筑紫の国の片隅で…

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皆様、よいお年をお迎えください

この1年で我が国の「空気」が、明らかに変わったように思います。
国民の意識が変われば、戦後レジュームから脱却し、「日本」を取り戻すことが出来る筈です。

皆様、どうぞ良いお年をお迎え下さい。

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安倍内閣発足1周年 (平成25年12月26日)


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平成25年12月31日 産経新聞 【主張】

回顧2013
日本再生の希望がみえた 「成長」「憲法」で突破口開け


日本人が、誇りと豊かさを取り戻すため、活力ある国づくりに再び歩み出した1年だった。
昨年暮れに自公連立の安倍晋三政権が発足するまでの日本は、崖っぷちにあった。
政権を担った民主党は国政を迷走させ、世界には「衰退する国」と映った。
われわれも自信喪失気味だった。しかし、今は違う。
徳俵で踏みとどまると、経済が再生を始め自国の安全保障を確かなものにすべくさまざまな
取り組みが進められている。
2020年東京五輪の開催が決まったのは、「元気な日本」が進行している象徴といえまいか。
今年の成果を踏まえ、さらなる前進を新年に期待したい。

土俵際から反転できた
安倍首相が最も重視したのは経済再生と中国への備えだった。
まず着手したのは、デフレからの脱却だ。
大胆な金融緩和、機動的な財政政策、成長戦略を三本の矢とする「アベノミクス」を推進した。
新しい日本銀行総裁に、積極的な金融緩和を主張する黒田東彦(はるひこ)氏を起用した。
「異次元」と呼ばれた過去最大の量的緩和の実施で円安株高は加速された。
中長期的な成長に向けた手も打った。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉への参加を決断
し日本は米国と厳しい折衝を行っている。国益を守る交渉に引き続き粘り強くあたってほしい。
半面、財政再建という重荷を依然抱えたままだ。
国の借金である国債の残高は、6月末時点で初めて1千兆円を突破した。
景気の腰折れを懸念しつつも、首相は税収増を図るため、平成26年4月1日から消費税率を現行の
50%から8%へ引き上げることを決めた。
経済力は日本の国際的地位と国民の暮らしを支える基盤である。
緒に就いたばかりの経済再生と財政再建という2つの難題にどのように同時に挑んでいくか。
難問ではあるが、あらゆる手段を尽くして解決策を出してもらいたい。
尖閣諸島を奪おうとしている中国が、軍事力による圧力をますます強める1年でもあった。
中国公船が尖閣周辺で領海侵入などを繰り返すだけでなく、海軍艦船は海上自衛隊護衛艦に射撃
管制用レーダーを照射、日本の接続水域へ中国潜水艦が潜航したまま入り込んできた。
無人機の飛来、一方的な防空識別圏の設定など、中国の挑発行動は繰り返される。
共通するのは、国際ルールや国際秩序を軽んじ、軍事力を背景に現状変更をねらっている点だ。
安倍政権はそのような中国に毅然と対応する姿勢を鮮明にした。
国と国民の安全に責任を持つ政府として当然である。「(日本の主権への)挑戦を容認すること
はできない。どの国も判断ミスをすべきではない」と2月の訪米時に講演で述べたのも、尖閣を
守り抜く意志を示すメッセージだ。

欠かせぬ国民との対話
中国、韓国が日本との首脳会談を意図的に回避したのに対し、首相はミャンマーを含む中国の周辺
国を相次いで訪問する外交を展開した。
7月の参院選勝利で「衆参ねじれ」を解消すると、積極的な安全保障政策にも動き出した。
10月の日米安全保障協議委員会(2プラス2)では、日本の集団的自衛権の行使容認の検討に米側
が「歓迎」を表明し、防衛協力のための指針(ガイドライン)再改定で合意した。
日米合同の離島防衛訓練も重ねている。
今月発足させた国家安全保障会議(日本版NSC)では、中国に対応する防衛力強化の方針が国家
安保戦略として打ち出された。
政権発足から1年の節目に、首相が靖国神社を参拝し、沖縄県の仲井真弘多知事から米軍普天間
飛行場移設の辺野古埋め立て承認を引き出したことは、懸案を解決する政権の姿を印象付けた。
再生の希望がみえた年にしては、首相のライフワークである憲法改正では足踏みが続いた。
国民の多くが憲法改正に前向きになっており、国会ではすでに「護憲一本やり」の政党はごく少数
派となった。にもかかわらず、首相が提唱した改正要件を緩和する96条の先行改正論は下火となり
国民投票法改正も持ち越した。
集団的自衛権の行使容認問題は早急に決着すべき課題だ。国の防衛のあり方を大きく変えるからだ。
首相は、国民の理解を求めるために国民との対話を進めるときである。

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2013年12月30日 読売新聞 【社説】

2013回顧
世界 災害への同情と中国への不安


東日本大震災からの復興途上にあるだけに、国民は、海外で起きた災害にも強い関心と同情を寄せ
ているのだろう。
本紙読者が選んだ「海外10大ニュース」の1位は、「猛烈な台風がフィリピン直撃」だった。
レイテ島などで、死者・行方不明者合計約8,000人という甚大な被害を出した。
ロシアの「隕石いんせき落下」が3位だ。隕石の軌跡をとらえた映像がテレビで流れ、天変地異の
凄すさまじさが強い印象を残したようだ。
今年は以前にも増して中国を巡る重要ニュースが多く、その台頭ぶりを裏付けた。
習近平氏の国家主席就任は、4位に入った。習政権は、日本に対して、軍事力を背景にした強圧的な
姿勢を示している。日本の対中不信感は強まるばかりだ。
中国は、貧富の格差や環境悪化など、急激な成長に伴うひずみに直面している。
微小粒子状物質(PM2.5)による大気汚染の深刻化が5位になったのは、日本にも汚染の影響が及ぶ
のではないか、という強い不安の反映でもあろう。
北朝鮮・金正恩政権のナンバー2と言われた張成沢・国防委員会副委員長が失脚して処刑されたと
いう衝撃的な出来事は、12月に報じられ、10大ニュースの「番外」として追加された。
恐怖政治によって独裁体制を固め、核・ミサイルの開発を続ける北朝鮮は、来年も地域の不安定要因
であることに変わりない。
米国では、オバマ大統領が2期目をスタートさせた(9位)。だが外交、内政ともつまずきが多く順調
とは言えなかった。
米中央情報局(CIA)の元職員エドワード・スノーデン容疑者が、国内外における米情報機関の広範囲
な通信傍受を暴露した(8位)。傍受対象だとされた欧州諸国からは強い反発が起きた。
米国民からも批判の声が上がっており、大統領は、情報収集の方法の見直しを迫られている。
連邦予算を巡る与野党対立で、10月初めに政府機能の一部が停止する事態も発生した(13位)。
読者の心を和ませた出来事もあった。英国のウィリアム王子の妻キャサリン妃が、長男ジョージ王子を
出産した(2位)。
一方、英経済を再生させた「鉄の女」サッチャー元首相の死去(7位)に続き、12月は、南アフリカで
多人種融和に尽くしたマンデラ元大統領の訃報が伝えられた。
2人の指導者の業績は、今日も世界に影響を与え続けている。



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テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

【訃報】大瀧詠一さん急逝

大瀧詠一さんが急逝されました。享年65歳だったそうです。ご冥福をお祈りします。
新春の楽しみだった「山下達郎&大滝詠一の新春放談」が聞けなくなってしまいました…。

     大滝詠一

新春放談 山下達郎 大滝詠一 2000年


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~2013年12月31日(11時49分) 産経ニュースより~

大滝詠一さん急死 自宅で倒れる

歌手で音楽プロデューサーの大滝詠一さん(65)=本名・大滝栄一=が30日午後5時半ごろ、東京都
瑞穂町の自宅で倒れ、搬送先の病院で死亡したことが31日、警視庁などへの取材で分かった。
福生署などによると、大滝さんは当時家族と一緒で、119番通報で救急搬送する際には既に心肺停止
状態だった。
大滝さんのオフィシャルサイトによると、細野晴臣さんや松本隆さんらと伝説のバンド「はっぴい
えんど」を結成して活躍。
1973年に解散後は、自身のレーベルを創設し「君は天然色」「恋するカレン」などを発表した。
他の歌手への楽曲提供も多く、代表作に松田聖子さんの「風立ちぬ」、森進一さんの「冬のリヴィ
エラ」、小林旭さんの「熱き心に」など。

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~2013年12月31日(16時01分) 読売新聞より~

大瀧詠一さん死去、65歳…日本語ロック先駆け

ヒットアルバム「A LONG VACATION」などで知られるミュージシャンの大瀧詠一(本名=大瀧榮一)
さんが亡くなったことが31日、分かった。65歳だった。
所属レコード会社によると、30日午後、東京都内の自宅で倒れて病院に運ばれたが、解離性動脈瘤
のため亡くなった。
1970年に細野晴臣さん、松本隆さん、鈴木茂さんと組んだバンド「はっぴいえんど」でデビュー。
同バンドは日本語ロックの先駆けとされ、後進に大きな影響を与えた。
その後、ソロアーティストとしても活躍。81年にはシングル「君は天然色」がヒット。同曲を収録した
アルバム「A LONG VACATION」は、日本レコード大賞のベストアルバム賞を受賞した。
97年にはドラマ主題歌となったシングル「幸せな結末」がヒットした。また作曲家として太田裕美さん
に「さらばシベリア鉄道」を、松田聖子さんに「風立ちぬ」、小林旭さんに「熱き心に」を提供した。

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NHKニュース
2013年(平成25年)12月31日(火曜日) 17時19分

ミュージシャンの大滝詠一さんが死去

アルバム「A LONG VACATION」などのヒットで知られるミュージシャンの大滝詠一さんが、30日
解離性動脈りゅうのため亡くなりました。65歳でした。
大滝詠一さんは岩手県出身で、昭和40年代に細野晴臣さんらとバンド「はっぴいえんど」を結成し
日本のロックミュージックの先駆けとして大きな影響を与えました。
昭和48年の解散後も、山下達郎さんや大貫妙子さんが所属していたバンド「シュガーベイブ」を
プロデュースして話題を集めました。
また、昭和56年に発表した大滝さんのアルバム「A LONG VACATION」や「EACH TIME」などは
洗練されたメロディーが、当時の若者文化や風俗を象徴する大ヒットとなりました。
大滝さんは、他にも松田聖子さんの「風立ちぬ」や、小林旭さんの「熱き心に」、それに森進一さん
の「冬のリヴィエラ」などの作曲で知られたほか、CMソングを多数手がけたり、平成9年には13年ぶ
りのオリジナル曲、「幸せな結末」を発表するなど活躍を続けました。
関係者によりますと、大滝さんは30日午後、東京・瑞穂町の自宅で果物を食べていたところ急に倒れ
病院に運ばれましたが、解離性動脈りゅうのため亡くなったということです。



世論調査の数字、信じますか…

共同通信社が28・29両日に実施した全国緊急電話世論調査によると、安倍内閣の支持率は55.2%、
不支持率は32.6%だったとのこと。
また26日に安倍総理が靖国神社参拝した後に行われた世論調査では、総理の参拝は「よかった」
43.2%、「よくなかった」47.1%という結果であったと、報じていました。
はて、一体どんな調査をすれば、こんな数字が出てくるのでしょうか…?
安倍総理のFBでは靖国神社参拝を報告する書込みに対して「いいね!」が7万8千件以上、コメント
は約1万件になろうとしています。この反応が、国民の素直な「声」だと思うのですが…。
マスコミは決して報じようとはしませんが、ネット上の調査では支持派が圧倒的に多いのです。
「Yahoo!みんなの政治」で12月26日~28日に行った「安倍内閣を支持しますか」という意識調査で
は、投票数約9万6千票で「支持する」が82.1%(約7万9千票)、「支持しない」は16.7%(約1万6千
票)という結果になっています。
また、12月26日から始まった「安倍首相の靖国神社参拝は妥当だと思いますか」という意識調査で
は、30日現在で投票数約41万4千票、「妥当」77%(約31万8千票)、「妥当でない」23%(約9万5千
票)という状況になっています。
サンプル数を考慮すれば、どちらのアンケート調査が国民の意識を反映しているのか、誰にでも分か
るはずです。


  ヤフー意識調査12_29現在②

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  ヤフー意識調査12_30現在


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2013.12.26 自民党 【CafeSta年末特番!ゆく年くる年】
安倍晋三内閣総理大臣出演「2013年を振り返る&2014年の抱負を語る!」


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平成25年12月28日 産経新聞 【産経抄

長生きはしてみるもので、きのうの朝日・毎日両新聞の1面にそろって「国益」という活字が躍って
いた。
朝日新聞ではコラムでも使っており、「国益」より「平和と民主主義」が大事だと考えておられる両紙
の愛読者は、さぞ失望されたのではないか。

▼両紙ともに、安倍晋三首相の靖国神社参拝に中韓はもとより、米国も「失望した」と表明したのを
喜ぶかのように「国益を損なった」と筆をそろえている。日ごろの紙面からは、想像できぬほど国益
を重視する筆致に感心した。確かに、中国、韓国の対日嫌がらせは増し、進出企業が少なからぬ損害
を受けるのは免れまい。
▼日中韓の首脳会談実現も望み薄だ。ただし、参拝せずとも対中韓関係は冷え込みっぱなしだったか
ら、影響は「雪の上に霜がおりる」程度にしかすぎない。
むしろ、首相の靖国参拝で得られた国益はかなり大きい。
▼第一は、首相が公約を守ったという事実だ。アベノミクスがうまくいっているのに中韓と波風を立
てる必要はない、としたり顔でいう識者は、約束を守らない政治家を見過ぎたのだろう。
政治家が自らの発言に責任を持ち、実行に移すのは当たり前の姿であり、「政治力」アップは間違い
なく国益に資する。
▼米国務省が「失望した」と、表明してくれたのも国益に大いに役立った。
日米同盟が永久不変なものではなく、歴史認識ひとつとっても日本が逐一、主張しなければ、中韓の
プロパガンダ(宣伝)工作にしてやられかねないことを教えてくれた。
▼米国はかけがえのない同盟国ではあるが、国のために命をささげた先人への感謝は譲れぬ一線であ
る。心ある日本人が「嫌米」にならぬようケネディ駐日大使はぜひ、靖国神社にお参りいただきたい。

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2013年12月28日 産経ニュース(ワシントン:青木伸行)

鎮霊社訪問「平和望む意思明白」
米ジョージタウン大 ケビン・ドーク教授に聞く


安倍晋三首相の靖国神社参拝に対する評価を、6月に安倍首相とも会った日本研究者で米ジョー
ジタウン大学教授のケビン・ドーク氏に聞いた。
靖国参拝は日本国民と、民主的な選挙で国民から選ばれた安倍首相ら国会議員が自身で決める
日本のすこぶる国内問題だ。
中国と韓国がなぜ、この日本の国内問題に首を突っ込むのか、いまだに理解できない。
安倍首相の靖国参拝は、戦争を始める意思の合図でもなければ、旧日本軍を奉じるものでもない。
首相は、国内外で国家と国民のために命を落とした人々の霊を、慰めたいと欲しているのだ。
中国と韓国の指導者は、同じように(自国民を)慰霊したいと望まないのだろうか。
靖国神社には、戊辰戦争の戦死者らが祭られている。このことは、米国のアーリントン国立墓地
(バージニア州)に(南北戦争などの)戦没者が慰霊されていることと類似している。
安倍首相の靖国参拝で最も印象的なのは、本殿だけではなく鎮霊社も参拝したことだ。
外国の人々には、鎮霊社を訪れた意味を理解してほしい。重要なのは、鎮霊社には世界のあらゆる
国の戦没者が祭られているということだ。
ここには第二次世界大戦で、旧日本軍と戦った米国人や中国人なども含まれている。
安倍首相が鎮霊社を参拝したのは、平和を望む意思があったからであることは明白である。
鎮霊社参拝はまた、安倍首相が国民を、「民族主義」から(国民を重視する)「国民主義」へと
導こうとするものでもある。
日米関係に負の影響がないことを望む。米政府が「失望している」と表明したのは(中国、韓国が)
感情を害する事態を、避けようとしただけだろう。

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2013年12月29日 産経ニュース【高橋昌之のとっておき

朝日・毎日への反論
首相靖国参拝 中韓の顔色をうかがうのが国益では
ない


今回が今年最後のコラムとなりましたが、また朝日、毎日両新聞社の報道を批判せざるをえません。
テーマはもちろん、安倍晋三首相が26日に行った靖国神社参拝です。
前回、特定秘密保護法について書かせていただいたところ、1日で約56万という驚異的なアクセスを
いただきました。
私の主張は「特定秘密保護法があっても国民の知る権利を守れるかどうかは、記者の取材力と気概
にかかっている。国家機密の入手も報道もしていない今の記者に反対する資格はない」というもので
したが、多くの国民の方も「今の新聞、テレビは大した報道をしていない」と感じておられるようで
ご賛同いただきました。
前回も述べたように、安倍政権が本格的に政策を進めるにしたがって、産経新聞社、少なくとも私と
朝日、毎日両社の見解は相反するばかりです。
これは日本の政治が「決める」または「行動する」政治に転換した証拠でもありますから歓迎すべき
ことですが、それだけに政治の真実を国民にどう伝えるか、私たちマスコミの役割も大きくなってい
ると思いますので、今回は安倍首相の靖国神社参拝について、朝日・毎日両社の報道・社説を検証す
るとともに、私の反論を述べたいと思います。
まず、今回の安倍首相の靖国神社参拝が日本の国益にとってどうなのか、という問題です。
朝日新聞は27日付の社説で「独りよがりの不毛な参拝」と題し、「内向きな、あまりにも内向きな
振る舞いの無責任さに、驚くほかない」との書き出しから始まり、「首相の参拝に、侵略の被害を受
けた中国や韓国は激しく反発している。参拝は東アジアの安全保障や経済を考えても、外交的な下策
である」と断じました。
毎日新聞も同日付の社説で「外交孤立招く誤った道」と題し、
「外交的な悪影響は計り知れない。中国、韓国との関係改善はさらに遠のき、米国の信頼も失う。
参拝は誤った判断だ」と、やはり断じました。
両社とも、社説や紙面の中で「国益」という言葉を使い「中国や韓国の反発を招く参拝は国益を損な
いかねない」と主張しました。これは私の「国益」に対する見解と全く異なるものです。
私は「外交や政権運営で中国と韓国の顔色をうかがうことは国益にはならない、それどころか国益に
反する」と考えます。
実際、安倍首相は第1次政権では「靖国神社を参拝したかどうかは言わない」との方針を表明し、
第2次政権発足後も参拝は控えてきました。それによって、中国・韓国は日本と協調してきましたか。
逆に、両国とも日本の歴史観に対する批判を続け、中国はわが国固有の領土である沖縄県・尖閣諸島
海域への侵犯を繰り返す一方ですし、韓国も米国など他国へ行って、日本の歴史観批判を繰り返すな
ど、日本への対抗を強めてきたではありませんか。
安倍首相が「対話のドアは開かれている」と何度も表明して、首脳会談の開催を求めてきたにもかか
わらず、それを拒否してきたのは中韓両国の方です。
この対応を見て分かるように、首相が靖国神社を参拝しようがしなかろうが、対話を求めようが両国
は日本と協調しようという考えは持っていないのです。なぜか。日本を批判し続けた方が国内で支持
が得られ、外交的にも日本の力を弱めることができると考えているからです。
朝日・毎日両社は、こういう両国の言い分を「受け入れよ」と主張しますが、そんなことをしたら日本
の外交力はそがれ、勝ち誇った両国は、ますます日本への批判・攻勢を強めて、日本は将来にわたって
両国に頭を下げ続ける外交をしなければならなくなります。
そんなことをしたら日本の国益が損なわれることは、日本国民の誰の目にも明らかでしょう。
反対に私は安倍首相が今回、中韓両国の反発を承知のうえで参拝したことは、両国が日本への批判
攻勢を強め続けるなら「日本は両国をもう相手にしませんよ」というメッセージを送り、牽制したとい
う意味で、「国益」につながると考えます。
安倍首相は中韓両国が日本批判をやめるまで参拝を続けるべきだと思います。
国際社会における外交というのは、決して表向きの綺麗事ではなく、実態は、国益と国益のぶつかり
合いという冷徹なものです。その意味で、国益が対立する部分は「どちらが先に引くか」という「チキ
ンゲーム」といっても過言ではありません。こんなことは、外交をきちんと取材している記者なら、分
かりきっているはずです。そして、その外交の「チキンゲーム」において勝てるかどうかは、政府だけ
ではなく、その背景である世論にかかっているのです。ここで日本国内の世論が、中韓両国に屈するも
のになれば、日本は間違いなく敗北して国益を失います。
国民の皆様には、そのことを自覚していただきたいと思います。
次に朝日・毎日両社が主張するのは「靖国神社参拝は先の大戦を美化するものだ」ということです。
これは安倍首相が「二度と戦争の惨禍の中で、人々が苦しむことのない時代をつくっていく決意を、
お伝えするために、参拝をいたしました」と述べた通り、全く違います。
そもそも、両社の記者は靖国神社に行ったことがあるのでしょうか。私は何度も参拝しています。
参拝して遊就館に展示されている戦死者の遺書を見たら誰がまた戦争をしようなどと思うでしょうか。
私は毎回、遺書を読むたびに涙があふれ、ご英霊の皆様に「決してこのようなことは繰り返しません」
と誓います。これが、人間の素直な感情ではないでしょうか。
首相だって同じことですし、一国を率いる首相こそ、常に参拝し、この心を持ち続けるべきでしょう。
朝日・毎日両社の記者の中で、靖国神社に行ったことがない記者がいたとしたら、その記者は何も語
る資格はありません。
ぜひ一度行ってみてください。参拝したらどのような気持ちになるか、分かるはずです。
安倍首相が参拝後、冒頭に述べた「日本のために尊い命を犠牲にされたご英霊に対し、尊崇の念を
表し、そして御霊(みたま)安らかなれと手を合わせてまいりました」という気持ちは、靖国神社を
参拝されたことのある国民の皆様の方が「当然のこと」と思われたことでしょう。現に、あるテレビ
のワイドショーで一般の方にインタビューしたリポーターが「当然のことと応えた人の方が多かった」
と言っていましたが、私の周囲でもそう受け止めている人の方が圧倒的に多いです。
その点になると、朝日・毎日両社は今回の社説でもそうですが、必ず「先の大戦の戦犯が合祀されて
いる」ことを問題にします。確かに東京裁判で「戦争犯罪人」との判決を受けた人物も一緒に祀られ
てていますが、そのことを首相が参拝してはいけない理由に直接結びつけるのは、大戦後の極東国際
軍事裁判(東京裁判)に関する解釈の問題からいって、如何なものかと思います。
1952年発効のサンフランシスコ講和条約では、日本は東京裁判を「受諾する」と明記されていますが
日本が裁判の中身などまで受け入れたかどうかは、いまだに議論が分かれているところです。
また、東京裁判のパール判事が「裁判憲章の平和に対する罪、人道に対する罪は事後法であり、罪刑
法定主義の立場から被告人を有罪であるとする根拠自体が成立しない」と全員無罪を主張したように
、裁判そのものの正当性も議論があります。
これらを検証することなく、東京裁判の「戦犯」を含めて判決内容を自虐的に受け止めるのは、あまり
にも短絡的すぎます。
安倍首相の参拝を機に東京裁判のことを徹底的に議論し、検証しようではありませんか。
国民の方々も、こうした短絡的なマスコミ報道をうのみにするのではなく、ぜひ勉強していただければ
と思います。
私はそもそも、「戦犯」のみに大戦による多くの命の犠牲を押しつけるのは間違いだと考えています。
日本があの不幸な戦争に突き進んだ責任は、当時の指導者であった「戦犯」にだけあったのではなく
国家のあり方や国民にも責任があったといえるのではないでしょうか。とくに戦争への流れに抵抗せず
あおったマスコミこそ、最大の「戦犯」だと思います。朝日、毎日両社の記者の方々にお聞きします。
もし日本の政治が今、同じような流れに突き進んでいったら、自らの体を張って止める自信があります
か。大した取材もせず、会社の方針の言いなりになっているサラリーマン記者にそんなことができます
か。私は「自らが信じる道のために体を張る自信がある」と、この場で宣言します。
前回のコラムでも述べたように、特定秘密保護法で萎縮して国家機密を報道できないような記者は
今すぐ記者という仕事をやめた方がいいと思います。
私は今後も国民が知るべきだと考える国家機密は、自分の身がどうなろうと報道し続けていきます。
朝日・毎日両社の記者に呼びかけたいと思います。
もういい加減、国家・国民のことを考えるのではなく、自分の生活を守るためだけに、誤った方向であ
っても会社の言いなりになって報道し続けるのはやめませんか。
そうせずに、両社が今の報道姿勢をとり続けたとしても、国民が良識ある判断を下してくれると、私は
思いますが。





テーマ:政治・経済・時事問題 - ジャンル:政治・経済

国際宇宙ステーションで冷却システム修理

先週末に、映画『ゼロ・グラビティ』を観たばかりでしたので、国際宇宙ステーション(ISS)のこと
が少し気になっていたいましたが、船外活動も何事もなく無事終了したようで、安心しました。
日本のマスコミは全く報道しませんでしたが、若田宇宙飛行士は重要なミッションを次々にこなして
日本のために頑張っておられます。

<若田宇宙飛行士が操作するロボットアーム>
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~2013年12月25日 ウォール・ストリート・ジャーナルより~
国際宇宙ステーションの部品交換、無事終了
クリスマスイブの24日、国際宇宙ステーション(ISS)の冷却システムの故障部分の部品交換のため
米国人宇宙飛行士2人が船外活動を行い、当初予定より早く作業が完了した。
作業したのはリック・マストラッチオ、マイク・ホプキンズの両飛行士で、地上管制センターから
作業を見守っていた米航空宇宙局(NASA)の当局者から賛辞が贈られた。
21日に続くこの日の船外活動は、故障したポンプを取り替え、外部電源と流体接続装置を再び装着
するためのもので、作業は7時間以上にわたった。
管制官によると、電気系統やISSでの実験に不可欠な冷却に使うアンモニアの漏れはないという。
ISS内の若田光一さんはロボットアームを操作して、780ポンドのポンプを収容場所につるし、2人の
飛行士の活動を支援した。
ISSがクリスマス・シーズンに船外活動を行うのは2回目で、45年前のクリスマスにはアポロ8号が
人類初の有人月周回を行った。
マストラッチオ飛行士は、作業中に工具を点検しながら「クリスマスの朝にプレゼントを開いている
ような気分だ」と語った。
ISSの一部システムは、放射線や流星塵にさらされ、ドッキングや6人の飛行士の日常活動で摩耗が
進んでいる。
..................................................................................................................................................................................

~2013年12月25日 CNNより~
宇宙ステーションで船外活動 冷却システムを修理
米航空宇宙局(NASA)によると、国際宇宙ステーション(ISS)で24日、冷却システムの修理のため
米国人飛行士2人が7時間半にわたる船外活動を行った。船外活動が終わったのは日本時間の25日
午前4時20分ごろ。リック・マストラキオ、マイク・ホプキンス両飛行士が新たなポンプを取り付け、
冷媒の液体アンモニアを流すためのチューブをつないだ。
絡んだチューブをほどく過程で少量のアンモニアが漏れ出し、飛行士らの宇宙服に付着したものの
NASAの報道担当者によれば大きな問題にはならなかった。冷却システムの不具合は11日に発生し
た。21日には両飛行士が5時間半の船外活動により、故障したポンプの取り外し作業を完了していた。
ISSの建設や保守を目的とした船外活動は、これで176回目。
クリスマスイブの船外活動としては、1999年に米スペースシャトル「ディスカバリー」の飛行士2人が
実施したハッブル宇宙望遠鏡の補修以来、史上2回目となった。
ISSには現在、ロシアの飛行士3人と、日本人の若田光一飛行士が搭乗している。


宇宙から見た地球-ISS船長が撮影30

~2013年12月25日 JAXA HPより~
船外活動によりポンプモジュールの設置が完了、若田宇宙飛行士はロボットアームを操作
12月24日、国際宇宙ステーション(ISS)では、NASAのリチャード・マストラキオ宇宙飛行士と
マイケル・ホプキンス宇宙飛行士による船外活動が行われました。船外活動は、日本時間12月24日
午後8時53分から7時間30分にわたって行われ、マストラキオ、ホプキンス両宇宙飛行士により、
ISSの外部熱制御システム(ETCS)に新しい予備のポンプモジュールを設置する作業が行われました。
設置作業は無事に完了し、現在はETCSの運用に問題がないかNASAの飛行管制官により確認が進めら
れています。
若田宇宙飛行士は、船外活動クルーが先端に乗ったISSのロボットアームを船内から操作し船外活動
クルーの移動を支援しました。


~2013年12月24日 JAXA HPより~
船外活動実施、若田宇宙飛行士はロボットアームで支援
12月21日、国際宇宙ステーション(ISS)では、NASAのリチャード・マストラキオ宇宙飛行士とマイ
ケル・ホプキンス宇宙飛行士が、ISSの外部熱制御システム(ETCS)のポンプモジュールを交換する
ために数回にわたって実施する船外活動の第1回目を行いました。
船外活動は、日本時間12月21日午後9時01分から開始され、5時間28分にわたり行われました。
この船外活動では、故障したポンプモジュールの取外し準備作業までが計画されていましたが、作業
が予定よりも早く進んだため、次回の船外活動で予定されていた、故障したポンプモジュールを取り
外してモービルベースシステム(MBS)に仮置きする作業までが行われました。
この船外活動において、若田宇宙飛行士はISSのロボットアーム(SSRMS)の操作を担当し、SSRMS
の先端に乗ったマストラキオ宇宙飛行士を作業場所まで移動させることで船外活動を支援しました。
なお、船外活動終了後、マストラキオ宇宙飛行士が着用していた船外活動ユニット(EMU)のサブリ
メータ(宇宙服内の熱を排出するための装置)に水が入った可能性があるため、次回の船外活動では
別のEMUを着用することになりました。
次回の船外活動は、当初12月23日に計画されていましたが、12月24日に実施されることになり、12月
23日にEMUの調整を行うことになりました。
12月23日、マストラキオ宇宙飛行士とホプキンス宇宙飛行士は、24日の船外活動でマストラキオ宇宙
飛行士が着用するEMUのサイズ調整を行い、その後、若田宇宙飛行士と一緒に、次回の船外活動の手順
を確認しました。
若田宇宙飛行士は、24日の船外活動で再びSSRMSの操作を行い、船外活動クルーの作業を支援する予定
です。12月24日の船外活動では、船外保管プラットフォーム3(ESP-3)に保管されている予備の新しい
ポンプモジュールをETCSに組み込む作業が行われます。
12月24日の船外活動は、日本時間24日午後9時10分から開始される予定です。
この船外活動の模様はNASA TVで中継される予定です。



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安倍総理、靖国神社参拝

安倍総理が靖国神社に参拝されました。実に喜ばしき事であります。
26日は昨年、安倍政権が誕生してから、ちょうど1年目になります。その総決算として靖国の英霊に対し
報告と感謝をされたのだと思った次第です。
私としては、安倍総理がご自身で判断されて靖国に参拝されるのなら、1年後だろうが、3年後だろうが
いつでもいいと思っていましたが、このタイミングで参拝されたことに嬉しさを禁じ得ません。
保守派の支持層からは「いつ、靖国参拝するのか」という声が、燻っていました。中には「行かなけれ
ば支持を止める」という声もありました(そんな人は、真の支持者ではないので、早々に外れてもらっ
たほうがいいと思いますが)。今まで不満を持て余していた支持者も、これで満足したことでしょう。
特亜3国の反発や非難はどうでもいいのですが、米国の対応が気懸かりではあります。
只でさえ親中派の多い米国議会ですから、これを機に、我が国に対する態度を急変させかねません。

安倍首相靖国参拝


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【産経新聞号外】安倍首相が靖国神社に参拝(PDF)

2013年12月26日 FNNnewsCH
(全録)安倍首相、靖国神社参拝を終え会見


2013年12月26日 讀賣新聞より
安倍首相が靖国神社参拝…第1次内閣含め初
安倍首相は26日午前、東京・九段北の靖国神社を参拝した。
首相在任中の参拝は、第1次内閣を含めて初めてで、現職首相としては2006年8月15日の小泉首相
以来7年4か月ぶりの参拝となる。
首相は参拝後、戦争の惨禍を繰り返さないという「不戦の誓い」のために参拝したと記者団に語った。
第2次内閣発足以来、首相は、外交問題化を避けるために参拝を自重してきたが、日中、日韓関係の
改善が見通せないことから、政権発足から1年の26日、参拝に踏み切ったとみられる。
中国、韓国が強く反発している。
首相は午前11時30分過ぎ、同神社に到着。モーニング姿で本殿に昇り、参拝した。
首相は参拝後、記者団に対し「政権が発足して1年の安倍政権の歩みをご報告をし、二度と再び戦争
の惨禍によって人々が苦しむことのない時代を作るとの誓い、決意をお伝えするために、この日を選ん
だ」と述べた。
そのうえで「中国や韓国の人々の気持ちを傷つける考えは毛頭ない。英霊の冥福をお祈りし手を合わ
せることは、世界共通のリーダーの姿勢だ」と語り、諸外国を含めて戦場で亡くなった全ての人々を
慰霊する目的で靖国神社境内に設けられた鎮霊社にも参拝したことを明らかにした。
来年以降の定期的な参拝の意向を問われると「この場で話をすることは差し控えさせていただきたい」
と回答を避けた。
首相はまた、「恒久平和への誓い」と題した首相談話も、日本語と英語で発表した。
首相は昨年の自民党総裁選や衆院選で、第1次内閣時代に参拝できなかったことを「痛恨の極み」と
述べ、首相在任中に参拝する意向を事実上、表明してきた。
首相就任後は、参拝の時期については明言を避け、外交的な配慮から、春や秋の例大祭、8月15日の
終戦記念日の参拝を自重。内閣総理大臣名の真榊まさかきや、自民党総裁名での玉串料の奉納に
とどめてきたが、今回の参拝により支持者への約束を果たした格好だ。
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◇安倍首相の靖国参拝に合わせて発表された談話「恒久平和への誓い」
 の全文は次の通り。


本日、靖国神社に参拝し、国のために戦い、尊い命を犠牲にされた御英霊に対して、哀悼の誠を捧げ
るとともに、尊崇の念を表し、御霊安らかなれとご冥福をお祈りしました。
また、戦争で亡くなられ、靖国神社に合祀されない国内、及び諸外国の人々を慰霊する鎮霊社にも、
参拝いたしました。
御英霊に対して手を合わせながら、現在、日本が平和であることのありがたさを噛みしめました。
今の日本の平和と繁栄は、今を生きる人だけで成り立っているわけではありません。
愛する妻や子どもたちの幸せを祈り、育ててくれた父や母を思いながら、戦場に倒れたたくさんの
方々。その尊い犠牲の上に、私たちの平和と繁栄があります。
今日は、そのことに改めて思いを致し、心からの敬意と感謝の念を持って、参拝いたしました。
日本は、二度と戦争を起こしてはならない。私は過去への痛切な反省の上に立ってそう考えています。
戦争犠牲者の方々の御霊を前に、今後とも不戦の誓いを堅持していく決意を新たにしてまいりました。
同時に、二度と戦争の惨禍に苦しむことが無い時代をつくらなければならない。アジアの友人、世界の
友人と共に、世界全体の平和の実現を考える国でありたいと、誓ってまいりました。
日本は、戦後68年間にわたり、自由で民主的な国をつくり、ひたすらに平和の道を邁進してきました。
今後もこの姿勢を貫くことに一点の曇りもありません。世界の平和と安定、そして繁栄のために、国際
協調の下、今後その責任を果たしてまいります。
靖国神社への参拝については、残念ながら、政治問題、外交問題化している現実があります。
靖国参拝については、戦犯を崇拝するものだと批判する人がいますが、私が安倍政権の発足した今日
この日に参拝したのは、御英霊に、政権1年の歩みと、二度と再び戦争の惨禍に人々が苦しむことの
無い時代を創るとの決意を、お伝えするためです。
中国、韓国の人々の気持ちを傷つけるつもりは、全くありません。
靖国神社に参拝した歴代の首相がそうであった様に、人格を尊重し、自由と民主主義を守り、中国、
韓国に対して敬意を持って友好関係を築いていきたいと願っています。
国民の皆さんの御理解を賜りますよう、お願い申し上げます。

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『櫻井 よしこ FB』より

今日午前、安倍首相が靖国神社を参拝しました。
祖国日本のために尊い命を犠牲にされた英霊たちに感謝と尊敬の念を込めて祈りを捧げ、
同時に、靖国神社の同じ境内にある鎮霊社にもおまいりをしたと、安部首相は語りました。
鎮霊社には日本人だけでなく外国人も祀られています。
靖国神社に祀られていない、戦争の犠牲者の方々の御霊がここに祀られているのです。
首相はまた、不戦の誓いを強調しました。
中国と韓国が早速、反応して、日本を非難しています。
韓国は「これまで安倍首相は靖国神社に行かず、いろいろとうまくいっていたのに、何故参拝
するのか分からない。日本政府の信頼と誠意が疑われる」と発表しました。
中国は靖国参拝が「人類の良識に反する」ものだと非難しました。
いずれの避難も当たらないと思います。両国とも、関係がうまく行かないのを日本の所為に
していますが、むしろ、彼らの方が軋轢を起こしているのではないでしょうか。
「母を残し、愛する妻や子を残し、戦場で散った英霊のご冥福をお祈りし、リーダーとして手を
合わせる、このことは世界共通のリーダーの姿勢ではないでしょうか」
そのとおりです。安部首相の想いと祈りが、どれほど靖国の御社に眠る英霊の魂にうれしく
響いたことでしょうか。ご遺族の方々もどれほど慰められたことでしょうか。
新しい年、日本は自らを信じ、自らを律し、日本の為にも世界の為にも、誠実に働き続けるの
が良いと思います。
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2013年12月26日 時事ドットコム【ワシントン時事】より
安倍首相の靖国参拝に「失望」=中韓との関係悪化懸念-米政府
米政府は26日、安倍晋三首相の靖国神社参拝について、「日本の指導者が近隣諸国との緊張を
悪化させるような行動を取ったことに失望している」とする声明を、在日米大使館を通じて発表した。
米国が日本の首相の対応を強い調子で非難するのは極めて異例だ。
声明は「日本と近隣諸国が過去からの微妙な問題に対応する建設的な方策を見いだし、関係を改善
し地域の平和と安定という共通の目標を発展させるための協力を推進することを希望する」と表明。
「首相の過去への反省と日本の平和への決意を再確認する表現に注目する」とも記した。
アジア外交を重視する米政府は昨年12月の安倍首相就任以降、タカ派色の強い言動が日中・日韓
関係を悪化させかねないと警戒し、日本に両国との関係改善を促してきた。
ケリー国務長官とヘーゲル国防長官が10月の訪日時に靖国神社ではなく千鳥ケ淵戦没者墓苑に
献花した際には、「靖国参拝を控えるよう求めるメッセージ」との見方が出た経緯もある。
ただ、実際には8月の終戦記念日にも春と秋の例大祭にも首相が参拝を見送ったことから、米国では
首相の抑制的な対応を評価する声も出始めていた。
首相の靖国参拝は、オバマ大統領の来年4月のアジア訪問にも影響する可能性がある。 
一方、米紙ウォール・ストリート・ジャーナルは「アジアの周辺国が軍国主義の象徴とみなす
神社を首相が訪問した。自身の保守的な支持基盤へのアピールが目的とみられている」と報道。
「首相の訪問は東京とワシントンの絆を傷つける」とする識者の見方も紹介した。
ニューヨーク・タイムズ(同)は、中国による一方的な防空識別圏の設定により日中関係が冷え込ん
でいることに触れて「緊張をはらんだタイミングでの参拝となった」と指摘。
両紙とも首相のコメントや様子、中韓両国の反応を含めて詳報し、米国での関心の高さを窺わせた。

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2013年12月26日 CNNより
安倍首相の靖国参拝、中韓が厳しく指弾 米国も落胆表明
日本の安倍晋三首相が26日、東京の靖国神社を参拝した問題で中韓両国は同日、これを激しく指弾
する見解などを発表した。米国大使館も参拝に落胆したとの考えを示した。
中国外務省は参拝を厳しく弾劾する声明を発表。
第2次世界大戦の犠牲者である中国人民や他のアジア諸国の国民を著しく傷付ける安倍首相の行動
に最大限の怒りを表明したいと述べた。
靖国神社への訪問は実質的に日本による軍事侵攻と植民地化を誤って美化するものとも指摘した。
一方、韓国の文化体育観光相は記者会見で、侵略を美化する行動の中止を要求し、遺憾の意と怒り
を表明せざるを得ないと述べた。
米国大使館は、参拝には失望したとの声明を発表。
「日本は価値ある同盟国、友人である」としながらも「日本の指導部は隣国との関係の緊張を高める
行動を行ったことに落胆する」と述べた。
安倍首相は参拝に伴い、戦争の犠牲者の鎮魂を願ったとして、戦犯を崇めるためのものではないと
強調。「犠牲者の鎮魂を祈る上で再び戦争を起こさないとの決意を新たに固めた」と主張した。
その上で、中韓両国の国民の感情を傷付ける意図はないと指摘。相互の国民性、自由と民主主義の
尊重、敬意を持っての関係強化への願望が本意であると付け加えた。

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2013年12月26日 ロイターより
安倍首相の靖国参拝に米国が「失望」を表明、中韓は強く反発
安倍晋三首相の靖国神社参拝は、中国と韓国の反発を招いただけでなく、米国が「失望」を表明
する異例の展開となった。
参拝は安倍首相にとって悲願だったが、アジアの隣国との関係改善が進まない中、同盟関係にある
米国も日本の今後の対応を注視する姿勢を示した。

◇韓国「怒りを抑えられない」
政権発足からちょうど1年目の26日午前、安倍首相は東京・九段(千代田区)の靖国神社を参拝した。
現職の首相としての参拝は、2006年8月の小泉純一郎首相以来7年ぶり。安倍首相にとっては初の
参拝となった。
安倍首相は参拝後、記者団に対し「日本のために尊い命を犠牲にした英霊に尊崇の念を表し、御霊
安かれと手を合わせた」と説明。「中国や韓国の人々の気持ちを傷つける考えは毛頭ない」とし、
「理解してもらうための努力を重ねていきたい」と語った。さらに「日中、日韓は大切な関係であり、
この関係を確固たるものにするのが日本の国益であり、説明する機会があればありがたい」と、
中韓両国との首脳会談実現に強い意欲を示した。
しかし、中国は即座に反発。同国外務省の秦剛報道官は談話を発表し、「日本に対し、侵略の歴史を
反省するとした誓約を守り、誤りを正す措置を講じ、悪い影響を取り除き具体的な行動をもってアジア
の隣国や国際社会の信頼を得るよう、厳粛に求める」と抗議した。
韓国の劉震龍文化体育観光相も「遺憾の意と怒りを抑えられない」と非難した。
さらに夕方、今度は米政府が在日米国大使館を通じて声明を発表。
「日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動をとったことに失望している」とした。
米国が日本の首相の靖国参拝に懸念を表明するのは異例。米政府は「首相の過去への反省と日本
の平和への決意を再確認する表現に注目する」と、今後の日本側の対応を注視する姿勢をみせた。
同日午後に会見した菅義偉官房長官によると、日本は関係諸国に参拝を事前に通知。
米国が自制を求めたという話は聞いていないという。菅官房長官は「しっかりと参拝の趣旨を説明し
理解が得られるよう努めていきたい」と語った。その上で、米国やオバマ大統領との信頼関係に影響
があるとは「まったく思っていない」と述べた。
上智大学の中野晃一教授は「(安倍首相は)中国との状況が改善しないのだから、参拝してもこれ
以上悪くならないと考えたのかもしれない」と分析。「しかし、それは間違っている」との見方を
示した。
安倍首相が靖国に参拝するのは、06~07年の第1次内閣時代も含め初めて。
昨年12月26日の第2次内閣発足後、首相は、第1次内閣のときに参拝しなかったことについて「痛恨
の極み」と後悔の念を示していたが、この1年間は中国や韓国との外交問題に発展する事態を避けて
参拝を見送ってきた。

◇南西諸島の警戒監視を継続
尖閣諸島(中国名:釣魚島)をめぐる日本と中国の緊張関係は、緩和の兆しがみえない。
11月には中国が同島上空を含む空域に防空識別圏を設定。
一方、日本は今月に入り、中国の海洋進出を強く意識した国家安全保障戦略を策定した。
安倍首相の靖国参拝を受けて、中国側が尖閣付近での活動を活発化する可能性もある。
小野寺五典防衛相はこの日午前の会見で「現在も警戒監視態勢をしっかりしているし、これからも
同様にしっかり警戒監視態勢をしていく」と語った。 (久保信博、リンダ・シーグ)

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2013年12月26日 12時37分 Record Chinaより

安倍首相の靖国参拝に冷静な声
=「拝むなとは言えない」「批判する資格があるのか?」
 ―中国版ツイッター


2013年12月26日、日本の安倍晋三首相が靖国神社を参拝した。
日本の首相による靖国参拝は2006年の小泉元首相以来、7年ぶりのこと。安倍首相はこれまで、
中国・韓国への配慮から参拝を見送ってきたが、周囲に「年内には」と漏らすなど、参拝に意欲を
見せていた。このニュースは中国でも即座に報道されるなど、注目を集めている。
「中国版ツイッター」と呼ばれる簡易投稿サイトには、問題視しないというコメントも多数寄せられ
ている。以下は、その一部。
「安倍さんを支持する」  「自分のやるべきことを、しっかりとやるのが王道」
「人が自分の祖先を参拝することに、われわれは関係ない。中国人は寛容に、過去のこと
は水に流そう」
「参拝したけりゃすればいいよ。たとえ憎い相手でも、本人の家族に拝むなとは言えない」
「人が祖先を拝むのは自由。子孫なのだから。彼らの祖先がかつての敵だからといって、
自分の祖先を拝むのだけは良くて、相手はだめというのはおかしい」
「他人を批判する資格があるのか?中国が死に至らしめた自国民は、日本に殺された
中国人よりも少ないのか?」
「中国は日本にかなわない。中国共産党はナショナリズムをあおって批判するような寝言を
言うのは、何か意味があるのか?」

(翻訳・編集/北田)



テーマ:靖国参拝 - ジャンル:政治・経済

クリスマスに聞きたい曲は・・・

クリスマスに関する数ある動画の中で、お気に入りの一本です。
   White Christmas with Santa & his Reindeer


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星の数ほど有る「クリスマスアルバム」の中でも、お薦めの一枚です。
因みに、山下達郎さんもプライベートで毎年聞かれる一枚だそうです。
60年代洋楽ファンなら、その良さが分かると思いますが、ベンチャーズ
の演奏がグットなのは当然として、そのアレンジが秀逸なんです。
ベンチャーズを余り聞かない人でも、楽しめると思います。
   
The Ventures Christmas Album 1965




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最後の女帝・後桜町天皇の式年祭

後桜町天皇は9年の在位の後、明和7(1770)年に、甥である後桃園天皇に譲位し上皇となられた。
後桜町院は上皇として、幼主をよく輔導したといわれており、朝廷の権威向上に努め、後の尊皇思想
明治維新への端緒を作った光格天皇の良き補佐を務められたことから、「国母」と称されている。
文化10(1813)年、74歳で崩御。後桜町院の追号が贈られた。最後の女帝であるとともに、死後に
「院」と称された最後の天皇でもある。(参考:Wikipedia)

KyodoNewsより
後桜町天皇しのび式年祭 200回目の命日、歴代最後の女帝

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後桜町天皇 式年祭

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~2013年12月24日 日本経済新聞より~
歴代最後の女帝・後桜町天皇しのび式年祭 200回目の命日
歴史上、8人いた女帝のうち最後の後桜町天皇(1740~1813年)が亡くなって200回目の命日祭
「式年祭」が24日、京都市東山区の泉涌寺にある月輪陵(つきのわのみささぎ)と皇居で行われた。
後桜町天皇は江戸時代中期の1762年、弟の桃園天皇が急逝したため、23歳(旧暦の数え年、以下
同)で皇位を継承。桃園天皇の5歳の長男(後桃園天皇)を教育し、70年に譲位した。
天皇が即位後、初めて神々に新穀を供える重要祭祀である「大嘗祭」を、女帝として奈良時代の称徳
天皇以来、約千年ぶりに実施。和歌に秀で、約2千首を残した。生涯結婚せず、74歳で亡くなった。
この日は月輪陵に入る檜皮(ひわだ)ぶきの唐門が特別に開かれ、そのすぐ下の儀式場で午前10時
から宮内庁式部職楽部の楽師が笛や笙(しょう)、篳篥(ひちりき)で奏楽を開始。
供物台に米や酒、餅、海の幸のタイと昆布、里の幸の大根とニンジン、リンゴ、ようかん、塩、水を
載せた三方9台が運ばれ、祭祀を執り行う掌典が祝詞を奏上した。
続いて、天皇陛下からの供物として絹の反物がささげられ、陛下が「国と国民が幸せであるように」
とお気持ちを記された「ご祭文」を、黒色の装束姿の勅使が読み上げた。
古都を厳しい寒気が覆う中、故寛仁親王の長女、彬子さまや宮内庁職員、ゆかりの寺社関係者ら約
40人が参列。儀式は約30分で終了した。皇居でも天皇陛下らが拝礼された。
月輪陵は東山連峰に連なる山裾にあり、鎌倉時代から江戸時代の天皇12人や皇后ら計20人が眠る
皇室の墓域。天皇はいずれも土葬で、陵としてそれぞれ九重の石塔が建てられている。 (共同)




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本日は『天長節』 その弐

<宮内庁HPより>

天皇陛下お誕生日に際し(平成25年)
(平成25年12月18日/宮殿 石橋の間)

        2013-12-23_165509.jpg


宮内記者会代表質問

(問1)
陛下は傘寿を迎えられ、平成の時代になってまもなく四半世紀が刻まれます。
昭和の時代から平成のいままでを顧みると、戦争とその後の復興、多くの災害や厳しい経済情勢など
があり、陛下ご自身の2度の大きな手術もありました。
80年の道のりを振り返って特に印象に残っている出来事や、傘寿を迎えられたご感想、そしてこれから
の人生をどのように歩もうとされているのかお聞かせ下さい。


【天皇陛下】
80年の道のりを振り返って、特に印象に残っている出来事という質問ですが、やはり最も印象に残って
いるのは先の戦争のことです。
私が学齢に達した時には中国との戦争が始まっており、その翌年の12月8日から、中国のほかに新た
に米国、英国、オランダとの戦争が始まりました。終戦を迎えたのは小学校の最後の年でした。
この戦争による日本人の犠牲者は約310万人と言われています。前途に様々な夢を持って生きていた
多くの人々が、若くして命を失ったことを思うと、本当に痛ましい限りです。
戦後、連合国軍の占領下にあった日本は、平和と民主主義を守るべき大切なものとして、日本国憲法
を作り、様々な改革を行って今日の日本を築きました。
戦争で荒廃した国土を立て直し、かつ改善していくために当時の我が国の人々の払った努力に対し、
深い感謝の気持ちを抱いています。
また、当時の知日派の米国人の協力も忘れてはならないことと思います。戦後60年を超す歳月を経、
今日、日本には東日本大震災のような大きな災害に対しても、人と人との絆きずなを大切にし、冷静に
事に対処し、復興に向かって尽力する人々が育っていることを、本当に心強く思っています。
傘寿を迎える私が、これまでに日本を支え、今も各地で様々に我が国の向上、発展に尽くしている人々
に日々感謝の気持ちを持って過ごせることを幸せなことと思っています。
既に80年の人生を歩み、これからの歩みという問いにやや戸惑っていますが、年齢による制約を受け
入れつつ、できる限り役割を果たしていきたいと思っています。
80年にわたる私の人生には、昭和天皇を始めとし多くの人々とのつながりや出会いがあり、直接間接
に、様々な教えを受けました。
宮内庁、皇宮警察という組織の世話にもなり、大勢の誠意ある人々がこれまで支えてくれたことに感謝
しています。
天皇という立場にあることは孤独とも思えるものですが、私は結婚により私が大切にしたいと思うもの
を共に大切に思ってくれる伴侶を得ました。皇后が常に私の立場を尊重しつつ寄り添ってくれたことに
安らぎを覚え、これまで天皇の役割を果たそうと努力できたことを幸せだったと思っています。
これからも日々国民の幸せを祈りつつ、努めていきたいと思います。


(問2)
両陛下が長年続けられてきた「こどもの日」と「敬老の日」にちなむ施設訪問について、来年を最後に
若い世代に譲られると宮内庁から発表がありました。
こうした公務の引き継ぎは、天皇陛下と皇太子さまや秋篠宮さまとの定期的な話し合いも踏まえて検討
されていることと思います。
現在のご体調と、こうした公務の引き継ぎについてどのようにお考えかお聞かせ下さい。
【天皇陛下】
「こどもの日」と「敬老の日」にちなんで、平成4年から毎年、子供や老人の施設を訪問してきましたが
再来年からこの施設訪問を若い世代に譲ることにしました。
始めた当時は2人とも50代でしたが、再来年になると皇后も私も80代になります。
子供とは余りに年齢差ができてしまいましたし、老人とは、ほぼ同年配になります。
再来年になると皇太子は50代半ばになり、私どもがこの施設訪問を始めた年代に近くなります。
したがって再来年からは若い世代に譲ることが望ましいと考えたわけです。この引継ぎは体調とは関係
ありません。
負担の軽減に関する引継ぎについては、昨年の記者会見でお話ししたように、今のところしばらくはこ
のままでいきたいと思っています。


(問3)
今年は五輪招致活動をめぐる動きなど、皇室の活動と政治との関わりについての論議が、多く見られ
ましたが、陛下は皇室の立場と活動について、どのようにお考えかお聞かせ下さい。

【天皇陛下】
日本国憲法には「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有し
ない」と規定されています。この条項を遵守することを念頭において、私は天皇としての活動を律して
います。しかし、質問にあった五輪招致活動のように、主旨がはっきりうたってあればともかく、問題
によっては国政に関与するのかどうか、判断の難しい場合もあります。
そのような場合はできる限り客観的に、また法律的に考えられる立場にある宮内庁長官や参与の意見を
聴くことにしています。
今度の場合、参与も宮内庁長官始め関係者も、この問題が国政に関与するかどうか、一生懸命考えてく
れました。今後とも憲法を遵守する立場に立って、事に当たっていくつもりです。


(関連質問)
質問させていただきます。
先日、陛下は皇后さまとインドを訪問され、日印の友好親善を更に深められました。
53年ぶりとなったインド公式訪問の御感想をお聞かせ願うとともに、国際友好親善に際して陛下が心掛
けていらっしゃることについても、併せてお聞かせ下さい。

【天皇陛下】
この度のインドの訪問は、インドとの国交60周年という節目の年に当たっておりまして、インドを訪問
したわけです。
インドを初めて訪問しましたのは、当時のプラサド大統領が日本を国賓として訪問されたことに対する
答訪として、昭和天皇の名代として訪問したわけです。
当時はまだ国事行為の臨時代行に関する法律のない時代でしたから、私が天皇の名代として行くことに
なったわけです。
当時のことを思い起こしますと、まだインドが独立して間もない頃、プラサド大統領は初代の大統領で
したし、これからの国造りに励んでいるところだったと思います。
ラダクリシュナン副大統領は、後に大統領になられました。それからネルー首相と、世界的に思想家と
しても知られた人達でしたし、その時のインドの訪問は振り返っても意義あるものだったと思います。
そして、私にはそれまでヨーロッパと中国の歴史などは割合に本を読んだりしていましたが、その間に
横たわる地域の歴史というものは本も少なく、余り知られないことが多かったわけです。
この訪問によって、両地域の中間に当たる国々の歴史を知る機会に恵まれたと思います。
今度のインドの訪問は、前の訪問の経験がありますので、ある程度インドに対しては知識を持っていま
したが、一方で、日本への関心など非常に関心や交流が深くなっているということを感じました。
ネルー大学での日本語のディスカッションなど、日本語だけで非常に立派なディスカッションだったよ
うに思います。また、公園で会ったインドの少年が、地域の環境問題を一生懸命に考えている姿も心に
残るものでした。そういう面で、これからインドとの交流また、インドそのものの発展というものに
大きな期待が持たれるのではないかという感じを受けた旅でした。


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≪この1年のご動静≫

天皇陛下には,本日,満80歳の傘寿をお迎えになりました。

陛下は、昨年2月に東京大学医学部附属病院で冠動脈バイパス手術をお受けになりましたが、その後
は順調に回復され、この1年間は大きなご健康上の問題もなく、お元気にお過ごしになりました。
昨年のお誕生日の記者会見の席上で、天皇陛下としてのお務めについて「今のところ、しばらくはこの
ままでいきたいと考えています」とお述べになったとおり、お務めを減らされることもなく、また休ま
れることもなく果たされました。
陛下は国事行為として、内閣から上奏のあった990件の書類にご署名やご押印をされました。
また儀式や行事として、内閣総理大臣の親任式、国務大臣始め118名の認証官任命式、新任外国
大使26名の信任状捧呈式、大綬章及び文化勲章の親授式、勲章受章者の拝謁などに臨まれました。
授賞式や記念式典には19回ご臨席になりました。御所や宮殿では文化勲章受章者及び文化功労者
日本学士院会員、日本芸術院会員、新認定重要無形文化財保持者、青年海外協力隊帰国隊員代表
シニア海外ボランティア及び日系社会(青年・シニア)ボランティアの代表等にお会いになり、その労
をねぎらい励まされました。その回数は35回を数えました。
各省庁の事務次官、日本銀行総裁、外務省総合外交政策局長等からのご進講は17回に及び、行幸啓や
行事に関するご説明は37回お受けになりました。
このほか、新嘗祭の献穀者や勤労奉仕団として皇居に来られた方々には62回にわたり延べ7,721名の方
にお会いになりました。
外国との関係につきましては、11月30日から12月6日までの間、昨年国交樹立60周年を迎えたインド国
との友好親善関係を一層深めるため、国賓として皇后さまとご一緒に同国を訪問されました。
プラサド大統領が我が国を訪問された答訪として、1960年に訪問されて以来53年ぶりのご再訪でした。
当時は、国事行為の代行に関する法律がなかったため、昭和天皇のご名代としてのご訪問でした。
最初に訪問されたデリー市では、大統領官邸で行われた歓迎式典、ムカジー大統領閣下及び同令嬢との
ご会見、同大統領閣下主催の晩餐会に皇后さまと臨まれたほか、シン首相、アンサリ副大統領兼上院議
長及びスワラージ下院野党議員団長をご引見になりました。
また両陛下は、シン首相夫妻からのお申し出をお受けになり、首相公邸での午餐に臨まれました。
このほか市内のロディー庭園をご散策になり、その折に多数の地元市民や在留邦人と親しくご歓談にな
りました。
ネルー大学では同大学の概要をお聴きになった後、日本語学科の授業をご視察になり、図書館で蔵書を
ご覧になり、学生等とお話しになりました。
インド国際センターでは、日印関係の友好親善に功労のあったインド関係者とお会いになり、その尽力
に感謝され労をねぎらわれました。
日本人学校では、和太鼓演奏やよさこいソーラン踊りを披露した児童等とお話しになったほか、校長始
め教員から学校の活動状況等をお聴きになりました。
大使公邸では、53年前のご訪問時に植樹された菩提樹が大きく成長した様子を大使館員や現地職員等と
懐かしくご覧になったほか、在留邦人代表とのご接見や大使夫妻主催のレセプションに臨まれました。
今回初めてのご訪問となったタミル・ナド州の州都チェンナイでは、皇后さまとロサイア州知事及び
ジャヤラリタ州首相をご引見になり、同知事主催の午餐会に臨まれました。
またカラクシェトラ芸術学院では南インドの伝統的な舞踊と音楽に触れられ、タミル・ナド障害者協会
では、障害のある子供たちのリハビリと職業訓練を支援する活動をご覧になり、子供たちや職員を励ま
されました。
ギンディー国立公園内の児童公園をご散策になった折には、歓迎に集まった多数の地元市民とお話しに
なり、ご宿舎では在留邦人との茶会に臨まれ、インドで活躍する人々を励まされました。
デリー及びチェンナイをご出発になる際には、両陛下の接伴に当たった人々とお茶を共にされて労をね
ぎらわれるとともに、警備関係者に謝意をお示しになりました。
国賓の接遇としては、皇后さまと共に、今年6月に来日されたフランス国大統領閣下、及びヴァレリー・
トリエルヴェレール女史の歓迎行事、ご会見に臨まれ、宮中晩餐を催されました。
また公式実務訪問賓客の接遇として、3月にはスリランカ国大統領閣下及び同令夫人を、4月にはメキシ
コ国大統領閣下及び同令夫人を皇后さまとお迎えになり午餐を催されました。
9月にはトルクメニスタン国大統領閣下をお一方でお迎えになり、ご会見、午餐に臨まれました。
このほかキルギス国大統領閣下及び同令夫人、ベナン国大統領閣下及び同令夫人、スロベニア国
大統領閣下及びバーレーン国皇太子殿下とご会見になったほか、スペイン国上院議長、オランダ国
最高裁判所長官夫妻、カナダ国下院議長夫妻、インド国首相夫妻、モンゴル国首相夫妻、ヨルダン国
上院議長、スペイン国首相、欧州理事会議長、欧州委員会委員長、ハンガリー国首相夫妻及びラオス
国国民会議議長をご引見になりました。
さらに、ベルギー国王女アストリッド殿下を御所でのご夕餐に、退任する国連大学学長夫妻、両陛下
のご成婚を記念して創設された皇太子明仁親王奨学金財団の理事長、着任した国連大学学長及びタイ
国王女チュラポン殿下を御所でのご昼餐に、東日本大震災の復興を支援されたジョー・プライス夫妻
ブルネイ国国王陛下及び王妃陛下、赤十字国際委員会総裁を御所でのお茶に、第5回アフリカ開発会
議に出席した各国首脳夫妻等37名、日本・ASEAN特別首脳会議に出席する各国首脳夫妻14名を宮殿で
の茶会にお招きになりました。
在京の外交団との関係では、この1年間に着任後間もない29か国の大使夫妻をお茶に、着任後3年を
経過した20か国の大使夫妻を午餐にお招きになり、離任する16か国の大使夫妻を、ご引見になりま
した。日本から赴任する52か国の大使夫妻にも出発前にお会いになり、帰国した46か国の大使夫妻
をお茶に招いて任地の話をお聴きになりました。
陛下は、東日本大震災とこれによる原発事故の被災者、被災地に引き続き心を寄せられ、その後の
状況を案じてこられました。今年3月には、東日本大震災2周年追悼式にご臨席になりました。
7月には岩手県遠野市、大船渡市、陸前高田市等を訪問され、後方支援に当たった関係者をおねぎら
いになり、応急仮設住宅に居住する被災者等をお見舞いになりました。
また、福島県の名産である桃の生産状況をご視察になることを望まれ、同月、私的ご旅行として、
皇后さまとご一緒に福島県をご訪問になりました。折からの大雨による被害が発生したため、お出
ましにより被災地域に必要な対応に遺漏が生ずることを案じられ、伊達市の桃生産農家をご訪問する
ご予定はお取りやめになりましたが、福島市のご宿泊所に生産農家や関係者をお招きして生産や除染
活動の状況等をお聴きになり、一緒に桃を召し上がりました。この前日には川俣町及び居住制限区域
の指定を受けた飯舘村をご訪問になり、同村の小学校合同仮設校舎や地元企業にお立ち寄りになって
被災地の状況をお聴きになりました。
このほか陛下は、皇后さまとご一緒に5月には全国植樹祭ご臨場のため鳥取県を、6月には野口英世
アフリカ賞授賞式等にご臨席のため神奈川県横浜市を、世界生物学的精神医学会国際会議開会式
ご臨席等のため京都府と大阪府を、8月にはサイトウ・キネン・フェスティバル松本ご鑑賞のため
長野県松本市を、10月には全国豊かな海づくり大会ご臨席のため熊本県をご訪問になりました。
熊本県行幸啓の折には、国立療養所菊池恵楓園をご訪問になり、ハンセン病の入所者を見舞われ、
納骨堂に供花されました。ハンセン病の療養所は全国に14か所ありますが、両陛下はこれまでに12
か所の療養所を訪問されています。船を港に接岸することができなかった香川県高松市大島の国立
療養所大島青松園の皆さんとは、県庁近くの施設でお会いになりました。
また水俣市では、水俣病慰霊の碑をお参りになり供花されたほか、水俣病資料館で語り部の話をお聴
きになり、県の施設で胎児性水俣病患者の方にお会いになりました。
このほか両陛下は、今年からご自身でご訪問の場所と時期をお決めになって、地方にお出ましになる
私的ご旅行を始められました。
昭和天皇と香淳皇后も、昭和天皇が満79歳をお迎えになったときにお始めになっています。
7月の福島県ご訪問に先立つ4月、長野県千曲市のあんずの里スケッチパークをご訪問になりました。
都内及び近郊への公的なお出ましは、国会開会式、全国戦没者追悼式、恒例となっている日本国際賞
日本芸術院賞、日本学士院賞等の授賞式や各種周年記念式典等へのご臨席など58回を数えました。
特に、今年は国民体育大会の開催地が東京都であったことから、その開会式や役員懇談会(レセプ
ション)にご臨席になったほか、ハンドボール競技を武蔵村山市で、ボクシング競技を日野市でご覧
になりました。また例年は秋に国体にご臨席になるため、時期的にご覧になることができなかった
水泳競技や皇太子殿下に引き継がれた障害者スポーツ大会の水泳競技も、開催地が東京都であること
から久しぶりにご覧になりました。
両陛下は昭和40年から始まった、全国身体障害者スポーツ大会が開催されるきっかけをお作りになり
ましたが、平成2年に皇太子殿下にお引き継ぎになるまで、昭和天皇がご不例のため東京を離れること
ができなかった昭和63年を除き、毎年、開会式にご臨席になり殆ど全ての競技をご覧になって障害者
スポーツを支援されてこられました。
御用邸へは、葉山御用邸に3回、須崎御用邸と那須御用邸に各1回お出ましになりました。
このうち6月の葉山御用邸は、皇后さまがご体力の低下等により大事をとって御所で静養されることと
なったため、お一方でお出ましになりました。須崎御用邸ご滞在中は、皇后さまとご一緒にみかん農家
を訪問されたほか、下田市魚市場で水揚げをご覧になり、伊豆漁業協同組合長やこの地域に避難中の
東日本大震災被災漁業者らとご懇談になりました。
那須御用邸ご滞在中は、両陛下は例年どおり農家を訪問されたほか、陛下のお考えからご即位20年の
機会に御用邸用地の一部を宮内庁から環境省に移管して整備された「那須平成の森」を散策され居合
わせた来訪者と歓談されました。
8月下旬は、長野県軽井沢町、群馬県草津町でお過ごしになりました。
宮中祭祀については、恒例の祭祀等に26回お出ましになりました。
このうち新嘗祭は昨年同様、「夕の儀」、「暁の儀」ともにお出ましの時間を短縮され、儀式の半ば
より出御されました。
伊勢神宮の式年遷宮に際しては、神嘉殿で遙拝の儀を催され、皇大神宮及び豊受とようけ大神宮を
ご遙拝になりました。なお、天長祭、歳旦祭及びインド国ご訪問に際しての賢所皇霊殿神殿に謁する
の儀は、ご代拝となりました。
陛下は今年も例年どおり、皇居内生物学研究所の一画で種籾たねもみのお手まき、お田植えをなさり
お手刈りをなさいました。また、陸稲と粟あわをお子様及びお孫様方とご一緒に種をまかれ、刈り取
られました。粟あわは新嘗祭の折にお手刈りになった水稲とともにその一部をお供えになりました。
また神嘗祭に際しては、お手植えになった根付きの稲を神宮にお供えになりました。
ご研究については、陛下は「日本産魚類検索-全種の同定」の第三版の改訂作業に向け、皇居内の
生物学研究所で編集者である京都大学教授及び生物学研究所の職員らとハゼ類の項目についての
ご検討を進めてこられましたが、今年、第三版が上梓されるに至り、その祝賀会にご出席になりまし
た。平成5年(1993年)に出版された「日本産魚類検索-全種の同定 初版」では342種、この度の
同第三版では518種となり、初版から176種が追加されました。
国立科学博物館本館で開催された魚類分類研究会にも6回ご出席になりました。
また、国立科学博物館で開催されました「魚類の系統と多様性に関する国際シンポジウム懇親会」に
ご出席になり、国内外の研究者とご懇談になりました。
皇居に棲せい息するタヌキの食性についてのご研究も継続されています。
陛下は、本年1月に宮内庁病院及び東京大学医学部附属病院においてお受けになった定期ご検査の
結果、お身体からだの状況はおおむねお健やかであられ、当面ご日程の変更をお願いする必要はない
とされた一方で、ご高齢であられること、また前立腺がんご手術を契機に行われてきたホルモン療法
に起因する骨粗鬆症に進行が認められること等から、適度なご運動を続けていただくとともにご生活
面で過度な負荷が掛かることはお避けいただくこと等が今後の課題として挙げられました。
このため毎朝、皇后さまと御所のお庭を散策されているほか、週末等に短時間ながらテニスをされて
います。また日曜日には、マイカーを運転されて皇居東御苑にお出いでになり、雑木林を散策して池
の鯉に餌をお与えになったり、陛下のご発案で、平成20年に整備された果樹古品種園をご覧になった
り、天守台に上られたりしておられます。
そのほか、お時間がおありのときは読書をされたり、チェロを弾かれたりしています。

傘寿をお迎えになったことを契機に、宮内庁としては、お年にふさわしいお過ごしをしていただける
ようお務めのない日を増やしたり、行事の進め方やご日程の組み方を見直すなどしてまいりたいと考
えています。
12月23日のお誕生日当日は、午前中は御所で侍従職職員から祝賀をお受けになった後、宮殿で皇族
方を始め宮内庁職員等による祝賀を5回にわたりお受けになります。
また、この間に3回にわたり長和殿ベランダに立たれて国民の参賀にお応えになります。
午後からは、内閣総理大臣、衆・参両院議長,最高裁判所長官の祝賀をお受けになった後、皇族方も
お加わりになって、三権の長、閣僚、各界の代表等との祝宴に臨まれます。その後、外交団を招かれ
ての茶会、元側近奉仕者等との茶会、次いでご進講者等との茶会に臨まれます。
夕刻には、敬宮さま始め未成年の内親王、親王殿下方のご挨拶をお受けになり、夜には、お子様方ご
夫妻とお祝御膳を囲まれます。






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本日は『天長節』

本日は『天長節』(天皇誕生日)です。
この佳き日に当り、日本国民として心より慶祝を申し上げるとともに、天皇陛下の御健康、御長寿、
御皇室の弥栄を祈念申し上げます。

                 菊のご紋

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~2013年12月23日 読売新聞より~
みなの幸せ願って…天皇陛下誕生日祝い一般参賀
陛下は、皇后さまと皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻とご夫妻の長女眞子さまとともに、午前中に3回
宮殿のベランダに立たれた。
陛下は大勢の参賀者を前に「喜ばしいこと、心の痛むこと、様々なことのあった一年でした」と振り
返り、「大きな台風が大島を襲い、少なからぬ地方が風水害の被害に苦しみました」と被災者を
気遣われた。東日本大震災の復興がいまだ途上にあることにも触れ、「私どもはこれからも被災者
のことを思いつつ、国民みなの幸せを願って過ごしていくつもりです」と述べられた。

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~2013年12月23日 産経ニュースより~
「被災者のことを思い、国民みなの幸せ願う」 皇居で一般参賀
天皇陛下の80歳の傘寿のお誕生日を祝う一般参賀が23日、皇居で行われた。
陛下は、皇后さまや皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻と長女の眞子さまとともに宮殿・長和殿のベランダ
に立ち、にこやかに手を振って、集まった人々にお元気な様子を見せられた。
大勢の人々が日の丸の小旗を振るなどして祝福するなか、陛下はマイクを通じてあいさつされた。
東日本大震災や土石流が起きた伊豆大島の台風被害などに触れた上で、「これからも被災者のこと
を思いつつ、国民みなの幸せを願って、過ごしていくつもりです。来る年がみなさんにとり、良い年
であるよう祈っています。ありがとう」と述べられた。
午前中には、宮殿で皇太子ご夫妻をはじめとする皇族方や、宮内庁職員らからの祝賀もお受けに。
午後には安倍晋三首相ら三権の長らによる祝宴や、各国の大使を招いた茶会などがあり、夜まで
多くの祝賀行事に出席される。
夕方には未成年のお孫さまの敬宮愛子さま、佳子さま、悠仁さまが御所を訪れ、お祝いのあいさつを
される予定。

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2013年12月23日 読売新聞 【社説】
天皇陛下80歳 公務の負担軽減を検討したい
天皇陛下が80歳の誕生日を迎えられた。お元気で過ごされていることを心から喜びたい。
陛下は昨年2月に心臓の冠動脈のバイパス手術を受け、順調に回復された。現在は手術前と同じ
ペースで公務に取り組まれている。
誕生日前の記者会見で、陛下は「年齢による制約を受け入れつつ、できる限り役割を果たしていき
たい」と述べられている。公務については「しばらくはこのままでいきたい」と語り、健康上の理由
による公務の軽減には否定的な考えを示された。
国民の幸せを祈り、国民と共に歩み続けることに強い使命感をお持ちだからだろう。
今年も、陛下は皇后さまと共に東日本大震災の被災地や熊本県水俣市などを訪ねられた。
先日、インドを公式訪問された際も、過密な日程をこなされた。
陛下にお元気で公務を続けられてほしいと願う国民も多いことだろう。そうであればこそ、ご負担が
過重になってはなるまい。宮内庁は、公務時間のより一層の短縮や、皇太子さまや秋篠宮さまへの
一部公務の引き継ぎも、検討していくべきだろう。
常に国民を思いやる陛下の姿勢は、自らの葬儀や御陵に関する考え方にも表れている。
宮内庁は11月、江戸時代から続いてきた土葬を火葬に変更し、御陵は規模を縮小する方針を明ら
かにした。御陵の整備や葬儀にあたって、国民に負担をかけてはならないという天皇、皇后両陛下の
お考えを踏まえたものだ。
伝統を守りつつも、時代に即した皇室のあり方を模索し続ける陛下らしいご決断と言えよう。
今回の記者会見では、皇室と政治の関係について質問が出た。
高円宮妃久子さまが、2020年東京五輪・パラリンピックの開催を決めた9月の国際オリンピック
委員会(IOC)総会に出席されたことに関し、一部メディアなどが問題視していた。
陛下は、判断の難しい場合、「宮内庁長官や参与の意見を聴くことにしています」と答えられた。
天皇は「国政に関する権能を有しない」とする憲法4条を順守し、自らを律するというお立場を改め
て強調されたのだろう。
久子さまは、IOC総会で大震災への各国の支援などに謝辞を述べただけで、東京招致への直接的な
言及は避けられた。「皇室の政治利用」に当たるはずがない。
この問題でこれ以上、陛下の心を煩わせてはならない。
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平成25年12月23日 産経新聞 【産経抄】
長寿社会のお手本
作家の阿川弘之さん(92)が、かつての海軍の関係者の集まりに出たとき、ある老翁から聞いた話だ。
「長生きするには、自分がストレスを受けてはいけません。人にストレスを与へつづけることです」。
「昭和の妖怪」と言われた故岸信介元首相の「長生きの秘訣」もよく知られている。そのひとつが、
「義理を欠け」だ。

▼天皇陛下がきょう80歳の誕生日を迎えられた。陛下には、どちらの「長生きの秘訣」も無縁である。
 「被災者のこれからの苦難の日々を、私たち皆がさまざまな形で少しでも多く分かち合っていくこ
 とが大切であろうと思います」。
▼東日本大震災の発生後まもなく、ビデオメッセージのなかで述べられている。
 国民の身の上に大きな災いが降りかかるたびに、わがこととして心を痛められる。
 これほど大きなストレスを他に知らない。
▼「義理」とは違うが、ご公務を欠かされることは一切ない。
 小紙の皇室ウイークリー欄に目を通すだけでも、天皇、皇后両陛下のご多忙ぶりに驚いてしまう。
 しかも宮内庁担当の記者によると、報道されないどころか、記者にも公開されない皇居内の行事も
 数多い。
▼これまで何度も、陛下のご負担軽減が課題となってきた。 もっとも公務を減らせば陛下はそれも
 ストレスと感じられる、との懸念が宮内庁関係者にあるそうだ。
 大きな手術も経験された。それでもなお激務をこなされる「秘訣」は何だろう。
▼どうやら、皇后さまとの皇居内のご散策と、公務のない日のテニスが、ストレス解消に役立っている
 ようだ。この夏にはお二人が初めて出会った軽井沢のコートで、ペアを組んでプレーを楽しまれた
 と聞く。いつまでも、長寿社会のお手本でいらしていただきたい。

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~2013年12月23日 読売新聞より~
天皇陛下、がんとの闘い続く
昨年2月の心臓バイパス手術後、懸命のリハビリで回復、多忙な公務の日々に戻られた天皇陛下。
だが、がんとの闘いは、10年以上にわたり続いている。
陛下は2003年1月、前立腺がんの摘出手術を受けられたが、その後、腫瘍マーカー(PSA=前立腺
特異抗原)の値が微増。04年7月から、がんの再発を抑えるホルモン療法が始まった。
「がんを告知されても全く動じず、すぐに手術を決断された」。そう振り返るのは、当時医療チーム
を率いた北村唯一・元東大教授と垣添忠生・元国立がんセンター総長。
両氏によると、陛下は手術を前に「特別視せず、通常の形式でやってほしい」と希望、検査結果や
術後の経過を国民に正確に発表するよう求められた。
「ご自身の体は、国民のものというお考えなのだろう」と垣添氏は語る。
科学者である陛下は、医師団に科学的な説明を求め、ホルモン療法の開始についてもPSAの値の推移
を見ながら、ご自身の考えも交え判断されたという。
陛下は、同療法の副作用のため骨粗しょう症の進行が見られ、散策やテニスなどの運動療法が欠かせ
ない。
傘寿を迎え、宮内庁幹部は「公務のない日を増やすなど日程を見直したい」と話すが公務を大切に
される陛下の意向もあり、明確な策は打ち出せていない。
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~2013年12月23日 産経ニュースより~
傘寿 避けられぬご負担軽減
天皇陛下が、歴代天皇3位の長寿となる80歳を迎えられた。
現代の皇室に譲位という制度がない以上、ご高齢である陛下の公務のご負担を軽減していくことは
避けられない課題だ。
陛下はこの1年も連日のようにご日程をこなし、11~12月にはインド訪問も果たされた。
だが平成15年にがんのため前立腺の全摘出手術を、24年には心臓手術を受けるなど、健康上の危機
を何度も乗り越えられた過去がある。
がん治療でのホルモン療法の副作用で骨粗鬆症となる恐れもあるため、テニスや散歩などの運動に
努められている。
宮内庁は21年、在位20年を機にご負担軽減策をまとめ、式典でのお言葉を原則として控えるほか、
お出まし時間の短縮といった方策を示した。各行事の回数を70代半ば時点の昭和天皇と比べると、
陛下は大使の拝謁が約4.6倍、都内や地方へのご訪問は約2.3倍も多くなっていたからだ。
ただ、ご自身は昨年のお誕生日会見で「負担の軽減は公的行事の場合、公平の原則を踏まえてしな
ければならないので、十分に考えてしなくてはいけません」との考えを示されている。
今年の会見でも昨年に続いて、「今のところしばらくはこのままでいきたい」と言及された。
宮中祭祀の継続についても強い意志をお持ちだ。 夜と未明のお出ましがある新嘗祭について、
昭和天皇は69歳から未明分を取りやめたが、陛下は時間を短縮されたのみ。
祭祀に携わる関係者は「伝統を守るという気力でカバーされているのでは」と気遣う。
宮内庁は、お務めのない日を増やすなど日程の組み方の見直しなどを検討しているものの、側近は
「そもそも80歳の方がされる仕事量ではない。何とかしなければ」と話しており、ご負担軽減は喫緊
の課題だ。

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■前侍従長・渡辺允さんインタビュー
 「『無私』が陛下のなさっていることの本質」
天皇陛下を最初にお見かけしたのは昭和18年、私が学習院初等科1年で、陛下が4年生の時でした。
校庭で、休み時間か何かに陛下が友人と遊ばれているのを拝見した記憶があります。
「ああ、あの方が皇太子殿下なんだな」と。
初めてお目にかかったといえるのは、天皇、皇后両陛下が皇太子・同妃時代の昭和62年に外務省か
ら米国ご訪問に随行した時でした。昭和天皇のご手術があり、皇后さまのお母様、正田富美子さんも
ご病気中で、ご心配を抱えてのご旅行でしたが、まったく表面にお出しにならず、米国との関係づくり
に努められました。
訪米中に黒人の議員団から、ニューヨークのハーレムへいらしてほしいと要望がありました。
唐突なことでもあり、どうするべきか事務方では慎重論もあり、ご説明したら「それは行きましょう」
と即断された。そのときの決断力、ご判断は印象的でした。
陛下が主に取り組んでこられたのは、先の戦争の犠牲者の追悼、それから、災害の被災者、障害者、
高齢者など苦しみ、悲しみを持つ人を慰め、励まされることでしょう。
日本を代表して各国と友好親善に努められることもそうです。究極的にはそれが平和の基礎となるか
らです。
災害のお見舞いというと、東日本大震災などの大災害が報道されますが、その他に大雨や台風、土石
流などいろいろなことが毎日起きている。
陛下は、小さなものであっても、常に気にかけて報告を求められる。行方不明者があれば、ご静養など
を取り止めにされることも多々あります。
根底には、常に国民の幸せを願うとともに、憲法に定める「象徴」として身を持さなければならないと
いう思いがあられると思います。「無私」という言葉がありますが、全て国民のためにやっておられ
る、それがなさっていることの本質だと思う。
陛下は学者的なご性格で、「物事は正確でなければならない」とはっきりしておられるから、知らない
ことは「知りません」と申し上げていました。
ご自分も誠実に身を持しておられるだけに、いい加減なことや、不誠実なことはお嫌いですね。
陛下がおっしゃっていることですが「象徴」であるということはどういうことなのか、どうすれば良い
のかということを追い求めながら、今日まで来られた。誰かのやったことを倣えば良いのではなく、新
しいことが起これば、ご自分で決めなければならない状況にずっとおられた。
国、国民から、大げさにいえば世界から、何を求められているかを常に考えておられる。
一方で、宮中祭祀など、伝統を守るということはきちっとされている。ただ時代に流されるということ
はない。バランスの加減は大変難しいが、常に何をなさってもどこかから批判があるお立場であり、
戦後の難しい時代でもあった。陛下は、その中を切り開くようにして来られた。
皇太子時代から、「国と国民のために尽くす」という思いでここまでやってこられた。
国民のみなさんには、その重みをよく分かっていただきたい。お立場上なかなかおっしゃることはでき
ないが、何事にも陛下のお考えがあることが尊重されるべきだと思います。(談)

渡辺允(まこと)宮内庁参与
平成7年に宮内庁式部官長、平成8年から約10年半にわたって侍従長を務める。

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~2013年12月23日 毎日新聞より~
首相の国政報告「内奏」の写真初公開
宮内庁は天皇陛下80歳に合わせ、公私にわたる様子を伝える写真や映像を公表した。
中には、首相と皇居で面会する模様も含まれ、同庁は史上初めて公開する「内奏」の場面としている。
内奏は、首相や閣僚が皇居を訪れて国政などの報告・説明をする行為。法律上の定めはないが、戦後
も歴代内閣が続けている。皇室の政治関与を巡る議論につながりかねないため、内容は明かさないの
が不文律になっている。陛下の歩みを示すため公開されたもので、特定秘密保護法が国会提出された
10月25日に安倍晋三首相が皇居を訪れた際に撮影した。
他に、陛下が車を運転するシーンもあり、宮中祭祀に関する貴重な記録も多く含まれる。

「内奏」の場面
 「内奏」の場面

9月23日 秋季神殿祭の儀
 「秋季皇霊祭の儀・秋季神殿祭の儀」皇霊殿・神殿で13年9月23日

9月30日 伊勢神宮への使者の派遣の儀式
 伊勢神宮への使者の派遣の儀式=皇居・宮殿「竹の間」13年9月30日

11月 1日「新嘗祭」の「献穀」
 「新嘗祭」の「献穀」=皇居の賢所参集所で13年11月1日

11月23日「新嘗祭」の神嘉殿の儀(夕の儀)
 「新嘗祭」の神嘉殿の儀(夕の儀)13年11月23日






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西日本新聞は偏向記事がお好き

西日本新聞は「特定秘密保護法」成立後も、執拗に悪法のイメージを読者に植え付けようと、歪曲記事
を掲載し続けています。本日も『ニュース DE PON』という子供向けの欄において、「反対の声が多い
特定秘密保護法」という記事を載せています。曰く、「ノーベル賞学者の益川敏英氏が反対している」
「秘密にふれる民間人も色々と調べられる」「秘密を話させた人も罪になる、記者は逮捕される」など
と、とても悪い法律だという印象を、子供に与えるような内容に終始しています。
何という偏向記事だと、呆れてしまった。これを書いた記者は、本気でこんな馬鹿げたことを信じてい
るのだろうか?それとも、逮捕されるような不当な取材ばかりしているのだろうか・・・?
それに比べて、讀賣新聞が12月18日『時事わーど』という子供向け欄に載せていた記事は、偏よること
なく、誰にでも分かるような内容になっていました。
特定の思想や偏った考えによる意見だけではなく、賛否両論を披瀝したうえで、読者に判断材料を提供
するのが、公正な報道というものではないだろうか。

12月20日西日本01

(クリックして下さい)
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12月18日読売
「SAPIO 1月号」に業田良家氏の4コマ風刺漫画が載っていましたので紹介しておきます。
オチが「そうかも…」と納得です。
 SAPIO 1月号

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2013年12月20日 zakzak 【突破する日本】より
常軌を逸した朝日の報道 中身も根拠もなく「戦中に戻すな」
特定秘密保護法反対のメディアの代表は全国紙では朝日新聞だ。
同法が国会で成立した12月6日前後の紙面は、一言で言えば「常軌を逸していた」というしかない。
翌7日の朝刊は1面が「秘密保護法が成立」の白抜き横の大見出し、2面も「数の力 強行採決」の
白抜き横見出しだった。
第1社会面は「反対あきらめぬ」の白抜き横大見出しに「『廃止する活動始めよう』」の縦見出し。
「怒り 列島包む」として全国5カ所の反対運動の写真を掲載している。どう見ても大勢集まったよう
には思えない。
第2社会面に至っては「戦中に戻すな」の白抜き横大見出しに、「『国民同士監視 怖いんだ』」の
縦見出しといった構成だ。
連日、特定秘密保護法反対の大キャンペーンで、紙面の至るところで反対の論陣を張る。
が、言葉の威勢はよいが、中身はない。
3日付朝刊は「秘密漏らせば民間人も処罰」としてシミュレーションをしている。民間会社が防衛省か
ら過去の紙ベースの記録を電子化しデータベースにしてほしいとの依頼を受けた。厳重な守秘義務を
課せられ、記録一式は「特定秘密」に当たると告げられている。
担当したシステムエンジニアは航空機マニアで、資料の中に研究開発中の航空機の設計図や性能試
験の詳細があるのを見て、航空機マニアの会合でその内容をつい口を滑らせてしまった。
そして、仲間の1人がその秘密情報をブログに書いてネット上で瞬く間に拡散。
防衛省が気づき、そのシステムエンジニアが処罰されるという内容だ。
言うまでもないが、これは、現行法でも処罰されるような案件だ。明らかに守秘義務違反だからだ。
が、朝日は特定秘密保護法ができれば、「民間人も処罰の対象になる」と煽る。
このようなシステムエンジニアがいるような民間企業に防衛省は仕事を発注できない。また、守秘義務
を守らない企業と取引のある防衛省に、米国防総省は情報を提供できない。当たり前ではないか。
6日付朝刊も「規制の鎖 あなたにも」と見出しの下に「懲役10年民間人でも厳罰」として、次のような
ケースが紹介されている。
「防衛産業」の研究員が大学の同窓生に北朝鮮のミサイル情報を酒を飲んだ席で漏らし、同窓生が
ブログで書き、他の防衛マニアが分析してネットで拡散した結果、研究員と同窓生が捜査機関に事情
聴取されるというものだ。これも現行法でもアウトの案件だ。 言葉は踊るが中身に根拠はない。

(八木秀次:高崎経済大学教授、教育再生実行会議委員)

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2013年12月20日 JBpressより

~「マット安川のずばり勝負」2013年12月13日放送~

マット安川:ゲストに平沢勝栄さんを迎え、安倍政権の1年を総括しました。また話題の秘密保護法案
について、警察官僚時代の経験をお話いただくとともに、メディア報道への指摘もいただきました。

◆特定秘密保護法案、常軌を逸したマスコミの批判報道
今回の特定秘密保護法案について、マスコミがこれほど誤解に基づいて、また、これだけひどい政府
攻撃をやるというのは、ちょっと例を見ないものでした。
例えば、治安維持法と同じだとか、ものが言えなくなるとか、一般市民が井戸端会議で話していてすぐ
に逮捕されるとか、秘密の範囲がどんどん拡大されて、なんでも秘密になってしまうとか、バカなこと
を次から次に報道していました。

そんなことあり得ませんよ。よくまあこれだけ想像をめぐらせてウソ、デタラメ、インチキを報道でき
るもんだなと思うくらい酷かったですね。

今回ノーベル賞学者などが反対していましたが、その分野では一流かもしれませんが、特定秘密保護
法案のことをどこまで知っているんですかと、法律を全部読んだんですかと言いたくなりますね。

根拠があるならいいですけど、誰かから言われたのかまたはマスコミ報道だけを見ているんでしょう。
マスコミ報道だけ見ていたら、誰でも反対しますよ。私でも反対すると思いますよ。

審議時間が足らなかったという点については、4党(自民党、公明党、みんなの党、日本維新の会)で
修正案を作って合意しているわけです。その法案が最後までゴタゴタしてしまったというのは、本当に
残念だなと思っています。

それは政府として説明不足だったということもあり、お詫びしなければいけないと思います。
私は審議をもう少しやってもよかったかなと思いますが、それなりにステップは踏んだと考えています。

そうやってマスコミが異常な形で法案を叩き、政府を叩いたにもかかわらず、自民党支持率はそんなに

下がっていません。内閣支持率は10%ほど下がりましたけど、その程度でよくとどまったなと私は思っ
ています。国民のみなさんは冷静だし賢明だなと思います。

◆過去に大反対された通信傍受法、防犯カメラ、PKOなどと同じこと
今回の報道を見て思い出したんですけど、1999年に通信傍受法という法律が成立しました。
これは特定の犯罪について、裁判所の許可の下で、電話の傍受が当局に認められるというものです。

この時も私は、これは絶対に必要な法律だと主張したんですが、特に日弁連などが国民の人権が侵害
される、通信の自由が侵されるなどと言ってものすごく反対した。
ところが、法が施行されて13年経ちましたけれど、いま言われているのは、この法律が、国民の通信の
自由を侵害しているということではなくて、使い勝手が悪いからもっと拡大しようということが議論さ
れているんです。

ではあの時、日弁連などがあれだけ大騒ぎして反対したのは何だったのかと。

また、防犯カメラが導入された時に、日弁連などはどれだけ反対したか。プライバシーがなくなる、
撮られた映像が何に使われるか分からないと強く反対した。いまはどう思っているのか。
あるいは、PKO(国連平和維持活動)法の時も、日本が戦争に巻き込まれる、戦争への道だということ
で猛反対された。実際にはそんなことはなかった。
私は今回の特定秘密保護法もまったく同じだと思います。

◆特定秘密保護法は外国情報機関との関係構築で絶対必要な法律
あらためて確認しておきたいんですが、特定秘密保護法というのはどの国も持っている法律で、日本も
絶対に持っていなければならないんです。

私は役人の時代、イスラエルの情報機関モサドやイギリスのSIS、アメリカのCIAなどの情報機関と頻繁
に接触していました。特にモサドと接触するためにイスラエルに何回行ったか分かりません。
なぜなら当時、日本赤軍が世界中でテロをやって暴れていたからです。日本赤軍はアラブ、パレスチナ
と関係が深く、日本独自では情報収集できないため、モサドに何度もお願いに行ったんです。
実際、モサドは日本赤軍の情報を持っていました。だけどなかなかその情報をくれないんです。
理由は2つあります。1つは、日本からくれる情報はあるのかと、ないのならばカネをくれと。
自分たちも苦労して取った情報をタダではあげられないというわけです。
もう1つは、日本は情報を渡した時に、きちんとした保全体制ができているかどうかということです。
相手からすれば、命懸けで情報を取っているわけで、渡した情報がきちんと保全されるのか否かは極め
て重要なことです。簡単に漏らされたらたまったもんじゃないですから。だから保全体制を非常に気に
する。最終的にモサドも情報をくれ、それによって日本赤軍を追い詰めることができたわけです。

外国の情報機関との関係は極めて大事です。これはイスラエルだけではなく、アメリカなどどこの国も
同じです。ですから保全体制はつくらなければならない。

もちろん、それによって国民の人権を侵害したり報道の自由が侵害されることがないように、それは
しっかりやらなければなりません。
ただ前提として、こういう法律が必要だということは共通の認識を持たなければならないと思います。

◆情報を漏洩した国会議員を処罰するため、国会法改正を検討
特定秘密の指定が恣意的に行われないように、また罰則が恣意的にかけられないようにするために、
第三者機関をつくらなければいけませんが、その1つが国会です。そこで政府と国会の関係をどうする
のかということで、これから国会法を改正してつくろうと各党間で話し合いを進めているところです。

というのは、国会が政府に対して情報を出せと言って、情報を出すとします。
ところが、その情報を国会議員がベラベラしゃべったら機密ではなくなってしまうわけです。

国会議員は国会の中で話したことについて責任は問われないと憲法の規定に書かれており、これとの
整合性をどうするのかという問題があります。ですから、政府が国会に出した情報について、国会議員
はそれを守る義務を課そうと。

それは憲法に違反しない形で、義務を課そうということで、そのためのシステムをつくる検討を進めて
います。欧米諸国の政府と議会の関係などを勉強して、それに倣った形でつくろうと検討しています。
今回、法律はできましたが施行するのは最大1年後ですから、その間に、ご心配のないようにしっかり
としたシステムを、私たちはつくっていかなければならないと思っています。
(以下、略)

(平沢 勝栄衆議院議員/自由民主党副幹事長、衆議院内閣委員会理事)




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