筑紫の国の片隅で…

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10月20日は「地久節」の日

皇后陛下におかせられましては、満八十二歳のお誕生日を迎えあそばされました。
心より慶祝を申し上げ、皇后陛下の御健康、御長寿、御皇室の弥栄を祈念申し上げます。


   10月20日 産経 皇后陛下82歳

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2016年10月20日
NHKニュース

皇后さま 82歳の誕生日
皇后さまは20日、82歳の誕生日を迎えられました。
皇后さまは誕生日にあたり、記者の質問に対して、この1年を振り返りながら文書で回答を寄せられました。
この中で皇后さまは、天皇陛下が8月にビデオメッセージでお気持ちを表されたことについて、「現在のお気持
ちのにじむ内容のお話が伝えられました」と述べられました。
続いて、「皇太子や秋篠宮ともよく御相談の上でなされたこの度の陛下の御表明も、謹んでこれを承りました」
と記したうえで、「ただ、新聞の一面に『生前退位』という大きな活字を見た時の衝撃は大きなものでした」
と振り返られました。皇后さまは、また、熊本地震などの自然災害を挙げながら、自然の歴史にはある周期で
平穏期と活性期が交互に来ると言われるとしたうえで、「今私どもは疑いもなく、その活性期に生きており、
誰もが災害に遭遇する可能性を持って生活していると思われます」と述べられました。
そして、「皆が防災の意識を共有すると共に、皆してその時々に被災した人々を支え、決して孤独の中に取り
残したり置き去りにすることのない社会を作っていかなければならないと感じています」と記されました。
ブラジルのリオデジャネイロで開かれたオリンピックとパラリンピックについては、「健常者、障害者を問わ
ず、優れた運動選手が会心の瞬間に見せる姿の美しさには胸を打つものがあり、そうした写真の幾つもを切
り抜いて持っています」とつづられました。
さらに心にかかることの1つとして、視覚障害者の駅での転落事故が引き続き多いことを挙げ、「事故の原因
をホーム・ドアの有無のみに帰せず、更に様々な観点から考察し、これ以上悲しい事例の増えぬよう、皆して
努力していくことも大切に思われます」と記されました。
皇后さまの誕生日に合わせて、天皇陛下と皇后さまが小学生の時の教科書を懐かしくご覧になる映像が公開
されました。映像は天皇皇后両陛下のお住まいの御所の応接室で撮影されたもので、天皇陛下が学習院初等
科で使っていた教科書を手に取り、皇后さまと会話をされる様子が映っています。
テーブルの上には国語の教科書が置かれ、このうち「サイタサイタサクラガサイタ」と書かれたものは、天皇陛下
が1年生の時に、また和歌や源氏物語が載せられた教科書は、6年生の時に使われたものだということです。
中には、戦後、GHQ=連合国軍総司令部の指示により、文字の一部が墨で塗りつぶされたものも見られます。
宮内庁によりますと、天皇陛下と皇后さまは小学2年生から6年生まで同じ教科書を使っていて、ふだんの会話
の中で、教科書にあった言葉や物語を懐かしく思い出すこともあるということで、この日も、当時を回想しながら
言葉を交わされていたということです。


皇后さまの文書回答 全文

皇后さまは、20日に82歳の誕生日を迎えられました。
誕生日にあたり、記者の質問に対して、皇后さまが寄せられた回答の全文です。

(問)この1年も自然災害や五輪・パラリンピックなど様々な出来事がありました。
   8月には、天皇陛下が「象徴としての務め」についてのお気持ちを表明されました。
   この1年を振り返って感じられたことをお聞かせください。

(皇后さま)
昨年の誕生日以降、この1年も熊本の地震を始め各地における大雨、洪水等、自然災害は後を絶たず、これを記して
いる今朝も、早朝のニュースで阿蘇山の噴火が報じられており、被害の規模を心配しています。
8月末には、台風10号がこれまでにない進路をとり、東北と北海道を襲いました。この地方を始め、これから降灰の続く
であろう阿蘇周辺の人々―とりわけ今収穫期を迎えている農家の人々の悲しみを深く察しています。
自然の歴史の中には、ある周期で平穏期と活性期が交互に来るといわれますが、今私どもは疑いもなくその活性期に
生きており、誰もが災害に遭遇する可能性を持って生活していると思われます。
皆が防災の意識を共有すると共に、皆してその時々に被災した人々を支え、決して孤独の中に取り残したり、置き去り
にすることのない社会を作っていかなければならないと感じています。
今年1月にはフィリピンの公式訪問がありました。アキノ大統領の手厚いおもてなしを受け、この機会に先の大戦におけ
るフィリピン、日本両国の戦没者の慰霊が出来たことを、心から感謝しています。
戦時、小学生であった私にもモンテンルパという言葉は強く印象に残るものでしたが、この度の訪問を機に戦後キリノ大
統領が、筆舌に尽くし難い戦時中の自身の経験にもかかわらず、憎しみの連鎖を断ち切るためにと、当時モンテンルパ
に収容されていた日本人戦犯105名を釈放し、家族のもとに帰した行為に、改めて思いを致しました。
夏にはリオで、ブラジルらしい明るさと楽しさをもってオリンピック、パラリンピックが開催され、大勢の日本選手が、強い
心で戦い、スポーツのもつ好ましい面を様々に見せてくれました。競技中の選手を写した写真が折々に新聞の紙面を飾
りましたが、健常者、障害者を問わず、優れた運動選手が会心の瞬間に見せる姿の美しさには胸を打つものがあり、そ
うした写真の幾つもを切り抜いて持っています。
前回の東京オリンピックに続き、小規模ながら織田フィールドで開かれた世界で2回目のパラリンピックの終了後、陛下
は、リハビリテーションとしてのスポーツの重要性は勿論のことながら、パラリンピックがより深く社会との接点を持つた
めには、障害者スポーツが、健常者のスポーツと同様、真にスポーツとして、する人と共に観る人をも引きつけるものと
して育ってほしいとの願いを関係者に述べられました。
今回のリオパラリンピックは、そうした夢の実現であったように思います。
今年の嬉しいニュースの一つに、日本の研究者により、新しい元素が発見され、ニホニウムと名付けられたことがありま
した。また、この10月には、大隅良典博士がオートファジーの優れたご研究により生理学・医学部門でノーベル賞を受け
られました。
50年以上にわたり世界の発展途上国で地道な社会貢献を続けて来た日本の青年海外協力隊が、本年フィリピンでマグ
サイサイ賞を受けたことも嬉しいことでした。この運動は、今ではシニア海外ボランティア、日系社会青年ボランティア及
び日系社会シニアボランティアと、更にその活動の幅を広げています。
ごく個人的なことですが、いつか一度川の源流から河口までを歩いてみたいと思っていました。今年の7月、その夢がか
ない、陛下と御一緒に神奈川県小網代の森で、浦の川のほぼ源流から海までを歩くことが出来ました。
流域の植物の変化、昆虫の食草等の説明を受け、大層暑い日でしたが、よい思い出になりました。
最近心にかかることの一つに、視覚障害者の駅での転落事故が引き続き多い事があります。目が不自由なため、過去
に駅から転落した人の統計は信じられぬ程多く、今年8月にも残念な事故死が報じられました。
ホーム・ドアの設置が各駅に及ぶ事が理想ですが、同時に事故の原因をホーム・ドアの有無のみに帰せず、更に様々な
観点から考察し、これ以上悲しい事例の増えぬよう皆して努力していくことも大切に思われます。
この1年間にも、長年皇室を支えてくれた藤森昭一元宮内庁長官や金澤一郎元皇室医務主管、「名もなく貧しく美しく」を
はじめ数々の懐かしい映画を撮られた松山善三氏等、沢山の人々との別れがありました。
国外では、この9日、文化の力でポーランドの民主化に計り知れぬ貢献をされたアンジェイ・ワイダ氏が亡くなりました。
長年にわたり、日本のよき友であり、この恵まれた友情の記憶を大切にしたいと思います。
日本のみならず、世界の各地でも自然災害が多く、温暖化の問題も年毎に深刻さを増しています。
各地でのテロに加え、内戦の結果発生した多くの難民の集団的移動とその受け入れも、世界が真向かわねばならぬ大
きな課題になっています。
そのような中で、この夏のリオ五輪では難民による一チームが編成され、注目を集めました。
4年後の東京では、この中の1人でも多くが、母国の選手として出場出来ることを願わずにはいられません。
世界の少なからぬ地域で対立が続く中、長年にわたり国内の和平に勇気と忍耐をもって取り組んで来られたコロンビア
のサントス大統領が、今年のノーベル平和賞を授与された事は感慨深いことでした。
8月に陛下の御放送があり、現在のお気持ちのにじむ内容のお話が伝えられました。私は以前より、皇室の重大な決断
が行われる場合、これに関わられるのは皇位の継承に連なる方々であり、その配偶者や親族であってはならないとの思
いをずっと持ち続けておりましたので、皇太子や秋篠宮ともよく御相談の上でなされたこの度の陛下の御表明も、謹んで
これを承りました。ただ、新聞の1面に「生前退位」という大きな活字を見た時の衝撃は、大きなものでした。それまで私は
、歴史の書物の中でもこうした表現に接したことが一度もなかったので、一瞬驚きと共に痛みを覚えた
のかもしれません。
私の感じ過ぎであったかもしれません。
この1年、身内の全員がつつがなく過ごせたことは幸いなことでした。1月には秋篠宮の長女の眞子が、無事留学生活を
終え、本格的に成年皇族としての働きを始めました。真面目に、謙虚に、1つ1つの仕事に当たっており、愛おしく思いま
す。
この回答を書き終えた13日夜、タイ国国王陛下の崩御という悲しい報せを受けました。私より6つ7つ程お上で、20代の若
い頃より兄のような優しさで接して下さっており、御病気と伺いながらも、今一度お会いできる機会を、と望んでおりました。
王妃陛下、王室の皆様方、タイ国民の悲しみに思いを致しております。



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宮内庁HPより

■この1年のご動静
皇后さまには、本日、満82歳のお誕生日をお迎えになりました。
この1年、ご体調は必ずしも万全ではありませんでしたが、これまでと変わらず、陛下のご健康を注意深くお見守りになりながら、
皇后さまとしてのお立場で342件のお務めを果たされました。また、公的なお務めには含めませんでしたが、皇居勤労奉仕団や
宮中祭祀に奉仕した賢所奉仕団、総勢約8,800人と57回にわたってお会いになり、おねぎらいになりました。
戦後70年に当たる昨年4月、戦没者慰霊と国際親善のためパラオ国をご訪問になったのに引き続き今年1月、国交正常化60周
年を迎えるフィリピン国大統領閣下からのご招請により、国際親善と戦没者慰霊のため、両陛下で同国をご訪問になりました。
昭和37年に昭和天皇のご名代である陛下と共にお訪ねになって以来54年ぶりのご訪問でした。国賓として、陛下と共に歓迎式
典、ご会見、晩餐会に臨まれ、フィリピンの国民的英雄ホセ・リサールの記念碑に参られたほか、かつて日本に留学生・研修生
として滞在した人々や日本で介護福祉士・看護師として働くことを目指して日本語を学ぶ人々とご懇談になるなど、フィリピン国
の多くの人々と友好を深められました。
また戦没者を慰霊されるため、フィリピン人戦没者が眠る英雄墓地、ルソン島カリラヤにある日本人戦没者を悼む「比島戦没者
の碑」に参られ、両国双方で160万人を超える戦没者の霊を慰められました。
両陛下はご訪問前に御所で日本人戦没者の遺族とご懇談になりましたが、「比島戦没者の碑」に集まった多くの遺族ともお話し
になり、その苦労を慰められました。
その他、現地で活躍する青年海外協力隊員やフィリピン在住日系人とご懇談になったほか、アジア最大規模の国際農業試験研
究機関である国際稲研究所(IRRI)をご訪問になりました。
4月に多数の死傷者・避難者が発生した熊本地震では、両陛下には発生の翌朝、犠牲者に対するお悼みと、被災者へのお見舞
い、災害対策に従事する関係者へのおねぎらいのお気持ちを、侍従長を通じて熊本県知事にお伝えになったほか、翌5月に被災
地を日帰りでご訪問になりました。
現地では自衛隊ヘリコプターにて南阿蘇村と益城町にご移動になり、南阿蘇村長、西原村長、益城町長及び熊本市長から被災
状況等を聴取され、避難所で被災者をお見舞いになるとともに災害対応関係者にお会いになり、おねぎらいになりました。
なお8月には、台風10号による大雨災害で岩手県及び北海道で多数の死傷者・避難者が発生した折にも、両陛下はそれぞれの
知事に対し、侍従長を通じてお見舞いのお気持ち等をお伝えになりました。
東日本大震災の関係では今年3月、両陛下で5周年追悼式にご臨席になったほか、震災復興状況ご視察のため福島県及び宮城
県に行幸啓になりました。
福島県では、三春町の葛尾かつらお村役場三春出張所をご訪問になり、原発事故による全村避難が続いていた葛尾村長からは
復興状況等について、被災者からは帰村に向けた準備の様子をお聴きになり、葛尾村を支援する三春町長等をおねぎらいになり
ました。
宮城県では女川町において町長から復興状況等をご聴取になるとともに、土地をかさ上げして整備された復興商店街や震災から
再建した水産加工会社をご視察になりました。この途中お立ち寄りになった石巻市の宮城県水産会館では、震災の犠牲となった
漁業関係者の慰霊碑に参られるとともに、県漁業協同組合の会長を休所にお招きになって話をお聴きになりました。
また仙台市では、東北大学において震災と医療に関する展示をご覧になりました。さらに9月末に第71回国民体育大会ご臨場の
ため5日間にわたりご訪問になった岩手県では、北上市及び盛岡市における国体行事へのご臨席に先立ち、東日本大震災の復
興状況を視察されるため、自動車で片道約110㎞の道のりを移動されて、沿岸部の大槌町及び山田町をご訪問になりました。
経由地の遠野市、釜石市においても、それぞれの市長・議長から、前回お立ち寄りになった以後の後方支援及び復興の状況をご
聴取になり、大槌町、山田町では両町長から説明をお受けになった後、復興した大槌町魚市場や復興のシンボルとして建設され
た山田町ふれあいセンターをご視察になりました。
このほか、都内で催された東日本大震災の復興を支援するチャリティーコンサートにお出ましになるなど、被災地と支援者を励ま
されました。
その他の地方行幸啓として昨年10月、全国豊かな海づくり大会ご臨席のため、両陛下で富山県をご訪問になりました。
その折、富山県立イタイイタイ病資料館をご視察になり、公害病克服の歴史について説明をお受けになりました。
11月には青年海外協力隊発足50周年記念式典ご臨席のため神奈川県横浜市を、12月には障害者週間にちなみ障害者の競技
用等の車椅子を製造している施設をご視察になるため千葉県千葉市をご訪問になりました。
今年4月には神武天皇二千六百年ご式年に当たり、奈良県に行幸啓され神武天皇陵をご参拝になり、その折、奈良県立橿原考古
学研究所、高松塚古墳、高松塚壁画館をご視察になりました。
6月には第67回全国植樹祭ご臨場のため長野県にお出ましになりましたが、平成23年の長野県北部地震による栄村の被災者を
お泊所に招いてご懇談になったほか、唱歌「ふるさと」の作詞家である高野辰之の記念館、信州大学国際科学イノベーションセンタ
ー、アファンの森をご視察になりました。
9月には第36回全国豊かな海づくり大会にご臨席のため山形県酒田市及び鶴岡市をご訪問になり、鶴岡市立加茂水族館、松ヶ岡
開墾場をご視察になりました。
地方へのお出ましは、ご静養のための御用邸及び御料牧場、長野県軽井沢町及び群馬県草津町への行幸啓を除き、12県23市7
町2村に及びました。
都内の行幸啓としては、全国戦没者追悼式等の式典、日本国際賞の授賞式及び祝宴、国際生物学賞等の授賞式等に陛下と共に
36回お出ましになりました。
今年4月、春のお彼岸に合わせて昭和天皇の武蔵野陵、香淳皇后の武蔵野東陵をご参拝になった折に福生(ふっさ)市をご訪問
になりましたが、これにより両陛下は都内23区及び多摩地方の全ての区市町村を訪問されたことになります。
皇后さまお一方では、皇太子妃殿下でいらした時からお出ましになっている知的障害のある生徒のための特別支援学校「旭出学
園」の工芸展、これまで度々お出ましになっている障害児入所施設「ねむの木学園」の美術展をご覧になるなど20回行啓されまし
た。なお毎年、日本赤十字社名誉総裁として御臨席になっている全国赤十字大会は、今年は熊本地震災害への対応のため開催
されませんでした。
宮殿や御所では陛下と共に、文化勲章受章者及び文化功労者、各種大臣表彰受賞者、農林水産祭天皇杯受賞者、人事院総裁
賞受賞者、昭和34年の両陛下のご成婚を記念してハワイ在住日系人等が中心となって創設した皇太子明仁親王奨学金の奨学
生、青年海外協力隊帰国隊員及び日系社会青年ボランティア、シニア海外ボランティア及び日系社会シニアボランティア、日本学
士院会員、日本芸術院会員、国際緊急援助隊員等々、文化・福祉・産業・国際協力・学術・芸術等の分野で尽力し社会貢献した数
多くの人にお会いになりました。
皇后さまお一方では、例年どおり日本赤十字社の名誉総裁として、社長、副社長からその活動状況等についてお聴きになったほ
か、皇后さまが高校時代に作詞された「ねむの木の子守歌」の著作権を基に創設され、肢体不自由・重症心身障害児/者の世話
に当たる人に贈られる「ねむの木賞」の受賞者とお会いになりました。
こうしたご接見等は46回に及び、また、陛下とご一緒又はお一方で御所でお受けになったご説明やご進講も46回を数えました。
外国との関係では陛下と共に、この10月にベルギー国国王陛下及び王妃陛下を国賓としてお迎えになり、初日に歓迎行事、ご会
見、宮中晩餐に臨まれたほか、翌日にベルギー国メッヘレン市と姉妹都市である茨城県結城市をご案内になり、ご一緒に伝統工
芸等をご覧になりました。
3日目にお出ましになったベルギー国国王王妃両陛下ご主催の答礼コンサートでは、アンコール曲として皇后さまがお若い頃に作
られた子守歌「おもひ子」が静かに、美しく演奏されました。その後、お別れのご挨拶をなさって御所にお戻りになったところで、タイ
国プミポン国王陛下崩御の報に接せられましたが、両陛下は、半世紀以上にわたる長いご親交から、シリキット王妃陛下に御弔意
をお伝えになり、侍従長を在京タイ国大使館に御弔問使として御差遣になったほか、お気持ちとして3日間の喪に服されました。
国賓以外のご接遇では陛下と共に、ジンバブエ国大統領閣下及び令夫人とのご会見、午餐に臨まれたほか、フィンランド国大統
領閣下及び令夫人、東ティモール国大統領閣下及び令夫人、ウクライナ国大統領閣下及び令夫人、パナマ国大統領閣下及び令
夫人並びにガーナ国大統領閣下及び令夫人とご会見になりました。
また、インドネシア国国会議長夫妻、ハンガリー国国会議長夫妻、カナダ国首相夫妻及び救世軍万国総督夫妻をご引見になりま
した。さらにスウェーデン国国王陛下を御所でのご夕餐に、パラオ国大統領閣下及びシンガポール国首相夫妻を御所でのご昼餐
に、両陛下がこれまでに2度訪問されたことのあるスペイン国サラマンカ大学のエルナンデス学長、並びにブータン国前王妃陛下
及び王妹殿下を御所でのお茶に、それぞれお招きになりました。
在京外交団については陛下とご一緒に、着任後間もない18か国の大使夫妻をお茶に、着任後3年を経過した16か国の大使夫妻を
午餐にお招きになり、離任する14か国の大使夫妻をご引見になりました。
日本から赴任する55か国の大使夫妻にも出発前にお会いになり、同様に帰国した11か国の大使夫妻をお茶にお招きになって、任
地の様子をお聴きになりました。
宮中祭祀については、昭和天皇祭の儀、香淳皇后例祭の儀の折に皇霊殿に、春季及び秋季の皇霊祭及び神殿祭の儀の折に皇
霊殿及び神殿に参られました。出御なさらない祭祀では御所でご遙よう拝なさり、祭祀がお済みになるまでお慎みになっています。
両陛下は皇族方のお上にいつもお気を配っておられますが、6月にはご入院中の三笠宮殿下を両陛下でお見舞いになり、8月には
おみ足のご手術からご退院になった常陸宮妃殿下を皇后さまお一方でお見舞いになりました。
今年のご養蚕は新任の主任のもと5月から始められ、恒例の行事を含め22回にわたり桑畑、野蚕室、御養蚕所等においでになり、
野蚕の山つけや収穫、桑つみ、ご給桑、わら蔟作り、上蔟、繭掻き、毛羽取り等の作業に当たられました。
今年は約168.5キロの繭の収穫がありました。
皇后さまはいつも陛下のご健康を第一に案じられていらっしゃり、また、ご自身の健康管理にも侍医の意見を聴かれつつ注意を払
っておられます。昨年夏、これまでにも度々ご経験になった頸椎症性神経根症によるお痛みに加え、24時間心電図検査において
心筋虚血が疑われる明らかな所見が認められたため、冠動脈造影CT検査をお受けになりましたが、冠動脈3箇所に動脈硬化によ
る器質的な狭窄が認められ、注意深い経過観察が必要との診断
を受けられました。
両陛下とも健康を維持するために規則正しい生活を送ることを大切にされており、地方行幸啓からお戻りになった翌日も朝6時に
起床され、6時半には陛下とご一緒にご散策になることを常とされています。
時折、週末に陛下とご一緒に短時間テニスをなさることもあります。また、お仕事の合間を縫って読書をされたり、ピアノの練習もお
続けになっています。
今年も8月に例年どおり草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルに参加され、講師として参加した音楽家たちと演奏を共に
されアンサンブルを学ばれました。
10月20日のお誕生日当日は、午前10時半から12時までは皇族方始め内閣総理大臣、衆参両院議長、最高裁判所長官、閣僚、宮
内庁職員等による祝賀を6回にわたりお受けになります。
正午からは皇族方始めとのご祝宴、午後からは旧奉仕者による祝賀、元側近奉仕者等との茶会、母校の先生方やご進講者等と
の茶会が催されます。夕刻には未成年皇族のご挨拶をお受けになり、夜にはお子さま方ご夫妻とお祝御膳を囲まれます。



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テーマ:天皇陛下・皇室 - ジャンル:政治・経済

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