筑紫の国の片隅で…

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長嶋、松井両氏に国民栄誉賞

 

長嶋、松井両氏に国民栄誉賞が与えられる事になりました。
多くのファンが、二人の受賞を喜んでいることと思います。私もその中の一人ですが、世の中には受賞
を認めたくない人もいるようで、国民栄誉賞の授与が決まる度に、政権の人気取り云々・・・と非難の声
をおあげになります。国民栄誉賞を与えたからといって、どれ程の票が伸びるというのでしょうか?
何故に、ミスターに国民栄誉賞が与えられる事が決まったということを、率直に喜べないのでしょう?
私は関東で小学生時代を過ごしたおかげで、巨人を応援するとともに、ミスターや王選手の現役時代
のプレイに憧れたものです。背番号「1」と「3」は野球少年たちの間で、いつも取り合いでした。
1塁と3塁は誰もが守りたがり、じゃんけんで決めていました。
「巨人、大鵬、卵焼き」世代は、先般の「大鵬関」の受賞(2月15日)に続き、ミスターの受賞を、我が事
のように喜んでいるのではないでしょうか。安倍首相もそんな世代の一人であります。
 

 

 

 

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~2013年4月1日 産経新聞より
「松井君と一緒…これ以上の喜びない」長嶋茂雄氏のコメント
  「国民栄誉賞のお話には驚いておりますが、受賞が決まれば、本当に光栄です。
まして、監督と選手として苦楽を共にしてきた松井君と一緒にいただけるということであれば
これ以上の喜びはありません。
5月5日には、その松井君の引退セレモニーが東京ドームで行われ、私たちが最も濃密な時間を
過ごした場所で、彼の姿をまぶたに焼き付けることができるということで、今からとても楽しみです。
二人をここまで支えてきてくださったファンの皆様をはじめ、関係者の方々に深く感謝するとともに
私の愛弟子として、これからも応援していきたいと思います」

 

【産経新聞号外】長嶋・松井氏に国民栄誉賞
http://sankei.jp.msn.com/pdf/2013/04/20130401_nagashima-matsui.pdf
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~2013年4月2日 J-CASTニュースより
 巨人師弟コンビ「国民栄誉賞」に疑問の声 ゴジラ松井の受賞「早すぎないか」
 
プロ野球で一時代を築いた長嶋茂雄氏と、大リーグでも活躍した松井秀喜氏の2人が
同時に国民栄誉賞を受賞することが確実となった。
巨人時代は監督と選手の枠を超えて師弟関係を結び、その絆は今も固い。
長嶋氏に対しては長年の功績から「むしろ受賞するのが遅いくらい」との声が上がったが
松井氏の場合は昨季現役を引退したばかり。「ほかにふさわしい候補者がいたのでは」と
首をかしげる人もいる。

 

◇記録面では2人を上回る選手がいる
「ミスター&ゴジラ」の国民栄誉賞ダブル受賞。
長嶋氏は、現役時代ははつらつとしたプレーや、天覧試合でのサヨナラ本塁打など「記憶に残る選手」
としてファンを魅了。監督としては日本一に2度輝き、後に球界を代表する選手を何人も育てた。
名実ともに「ミスタープロ野球」のスーパースターだ。
長嶋氏の愛弟子のひとりが松井氏。
巨人に入団後は期待通り4番に座ると、2002年には50本塁打を放つ。
2003年にニューヨーク・ヤンキースに移籍するとここでも勝負強さを発揮し、
2009年のワールドシリーズでは日本人選手初のMVPに選ばれた。
2人とも輝かしい実績を残している。
だが、過去に野球選手として国民栄誉賞に選ばれた王貞治氏、衣笠祥雄氏と比べると、
王氏は世界最多の756本塁打、衣笠氏は世界新記録の2,131試合連続出場といずれも「世界一」の
称号を得ていた。賞を辞退したイチロー選手(現ヤンキース)も、大リーグでシーズン最多安打はじめ
数々の記録を更新している。記録面だけをみると、長嶋氏や松井氏を上回る人物は少なくない。
実際に、2013年4月1日に開かれた菅義偉官房長官の記者会見では、報道陣から「成績だけ見ると
野村克也氏や張本勲氏ら長嶋氏以上の成績を残している選手もたくさんいる」「大リーグで活躍した
野茂英雄氏は対象にならないのか」と、2人の選考理由に質問が出た。
松井氏は大リーグ移籍後、本塁打王や首位打者といった主要な個人タイトルは獲得していない。
一方で野茂氏は、日本人大リーガーの「パイオニア」的な存在として海を渡り、新人王や2度のノーヒット
ノーランを達成している。投手と野手の違いはあるが、実績面では松井氏に勝るとも劣らない。
菅官房長官は、長嶋氏については国民的なスターとして社会に夢や希望を与え、野球界の発展に貢献
した点を評価し、松井氏は現役引退したことを「ひとつの区切りだった」としたうえで、両氏への授与の
要望が高かったと説明した。

 

◇「本人がもっとも戸惑っているのではないか」
だが記録面を除けば、長嶋氏の受賞に異論を挟む向きは少ない。
4月2日付のサンケイスポーツには、野球評論家の野村克也氏と江本孟紀氏がコメントを寄せた。
野村氏は「長嶋にはとにかく人気がある。記録や業績だけで生まれるものではない」と称え、
江本氏も「長嶋さんを第1号にしてしかるべきだった」「巨人ファンではなく、長嶋ファン。そういう人は
他にいない」と絶賛する。
一方、松井氏については「他にふさわしい人がいるのではないかとも思う」(野村氏)、
「もっと球界に貢献してからでも遅くない」(江本氏)。「若すぎる受賞」には違和感があるようだ。
スポーツジャーナリストの菅谷齊氏は、「『なぜ、今なのか』と首をかしげざるをえなかった」とする。
一方で「松井の場合、本人がもっとも戸惑っているのではないか。『今後、何十年かけて、賞を頂いて
失礼ではなかったと証明できるよう努力したい』とのコメントに表れている。まじめ人間だけに重荷に
ならなければいいが」と心配する。
2人が同時に選ばれたのは、両氏が師弟関係にある点も考慮されたようだ。
ドラフト会議で松井氏を1位指名し、巨人に入団させたのが当時監督だった長嶋氏。
松井氏も2012年12月に引退を表明した際に、最も印象に残っているシーンに「長嶋監督と2人で
素振りした時間」を挙げるほど、信頼関係は今もゆるぎない。
1977年に定められた「国民栄誉賞表彰規定」によると、表彰の対象は「内閣総理大臣が本表彰の
目的に照らして表彰することを適当と認めるものに対して行う」とあるだけで、具体的な選考基準が
あるわけではない。
長嶋氏と松井氏の場合、野球での実績だけでなく、堅く結ばれた師弟関係といった人間性も含めて
賞の授与にふさわしいと評価されたのだろう。
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~2013年4月2日 ウォール・ストリート・ジャーナルより
ヤンキースの松井氏とその恩師に国民栄誉賞
松井秀喜選手が昨年末、プロ野球からの現役引退を表明した際、ニューヨーク・ヤンキースの一員と
して参加したワールドシリーズでMVPに選出されたことに代表される20年間の野球人生で何が最も
記憶に残っているか、とある記者が尋ねた。数秒後、目に涙をためた松井氏は、若い頃に自らを指導
してくれた元監督で国民的なヒーローの長嶋茂雄氏と素振りの練習をした時間だと答えた。
このため、この2人が国民栄誉賞の授賞式で一緒に受賞するというのは、ふさわしく感じられる。
日本の国民栄誉賞はアスリート、音楽家、俳優、それにその他の文化的功労者に授与される賞だ。
それほどには知られていないが、英国のナイトの称号の授与に匹敵する。
1977年の創設以降、この賞を受賞しているのは個人20人と1団体だけだ。
野球選手が国民栄誉賞を受賞するのは、1987年以来。その後26年間受賞者が出なかったのは、
現在ヤンキースに所属するイチロー選手が2001年と04年の2回にわたって受賞を断ったからだ。
当時の報道によると、イチロー選手は若すぎること(01年)と、モチベーションが下がること(04年)を
懸念して受賞を辞退した。
菅義偉官房長官は1日、政府が松井、長嶋の両氏に同賞を授与する方針を明らかにした。
菅官房長官は長嶋氏について「今日のプロ野球界の発展に顕著な貢献があった」と述べた上で、
松井氏の日米での活躍が「多くの若者に夢と希望を与えた」と語った。
松井氏はキャリアの前半を日本で過ごした。日本で最も人気のチームである読売ジャイアンツの主砲と
して活躍した。日本のリーグでMVPを3回受賞した松井氏は、その後10年間の大半を、ヤンキース
主力選手として活躍した。その後、膝の故障と打撃不振から、最後の数年間は、かつてのスラッガー
からジャーニーマン(複数のチームを渡り歩くベテラン選手)になった。
政府は毎年、国民栄誉賞を授与しているわけではない。授与は時の首相の意思によって決まる。
このため、政治的に利用しているのではないかとの疑問がささやかれるケースもある。
松井、長嶋両氏が国民栄誉賞にふさわしいことは疑問の余地がほとんどない。
日本の野球史で松井、長嶋両氏ほど愛され、尊敬された選手はほとんどいないからだ。
特に長嶋氏はしばしば「ミスター」と呼ばれる。他のニックネームである「ミスター・ベースボール」
あるいは「ミスター・ジャイアンツ」の略だ。
安倍晋三首相は1日、長嶋氏は「戦後最大のスーパースターだ」と述べた。
松井、長嶋両氏にはまた、長い相互交流の歴史がある。
2人はいずれも読売ジャイアンツのクリーンアップとなって、日本の最も人気のあるチームの最も人気
のある選手であることの圧力に立ち向かった。
松井氏が1993年、ドラフト首位指名のくじ引きでジャイアンツ入団が決まった際、長嶋氏は松井氏を
自ら指導し、田舎の少年をジャイアンツの次のスタープレーヤーに仕立て上げた。
松井氏は昨年12月末の引退記者会見で、「当時、われわれは毎日一緒に過ごし、長嶋監督から指導
を受けた。それがわたしの野球人生の土台になった」と述べた。
そして「この交流はわたしにとって極めて大きく、長嶋監督に感謝してもしきれない」と語った。
一方、長嶋氏は現役当時、三塁手として活躍し、日本のヤンキースとも言うべきジャイアンツで最も人気
のある選手だった。当時ジャイアンツは1965年から73年まで9年連続で日本シリーズを制覇した。
長嶋氏の最も劇的で華やかな活躍の瞬間は1959年だった。天皇が初めて野球観戦する天覧試合で、
天敵だった阪神タイガースの投手から9回裏にサヨナラホームランを放ち、勝利した時だ。
引退後もチャーミングでハンサムな長嶋氏は極めて人気があり、テレビのCMにもたびたび登場した。
しかし2004年に脳梗塞を患い、公の場から引き下がった。
(記者:Daisuke Wakabayashi)
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【 国民栄誉賞受賞者リスト 】

① 王 貞治     昭和52年 9月 5日
② 古賀 政男    昭和53年 8月 4日
③ 長谷川 一夫   昭和59年 4月19日
④ 植村 直己    昭和59年 4月19日
⑤ 山下 泰裕    昭和59年10月 9日
⑥ 衣笠 祥雄    昭和62年 6月22日
美空ひばり    平成元年 9月29日
千代の富士    平成元年 9月29日
⑨ 藤山 一郎    平成 4年 5月28日
⑩ 長谷川 町子   平成 4年 7月28日
⑪ 服部 良一    平成 5年 2月26日
⑫ 渥美 清     平成 8年 9月 3日
⑬ 吉田 正     平成10年 7月 7日
⑭ 黒澤 明     平成10年10月 1日
⑮ 高橋 尚子    平成12年10月30日
⑯ 遠藤 実     平成21年 1月23日
⑰ 森 光子     平成21年12月22日
⑱ 森繁 久弥    平成21年12月22日 
なでしこジャパン  平成23年 8月18日
⑳ 吉田 沙保里   平成24年11月 7日

 

 

 

 

 


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