筑紫の国の片隅で…

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時には、地域のことも

「頓田の森の悲劇」によせて
陸軍大刀洗飛行場は大東亜戦争当時、東洋一を誇った飛行場でした。
昭和20年3月27日、アメリカ軍の大規模な空襲により壊滅的な打撃を受けました。
この時、大刀洗飛行場を爆撃するために飛行していたアメリカ軍のB29から投下された爆弾により
子供達31人が犠牲になりました。アメリカ軍のB29は飛行場ではなく、子供達が爆撃を避ける為に
避難していた「頓田の森」に爆弾を落としたのでした。アメリカ軍は「誤爆だった」としていますが
3月10日東京大空襲、3月12日名古屋大空襲、3月13日大阪大空襲 、3月17日神戸大空襲、そして
3月27日の小倉大空襲と、無差別爆撃が続いていたことを考えれば、軍需施設や工場だけを目標に
していたとは思えません。日本各地で惨劇が繰り広げられたのです。
これ以降、終戦の日まで、日本全土のほとんどの都市が空襲に遭い、その犠牲者は25万人~50万人
といわれています。広島や長崎のことは語られますが、無差別爆撃による被害は忘れられる一方です。
戦後何十年経とうと、その惨禍を忘れてはいけませんし、語り継いでいくことが大切だと思います。
しかしながら、現在の我々日本人は、犠牲者の魂を追悼することを疎かにしてはいないでしょうか。
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~3月28日(木) 毎日新聞 〔福岡都市圏版〕より
大刀洗空襲:68年、つどいに遺族ら参加 献花、恒久平和誓う
語り部・前田さん体験談も

大刀洗空襲から丸68年の27日、筑前町熊ケ山で遺族ら約50人が参加して第17回平和の碑の
つどいが開かれ、黙とう、献花をし恒久平和を誓った。
大刀洗空襲の語り部である同町大塚の前田義晴さん(85)が体験を話した。
「午前11時過ぎ、空襲警報が鳴りB29(米軍爆撃機)からザアーッ、キュキュキュという音がして
プロペラ付き爆弾が落ちてきた。その音と煙の大きさに恐怖心でいっぱいになった。
消防団員だった私は馬車の馬に乗って帰宅し、着替えて約4キロ走って現場へ。
負傷兵が次々に運ばれ『中隊長殿、しっかりしてください』という声に具合を尋ねると
『手も足もない。胴体だけだ』という答えが返ってきた」
4日後の2回目の空襲では、大刀洗製作所の消火に行くと、建物が吹き飛んで「何もなかった」と
米軍爆撃の激しさを語った。「戦争だけは嫌だとつくづく思う」という言葉で締めた。
熊ケ山山頂の「平和の碑」は戦後50年の95年3月に建立。
説明板には、2回の空襲で東洋一の大刀洗飛行場にあった陸軍飛行学校、第5航空教育隊などの
軍事施設は壊滅。犠牲者は300人ともいわれ、住民たちは身元不明の遺体を無縁仏とするに忍びず
現三輪中で荼毘(だび)に付し、この山頂付近でまつってきた、と記されている。
【勝野昭龍】
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~3月25日(月) 毎日新聞〔筑後版〕より
大刀洗空襲:小郡市で語りつぐ会 「悲惨さ訴え続ける」
野瀬さん「頓田の森の悲劇」証言

大刀洗空襲(1945年3月27、31日)の日を前に、戦争被害について記録を続ける
「大刀洗空襲を語りつぐ会」は24日、小郡市の市総合保健福祉センターあすてらすで定例会を
開いた。約20人が参加。
親戚を空襲で失った野瀬久子さん(72)=小郡市小郡=が初めて体験を語り、
「戦争がまた起きるのではないかと不安になるが、戦争で生まれるものは何もない」と訴えた。
野瀬さんは当時4歳。3月27日の米軍による空襲で、一緒に暮らしていた小学生のいとこ2人を失った。
この爆撃は、朝倉市頓田で、集団下校中に30人以上の小学生が隠れ込んだ森で犠牲になった
「頓田の森の悲劇」で知られる。頓田の森近くにあった実家にいた野瀬さんは、警報の音で防空壕に
隠れ無事だった。
「疎開先の 川に浮きゐし藪椿 その紅をいまだ忘れず」--。
野瀬さんは、これまで詠んだ歌を鎮魂歌としてまとめた短歌集を手元に、歌を紹介しながら淡々と記憶
をたどった。耳をつんざく爆撃音や壕の中で生き埋めになるような恐怖を思い出し、戦後は一人で頓田
の森へ行けず、楽しいはずの春先もうつうつとした気分になるという。
が、戦争を知らない世代に悲惨さを訴え続けなければと、証言を決心した。
事務局の石川由美子さん(61)は「戦後すぐには体験を家族にすら話せなかった方も、今は残された
時間で『話せるうちに話したい』と思うようになっている」と話す。
【土田暁彦】
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~参考~
「一ツ木児童遭難顛末記」
http://www.asakurajc.com/tontanomori/tenmatuki.html

 

 

 

 

 

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