筑紫の国の片隅で…

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人民朝日の「扇動」で、暗黒面に・・・

この一週間ほど、朝日と毎日の記事をWEBで拾い読みしてみました。両紙ばかり読んでいると、いつのまにか「集団的自衛権行使容認」
は、「立憲主義に反する暴挙だ」「憲法違反だ」「戦争をするための解釈改憲だ」「安倍はとんでもない軍国主義者だ」・・・云々、というよ
うな考え方をしてしまいそうになります。憲法学者や大学教授、元法制局長官や元外務省官僚、元自衛隊幹部、作家・評論家から文化
人といわれる人物まで多士済々で、反対や批判の声を取上げ、もうウンザリするくらい執拗に報じ続けています。他紙を読まなければ、知
らず知らずのうちに、朝日・毎日の報道が正しく、安倍政権のやっている政策が悪い事だと思い込んでしまう怖れが有ります。
だいたい、憲法学者といっても「日本国憲法」を観念的にこねくり回して悦に入っているばかりで、国際法の何たるかを全く理解していな
い朴念仁ですし、大学教授といっても、専門分野以外の事は中学生程度の知識しかなく、一般常識が欠如しており、軍事に関しては全く
の素人です。また、元○○といって「昔の名前で出ています」的な人物は、今は市井に暮らすただの一般人に過ぎません。しかも、その殆
どが左翼リベラルか、「9条の会」関係で左巻き思想の持ち主ばかりです。当然、一方的に偏向した話しか出てきません。
それを、社の主張に沿って、あたかも正論のごとく掲載するのですから、無知で善良な一般読者は、朝日的暗黒面に取り込まれてしまう
のも無理からぬことかも知れません。
かような事を思いつつ、読売や産経の記事を読むと、何故か「ホッ」とするのは私だけでしょうか・・・? そんな記事の中の一つに、私の
お気に入りが、産経の高橋記者が書く、「朝日・毎日への反論」という不定期連載記事があります。毎回「そうだ、その通りだ」と相槌を
打ちながら読んでいます。今回も集団的自衛権問題について、朝日・毎日の報道姿勢について辛辣な指摘をしていますが、成程、納得
の内容だと思います。また、「安保法制懇」のメンバーの一人、佐瀬昌盛防衛大学校名誉教授が『週刊新潮』2014年7月3日号に寄稿
した「集団的自衛権に集団ヒステリーを起こした朝日新聞」で、朝日の報道姿勢を問題視し批判している内容がとても分かり易いので
転載しておきます。

反日左翼の嘘を上念司が完全論破!


一部マスコミの偏向報道を辛坊治郎が非難


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平成26年7月6日 産経新聞 【新聞に喝!】より

平和国家日本のビジョンを語れ

集団的自衛権行使容認の閣議決定(1日)を受け、2日付新聞各紙には大見出しが躍った。
なかでも産経は、「『積極的平和』へ大転換」という大見出しで、その歴史的意義を強調。中見出しで、「今後50年日本は安全だ」と
いう首相発言を掲げた。
対照的に朝日は1面で「9条崩す解釈改憲」、2面で「ねじ曲げられた憲法解釈」、3面で「危険はらむ軍事優先」という見出しを打ち、
日本が戦争に巻き込まれる危険性を警告した。
産経は、集団的自衛権行使容認によって、戦後日本の国の守りがあるべき国家の姿に近づいたと評価。政治家も国民も共に考え、
日本がより主体性をもって判断すべき時代を迎えたという(同主張)。
朝日は、戦後日本が築いてきた民主主義が踏みにじられるとの懸念を示した。この政権の暴挙をはね返すには国会論戦だけでなく、
メディアを含めた草の根の異議申し立てが必要だとした(同社説)。
こうした両紙論調のコントラストは、これが初めてではない。慰安婦問題の「河野談話」を検証した政府報告書(6月20日公表)でも
顕著だ。
産経は、河野談話が「日韓合作」だったという特ダネをすでに報じていただけに、「根拠のない談話により日本の名誉は著しく傷つけ
られている。談話は破棄、撤回を含め見直さなければならない」と断じた(同21日付主張)。
一方、朝日はもともとこの問題の火元と目されているせいか、元慰安婦たちの救済を重視すると同時に、韓国政府の猛反発を懸念。
「もう談話に疑義をはさむのはやめるべきだ」(同社説)と幕引きを主張している。
集団的自衛権や河野談話について、両紙の論調に違いがあることは別に問題ではない。それぞれ、社の方針に沿った主張があって
いい。その違いが、安倍晋三首相の政治信条や国家観に対する評価の違い、ないしは日米同盟、日中韓関係に対する評価の違いに
起因していることは間違いない。
保守を自任する産経が、ナショナリストと評される安倍首相の肩を持ち、中国の東アジア地域での急台頭を牽制する日米同盟強化を
支持するのは当然だ。
逆にリベラルを自任する朝日が、安倍首相の「戦後レジームの転換」を批判、どちらかといえば反米、親中に傾くのも不思議ではない。
両紙論調が併存していることは、むしろ、日本の言論界の健全性を物語るともいえよう。
いま日本の言論界に求められているのは、その健全性よりも平和国家日本のビジョンを語ることだ。歴史の教訓を踏まえ、過去の過ち
を繰り返すことなく、未来志向の展望を切り開くことだ。
戦争の危険性をいくら論じたところで、戦争は防げない。戦争をいかにして防ぐか。その知恵を絞るのに、保守もリベラルもない。

伊豆村房一(いずむら・ふさかず) 昭和16年東京生
慶大経卒、ジャーナリスト、元東洋経済新報社編集局長

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2014年7月5日 産経ニュース 【高橋昌之のとっておき】より

朝日・毎日への反論(10)
集団的自衛権問題 「扇動」ではなく「報道」をしよう


集団的自衛権の行使容認のための憲法解釈変更をめぐる議論は1日、自民、公明両党の与党間で合意が成立し、政府が閣議決定した
ことで決着しましたが、これに対する新聞各紙の紙面・論調はやはり、産経と読売は評価、朝日と毎日は反対と、真っ向から対立したまま
でした。私が書き続けてきたこの「朝日・毎日への反論」シリーズも今回で10回目となります。
朝日、毎日両紙がこれまでの指摘を受け止めていただいたのかどうか分かりませんが、集団的自衛権をめぐる報道ぶりや社説での論じ
方は多少、変わってきたと思っていただけに、先祖返りして自らの従来の主張を読者に押しつけるばかりの「現実から目を背けた情緒的
な紙面と論調」には、落胆を超えてあきれるばかりです。
議論の舞台は今後、秋の臨時国会以降の具体的な立法作業に移ります。そこでは改めて、国会にもマスコミにも政策的で論理的な議論
を求めたいと思います。 国民も同じ気持ちだと思いますので、今回も朝日、毎日両紙の社説の問題点を指摘しておきたいと思います。
まず閣議決定の評価について、産経は「戦後日本の国の守りが、ようやくあるべき国家の姿に近づいたといえよう」、
読売は「米国など国際社会との連携を強化し、日本の平和と安全をより確かなものにするうえで、歴史的な意義があろう」としました。
一方、朝日は「この暴挙を超えて」と題して、「戦後日本が70年かけて築いてきた民主主義が、こうもあっさり踏みにじられるものか」、
毎日は「閣議決定に反対する」と題して、「解釈変更による憲法9条の改正だ。このような解釈改憲は認められない」としました。
この4紙の社説の書き出しではっきりするのは、集団的自衛権行使の憲法解釈変更について、産経、読売が「現在の国際情勢において
日本の安全保障はどうあるべきか」という観点からとらえているのに対し、朝日、毎日はつまり「国際情勢が変化しているとしても、日本は
従来のまま一国平和主義を貫くべきだ」と主張していることです。
どちらが政策的で論理的であるか、良識ある国民の方々には明らかでしょう。
朝日は社説の中で、「自衛隊がPKOなどで海外に出ていくようになり、国際社会からの要請との間で、折り合いをつけることが難しくなっ
てきているのは否めない」と認めています。しかし、論理展開は「それでも日本は9条を維持してきた。『不戦の国』への自らの誓いであり、
アジアをはじめ国際社会への宣言でもあるからだ」となります。
毎日も「確かに日米同盟が強化されれば、一定の抑止力としての効果はあるだろう」としながらも「だが、米国から派兵を求められて断り
切れずに不当な戦争に巻き込まれる危険もある。自衛隊員が殺し、殺されるかもしれない」と、一転して反対論を展開しています。
国際情勢を考えれば必要だとしながらも、それより従来の憲法解釈を守る方が大事だという主張には到底、同意できません。
国民は仮に、集団的自衛権の行使が必要となる事態が生じた場合、日本の安全を守り国際社会の要請に応える道と、それらを無視して
従来の憲法解釈に殉じる道と、どちらを選ぶでしょうか。答えは明白です。
また、毎日は「そもそも、なぜいま集団的自衛権の行使容認なのか。現在の憲法解釈のもと、個別的自衛権の範囲内で安保法制を整備
するだけでは足りないのか」と、いまだに初歩的な疑問を投げかけました。紙面では事例ごとに、政策的な検証をやってきたにもかかわら
ず、いまだにその程度の認識しかないのでしょうか。
これでは、報道機関として政策の理解能力が欠如していると言われても仕方ありません。さらに朝日、毎日両紙が問題視したのが、憲法
解釈の変更という手法の問題です。
朝日は「閣議決定は『できない』と政府が繰り返してきたことを『できる』ことにする、クロをシロと言いくるめるような転換だ。まごうことなき
『解釈改憲』である」とし、「極端な解釈変更が許されるなら、基本的人権すら有名無実にされかねない」と、全く別の次元の問題を引き合
いに出して国民の不安を煽ろうとしています。こういうのを「論理の飛躍」といいます。
毎日は「安倍政権がやりたかったのは結局、安全保障論議を尽くして地道に政策を積み上げることよりも、首相の持論である『戦後レジー
ム(体制)からの脱却』を実現するため、集団的自衛権の行使容認という実績を作ることだったのではないか」と、これまた安倍首相の真
意をねじ曲げた想像で批判を展開しました。
そうではないことは、安倍首相を取材していれば分かるはずですが、取材していないのでしょうか。
両紙の主張はつまり、集団的自衛権に反対してきた自らの主張を正当化するために、これまでの政策論議から目を背けて、それこそ「シ
ロ」を「クロ」と言いくるめる論理展開をしているだけです。これでは、両紙の読者の中にも納得できない方はたくさんいるでしょう。
それにもかかわらず、両紙は「この政権の暴挙を、はね返すことができるかどうか。国会論戦に臨む野党ばかりではない。草の根の異議
申し立てやメディアも含めた、日本の民主主義そのものが、いまここから問われる」(朝日)、「歯止めをかけるのも国民だ。私たちの民主
主義が試されるのはこれからである」(毎日)と、集団的自衛権行使反対に立ち上がるよう求めています。
産経は3日付朝刊の1面で、こうした主張について「扇動」と指摘しましたが、まさにその通りだと思います。「報道」とは言えません。
また与党協議の間、朝日、毎日両紙は公明党に対して「平和の党の看板をおろすな」と呼びかけ続けましたが、同党は閣議決定に同意
しました。すると、翌日の紙面では「権力の蜜 折れた公明」(朝日)、「平和の党 連立重視」(毎日)という見出しで、批判を展開しました。
公明党は1991年の湾岸戦争を受けたPKO法から始まって、アフガニスタン、イラクへの自衛隊派遣を経て、現実の国際情勢、日本の安
全保障における集団的自衛権の行使容認の必要性については考え続けてきたのです。その結果、与党として国の行く末に対する責任が
あることを自覚して、現実的な判断をしたのです。従来の自らの主張を守ることありきの、朝日、毎日とは違うのです。それを「権力欲から
合意した」と、決めつけるのはいかがなものでしょうか。
こういう真実をねじ曲げてまで、自らの主張を正当化しようとする紙面作り、社説はやはり「扇動」であって「報道」ではありません。
新聞は、何を主張しようが自由を保障されていますが、少なくとも多くの読者を持ち影響力が大きい全国紙は、後世の歴史の批判に耐え
うる責任ある報道をしていきましょう。 どこかの政治団体の機関紙ではないのですから。

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「週刊新潮」2014年7月3日号より

集団的自衛権に集団ヒステリーを起こした朝日新聞

集団的自衛権の行使容認を巡る与党協議。反対派の急先鋒、朝日新聞は連日、日本が戦争に巻き込まれると不安を掻き立てる。一方、
安倍総理の私的諮問機関「安保法制懇」のメンバーである佐瀬昌盛・防衛大学校名誉教授(79)は、そんな朝日の報道をどう見たか。

このところの朝日新聞の記事を読んでいると、自らの希望的観測に基づいて過去の事例を都合よく解釈しているものが目につきます。
とても危なっかしくて読んでいられません。
とにかく政府の見解の欠陥を一つでも拾い上げようと、躍起になっているものの、焦って“誤報”を飛ばしてしまったのでしょう。言わば、
遠くのものを見ようと望遠鏡をのぞいているのですが、焦って逆さにのぞいてしまっているような状況です。
私が最も酷いと思ったのは、6月15日付朝刊の1面トップ記事です。
〈平和貢献のはずが戦場だった 後方支援 独軍55人死亡〉という扇情的なタイトルが付けられていますが、正直言って、味噌もクソ
も一緒にしたデタラメという他ありません。そもそもこの記事は〈集団的自衛権 海外では〉という連載の一つで、オーストラリア、カナダ
、韓国、英国の事例を扱っている。リードにも〈集団的自衛権をめぐる海外の事例のうち、ドイツの経緯を追った〉とある。つまり、海外の
「集団的自衛権」を扱ったものであるはずです。記事を読むと、
〈ドイツは、昨年10月に撤退したアフガニスタンに絡んで計55人の犠牲者を出した。/アフガンでは後方支援に限定した派兵だったが、
 戦闘に巻き込まれた死亡例が6割あった〉
〈2001年の米同時多発テロで、NATOは米国主導のアフガン戦争の支援を決定。ただ、独国内では戦闘行為への参加に世論の反発
 が強く、(中略)米国などの後方支援のほか、治安維持と復興支援を目的とする国際治安支援部隊(ISAF)への参加に限定した〉
と、アフガン戦争の例が取り上げられています。ドイツがアフガンに派兵したのは、いみじくも朝日が指摘しているようにISAFへの参加の
ためです。しかし、このISAFとは国連決議に基づいて立ち上げられた部隊であって、ドイツが集団的自衛権を行使したわけではありませ
ん。集団安全保障の一環として派兵したものなのです。
集団的自衛権とは、国連憲章第51条に規定されていて、実態としては、ある国が攻撃された時に同盟国がその国を守るために反撃する
権利。一方、集団安全保障とは、国連決議などに基づいた多国籍軍や国連軍などのように様々な国が協力して派兵することです。
つまり朝日は、“集団的自衛権の海外事例を取り上げる”と言っておきながら、その記事の中で書かれている、“55人が死亡した”とか
“戦闘に巻き込まれた”というのは、全て集団的自衛権の例ではありません。
さらに、この記事は2面に続いています。しかし、ここで扱われているドイツがコソボ紛争に派兵した例も、集団的自衛権ではなく、NATO
(北大西洋条約機構)決議に基づく域外平和強制活動の一環です。
しかも1面の記事の中には、〈ドイツは戦後制定した基本法(憲法)で侵略戦争を禁じ、長らく専守防衛に徹してきた。だが91年の湾岸戦
争で米国から「カネを出しただけ」などと批判を浴び〉、基本法の解釈を変更した、とある。
もっとも、ドイツの基本法は、「侵略戦争の準備」を禁じていますが、専守防衛に徹する、という解釈はありません。古い憲法を除き、明らか
に国際法に違反する侵略戦争を禁止していない憲法は、むしろ稀です。
それに専守防衛というのも日本にしかない概念で、ドイツ語や英語では、誰も理解できません。また、湾岸戦争で「カネを出しただけ」と
批判されたのは、ドイツでなく日本です。
この記事を書いた記者が、集団的自衛権と集団安全保障をわざと混同して使ったのか、それとも、全く理解していなかったのかは分かり
ません。しかし少なくとも、安倍総理の集団的自衛権行使容認の憲法解釈変更に対して、ネガティブな記事を書けという空気が朝日内部
に醸成されているからこそ、このような記事が出てしまうのでしょう。

防衛省は否定
朝日は、翌16日付朝刊にも、1面トップで〈集団的自衛権行使で想定「米艦で邦人救出」米拒む〉という記事を載せています。
安倍総理は、集団的自衛権の行使容認が必要となるケースの一つとして、朝鮮半島有事で避難する日本人を乗せた米艦を日本が守る
事態を想定しています。
記事には、これに対し、米国は米艦で日本人を救出することを拒んでおり、安倍総理が想定するようなケースは現実的には困難との主旨
が書いてあります。ところが、記事をよく読むと、日本と米国は1978年につくられた「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)を97年
に改定する際、避難する日本人を米軍が運ぶ「非戦闘員救出作戦」(NEO)を協力分野に加えることで合意した。しかし、98年にガイドラ
インに基づく協力内容を定める周辺事態法をつくる際、米側の強い意向でNEOはメニューから外された、と書いています。その一方で、
〈当時の政府関係者によると、米軍が海外の自国民らを救出・保護する作戦では、国籍による4段階の優先順位があるという。「米国籍、
米国の永住許可証の所有者、英国民らが優先で、日本人は最後の『その他』に位置付けられていると説明された」〉との記述もある。
要するに、優先順位は低いものの、日本人を米艦に乗せて避難させること自体は拒まれていないということです。
米国が、自国民や永住許可証の所有者から優先的に避難させるのは、ある意味当然です。その上で〈「米艦で邦人救出」米拒む〉という
見出しを付けたのは、無理があると思います。
案の定、この“スクープ”は、17日、防衛省の辰己昌良報道官が、会見で否定しました。
私は防衛省の報道官室に電話して、報道官の発言がどのようなものだったのか確認してみました。すると、現行のガイドライン協力項目
の中に〈非戦闘員を退避させるための活動〉が明記されている。在外邦人の退避に関しては〈米国との協力が行われることについても
言及されている〉〈実際上、日米共同訓練において、この在外邦人を含む非戦闘員の救出は、訓練項目の一つとして繰り返し行われて
きている〉等々、重ね重ね具体的な事例を示して、朝日の記事が事実でない旨、説明していました。
報道官の会見とは、国際政治上も非常に大きな意味を持つものです。その報道官が具体的事実を挙げ、否定していることから、もはや、
朝日に弁明の余地はないでしょう。
朝日が集団的自衛権を意図的に曲解していると感じる記事は他にもあります。
安倍総理は5月15日、集団的自衛権の解釈変更へ向け与党協議に入ることを表明し、翌16日、新聞在京6社は集団的自衛権に関する
社説を掲載しています。

天動説
朝日の5月16日付社説は非常にお粗末でした。
タイトルは〈集団的自衛権 戦争に必要最小限はない〉。とりわけ、〈自衛権の行使=戦争〉という中見出しには開いた口が塞がらなか
った。集団的自衛権の行使は即ち戦争である、との考えを読者に植え付けようとしていることは、一目瞭然でした。
「戦争の違法化」が、国連憲章の基本線です。国連憲章第51条では、ある国が外部からの攻撃を受けた場合、加盟国は集団的・個別的
自衛権を行使できる旨が書かれています。ただし行使にあたっては“自衛権を行使した後、すぐに国連安全保障理事会に報告すること”
“自衛権の行使は、国連安全保障理事会が必要な措置を講じるまでの間に限る”という二重の制限も掛けられている。
この国連憲章をきちんと読み、理解していれば、とても〈自衛権の行使=戦争〉などという記述が出てくるはずがありません。
それに、自衛権の行使とは戦争である、という主張は、取りも直さず、国連憲章を否定することを意味します。
朝日が安倍総理の集団的自衛権行使容認という解釈改憲に反対する根拠の一つとして、田中角栄政権で出された政府答弁資料(72
年見解)と鈴木善幸政権で出された政府答弁書(81年見解)があります。朝日は、この2つの見解で出された「集団的自衛権は国際法
上は保有していても憲法上行使できない」という見解を楯に、集団的自衛権の行使はできない、と主張。この政府見解から、改憲を経ず
に解釈だけを変更するのは適当でない、と言っています。
実際、5月16日付の社説で〈憲法96条に定める改憲手続きによって国民に問うべき平和主義の大転換を、与党間協議と閣議決定によ
ってすませてしまおうというものだ〉、5月31日付や6月20日付の社説でも、解釈改憲ではなく改憲の手続きを取るべきだ、との主張を繰
り返している。
しかし元はと言えば、72年見解も81年見解も、当初の政府見解から解釈だけを変えたもの。解釈改憲によって「集団的自衛権は保有し
ていても行使できない」と結論付けたのです。その証拠に51年、吉田茂元総理のもとで署名された旧日米安保条約では、日本は集団的
自衛権を行使していることになっている。
また60年、岸信介元総理のもと、旧日米安保条約が改定されました。その年、岸元総理は「他国に基地を貸して、そして自国のそれと協
同して自国を守るということは、当然、従来集団的自衛権として解釈されている点であり、そういうものはもちろん日本として持っている」
旨の発言をしています。従って60年安保でも、政府見解としては、集団的自衛権を制限的に保有、行使できるという解釈になるのです。
そう考えれば、72年見解、81年見解で出された「集団的自衛権は国際法上保有しているが、憲法上行使できない」という解釈は、立派な
解釈改憲の実例です。朝日が72年見解や81年見解を根拠に、今回の解釈改憲に反対するのは説得力に欠けるというわけです。

数ある日本のマスコミの中でも、集団的自衛権の行使容認に何が何でも反対の朝日新聞。その報道ぶりは“集団ヒステリー”状態と言
っても過言ではあるまい。当の朝日に聞くと、
「読者にお伝えしなければならないと判断した事柄は、当社の紙面や電子版などを通じて報道することが、当社の基本姿勢です。それ
以外で当社の報道をめぐる様々なご指摘や、貴誌の様々な主張について、当社の考えを逐一お示しすることは差し控えます」(広報部)

総論的に見ると、一連の集団的自衛権に関する朝日の報道は、まるで天動説です。
集団的自衛権は、他の国にしてみれば自明の権利。空気のようなもので、議論にもなりません。にもかかわらず、朝日は「集団的自衛権
を行使できない」日本がスタンダードだと思い、行使できる国では様々な問題が起きていると喧伝。集団的自衛権を妖怪のように仕立て
上げています。私は6月22日午後、そうした報道への違和感が我慢ならず朝日に投書しました。私の意見を載せる度量は、彼らにはない
でしょうけれど。

佐瀬昌盛(防衛大学校名誉教授)

・………………………………………………………………………………………………………………
~参考までに、読者コメントをいくつか・・・~

マスメディアは概ね、賛否は別として、集団的自衛権の限定容認を安保政策の大転換と報じているが
国連憲章で認められている権利を一部行使できるよう改めるものであり、大転換とまではいえない。
とりわけ、朝日、毎日、東京などの左翼メディアは、事あるごとに平和主義の大転換といったネガティブ
表現で我が国の安保政策を批判してきた。
PKO協力法成立時の騒ぎも今回と同じであり、その数年前には防衛費のGNP1%枠突破問題で大騒
ぎをした。さらに遡れば、70年安保改定、60年安保改定、自衛隊創設などの折に、その都度平和主義
の大転換だと非難してきたのである。
それほど大転換を繰り返していれば、とっくに一周回って元の位置に戻りそうだが、とにかく左翼メディ
アはアジテートを繰り返し、国民を扇動しようとする。
しかし、国民も左翼メディアの本質を見抜き、徐々にではあるが冷静な判断力を身に着け始めている。


平和は金だけでは買えない。侵略者が日本近海で挑発行為に及んでも、手は出せない、戦いに参加しな
いでは、何の抑止力にもならない。有事に戦闘行為が起き、自衛隊や国民が死ぬ危険ももちろんある。
だが平和憲法があったとしても、竹島周辺の漁民が大勢殺され、自国民が北朝鮮に拉致されているのだ。
だからこそ、そういったならず者国家に対して、日本に手を出せば痛い目を見ると分からせる必要がある。
手を出しにくい国になること、それが抑止力なのだ。
朝日、毎日の記者は、そんなに日本を守るのが嫌なら中国へ行くべきだ! 日本に居なくて良い。


日本以外のほぼすべての国が行使できる集団的自衛権。中国や韓国も、もちろん行使できます。
なのに、日本には日本には行使するなという。アジア各国は歓迎するのに、中韓は反対。
集団的自衛権に反対している国民は、まさに人でなしですよね。
日本が中国から攻撃されたときに、同盟国の米軍が助けに来てくれます。しかし、「その助けに来てくれた
米軍」が中国から攻撃されたときに、日本は「見殺し」にするしかありません。
なぜなら集団的自衛権(≒同盟国が攻撃された場合に助ける権利)を持っているが行使できないからです。
だれだって戦争は嫌ですが、上記は正しい行為なのでしょうか? 正しいかどうかは知らないが、俺は人と
して最低な行為だと思う。助けに来てくれた仲間を助けない人って、どうなの・・・。てっか、自分は助けない
のに、他人に助けてって、いいの・・・??
中国から攻撃されるのも、戦争なんですよ。マスコミに惑わされて、戦争ができる権利って解釈、すごい。



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