記事)という、自称・元山口県労務報国会下関支部動員部長、吉田清治氏の
証言を「虚偽だと判断し、記事を取り消します」と明らかにした。ただ、朝日が初めて吉田氏の記事を掲載したのは昭和57年9月であり、
過ちに気付くまで実に32年近くかかったことになる。その間、朝日は吉田氏を「ひと」欄(58年11月10日付朝刊)で「朝鮮人を強制連行
した謝罪碑を建てる」と紹介したり、夕刊1面コラム「窓 論説委員室から」(平成4年1月23日付)で証言を次のように取り上げたりして
きた。「(朝鮮)総督府の五十人、あるいは百人の警官といっしょになって村を包囲し、女性を道路に追い出す。木剣を振るって女性を殴り、
蹴り、トラックに詰め込む」 「吉田さんらが連行した女性は、少なくとも九百五十人はいた」その後、吉田氏の証言が虚偽と判明してから
も、朝日は「(吉田)氏の著述を裏付ける証言は出ておらず、真偽は確認できない」(9年3月31日付朝刊記事)とするにとどまり、訂正しよ
うとはしなかった。
国連人権委員会に提出され、慰安婦を「性奴隷」と認定した8年の「クマラスワミ報告」が、吉田証言を引用しているのも朝日が繰り返し
吉田氏の紹介を続け、知名度を上げたことと無縁ではないだろう。
朝日は、もともと無関係の慰安婦と工場などで働いた女子挺身隊を混同した理由について「原因は研究の乏しさにあった」と書く。
また、「朝日は93年(平成5年)以降、両者を混同しないように努めてきた」としているが、両者が別の存在であることは、少しでも調べれ
ば分かることだ。韓国政府ですら、4年7月に発表した「日帝下の軍隊慰安婦実態調査中間報告書」の中で両者の混同を戒め「女子勤
労挺身隊と慰安婦は区別すべきだ」と指摘している。
元朝日新聞ソウル特派員のジャーナリスト、前川惠司氏も今年5月、産経新聞の取材に「挺身隊と慰安婦が違うことは、戦時下の日本の
ことをちょっと勉強すれば常識だ。すぐに、訂正がでるだろうと思っていた」と語っている。
朝日は、韓国人元慰安婦の証言を初めて取り上げた、3年8月11日付朝刊(大阪版)の植村隆記者(今年3月退社)の署名記事「元朝鮮
人慰安婦 戦後半世紀重い口を開く」について、「意図的な事実のねじ曲げなどはありません」と結論付けている。
記事は、後に金学順氏と判明する元慰安婦を匿名で取り上げ、「『女子挺身隊』の名で戦場に連行」と書いていたが、金氏は記者会見や
別のインタビューで「母に40円でキーセン(朝鮮半島の芸妓(げいぎ)・娼婦)に売られた」と語っている。
この植村氏の記事が、慰安婦問題に火が付いた大きなきっかけだということを考えれば、朝日は少なくとも訂正すべきだろう。
ところが朝日は今回の検証で植村氏の「金さんがキーセンについて語るのを聞いていない」 「そもそも金さんは騙されて慰安婦にされた
と語っていた」との言い分を引いてみせただけだ。検証はまた、金氏が植村氏に「女子挺身隊の名で戦場に連行」されたと話したかどう
かは明らかにしておらず、植村氏の記事に「意図的」なものが本当になかったかは判然としない。

8月6日 産経3面

■吉田証言 本紙の報道 信憑性に疑問指摘
朝日新聞は「他紙の報道は」という記事で、当時の産経新聞などの報道ぶりを取り上げ、産経新聞(大阪本社版)
が平成5年の「人権考」と題した連載で、吉田清治氏を取り上げたと指摘した。
その中で「被害証言がなくとも、それで強制連行がなかったともいえない。吉田さんが、証言者として重要なかぎを
握っていることは確かだ」と報じていたことを紹介している。産経新聞社広報部のコメントは次の通り。
「当該記事では、吉田清治氏の証言と行動を紹介するとともに、その信憑性に疑問の声があることを指摘しました。
その後、取材や学者の調査を受け、証言は『虚構』『作り話』であると報じています」

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平成26年8月7日 産経新聞 【極言御免】より

慰安婦問題、「吉田証言」に踊った人たち

朝日新聞が5、6両日にわたって朝刊に掲載した同紙の慰安婦報道の検証記事を興味深く読んだ。
朝日の検証は中途半端で言い訳じみた内容ではあったが、韓国・済州島で女性を強制連行したと証言した吉田清治氏に関する記事
(少なくとも16本)を取り消したことには一定の意味がある。もちろん、吉田氏を「職業的詐話師」と呼ぶ現代史家の秦郁彦氏がすでに
平成4年3月に済州島で現地調査を行い、虚偽性を指摘してきた話であり、遅きに失した点は否めない。

◇国連報告に引用
読売新聞の6日付社説「『吉田証言』ようやく取り消し」は、次のように朝日の姿勢を批判した。
「疑問が指摘されながら、20年以上にわたって、放置してきた朝日新聞の責任は極めて重い」 とはいえ、間違いを改めないよりははる
かにマシである。秦氏は6日付朝日に寄稿し、こう書いている。
「前回の検証(97年3月31日)では吉田証言に関して『真偽は確認できない』と抑え気味だったが、今回は『虚偽だと判断し、記事を取
り消します。当時、虚偽の証言を見抜けませんでした』と改めた。謝罪の言がないことに不満の人もいようが、画期的だと評価する人も
多かろう」
吉田氏のことを「腹がすわっている」などと持ち上げ、国内外に広めた朝日がその証言を否定したのだから、今後は吉田証言に依拠し
て慰安婦強制連行説を唱える論者はそうそう出てこないだろう。それにしても慰安婦問題を考えるとき、吉田証言に食いつきこれを利用
して、日本たたきを展開した識者の多さに気が遠くなる。
吉田氏は、慰安婦募集の強制性を認めた平成5年の河野談話作成時には政府のヒアリング(聞き取り)対象となったし、国連人権委員
会(当時)に提出され、慰安婦を「性奴隷」と認定した8年の「クマラスワミ報告」でも引用されている。
日本に批判的なオーストラリア人ジャーナリスト、ジョージ・ヒックスの事実誤認の多い著書「慰安婦」でも、参考文献として吉田氏の本
が記載されている。
4年7月の日本弁護士連合会人権部会報告でも吉田氏の著書が引用された。韓国政府も、同年7月の「日帝下軍隊慰安婦実態調査中
間報告書」で吉田氏の著書を強制連行の証拠として採用しているのである。

◇法廷証言を紹介
社民党の福島瑞穂前党首らとともに、韓国で対日賠償訴訟の原告となる元慰安婦を募集し、代理人を務めた高木健一弁護士に至って
は、これとは別の裁判で吉田氏を2回、証人として招いて証言させた。
民主党の仙谷由人元官房長官の大学時代からの友人でもある高木氏は著書「従軍慰安婦と戦後補償」(4年7月刊)で吉田氏の法廷
証言を26ページにわたって紹介している。その中で高木氏は、こう吉田証言を称賛している。「その証言は歴史的にも非常に大きな意義
がある」 「戦時における日本の社会全体が、いかに正義と不正義の分別さえ全くできなくなっていたか、その異常な状況を証明して余り
ある」。朝日をはじめ、当時の言論空間がいかに事実と虚構の分別さえ、全くできなくなっていたかが分かる。
当の吉田氏は8年の週刊新潮(5月2・9日合併号)のインタビューで、こう開き直っていた。「事実を隠し自分の主張を混ぜて書くなんて
いうのは、新聞だってやっている」。
吉田氏は、自身の創作話に裏付けもとらずに飛びつき、論調が合うからと、恣意的に垂れ流した新聞報道などのあり方を実は冷めた目
で見ていたのかもしれない。 (阿比留瑠比政治部編集委員) 

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平成26年8月8日 産経新聞より

朝日新聞「慰安婦問題を考える」を検証する

朝日よ、「歴史から目をそらすまい」 自己正当化と責任転嫁 随所に

朝日新聞が5、6両日に掲載した特集「慰安婦問題を考える」はいくつか視点の欠落があり、「検証」と言うにはあまりに不十分な内容
だった。朝鮮人女性を強制連行したと証言した自称・元山口県労務報国会下関支部動員部長、吉田清治氏の証言に関する記事16本
を取り消したのはよいが、その他の論点に関しては自己正当化や責任転嫁、他紙の報道をあげつらう姿勢が目立つ。
歴史を直視しようとしない、朝日新聞の報道姿勢に改めて疑念を抱かざるを得ない。 (阿比留瑠比)

5月19日、北九州市内のホテルで、朝日新聞社西部本社の旧友会(OB会)が開かれた。OBで北九州市在住の伊藤伉(つよし)氏は手
を挙げて来賓に招かれた木村伊量社長にこう訴えた。
「慰安婦と女子挺身隊の混同、吉田清治氏の嘘の2点については訂正・削除して朝日の名ではっきり示してほしい。それを何としてもや
るべきではないか」。木村社長は「貴重なご意見をいただいた。詳しいことはここで言えないが、いずれ検証したい」と応じたという。
この出来事は、朝日新聞社内でも、自社の慰安婦報道に問題があることが認識されていたことを物語っている。にもかかわらず、2日間
にわたる特集に謝罪の言葉はなく、言い訳に終始した。

5日の特集では、見開きで「慰安婦問題 どう伝えたか 読者の疑問に答えます」と大見出しを打ち、【強制連行】 【「済州島で連行」証言】
【軍関与示す資料】 【「挺身隊」との混同】 【元慰安婦 初の証言】――の5つのテーマを検証している。
ところが、「虚偽」と断じて記事を取り消したのは、吉田氏による強制連行に関わる証言だけだった。挺身隊と慰安婦の混同については
「まったく別」で「誤用」と認めながらも当時の「研究の乏しさ」を理由に釈明を重ね、「1993年(平成5年)以降、両者を混同しないよう
努めてきた」とむしろ胸を張った。果たしてそうなのか。朝日新聞の4年3月7日付のコラム「透視鏡」ではこう記している。
「挺身隊と慰安婦の混同に見られるように、歴史の掘り起こしによる事実関係の正確な把握と、それについての(日韓)両国間の情報交
換の欠如が今日の事態を招いた一因」つまり、この時点で挺身隊と慰安婦が全く別の存在だと把握しながら、自らの誤用を認めること
も、訂正することも拒んできたことになる。

産経新聞が今年5月、朝日新聞広報部を通じて、慰安婦と挺身隊の混同や強制連行報道について「今もなお正しい報道という認識か」
と質問したところ、こんな回答を得た。「従軍慰安婦問題は最初から明確な全体像が判明したという性格の問題ではありません。(中略)
お尋ねの記事は、そのような全体像が明らかになっていく過程のものです。当社はその後の報道の中で、全体像を伝える努力をしていま
す」。 初めは全体像が分からなかったから、間違いを書いても訂正しなくてもよいと、言わんばかりではないか。しかも今回の特集まで
朝日新聞に慰安婦問題の「全体像を伝える努力」はうかがえなかった。
今回取り消した吉田証言についても、5月の段階で「訂正する考えはあるか」と質問したところ、次のように答えている。
「弊社は1997年(平成9年)3月31日付朝刊特集ページで、証言の真偽が確認できないことを詳細に報じ、証言内容を否定する報道を
行っています」
実際はどうだったか。9年3月の特集ページでは、吉田氏について「朝日新聞などいくつかのメディアに登場したが、間もなくこの証言を
疑問視する声が上がった。済州島の人たちからも、氏の著述を裏付ける証言は出ておらず、真偽は確認できない」と記しただけだ。
吉田証言を16本もの記事で取り上げておきながら、「真偽は確認できない」の一言で済ませ、「証言内容を否定する報道」を行ったとは
言えない。むしろ過去記事の過ちを糊塗しようという意図が浮き上がる。今回の特集でも、自社が吉田氏のどの証言をどう取り上げてき
たかについては殆ど触れていない。これでは何のことだか分からない読者も少なくないだろう。
「強制連行」に関する検証も、朝日は平成3~4年頃は自明の前提として報じており、4年1月12日付の社説「歴史から目をそむけまい」
では「『挺身隊』の名で勧誘または強制連行」と断じている。
その後、強制連行説の雲行きが怪しくなってくると、徐々にトーンを弱め、「強制連行の有無は関係ない」というふうに変えていった経緯
があるが、そうした事情も説明していない。
今回の特集では「読者のみなさま」に、「軍などが組織的に人さらいのように連行したことを示す資料は見つかっていません」と言いな
がら、こうも書く。「インドネシアや中国など日本軍の占領下にあった地域では、兵士が現地の女性を無理やり連行し、慰安婦にしたこと
を示す供述が、連合軍の戦犯裁判などの資料に記されている。インドネシアでは現地のオランダ人も慰安婦にされた」兵士の個人犯罪
や、冤罪の多い戦犯裁判の記録を持ち出し、なおも「日本の軍・官憲による組織的な強制連行」があったかのように印象操作していると
受け取られても仕方あるまい。
「軍関与示す資料」とは、朝日新聞が4年1月11日付朝刊で大きく展開した記事「慰安所 軍関与示す資料」を指す。
政府の河野談話の作成過程検証チームは6月20日、この「主として朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した。その人数は8万とも20
万ともいわれる」と事実ではないことを書いた記事についてこう指摘した。「朝日新聞が報道したことを契機に韓国国内における対日批
判が過熱した」ところが、朝日新聞の5日の特集では、自社の報道が日韓関係を悪化させたという認識は欠落している。
朝日が繰り返し取り上げたことで吉田証言が韓国でも広く知られるようになり、それが対日感情を悪くしたことへの言及もない。
6日付の特集では、わざわざ1ページを割いて「日韓関係 なぜこじれたか」と題する解説記事を載せたが、ここでも自社の報道が両国
関係をこじらせたことへの反省はみられない。
「元慰安婦 初の証言」は、元朝日記者の植村隆氏(今年3月退社)が3年8月11日付朝刊で書いた「元朝鮮人従軍慰安婦 戦後半世
紀重い口開く」という記事を指す。韓国メディアより先に、初めて韓国人元慰安婦の証言を伝えたもので、これも「母に40円でキーセン(
朝鮮半島の芸妓)に売られた」と、別のインタビューなどで語っている金学順氏について、「『女子挺身隊』の名で戦場に連行」と記してい
る。この誤った記事が、慰安婦問題に火が付いた大きなきっかけとなったが、朝日は検証で「意図的な事実のねじ曲げなどはありません」
と非を認めなかった。少なくとも事実と異なることを流布させたのだから、せめて謝罪や訂正があってしかるべきだが、それもない。
問題点はほかにもある。朝日新聞は「他紙の報道は」という欄を設け、産経、読売、毎日各紙もかつて吉田証言を取り上げたり、慰安婦と
挺身隊を混同したりした例もみられたと指摘した。「お互いさまじゃないか」と言わんばかりなので、朝日新聞の9年3月31日付の慰安婦
に関する社説「歴史から目をそらすまい」を引用したい。「ほかの国は謝っていないからと、済まされる問題でもない」
朝日新聞の慰安婦報道により国際社会での日本の評価がどれだけ失墜したか。国民がどれほど不利益を被ったか。
今後も検証していかねばならない。

8月8日 産経16面

【朝日新聞「慰安婦問題を考える」を検証する】

「記者の自負心もうないのか」 元朝日新聞ソウル特派員・前川惠司氏

慰安婦報道が、どのように日韓関係を歪め日本の立場を貶めたのか。朝日新聞の慰安婦問題の2日間の「特集」は、その部分に関する
検証が欠落している。日韓関係悪化の原因は、もちろん朝日新聞だけではなく、慰安婦支援団体や韓国側の動きにもあった。だが、朝日
新聞の一連の報道は、慰安婦支援団体に勢いを与え、運動を正当化させた。そうした点を検証しないのは、おかしいのではないか。点検
であって検証ではなかったと言える。
吉田清治氏の証言を「虚偽」として取り消し、挺身隊と慰安婦の混同を「誤用」と認めたのは、よいことだとは思う。だが吉田証言は本来、
吉田氏にデータ提供や面会を拒まれた段階で、新聞社として明確に疑問を呈すべきだった。
挺身隊と慰安婦の混同についても、当時は戦時中を知る人たちが大勢いたのだから、そうした人に聞けばよかった。「参考資料にも混同
がみられた」と説明するが、それでは記者は一体何をしていたのか。結局、「騙された」 「騙した方が悪い」と、すべて他人のせいにしてい
る。それでは、「相手の言うことをうのみにして記事を書いているのか」ということになる。かえって、読者の信用を落とすのではないか。
後に「元慰安婦が強制連行ではなくキーセンに売られた」という話が出たのなら、本人に確認して報じればよい。
取材の基本動作をしてこなかったことを、自ら明かしてしまったに等しい。ある意味で衝撃を受けた。
産経新聞など他紙も吉田証言を取り上げたり、挺身隊と慰安婦の混同があったことも指摘しているが、「他の人も同じことをやりました」
というのは、報道の世界では通用しない。自分たちが日本の報道を引っ張っているという自負があるならば「他紙はどうだ」とは書けない
はずだ。「朝日新聞にそういう自負心や誇りはもうないんだな」、と感じてしまう。
一般商業紙は、政党機関紙とは違う。裏付けもしていない記事が新聞に出ているんだと読者に誤解させたことは、業界全体にとっても大
きなマイナスだ。朝日新聞だけでなく、新聞という媒体の価値を貶めることにもつながってしまったのではないか。


【朝日新聞「慰安婦問題を考える」を検証する】

「白旗を掲げつつ進軍ラッパ」 拓殖大学客員教授・藤岡信勝氏

世界に広げられた慰安婦問題の解決には、2つのルートしかないと考えてきた。一つは政府による河野談話の撤廃であり、もう一つは、
このプロパガンダの製造・普及の責任主体である朝日新聞社が、報道の誤りを認め、公表し、謝罪することだ。
この度、朝日新聞は自社の慰安婦報道の核心をなす3点の誤りをついに認めるに至った。すなわち、(1)慰安婦を強制連行したとする
吉田清治証言を「虚偽だ」と判断し、記事を取り消した (2)女性を戦時動員した女子勤労挺身隊と、慰安婦を同一視した記事の誤り
を認めた (3)朝鮮や台湾では「軍などが組織的に人さらいのように連行した資料は見つかっていません」と認めた ―の3点である。
画期的なことだ。これによって“慰安婦強制連行説”は、完全かつ最終的に崩壊した。残るのは、「戦地にも遊郭があった」という単純な
事実だけである。世界中のどの国の軍隊も、将兵の性処理システムを持っていた。日本の慰安婦制度は(1)戦場での敵国女性の保護
(2)将兵の性病予防 ―という2つの目的を果たす模範的な制度だった。
ところが、朝日新聞は8月5日付1面に杉浦信之編集担当の「慰安婦問題の本質 直視を」と題する論文を掲載し、「私たちはこれから
も変わらない姿勢でこの問題を報じ続けていきます」と宣言した。
これでは元の木阿弥となる。一体、何が問題なのか。論文は「軍の関与の下でアジア各地に慰安所が作られ、女性の尊厳と名誉が深く
傷つけられた」ことが、「問題の本質」だと主張する。「女性の尊厳と名誉」なる文言は河野談話からとったのだろうが、慰安所があった
ことが本質だと言うのだから、話にならない。
付け火して煙り喜ぶ朝日新聞。朝日報道への批判は燎原(りょうげん)の火の如く広がっている。今回の異例の検証は、朝日新聞のコア
な読者層にまで疑念が広がったことへの危機感の表れではないか。だが、朝日は根本的な路線転換を避けている。
まるで、白旗を掲げつつ進軍ラッパを吹くかのような卑劣で許しがたい挙に出たのである。検証記事も、詭弁と卑怯な言い訳に満ちてい
る。朝日新聞は、その代償を払わされることになるだろう。

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2014年8月9日 産経ニュースwestより

朝日の慰安婦「検証」結局は言い訳・責任逃れ・開き直り
反国家的新聞の日本否定は今後も続く


慰安婦問題での批判の高まりを受けて、朝日新聞が自社報道について「検証」した。とはいうものの結局、言い訳、責任逃れ、開き直り
が基本。たちが悪い。

◇朝日は、問題の本質を見よ
8月5日の1面に編集担当のいわば前口上を載せ、5、6両日とも2ページを使って自社が行ってきた慰安婦報道を特集した。
「慰安婦問題の本質 直視を」と見出しがついた前口上では、一連の記事の一部に誤りがあったことを認めたが、「90年代初め、研究
は進んでいませんでした」。これを言い訳という。
あさましいのは、「似たような誤りは当時、国内の他のメディアや韓国メディアの記事にもありました」のくだり。これを責任逃れという。
そして「戦時中、日本軍兵士らの性の相手を強いられた女性がいた事実を消すことはできません」と強制性の解釈の幅を変え、「私たち
はこれからも変わらない姿勢でこの問題を報じ続けていきます」と結んでいる。これを開き直りという。
事実誤認を含んだ朝日のキャンペーン的な報道で、日本軍が人さらいのごとく女性を「強制連行」し「奴隷」として扱ったかのような印象
が世界に広まり、日本の名誉をはなはだしく傷つけているというのが「慰安婦問題の本質」であって、朝日はそれを直視せねばならない。

◇言い続ける「強制性」
特集面も姿勢は変わらない。5日は、自社の報道を「検証」している。
このうち、済州島で女性を強制的に連行したとする男性の話を繰り返し記事にしたことについては虚偽と認め記事を取り消すとし「慰安
婦」を「女子挺身隊」としたことについても「誤用」とした。評価したいところだが遅すぎる。最初に男性の話を報道してから32年、この間
に国際社会の誤解は、これ以上ないほど広まってしまった。
ほかは先述のごとく、言い訳、責任逃れ、開き直り。特に、強制連行の有無についての開き直りぶりは、ここに至っても変わっていない。
強制性を人さらいのような狭義のものと、広義のものに分け、「女性たちが本人の意に反して慰安婦にされる強制性があった」と結論づ
けた。慰安婦問題についての特集を載せた平成9(1997)年3月31日の社説でも朝日は「全体として強制と呼ぶべき実態があったのは
明らかである」としている。
今回、6日の紙面では学者らから朝日への応援談話を取りつけた。過去を直視することに筆者は異を唱えない。しかし、それが一面的な
断罪によるものであってはならないことは、いうまでもない。慰安婦が高い報酬を得、自由もあったことも指摘されている。

◇原点は過去への批判と精算
なぜ朝日新聞はこれほど激しく日本の過去を忌み嫌い、日本という国を悪く書くのだろう。それは朝日の、戦後の再出発に起源を持つと
筆者は見ている。
日本の新聞は第二次大戦が終わるまで戦争にくみした。多くの教訓をくむべき過去である。終戦前後の朝日を見てみる。
昭和20(1945)年8月14日「すでに幾多の同胞は戦災者となっても、その闘魂は微動だもせず、いかに敵が焦慮の新戦術を実施しよう
とも、一億の信念の凝り固まった火の玉を消すことはできない」と社説でなお戦意をあおった。終戦当日も、「再生の道は苛烈」と呼びか
ける記事で「国体を護持し得るか否かは、片々たる敵の保障にかゝかるのではなく、実に日本国民の魂の持ち方如何(いかん)にかゝる」
とした。後者の文など、しごくまともだと思う。ところが変わり身も、驚くほど早くなされてしまうのである。
20年10月24日「朝日新聞革新 戦争責任明確化」という記事を掲げ、社長、会長が社主の地位に退くこと、全重役らが辞任することな
どを明らかにした。「新聞の戦争責任清算」と題したその日の社説は、こう記している。「固(もと)より新生日本の出現のために、この種の
過去一切への仮借なき批判と清算とが必要なる第一歩をなすことは確かに否めない」。
それは、戦後日本の知識人層が抱いた思いでもあった。戦後進歩的知識人の代表である政治学者の丸山真男など、自分の仕事につい
てこういっている。自分の本が日本社会の病理学的側面にのみ偏執的な関心を抱いていると見られ、また絶望的な自虐の表現を見て取
られても、不自然ではない、と。
戦争への反動としての「過去一切への仮借なき批判と清算」「絶望的な自虐」--これが戦後日本の左傾の、そして戦後朝日の出発点
なのだ。

◇「反日」の自己増殖
それは多かれ少なかれ、戦後の多くのメディアに共有されたものであったかもしれない。しかし日本という国家のためにメディアはどうあ
るべきかを考え、軌道修正する期間は長すぎるほどにあった。朝日はそれをしなかった。
「過去一切への仮借なき批判と清算」を自己増殖的に続けた。その結果が、1990年代以降の慰安婦報道であり、検証とは名ばかりの、
今回の言い訳、責任逃れ、開き直りである。
筆者は過激な言い方は好まない。だが、日本という国の「過去一切への仮借なき批判と清算」を身上とするとは、簡潔にいえば反国家的
、反日的であるということだ。
今回の朝日の「検証」を受けて、韓国メディアは喜んだ。「朝日新聞、右翼に反撃」などと。反国家的新聞の面目躍如ということだろう。
そういうものとして朝日新聞を見ておこう。

(河村直哉大阪正論室長)

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2014年8月10日 産経ニュースより

朝日新聞「慰安婦報道」が触れなかったこと

「私は朝鮮人に対してドレイ狩りをした」との懺悔が後にすべて虚言と判明した“世紀のウソ”「吉田清治証言」を、朝日新聞が初報から
32年目で「虚偽と判断、記事を取り消す」とした。
だが、朝日が最も検証すべきは、1991年夏の「初めて慰安婦名乗り出る」と報じた植村隆・元記者の大誤報だ。記事は挺身隊と慰安婦
を混同、慰安婦の強制連行を印象付けた。しかも義父にキーセン(芸妓)として売られていたことを書かずに事実を歪めたからだ。
しかし今回、同紙は誤報を認めなかった。
2日に渡った特集は、触れたくない部分には触れず、「女性の尊厳」という人道主義に逃げ込んだ。 (久保田るり子)

◇朝日新聞は「誤報」の責任をうやむやにした
1980年代からすでに30年以上も日韓摩擦の原点となってきた慰安婦問題は、争点の強制性の問題で、「朝鮮人女性を挺身隊の名で
強制連行した」との誤報が事実関係を歪曲し、韓国側の反発をあおったことが大きい。その根拠となったのが植村氏の記事である。
記事の第一報(8月11日付)は、慰安婦を匿名扱いにしたうえで『「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、日本軍相手に売春行為を強い
られた「朝鮮人従軍慰安婦」のうち、一人がソウル市内に生存していることがわかり、韓国挺身隊問題対策協議会が聞き取りを始めた』
という内容で『協議会が録音したテープを記者に公開』として、『17歳のとき、だまされて慰安婦にされた』という元慰安婦の証言を報じ
た。しかし、植村氏が書いた女性、金学順さんは挺身隊と騙されたのではなく、親に身売りされていたのだ。
朝日の記事の3日後に、韓国メディアなどへの記者会見で金さんは「14歳で母親に平壌のキーセン検番(学校)に売られ、3年後に義父
に日本軍の部隊に連れて行かれた。私は40円で売られた」と述べ、韓国紙や日本の月刊誌に掲載されている。
挺身隊は総動員体制の用語の勤労動員のことで、慰安婦とは全く関係がない。しかし当時、韓国では混同があったのも事実だった。
そこに、朝日新聞が日本メディアとして「挺身隊としてだまされ連行」と書いた。韓国がこれを強制連行の根拠して飛びついたのはいうま
でもない。
富山県の軍需工場に、教え子の女子小学生を勤労奉仕に出した日本人先生が、教え子を案じている話を聞きつけた韓国メディアが、
『小学生も挺身隊に』『12歳の小学生が戦場で性的玩具にされた』と書き立てた。誤解は一気に拡大して、『天と人が憤怒する日帝の蛮
行』『人面獣心だ』(東亜日報社説)と世論は沸騰、植村氏の挺身隊連行の誤報は反日の火に油をそそぐことになった。
金さんが貧困の不遇な境遇から慰安婦にさせられた経緯は、金さんが名乗り出た91-92年当時に明らかだった。
また植村氏は、その後も金さんの記事を書いたが、挺身隊連行の誤報は正さず、身売りの話も一切、書かなかった。
今回の朝日の特集では、すでに退社している植村氏に事情を聴いているが「テープ中で金さんがキーセン学校について語るのを聞いて
いない」「意図的に触れなかったわけではない」との弁明だけを載せた。
また、「韓国で慰安婦と挺身隊の混同がみられ、植村氏も誤用した」と釈明したものの大きな波紋を呼んだ誤報とは認めず、これまで放
置してきた理由も書かなかった。

◇大阪社会部記者、植村氏はなぜ、ソウルに飛んだのか?
金学順さんは、植村氏の記事が掲載された91年末に来日、日本政府を相手とする戦後補償を求める裁判を起こし日本全国で講演活動
も行っている。金さんら元慰安婦を支援し、この裁判の原告となったのが、韓国の戦争被害者支援団体「太平洋戦争被害者遺族会」(遺
族会)である。そして、「遺族会」の幹部、梁順任さんは植村氏の義母、つまり夫人の母なのである。
裁判の訴状にも、金さんは生い立ちについて『14歳からキーセン学校に通い、17歳で養父に連れられ中国に渡った』と書いた。植村氏が
金さんの事情を知らないわけがない。しかし、誤報は訂正されなかった。
朝日の特集には植村氏の義母の「遺族会」幹部であることは書かれているが、金学順さんの裁判の原告団体であったことには一切、触
れられていない。強調されているのは、取材源が挺対協で、遺族会とは別団体という事実だ。
植村氏は取材の経緯について、「挺対協から元慰安婦の証言のことを聞いた、当時のソウル支局長からの連絡で韓国に向かった。義母
からの情報提供はなかった」とコメントしている。
しかし、朝日新聞ソウル支局は、なぜ支局記者に取材させず大阪社会部の植村記者に任せたのか?特集はなぜ、金学順さんらの裁判に
触れていないのか、と疑問だらけだ。
慰安婦問題を91年以来、追跡してきた西岡力・東京基督教大学教授は次のように述べる。
「そもそも、慰安婦を女子挺身隊の名で集めたというのが吉田清治氏のウソ証言だった。朝日新聞は吉田氏が著書『私の戦争犯罪 
朝鮮人強制連行』(1983年)を出す前から記事で取り上げ、広めた。吉田氏が加害者で、金学順氏の登場は被害者の登場だった。
これが、国際社会に“日本の性奴隷”を世界に拡散させた国連人権委員会のクマワスワミ報告書の根拠に使われた。植村氏の記事は
その発端だった。誤報というだけではない。義母の裁判を有利にするために記事を書いた疑いもある。
私は朝日新聞に慰安婦報道について、たびたび植村氏の実名入りで批判し、昨年には朝日新聞社に公開質問状を送り、若宮啓文・前
朝日新聞主筆に質問や意見交換を求めてきたが、朝日も若宮氏は一度も答えなかった」
大方の朝日慰安婦報道批判は、16度も取り上げた吉田証言について朝日が一体どう考えてきたのか、植村氏の誤報記事をどう評価し
てきたのか ―の回答だった。
編集担当の杉浦信之氏は、今回の特集の意味づけを大上段に『慰安婦として自由を奪われ、女性としての尊厳を踏みにじられたことが
問題の本質です』と述べているが、読者の疑問には答えていない。




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