筑紫の国の片隅で…

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本日は、三宅久之先生の命日です

三宅久之先生がお亡くなりになって1年が経ちました。
三宅先生が最後の希望を託して、安倍総理の復活に尽力されたことで、沈没しかけていた日本丸が
救われました。安倍総理は、1年前には想像もできない程の変化を、我が国にもたらしています。
安倍総理の長く困難な戦いは、始まったばかりです。これからも、あちらの世界から見守り続けていて
くださるものと信じております。

 

安倍晋三FBより)

 

10月29日に三宅久之先生のFBから友達承認のお知らせが届きました。
「?!・・・誰かの悪戯か?」訝しく思いつつ、内容を確認してみると以下の内容でした。
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私は、三男の「三宅眞」と申します。
父の生前は、FBで皆様方に応援していただいたことが、大変励みになったと聞いております。
ありがとうございました。父が亡くなり早いもので1年が経とうとしていますが、友達承認リクエスト
が999人を超えておりました。驚かれたこととは存じますが、友達承認をさせていただきました。
10月27日に、一周忌法要を無事済ませることができました。来月11月15日が父の命日となります。
(後略)
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三宅先生が亡くなられても、FBを通して繋がることができ、思わず「ありがとうございます」と呟いて
しまいました。 そして本日、以下の内容が三宅久之FBから届きました。
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今日は父の命日、あれから1年が経ちました。三宅久之を応援してくださった全国のみなさま、
ありがとうございました。

「照干一隅」 それは、最澄の言葉。 各々が各々の仕事や生活を通じて、 世のため人のためになるよう
に努力していきなさい、という意味だそうです。

 

『愛妻・納税・墓参り 家族から見た三宅久之回想録』

墓参り

 

1年が経ちました。父の命日です。今頃はあちらの世界でいいようにやっているとは思いますが、不義理
をすると怒られると思い、朝いちばんで「墓参り」に行ってまいりました。
東京は肌寒い曇り空、首都高は“ごとうび”のためか、のぼり車線は大渋滞、私たちの乗った車はくだり
車線を軽快に走ります。
「これから毎年、この平日15日のお墓参りは、こんな感じで渋滞が続くのかな」と多少心配になります
が、日本の景気が少し薄明かりが差してきた証しなのかもしれません。あの日から少し変わりました。
助手席には妻がちんまり座っています。大阪での収録で付き人をしていた妻にとって、義父は大変威厳
のある人だったそうです。とはいっても、もともと愛想のいい性格ですので、一般の方や知人の方から声
をかけられた際は、にこやかに対応していました。往復の飛行機や空港のラウンジでは、父は物静かに
本を読みふけっていたそうです。そんな父を妻はじっと見守っていました。
妻は昨年、大病を患い障害が残りました。父との記憶もうっすらとしたものになったようです。
それでも、近年の父と過ごした時間は妻の方が私より圧倒的に長いため、その記憶が少しでもよみがえ
れば有難いと思い、妻をお墓参りに引っ張り出しています。父もわかってくれるでしょうか。
早朝は墓地も閑散としています。父のお墓は赤い御影石、すぐ見つかります。対のお花は枯れ果ててい
ました。水で洗いながら、新しいお花に替え、新聞紙に火を灯しながら、お線香に火をつける。
一連の儀式に私はこれから慣れていかなければいけません。同居していた兄の話だと、父はだいたい
2ケ月おきくらいの頻度でお墓参りに行っていたそうです。
まさに「愛妻・納税・墓参り」。きっと、父の所作は年季が入っていたはずです。
ポンポン。お墓に手を当てながら、居住まいを正して、お祈りしました。
「妻が良くなりますように。見守ってください」「おかげさまで“回想録”は本となることができました」

 

2012年11月15日、あれから1年です。その日、入院中の私は、病棟で父の訃報を聞きました。
急ぎ、別病院に入院中の妻を迎えに行き、二人でタクシーを飛ばして病院へ。
霊安所で父の亡きがらと接しました。その日の夜、病院は私のために個室を用意してくださいました。
おかげさまでPCを気兼ねなく見ることができました。夕方には、ヤフーのヘッドラインで政治評論家
三宅久之死去(82)という文字が躍ります。
父が始めていたブログをじっくりと見る時間ができました。初めて知る話も多かったように思います。
全国から寄せられているコメントをひとつひとつ丹念に読み始めました。
病身の父を励ましてくださる温かいお言葉の後、死を悼む声が続々と届き始めていました。
その夜、ニコニコ動画で「政治評論家・三宅久之引退スペシャル」のリピート放送がありました。
亡くなったとしても、父の生きている姿が見られる、こんな幸せなことはないなとも感じました。
番組で父は、今まで生きてきた歴史を全部吐き出しているようにも感じました。
こんなに快活に話をする父の表情は久しぶりに見たなぁ、そんなことを思いました。
その時、全国に温かいファンを持つ父の回想録を書いて恩返しをしよう、私は父の話している姿を見な
がら、そう心に決めました。
あれから1年、おかげさまで拙ブログ「愛妻・納税・墓参り 家族から見た三宅久之回想録」が出版化
させていただく運びとなりました。
また、11月17日(日)放送の「たかじんのそこまで言って委員会・放送500回記念」では、私自ら本の
宣伝をさせていただきますので、よろしければご覧ください。
これも、ひとえに支えていただいた皆様のおかげでございます。ありがとうございました。
これからも折に触れ、父の回想録を続けていく所存でございますので、よろしくお願い申し上げます。

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◆三宅久之氏が「日本の国旗・国歌」について語る
 http://youtu.be/V2plMX2R-hQ

 

◆三宅久之先生追悼番組 (2012.12.02「たかじんの…」より)
 ① http://dai.ly/xvjnzi
 ② http://dai.ly/xvjnzw

 

 

 

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