筑紫の国の片隅で…

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皆様、良いお年を…

今年も色々ありました。
産経の号外から、印象に残った出来事を挙げておきます。


12月28日 産経 平成27年号外01  12月28日 産経 平成27年号外02

12月28日 産経 平成27年号外03  12月28日 産経 平成27年号外04

12月28日 産経 平成27年号外05  12月28日 産経 平成27年号外06

12月28日 産経 平成27年号外07  12月28日 産経 平成27年号外013

12月28日 産経 平成27年号外08  12月28日 産経 平成27年号外09
 
12月28日 産経 平成27年号外011  12月28日 産経 平成27年号外012


賛否両論有るようですが、保守の一部は騒ぎ過ぎではないでしょうか…

12月28日 産経号外 慰安婦問題、日韓合意

安倍総理に失望したり批判するのは自由ですが、もう少し状況を静観するのも必要かもしれません。
参考までに、こちらを
http://yh649490005.xsrv.jp/public_html/2015/12/29/399-2015%e5%b9%b412%e6%9c%8828%e6%
97%a5%e6%99%82%e4%ba%8b/
読んでみてください。





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本日は『天長節』(天皇誕生日)

この佳き日に当り、日本国民として心より慶祝を申し上げるとともに、天皇陛下の御健康、
御長寿、御皇室の弥栄を祈念申し上げます。

                        菊のご紋




天皇陛下は82歳の誕生日を前に、皇居・宮殿で記者会見にお臨みになられました。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/kaiken-h27e.html
天皇陛下お誕生日に際し(平成27年)

平成27年12月18日 宮殿 石橋の間
天皇陛下の記者会見



(宮内記者会代表質問)
今年は自然災害などいたましい出来事があった一方、日本人2人がノーベル賞を受賞するなど、明るい話題もありま
した。天皇陛下は戦後70年の節目に当たり、新年のご感想で「満州事変に始まる戦争の歴史を学び、今後の日本の
あり方を考えることが極めて大切」と述べられ、パラオをはじめ、国内外で慰霊の旅を重ねられました。
また、全国戦没者追悼式では「さきの大戦に対する深い反省」という表現を新たに用いてお言葉を述べられたほか、
玉音盤の原盤や、御文庫附属庫の公開もありました。年明けには、フィリピンへの公式訪問が予定されています。
戦争や平和への思いに触れながら、この1年を振り返るとともに、来年へのお考えをお聞かせください。

天皇陛下
今年の自然災害としては、まず5月に鹿児島県の口永良部島の新岳が噴火して、海岸まで達する火砕流が発生し、全島
民が島から避難したことが挙げられます。火砕流は雲仙岳の噴火災害のお見舞いに行った時に見ましたが、海岸まで達
する火砕流は本当に恐ろしい光景だったと思います。島民は幸い皆無事でしたが、まだ避難生活が続いていることに心
を痛めています。
9月には豪雨により鬼怒川などが氾濫し、8人が亡くなる大きな災害となりました。氾濫により多くの人々が家々に閉
じ込められ、どんなにか不安な時を過ごしたことかと思います。
自衛隊を始めとするヘリコプター等の救助活動により、人々が無事に救出されたことは本当に幸いなことでした。危険
を伴う救出活動に携わった人々に深く感謝しています

水につかった家屋や田畑の復旧作業には多くの労力を必要とするもので、多数のボランティアが協力してくれているこ
とをうれしく思っています。
困難に遭遇している人々を助けようという気持ちが、日本人の中に豊かに育っていることを非常に心強く思います
後日、常総市の被災地をお見舞いしましたが、泥水につかった田畑が広がり、苦労して作物を育ててきた人々の気持ち
はいかばかりかと察せられました。
今年の喜ばしい出来事としては、まず二人の日本人がノーベル賞を受賞されたことが挙げられます。
大村博士の生理学・医学賞は、アフリカや南米で人に感染すると盲目になる危険をもたらすオンコセルカ症を治す薬を
地中の菌から作り出されたことなどの業績によるものです。私は以前、オンコセルカ症を患って盲目になった人々が連
なって歩いている痛ましい映像を見ていましたので、この病気を治す薬が出来たということを本当にうれしく思いまし
た。
一方、梶田博士の物理学賞は、神岡鉱山の地下にあるスーパーカミオカンデにおけるニュートリノの研究で、ニュート
リノに質量があることを見出されたことに対する授賞でした。11年前、スーパーカミオカンデを訪問したことが思い
起こされました。お二人の長年にわたる地道な研究を誠に尊いものと思います。
また、日本製のジェット旅客機が完成し、試験飛行が行われたことも嬉しいことでした。
かつて、日本で戦後初めてつくられたプロペラの旅客機YS11の試験飛行を、羽田の空港で関係者と共に見守ったこ
とが懐かしく思い起こされました。それから50年以上がたったわけです。
今年は先の大戦が終結して70年という節目の年に当たります。この戦争においては、軍人以外の人々も含め誠に多く
の人命が失われました。平和であったならば、社会の様々な分野で有意義な人生を送ったであろう人々が命を失ったわ
けであり、このことを考えると、非常に心が痛みます。
軍人以外に戦争によって生命にかかわる大きな犠牲を払った人々として、民間の船の船員があります。
将来は外国航路の船員になることも夢見た人々が、民間の船を徴用して軍人や軍用物資などをのせる輸送船の船員とし
て働き、敵の攻撃によって命を失いました。日本は海に囲まれ、海運国として発展していました。私も小さい時、船の
絵葉書を見て楽しんだことがありますが、それらの船は病院船として残った氷川丸以外は、殆ど海に沈んだということ
を後に知りました。制空権がなく、輸送船を守るべき軍艦などもない状況下でも輸送業務に携わらなければならなかっ
た船員の気持ちを本当に痛ましく思います。
今年の6月には、第45回戦没・殉職船員追悼式が神奈川県の戦没船員の碑の前で行われ、亡くなった船員のことを思
い、供花しました。
この節目の年に当たり、かつて日本の委任統治領であったパラオ共和国を皇后と共に訪問し、ペリリュー島にある日本
政府の建立した西太平洋戦没者の碑と米国陸軍第81歩兵師団慰霊碑に供花しました。
パラオ共和国大統領御夫妻、マーシャル諸島共和国大統領御夫妻、ミクロネシア連邦大統領御夫妻もこの訪問に同行し
てくださったことを深く感謝しています。 この戦没者の碑の先にはアンガウル島があり、そこでも激戦により多くの
人々が亡くなりました。アンガウル島は今、激しい戦闘が行われた所とは思えないような木々の茂る緑の島となってい
ます。空から見たパラオ共和国は珊瑚礁に囲まれた美しい島々からなっています。しかし、この海には無数の不発弾が
沈んでおり、今日、技術を持った元海上自衛隊員がその処理に従事しています。危険を伴う作業であり、この海が安全
になるまでにはまだ大変な時間のかかることと知りました
。先の戦争が、島々に住む人々に大きな負担をかけるように
なってしまったことを忘れてはならないと思います。
パラオ訪問の後、夏には宮城県の北原尾、栃木県の千振、長野県の大日向と、戦後の引揚者が入植した開拓の地を訪ね
ました。外地での開拓で多大な努力を払った人々が、引き揚げの困難を経、不毛に近い土地を必死に耕し家畜を飼い、
生活を立てた苦労がしのばれました。北原尾は、北のパラオという意味で、パラオから引き揚げてきた人々が入植した
ところです。
この1年を振り返ると、様々な面で先の戦争のことを考えて過ごした1年だったように思います。年々、戦争を知らな
い世代が増加していきますが、先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切
なことと思います

私はこの誕生日で82になります。年齢というものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました。
したがって、一つ一つの行事に注意深く臨むことによって少しでもそのようなことのないようにしていくつもりです。
今年もあとわずかになりました。来る年が人々にとって少しでも良い年となるよう願っています。


= この1年のご動静 =
(宮内庁HP http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/kaiken-h27e.html より)

天皇陛下には,本日,大きなご健康上の問題もなく,満82歳のお誕生日をお迎えになりました。

この1年,国事行為に関して,内閣総理大臣の親任式,国務大臣始め136名の認証官任命式,新任外国大使26名の信任
状捧呈式,大綬章及び文化勲章の親授式に臨まれたほか,内閣から上奏のあった1,060件の書類にご署名やご押印をな
さいました。
また,宮殿や御所では,文化勲章受章者及び文化功労者,勲章受章者や各種の表彰受賞者,日本学士院会員,日本芸術
院会員,新認定重要無形文化財保持者夫妻,青年海外協力隊帰国隊員及び日系社会青年ボランティアの代表,シニア海
外ボランティア及び日系社会シニアボランティアの代表,両陛下のご成婚を記念して創設された皇太子明仁親王奨学金
の奨学生,海外に派遣されて帰国した国際緊急援助隊員,来日中の各国ハンセン病回復者団体代表者,等にお会いにな
り,その労をねぎらわれ栄誉を祝されました。 その回数は73回を数えました。
特に今年は航路標識事業の発展と航路標識職員の相互扶助を目的として大正4年(1915年)に創立された燈光会が創立
100周年を迎えたことから,宮殿でこれを記念する茶会をお催しになりました。
皇室と燈光会との関わりは明治期に遡りますが,両陛下は皇太子同妃両殿下の時代から度々地方の灯台や東京湾海上交
通センターをご視察になってこられました。
陛下は,学習院初等科ご入学前に三浦半島の剱埼灯台を見学されたご経験をお持ちですが,その思い出から皇后さまと
ご一緒に幼稚園ご入園前の皇太子殿下,秋篠宮殿下,黒田清子様をそれぞれにお連れになって房総半島の野島埼灯台を
訪問されています。
即位後の平成元年から平成15年までは,毎年の定例行事として永年勤続者と宮殿でお会いになってきました。
この行事は,灯台の無人化等により航路標識職員の生活環境が改善されたことなどから,拝謁辞退の申し出があり平成
16年11月の茶会をもって終了しました。
このほか,各府省庁の事務次官,外務省総合外交政策局長からのご進講を13回,行幸啓や行事に関するご説明を49回
お受けになったほか,新嘗祭の献穀者や勤労奉仕団として皇居にこられた延べ8,980人の方に63回にわたってお会いに
なりました。
今年は戦後70年に当たることから,戦没者を慰霊されるため,昨年6月の沖縄県(国立沖縄戦没者墓苑,学童疎開船対
馬丸犠牲者慰霊塔及び対馬丸記念館),同年10月の長崎県(長崎市平和公園及び恵の丘長崎原爆ホーム),同年12月
の広島県(広島平和都市記念碑及び広島原爆養護ホーム矢野おりづる園)ご訪問に引き続き,今年4月には慰霊と国際
親善のためパラオ共和国を訪問されました。慰霊のための海外ご訪問は,戦後60年に当たる平成17年6月にサイパン島
を訪問されて以来のことでした。ペリリュー島にある西太平洋戦没者の碑,米国陸軍の慰霊碑に参られるとともに同共
和国大統領ご夫妻,この折に参加されたミクロネシア連邦大統領ご夫妻,マーシャル諸島共和国大統領ご夫妻,さらに
パラオ共和国の多数の人々とお会いになりました。
ご帰国後は,4月に戦後復興に尽力し産業災害で殉職した人々を慰霊する「高尾みころも霊堂」に,5月には「東京都
慰霊堂」に参られ,6月には先の大戦で軍に徴用されて戦没した商船等の船員を慰霊する「戦没・殉職船員追悼式」に
ご臨席なさいました。
また,6月に私的ご旅行として宮城県及び山形県を訪問された折に,南洋パラオから引き揚げた人々が入植,開拓した
宮城県蔵王町北原尾地区をお訪ねになり,7月には満州から引き揚げた人々が開拓した千振開拓地(栃木県那須町)を,
8月には同様の大日向開拓地(長野県軽井沢町)を訪問され,先の戦争による苦境を乗り越えてきた人々に寄り添われ
ました。
同じく8月には,広島市被爆70周年記念事業として東京都で開催された広島交響楽団「平和の夕べ」コンサートをご鑑
賞になりました。
東日本大震災の関係では,皇后さまと共に今年3月に東京都で開催された4周年追悼式にご臨席になり,また同月,宮
城県で開催された第3回国連防災世界会議開会式にご臨席の折に,岩沼市の慰霊碑に参られたほか,岩沼市,名取市,
東松島市,石巻市の各市長から復興状況等をお聴きになり,東松島市のいちご栽培,石巻市のかまぼこ製造工場をご視
察になりました。
地方へのお出ましは,前述のほか,今年1月に「1.17のつどい―阪神・淡路大震災20年追悼式典」ご臨席のため兵庫県
を,5月には全国植樹祭ご臨場のため石川県をご訪問になったほか,両陛下御成婚記念として建設された「こどもの
国」の開園50周年記念式典ご臨席のため,神奈川県横浜市にお出ましになりました。
7月には国際第四紀学連合第19回大会開会式ご臨席のため愛知県をご訪問,9月には第70回国民体育大会ご臨場のため
和歌山県を訪問され,その折に紀伊半島大水害の被災者とご懇談になりました。
10月には,昭和39年の東京パラリンピックを始め身体障害者スポーツに深く関わり,その関連施設を含め両陛下も4回
お訪ねになった障害者の自立を支援する「太陽の家」創立50周年記念式典にご臨席なさるため大分県をご訪問,また
同月,全国豊かな海づくり大会ご臨席のため富山県をご訪問になり,併せて県立イタイイタイ病資料館をご視察になっ
て公害病克服の歴史について説明をお受けになりました。
11月には青年海外協力隊発足50周年記念式典ご臨席のため神奈川県横浜市を,12月には障害者週間にちなみ障害者の
競技用等の車いすを製造している施設をご視察になるため千葉県をご訪問になりました。
青年海外協力隊事業は昭和40年に発足しましたが,両陛下は初代隊員から派遣前に御所にお招きになって励まされ,
昭和43年からは帰国した隊員の代表ともお会いになってこられました。
また,外国ご訪問の折に青年海外協力隊員とお会いになったほか,青年海外協力隊発足10周年の記念行事,20周年,
30周年,40周年の記念式典へのご臨席,都内の訓練施設のご視察,現地での交通事故により負傷して帰国入院中の隊
員のお見舞い,殉職隊員の慰霊碑ご供花等,両陛下は様々な形で青年海外協力隊事業と,その隊員の活動を支えてこら
れました。ちなみに,派遣前の隊員とは138回,帰国隊員の代表とは45回お会いになっています。
事業発足から30年の節目に当たる平成8年からは派遣前隊員とのご接見を皇太子同妃両殿下にお任せになりましたが,
新たに設立された日系社会青年ボランティア代表,日系社会シニアボランティア代表及び帰国シニア海外ボランティア
代表とは,帰国隊員の代表と同様に今でも定期的にお会いになっています。
一昨年からお始めになった私的ご旅行では,6月に宮城県及び山形県をご訪問,宮城県では北原尾地区のほか平成9年
の全国植樹祭でお手植えになった樹木をご覧になり,山形県では東根市のさくらんぼ生産農家をご訪問,河北町の紅花
資料館ではご視察の後に皇太子同妃両殿下時代にお会いになった紅花関係者とご懇談,山形空港で知事から東日本大震
災への県の対応について説明をお聞きになりました。
7月には,一昨年7月の大雨災害のためご訪問をお取りやめになった福島県桑折町のもも生産農家をお訪ねになり,福
島市の復興公営住宅で飯舘村等からの避難者とご懇談になりました。
9月に予定されていた栃木県日光市のご訪問は関東・東北豪雨による災害のためお取りやめになりましたが,10月に皇
后さまと共に被災地の茨城県常総市をお訪ねになり,被災地域を視察され,被災者をお見舞いになりました。
私的ご旅行を含む地方へのお出ましは,ご静養のための御用邸へのお出ましを除き,15県29市11町でした。
都内の行幸啓としては,国会開会式,全国戦没者追悼式,恒例となっている日本国際賞,日本芸術院賞,日本学士院
賞,国際生物学賞の授賞式,ご即位20年に当たり天皇陛下からの御下賜金を受けて創設された「日本学術振興会 育志
賞」第5回授賞式にお出ましになったほか,今年は国連大学創立40周年に当たることから,国連大学本部において大学
院生とご懇談になりました。 その数は28回を数えました。
両陛下と国連大学とのお関わりは深く,国連大学が発足した昭和50年の国連大学本部開設レセプションにご臨席にな
り,平成19年に国連大学で講義の様子をご視察になったほか,願い出をお受けになって,初代学長から現在の第6代学
長までの各学長を御所にお招きになって説明をお聴きになり,ご懇談なさってこられました。
外国との関係では,6月に国賓としてフィリピン国大統領閣下をお迎えになり,歓迎行事,ご会見,宮中晩餐,お別れ
のご訪問をなさいました。
また,公式実務訪問賓客として来日されたカタール国首長殿下とは陛下お一人で,インドネシア国大統領閣下及び令夫
人,ウガンダ国大統領閣下及び令夫人とは両陛下でご会見・午餐に臨まれたほか,ニジェール国大統領閣下,ウルグア
イ国大統領閣下と会見されました。ポーランド国大統領閣下及び令夫人,ホンジュラス国大統領閣下及び令夫人,トル
コ国大統領閣下及び令夫人とは両陛下で会見されました。
さらに,公賓として来日されたベトナム国共産党中央執行委員会書記長,公式実務訪問賓客として来日されたラオス国
首相,ドイツ国首相,ポルトガル国首相をご引見になったほか,アゼルバイジャン国国会議長をご引見になりました。
また,公式実務訪問賓客として来日されたマレーシア国首相夫妻,イタリア国首相夫妻,スリランカ国首相夫妻,パプ
アニューギニア国首相夫妻,各種賓客として来日されたモンゴル国国家大会議議長夫妻,欧州理事会議長夫妻及び欧州
委員会委員長,メキシコ国上院議長夫妻,アメリカ合衆国最高裁判所長官夫妻,インドネシア国国会議長夫妻を両陛下
でご引見になりました。
また,同じく両陛下で,来日中のベルギー国首相と御所でご接見になったほか,英国ケンブリッジ公殿下,デンマーク
国皇太子同妃両殿下,パラオ国大統領閣下及び令夫人並びにマーシャル国大統領閣下及び令夫人を御所でのご昼餐に,
赤十字国際委員会総裁,スワジランド国国王陛下及び王妃殿下,クリントン元アメリカ合衆国大統領,ミシェル・オバ
マ・アメリカ合衆国大統領夫人,アリヨシ元ハワイ州知事夫妻,フレイ元チリ国大統領夫妻,かつて皇太子時代とご即
位後の2回両陛下でお訪ねになったスペイン国サラマンカ大学のエルナンデス学長ほかを御所でのお茶に,第7回太平
洋・島サミット首脳会議に出席する各国首脳を宮殿での茶会に,陛下お一方では,第7回日本・メコン地域諸国首脳会
議に出席する各国首脳等を宮殿での茶会に,それぞれお招きになりました。
なお,今年3月に仙台市で開催された第3回国連防災世界会議にお出ましの際には,会議の前日,会議に出席する
トルクメニスタン国大統領閣下とご会見になり,オランダ国マルグリート王女殿下をお茶にお招きになったほか,当日
は会議に先立ち,各国元首,国連事務総長夫妻始め各国政府要人とお会いになりました。
在京外交団とは,この1年間に着任後間もない30か国の大使夫妻をお茶に,着任後3年を経過した19か国の大使夫妻を
午餐にお招きになり,離任する24か国の大使夫妻をご引見になりました。日本から赴任する49か国の大使夫妻にも出
発前にお会いになり,帰国した62か国の大使夫妻をお茶に招いて任地の話をお聴きになりました。
御用邸へは,両陛下で葉山御用邸と那須御用邸にお出ましになりました。那須御用邸ご滞在中は,千振開拓地のほか,
例年どおり農家をご訪問になり,また,陛下のお考えからご即位20年の機会に御用邸用地の一部を宮内庁から環境省
に移管して整備された「那須平成の森」を散策され,居合わせた来訪者と歓談されました。8月下旬には,長野県軽井
沢町と群馬県草津町でお過ごしになりました。
今年6月,宜仁親王殿下の薨去から1周年に当たり,両陛下は一周年祭の儀の後に拝礼のため豊島岡墓地に行幸啓にな
りました。また今月は,11月に傘寿をお迎えになった正仁親王殿下のお祝いのご内宴をお催しになったほか,12月2日
に百歳を迎えられた崇仁親王殿下のご内宴にお出ましになり,お祝いなさいました。
宮中祭祀については恒例の祭祀等に19回お出ましになり,天長祭及び歳旦祭はご代拝とされました。
また新嘗祭神嘉殿の儀につきましては昨年同様,夕の儀はお出ましの時間を短縮して儀式の半ばより出御され,暁の儀
はご健康への影響を考慮して,儀式終了までの間,御所でお慎みになりました。
陛下は今年も例年どおり皇居内生物学研究所の一画で種籾のお手まき,お田植えをなさり,お手刈りをなさいました。
また,陸稲と粟をお子様及びお孫様方とご一緒に種をまかれ,刈り取られました。粟あわは新嘗祭の折にお手刈りに
なった水稲と共にその一部をお供えになりました。神嘗祭に際しては,お手植えになった根付きの稲を神宮にお供え
になりました。
皇居内生物学研究所では,国立遺伝学研究所等の研究者や生物学研究所職員らと,核DNAの分析によるハゼ科魚類キ
ヌバリとチャガラの種分化について研究報告をお聴きになりました。また,国立科学博物館本館で魚類分類研究会に
4回ご出席になりました。
この1年も,陛下の傘寿を奉祝する様々な行事が催されました。
春と秋には宮殿の特別参観が行われ,通常は平日に行っている皇居一般参観が土曜日も実施されました。
5月には両陛下の傘寿を奉祝して,皇居内の馬場で古式馬術である打毬(だきゆう)と母衣引(ほろひき)を披露する
記念行事が催され,思し召しによりご即位後の歴代三権の長及び閣僚が招かれ,その後に宮殿で茶会が催されました。
12月には,昨年に引き続いて皇居乾通りの一般公開が実施されました。
12月23日のお誕生日当日は,午前中は御所で侍従職職員から祝賀をお受けになった後,宮殿で皇族方を始め宮内庁職
員等による祝賀を5回にわたりお受けになります。また,この間に3回にわたり長和殿ベランダに立たれて国民の参賀
にお応えになります。午後からは内閣総理大臣,衆・参両院議長,最高裁判所長官の祝賀をお受けになった後,皇族
方もお加わりになって,三権の長,閣僚,各界の代表等との祝宴に臨まれます。
その後,外交団を招かれての茶会,元側近奉仕者等との茶会,次いでご進講者等との茶会に臨まれます。
夕刻には未成年の内親王,親王殿下のご挨拶をお受けになり,夜にはお子様方ご夫妻とお祝御膳を囲まれます。

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12月23日 NHK 天長節 一般参賀

12月23日 産経 天長節一般参賀

12月23日 朝日 天長節一般参賀
(12月23日 朝日新聞デジタルより)







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マスコミが報じない在日米軍基地のクリスマス・パーティー

沖縄の在日米軍はボランティア活動など地元住民と様々な交流を図っていますが、マスコミはその様子を伝えるこ
とは殆どありません。特に、沖縄の新聞・メディアは全く無視しています。
12月12日、キャンプ・フォスター(北谷町)では、在日米海兵隊音楽隊(IIIMEF Band)による「クリスマス・
コンサート」が公演されました。 下の動画は、日・米の国歌(君が代と星条旗)が演奏されたときの様子です。


(在日米海兵隊You Tubeより)


12月12日 キャンプ・フォスター、米海兵隊音楽隊によるクリスマス・コンサート

また、辺野古のあるキャンプ・シュワブでは12月5日に地元の子供たちを招いて、34回目となるクリスマス・
パーティが開催されました。

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12月7日 在日米海兵隊fbより


12月5日 キャンプ・シュワブ クリスマス01

(この可愛い笑顔が・・・)

【米海兵隊キャンプ・シュワブ】
12月5日 キャンプ・シュワブ クリスマス02

12月最初の土曜日(5日)、キャンプ・シュワブでは隣接する辺野古地域の小学校6年生までの児童を招いて、
一足早いクリスマス・パーティを開催しました。
二日前の晩には辺野古少年野球チームを基地内に招いて、クリスマス・ツリーの点灯式を終えてばかりでした。
その点灯式では嘉陽宗克辺野古区長、デイビッド・オドム基地司令官、そして日米の子供代表がスイッチを入れ
友好のシンボルとしてツリーに灯りがともりました。
そして、USO(非営利で米軍関係者に福利厚生サービスを提供する団体)で行われたクリスマス・チルドレン・
デイには児童擁護施設、辺野古区、豊原区と久志区から児童や幼児が約150人ほど集まり、保護者を入れると
200人以上の地元住民が参加しパーティを盛り上げました。
まず始めにオドム司令官が
「今日は私たちのクリスマス・パーティに来てくださり、皆さんを歓迎します。50年以上に渡るキャンプ・シ
ュワブと皆さんの友好の証でもあり、楽しいことを沢山用意しています。どうぞ楽しんでいって下さい」と地元
住民を歓迎する挨拶を述べました。
続いて挨拶に立った嘉陽区長は
「34回目を迎えるこの行事は、半世紀以上にも渡る辺野古区とキャンプ・シュワブの友好な関係からなる賜物
です。そして、今年から久志や豊原の子供たちも招待していただき、このような機会を子供たちに提供してくれ
たオドム司令官やUSOの皆さんに感謝します」と述べました。
昼食にはUSOが用意してくれた200食分のホットドッグとポテトチップス、辺野古が用意してきた沖縄そば
400食がみんなに振る舞われ、それぞれが舌鼓を打っていました。昼食が終わると、中庭にはUSOが用意し
てくれた巨大ケーキが運ばれ、オドム司令官と司令官の娘、ターシャ(15)さんがケーキを切り分け、みんなに
配っていました。食事やデザートがすべて終わると、南国沖縄なので真っ赤なお鼻のトナカイさんではなく真っ
赤な消防車に揺られてサンタ・クロースが登場しました。サンタは用意していた220人分のプレゼントを子供
一人ひとりに手渡し、ハグをして子供たちの笑顔を貰っていました。全ての子供たちにプレゼントを配り終える
と、応援に駆けつけた名桜大学の女子大生もサンタからプレゼントを貰っていました。
このクリスマス・パーティを最初に開催したのは当時、キャンプ・シュワブの基地曹長を務めていたエパーソン
氏で海兵隊を退役後は辺野古で居を構えています。エパーソン氏は、「妻の勝子と二人で1985年頃、少人数
の辺野古の子供たちを招待して始めました。USOは当初から協力してくれました」と述べています。
高校2年生のターシャさんも毎回地元との交流会に参加していて「地元の人たちと一緒にアメリカの色々なイベ
ントを分かち合えることは嬉しいし、楽しいです」と笑顔で話してくれました。
辺野古少年野球部の6年生の男の子はプレゼントを貰い笑顔で「毎年、楽しいから参加しています。でも、これ
が最後なのでちょっと残念です」と話していました。
最後の挨拶でオドム司令官は「また来年のクリスマス・パーティでお会いましょう。でもその間、色々なイベン
トも沢山用意しています」と締めくくりました。
パーティの最後には児童たち全員で「赤鼻のトナカイ」を合唱して、オドム司令官やサポートしてくれた海兵隊
員、名桜大学生、USO職員に感謝の気持ちを伝えました。

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このクリスマスパーティーを楽しみにしている子供たちの笑顔を失わせ、心を傷つけるような信じられな行為が毎年、
米軍基地周辺で繰り広げられているのだそうです。
今回は市議会で問題となったため珍しく「沖縄タイムス」が小さな記事で取り上げていますが、簡単な内容で済ませ
ており、実際はどのような状況だったのか分かりません。
反対派の事となると、些細な出来事でも針小棒大かつ詳細に報じるのに、その扱いの違いに唖然としてしまいます。

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2015年12月11日 沖縄タイムスwebより
https://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=145421
辺野古抗議の男性 子どもが乗ったバスに罵声
【名護】 名護市議会定例会で10日、野党会派「礎之会」の宮城安秀議員が一般質問の中で、キャンプ・シュワブ
内のクリスマス行事に参加する辺野古区の児童が乗ったバスに対し、新基地建設の反対運動に参加していた男性が
罵声を浴びせたと述べた。宮城氏は辺野古区在住。
児童を引率した複数の区民によると、5日午前10時過ぎ、バス3台に分かれてシュワブ内に入ろうとしたところ、
男性が車窓をたたきながら侮辱する言葉を複数回発した

宮城氏は議会で「反対するのはいいが、ルールと法律、秩序を守ってやってほしい」と訴えた。
クリスマス行事は、シュワブと同区が34年前から続けている。
昨年までは徒歩でシュワブ内に入っていたが、同様のトラブルがあったため、ことしはバスに切り替えたという。

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この件に関して、手登根 安則さんの12月12日のfbによれば
基地内のクリスマスイベントに参加しようとした子供達は98名で、区民も付き添いのため同行していたそうです。
反対派は、ゲート入り口でバスの進路を塞ぎバスを停車させたうえで、集団でバスを叩きだし口々に「乞食、乞食、
ギブミーチョコレートか」「お前達、中に入れば殺さりんど」と恫喝を続けた
ようです(傍若無人な行為です)。
乗車していた子供たちの中には、怯えて泣き出しそうになった子もいたそうです(当然です…)。

上記の在日米海兵隊fbの記事に対して、以下の様なコメントが書き込まれています。

「辺野古11班の皆さん、ゲート前で大騒ぎして申し訳なく思います。それにもかかわらず、子供達を招待して
 くれたことに感謝です」

「一部の人たちは基地前で嫌な言葉をなげつけたりして、嫌な思いもしていると思いますが、違う考えを持った
 地元の人も沢山います」

「プロ市民が嫌がらせや騒いでるけど、そんな輩が民意ではないですからね。オール沖縄なんて思わないで」






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「社民党」がクラウドファンディングで資金集め?

11月24日から『ZIPANGO-ジパンゴ 政治家を応援するクラウドファンディング』というサイトにおいて、社民党の
地方若手議員等による「社民党ユース」が、クラウドファンディングによる政治資金出資を募っています。
社民党全国連合常任幹事の山としひろ市議(愛知県江南市)が、11月27日に自身のブログにおいて協力を呼び掛け
ていますが、目標金額¥200,000円に対し、12月5日現在、¥67,000円で出資者数12人という状況です。

http://blog.goo.ne.jp/yama-future/e/38281664f2228e76397f4e1fab1a104f
   社民党全国連合幹事 山としひろ

興味のある方は、以下の『ZIPANGO-ジパンゴ 政治家を応援するクラウドファンディング』を、ご覧になられて下さい。

「未来」・「若者」・「世界」を見据えたユース(若者)活動をしたい!
http://zipango.shootingstar.jp/projects/1932

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世の中には奇特な方もおられるようで、2万円もする『福島みずほ副党首(参議院議員)と語る会』に1人出資されて
います。私はお金を出すから貰ってくれと頼まれても拒絶しますが、三千円払って『福島みずほの直筆サイン入り色紙』
が欲しいという方が6人もいらっしゃいます。こういう方々の好意により、青息吐息、虫の息の「社民党」が生き長ら
えていられるんですね。
福島瑞穂議員は国会で質問にたてば、あれも駄目これも反対と政府批判を繰り返し、メディアにおいても独特の持論を
唱え安倍批判をまくしたてるかと思えば、原発反対、安保法案反対などの集会に馳せ参じては気勢を上げておられます。
さぞリベラルや左巻きの人々から支持されているのだろうと思いきや、お仲間からも見向きもされなという悲惨な状況
となっています。これが現実というものです…、国民もバカではありませんからね。

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12月4日 面白ニュースjpg
http://netgeek.biz/archives/59343

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<産経新聞より>
12月5日 産経 社民党の再生は


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私は、慰安婦問題において、この福島瑞穂氏が重要戦犯の一人だと確信しておりますので、是非とも国会参考人質問
に招聘して、弁護士時代の行状を詳らかにして欲しいと望んでいます。

5月13日 深層NEWSより
櫻井よしこvs福島瑞穂大激論


(見ていない方は是非ご覧ください。櫻井さんの鋭い問いに対する福島氏の反応が見物です)




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