筑紫の国の片隅で…

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天皇・皇后両陛下、熊本県行幸啓

天皇、皇后両陛下におかせられましては10月26~28日、「第33回全国豊かな海づくり大会」ご親覧
などのため熊本県へ行幸啓あそばされた。
26日は国立ハンセン病療養所「菊池恵楓園」(合志市)を訪ねあそばされ、入所者と懇談あそばされた。
27日は「水俣病慰霊の碑」に供花、症状の重い患者と懇談あそばされた。
また、市立水俣病資料館を訪ねあそばされ、語り部の患者からも話しを聞かれあそばされた。

 

 

 

皇室がハンセン病患者に心を配られてきた歴史は、古くは奈良時代、聖武天皇の后・光明皇后
がハンセン病の救済施設として「悲田院」や「施薬院」を建設されたのが始まりと言われている。
それは明治、大正時代にも受け継がれ、昭憲皇太后陛下、貞明皇后陛下もハンセン病の救済に
大いにご尽力された。貞明皇后陛下はその救済に心血を注がれ、皇后はご自身の誕生日である
6月25日を『ハンセン病予防の日』とされ、差別や偏見のない社会を作るために積極的にご活動
になり、これが皇室と福祉のかかわりの礎となりました。
現在、国立療養所は全国に13ヶ所、民間施設が2ヶ所に約1,500名、平均年齢80.9歳の方々が
生活を続けています。
全国の療養所には、天皇・皇后両陛下をはじめ、皇室の方々が慰問された折の記念植樹の木々
が、たくましく成長しています。
皇后陛下もその伝統を引き継がれ、今回を含め12か所のハンセン病療養所をお訪ねになり、
一人ひとりの手を握られ、激励と慰問の旅を続けておられる。
(ブログ「美し国」より抜粋)

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水俣市議会議員の谷口氏が天皇、皇后両陛下の水俣市行幸啓の様子を、ご自身のFBの載せて
おられましたので、以下に紹介しておきます。

 

~10月28日の谷口 明弘氏FBより~
昨日の出来事は、生涯忘れることはないだろう。
今上天皇、皇后両陛下の水俣市行幸啓は初めてのこと。
私は市議会議員の一人として新水俣駅の構内で両陛下をお出迎えする栄誉を与えて頂いた。
自家用車の使用は制限されとおり市役所のマイクロバスで駅に向かったが沿道には、早くから
多くの市民の皆さんが日の丸の小旗を持たれて並んでおられた。
駅に到着すると、普段は閑散としたバスやタクシー乗り場の前にも多くの方々が小旗を持たれて
両陛下の御到着を今か今かと待たれている様子であった。
御到着予定40分前に構内にて議員の立ち位置と注意事項の説明があり、後は両陛下の御到着
を待つばかり。警備の警察官、駅の職員そこに居る誰もが唯ならぬ緊張の面持ちである。
御到着数分前には白バイに先導されてナンバーの代わりに菊の御紋の付いた御料車も到着。
奉迎の準備が整った。11時58分に特別列車が到着。その瞬間が来た。
静かにエレベーターの扉が開く、と両陛下のお姿があった。私からはまだ15メートル程の距離が
あったが明らかにそこだけ空気が違って、緊張感の中にもなんとも慈愛に満ち溢れた穏やかな
空間に包まれている。それはオーラなどと言うものとは次元の違う気品高い『気』が漂っていた。
初めに蒲島知事らにご挨拶をされ、いよいよ私たちの前にゆっくり近づいていらっしゃった。
議員一人一人の前で立ち止まられては、優しく慈悲深い眼差しをかけていただく、その距離僅か
1メートル。私の目の前にいらっしゃるのは紛れもなく天皇陛下。言い知れぬ幸福感に包まれた。
駅の構内をお出になられた両陛下は、歓迎する多くの人々に何度もお手を振られる。
すると自然発生的に『天皇陛下万歳!』の掛け声と共に万歳の輪が広がった。天皇皇后両陛下は
それに応えるようになかなか御料車には乗り込まれずにお手を振られていらっしゃる。
そのお姿に私は胸に熱いものが込み上げてきた。
沿道約3キロにも多くの市民が日の丸の小旗を振り歓迎の意を表していた。
昨夜からのニュースや新聞では、水俣病慰霊の碑に白菊の花束を献花されるお姿や語り部の会
のかたとの懇談のご様子がメインで報道されている。
その席で語られたという「本当にさまざまな思いを込めて、この年まで過ごしていらしたということ
に深く思いを致します。今後の日本が正しくあることができる社会になっていけばと願っています」
などと異例の長い感想を述べられたそうだ。
放流会場となったエコパーク水俣は風も無く、雲一つ無い青空。これ以上ないコンディションに
関係者をはじめ市民誰もが安堵したものか。
碧くキラキラと輝く水俣の海は、両陛下の目にどう映っただろうか?
多くのお付きの方々や大会関係者、警察関係者にはどう映っただろうか?
水俣病の症状に苦しんでこられた患者さんへの想いはもちろんだが、患者さんへの補償を行いな
がら今だに本市の経済活動や雇用のために全社をあげて取り組むJNC関係者、水俣に住む全て
の市民や水俣の海の再生のために、知恵と予算を割いてきた行政関係者への努力にも思いを馳
せるていただけたものと確信している。
テレビや新聞では伝えられない市民の奉迎の様子やどこの波止場よりも美しく蘇った水俣湾の姿
を皆さんにも知っていただきたい、そんな思いで今日は長文になってしまいました。

 

 

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~2013年10月28日 FNNnewsCH

 

 

~2013年10月26日 産経ニュース
両陛下、ハンセン病療養所で供花 入所者「心洗われた」
天皇、皇后両陛下は26日「第33回全国豊かな海づくり大会」臨席などのため熊本県を訪問された。
この日は国立ハンセン病療養所「菊池恵楓園」(合志市)を訪れ、1,288人の遺骨が安置される納骨堂
で供花、入所者と懇談された。恵楓園に到着した両陛下は、入所者を外界と隔てていたコンクリート製
の「隔離の壁」など、ハンセン病に関する資料をご覧になった。納骨堂の前では、深く礼をし、白菊の
花束をそれぞれ供えられた。
入所者との懇談では、「苦労もずいぶん多かったのではないですか」「これから寒くなるから気をつけ
てください」と声をかけられ、皇后さまが両膝をついて入所者の話に耳を傾けられる場面もあった。
両陛下は、これまでもハンセン病患者に心を寄せてこられた。全国にあるハンセン病療養所14カ所の
うち11カ所を訪ねられており、今回は12カ所目。
納骨堂前で両陛下をお迎えした自治会の志村康会長代行(80)は「心が洗われる気持ちがした。
(ご訪問は)社会がハンセン病の歴史への認識を深めるきっかけになる」と話した。

 

~2013年10月27日 産経ニュース
両陛下、水俣病患者の話お聞きに 慰霊碑にご供花
初めて水俣市を訪れた天皇、皇后両陛下は27日、水俣湾に臨む「水俣病慰霊の碑」に供花、症状の
重い患者と懇談された。
市立水俣病資料館では語り部の会の話に耳を傾けられ、陛下は「本当にお気持ち、察するに余りある
と思っています」と声を掛けられた。
両陛下は、患者で同資料館語り部の会の緒方正実会長(55)から、水俣病を周囲に隠していたことを
後悔し、患者認定を得た半生について聞かれた。
宮内庁によると、両陛下が公式の場で水俣病患者と会われたのは初めてという。
陛下は「やはり、真実に生きるということができる社会を、みんなで作っていきたいものだと改めて思い
ました」と述べた上で「今後の日本が、自分が正しくあることができる社会になっていく、そうなればと
思っています。みなが、その方に向かって進んでいけることを願っています」と、異例の長い感想を語ら
れた。

 

~2013年10月27日 読売新聞
両陛下、初の水俣訪問…「語り部」に異例の返礼
熊本県を訪問中の天皇、皇后両陛下は27日、初めて水俣市を訪れ、水俣病の「語り部」から苦難
の歴史を聞かれた。
陛下は「真実に生きることができる社会を、みんなで作っていきたいものだと改めて思いました」と、
1分近く異例の返礼をされた。「生きていて良かった」。病と長年闘い続けてきた患者や家族には、
穏やかな表情が広がった。
公式確認から57年、今も全面解決に至らない水俣病。両陛下は、水俣湾を埋め立てた公園内の
水俣病慰霊の碑」に白菊を手向け、深く一礼された。
近くの市立水俣病資料館では水俣病の歴史の説明を受け、陛下が「今はすっかり安全になった
のですね」と話された。
同館では、語り部活動をする患者や家族ら10人と面会し、患者の緒方正実さん(55)の体験談に
耳を傾けられた。
緒方さんは偏見や差別を恐れ、38歳まで水俣病であることを隠していた。
祖父が苦しみながら亡くなったことや妹も胎児性患者であることなどを話し、
水俣病から逃げ続ける自分に絶望したこともあった。正直に生きることがどれだけ大切か思い
知らされました」と語った。
両陛下はじっと聞き入り、陛下は切々と返礼をされた。

 

~2013年10月28日 産経ニュース
「今までで一番緊張したモン」 くまモンが両陛下をお出迎え

 

熊本県に滞在中の天皇、皇后両陛下は28日、県庁を訪れ、玄関ロビーで蒲島郁夫知事らとともに
県のPRキャラクター「くまモン」の出迎えを受けられた。くまモンは激しい動きの体操も披露。
皇后さまは「ありがとう。くまモンさん」と声を掛けられ、陛下も「ご苦労さま」と笑顔を浮かべてねぎら
われた。蒲島知事が国内外の各地で活躍する、くまモンの活動をパネルなどで紹介すると、皇后さま
は「くまモンは、お一人なの」とご質問。知事は「子供の夢を壊さないため、くまモンはくまモンです」と
苦笑いしながら答えた。県によると、くまモンは「今までで一番緊張したモン」とコメントしたという。
両陛下は同日夕、特別機で帰京される。

 

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~平成25年10月29日 産経新聞 【主張】
水俣ご訪問 両陛下のお気持ち真摯に
天皇、皇后両陛下は初めて訪れた熊本県水俣市で、重い水俣病患者と懇談された。
資料館では語り部の話を聞き、陛下は「真実に生きることができる社会をみんなでつくっていきたい」
と感想を述べられた。水俣市は「公害の原点」といわれるところだ。公害病患者が周囲の励ましに支え
られ、強く生きてほしいという陛下のお心がひしひしと伝わってくる。
お言葉は1分に及び「今後の日本が、自分が正しくあることができる社会になっていく」ことも願われた。
国民は、このお言葉を真摯に受け止めたい。
両陛下はこれに先立ち、同県合志(こうし)市のハンセン病療養所も訪れ、入所者と懇談された。
両陛下のハンセン病療養所ご訪問は、今回が12カ所目だ。ハンセン病患者に対する両陛下の並々なら
ぬお気持ちも、改めて痛感させられた。
これまで、両陛下は常に国民と苦難を分かち合ってこられた。
雲仙普賢岳噴火(平成3年)、北海道南西沖地震(5年)、阪神淡路大震災(7年)、新潟県中越地震(16年)
と大災害のたびに、お二人で被災地を慰問され、被災者一人一人に声をかけられた。
一昨年3月の東日本大震災の際は、7週連続で東北の被災地や首都圏の避難所を訪問された。
両陛下のお励ましに、被災者はもとより救援や復旧活動にあたる人々や国民が、どれだけ勇気づけられ
たか計り知れない。
今年7月も、両陛下は東電福島第1原発事故で「居住制限区域」になっている同県飯舘村に入り、村民
の雇用維持のため操業を続ける工場を視察された。
今月20日、皇后さまは79歳のお誕生日を迎えたが、台風26号による豪雨で多くの死者が出た伊豆大
島のことを気遣い、祝賀の宮殿行事をすべて取りやめられた。
宮内記者会の質問に対しても、「深く案じています」と答えられた。
皇后さまのお気遣いも、国民は忘れてはならない。
陛下は平成15年1月に前立腺がんの手術を受け、昨年2月にも心臓の手術を受けられた。
皇后さまも、左肩から上腕にかけて痛みを感じられている。以前よりご公務が減ったとはいえ、今も忙し
い毎日を送られている。
来月末には、インドご訪問に出発される。両陛下のご健康と国の安寧を心から祈りたい。

 

 

 


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