筑紫の国の片隅で…

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『風立ちぬ』完成報告会見

 

6月24日、スタジオジブリの新作『風立ちぬ』(宮崎駿監督)の完成報告会見がおこなわれました。


 

2年前の『ココリコ坂から』の制作過程を追った、NHKの特別番組の中で、次のジブリの新作は宮崎駿
監督の作品になるだろうと、鈴木プロデューサーがもらしたのを聞いて以来、どんな作品に仕上がるのか
楽しみに待っていました。私はジブリ作品というより、宮崎駿監督のファンです。古くは「ルパン3世」

ファーストシリーズ以来かも知れません。劇場作品は殆ど見ていますが、その中でも「紅の豚」(1992年)

が大のお気に入りの作品ですね。そして傑作「ルパン3世・カリオストロの城」(1979年)も外せません。
新作『風立ちぬ』が大人でも楽しめる作品なのか、劇場に行って確かめてみたいと思っています。

 

 
 

 

2013年6月24日 朝日新聞デジタルより
宮崎駿監督「自作で泣いた」 「風立ちぬ」完成会見
宮崎駿監督が5年ぶりの新作アニメ映画「風立ちぬ」を完成させた。
宮崎監督は主題歌を歌った松任谷由実さん、主人公の声を務めた映画監督の庵野秀明さんと共に
24日、東京都内で会見し「大変に手間のかかるシーンを、スタッフが本当によく描いてくれた」と話した。
零戦の設計者堀越二郎と、小説「風立ちぬ」の作家堀辰雄を融合し、青年技術者の悲恋を描く物語。
戦闘や戦争にまつわるシーンは当初の構想にあったが、「物語を進める上で必要ない」と削ったという。
「無理に入れても安っぽいドキュメンタリーになるだけ。悲惨な戦争は、現実の世界で見ることができる」
「アニメーションを作って50年。この作品は、今まで読んだ本や聴いた曲、出会った人など自分の中に
積み重なったものがより合わさっている」と話し、完成した自作を見て「泣いた」と明かした。
「こんなことは初めて。情けないし恥ずかしい」と照れ笑いした。
主題歌「ひこうき雲」を提供した松任谷さんは「高校生のとき作った曲が、映画の内容にぴったり合って
いて驚いた。作品は大人向けに見えるが、中高生にもきっと響くはず」と話した。


2013年6月24日 オリコンより
宮崎駿、新作『風立ちぬ』完成「自分の作品で初めて泣いた」
宮崎駿監督(72)の5年ぶり新作アニメーション映画『風立ちぬ』の完成報告会見が24日、東京・小金井
市のスタジオジブリで開かれ、宮崎監督をはじめ、主演声優の庵野秀明(53)、主題歌を歌う松任谷由実
(59)が出席した。
初号試写で初めて自身の作品で涙したという宮崎監督は「本当に情けないと思いました。
みっともない監督でした」と自嘲。
庵野氏は「宮さん、泣くんだ。初めて見ました。宮さんの涙を見られて幸せでした」といたずらっぽい眼差
しを向け、「わかりますよ」と同じクリエイターとしての共感を示していた。涙の理由について宮崎監督は
「長い間の積み重ねあって出来上がった作品なので、涙をしたのかな」。
最新作は『風の谷のナウシカ』(1984年)で巨神兵の原画を担当し、その才能に目をかけていた庵野氏
が主演し、『魔女の宅急便』(1989年)で主題歌を担当したユーミンが高校生の頃に作った「ひこうき
雲」と謎のシンクロニシティを見せ、空、飛行機、恋、たばこ…監督が大好きなものがたくさん詰まった
作品に仕上がった。
宮崎監督とは35年の付き合いになる鈴木敏夫プロデューサーも「他人の作品では、よく泣いているんで

す。高畑勲監督の『平成狸合戦ぽんぽこ』(1994年)や『ココリコ坂から』(宮崎吾朗監督、2011年)でも
泣いていたな。もともと涙腺はゆるいほうなんだろうけど、それでも、自分の作品で涙していたのは初めて
だった」と話していた。
同作は、ゼロ戦の設計者・堀越二郎と文学者・堀辰雄、同時代に生きた実在の二人の人物を融合させた
青年技師“二郎”の約30年にわたる半生を描いた壮大な物語。
美しい風のような飛行機を造りたいと夢見た少年が、やがて東京の大学に進み、大軍需産業のエリート
技師となってゼロ戦を作り上げるまでのストーリーを縦糸に、美しい薄幸の少女菜穂子との出会い別れ
のラブストーリーを横糸に絡めた完全フィクション。
5年ぶりではなく「5年かかった」と自ら言い正した宮崎監督。
その間にリーマン・ショックや東日本大震災など、ちょうど描こうとしていた1920~30年代の日本と重な
る出来事があり、宮崎監督は「ファンタジーを簡単に作れない時代がきた。悪戦苦闘しました」と苦悩を
明かしつつ、「(モデルとなった堀越二郎の)ご子息と夫人が喜んでくれたのでほっとしました」と笑顔を
見せた。実在の人物を描くことも、実際の戦争を題材にすることも初めてのチャレンジだったが、「たとえ
どんな時代でも力を尽くして生きることが必要」と力強く語っていた。



2013年6月24日 アニメ!アニメ!より
宮崎駿監督自身も泣いた「風立ちぬ」完成

庵野秀明松任谷由実とトークで報告
7月20日に全国公開となる宮崎駿監督5年ぶりの劇場アニメ『風立ちぬ』が完成した。
ゼロ戦の設計者である堀越二郎の半生を追った作品だ。
6月24日、その完成報告会見が、東京・小金井のスタジオジブリにて開催された。完成報告に姿を見せ
たのは、宮崎駿監督、主人公・二郎の声を演じた映画監督の庵野秀明さん、そして主題歌「ひこうき雲」
を提供した松任谷由実さんである。スタジオジブリ映画ならでは、大物揃いの会見となった。
トークは宮崎監督が、自身の映画を観て初めて泣いたとの驚きのエピソードからスタートした。
監督は「こういうことはやってはいけない。みっともない」と話すものの、本作がそれだけ思い入れの深か
った作品であったことを示したかたちだ。これに対して長年、アニメ制作などで付き合いのある庵野秀明
さんは、「宮さん(宮崎監督)も、人前で泣くんだと」と驚いた様子である。
庵野さんは「新世紀エヴァンゲリオン」シリーズなどの監督でよく知られた存在だ。その監督のまさかの
主演声優起用は多くの人を驚かせた。宮崎監督の評によれば“現代で一番傷つきながら生きている”、
そうした声を持っていることが起用の理由だ。
庵野さんは、「マイクの前に立つ人の気持ちが分かった」とこれまでにない体験に様々な驚きがあった
様子である。アフレコに際しては、キャラクターを作らずそのまま演じた。
宮崎監督も「演じたのでなくそのもの」と太鼓判を押す。一方、アフレコにおいては、宮崎監督にアドバイ
スをすることもあったという。「お節介とアドバイスをいろいろいただきました」と宮崎監督は明かす。
「ひこうき雲」の主題歌も、サプライズなきっかけで決まったものである。昨年12月に、公開トークの本番
で鈴木プロデューサーが直接、松任谷由実さんにオファーした。松任谷さんはこの曲をまだ高校生の頃、
荒井由実の時代に創りだした。当然、当時はそんなことは思いもつかない。「出来ることなら高校生の頃
に自分に、教えてあげたい」と話す。
『風立ちぬ』については、「一見は大人向けに見えるけれども、中学生、高校生にすごく響くのでは」との
印象だ。「日本人、ひとり残らず観て欲しい」と絶賛する。
宮崎監督は「5年ぶりではなく5年間かかった」と作品を説明する。実際に作品が誕生するまでは楽では
なかった。「モデルグラフィックス」誌に自身が連載するマンガの映画化を提案された時は、“アニメーシ
ョンは子どものもの”と考える宮崎監督はかなり迷ったようだ。しかも、本作を描く際には実際に起こった
戦争を描く可能性もあった。その後、絵コンテを描くなかで、東日本大震災が起こるなど、このまま進めて
いいかとも迷った。「どうなるか見当がなかった」と話すほど、障害を乗り越えてきた。
その結果生まれた『風立ちぬ』は、現実の人物をモデルにしたこれまでない宮崎駿作品に仕上がった。

 

映画を創るうえで堀越二郎をほとんど調べなかったという宮崎監督は「本当の堀越二郎とは違う。けれ
ども精神において堀越二郎である」と自信を見せる。
これまでの宮崎アニメとは全く異なる作品でありながら、誰もの心を打つ。いつもながらの宮崎監督の
演出が冴える。監督だけでなく、観た人は思わず涙を流さずにいられない。
『風立ちぬ』が、この夏に大きな話題になることは間違いなさそうだ。

 

『風立ちぬ』7月20日(土)全国ロードショー 
  公式サイト http://kazetachinu.jp/

 

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 平成25年4月4日 産経新聞より
「幻の戦闘機」設計図発見 ゼロ戦の後継、技術者が保管
太平洋戦争中に零式艦上戦闘機(ゼロ戦)の後継機として計画されながら、製造されずに終戦を
迎えた幻の戦闘機「烈風改」の設計図が、群馬県藤岡市出身の航空機設計者、堀越二郎氏
(1903~82年)の遺品から見つかった。
戦後、連合国軍総司令部GHQ)は航空機の開発資料の廃棄を命じていた。
遺品の寄贈を受けた藤岡市の担当者は「個人的に持ち帰って保管するほど、技術者として強い
思い入れがあったのだろう」と話す。
烈風改は、米軍のB29爆撃機に対抗し飛行高度1万メートル以上を想定。日本海軍が三菱重工業に
発注し、堀越氏が開発を統括した。
親族が2005年、資料や手紙など遺品約千点を市に寄贈。専門家が鑑定した結果、設計図17枚が
烈風改のものと確認された。製図日は1944年6月~45年7月。ゼロ戦の設計も手掛けた堀越氏は、
スタジオジブリの新作アニメーション映画「風立ちぬ」(今夏公開)で主人公のモデルになっている。

 

 

(航空機設計者、堀越二郎氏の遺品から見つかった、幻の戦闘機「烈風改」の設計図)
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2013年6月18日 朝日新聞デジタルより
幻の戦闘機「烈風改」設計図を発見 ジブリ新作きっかけ
太平洋戦争時の旧日本海軍の戦闘機「零戦」(零式艦上戦闘機)を設計した故・堀越二郎さんが
残した資料の中から、「烈風改」の設計図が見つかった。零戦の後継機として開発が進められたが
生産に至らなかった「幻の戦闘機」。群馬県藤岡市の親類宅に保管されていた。
堀越さんをモデルにしたスタジオジブリの新作映画「風立ちぬ」が7月に封切られるのに合わせ、
藤岡市が設計図を公開する企画展を開く。
設計図は、藤岡市内の堀越さんの実家に残され、その後、近くの親類宅の蔵で保管されていた資料
の中にあった。2005年2月、市が親類から日記や資料約1千点の寄贈を受け、藤岡歴史館で所蔵。
昨年末、スタジオジブリが宮崎駿監督の映画の公開を発表したことを受け、市が資料を調べ始めた。
今年1月ごろ、烈風改の開発名「A7M3―J」を指すとみられる「M3―J」の記載がある2種6枚の図面
を職員が発見。いずれも機体名を記す右下部分が破り取られていたが、開発にあたった三菱重工
にも確認を依頼し、烈風改の設計図との見方で一致した。潤滑油を冷やす装置の図面とエンジンの
効率を上げる冷却用の溶液のタンクの図面で、1944~45年にかかれた。
 

 

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