筑紫の国の片隅で…

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誤報を一部認めた人民朝日、しかし・・・ (その二)

2回目の8月6日の≪慰安婦問題を考える≫では、『日韓関係なぜこじれたか』と題した検証記事を掲載しました。
「河野談話 韓国政府も内容評価」「アジア女性基金に市民団体反発」「韓国憲法裁決定で再び懸案に」として、日韓の関係
悪化の経緯を分析しています。しかしながら、それぞれの事象に関して、朝日の虚報・誤報が与えたであろう影響については、
分析するどころか一言もふれていません。そもそも、日韓関係の悪化の根本原因が朝日の報道にあるのだということを、この
記事を読む限り、朝日自体が認識していないようです。もしくは、分かっていて、敢えてそれに踏み込まないのかもしれません。
火の無い所に付け火して、散々煽っておきながら、朝日の報道に問題や責任は無い、と暗に主張しているわけです。
そのいい例が、過去、朝日と共闘して慰安婦問題を先導してきた共犯者の吉見義明中央大教授の意見を、臆面もなく堂々と
載せていることです。
その吉見義明氏と、長年対立し闘ってこられた秦郁彦氏の意見から紹介します。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
強制連行の有無、検証あいまい 秦郁彦さん(現代史家)

慰安婦問題の主要な争点は、官憲による組織的、暴力的な強制連行の有無と、慰安所における慰安婦たちの生活が
「性奴隷」と呼べるほど悲惨なものだったか否かの2点に絞られよう。政治的、国際的次元に波及したこともあり、論争
は必ずしも決着していないが、二十数年にわたり慰安婦報道を終始リードした観のある朝日新聞が、遅ればせながら
過去の報道ぶりについて自己検証したことを、まず評価したい。関係者は、6月20日に公表された河野談話をめぐる
政府の検証報告書を上回る関心と期待で読み通すのではあるまいか。今回の検証ぶりについて、私なりに個別の論点
を取り上げてみたい。
慰安婦問題の初期イメージを形成し、その後の論調を制約したのは、1992年1月11日の朝日新聞かと思う。
「従軍慰安婦」と題した用語解説に「主として朝鮮人女性を挺身隊の名で強制連行した。その人数は8万とも20万とも」
(傍点は秦)とある。翌日の社説でも同趣旨を繰り返した後、過ちを率直に償おうと呼びかけ解決の方向性まで社説とし
て示したのだ。
これほど誤認と誤報の多い記事は珍しいが、他のメディアが追従したこともあり結果的に、当時の河野洋平官房長官が
強制連行を認めて謝罪し、アジア女性基金を創設して元慰安婦たちに「償い金」を給付する路線が実現してしまう。
今回の検証では、当時の情報不足に起因するとして挺身隊との混同は認めたが、総数と民族別内訳は不明としている。
強制連行の有無については、済州島における慰安婦狩りを証言した吉田清治を16回も紙面に登場させたが、虚言らし
いと判明した93年以降は起用をやめ、強制連行の4文字も「なるべく使わないようにしてきた」と強調した。それでも、
前回の検証(97年3月31日)では、吉田証言に関して「真偽は確認できない」と抑え気味だったが、今回は「虚偽だと
判断し、記事を取り消します。当時、虚偽の証言を見抜けませんでした」と改めた。謝罪の言がないことに不満の人もいよ
うが、画期的だと評価する人も多かろう。しかし強制連行を根拠づける唯一の証言だった吉田証言を否定しながら、中国
やインドネシアで戦犯裁判にかかった命令違反や個人犯罪の数例を引いたり、慰安所での「強制」や「軍の関与」を強調
したりして、「朝日新聞の問題意識は、今も変わっていない」と曖昧に逃げてしまったのは惜しまれる。その関連だろうか、
前回の検証では米軍がビルマで捕虜にした朝鮮人慰安婦たちの尋問報告から、慰安婦の置かれた境遇について「一カ
月三百―千五百円の稼ぎを得て(中略)『都会では買い物も許された』」と引用したくだりを今回は落としてしまった。
付け加えると、彼女たちの稼ぎは、兵士の数十倍という高収入で故郷へ送金していたし、廃業帰国や接客拒否の自由も
あった。奴隷とは言いかねるのに、なぜか国際常識化しかけている性奴隷説に朝日は追随しようとしている
かに見える。
冒頭で述べた2大争点を、1勝1敗で切り抜けようとする戦略的配慮なのか。
皮肉にも韓国では、6月25日に元米軍用慰安婦122人が、性奴隷とされたことに補償と謝罪を求め、韓国政府を相手に
提訴した。他にも、韓国軍用慰安婦やベトナム戦における性犯罪を追及する声もくすぶる。
「自分のことは棚に上げ、他を責める」のは国際情報戦の定石とはいえ、日本も反撃姿勢に転じればよいのではないか。
(寄稿)

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被害者に寄り添う報道必要 吉見義明さん(中央大教授)

朝日新聞は今回の特集で、女性たちが意思に反して慰安婦にさせられたという強制性に問題の本質があることを明確にし
た。軍・官憲による暴力的な強制連行がなければ日本政府に責任はないという、国際的に全く通用しない議論がいまだにあ
ることを考えれば、改めて問題の所在を明示したことは意義があった。
過去の報道について、訂正や誤った経緯の検証をしたことも、慰安婦問題を理解する上で重要だ。
吉田清治氏の証言については、朝日新聞をはじめ複数のメディアが取り上げていた。証言の信用性が疑われるようになり、
強制連行は嘘で、慰安婦問題自体が虚構だという一部の主張を勢いづかせるきっかけの一つにもなった。
証言が虚偽でも、この問題に与える影響はない。今回、関連する記事を訂正したことには賛成するが、問題の研究が進んだ
1990年代の早い段階でできなかったかと、残念に思う。慰安婦と女子挺身隊の混同についても同様に、もう少し早い対応
が望まれた。問題と感じたのは、今回の紙面を読んでも、慰安婦問題の何が課題で、何をする必要があるのか、朝日新聞が
考える解決策が見えてこないことだ。被害者に寄り添う姿勢が紙面からうかがえない。
2日目の日韓関係に関する記事は、両政府の応酬の末に慰安婦問題がこじれていったかのように読める。
一番の原因は、被害者の声にきちんと向き合おうとしない日本政府の姿勢にある。そもそも河野談話は、「多数の女性の名誉
と尊厳を深く傷つけた」と認めたのに、その主体が誰なのか明記していない。女性の人権を侵害した軍や日本政府の責任が
曖昧にされたため、アジア女性基金では、本来政府が担うべき「償い金」を民間が支払うという、根本の「逆転」を許してしまっ
た。これでは被害者は納得できるはずがない。今回の紙面は、被害者の存在を無視するかのような日本政府の問題について
触れていない。
2日目の記事は、今年6月に発表された河野談話の検証結果をなぞり、追認しているだけのように見える。
慰安婦問題は日韓請求権協定で法的に解決済みで、女性基金でも対応してきたし、あとは「未来志向」が大切だと日本政府
はいうが、こうした姿勢と、朝日新聞も同じ立場なのだろうか。
「未来志向」を語ることができるのは被害者であり、加害者は「忘れない」と言い続けるべきだというマイク・モチヅキ氏の指摘
を見逃してはいけない。解決のためには、女性の人権侵害をした主体が軍であることを政府が明確に認めることだ。その上で
、謝罪し、補償し、教育にも反映すべき
だと思う。
国外では慰安婦問題が浮上したあと、旧ユーゴやルワンダで起きた女性への集団レイプと慰安婦問題が、戦時下での女性へ
の性暴力としてつながっているという認識が広がってきた。しかし、国内ではこの問題が私たちの未来のためにも克服すべき
課題だという理解がなかなか進まない
。しかも、慰安婦問題をめぐっては日本の責任を認めようとしない言論が今も一定の支
持を集めている
。どこの国にも見られるように、根底には自国の誇りや名誉を守りたいという意識があるのだろう。個人であれ
国であれ間違うことはある。それでもその時には過ちを認め、再発防止の措置をとることが誇りにつながるはずだ。
朝日新聞には被害者の立場を忘れずに、慰安婦問題を報道し続けてもらいたい。
「過去の克服」をせずに、現在直面する課題に取り組もうとしても、世界の共感は得られないだろう。

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2014年8月6日 朝日新聞デジタル ≪慰安婦問題を考える≫

日韓関係なぜこじれたか

慰安婦問題はどのようにして政治・外交問題へと発展していったのか。日韓両政府の解決に向けた努力にもかかわらず、
なぜこじれて、今に至るのか。 (慰安婦問題取材班)=文中の肩書は当時

河野談話 韓国政府も内容評価
慰安婦問題で韓国の反発が強まったのは1990年6月、参院予算委員会がきっかけだった。
ハンギョレ新聞の記事を元に韓国で慰安婦問題に注目が集まる中、労働省の清水傳雄職業安定局長が慰安婦について
「民間業者が軍とともに連れて歩いている状況のようで、実態を調査することはできかねる」と答弁。韓国世論は反発し、
日本の国会で議論されるようになった。

■「政府の関与」
91年12月には、元慰安婦が日本政府を提訴。内閣外政審議室は、慰安婦関連の資料の調査を始めた。
河野談話の作成過程を検証した日本政府の報告書によると、当時、韓国は謝罪をするよう打診。
日本は「できれば首相が日本軍の関与を事実上是認し、反省と遺憾の意を表明するのが適当」と内々検討したが、対外的に
方針を示すことはなかった。
92年1月11日、朝日新聞は防衛研究所にあった旧日本軍の通達を記事化し慰安所は「国が関与していた」と報じた。
政府も同じ資料を7日に確認していたが、11日になって加藤紘一官房長官と石原信雄官房副長官が協議。宮沢喜一首相の
訪韓が迫っており、石原氏は「ざっくり謝っておきましょう」と提案した。慰安所を使ったことがあるとの話を少年時代に元軍人
から直接聞いていた加藤氏は同意し、11日夜、日本軍の関与を初めて認める。朝日新聞の取材に、「当時の軍の関与は否定
できない」と明らかにし、宮沢首相は、17日の日韓首脳会談で公式謝罪した。
日本政府は92年7月6日、前年12月から進めていた調査結果を発表。加藤氏が「慰安所の設置、募集に当たる者の取り
締まり、慰安施設の築造・増強、慰安所の経営・監督、衛生管理、身分証明書等の発給で政府の関与があった」と述べた。
韓国政府は「努力を評価する」としつつ、「問題の全容を明らかにするに至っていない」と再調査を求めた。

■「強制性」
調査結果の内容に韓国側は、「募集時の強制性を含め引き続き真相究明を行うことを求める。証言等で明らかな強制連行が
調査結果に含まれていないことへの韓国世論の動向が憂慮される」と注文をつけた。
10月中旬にも「『強制の有無は資料が見つからないから分からない』との説明は、韓国国民には真の努力がされていないと
映る」。日本は「強制性の明確な認定をすることは困難だが、一部強制性の要素もあったことは否定できない」とする方針を同
月下旬に決め、韓国側に伝えた。韓国の要求にどう応えるかが、日本の課題となった。
日本は93年1月から軍や朝鮮総督府、慰安所経営の関係者にヒアリングを重ねた。しかし、関係者は官憲による「人さらい
的」な、いわゆる「狭義の強制連行」を否定。その後も朝鮮半島に関しての資料は見つからなかった。
外務省は2月ごろ「自らの意思に反した形で従軍慰安婦とされた事例があることは否定できない」との内部文書をまとめた。
3月の参院予算委員会で、谷野作太郎外政審議室長が「強制は単に物理的に強制を加えることのみならず、脅かし、畏怖さ
せ、本人の自由な意思に反した場合も広く含む」と答弁。「強制」を広くとらえる方向で検討が始まった。
韓国も前年末には「慰安婦になったのが自分の意志でないことが認められるのが重要」と求めていた。
日本政府は強制性についての考えや慰安婦への謝罪を表明するため官房長官談話の作成を始めた。
韓国が求める元慰安婦への聞き取り調査も「事実究明より真摯な姿勢を示し、気持ちを深く理解する」ため実施を決めた。

■「お詫びと反省」
談話は、日本の求めに応じた韓国と、やり取りしながら作られた。例えば、原案にあった「心からおわび申し上げる」について、
韓国は「反省の気持ち」を追加した方が良いとの考えを示し、日本も応じた。一方、慰安婦の募集について韓国が「軍または
軍の指示を受けた業者」が当たったと提案。日本は軍ではなく軍の意向を受けた業者が主として行った、との理由で拒否。
調整は「事実関係をゆがめない範囲」で進められた。
ただ、占領下のインドネシアで軍がオランダ人を強制的に慰安婦にしたことを示す軍事裁判資料は参考にした。
慰安婦の募集について談話には「官憲等が直接これに加担したこともあった」と記した。
自民党が結党以来初めて下野した細川政権発足直前の8月4日、河野洋平官房長官が談話を発表した。
発表前夜には、韓国から「金泳三(キムヨンサム)大統領は評価しており、韓国政府としては結構である」との趣旨が日本に伝
えられた。石原氏は後に「問題は一応決着した」と振り返っている。
発表された談話は、慰安婦について「募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。
お詫(わ)びと反省の気持ちを申し上げる」と述べた。韓国外務省は「全体的な強制性を認めた。謝罪と反省とともに、歴史の
教訓としていく意志の表明を評価する」との声明を発表した。

《元慰安婦の方々に対する内閣総理大臣の手紙》
拝啓 このたび、政府と国民が協力して進めている「女性のためのアジア平和国民基金」を通じ、元従軍慰安婦の方々への
わが国の国民的な償いが行われるに際し、私の気持ちを表明させていただきます。いわゆる従軍慰安婦問題は、当時の軍の
関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題でございました。私は、日本国の内閣総理大臣として改めて、いわ
ゆる従軍慰安婦として数多(あまた)の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し、心からお
わびと反省の気持ちを申し上げます。我々は、過去の重みからも未来への責任からも逃げるわけにはまいりません。
わが国としては、道義的な責任を痛感しつつ、おわびと反省の気持ちを踏まえ、過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝え
るとともに、いわれなき暴力など、女性の名誉と尊厳に関わる諸問題にも積極的に取り組んでいかなければならないと考えて
おります。末筆ながら、皆様方のこれからの人生が安らかなものとなりますよう、心からお祈りしております。  敬具
日本国内閣総理大臣(歴代内閣総理大臣署名:橋本龍太郎、小渕恵三、森喜朗、小泉純一郎)

《河野官房長官談話(1993年8月4日)》
いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表す
ることとした。今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認
められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送については、
旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たっ
たが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加
担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。
なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮
半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。
いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、
改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多(あまた)の苦痛を経験され、心身にわたり癒(いや)
しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫(わ)びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国
としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。
われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研
究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。
なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後と
も、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。


アジア女性基金に市民団体反発
日本政府は元慰安婦に対する「謝罪」の意思を表す金銭的な支援を早い段階から検討していたが、具体的な制度設計に入
ったのは1994年の村山政権になってからだ。同年10月、自民・社会・さきがけの与党3党が、戦後50年問題プロジェクト
チームの「従軍慰安婦問題等小委員会」で議論を始めた。
政府はもともと、65年の日韓請求権協定などで請求権に関する問題は解決済みとの立場で、法的責任は認めていない。
日韓の市民団体は「国家賠償」を要求し、首相を出していた社会党も国家賠償を主張したが「少しでも戦後責任を前進させ
るべきだ」と妥協。民間による寄付金を集めることにした。
95年6月、五十嵐広三官房長官は「女性のためのアジア平和友好基金」(仮称)の設置を発表した。基金の原資は募金で集
め、政府も医療福祉事業費に資金を出す仕組みだ。韓国は医療福祉事業を念頭に、「一部事業に対する政府予算の支援とい
う公的性格は加味されている。誠意ある措置だ」との論評を発表。
韓国の元駐日大使は「社会党が参加する政権だからこそできた動き」と語り、韓国政府も当初は、基金を評価した。

■「国家賠償を」
同年7月、「女性のためのアジア平和国民基金(アジア女性基金)」として発足したが、基金の実施を転機に日韓のすれ違い
が大きくなる。構想段階から、日韓の支援組織などが「基金は国家賠償ではなく、日本政府の責任をあいまいにしている」と批
判しており、中心となった韓国の市民団体「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」は責任者の処罰も求め、最後まで溝は埋
まらなかった。法的責任を認めていない日本政府が、「アジア女性基金は民間の事業」と説明し続けたことも、支援組織には
責任回避に映った。韓国メディアが基金から支払う「償い金」を「慰労金」と訳したことも、韓国世論がアジア女性基金の趣旨
を理解することを妨げた。元慰安婦全員が挺対協と同じ意見だったわけではない。97年1月、基金の受け取りを希望した元
慰安婦に初めて償い金と医療福祉事業費を支給した「伝達式」は、ソウル市内で非公開で進められた。関係者によると、橋本
龍太郎首相名のおわびの手紙が韓国語で代読され、チマ・チョゴリの正装で出席した元慰安婦は泣き崩れたり、喜びの言葉
を口にしたりした。だが、終了後に公表すると韓国社会で強烈な反発が出た。
受け取った7人の氏名が公表され「カネに目がくらんで心を売った」「罪を認めない同情金を受け取れば、被害者は公娼にな
る」との強い非難が元慰安婦に寄せられた。韓国外務省も「我が政府と大部分の被害者の要求を無視して支給を強行したこ
とは遺憾だ」とのコメントを発表。直後の日韓外相会談では、柳宗夏(ユジョンハ)外相が支給手続きの中断を求めた。

■独自に募金
韓国政府が態度を変えたのは、別の案件で日韓関係が急速に悪化した事情もあった。
96年初めに日本が排他的経済水域(EEZ)を設定する方針を決めると、日韓間で竹島領有権問題が再燃。
反日運動が盛り上がるなか、韓国政府は市民団体の声に配慮せざるを得なくなった。当時の対日担当者は「金泳三大統領
は真相究明を強調するばかりで、償い金の受け取りを認めなくなった」と証言する。
挺対協など支援団体は、アジア女性基金に対抗して独自の募金活動を開始。韓国政府は98年5月、元慰安婦に政府支援
金3,150万ウォン(約312万円)と民間募金418万ウォン(約41万円)の支払いを始めた。基金を受け取る意思のない人
だけが対象で、基金の活動は一層難しくなった。
基金は2002年5月、韓国での事業を終了。村山富市理事長は記者会見で「種々の困難に直面したが、受け取りを希望した
元慰安婦への償い事業を実施することができた」と総括した。

〈アジア女性基金〉
河野談話を受けて1995年7月に発足。首相によるおわびの手紙と国民の寄付から償い金200万円、
国費から医療福祉支援事業として120万~300万円を元慰安婦に支給した。
韓国では韓国政府認定の元慰安婦207人中(2002年時点)、61人を対象に実施。
基金受け取りを公表すると韓国社会からバッシングを受けたり、韓国政府からの支給金を受け取れなかった
りしたため、水面下で事業を進めた。
台湾では13人、フィリピンは211人が対象。オランダでは79人が医療福祉事業費のみ受け取った。
インドネシアは元慰安婦の認定が困難だとして、高齢者施設を整備した。


韓国憲法裁決定で再び懸案に
慰安婦問題に関して韓国政府は長く、日本政府には「金銭要求はしない」という基本方針を取ってきた。
93年2月に発足した金泳三政権は、韓国政府が元慰安婦を金銭的に支援する政策を打ち出し、代わりに真相究明や青少年
への学習指導などを日本に求めた。
98年2月、金泳三政権を継いで生まれた金大中(キムデジュン)政権も日韓の友好を重視した。この時期、慰安婦問題を日本
の教科書で取り上げることをめぐり日本国内で反発の声が上がったが、政権は慰安婦問題を日韓の懸案課題に据えることを
避け、外交問題にしなかった。2003年2月に発足した盧武鉉(ノムヒョン)政権も基本的にこの路線を踏襲する。

■違憲と判断
ただ、韓国内では1965年に締結された日韓基本条約の交渉過程を明らかにすることを求める運動が活発化し、関連文書の
公開を求める裁判が起きた。裁判所が公開を命じたため、韓国政府は2005年8月、韓国側文書を全面公開。同時に、サハリ
ン残留韓国人、元慰安婦、在韓被爆者を、韓国側の財産権放棄を定めた日韓請求権協定の例外とすることを確認した。
これを受け、市民団体は慰安婦問題について、韓国政府の取り組み不足を問題とする裁判を起こした。
訴えから5年。11年8月に韓国憲法裁判所が下した決定が、慰安婦問題を再び日韓間の大きな外交懸案に押し上げること
になる。
日本政府は協定によって請求権は全て消滅したとしていたが、憲法裁は元慰安婦らへの個人補償が協定の例外にあたるの
かどうかを、韓国政府が日本政府と交渉しないことを違憲と判断した。もっとも、決定に対し韓国外交通商省は当初、請求権
協定に基づき、解釈の違いを正す交渉を求めるにとどめた。当時の李明博(イミョンバク)大統領も、11年10月に訪韓した野田
佳彦首相に対して、慰安婦問題を提起しなかった。

■少女像建立
ところが状況が変わる。11年12月、慰安婦の支援団体が毎週ソウルの日本大使館前で行ってきた抗議集会が千回を記録
した。記念して同所にこの問題を象徴する少女像を建立したことで、日本国内の世論が急激に悪化していった。直後に京都で
開かれた日韓首脳会談。韓国側は慰安婦問題のほか、日韓経済連携協定(EPA)や日韓物品役務相互提供協定(ACSA)
を包括して解決する案を打診した。しかし、合意には至らず、逆に、日韓首脳が慰安婦問題で応酬する事態に発展した。
日本側は翌12年3月、佐々江賢一郎外務事務次官が訪韓し、駐韓日本大使が元慰安婦を慰問することや政府予算で元慰
安婦への支援事業を展開することなどを打診した。これまでの対日要求の水準を上回る提案だったが、韓国側は、「元慰安婦
や支援団体などが総意として受け入れる案が必要」として、提案を拒否した。
同年7月、李大統領の指示を受けた申珏秀(シンガクス)駐日大使らが解決策を探ったが、今度は日本側が態度を硬化させて
受け入れなかった。
さらに、李大統領が翌8月、韓国の現職大統領として初めて竹島に上陸。直後に韓国政府高官が、上陸の原因として慰安婦
問題での日本の「不誠実な対応」を挙げたため、日本側は強く反発。日韓双方は、解決を目指して水面下で特使を交換した
が、前進はしなかった。

■河野談話検証
13年2月、朴槿恵政権が発足すると、慰安婦問題をめぐる状況はさらに混迷を深めることになった。
同政権は、安倍政権への不信感もあって日韓首脳会談の開催を拒否した。その間、韓国政府は水面下で「佐々江提案」に加
え、①安倍晋三首相が、自身の言葉で「村山談話と河野談話の継承」を表明する②慰安婦に対する政府予算による支援で
「人道支援」という言葉を使わない――を求めた。
この段階で「金銭要求はしない」とする金泳三政権時代の方針が崩れた。交渉も13年12月の安倍首相の靖国神社参拝で
途絶えた。今年に入り、慰安婦問題を議題にした日韓外務省局長級協議が始まった。
ところが、今年6月20日に日本政府の河野談話の検証結果が発表されると、韓国政府は日韓の協議内容を勝手に編集し
たものだと受け止め、態度を硬化させた。
韓国政府関係者によれば、韓国外交省の趙太庸(チョテヨン)・第1次官は同月23日、別所浩郎・駐韓国大使に対して、「日本
政府の信頼性と国際的な評判が傷つくことになる」と批判したという。
韓国政府は、慰安婦問題に関する白書を出版・公表する準備に入った。




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