筑紫の国の片隅で…

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本日は「大東亜戦争開戦記念日」です

12月8日の真珠湾攻撃について、現在でも米国人の殆どは、日本の卑怯な不意打ち攻撃 “sneak
attack”だと信じています。戦後教育を受けた多くの日本人もまた、「宣戦布告なしに卑怯なやり方
で米国に戦いを仕掛けた」と信じ続けています。本当にそうでしょうか…?
日本人が大嫌いなF・ルーズベルト大統領は、対日和解など蒙も考えておらず、むしろ対日戦争を望み
それを機にヨーロッパ戦線への参戦を目論んでいました。そのためには、米国内の反戦・嫌戦世論を
変える必要がありました。
「日本から先に攻撃されれば、世論は開戦に傾く」と確信していたF・ルーズベルト大統領は、様々な
策略をめぐらし、じわじわと日本を窮地に追い込むのです。物資の殆どを米国に依存していた日本が、
貿易を禁止され、石油まで止められれば日本は立ち行かなくなり、何もしなければ、座して国家崩壊を
待つだけです。日本は何とか外交交渉で難局を打破しようと努力を続けます。しかし、米国の最終的な
条件は「ハル・ノート」の要求を受け入れることでした。その内容は、日本政府として到底受け入れら
れないものであり、「対米開戦やむなし」の決定にいたることになるのです。
事実上の最後通牒である「ハル・ノート」について、ワシントンの議員(民主党であれ共和党であれ)
は誰一人として知りませんでした。つまり、議会の承認を得ていない外交文書だったのです。
私は、F・ルーズベルト大統領は真珠湾攻撃について事前に情報を把握していた、と理解しています。
そのうえで、大を成すために小(パールハーバー)を生贄にしたのだと思っています。
自分の野望を実現させるために、3,000人以上の同胞を犠牲にしたのです。

◇大日本帝国の最期 第壱幕


◇大日本帝国の最期 第弐幕


◇大日本帝国の最期 第参幕




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