筑紫の国の片隅で…

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本日は「地久節」の日

                              菊のご紋

 
 10月20日、皇后陛下におかせられましては満81歳のお誕生日を迎えあそばされました。
 日本国民として心より慶祝を申し上げ、皇后陛下の御健康、御長寿、御皇室の弥栄を祈念申し上げます。


        10月20日 皇后陛下81歳に



2015年10月20日 NHKニュースより
10月20日 NHK 皇后さま81歳に



2015年10月20日 読売新聞より
http://www.yomiuri.co.jp/national/20151019-OYT1T50121.html
皇后さま、文書回答の全文

(問) この1年、自然災害などさまざまな出来事がありました。戦後70年にあたり、皇后さまは天皇陛下とともに
パラオをはじめ国内外で慰霊の旅を重ねられました。また玉音放送の原盤なども公開されたほか、若い皇族方も戦争
の歴史に触れられました。 1年を振り返って感じられたことをお聞かせください。
8月には心臓の精密検査を受けられましたが、その後のご体調はいかがですか。

(ご回答)
この1年も、火山の噴火や大雨による洪水、土地の崩落、竜巻など、日本各地を襲う災害の報に接することが多く、
悲しいことでした。
ごく最近も、豪雨のため関東や東北の各所で川が溢(あふ)れ、とりわけ茨城県常総市では堤防が決壊して2人が
亡くなり、家を流された大勢の人々が今も避難生活を続けています。
先日、陛下の御訪問に同伴して同市を訪問いたしましたが、水流により大きく土地をえぐられた川沿いの地区の状
況に驚くと共に、道々目にした土砂で埋まった田畑、とりわけ実りの後に水漬(みづ)いた稲の姿は傷(いた)ま
しく、農家の人々の落胆はいかばかりかと察しています。
東日本でも大震災以来すでに4年余の歳月が経(た)ちますが、未だに避難生活を続ける人が19万人を超え、避難
指示が解かれ、徐々に地区に戻った人々にも、さまざまな生活上の不安があろうかと案じられます。
また、海沿いの被災地では、今も2,000名を超える行方不明者の捜索が続けられており、長期にわたりこの仕事に
従事される警察や海上保安庁の人たち、また原発の事故現場で今も日々激しく働く人々の健康の守られることを
祈らずにはいられません。
先の戦争終結から70年を経、この1年は改めて当時を振り返る節目の年でもありました。終戦を迎えたのが国民学
校の5年の時であり、私の戦争に関する知識はあくまで子どもの折の途切れ途切れの不十分なものでした。
こうした節目の年は改めて過去を学び、当時の日本や世界への理解を深める大切な機会と考えられ、そうした思い
の中で、この1年を過してまいりました。
平和な今の時代を生きる人々が戦時に思いを致すことは決して容易なことではないと思いますが、今年は私の周辺
でも、次世代、またその次の世代の人々が、各種の催しや展示場を訪れ、真剣に戦争や平和につき考えようと努め
ていることを心強く思っています。
先頃、孫の愛子と2人で話しておりました折、夏の宿題で戦争に関する新聞記事を集めた時、原爆の被害を受けた
広島で、戦争末期に人手不足のため市電の運転をまかされていた女子学生たちが、爆弾投下4日目にして自分たち
の手で電車を動かしていたという記事のことが話題になり、ああ愛子もあの記事を記憶していたのだと、胸を打た
れました。
若い人たちが過去の戦争の悲惨さを知ることは大切ですが、私は愛子が、悲しみの現場に、小さくとも人々の心を
希望に向ける何らかの動きがあったという記事に心を留めたことを、嬉しく思いました。
今年、陛下が長らく願っていらした南太平洋のパラオ御訪問が実現し、日本の委任統治下で1万余の将兵が散華した
ペリリュー島で、御一緒に日米の戦死者の霊に祈りを捧げることが出来たことは、忘れられない思い出です。
かつてサイパン島のスーサイド・クリフに立った時、3羽の白いアジサシがすぐ目の前の海上をゆっくりと渡る姿に
息を呑んだことでしたが、この度も海上保安庁の船「あきつしま」からヘリコプターでペリリュー島に向かう途中、
眼下にその時と同じ美しい鳥の姿を認め、亡くなった方々の御霊(みたま)に接するようで胸が一杯になりました。
戦争で災害で志半ばで去られた人々を思い、残された多くの人々の深い悲しみに触れ、この世に悲しみを負って生
きている人がどれ程多く、その人たちにとり死者は別れた後も長く共に生きる人々であることを、改めて深く考え
させられた1年でした。
世界の出来事としては、アフリカや中東など、各地で起こる内戦やテロ、それによる難民の増大と他国への移動、
米国とキューバの国交回復、長期にわたったTPP交渉などが記憶に残っています。
また、日本や外地で会合を重ね、学ぶことの多かったドイツのヴァイツゼッカー元大統領やシンガポールのリー・
クァンユー元首相、40年以上にわたり姉のようにして付き合って下さったベルギーのファビオラ元王妃とのお別れ
がありました。
この回答を記している最中(さなか)、日本のお二人の研究者、大村智さんと梶田隆章さんのノーベル賞受賞とい
う明るい、嬉しいニュースに接しました。受賞を心から喜ぶと共に、お二人が、それぞれの研究分野の先達であり、
同賞の受賞こそなかったとはいえ、かつてそれに匹敵する研究をしておられた北里柴三郎博士や、つい7年前に亡
くなられた戸塚洋二さんの業績を深い敬意をもって語られることで、これらの方々の上にも私どもの思いを導いて
下さったことを有難く思いました。また、大村さんや同時受賞のアイルランドのウィリアム・キャンベル博士と共
に、同じこの分野で、国の各地に伝わる漢方薬の文献をくまなく調べ、遂にマラリヤに効果のある薬草の調合法を
見出した中国の屠●●(トゥーユーユー)さんの受賞も素晴らしいことでした。(●は口へんに「幼」)
スポーツの分野でも、テニスや車いすテニスの選手が立派な成果を上げ、また、ラグビーワールドカップにおける
日本代表チームの輝かしい戦いぶりは、日本のみでなく世界の注目を集めました。4年後の日本で開かれる大会に、
楽しく夢を馳(は)せています。
身内での変化は、秋篠宮家の佳子が成年を迎え公的な活動を始めたこと、眞子が約1年の留学を終え元気に戻って
きたことです。
佳子はこの1年、受験、成年皇族としての公務、新しい大学生活と、さまざまな新しい経験を積み、また時に両親
に代わって悠仁の面倒をみるなど、数々の役目を一生懸命に果たして来ました。眞子が帰って来てホッとしている
ことと思います。また、この12月には三笠宮様が100歳におなりで、お祝い申し上げる日を楽しみにしております。
戦後70年となる今年は、昭和天皇の終戦の詔勅の録音盤や、終戦が決められた御前会議の場となった吹上防空壕の
映像が公開されるなど、改めて当時の昭和天皇の御心(みこころ)を思い上げることの多い1年でした。
どんなにかご苦労の多くいらしたであろう昭和天皇をお偲(しの)び申し上げ、その御意志を体(たい)し、人々
の安寧を願い続けておられる陛下のお側(そば)で、陛下の御健康をお見守りしつつ、これからの務めを果たして
いければと願っています。
体調につき尋ねて下さり有難うございました。今のところ、これまでと変わりなく過ごしています。


<宮内庁HPより>
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/gokaito-h27sk.html
皇后陛下、この1年のご動静

皇后さまには、本日、満81歳のお誕生日をお迎えになりました。
この1年は、ご持病の頸椎症性神経根症によるお痛みに加え、新たに胸痛のご症状がおありになり、ご検査の結果、
冠動脈3箇所に動脈硬化による器質的な狭窄が認められました。いずれも幸い比較的軽度のものでありましたが、
24時間心電図検査において心筋虚血が疑われる明らかな所見が認められ、冠動脈の機能的な狭窄が生じている
可能性が考えられることから、注意深い経過観察が必要とのご診断を受けられました。
ご体調は必ずしも万全ではありませんでしたが、これまでと変わらず、陛下のご健康を注意深くお見守りになりなが
ら、皇后さまとしてのお立場で338件のお務め(祭祀へのお出まし及び各種奉仕団に対するご挨拶を除く)を果たさ
れました。特に、今年は戦後70年に当たることから、改めて戦没者を慰霊され、遺族を始め戦後の苦境を乗り越え支
えてきた人々に寄り添われました。
昨年6月の学童疎開船対馬丸の犠牲者を慰霊されるための沖縄県ご訪問、同年10月の長崎市平和公園及び恵の丘長崎
原爆ホームご訪問に引き続き、陛下と共に昨12月には、広島平和都市記念碑(原爆死没者慰霊碑)に参られ、広島原
爆養護ホーム矢野おりづる園をご訪問になりました。
また今年の8月には、広島市被爆70周年記念事業として東京で開催されたマルタ・アルゲリッチ協演による広島交響
楽団「平和の夕べ」コンサートをご鑑賞になりました。
戦後60年の平成17年6月には慰霊のためサイパン島をご訪問になりましたが、戦後70年の今年4月には慰霊と国際親
善のためパラオ共和国を訪問され、ペリリュー島にある西太平洋戦没者の碑、米国陸軍の慰霊碑に参られるとともに
同共和国大統領ご夫妻、この折に参加されたミクロネシア連邦大統領ご夫妻、マーシャル諸島共和国大統領ご夫妻、
さらにパラオ共和国の多数の人々とお会いになりました。
同じく4月には、戦後復興に尽力し産業災害で殉職した人々を慰霊する高尾みころも霊堂に、5月には東京都慰霊堂に
参られました。
6月には、先の大戦で軍に徴用されて戦没した商船等の船員を慰霊する戦没・殉職船員追悼式にご臨席、また私的ご
旅行として宮城県及び山形県を訪問された折に、戦後、南洋パラオから引き揚げた人々が入植、開拓した宮城県蔵王
町北原尾地区をご訪問になりました。そして7月には満州から引き揚げた人々が開拓した千振開拓地(栃木県那須町)
を、8月には同様の大日向開拓地(長野県軽井沢町)をそれぞれご訪問になりました。
東日本大震災の関係では、両陛下で今年3月に開催された4周年追悼式にご臨席。また同月、宮城県で開催された第3
回国連防災世界会議開会式にご臨席の折に岩沼市の慰霊碑に参られたほか、岩沼市、名取市、東松島市、石巻市の各
市長から復興状況等をご聴取になり、東松島市のいちご栽培、石巻市のかまぼこ製造工場をご視察になりました。
東日本大震災の復興を支援するチャリティーコンサート等にもお出ましになって被災地と支援者を励まされました。
このほか昨年11月には、全国豊かな海づくり大会ご臨席のため奈良県を訪問され、その折に平成23年の台風12号に
よる紀伊半島大水害の被災者とご懇談になりました。
また同月、昨年2月の豪雪の被害を受けた埼玉県深谷市の農家と農林水産祭天皇杯を受賞した、小川町下里農地をご
訪問、昨年12月の広島県ご訪問の折には同年8月の豪雨で被害を受けた地区をお訪ねになり、被災者の代表にお会い
になりました。
今年1月には、「1.17のつどい-阪神・淡路大震災20年追悼式典」ご臨席のため兵庫県をご訪問、5月には全国植樹祭
ご臨場のため石川県にお出ましになったほか、両陛下御成婚記念として建設された「こどもの国」の開園50周年記念
式典にご臨席のため,神奈川県横浜市をご訪問になりました。
7月には国際第四紀学連合第19回大会開会式ご臨席のため愛知県をご訪問、9月には第70回国民体育大会ご臨場のため
和歌山県を訪問され、併せて紀伊半島大水害の被災者とご懇談になりました。
10月には、昭和39年の東京パラリンピックを始め身体障害者スポーツに深く関わり障害者の自立を支援してきた「太
陽の家」創立50周年記念式典にご臨席のため、大分県をご訪問になりました。
両陛下の私的ご旅行としては、6月に宮城県及び山形県をご訪問、宮城県では北原尾地区のほか平成9年の全国植樹祭
でお手植えになった樹木をご覧になり、山形県では東根市のさくらんぼ生産農家をご訪問、河北町の紅花資料館では
ご視察の後に皇太子同妃両殿下時代にお会いになった紅花関係者とご懇談、山形空港で知事から東日本大震災への県
の対応について説明をお聞きになりました。
7月には、一昨年7月の大雨災害のためご訪問をお取りやめになった福島県桑折町のもも生産農家をお訪ねになり福島
市の復興公営住宅で飯舘村等からの避難者とご懇談になりました。
9月に予定されていた栃木県日光市のご訪問は、関東・東北豪雨による災害のためお取りやめになりましたが、10月
に陛下と共に被災地の茨城県常総市をお訪ねになり、被災地を視察され被災者にお会いになりました。
私的ご旅行を含む地方へのお出ましは、ご静養のための御用邸へのお出ましを除き、16県31市13町2村に及びました。
都内の行幸啓としては、全国戦没者追悼式等の式典、国際生物学賞等の授賞式等に陛下と共に34回お出ましになり、
お一方では全国赤十字大会、フローレンス・ナイチンゲール記章授与式、東日本大震災復興支援関連行事等に20回行啓
されました。
宮殿や御所では陛下と共に、文化勲章受章者及び文化功労者、各種大臣表彰受賞者、農林水産祭天皇杯受賞者、人事
院総裁賞受賞者、昭和34年の両陛下のご成婚を記念してハワイ在住日系人等が中心となって創設した皇太子明仁親王
奨学金の奨学生、青年海外協力隊帰国隊員及び日系社会青年ボランティア、シニア海外ボランティア及び日系社会シ
ニアボランティア、日本学士院会員、日本芸術院会員、国際緊急援助隊員等々、文化、福祉、産業、国際協力、学術、
芸術、スポーツ等の分野でその発展に貢献した数多くの人にお会いになりました。
皇后さまお一方では、例年どおり日本赤十字社の名誉総裁として、社長からその活動状況等についてお聴きになった
ほか、皇后さまが高校時代に作詞された「ねむの木の子守歌」の著作権を基に創設され、肢体不自由・重症心身障害
児/者の世話に当たる人に贈られる「ねむの木賞」の受賞者とお会いになりました。
こうしたご接見等は54回に及び、また陛下とご一緒に御所でお受けになったご説明やご進講は53回を数えました。
また、皇居勤労奉仕団及び新嘗祭のための献穀者、祭祀に当たりお務めする賢所勤労奉仕団に対するおねぎらいのお
出ましは63回ありました。
外国との関係では昨年12月、ベルギー国元国王妃ファビオラ陛下が崩御され、両陛下とボードワン元国王・ファビオ
ラ元国王妃ご夫妻との長きにわたるご友情に鑑み、陛下のご判断のもと、皇后さまがお一方で国葬にご参列になりま
した。
国賓の接遇としては、陛下と共に昨年10月にオランダ国国王陛下及び王妃陛下、今年6月にはフィリピン国大統領閣下
をお迎えになり、歓迎行事、ご会見、宮中晩餐、お別れのご訪問をなさいました。
オランダ国国王陛下及び王妃陛下とは、御所でもご昼餐を共にされました。
インドネシア国大統領閣下及び令夫人、ウガンダ国大統領閣下及び令夫人とのご会見、午餐に臨まれたほか、ジョー
ジア国大統領閣下及び令夫人、ポーランド国大統領閣下及び令夫人、ホンジュラス国大統領閣下及び令夫人、トルコ
国大統領閣下及び令夫人と会見されました。また、モンゴル国国家大会議議長夫妻、マレーシア国首相夫妻、欧州理
事会議長夫妻及び欧州委員会委員長、メキシコ国上院議長夫妻、アメリカ合衆国最高裁判所長官夫妻、イタリア国首相
夫妻、スリランカ国首相夫妻、パプアニューギニア国首相夫妻をご引見になりました。
さらにマンモハン・シン前インド国首相夫妻、ヨルダン国国王陛下、王弟アリー殿下及び王族ガーズィ殿下、パラオ国
大統領閣下、英国ケンブリッジ公殿下、デンマーク国皇太子同妃両殿下、パラオ国大統領閣下及び令夫人並びにマーシ
ャル国大統領閣下及び令夫人を御所でのご昼餐に、赤十字国際委員会総裁、スワジランド国国王陛下及び王妃殿下、
クリントン元アメリカ合衆国大統領、ミシェル・オバマ・アメリカ合衆国大統領夫人、アリヨシ元ハワイ州知事夫妻、
フレイ元チリ国大統領夫妻を御所でのお茶に、第7回太平洋・島サミット首脳会議に出席する各国首脳夫妻等21名を
宮殿での茶会にお招きになりました。
なお今年3月に仙台市で開催された国連防災世界会議にお出ましの際には、会議に出席されるオランダ国マルグリート
王女殿下をお茶にお招きになったほか、会議に先立ち各国元首、国連事務総長夫妻始め各国政府要人とお会いになり
ました。
在京の外交団との関係では、陛下とご一緒に、着任後間もない27か国の大使夫妻をお茶に、着任後3年を経過した23
か国の大使夫妻を午餐にお招きになり、離任する16か国の大使夫妻をご引見になりました。
日本から赴任する39か国の大使夫妻にも出発前にお会いになり、同様に帰国した59か国の大使夫妻をお茶にお招きに
なって任地の様子をお聴きになりました。
宮中祭祀については、昭和天皇祭の儀、香淳皇后例祭の儀の折に皇霊殿に、春季及び秋季の皇霊祭及び神殿祭の儀の
折に皇霊殿及び神殿に参られました。出御なさらない祭祀では、御所でご遙拝なさり、祭祀がお済みになるまでお慎
みになっています。
今年6月、宜仁親王殿下の薨こう去から1周年に当たり両陛下は、一周年祭の儀の後に拝礼のため豊島岡墓地に行幸啓
になりました。
お年を召された三笠宮同妃両殿下、ご歩行がややご不自由におなりになった常陸宮殿下のお上にいつもお気を配られ
宮殿行事の折などにも細やかにご便宜を図っておられます。
今年のご養蚕は4月から始められ、恒例の行事を含め24回にわたり桑畑、野蚕室、御養蚕所等にお出でになり、野蚕
の山つけや収穫、桑つみ、ご給桑、わら蔟作り、上蔟、繭掻き、毛羽取り等の作業に当たられました。
今年は約181.5キロの繭の収穫がありました。
今年8月の冠動脈造影CT検査の結果、医師からは冠動脈の機能的な狭窄が生じている可能性が考えられることから、
今後は一応これまでどおり日常のご生活をお続けいただく一方、冠動脈の収縮を招来するような激しいご運動をお避
けいただくとともに、心身に強いストレスをお与えすることがないような配慮が望まれるとの見解が示されました。
皇后さまは陛下のご健康を案じられながら、ご自身の健康管理にも侍医の意見を聴かれつつ注意を払っておられ、ご
歩行に困難が生じないよう毎朝6時半から陛下とお庭をお歩きになっています。
宮内庁としても、注意深く皇后さまのご様子をお見守りするとともに、休日や祝日にもお務めが入ることが多いこと
から、どのようにしてそれを補っていくのか、また心身のお疲れが少しでも軽減されるよう、私的ご旅行や御用邸そ
の他でのご静養の機会を増やすことも検討課題としています。



10月20日 産経 皇后陛下81歳に







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