筑紫の国の片隅で…

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天皇・皇后両陛下、熊本県行幸啓

天皇、皇后両陛下におかせられましては10月26~28日、「第33回全国豊かな海づくり大会」ご親覧
などのため熊本県へ行幸啓あそばされた。
26日は国立ハンセン病療養所「菊池恵楓園」(合志市)を訪ねあそばされ、入所者と懇談あそばされた。
27日は「水俣病慰霊の碑」に供花、症状の重い患者と懇談あそばされた。
また、市立水俣病資料館を訪ねあそばされ、語り部の患者からも話しを聞かれあそばされた。

 

 

 

皇室がハンセン病患者に心を配られてきた歴史は、古くは奈良時代、聖武天皇の后・光明皇后
がハンセン病の救済施設として「悲田院」や「施薬院」を建設されたのが始まりと言われている。
それは明治、大正時代にも受け継がれ、昭憲皇太后陛下、貞明皇后陛下もハンセン病の救済に
大いにご尽力された。貞明皇后陛下はその救済に心血を注がれ、皇后はご自身の誕生日である
6月25日を『ハンセン病予防の日』とされ、差別や偏見のない社会を作るために積極的にご活動
になり、これが皇室と福祉のかかわりの礎となりました。
現在、国立療養所は全国に13ヶ所、民間施設が2ヶ所に約1,500名、平均年齢80.9歳の方々が
生活を続けています。
全国の療養所には、天皇・皇后両陛下をはじめ、皇室の方々が慰問された折の記念植樹の木々
が、たくましく成長しています。
皇后陛下もその伝統を引き継がれ、今回を含め12か所のハンセン病療養所をお訪ねになり、
一人ひとりの手を握られ、激励と慰問の旅を続けておられる。
(ブログ「美し国」より抜粋)

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水俣市議会議員の谷口氏が天皇、皇后両陛下の水俣市行幸啓の様子を、ご自身のFBの載せて
おられましたので、以下に紹介しておきます。

 

~10月28日の谷口 明弘氏FBより~
昨日の出来事は、生涯忘れることはないだろう。
今上天皇、皇后両陛下の水俣市行幸啓は初めてのこと。
私は市議会議員の一人として新水俣駅の構内で両陛下をお出迎えする栄誉を与えて頂いた。
自家用車の使用は制限されとおり市役所のマイクロバスで駅に向かったが沿道には、早くから
多くの市民の皆さんが日の丸の小旗を持たれて並んでおられた。
駅に到着すると、普段は閑散としたバスやタクシー乗り場の前にも多くの方々が小旗を持たれて
両陛下の御到着を今か今かと待たれている様子であった。
御到着予定40分前に構内にて議員の立ち位置と注意事項の説明があり、後は両陛下の御到着
を待つばかり。警備の警察官、駅の職員そこに居る誰もが唯ならぬ緊張の面持ちである。
御到着数分前には白バイに先導されてナンバーの代わりに菊の御紋の付いた御料車も到着。
奉迎の準備が整った。11時58分に特別列車が到着。その瞬間が来た。
静かにエレベーターの扉が開く、と両陛下のお姿があった。私からはまだ15メートル程の距離が
あったが明らかにそこだけ空気が違って、緊張感の中にもなんとも慈愛に満ち溢れた穏やかな
空間に包まれている。それはオーラなどと言うものとは次元の違う気品高い『気』が漂っていた。
初めに蒲島知事らにご挨拶をされ、いよいよ私たちの前にゆっくり近づいていらっしゃった。
議員一人一人の前で立ち止まられては、優しく慈悲深い眼差しをかけていただく、その距離僅か
1メートル。私の目の前にいらっしゃるのは紛れもなく天皇陛下。言い知れぬ幸福感に包まれた。
駅の構内をお出になられた両陛下は、歓迎する多くの人々に何度もお手を振られる。
すると自然発生的に『天皇陛下万歳!』の掛け声と共に万歳の輪が広がった。天皇皇后両陛下は
それに応えるようになかなか御料車には乗り込まれずにお手を振られていらっしゃる。
そのお姿に私は胸に熱いものが込み上げてきた。
沿道約3キロにも多くの市民が日の丸の小旗を振り歓迎の意を表していた。
昨夜からのニュースや新聞では、水俣病慰霊の碑に白菊の花束を献花されるお姿や語り部の会
のかたとの懇談のご様子がメインで報道されている。
その席で語られたという「本当にさまざまな思いを込めて、この年まで過ごしていらしたということ
に深く思いを致します。今後の日本が正しくあることができる社会になっていけばと願っています」
などと異例の長い感想を述べられたそうだ。
放流会場となったエコパーク水俣は風も無く、雲一つ無い青空。これ以上ないコンディションに
関係者をはじめ市民誰もが安堵したものか。
碧くキラキラと輝く水俣の海は、両陛下の目にどう映っただろうか?
多くのお付きの方々や大会関係者、警察関係者にはどう映っただろうか?
水俣病の症状に苦しんでこられた患者さんへの想いはもちろんだが、患者さんへの補償を行いな
がら今だに本市の経済活動や雇用のために全社をあげて取り組むJNC関係者、水俣に住む全て
の市民や水俣の海の再生のために、知恵と予算を割いてきた行政関係者への努力にも思いを馳
せるていただけたものと確信している。
テレビや新聞では伝えられない市民の奉迎の様子やどこの波止場よりも美しく蘇った水俣湾の姿
を皆さんにも知っていただきたい、そんな思いで今日は長文になってしまいました。

 

 

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~2013年10月28日 FNNnewsCH

 

 

~2013年10月26日 産経ニュース
両陛下、ハンセン病療養所で供花 入所者「心洗われた」
天皇、皇后両陛下は26日「第33回全国豊かな海づくり大会」臨席などのため熊本県を訪問された。
この日は国立ハンセン病療養所「菊池恵楓園」(合志市)を訪れ、1,288人の遺骨が安置される納骨堂
で供花、入所者と懇談された。恵楓園に到着した両陛下は、入所者を外界と隔てていたコンクリート製
の「隔離の壁」など、ハンセン病に関する資料をご覧になった。納骨堂の前では、深く礼をし、白菊の
花束をそれぞれ供えられた。
入所者との懇談では、「苦労もずいぶん多かったのではないですか」「これから寒くなるから気をつけ
てください」と声をかけられ、皇后さまが両膝をついて入所者の話に耳を傾けられる場面もあった。
両陛下は、これまでもハンセン病患者に心を寄せてこられた。全国にあるハンセン病療養所14カ所の
うち11カ所を訪ねられており、今回は12カ所目。
納骨堂前で両陛下をお迎えした自治会の志村康会長代行(80)は「心が洗われる気持ちがした。
(ご訪問は)社会がハンセン病の歴史への認識を深めるきっかけになる」と話した。

 

~2013年10月27日 産経ニュース
両陛下、水俣病患者の話お聞きに 慰霊碑にご供花
初めて水俣市を訪れた天皇、皇后両陛下は27日、水俣湾に臨む「水俣病慰霊の碑」に供花、症状の
重い患者と懇談された。
市立水俣病資料館では語り部の会の話に耳を傾けられ、陛下は「本当にお気持ち、察するに余りある
と思っています」と声を掛けられた。
両陛下は、患者で同資料館語り部の会の緒方正実会長(55)から、水俣病を周囲に隠していたことを
後悔し、患者認定を得た半生について聞かれた。
宮内庁によると、両陛下が公式の場で水俣病患者と会われたのは初めてという。
陛下は「やはり、真実に生きるということができる社会を、みんなで作っていきたいものだと改めて思い
ました」と述べた上で「今後の日本が、自分が正しくあることができる社会になっていく、そうなればと
思っています。みなが、その方に向かって進んでいけることを願っています」と、異例の長い感想を語ら
れた。

 

~2013年10月27日 読売新聞
両陛下、初の水俣訪問…「語り部」に異例の返礼
熊本県を訪問中の天皇、皇后両陛下は27日、初めて水俣市を訪れ、水俣病の「語り部」から苦難
の歴史を聞かれた。
陛下は「真実に生きることができる社会を、みんなで作っていきたいものだと改めて思いました」と、
1分近く異例の返礼をされた。「生きていて良かった」。病と長年闘い続けてきた患者や家族には、
穏やかな表情が広がった。
公式確認から57年、今も全面解決に至らない水俣病。両陛下は、水俣湾を埋め立てた公園内の
水俣病慰霊の碑」に白菊を手向け、深く一礼された。
近くの市立水俣病資料館では水俣病の歴史の説明を受け、陛下が「今はすっかり安全になった
のですね」と話された。
同館では、語り部活動をする患者や家族ら10人と面会し、患者の緒方正実さん(55)の体験談に
耳を傾けられた。
緒方さんは偏見や差別を恐れ、38歳まで水俣病であることを隠していた。
祖父が苦しみながら亡くなったことや妹も胎児性患者であることなどを話し、
水俣病から逃げ続ける自分に絶望したこともあった。正直に生きることがどれだけ大切か思い
知らされました」と語った。
両陛下はじっと聞き入り、陛下は切々と返礼をされた。

 

~2013年10月28日 産経ニュース
「今までで一番緊張したモン」 くまモンが両陛下をお出迎え

 

熊本県に滞在中の天皇、皇后両陛下は28日、県庁を訪れ、玄関ロビーで蒲島郁夫知事らとともに
県のPRキャラクター「くまモン」の出迎えを受けられた。くまモンは激しい動きの体操も披露。
皇后さまは「ありがとう。くまモンさん」と声を掛けられ、陛下も「ご苦労さま」と笑顔を浮かべてねぎら
われた。蒲島知事が国内外の各地で活躍する、くまモンの活動をパネルなどで紹介すると、皇后さま
は「くまモンは、お一人なの」とご質問。知事は「子供の夢を壊さないため、くまモンはくまモンです」と
苦笑いしながら答えた。県によると、くまモンは「今までで一番緊張したモン」とコメントしたという。
両陛下は同日夕、特別機で帰京される。

 

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~平成25年10月29日 産経新聞 【主張】
水俣ご訪問 両陛下のお気持ち真摯に
天皇、皇后両陛下は初めて訪れた熊本県水俣市で、重い水俣病患者と懇談された。
資料館では語り部の話を聞き、陛下は「真実に生きることができる社会をみんなでつくっていきたい」
と感想を述べられた。水俣市は「公害の原点」といわれるところだ。公害病患者が周囲の励ましに支え
られ、強く生きてほしいという陛下のお心がひしひしと伝わってくる。
お言葉は1分に及び「今後の日本が、自分が正しくあることができる社会になっていく」ことも願われた。
国民は、このお言葉を真摯に受け止めたい。
両陛下はこれに先立ち、同県合志(こうし)市のハンセン病療養所も訪れ、入所者と懇談された。
両陛下のハンセン病療養所ご訪問は、今回が12カ所目だ。ハンセン病患者に対する両陛下の並々なら
ぬお気持ちも、改めて痛感させられた。
これまで、両陛下は常に国民と苦難を分かち合ってこられた。
雲仙普賢岳噴火(平成3年)、北海道南西沖地震(5年)、阪神淡路大震災(7年)、新潟県中越地震(16年)
と大災害のたびに、お二人で被災地を慰問され、被災者一人一人に声をかけられた。
一昨年3月の東日本大震災の際は、7週連続で東北の被災地や首都圏の避難所を訪問された。
両陛下のお励ましに、被災者はもとより救援や復旧活動にあたる人々や国民が、どれだけ勇気づけられ
たか計り知れない。
今年7月も、両陛下は東電福島第1原発事故で「居住制限区域」になっている同県飯舘村に入り、村民
の雇用維持のため操業を続ける工場を視察された。
今月20日、皇后さまは79歳のお誕生日を迎えたが、台風26号による豪雨で多くの死者が出た伊豆大
島のことを気遣い、祝賀の宮殿行事をすべて取りやめられた。
宮内記者会の質問に対しても、「深く案じています」と答えられた。
皇后さまのお気遣いも、国民は忘れてはならない。
陛下は平成15年1月に前立腺がんの手術を受け、昨年2月にも心臓の手術を受けられた。
皇后さまも、左肩から上腕にかけて痛みを感じられている。以前よりご公務が減ったとはいえ、今も忙し
い毎日を送られている。
来月末には、インドご訪問に出発される。両陛下のご健康と国の安寧を心から祈りたい。

 

 

 


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外務省、竹島・尖閣の広報動画公開

佐藤外務報道官が本日の記者会見において、竹島や尖閣諸島をめぐる日本の立場を主張する広報
動画をYou Tubeで公開した意図について「我が国を取りまく情勢、領土を含めまして、国際社会の
正しい理解を得るという目的で広報を展開していくことは重要」「我が国政府としては、これは常日頃
やっていかなくてはいけない、我が国を取り巻く状況についての、より正しい理解の促進」と述べて
います。今まで、支那や南朝鮮に配慮ばかりしてか、まともな広報をやってこなかった外務省の弱腰
事なかれ主義が、今日の状況を招いたことを猛省したうえで、今後しっかりとやってもらいたいもの
であります。平成26年度予算概算要求で領土保全対策費10億円を計上したのですから、領土問題
のほか、慰安婦問題についても、歴史的事実に基づいた広報戦略を、大々的に展開してくれることを
願っております。

 

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外務省HPより>

竹島に関する動画
https://www.youtube.com/watch?v=TXg-NGVKuWI

 

◆パンフレット 竹島問題を理解するための10のポイント」 日本語版(PDF)

http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/pdfs/pmp_10issues.pdf

 

竹島問題
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/takeshima/index.html

 

 

 

 

尖閣諸島に関する動画
https://www.youtube.com/watch?v=t78GO7efdYM

 

日中関係(尖閣諸島をめぐる情勢)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/senkaku/index.html


 

 

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2013年10月23日 共同通信より
外務省竹島・尖閣で広報動画 国際社会へ発信、韓国は抗議
外務省は島根県・竹島や沖縄県・尖閣諸島をめぐる日本の立場を主張する広報動画を初めて作成し
16日から同省の公式ホームページ(HP)に載せた。
国際社会への発信力強化が狙いで、竹島については韓国が不法占拠したと説明している。
これに対し韓国外務省は23日、日本政府に抗議し即刻削除を要求する報道官論評を発表した。
佐藤地外務報道官は23日の記者会見で、韓国側の抗議に関し「わが国を取り巻く状況について正し
い理解を促進するためにやっている。こうした資料を使いながら引き続き丁寧に説明していきたい」

と述べた。
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平成25年10月23日(水曜日)
佐藤外務報道官会見記録 領土保全に関する発信資料

 

【香港フェニックステレビ:リー記者】
2点お伺いしたいと思います。外務省のホームページで釣魚島、日本のいわゆる尖閣の映像が公開
されましたが、まず一点目として、このタイミングで公開した狙いはどのようなことでしょうか。
そして二つ目、日本の尖閣に関する広報戦略はどのような感じになるのでしょうか。この発表された
資料を読ませていただきましたが、例えばここに書いてありますフライヤーやパンフレットの配布先は
どのようなところに配布されているのでしょうか。

 

【外務報道官】
まず外務省のホームページに、今ご質問にありましたように、この度、尖閣それから竹島につきまして
動画とそれからフライヤー、これが掲載になりました。これらにつきましては、我が国を取りまく情勢、
領土を含めまして、国際社会の正しい理解を得るという目的で広報を展開していくことは重要である
と考えております。
タイミングということでございましたが、これは実際には掲載が行われたのは先週の水曜日です。
なぜ今かということですが、資料ができたところで漸次ホームページに掲載するなどして、関心のある
方に見たり読んだりしてもらいたいですし、あるいはそういう方々が、何かの時に使う必要があれば使
っていただければと思っております。
二つ目の質問とも、そういう意味では関連しますが、今おっしゃったものは、今回はフライヤー1、1、
それから1分ちょっとの動画が1、1、掲載されたわけですが、今後、引き続きでき次第アップしていきた
いと考えているものがございまして、それらについて言及されたのだと思います。
それらはできましたところで・・・、実は、今回の2本も未だ日本語のみですけれども・・・、国際的にも
理解を促進することが重要という観点から、英語を含めまして今考えておりますのは仏語、スペイン
中国語、ロシア語、アラビア語、独語、伊語、ポルトガル語、韓国語このような言語でも見たり読んだり
出来るようにしたいと考えております。
配布先ということですが、あそこに掲載してありますので関心のある方はいつでも見られますし、そう
いう意味では特に限定的にというような趣旨はございません。
ただ研究者の方ですとか、仮に有用とお考えになる場合には、それを例えばセミナーとか会議とか、
あるいは懇談の場とか、そういうところで使っていただける場合もあるかと期待をしております。

 

【ブルームバーグ:レイノルズ記者】
竹島について日本政府が作ったビデオに対して、韓国政府が抗議をしましたけれど、この抗議に対し
てのご見解をお願いします。

 

【外務報道官】
掲載しましたのは先ほど申し上げましたように先週ですけれども、竹島の動画につきまして今のご質問
にあるように、韓国の外報部が、スポークスマン論評というものを発出したというように承知をしており
ます。先ほど別の質問で申し上げましたように、我が国政府としては、これは常日頃やっていかなくては
いけない、我が国を取り巻く状況についてのより正しい理解の促進、という観点でやっております。
竹島そのものについては繰り返しになってしまうので、皆さんも何回も聞かれていると思いますけれども
これは日本固有の領土である、というのが歴史的にも国際法上も明らかであると、引き続き政府として
こういう資料も使いながら、丁寧に説明していきたいと考えております。

 

【香港フェニックステレビ:リー記者】
同じような抗議は、現段階において中国政府からは届いているのでしょうか、あるいは何らかの形の
問い合わせはあるのでしょうか。

 

【外務報道官】 少なくとも私は承知しておりません。
 

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2013年10月23日 産経デジタルより
外務省公開の竹島映像に韓国抗議 「国際公報に乗り出した、容認できない」
外務省韓国による不法占拠を解説した「竹島に関する動画」をYou Tubeに投稿、公開した。
韓国政府は抗議した、と韓国メディアが伝えている。
聯合ニュースは23日、島根県隠岐の島町の竹島について、「韓国が不法占拠している」と説明する
内容の動画を日本外務省が投稿サイト「ユーチューブ」で公開したことに対し、韓国政府が同日まで
に日本側に抗議したと報じた。
動画は「みなさん、竹島をご存知ですか?」とのテロップで始まり、16日からサイトで見られるよう

になった。日本が領有権を持つとする根拠を解説している。
聯合ニュースによると、韓国政府は“挑発”とみなし、ソウルで日本側に「わが国固有の領土の独島
(竹島韓国名)についてゆがんだ歴史認識の下で不当な領有権主張を含む動画を制作し、国際的
な公報に乗り出したことは絶対に容認できない」と抗議。追加の措置をとるかも検討しているという。
一方で、韓国も13日に自国領だと主張する動画をインターネットで公開している。 (共同)
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2013年10月23日 聯合ニュースより
日本外務省公開の独島動画 「即効削除」要求=韓国

【ソウル聯合ニュース】韓国の外交部は23日、日本の外務省が独島の領有権を主張する動画を
インターネットで公開する「挑発」を行ってことについて、日本政府に強力に抗議し、即刻削除する
よう求めた。
外交部の朴俊勇(パク・ジュンヨン)東北アジア局長は同日午後、在韓日本大使館の倉井高志総括
公使を呼び、厳重に抗議するとともに遺憾を表明した。
朴局長は「われわれの固有の領土である独島に対し、日本政府が誤った歴史認識で不当な領有権
を主張する動画を制作し、国際(世界に)広報するのは決して容認できない」との立場を示し、口述書
(外交文書)を手渡した。
外交部はこれに先立ち、「われわれの領土である独島に対して荒唐無稽な主張をする動画を制作し、
インターネットに流布し、われわれの独島領有権を傷つけようとする日本政府に強力に抗議する」と
する論評を出した。その上で、「動画を直ちに削除するよう強く要求する」との論評を出した。
論評は「日本政府は歴史をないがしろにする時代錯誤的な挑発行為が韓日関係の進展を妨げる
重大な要因になる」と指摘。
「歴史的な誤りについて真摯に責任を取る姿勢を行動として見せた事例から教訓を得るべきだ」と
強調した。
また、「(韓国)政府は日本政府が無意味な独島領有権主張を断念するよう求める。独島に対する
われわれの領土主権を国際社会に明確に認識させる努力をさらに強化していく」とした。
日本の外務省は16日、「みなさん、竹島をご存知ですか?」とのテロップで始まる1分27秒の動画を
投稿サイト「ユーチューブ」で公開した。
動画には「17世紀に日本が領有権を確立し、1905年、閣議決定により竹島の領有を再確認した」と
する日本政府の一方的な主張が盛り込まれている。
動画は23日午後6時までに約16,700回再生されている。
日本政府のこうした動きは韓国が定めている「独島の日」(25日)を意識したものとみられる。
外交部は先月末、「ユーチューブ」に「大韓民国 独島」と題した動画を投稿し、今月に14日に最終版
を公開した。独島の動画を公開するのは初めてとなる。
動画の長さは12分23秒で、独島が歴史的・地理的に韓国固有の領土であることを説明し、日本の主張

に反論している。
外交部は日本語や国連公用語6カ国語を合わせた7言語で動画も制作し、年内に公開する予定だ。
 

 

 

 

 

 

本日は「地久節」 その弐 

本日、皇后陛下のお誕生日に際し、宮内庁より皇后陛下のお言葉が発表されました。

 

      

 

 皇后陛下お誕生日に際し(平成25年)

 

 

 

【 宮内記者会の質問に対する文書ご回答 】


〈問1〉
 東日本大震災は発生から2年半が過ぎましたが、なお課題は山積です。
一方で、皇族が出席されたIOC総会で2020年夏季五輪・パラリンピックの東京開催が決まるなど
明るい出来事がありました。
皇后さまにとってのこの1年、印象に残った出来事やご感想をお聞かせ下さい。

 

皇后陛下
この10月で、東日本大震災から既に2年7か月以上になりますが、避難者は今も28万人を超えており
被災された方々のその後の日々を案じています。
7月には、福島第一原発原子炉建屋の爆発の折、現場で指揮に当たった吉田元所長が亡くなりました。
その死を悼むとともに、今も作業現場で働く人々の安全を祈っています。
大震災とその後の日々が、次第に過去として遠ざかっていく中、どこまでも被災した地域の人々に寄り
添う気持ちを持ち続けなければと思っています。
今年は10月に入り、ようやく朝夕に涼しさを感じるようになりました。夏が異常に長く、暑く、又、

かつてなかった程の激しい豪雨や突風、日本ではこれまで稀な現象であった竜巻等が各地で発生し、

時に人命を奪い、人々の生活に予想もしなかった不便や損害をもたらすという悲しい出来事が相次いで

起こりました。

この回答を準備している今も、台風26号が北上し、伊豆大島に死者、行方不明者多数が出ており、深く

案じています。
世界の各地でも異常気象による災害が多く、この元にあるといわれている地球温暖化の問題を、今まで
にも増して強く認識させられた1年でした。
5月の憲法記念日をはさみ、今年は憲法をめぐり、例年に増して盛んな論議が取り交わされていたよう
に感じます。
主に新聞紙上でこうした論議に触れながら、かつて、あきる野市の五日市を訪れた時、郷土館で見せて
頂いた「五日市憲法草案」のことをしきりに思い出しておりました。
明治憲法の公布(明治22年)に先立ち,地域の小学校の教員、地主や農民が、寄り合い、討議を重ねて
書き上げた民間の憲法草案で、基本的人権の尊重や教育の自由の保障及び教育を受ける義務、法の下

の平等、更に言論の自由、信教の自由など、204条が書かれており、地方自治権等についても記され

ています。当時これに類する民間の憲法草案が、日本各地の少なくとも40数か所で作られていたと
聞きましたが、近代日本の黎明期に生きた人々の、政治参加への強い意欲や、自国の未来にかけた
熱い願いに触れ、深い感銘を覚えたことでした。
長い鎖国を経た19世紀末の日本で、市井の人々の間に既に育っていた民権意識を記録するものとして
世界でも珍しい文化遺産ではないかと思います。
オリンピック、パラリンピックの東京開催の決定は、当日早朝の中継放送で知りました。

関係者の大きな努力が報われ、東京が7年後の開催地と決まった今、その成功を心から願っています。
世界のあちこちで今年も内戦やテロにより、多くの人が生命を失い、又、傷つけられました。
取り分けアルジェリアで、武装勢力により「日揮」の関係者が殺害された事件は、大きな衝撃でした。
国内では戦後の復興期、成長期に造られた建造物の多くに老朽化が進んでいるということで、事故に
つながる可能性のあることを非常に心配しています。
この1年も多くの親しい方たちが亡くなりました。
阪神淡路大震災の時の日本看護協会会長・見藤隆子さん、暮しの手帖を創刊された大橋鎮子さん、
日本における女性の人権の尊重を新憲法に反映させたベアテ・ゴードンさん、映像の世界で大きな
貢献をされた高野悦子さん等、私の少し前を歩いておられた方々を失い、改めてその御生涯と、生き
抜かれた時代を思っています。
先の大戦中、イタリア戦線で片腕を失い、後、連邦議会上院議員として多くの米国人に敬愛された
日系人ダニエル・イノウエさんや、陛下とご一緒に沖縄につき沢山のお教えを頂いた外間守善さん、
芸術の世界に大きな業績を残された河竹登志夫さんや三善晃さんともお別れせねばなりませんでした。
この10月には、伊勢神宮で20年ぶりの御遷宮が行われました。
何年にもわたる関係者の計り知れぬ努力により、滞りなく遷御(せんぎょ)になり、悦ばしく有り難いこと
でございました。
御高齢にかかわらず、陛下の姉宮でいらっしゃる池田厚子様が、神宮祭主として前回に次ぐ2度目の
御奉仕を遊ばし、その許で長女の清子も、臨時祭主としてご一緒に務めさせて頂きました。
清子が祭主様をお支えするという、尊く大切なお役を果たすことが出来、今、深く安堵しております。

 

〈問2〉
今年、皇后さまはご体調が優れず、いくつかのご公務などをお取りやめになりました。
天皇陛下も今年80歳を迎えられます。両陛下の現在のご体調や健康管理、ご公務や宮中祭祀に関し
て、ご負担軽減が必要との意見について、どのようにお考えでしょうか。

 

皇后陛下
加齢と共に、四肢に痛みや痺れが出るようになり、今年、数回にわたり公務への出席を欠きました。
体調の不良を公にすることは、決して本意ではありませんが、欠席の理由を説明せねばならず、その
ため大勢の方に心配をかけることとなり心苦しく思っています。
健康管理については、医師の意見に従い、その時々に必要な検査を受けていますが、まだ投薬などの
治療を継続して受ける段階のものはなく、これからもしばらくは、今までとあまり変わりなく過ごして

いけるのではないでしょうか。
質問にあった宮中祭祀のことですが、最近は身体的な困難から、以前のように年間全てのお祀りに
出席することは出来なくなりました。
せめて年始の元始祭、昭和天皇、香淳皇后の例祭を始め、年間少なくとも5、6回のお参りは務めたい
と願っています。
明治天皇が「昔の手ぶり」を忘れないようにと、御製で仰せになっているように、昔ながらの所作に心を
込めることが、祭祀には大切ではないかと思い、だんだんと年をとっても、繰り返し大前に参らせて頂く
緊張感の中で、そうした所作を体が覚えていてほしい、という気持ちがあります。
前(さき)の御代からお受けしたものを、精一杯次の時代まで運ぶ者でありたいと願っています。

 

〈問3〉
皇太子妃雅子さまは11年ぶりに公式に外国をご訪問になりました。
また、悠仁さまの小学校入学をはじめ、お孫さまたちに節目となる出来事が相次ぎました。
ご家族と様々なご交流があると思いますが、皇室の一員として若い世代に期待されていることを
お聞かせください。

 

皇后陛下
皇太子妃がオランダ訪問を果たし、元気に帰国したことは、本当に喜ばしいことでした。その後も皇太子
と共に被災地を訪問したり式典に出席する等、よい状態が続いていることをうれしく思っています。
孫の世代も、それぞれ成長し、眞子は大学の最高学年に進み、今では、成年皇族としての務めも行って
います。こうした二つの立場を、緊張しながらも誠実に果たしている姿を、うれしく見守っています。
次女の佳子は大学生になり、今年は初めての一人での海外滞在も経験しました。
来年は二十歳(はたち)になり、皇室はまた一人、若々しい成年皇族を迎えます。
東宮では愛子が6年生になりました。背も随分伸び、もうじき私の背を超すでしょう。
チェロ奏者の一員として、皇太子と共にオーケストラに参加したり、今年の沼津の遠泳ではやや苦手で
あった水泳でも努力を重ね、自分の目標を達成したことをうれしく、又、いとおしく思いました。
悠仁は小学生になりました。草原を走り回る姿はまだとても幼く見えますが、年齢に応じた経験を重ね
その中で少しずつ、自分の立場を自覚していくようにという両親の願いの許で、今はのびのびと育てら
れています。
こうした若い世代の成長に期待すると共に、私にはご高齢の三笠宮同妃両殿下が、幾たびかの御不例の

折にも、その都度それを克服なさり、今もお健やかにお過ごしのことが本当に心強く、有り難いことに
思われます。これからも両殿下のご健康が長く保たれ、私どもや後に続く世代の生き方を見守って頂き
たいと願っています。

 

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《この1年のご動静》

 

皇后さまには、本日、満79歳のお誕生日をお迎えになりました。

昨年2月に、冠動脈バイパス手術をお受けになった天皇陛下のご様子を、その後も注意深くお見守り
になりながら、この1年も天皇陛下をお側そばでお支えになり、数多くのお務めを果たされました。
この間、4月から頸椎症性神経根症による、左の肩から上腕にかけての激しいお痛みが暫しばらく続き
ややご体力に低下が見られました。
皇后さまは、なるべく公務に影響が出ないようにとのお気持ちから、ご静養期間は最小限とされ、公務
を数回にわたりお休みになられただけでお務めをお続けになり、体調の回復に努められました。
現在は、ごく順調にお過ごしです。
この1年間、皇后さまとしてのお立場でお務めになったお仕事は、宮中祭祀と勤労奉仕団へのご会釈
を除き339件ありました。
一昨年3月に発生した東日本大震災に関しては、陛下と共に、今年3月に開催された東日本大震災2周

年追悼式に臨席されたほか、7月には岩手県遠野市、大船渡市、陸前高田市等を訪問され後方支援に

当たった関係者や応急仮設住宅に居住する被災者等をねぎらい励まされました。
また、私的ご旅行先として福島県飯舘村を訪問され、小学校の合同仮設校舎や地元企業にお立ち寄り
になって、被災地の状況をお聴きになったほか、伊達市の桃生産農家を励まされました。
さらに、東日本大震災の復興を支援する「千の音色でつなぐ絆」プロジェクトほか、各種チャリティー
コンサートにお出ましになり、その活動を支援されました。
地方行幸啓としては、このほかにも昨年11月に全国豊かな海づくり大会ご臨席のため沖縄県に、同年
12月に明治天皇百年式年のご参拝に併せて、京都府と岐阜県(同年9月の国民体育大会の際に予定され

ながら台風の接近によりご訪問になれなかった大垣市)に、今年5月には、全国植樹祭ご出席のため

鳥取県にお出ましになりました。
また、6月には野口英世アフリカ賞授賞式等にご臨席のため神奈川県横浜市を、世界生物学的精神
医学会国際会議開会式ご臨席等のため京都府と大阪府を、8月にはサイトウ・キネン・フェスティバル
松本ご鑑賞のため、長野県松本市をご訪問になりました。
このほか両陛下は、今年から都道府県知事等からの願い出によるものとは別に、ご自身で、ご訪問の
場所と時期をお決めになって、地方にお出ましになる私的ご旅行を始められました。
昭和天皇と香淳皇后も、昭和天皇が満79歳をお迎えになったときにお始めになっています。
4月には長野県千曲市のあんずの里スケッチパークをご訪問になり、7月には福島県福島市、川俣町
及び居住制限区域の指定を受けた飯舘村をご訪問になりました。
福島県では、当初のご計画では伊達市の桃生産農家をお訪ねになる予定でしたが、前夜からの大雨に
よる被害が発生したため、お出ましにより、警察や消防等の手を取り、被災地域に必要な対応に遺漏が
生ずることを案じられ、ご訪問をお取り止めになりました。
代わりに福島市のご宿泊所に生産農家や関係者をお招きになって、生産や除染活動の状況等をお聴き
になり、一緒に桃を召し上がりました。
地方へのお出ましはご静養のための御用邸等へのお出ましを除き、またいずれも陛下とご一緒の私的
ご旅行を含めて9府県18市7町3村に及びました。
都内へは、ご公務として陛下と共に42回お出ましになり、全国戦没者追悼式等の式典や国際生物学賞
等の授賞式へご臨席になったほか、各種の芸術や伝統文化等をご奨励になりました。
お一方では26回の行啓があり、全国赤十字大会、フローレンス・ナイチンゲール記章授与式、「日本

更生保護女性の集い」祝賀会等に臨席されたほか、東日本大震災復興支援関連行事に多数お出ましに
なりました。
なお両陛下は、これまで三多摩地区も含め、都内各地で催される行事等にお出ましになってこられまし
たが、5月に羽村市、この秋に武蔵村山市、瑞穂町をお訪ねになったことで福生(ふっさ)市を残す東京都

(いくつかの島を除く)の全ての地区をお訪ねになったことになります。
遠からぬ将来、いずれ福生市をお訪ねになることと思います。
また宮殿や御所では、陛下と共に文化勲章受章者及び文化功労者、各種大臣表彰受賞者、農林水産祭

天皇杯受賞者、国際平和協力隊員、国際緊急援助隊員、シニア海外ボランティア及び日系社会シニア

ボランティア、青年海外協力隊帰国隊員及び日系社会青年ボランティアの代表、日本学士院会員、

日本芸術院会員等々、文化・社会・産業・国際協力・学術・芸術・スポーツ等の分野で、その発展

に尽力し貢献された数多くの人々にお会いになり、その功をたたえ労をねぎらわれました。
また皇后さまお一方では「ねむの木賞」受賞者とお会いになったり、被災地の訪問看護の状況や日本
赤十字社の活動状況等をお聴きになりました。
献穀者、賢所勤労奉仕団及び皇居勤労奉仕団へのご会釈は59回、延べ7,325名を数えました。
この1年間は外国へのご訪問はありませんでしたが、多数の外国からの賓客や外国大使等を接遇され
るなど、国際親善の増進にも尽くされました。
国賓の接遇については、陛下と共に今年6月に来日されたフランス国大統領閣下及びヴァレリー・トリ
エルヴェレール女史の歓迎行事、ご会見、宮中晩餐にお出ましになりました。
また、3月にはスリランカ国大統領閣下及び同令夫人、4月にはメキシコ国大統領閣下及び同令夫人を
公式実務訪問賓客として陛下と共にお迎えになり午餐を催されました。
このほか、パナマ国大統領閣下及び同令夫人、ハイチ国大統領閣下及び同令夫人、キルギス国大統領
閣下及び同令夫人と会見されたほか、ノルウェー国首相夫妻、オランダ国最高裁判所長官夫妻、カナダ
国下院議長夫妻及びインド国首相夫妻、モンゴル国首相夫妻をご引見になりました。
さらに、ベルギー国王女アストリッド殿下を御所でのご夕餐に、ブルネイ国国王陛下及び王妃陛下、
赤十字国際委員会総裁を御所でのお茶に、第5回アフリカ開発会議に出席した各国首脳夫妻等37名
を宮殿での茶会にお招きになりました。
加えて、退任する国連大学学長夫妻を、次いで新任の同学長を御所にお招きになっています。
在京の外交団との関係では、この1年間に着任後間もない38か国の大使夫妻をお茶に、着任後3年を
経過した20か国の大使夫妻を午餐にお招きになり、離任する11か国の大使夫妻に、ご引見を賜りま

した。日本から赴任する62か国の大使夫妻にも出発前にお会いになり、帰国した55か国の大使夫妻を
お茶に招いて任地の話をお聴きになりました。
宮中祭祀については、頸椎症性神経根症のご症状がこれ以上悪化しないよう、頸部への負担の大きい
ご装束や御髪(おぐし)上げによるご拝礼を極力避けていただくことが望ましいのですが、皇后さまに

は女性側の宮中祭祀の礼法が絶えることがないようにとの思(おぼし)召しから、回数を減らされつつ、
引き続き数回の宮中祭祀にお出ましになっており、今年は元始祭の儀(宮中三殿)、昭和天皇祭の儀
(皇霊殿)、春季皇霊祭の儀(皇霊殿)及び春季神殿祭の儀(神殿)、香淳皇后例祭の儀(皇霊殿)並びに
秋季皇霊祭の儀(皇霊殿)及び秋季神殿祭の儀(神殿)に列せられました。
さらに今年は、伊勢神宮の式年遷宮に際し、陛下の遙拝の儀に合わせて、御所で皇大神宮及び豊受
大神宮をそれぞれご遙拝になりました。
今年のご養蚕は4月から始められ、恒例の行事を含めご公務の合間に21回にわたり桑畑、野蚕室、
御養蚕所等においでになり、野蚕の山つけや収穫、桑つみ、ご給桑、わら蔟作り、上蔟、繭掻き、

毛羽取り等の仕事に当たられました。今年は約157キロの繭の収穫がありました。
皇后さまは、この1年も時に土日や祝日も含め御所の内外でお仕事を続けてこられました。
今も、時に発症する頸椎症性神経根症による痛みや痺しびれ、おみ足の不具合などに辛抱強く対応さ
れつつ、日々のお務めを果たしておられます。
いまだ復興途上にある、被災地東北の人々の様子をいつもお心に懸けられながら、日々お会いになる
多分野の人一人一人に心を尽くして接しておられるご様子です。
しかし年々ご高齢になられ、来年は80歳におなりになることを考慮しますと、ご休養の日数を増やし

たりするなどの配慮をすることが、今後もあるいは必要になってくるのではないかと思われます。
お仕事の合間には、短時間でも読書をされたり、ピアノを弾かれたりされています。
今年6月には、皇后さまが平成の初め頃に依頼を受けて英訳された、まど・みちおさんの詩集
Rainbow にじ」と「Eraser けしゴム」が出版されました。皇后さまが翻訳されたまどさんの詩は、
既に「THE ANIMALS どうぶつたち」ほかが上梓されていますが、今回の出版により、まどさんが国際
アンデルセン賞・作家賞を受賞される対象となった、皇后さまが翻訳された詩の大部分が公刊された
ことになります。
また音楽の関係では、今年も8月に例年どおり草津夏期国際音楽アカデミー&フェスティヴァルに参加
され、講師として参加した音楽家たちの奏でるヴァイオリン、クラリネット、チェロ、コントラバス等

の音に合わせてアンサンブルを学ばれました。
毎日の早朝のご散策は変わりなくお続けになっていますが、お具合の良いときには、時折、陛下と短時
間ですがテニスをご一緒にされています。

 

10月20日のお誕生日当日は、当初、昨年同様の祝賀行事が執り行われる予定でしたが、天皇皇后両陛下

には、台風26号による大雨により伊豆大島などにおいて死亡者が多数に及び、依然として多くの人々の

安否が不明であることから、お誕生日祝賀の宮殿行事の全てを、お取り止めになりました。

 

 ~ 宮内庁HPより ~

 

本日は「地久節」

 

  本日は「地久節」の日

 

      


 

10月20日、皇后陛下におかせられましては、満79歳のお誕生日を迎えあそばされます。

 

 
 

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平成25年10月19日 産経新聞
皇后さま誕生日、行事お取りやめ
宮内庁は18日、台風26号による大雨で多数の死者、行方不明者が出ていることを受け、
天皇、皇后両陛下は、20日に皇居・宮殿で予定されていた皇后さまの誕生日祝賀行事を
すべて取りやめられると発表した。
皇后さまは20日に79歳の誕生日を迎え、宮殿で安倍晋三首相ら三権の長らからお祝い
を受けられる予定だった。
両陛下は被害状況を案じ、18日のバレエ公演鑑賞も取りやめられている。
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2013nenn10月18日 TBS系(JNN) 21時10分配信
皇后さまの誕生日祝賀行事をすべて取りやめ、宮内庁
台風26号により伊豆大島で多くの死者、行方不明者が出たことを受け、宮内庁は、20日に
皇居で予定されていた皇后さまの誕生日の祝賀行事を全て取りやめると、発表しました。
20日は皇后さまの79歳の誕生日で、当日は安倍総理や衆参両院の議長、皇太子さまら
皇族方からお祝いを受ける予定でした。
しかし、台風26号により伊豆大島で多くの死者・行方不明者が出たことを受けて、宮内庁
皇居・宮殿で行われる皇后さまの誕生日の祝賀行事を全て取りやめると、発表しました。
両陛下は、依然として多くの人の安否がわからないことを大変心配されているということです。

 

 

 

在米反日韓国系団体の暴挙…藤井厳喜リポート

2013年10月7日 zakzakより 藤井厳喜氏衝撃リポート
「日系人に英語を教えるな」 在米反日韓国系団体の暴挙
米国内で韓国系団体による、日本を貶める暴挙が続いている。
全米20カ所以上で、慰安婦の像や碑の設置計画を進めるだけでなく、「日系人に英語を教えるな」
などと常軌を逸した要求まで突き付けているという。
国際政治学者の藤井厳喜氏は9月中旬、日系人や在留邦人からの「反対運動に協力してほしい」と
いう求めに応じて、米ロサンゼルスで慰安婦問題の講演をしてきた。藤井氏による衝撃リポート。

 

(2013年9月26日 ChannelAJER02より)
『韓国の反日・人種差別Racismと戦う在米日本人①ロサンゼルスでの講演会帰朝報告』

 


私(=藤井)は9月14日に「日系人の心の故郷」といわれるロサンゼルス・ガーデナーで、翌15日は
同・リトル東京の日米文化会館で、「慰安婦問題の真実」について講演してきた。
韓国系団体による全米各地での慰安婦の像や碑の設置計画に対し、私はこれまで、日本で出版した
著書やネットで問題視したり、厳しく抗議してきた。
米国内の日系人や在留邦人の方々も、韓国側の暴挙に我慢の限界に達し、「日本や日本人の名誉を
汚すな」「歴史を捏造するな」と立ち上がった。
私はこうした反対運動の講演会にボランティアとして呼ばれた。講演では、慰安婦についての韓国側の
主張が全くの歴史捏造に過ぎないことを詳しく解説した。簡単に言うと、
「第2次世界大戦当時、公娼制度は合法だった」「慰安婦は世界各国にあったプロの戦時売春婦であり
日本兵を上回る高給を受け取っていた」「民間業者が慰安婦を募集・運営していた。軍による強制連行
の実例は1例もない」「慰安婦問題は、日本の反日メディアによる捏造報道がきっかけである」
河野談話撤回の必要」といったことだ。それぞれ、約120人と約150人の参加者は熱心で、質疑応答
も活発だった。
「大変、参考になり勇気づけられた」「反日メディアの罪に怒りを感じた」「最後まで戦っていきたい」
という言葉や決意を聞いた。
日系人や在留邦人の熱意にも押され、私は慰安婦問題を1から英語で解説した動画をユーチューブ
アップした。韓国系団体による事実無根の主張を受けて、事情がよく分からないまま慰安婦の像や碑の
設置に協力している米国や世界中の方々に、真実を伝えるためだ。(*下の動画)
こうしたなか、現地では日系人への実害が発生していた。
韓国中国系による日系の子供に対するいじめや、日系企業の米進出妨害の懸念などは伝えられてい
るが、ロス地域の成人学校に通う在留邦人は、次のようなエピソードを披露した。
「ある日、韓国の反日団体から成人学校に手紙が届いた。そこには、何と『日本人にはあなたの学校で
英語を教えないように。日本人は英語を学ぶに値しない国民だ』と書かれていた。
状況は、反日ヘイトスピーチ(憎悪表現)といった段階ではなく、反日ヘイトクライム(憎悪犯罪)に近づき
つつある。背筋が寒くなった」
韓国人の反日活動家の言葉をもってすれば「慰安婦像設置の真の目的は、日本国民が道徳的に世界で

最低最悪の国民であることを世界に証明すること」だという。彼らが、真に人権思想が分かっているなら

ば、とてもこんな反日活動はできない。
ここまで来ると、単なる歴史捏造による反日運動の枠を超えて、もはや「新しい人種差別(レイシズム)」
「日本人に対する人種的偏見(レイシャル・プレジュディス)を創り出す運動」と言わざるを得ない。
今、日本人が立ち上がらなければ、先人やわれわれの名誉だけでなく、未来の日本民族の名誉までも

奪われる。
対峙すべきは、韓国系団体や韓国世論だけでなく、日本国内の反日メディアや反日分子である。
すでに日本の普通の主婦らがインターネットなどを通じて、米国の議会や市議会、メディアなどに慰安婦
問題について、抗議・要請文を送り続けている。
正しい歴史を次世代につなぐネットワーク「なでしこアクション」や、日本女性の会「そよ風」の方々に

よる尊い活動を、心から称賛したい。日本人は決意を固めて、反撃に転じなければならない。

〈藤井厳喜/国際政治学者、1952年東京都生〉

 

The Comfort Women Controversy : Sex Slaves or Prostitutes

【Gemki Fujii 藤井厳喜】 

 

 

 

慰安婦像設置の真相…大高未貴レポート

2013年10月17日 zakzak
慰安婦像設置の真相

困惑する米グレンデール市長「何の関係もない市に…」
韓国系団体が、全米各地で慰安婦の像や碑の設置を目指して活動していることに、米国の市長が
反発・困惑している。
日系人や在留邦人らが「新しいレイシズム(人種差別)だ」などと毅然と抗議を始めたからだ。
韓国メディアは「(市長は)弾劾事由に該当する」と報じるが、民族対立でも煽るつもりなのか。
河野談話」の根拠とされた元慰安婦調査の信憑性が崩れるなか、政府・自民党内では反転攻勢の
動きも出てきた。
ジャーナリストの大高未貴氏が訪米し、設置騒動が起きているロサンゼルス郊外を取材した。 

「残念ながら、グレンデール市はいまや姉妹都市の提携解消も示唆されるなど、日本人から最も嫌わ
れている街になってしまいました」デーブ・ウィーバー市長はこう肩を落した。
韓国系団体の主導で、同市に慰安婦の像が設置されたのは今年7月末。
米国内の日系人らが「歴史を捏造するな」「日本や日本人の名誉を汚すな」と猛反発したうえ、姉妹
都市である大阪府東大阪市も「一方的な行為で、はなはだ遺憾」などとして、提携解消も視野に検討
している。
像の設置を決定したのはソウル訪問歴もある前市長で、ウィーバー市長は設置に反対していた。
設置の経緯について、市長は「当市には日本人はほとんどおらず、19万4,000人の市民のうち韓国人
が1万2,000人以上。誰が勢力を持つかお分かりですよね?」と語った。
さらに、慰安婦の像を設置したため、第1次世界大戦におけるトルコ軍によるアルメニア人虐殺の記念
碑を設置する可能性も出てきたようだ。
ウィーバー市長は「わが市には5万人弱のアルメニア人がおります。しかし遠い昔の何千マイルも離れ
たところで起きたことを、何の関係もないグレンデール市になぜ建てたがるのか? 実に不思議です」と
いい、「蜂の巣をつついたような騒ぎになってしまった」と困惑する。
このインタビューは先月、私(大高)が行い、スカパー・インターネット放送「チャンネル桜」で報じた。
すると、韓国紙「朝鮮日報」は先週12日、「(市長発言を)市議会では議決権を正面から否定したもの
とみなし、弾劾事由に該当すると考えている」とし、「次週の議会会議でこの問題を正式に取り上げる
だろう」との市関係者のコメントを紹介した。
韓国のネットの書き込みには市長の暗殺をほのめかしたり、市長が日本に買収されたなどといった
内容もあり、あきれるばかりだ。
グレンデール市から車で1時間ほど離れたブエナパーク市も韓国人が多く(人口の十数%)、慰安婦の像

を設置する話が持ち上がったが、同市議会はこれを否決した。
ブエナパーク市のエリザベス・スウィフト市長は「韓国人は『教育のためだ』と言っていますが、高校の
教師をしていた私としては同意できません。人身売買などについて子供たちに問題提起するのであれば、

世界で現在進行形で行われている事実に目をむけるべきです。記念碑を置いても、インパクトはありませ

ん」と語った。そのうえで、正しい歴史を次世代につなぐ普通の主婦らによるネットワーク「なでしこ
アクション」をはじめとする、日本からの意見書やメール、ファクスについて、スウィフト市長は
「事実が淡々と述べられており、説得力のあるものでした。私たちは、この地で第2次世界大戦を再び
繰り返す必要はありません」と言い切った。
米国は移民の国であり、国内で異なった移民グループがケンカを始めれば、内乱状態に陥ってしまう。

韓国系団体の運動は、米国社会の暗黙のルールを破るものであり、良識ある米国人ならば「他国の争い

米国内に持ち込むべきではない」という常識論で判断するのではないか。
両市の取材を終えてロサンゼルスに戻ると、ある在米日本人が「急増する韓国人移民によって日本人が

被害を受けているケースは他にもある」といい、こう続けた。
「ロサンゼルスではヘルシーな日本食が人気なため、韓国人が『なりすまし日本食レストラン』を次々
とオープンしている。料理の質は極めてひどいが、米国人は『これが日本食か…』と思って食べている。
韓国人は性的サービスもするマッサージ店も経営しているが、店名に平気で『TOKYO(東京)』などと
付けていた。『seoul(ソウル)』や『arirang(アリラン)』で営業しろと言いたい」
彼らを放置していいのか。

 

 平成25年9月30日 SakuraSoTV
アメリカ慰安婦問題レポート Part① 

 

アメリカ慰安婦問題レポートPart②
 

 

果たしてグレンデール市長は日本に買収されたのか?
 

大高未貴の取材により、グレンデール市の現市長たるデイブ・ウィーバー氏の慰安婦問題への
距離感が明らかになったが、これを知った韓国系住民は、脅迫紛いの抗議や、日本側から賄賂
を受け取ったなどと恥知らずな人格攻撃を繰り返しているという。
一方の当事者たる大高未貴からその真相をお話しさせていただくとともに、真っ当な判断を下し
てくださったウィーバー市長や、ブエナパーク市のスイフト市長などの良識派政治家を励ます
ために、視聴者の皆様に励ましと感謝のメールを送っていただくよう、呼び掛けさせて頂きます。

 

 

第185臨時国会が召集

本日、第185臨時国会が召集され、安倍総理は衆参両院本会議で所信表明演説を行いました。
今国会を「成長戦略実行国会」と位置付け、経済再生と財政再建、社会保障改革を同時に達成する
強い決意を、表明されました。そして、最後に「決める政治によって、国民の負託にしっかりと応えて
いこうではありませんか」と呼びかけ、演説を締めくくられました。
今回の臨時国会は、短い期間の中で多くの課題をこなさなければなりません。下表にある重要法案も
可決させなければなりません。まさに「決める政治」を実践しなければならないのです。


 

 

安倍政権の支持者は、いつまでも「TPP交渉」や「消費税率UP」の件などで、戯言を言っている場合
じゃないでしょ。靖国参拝にしても苦言や要望ばかりを押し付けることなどせず、総理の判断に任せ、
その意思を尊重すべきでしょう。
日本を取り戻すことは、一朝一夕では叶いません。克服せねばならない難題がいくつも有ります。
民主党が残した「負の遺産」も清算しなければなりません。
昨年の今頃のことを覚えていますか?日本はどうなってしまうんだろう・・・という、暗雲垂れ込めた
陰鬱な日々を過ごしていたはずです。殆どの国民は、二度とあんな思いは御免だ、と思っているはず
です。安倍政権が誕生して10ヶ月、やっと日本再生の緒に就いたばかりです。
われわれ支持者は、焦ることなく、じっくりと応援し続けることが肝要なのは言うまでもないことです。

 

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~2013年10月15日 時事ドットコムより
第185臨時国会開会式における、天皇陛下のお言葉は以下の通り。

 

 


天皇陛下のお言葉全文

「本日、第185回国会の開会式に臨み、全国民を代表する皆さんと一堂に会することは、私の深く喜び
とするところであります。ここに国会が、当面する内外の諸問題に対処するに当たり、国権の最高機関
として、その使命を十分に果たし、国民の信託に応えることを切に希望します」

 

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第185臨時国会衆参両院本会議における、安倍晋三総理の所信表明演説は以下の通りでした。

 

 

 

-はじめに-
まず冒頭、過去に経験したことのない豪雨や、台風竜巻により、亡くなられた方々に心から哀悼の意
を表するとともに、被害に遭われた方々に対してお見舞いを申し上げます。高齢化や過疎に直面する
被災地域も多く、そうした実態も踏まえながら、早期の復旧に向け全力で取り組んでまいります。

この道しかない。
「三本の矢」は、世の中の空気を一変させました。今年に入って、2四半期連続で、年率3%以上。
主要先進国では最も高い成長となりました。昨年末0.83倍だった有効求人倍率は、8カ月で0.95倍
まで来ました。景気回復の実感は、いまだ全国津々浦々まで届いてはいません。
日本の隅々にまでこびりついた「デフレ」からの脱却は、いまだ道半ばです。
この道を、迷わずに、進むしかありません。今や、世界が、日本の復活に注目しています。ロックアーン
でも、サンクトペテルブルクでも、ニューヨークでも、そしてバリでも、そのことを強く実感しました。
日本は、「もう一度、力強く成長できる」。そして、「世界の中心で、再び活躍することができる」。
そうした未来への「希望」が、確実に芽生えています。
皆さん、共に、この道を、進んで行こうではありませんか。

 

2.復興の加速化
強い経済を取り戻すことは、被災地にも大きな希望の光をもたらします。東日本大震災からの一日も
早い復興に向けて、取り組みをさらに加速してまいります。併せて将来の大規模な災害に備え、強靱
な国づくりを進めてまいります。
被災地では、今も29万人の方々が、避難生活を送っています。高台移転は、ほぼすべての計画が決定
し、用地取得や造成工事の段階に移りました。今後、市町村ごとの「住まいの復興工程表」を着実に
実行してまいります。福島の皆さんにも、一日も早くふるさとに戻っていただけるよう、除染やインフラ
復旧を加速してまいります。
私は、毎日官邸で、福島産のお米を食べています。折り紙付きのおいしさです。安全でおいしい福島の
農水産物を、風評に惑わされることなく、消費者の皆さんに、実際に味わってほしいと願います。
汚染水の問題でも、漁業者の方々が、「事実」と異なる「風評」に悩んでいる現実があります。
しかし、食品や水への影響は、基準値を大幅に下回っている。これが、「事実」です。
抜本解決に向けたプログラムも策定し、既に着手しています。
今後とも、東京電力福島第1原発の廃炉・汚染水対策を、全力でやり抜いてまいります。
東京電力任せにすることなく、国が前面に立って、責任を果たしてまいります。
福島出身の若いお母さんから、1通の手紙を頂きました。震災の年に生まれたお子さんへの愛情と、
ふるさとの福島に戻るかどうか苦悩する心の内をつづった手紙は、こう結ばれていました。
「…私たち夫婦は今福島に帰ろうと考えています。あの土地に家族3人で住もうとしています。
私たちのように若い世代が暮らさないと、福島に未来はないと考えたからです」。
福島の若い世代は、しっかりと福島の未来を見据えています。
被災地の復興なくして、日本の再生なし。その未来への責任を、私は首相として果たしてまいります。

 

3.成長戦略の実行
新しい成長の幕開け
チャレンジして「失敗」しても、それは「前進への足跡」であり、「大いに奨励」すべきもの。
しかし、「失敗を恐れて何もしない」のは「最低」だ。(ホンダ創業者の故)本田宗一郎さんは、こう述べて
社員たちに奮起を促したといいます。先人たちのこうしたチャレンジ精神が、日本を高度成長へと導き
ました。しかし、日本人は、いつしか自信を失ってしまった。長引くデフレの中で、萎縮してしまいました。
この呪縛から日本を解き放ち、再び、起業・創業の精神に満ちあふれた国を取り戻すこと。
若者が活躍し、女性が輝く社会を創り上げること。これこそが、私の成長戦略です。
いよいよ、日本の「新しい成長」の幕開けです。

 

産業競争力の強化と経済の好循環
果敢にチャレンジする企業を、安倍内閣は応援します。
日本の持つ「可能性」を最大限引き出すことこそが、競争力を強化する道であると考えます。
新たに「企業実証特例制度」を創設します。あらゆる分野において、フロンティアに挑む企業には、
新たな規制緩和により、チャンスを広げます。
事業再編を進め新陳代謝を促し、新たなベンチャーの起業を応援します。
研究開発を促進し、設備投資を後押しして生産性を向上します。
そのために、今後3年間を「集中投資促進期間」と位置付け、税制、予算、金融、規制制度改革といった
あらゆる施策を総動員してまいります。
その目指すところは、若者・女性をはじめ、頑張る人たちの雇用を拡大し、収入を増やすことにほかなり
ません。その実感を、必ずや、全国津々浦々にまで届けてまいります。
そのことが、さらに消費を拡大し、新たな投資を生み出す。
「経済の好循環」を実現するため、政労使の連携を深めてまいります。

 

成長分野でチャンスをつくる
将来の成長が約束される分野で、意欲のある人にどんどんチャンスをつくります。
電力システム改革を断行します。ベンチャー意欲の高い皆さんに、自由なエネルギー市場に参入して
ほしいと願います。コスト高、供給不安といった電力システムを取り巻く課題を同時に解決できる、ダイ
ナミックな市場をつくってまいります。
難病から回復して再び首相となった私にとって、難病対策はライフワークとも呼ぶべき仕事です。
患者に希望をもたらす再生医療について、その実用化をさらに加速してまいります。
民間の力を十二分に活用できるよう、再生医療に関する制度を見直します。
外国訪問では、私は、安全でおいしい日本の農水産物を紹介しています。どこに行っても、本当に驚く
ほどの人気です。かつて農業が産業として、これほど注目されたことがあったでしょうか。
意欲のある民間企業には、この分野にどんどん投資してもらい、日本の農産物の可能性を世界で開花
させてほしいと願います。しかし狭い農地がばらばらに散在する現状では、意欲ある農業者ですらコスト
を削減し、生産性を向上することはできません。
都道府県ごとに、農地をまとめて貸し出す、いわば「農地集積バンク」を創設してまいります。
併せて、成長する世界の食市場への農水産物の輸出を戦略的に倍増し、一手間かけて付加価値を増
す6次産業化を進めます。
これらによって、今後10年間で、農業・農村全体の所得倍増を目指してまいります。

 

オープンな世界で競争する
競争の舞台は、オープンな世界。日本は、「世界で一番企業が活躍しやすい国」を目指します。
7年後には、東京をはじめ日本中の都市に、世界の注目が集まります。特異な規制や制度を徹底的に
取り除き、世界最先端のビジネス都市を生み出すため、国家戦略特区制度を創設します。
環太平洋連携協定(TPP)交渉では、日本は、今や中核的な役割を担っています。年内妥結に向けて、
攻めるべきは攻め、守るべきは守り、アジア・太平洋の新たな経済秩序づくりに貢献してまいります。
公務員には、広く世界に目を向け、国家国民のため能動的に行動することが求められています。
内閣人事局の設置をはじめ、国家公務員制度改革を推進してまいります。

 

成長戦略実行国会
やるべきことは明確です。これまでも同じような「成長戦略」は、たくさんありました。違いは、「実行」が
伴うかどうか。もはや、作文には意味はありません。「実行なくして成長なし」。
この国会は、成長戦略の「実行」が問われる国会です。皆さん、しっかりと結果を出して、日本が力強く
成長する姿を、世界に発信していこうではありませんか。

 

4.強い経済を基盤とした社会保障改革と財政再建
経済政策パッケージを果断に実行し、日本経済を持続的に成長させる。その上で、私は、来年4月から
の消費税率3%引き上げを予定通り実行することを決断しました。
これから実行に移す経済政策パッケージは、かつてのような、目先の景気を押し上げるための一過性
のものではありません。賃金上昇と雇用拡大などを実現するための、未来への投資です。
世界に誇るわが国の社会保障制度を、次世代に安定的に引き渡していく。そのためには、財源確保の
ための消費税率引き上げと同時に、保険料収入や税収の基盤である「強い経済」を取り戻さねばなり
ません。こうした取り組みの下、中長期の財政健全化目標の実現を目指します。
併せて、大胆に改革を進め、持続可能な制度を構築しなければなりません。
少子化対策を充実し、全世代型の社会保障へと転換してまいります。
医療、介護保険公的年金について、受益と負担の均衡が取れた制度へと、具体的な改革を進めてま
いります。高齢者の皆さんが安心して暮らせる社会を構築します。
「心(しん) 志()あれば 必ず便宜あり」意志さえあれば、必ずや道は開ける。中村正直は、明治4年の
著書「西国立志編」の中で、英国人スマイルズの言葉をこのように訳しました。
欧米列強が迫る焦燥感の中で、あらゆる課題に同時並行で取り組まなければならなかった明治日本。
現代の私たちも、経済再生と財政再建、そして社会保障改革、これらを同時に達成しなければなりま
せん。明治人たちの「意志の力」に学び、前に進んで行くしかない。明治の日本人にできて、今の私たち
にできないはずはありません。
要は、その「意志」があるか、ないか。「強い日本」。それを創るのは、ほかの誰でもありません。
私たち自身です。皆さん、共に、進んで行こうではありませんか。

 

5.現実を直視した外交・安全保障政策の立て直し
相互依存を深める世界において、世界の平和と安定に積極的な責任を果たすことなくして、もはや
わが国の平和を守ることはできません。これは、私たち自身の問題です。
戦後68年にわたる平和国家としての歩みに、私たちは胸を張るべきです。しかし、その平和を将来も
守り抜いていくために、私たちは、今、行動を起こさねばなりません。
単に国際協調という「言葉」を唱えるだけでなく、国際協調主義に基づき、積極的に世界の平和と安定
に貢献する国にならねばなりません。「積極的平和主義」こそが、わが国が背負うべき21世紀の看板
であると信じます。
石垣島で漁船を守る海上保安官。宮古島で南西の空をにらみ、ジブチで灼熱の下海賊対処行動に当
たる自衛官。極限の環境でも高い士気を保つ姿を目の当たりにしました。彼らは、私の誇りです。
ご家族にも感謝の気持ちでいっぱいです。彼らは、現場で、今この瞬間も「現実」と向き合っています。
私たちも、安全保障環境がますます厳しさを増す「現実」から、決して目を背けてはならない。
私は「現実」を直視した、外交・安全保障政策の立て直しを進めてまいります。
国家安全保障会議(日本版NSC)を創設し、官邸における外交・安全保障政策の司令塔機能を強化し
ます。これと併せ、わが国の国益を長期的視点から見定めた上で、わが国の安全を確保していくため、
「国家安全保障戦略」を策定してまいります。
さらに、日米同盟を基軸とし、自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった価値観を共有する国々
と連携を強めてまいります。
在日米軍再編については、抑止力を維持しつつ、沖縄をはじめとする地元の負担軽減を図るため、
現行の日米合意に従って着実に進めます。
拉致問題については、私の内閣で、全面解決に向けて、全力を尽くしてまいります。
首相就任から10カ月間、私は、地球儀を俯瞰する視点で、23カ国を訪問し、延べ110回以上の首脳
会談を行いました。これからも、世界の平和と繁栄に貢献し、より良い世界を創るため一層の役割を
果たしながら、積極果敢に国益を追求し、日本の魅力を売り込んでまいります。

 

-おわりに-
「TOKYO」。ロゲ国際オリンピック委員会(IOC)会長(当時)のアナウンスで、ブエノスアイレスの会場は
歓喜に包まれました。「みんなが頑張れば、夢はかなう」。そのことが証明された瞬間でありました。
歓喜の輪の中に、成田真由美さんがいました。
パラリンピック水泳で、これまで15個もの金メダルを獲得した、日本が世界に誇るアスリートです。
その成田選手が、かつて私にこう語ってくれました。「私は、失ったものを数えるのではなく、得たものを
数えていきます」。「意志の力」に裏打ちされているからこそ、前を向いて生きていこうとする姿勢に私は
強く心を打たれました。13歳から車いすでの生活となり、その後も交通事故など数々の困難を、成田
選手は、強い「意志の力」で乗り越えて、素晴らしい記録を生み出してきました。
今の日本が直面している数々の課題。復興の加速化、長引くデフレからの脱却、経済の再生、財政の
再建、社会保障制度の改革、教育の再生、災害に強く安全・安心な社会の構築、地域の活性化、
そして、外交・安全保障政策の立て直し。
これらも、「意志の力」さえあれば、必ず、乗り越えることができる。私は、そう確信しています。
先般の参院選で、自由民主党および公明党の連立与党を支持してくださった国民の皆さんに、心より
感謝します。この選挙により国会のねじれが解消されたことは、「困難を乗り越えていけ」と、背中を
力強く押していただいたものと認識しています。この選挙結果に、政策を前に進めることで応えてまい
ります。いや、応えていかねばなりません。
定数削減を含む選挙制度改革について、現在のこう着状況を打破し、結論を得ようではありませんか。
憲法改正について、国民投票の手続きを整え、国民的な議論をさらに深めながら、今こそ前に進んで
行こうではありませんか。
皆さん、「決める政治」によって、国民の負託にしっかりと応えていこうではありませんか。
国民の皆さま、ならびに議員各位のご理解とご協力をお願い申し上げる次第です。
ご清聴ありがとうございました。

 

 

 

日本を不当に貶める朝日新聞

1992年に朝日新聞は、娼婦を「女子挺身隊」として旧日本軍が「強制連行」したというデマを捏造し、
有りもしない「従軍慰安婦」なる言葉を世界中に流布させた。そんな過去を反省も謝罪もすることなく、
またぞろ、慰安婦問題に火を付けようとしているとしか思えない記事が、10月13日の紙面に掲載され
されていた。おりしも今月11日、国連総会第3委員会で南朝鮮の女性家族部のチョ・ユンソン長官が
慰安婦問題について演説を行ったばかりであり、これに呼応するかのようである。
そもそも東南アジア諸国との間における戦争被害問題は、サンフランシスコ講和条約により決着済み
のことであり、慰安婦問題などもその枠内で解決していること。しかも現地の旧関係者も過去の事例
として「解決済み」という認識である。したがって慰安婦問題について、執拗に言い掛かりをつけて

くる南朝鮮に関する調査だけで済ませて、何の問題もないではないか。

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産経新聞ワシントン駐在客員特派員の古森義久氏が、10月13日のブログで「これが日本の新聞のする

ことなのでしょうか。いまの韓国や中国の新聞のすることなら、まだわかります」として、以下のよう

書かれております。
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ブログ『ステージ風発』 10月13日より
「日本を不当に傷つける朝日新聞」
朝日新聞の10月13日朝刊一面トップの記事には驚きました。
日本の新聞なのかとまじめに疑いました。
いまになって東南アジアに記者を送りこみ、日本軍のいわゆる慰安婦問題についての苦情や抗議を
現地側の人たちに煽り立てていたというのです。「取材」とか「調査」という名目を掲げていますが、
基本の姿勢は日本攻撃です。現代の日本を過去の出来事にからむしがらみを使って、その名声を
傷つけ、評判を落とし、日本国民の名誉を汚す意図が明白です。
戦争にからむ加害や被害はインドネシアなど東南アジア諸国との間ではサンフランシスコ講和条約
で決着が着いています。戦時の慰安婦問題もその枠内で解決しています。
ましてインドネシアでの慰安婦問題は日本軍の一部が中央の指示に反して、現地のオランダ女性
などを強制連行し、戦後すぐに戦争裁判で裁かれ、死刑などという厳罰を受けています。
要するにすでに裁きが下され、謝罪や賠償の対象になった案件なのです。
だから日本政府が河野談話を機に韓国の過去の状況は調べても、インドネシアではあまり徹底して
調べなかったことになんの不自然もありません。
それを朝日新聞がまた掘り起こそうと試みているのです。
しかし今回の朝日新聞の「取材」での日本斬りつけ作業は成功しなかったようです。
現地の旧関係者ももう過去の事例として、解決ずみという態度を見せていることが明らかになった
からです。こんな作業をする朝日新聞とは一体なんなのでしょうか。 (後略)
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更に古い話しになりますが、インドネシアで慰安婦問題に火を付けた人物やメディアについて、同じく
産経新聞記者の阿比留瑠比氏が、2006年7月9日の自身のブログの中で、以下のような内容を書いて

おられました。これを読めば、日本の旧悪を暴くという大義名分のためなら、事実関係などどうでも
よく、捏造でも何でも構わないというマスコミの姿が見え隠れする。反日朝日も今回、これと同様の

ことを画策しているのではないか、と思ってしまうのだが・・・。

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ブログ『国を憂い、われとわが身を甘やかすの記』より
「火のないところに火をつける人たち」
(前略)
幸運なことに中京テレビの番組で取材協力者と紹介されていた男性通訳、ワヒューさんと接触する
ことができました。
彼は日本語が堪能で、中京テレビの取材人と20日間にわたって行動をともにしていたそうです。
番組は、ジャワ島西部の町、スカブミに元慰安婦たちが日本からの補償を求めて結集した---という
シーンから始まるのですが、ワヒューさんによると、実態はこうだったそうです。
「慰安婦集会はテレビ局の要請で特別に集めたもので、交通費もテレビ局が負担した。奥さんたち
(元慰安婦とされた女性たち)はこのとき、『集まるのはもう3回目になるのに、まだお金がもらえない。
もういやだ』と怒り出しました」
「それ以前にも2回、同じような集会が開かれましたが、それは日本人のライター(戦後補償実現
市民基金代表)らが『補償問題で日本政府を追及します』と集めたものでした」
また、首都ジャカルタでニューズ・レターを発行し、現地事情に詳しい元日本兵の石井サトリアさん
にも話を聞くことができました。石井さんは、こう証言しました。
インドネシア慰安婦問題が浮上したきっかけは、3年前にやってきた日本の弁護士。彼らは地元
紙に『補償のために日本から来た。元慰安婦は名乗り出てほしい』という内容の広告を出した。
それまでは、インドネシア人の間で慰安婦について話題になることはなかった」
当時、元慰安婦女性の登録作業を行うなどの実働部隊を務めていた「元兵補中央協議会」の
ラハルジョ会長も訪ねて話を聞きました。
兵補とは、日本軍政時代に補助兵として採用されたインドネシア人のことです。
元兵補中央協議会の活動は、もともとは戦時中の兵補の強制貯金の未支払い分に対する賠償要求

が目的で、慰安婦とのかかわりは薄かったといいます。
そんな彼らがなぜ慰安婦問題に取り組むようになったのか聞くと、ラハルジョさんははっきりと
こう答えました。
「東京のT弁護士の指示を受けて始めた。『早く』と催促も受けた。われわれは元慰安婦に対する
アンケートも行っているが、これもT弁護士の文案で作成した」
T弁護士は有名な方で、当時、「従軍慰安婦訴訟」にかかわり、戦後補償関係の著書もある人です。
(中略)
元兵補中央協議会はT弁護士らの指導に従い、実際には慰安所で働いていない女性も含め、2万人

近くもの元慰安婦女性の登録を行い「1人当たり200万円の補償を要求する」としていました。
しかし、実際は「登録したら、日本から補償がもらえる。金額がすごいというので盛り上がったが、
それまで殆どの人が慰安婦の存在すら知らなかった」(スカブミでインタビューした青年)というのが
本当のようでした。
2万人という登録者の数について、戦時中のことをよく知る老舗英字紙「インドネシア・タイムズ」
の会長に聞いたところ、「ばかばかしい。1人の兵隊に1人の慰安婦がいたというのか。
われわれは、中国とも韓国とも違う歴史とプライドがある。『お金をくれ』などとは、360年間わが
国を支配したオランダにだって要求しない。日本大使館は何をしているのか。日本を理解させよう
としていないのではないか」と吐き捨てました。
日本軍政時代、インドネシアにいた日本人は民間人を含め、多いときで4万5,000人ぐらいだった
そうです。
この世の中には日本を悪者にして日本を困らせるためには、どんな手段も厭わないという日本人が
いる。本当にわけのわからない話ですが、これは確かなようです。
そして、世界各地で反日運動を煽っているのも、何割かは日本人自身なのかもしれません。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・

 

*中京テレビの番組については、7月8日にその内容を書いておられます。
慰安婦問題でもあった不自然な字幕」
中京テレビが1996年9月に制作した「IANFU・インドネシアの場合には」という番組。
番組中、インドネシアの人たちが語る言葉に、実際には話されていない言葉が挿入されたり、
意味を歪める不自然な省略が行われている字幕が、数カ所ありました。
例えば、元慰安婦とされる女性が慰安所での経験を話すシーンで、女性が日本の敗戦によって
給金が受け取れなくなったと話す場面で「戦争が終わると、日本人は誰もいなくなっちゃった
んです」という字幕をあてていました。しかし、実際に話されているインドネシア語は「あのとき、
コレア(朝鮮人)は誰もいませんでした。みんな出ていってしまったのです」という意味でした。
当時、朝鮮半島は日本に併合されていたとはいえ、説明なしに「コレア」を「日本人」と訳したの
はいかがなものでしょうか…。
また中学2年生への授業風景では、教師が「女性たちは『学校に行かせてやる』と誘われました。
でも、日本軍の性欲を満たすために使われたのです」という字幕がついていました。
ところが、実際はこれも「彼らは女性を軍隊の性の問題を解決するために使いました」と述べて
いるだけで、「女性たちは学校に行かせてやると誘われた」などとは話していませんでした。
さらに、元慰安婦とされる別の女性が「日本兵に車に乗せられ」と字幕にある部分は、本当は
「日本車に乗せられ」という言葉でした。
番組に証言者として登場した元第16軍(ジャワ防衛軍)作戦参謀の宮元静雄さん(故人)は当時
私の取材に対し「約3時間にわたって、慰安所の存在目的や、婦女暴行を最も禁じていた軍の
綱紀のことを説明したのに、放映されたのは1分弱。それも言葉の前後を省いて、向こうの論旨
に都合のいい部分だけが使われた」と憤っていました。


 

“海自の歌姫”知ってますか?

音楽関係には無頓着なものですから、海上自衛隊の隊員が“美しすぎる海自の歌姫”として評判に
なっていることなど、下のKyodoNewsを見るまで全く知りませんでした。しかもCDアルバムまで発売
されていたとは・・・。いやはや時代も変わったものですね。一昔前なら考えられないことです。
ましてや、NHKの「歌謡コンサート」に自衛隊員が出演するなど、まさに驚天動地の出来事ではありま
せんか。確かに、三宅3等海曹の歌声は素晴らしいですね。今後の更なる活躍を期待しております。
これも、左傾化していた日本の“空気”が薄れて、真ん中になってきた証でしょうか・・・。
こうした自衛隊の様々な活動を通して、自衛隊に対するマイナスイメージやアレルギーが払拭される
ことを願うばかりです。
私的には、安倍総理の説かれるように、いつまでも中途半端な「鬼っ子」扱いせず、我が国の正式な
「軍隊」として、その地位を確かなものとし、隊員たちに名誉と誇りを与えるべきだと思います。

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2013年10月8日 KyodoNewsより
歌で人々に尽くしたい 自衛隊の"歌姫"三宅由佳莉さん

 

「祈り~a prayer」

 

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~2013年9月15日 中日スポーツより
海自の歌姫、三宅由佳莉NHK出演
“美しすぎる海自の歌姫”として評判の海上自衛隊東京音楽隊の三宅由佳莉3等海曹(26)が
24日のNHK「歌謡コンサート」(午後8時)に出演することが決まった。
25日には、「祈り」がシングル発売されることも急きょ決定。彗星のごとく現れた美声の持ち主は
一気に全国区になりそうだ。三宅は、海上自衛隊に歌手として採用された唯一の隊員。
メディアにとりあげられたのをきっかけに8月28日に「祈り」でアルバムデビューした。
デビュー前からインターネットのYou Tubeアップされた動画が30万ビューに達するなど隠れた
人気を誇っていた。当初は物珍しさもあったが、「夢やぶれて(ミュージカル《レ・ミゼラブル》より)」
「スタンド・アローン(NHKドラマ『坂の上の雲』より)」「浜辺の歌」など三宅の優しく心に響く歌声
が聴く人のハートをとらえた。
オリコンのクラシックチャートでは初登場から2週連続1位を獲得、総合ランキングでも18位から15位
に上昇した。これを受けて、急きょシングル発売が決まった。曲はアルバム収録曲の「祈り」の3バー
ジョン。海上自衛隊東京音楽隊の指揮をとる河邊一彦隊長が作詞作曲、東日本大震災の被災者への
応援歌として演奏会で披露してきた。
24日の「歌謡コンサート」では、同じ音楽隊の太田紗和子2等海曹のピアノをバックに披露する。
自衛隊所属ボーカリストの異例の出演で、注目度はますますアップしそうだ。
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~2013年8月29日 PR TIMESより
今、全国に広がる「祈り」の感動
海上自衛隊東京音楽隊/三宅由佳莉のアルバム『祈り〜未来への歌声』発売

 

 
「海上自衛隊東京音楽隊」演奏、三宅由佳莉 3等海曹(ソプラノ)の歌唱によるアルバム
『祈り〜未来への歌声』が2013年8月28日に発売されました。
これまで数多く発表されている「海上自衛隊東京音楽隊」によるアルバムの中でも、
“ヴォーカリスト”として東京音楽隊に配属されている自衛官・三宅由佳莉 3等海曹を
フィーチャーした初めての「歌と吹奏楽」のアルバムです。
本アルバムには2011年3月11日に東日本大震災によって大切な家族を失ってしまった
子供たちや被災者の方々への応援歌として海上自衛隊東京音楽隊 河邊一彦隊長(海上
自衛隊2等海佐)が作詞・作曲したオリジナル曲「祈り〜 a prayer」も収録されています。
冒頭は哀しさなどが表現され、やがて「希望」がよみがえり、「夢」が実現し、いつか明るい
未来」が来ることを祈り、歌われています。
本アルバムは「花は咲く」「アメイジング・グレイス」「ふるさと」「夢やぶれて(レ・ミゼ

ラブルより)」といった幅広いジャンルから感動の名曲ばかりを収録。
なお、このアルバムの収益の一部は、日本赤十字社に寄付されます。

 

◆海上自衛隊東京音楽隊 三宅由佳莉 『祈り~未来への歌声』アルバム紹介
http://www.youtube.com/watch?v=ETx6KlbwgV0

 

◆『祈り〜未来への歌声』特設サイト  http://umusic.ly/miyake

 

 

◇三宅 由佳莉 (1986年12月14日生、岡山県出身)
岡山県立岡山城東高等学校普通科音楽系
日本大学芸術学部音楽学科声楽コース卒業
2009年4月に海上自衛隊に入隊 (三等海曹)
同年9月東京音楽隊に初のヴォーカリストとして配属

 

 

故・中川昭一氏が残したもの

2009年10月3日に亡くなられた中川昭一氏は、数少ない日本を愛する政治家でした。
その死を惜しみつつ、心より御冥福をお祈りします。

 

眠ったままの日本人へ~中川昭一氏が残したもの

 

マスコミは、イタリアで開かれた主要7カ国(G7)財務相・中央銀行総裁会議の終了後の記者会見で、
中川氏の「ろれつ」が回らない様子を国辱ものだと批判をしました。
 
マスコミは、中川氏の会見を泥酔会見だと捏造し、中川氏に対する批判を繰り返し報道しました。
 
中川氏が「風邪薬を服用した」と発言をすると、マスコミは「健康管理が出来ていない」という批判まで
しました。
 
中川氏がG7の会見後に、バチカン美術館で警報機を鳴らしたなどのトラブルについても、日本のマス
コミだけが批判をしました。
 
中川氏に同行した神父の和田氏は、日本のマスコミに対して、「中川氏の行動に非常識な点は無か
った。あれは間違いであると繰り返し抗議したが徹底的に無視された」と述べました。
 
中川氏はG7会議で、米国製品の調達を義務付ける「バイ・アメリカン条項」について、
「日本のみならず世界も懸念している」と米国の保護主義を先導して批判をしました。
 
イタリアのメディアは、「このような中川財務相の活躍・功績を称賛する」という報道をしていました。

中川氏は財務相として、世界金融危機の中での金融援助を国際通貨基金(IMF)に一本化して、韓国と
の2国間融資を断りました。
 
世界金融危機で、世界史上最高額となった1000億ドルの資金拠出により、国際通貨基金が特別に
示した日本への謝意を海外メディアは報道をしました。しかし、日本のマスコミはほとんど報道をしま
せんでした。
 
海外メディアは、日本のマスコミの中川批判について、「日本だけが馬鹿げた騒ぎをしている」という
報道をしました。
 
中川氏は、亡国法案である「人権侵害救済機関設置法案(旧人権擁護法案)」には、2002年に国会提出
された人権擁護法案から一貫して反対を続けました。
 
中川氏は、日本人拉致問題には早くから取り組み、拉致議連の会長を務めていました。
拉致家族会代表の横田滋氏は、中川氏を最も信頼する国会議員の一人として挙げていました。
 
中川氏は、毎年、靖国神社の参拝を続けるなど、反日勢力に強硬な姿勢を示し、正論を述べた政治家
でした。
 
中川氏は、温家宝首相来日について、「日本のナンバー1が中国に行ったのに、中国のナンバー3が
日本に来るというのはおかしい」と、中共外交の非礼を批判しました。
 
中川氏は、「譲歩すれば物事は丸く収まる、という外交姿勢が復活しつつあるような気がしてならない」
「相手が一歩退けば二歩踏み込むというのが国際政治の現実だ」「誇りと自信を持って、かつ傲慢に
ならず日本の国益を守る。これがあるべき外交の姿だ」と、東シナ海の石油・ガス田開発や、毒ギョーザ
事件をめぐる対中外交を批判しました。
 
中川氏は、東アジア包括的経済連携協定(東アジアEPA)構想について「これは中国の参加を想定して
いるが、2005年に中国で起きた反日デモにおいて、一般人や民間企業が襲われたことの総括もできて
いない」「日本は中国経済連携協定締結の努力をするべきではない。なぜなら中国は日本国民の
安全を保証できないからだ」と反対をしました。
 
中川氏は、日本政府が凍結していた中共への円借款再開を決めたことについて、「なぜ中国に対し、
また援助するのか。正直言って分からない」と、親中的な政策を批判しました。
 
中川氏は、東シナ海ガス田問題で帝国石油に初めて試掘権を与え、「日中中間線より中国側でも日本
の試掘を認めることを前提にするように」と要求しました。
 
中川氏は、「東シナ海の石油ガス田開発問題で、国益のために譲れない部分は譲るべきでない」と、
対中融和路線を批判しました。
 
中川氏は、「中国は北京オリンピックを契機に経済・軍事的台頭を終える準備を進めているのではない
か。日本はあと20年もすれば中国の省になっているかもしれない」と、中共の軍拡の脅威を警戒しまし
た。
 
中川氏は、1998年にミサイルを発射した北朝鮮について「北朝鮮はまともな国ではない。気違いだと
思っている」と批判しました。
 
中川氏は、北朝鮮の核攻撃の可能性について「普通はやらないが、あの国の指導者はごちそうを食べ
過ぎて糖尿病ですから考えてしまうかもしれない」と警戒をしました。
 
中川氏は、日本独自で北朝鮮テロ支援国家に指定する法整備を検討すべきだと主張をしました。
 
中川氏は、ロシア(ソ連)による北方領土侵略について「20世紀最大の国際法違反」と批判しました。
 
中川氏は、「北海道の政治家として、絶対に譲れない一線。領土というのは2島と言ってしまった瞬間に
2島以上のものは返ってこない」と、麻生元首相が外務大臣時代の「北方領土・面積二等分論」を批判
しました。
 
中川氏は、「原爆投下は米国が世界ナンバーワンの軍事力を持つための実験だった」「我々は実験台
にされた」と、国会で非難決議を行うべきという見解を示しました。
 
中川氏は、「日教組の一部活動家は教育基本法改正反対のデモで騒音をまき散らしている。」
「デモという下品なやり方では生徒たちに先生と呼ばれる資格はない。免許剥奪だ」と、日教組の組合
活動を批判しました。
 
中川氏は、「河野洋平氏は自虐的な方」「外国なんか、うそでも誇りを持って話をする。日本政府が真実
と思われるものを封じ込めているのは納得できない」と、河野談話の見直しと撤回の考えを示しました。
 
中川氏は、財務省の会見場に「日の丸」を掲揚したことについて、一部の記者が「国民の中には違和感
を持つ人もいる」と抗議したことに、「世界に発信する場という認識で、国旗掲揚は当然だ」と反論をしま
した。
 
中川氏は、「非核三原則は国民との重い約束だ。しかし、最近の北朝鮮の核兵器実験の動向を受けて
この約束を見直すべきかどうか議論を尽くすべきだ」「純軍事的に、核に対抗できるのは核だというのは
世界の常識」と述べました。
 
中川氏は、「非核三原則に言わせずを加えた非核四原則どころか、考えてもいけないという非核五原則
だ」「日本の核武装の是非について繰り返し論議すべし」と、国会で核議論が封殺されている現状を
批判しました。

 

(ブログ:「美し国」から転載させてもらいました)

 

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