筑紫の国の片隅で…

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平成26年 奉祝・紀元節!

皇紀2674年 甲午(きのえうま)の年

『紀元節』 (平成の録音)



我々日本国民は、大和民族としての誇りを取り戻すためにも、紀元節本来の歴史的意味を改めて
理解する必要があるのではないでしょうか。
建国以来2千年以上の長きにわたり、一つの王朝を戴き存続している国は、世界中で日本国だけ
なのです。
日本国の誕生日は、国史『日本書紀』に、「辛酉(かのととり)の年春正月、庚辰(かのえたつ)の
朔(ついたち)、天皇橿原(かしはら)の宮に即帝位(あまつひつぎしろしめす)。是(こ)の歳(とし)
を天皇の元年と為(な)す」と記されています。
中国の漢代に我が国に伝来した讖緯説(しんいせつ)では、十干十二干支の「辛酉」の年は、王朝
が変る革命の年とされ、干支の一巡(60年)を「一元(いちげん)」、二十一元を「一蔀(いっぽう)」
と云い、この年は国が起こるとされています。
推古天皇9年が辛酉の年で、これから一蔀(1260年)遡った年が『日本書紀』に記された、日本国
成立の神武天皇紀元元年とされています。
明治5年に採用された太陽暦に換算すると、神武天皇即位の年が西暦紀元前660年2月11日にあた
ります。このことから明治6年3月7日太政官布告第91号によって国の誕生を祝う「紀元節」と
定められました。
戦後、GHQの指示により昭和23年に「紀元節」が廃止され、以後昭和41年まで「国の誕生日」が
無いという不幸な状態が続きました。この間、多くの国民の熱心な運動により昭和41年に祝日法
が改正され、2月11日が「建国記念の日」として祝日になりました。

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内閣府HPより

「国民の祝日」について

国民の祝日に関する法律(昭和23年法律第178号)
最終改正 平成17年5月20日法律第43号、平成19年1月1日施行
第1条 自由と平和を求めてやまない日本国民は、美しい風習を育てつつ、よりよき社会、より豊か
   な生活を築きあげるために、ここに国民こぞって祝い、感謝し、又は記念する日を定め、これ
   を「国民の祝日」と名づける。

第2条 「国民の祝日」を次のように定める。

   建国記念の日 政令で定める日 ・・・ 建国をしのび、国を愛する心を養う。

■建国記念の日となる日を定める政令(昭和41年政令第376号)
 国民の祝日に関する法律第2条に規定する建国記念の日は、2月11日とする。

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2月10日、安倍総理は建国記念日を迎えるに当たり、国民向けのメッセージを発表されました。
政府が、建国記念日の公式メッセージを発出するのは初めてのことです。

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平成26年2月10日 首相官邸HPより

「建国記念の日」を迎えるに当たっての安倍内閣総理大臣メッセージ

「建国記念の日」は、「建国をしのび、国を愛する心を養う」という趣旨により、法律によって設け
られた国民の祝日です。
この祝日は、国民一人一人が、我が国の今日の繁栄の礎を営々と築き上げた古からの先人の努力に
思いをはせ、さらなる国の発展を誓う、誠に意義深い日であると考え、私から国民の皆様に向けて
メッセージをお届けすることといたしました。
古来、「瑞穂の国」と呼ばれてきたように、私達日本人には、田畑をともに耕し、水を分かち合い、乏
しきは補いあって、五穀豊穣を祈り、美しい田園と麗しい社会を築いてきた豊かな伝統があります。
また、我が国は四季のある美しい自然に恵まれ、それらを生かした諸外国に誇れる素晴らしい文化を
育ててきました。
長い歴史の中で、幾たびか災害や戦争などの試練も経験しましたが、国民一人一人のたゆまぬ努力に
より今日の平和で豊かな国を築き上げ、普遍的自由と、民主主義と、人権を重んじる国柄を育ててき
ました。
このような先人の努力に深く敬意を表すとともに、この平和と繁栄を更に発展させ、次の世代も安心
して暮らせるよう引き継いでいくことは我々に課せられた責務であります。
十年先、百年先の未来を拓く改革と、未来を担う人材の育成を進め、同時に、国際的な諸課題に対して
積極的な役割を果たし、世界の平和と安定を実現していく「誇りある日本」としていくことが、先人
から我々に託された使命であろうと考えます。
「建国記念の日」を迎えるに当たり、私は、改めて、私達の愛する国、日本を、より美しい、誇りある国
にしていく責任を痛感し、決意を新たにしています。
国民の皆様におかれても、「建国記念の日」が、我が国のこれまでの歩みを振り返りつつ先人の努力
に感謝し、自信と誇りを持てる未来に向けて日本の繁栄を希求する機会となることを切に希望いたし
ます。

                              平成26年2月11日
                              内閣総理大臣 安倍 晋三

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平成26年2月10日 産経新聞 【正論】より

危機の時代に日本を取り戻す

今月は待望の立春・寒明けにすぐ続いて7日に北方領土の日といふ政治的に甚だ重要な記念日が
あつた。だがそれに又近接して11日の建国記念の日がくるのだから、多くの人の関心がこの国民
の祝日の方により強く向ひがちであるのは致し方のないことだらう。
まして本年は、昨年の出雲大社での60年ぶりの御遷宮、伊勢の神宮での第62回式年遷宮の重儀を
無事に斎行し了(を)へた、その大きな節目の年を送つて後の初めての建国記念の日である。
昨年末には神宮への参拝者が遂に史上空前の1,400万人を超え、これは平成のおかげ参りだとの
観測が諸方で語られてゐた。
国民の関心は1300年の歴史を遡(さかのぼ)つて、一際熱烈に神宮御創建の昔に寄せられた。
そんな国民の共同体感情復活の延長線上に、神武天皇肇国(てうこく)の意味に改めて思ひを致す
この記念日が来る。

≪建国記念の日に考えたい≫
今更言ふまでもないことだが、この日は元来、神武天皇が御即位の式を挙げられた日だと、古代の
人々が考へた、皇紀元年正月元日を明治6年採用の太陽暦に換算してわりだした日付である。
故に、制定時から昭和23年に米軍の占領政策の一環として廢止を余儀なくされるまでは紀元節と
呼ばれてゐた。さうであるからには、建国を記念するといふ祝日の意味に、別段拡大解釈を施すま
でもなく、この日は国民が挙(こぞ)つて祖国の歴史の長い歳月を顧み、いはゆる「歴史に学ぶ」こ
との重要さを考へる日だと意味づけることは至當である。つまり單に式典を挙げて言祝(ことほ)
ぐだけではなく、国の歴史を真剣に考へ直す日としよう、との提案になる。
念の為に記しておくが、考へたいのは国の歴史、国家と国民の歴史である。
日本人の歴史好きは言ふまでもない周知の現象であり、書店には硬軟様々の歴史書や史伝の物語
が堆(うずたか)く積まれ、旧劇の人氣演目はその殆どが歴史劇と呼ぶべきものであらう。
国民の史癖に應(こた)へる情報の供給量は実際驚くほどに豊かで且(か)つ多彩である。

≪歴史を奪われた後遺症≫
然(しか)しながら、国民に光栄ある自国の歴史についての誇りと愛着を持たせるに足る古典的正統
的な史書の普及の程を見渡してみると、依然としてかなり憂慮すべき状況にある。
この様に言ふのは、昭和20年の敗戦後7年近く続いた米軍の占領期に、我々は自国の歴史を旧敵国
の手に奪はれるといふ事態に陥つたわけだが、その後遺症を未だなほ克服できてゐないからである。
その原因が我々に自虐史観の毒を植ゑつけ、撒(ま)きちらした占領軍の罪業にあるとは今はもう言
へない。その毒素を、自分達の利権を揮(ふる)ふための方便として利用し続けた、国内の占領利得権
相続人達にこの病弊の責任はある。
占領利得者達の既得権濫用は、政治の領域に於いては安倍晋三氏の政権への復帰、「日本を取り戻す」
政策の始動以来、漸(ようや)く抑制がかかり始めてゐる。
その醜行が国益の毀傷(きしやう)としてさすがに輿論(よろん)の顰蹙(ひんしゆく)を買ひ、政治力
としても力を失ひつつあるからであらう。
故に、現政権に対しては、その掲げた標語通りに、占領によつて奪はれた我が国の歴史を、再び我が手
に奪ひ返すために、現に総理が確立しつつある路線を、揺るぎなく堅固に歩み通して頂きたいとの
期待を表明しさへすればよい。問題は学界・司法界・経済界、そして報道・言論界である。

≪目に見えぬ規制基準の呪縛≫
筆者の身近の学界で言へば、現今の国史学界にはなほ占領時代そのままのグローバリズム(世界諸国
民に共通の普遍的価値ありとする迷信)とインターナショナリズム(国際協調主義といふよりむしろ
国際共産主義革命への見果てぬ夢)が目に見えぬ規制基準として若い研究者達の自由な考察を呪縛し
てゐる。そのため、我が国の歴史を万世一系の皇室を戴く世界に比類の無い国体として把握する学説
は暗黙の抑圧を受け、又歴史に学ぶといふことは即ち古来の国体を守り現実の国益と国防とを考へる
ための教訓だとする学問観は危険思想視され、排除されてきた。
然し又一方、ここ数年の短い間に、この言論空間の閉塞状況を果敢に打破せんとする若い歴史家達が
登場してきたことも紛れもない現実である。
本欄は書評の欄ではないので、それらのたのもしい著作家達の個人名を挙げることを控へるが、自ら
戦争を体験してゐるわけではない戦後生れの世代の中から、安政の開国以後、さきの大戦での苦闘と
敗北に至るまでの我が国の現代史の真実を、実に的確に公正に考察し、表現し得る若い歴史家が複数
出現してゐる。
考へてみれば、日本の正しい国史は鎌倉時代から幕末に至る迄、結局は民間の志士といふ型の逞(たく
ま)しい学者達によつて担はれ、書かれて来た。その伝統がこの危機の時代に見事に復活した観がある。
本年の建国記念の日は、その様な、国家のため国民のための歴史を考へる潮流が復活したことを喜んで
認識し、この新しい流れを国民全般が支持し、蘇つた国史観を軸に結束を固める記念日として祝ひたい。
それが「日本を取り戻す」運動の王道である。

東京大学名誉教授・小堀桂一郎





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