筑紫の国の片隅で…

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安倍総理、ジブチで自衛隊を激励

安倍総理は27日午前、アフリカ東部のジブチを日本の首相として初めて訪問。
ソマリア沖アデン湾で海賊対策活動に従事している自衛隊員を激励するため、活動拠点を訪れました。
安倍総理は隊員約100人を前に訓示、「灼熱の太陽が照りつける過酷な環境の下で、重要な任務に
励んでいる諸君を、心から誇りに思う」「この海域を守ることは、わが国にとって死活的に重要であり
国際社会の平和と安定、繁栄に不可欠だ」とし、「諸君の活動が海賊行為を抑止し、船舶航行の安全
に大きく寄与していることの証左だ」と讃えました。隊員の皆さんは、総理の言葉をどのような気持ちで
聞かれたのでしょうね…。日本のために、日々困難な任務を黙々とこなし、国際貢献に励んで下さって
いる派遣隊員の皆さんに、我々国民は感謝すべきです。
また安倍総理は、日本の資金援助でジブチに初めて建てられたフクザワ中学校を視察し、安倍文庫と
名づけた104冊の書籍を贈呈しています。この書籍は、ヒアフランス語で日本を紹介した絵本などの
他に、「キャプテン翼」「セーラームーン」「ドラえもん」などのマンガもありました。中には自らの

著書「美しい国へ」も・・・。

 

 

 (8月28日 読売新聞より)
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2013年8月28日 ANNnewsCH

 

2013年8月28日 FNNnewsCH

 

 

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~2013年8月27日  読売新聞 【ジブチ=田島大志】
ジブチ訪問の首相、海賊警戒の自衛隊員を激励
安倍首相は27日午前(日本時間27日夕)、アフリカ東部ジブチを訪問し、ソマリア沖の海賊対策の
警戒・監視活動にあたる海上・陸上自衛隊の拠点で活動中の約100人の隊員を激励した。
首相は、多国籍の部隊で取り組む海賊対処で、日本の役割を拡大する考えを表明した。
日本の首相がジブチを訪問するのは初めて。
首相は自衛隊員と昼食をともにした後、隊員に「この海域の安全を守ることは日本にとって死活的に
重要。航行の安全を守るという、重要かつ崇高な役割を果たしていかなければならない」と訓示した。
首相は記者団に「さらに国際的な協力によって海賊対処を強化する必要がある」と述べ、米英などが
結成した多国籍任務部隊(CTF151)へのP3C哨戒機の派遣や、多国間で行う海賊対処訓練への
参加などを検討する考えを示した。
また、首相は同日、首都ジブチ市の大統領府でジブチのゲレ大統領と会談し、ジブチ沿岸警備隊を
強化するため、巡視艇を供与することや、実務能力強化のための専門家を派遣することを表明した。

 


 

 

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~2013年8月27日 毎日新聞 【ジブチ宮島寛】
安倍首相:ジブチで自衛隊激励 海賊対処へ「期待大きい」
安倍晋三首相は27日午前(日本時間同日午後)、アフリカ東部のジブチを日本の首相として初めて
訪問し、同国を拠点にソマリア沖の海賊対処に当たっている自衛隊部隊を視察した。
首相は訓示で「諸君が派遣されて以降、民間船舶は一隻たりとも海賊の襲撃を受けていない。
日本国民の期待は大きく、国際社会からも高く評価されている」と隊員を激励した。
政府は2009年から海上自衛隊の護衛艦2隻とP3C哨戒機2機をジブチに派遣し、各国商船などを護衛。
11年には自衛隊初の本格的な海外活動拠点を同国に整備した。
首相はこの日、P3C部隊を訪れ、隊員と昼食を共にするなどしてねぎらった後、同行記者団に対し、

米国を中心とした多国籍部隊へのP3Cの参加を検討する方針を改めて示した。
また、首相は27日午後(日本時間同日夜)、ゲレ大統領と会談。
「アジアと欧州を結ぶ海上交通路の要衝に位置するジブチは、貿易立国である日本にとって重要な戦略
的パートナーだ」と述べ、同国の電力開発支援や沿岸警備のための巡視船供与などの方針を伝えた。
首相は日本の無償資金協力で建てられたフクザワ中学校(生徒約2,900人)の校長とも会い、
「安倍文庫」として日本の本や漫画など104冊を贈った。

 

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~2013年8月27日 サーチナ
安倍首相のアフリカ訪問…自衛隊の配備強化を模索

安倍晋三首相は24日より、バーレーン、クウェート、カタールの中東3カ国およびアフリカのジブチを

訪問する6日間の旅を開始した。安倍首相の中東訪問は2012年12月に再任してから今回で2回目となり、
日本政府の中東のエネルギー供給に対する重視の程度を示している。ジブチ訪問中に、安倍首相は
ソマリア沖で海賊取締り中の自衛隊を視察する。中国網日本語版(チャイナネット)が報じた。
防衛省は23日、日本は14年度にアフリカ7カ国に自衛隊員を新たに派遣し、同地区における情報収集と
反テロ活動を強化すると発表した。
共同通信社は、安倍首相は初めてジブチを訪問する日本の首相になると報じた。
安倍首相はジブチ訪問中、ソマリア沖・アデン湾で海賊を取り締まる海上自衛隊の基地を視察し、隊員を
激励する予定だ。
日本政府は12月より海上自衛隊の2隻の護衛艦のうち1隻を、アフリカ東部海域のソマリア沖海賊撲滅
の多国籍部隊に初参加させ、「日本政府の国際社会への貢献」を示すことを決定した。
防衛省は23日、日本は14年度にアルジェリア、ジブチ、エチオピア、ケニア、モロッコ、ナイジェリア、
南アフリカのアフリカ7カ国に自衛隊員を派遣すると発表した。日本はこれまで、エジプトスーダン
自衛隊員を派遣していた。
アルジェリアの天然ガス施設で1月、武装集団が数十人の外国人を拉致・殺害し、10人の日本人が犠牲
となった。日本政府は調査報告で、在アルジェリア日本大使館の軍事・情報スタッフの不足により、日本
政府は現地でテロ活動と関連する情報を即座に入手できないとしていた。
日本政府はその後、アフリカでの情報・安全業務の強化を決定し、アフリカ諸国の反テロ活動に資金援助
を行う一方で、自衛員の配備を拡大し、アフリカにおける情報収集・分析能力を強化した。
ジブチは日本が海賊取締りに協力し、日本の海上輸送安全を確保するための重要な国であるほか、
ケニアには現在、多くの日本企業が進出し、経営活動を行っている。

 

 

 

 

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新疆でウイグル族15人が射殺

新疆ウイグル自治区において、またも支那当局による弾圧でウイグル族が虐殺されました。
こうして表面化するのはごく一部であり、日常的に支那当局による弾圧行為が行われています。
ウイグル族は国土を奪われ、文化や宗教を奪われ、民族存亡の危機に瀕しています。
日本のマスコミやメディアはこの事実をまともに取上げようとはしません。朝日やNHKは日本を貶める
ために、無いことを歪曲・捏造してでも報道するくせに、支那共産党の非道な行為を非難しないばかり
か、その実態には触れようともしません。

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~2013年8月26日 時事通信 【北京時事】より
新疆で衝突、16人死亡か=「対テロ作戦」と当局者
米政府系の自由アジア放送(RFA)は26日までに、中国新疆ウイグル自治区カシュガル地区
カルギリク県で20日にウイグル族の集団と警官隊による衝突があり、警官1人を含む少なく
とも16人が死亡したと報じた。地元警察関係者らの話として伝えた。
砂漠地帯の一角でウイグル族が爆弾を製造しテロ攻撃訓練をしているとして、警官隊が28人
のウイグル族の集団を包囲。警官隊が発砲し、集団との衝突に発展した。
地元警察高官はRFAの取材に対し、「対テロ作戦を実施し、テロリストの全滅に成功した」と
主張した。
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~2013年8月26日 産経ニュースより
中国公安当局、新疆でウイグル族15人射殺
米政府系放送局ラジオ自由アジアが26日までに伝えたところによると、中国新疆ウイグル自治区の
カシュガル地区葉城県で20日、中国の公安当局がテロを計画しているなどとしてウイグル族の集団
を急襲し、少なくともウイグル族15人を射殺した。同集団側も反撃したとみられ、公安当局側も1人
死亡した。中国当局はウイグル族側の報復を警戒し、政府庁舎などで警備を強化している。
同集団が「違法な宗教活動」を展開し、爆弾を製造するなどしてテロ攻撃を計画しているとの情報が
あったという。地元の公安当局者は同ラジオに「反テロ作戦を実施し、テロリストたちを完全に壊滅
させた」と説明した。
自治区では中国当局による抑圧的な少数民族政策がウイグル族側の反発を招き、暴力事件が相次
いでいる。 (共同)
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◆ 2013年8月16日 NTDTVJPより
新疆で衝突事件 軍警が民衆を掃射 

 

 

◆国民が最低限知るべき中国の実態「東トルキスタンからの手紙」

 

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~2013年7月7日 産経ニュース
ウイグル族締め付け「二重基準」の中国
中国北西部の新疆ウイグル自治区で今年4月以降、暴力事件が相次ぎ、多数の死傷者が出ている。
新疆ウイグル自治区公安庁は2日付で、テロ犯罪の情報を提供し、容疑者拘束に貢献した場合など
には最高10万元(約160万円)の報奨金を支払うとの通告を出した。
区都ウルムチで発生した大規模暴動から5日で4年となるのを前に、ウイグル族への締め付けが、
より強化されたことを示している。

 

テロ情報に報奨金
発布された通告は5項目からなる。
一.暴力恐怖活動(テロ)を知った各民族の群衆は、口頭、書面、電話、インターネットなどを通じて、
  公安機関に通告すべし。公安機関はそれを奨励し、告発者を保護し、秘密を守る。
一.テロ犯罪の手がかりを提供し、公安機関による摘発、テロ分子の拘束に重要な作用を発揮した
  場合は5~10万元(約80万~160万円)を与える。
一.事情を知りながら通報しなかったり、犯人を庇ったり、匿ったり、テロ分子を幇助した場合は、
  法に従って責任を追及する。
一.テロ活動に関係したが自首した場合は、罪を軽くする。
  自首が重大な手柄となれば、減刑もしくは罪を免除する。
一.この通告は発布日に施行される。

この通告は大きな危険を内包している。
一連の暴力事件の発端となったのは4月下旬、自治区最西部のカシュガル地区マラルベシ県で21人
が死亡した事件だった。住民グループが、民家で外国から入手したテロの映像を見ていたとしてテロ
集団の嫌疑をかけられ、通報を受けて駆けつけた警官らと衝突した。実は3月下旬に、無期懲役など
の実刑判決を受けた20人のウイグル族も、同じ嫌疑をかけられていた。

 

危険性をはらむ通告
通告が出たことで、当局は「通報」を口実に、ウイグル族の取り調べや家宅捜索を強化することが予想
される。ウイグル族と対立する漢族が、虚偽の通報をすることも考えられる。
さらに自分の身に火の粉が降り掛かることを憂慮するウイグル族の間でも、疑心暗鬼となりウイグル族
の分裂が誘発されかねない。こうした状況に、国際社会、特に米国は危惧を表明している。
それに対し、中国外務省の華春瑩(しゅんえい)報道官(43)は2日の定例記者会見で、一連の事件に
関し透明性を強調。「国際社会は全面的に、客観的に事件を見て、事件の真相をはっきり認識すること
を望む」と反発した。
中国は、新疆で暴力事件が起こると、外国のテロ組織が関与していると主張するのが常だ。
中国共産党機関紙、人民日報は、「世界ウイグル会議」が4年前のウルムチ暴動の「黒幕」だと強調。
さらに「周知の事実なのは、世界ウイグル会議の主人が米議会傘下の全米民主主義基金であることだ」
と断定している。

 

◆「米国は共犯者
さらに人民日報は、「米国はテロとの戦いを声高に唱える一方で、テロリストを支え後押しする。対テロ
問題における米国のダブルスタンダードはそそのかしと放任に他ならず、テロとの戦いに極めて悪質な
腐食作用を生じさせる。これではテロリストの共犯者と何が異なるというのだ。米国の目的はテロ活動
の災いを中国に引き込む企みにある」と主張したが、釈然としない。
習近平国家主席(60)は先日、韓国の朴槿恵大統領(61)から、初代韓国統監を務めた伊藤博文元首相
(1841~1909年)を暗殺した安重根(アンジュングン、1879~1910年)の記念碑を、暗殺現場の
中国黒竜江省ハルビン駅に設置するための協力を要請された際、「関係部署に検討するよう指示する」
と答えたと伝えられる。少なくとも、「テロリスト」を英雄視する朴大統領の考えに反論した形跡はない。
もしテロ抑圧を唱える習氏が、テロリストを称える記念碑の設置を許可すれば、それこそ「ダブルスタン
ダード」のそしりを免れない。 (中国総局/川越一)
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~2013年7月2日 産経ニュース 【北京=矢板明夫】より
新疆ウイグルで警戒態勢「最高」に 指導部「テロとの戦い」強調
中国北西部の新疆ウイグル自治区で今年4月以降、ウイグル族グループと地元警察が衝突し、多数の
死者が出る事件が相次いでいる。
200人の犠牲者を出した2009年7月5日の同自治区ウルムチでの暴動から4年を迎えることもあり、
習近平指導部は「外国勢力が介入したテロ事件」と断定、治安部隊を大量投入するなど統制を強化
している。しかし、ウイグル族の間では「漢族主導の抑圧政策が事件の原因」との不満が広がっており
民族対立がさらに深まっている。
新疆ウイグル自治区中部のチャン県ルクチュンで6月26日、ウイグル族グループと地元警察が衝突
し35人が死亡した。
28日には同自治区南部のホータンでも襲撃事件が起き、ウイグル族が射殺されたとの情報がある。
4月には、自治区最西部のマラルベシ県で21人が死亡する事件が発生、暴力事件が新疆ウイグル自治
区全域に広がっている。
習近平国家主席は28日夜、政治局会議を開き、新疆の安定維持を「テロとの戦い」として周辺各省
から武装警察部隊をウイグル族が集中する地域に大量投入した。
最高指導部で序列4位の兪正声・全国政治協商会議主席を現地入りさせるなど、これまでにない最高
レベルの警戒態勢をとっている。
中国共産党の機関紙、人民日報傘下の環球時報は7月1日付で「シリアとトルコのイスラム教過激派
組織の関係者が中国に潜入した」と伝え、一連の暴力事件は外国のテロ組織が関与していると主張
した。しかし、北京に駐在する欧米の外交官は「中国当局は事件の詳細も証拠も示していない。
テロ組織が関与しているかどうかは分からない」と懐疑的な見方を示す。
海外に亡命しているウイグル人組織、世界ウイグル会議は、現地の情報として「治安部隊がウイグル人
を射殺したことなどが引き金だった」と指摘、一連の暴力事件の原因は漢族の治安当局の横暴だった
と主張している。
また、北京南駅付近の陳情村で暮らし、冤罪などを訴えているウイグル族の陳情者ら数十人が1日まで
に「首都の安全を守るため」との理由で次々と警察当局に拘束された。陳情者らを支援している活動家
は「経済事案での冤罪を訴えているのに、政府に批判的な態度を取っているためテロリストと決め付け
られる人もいる」と陳情者の処遇に強い懸念を示した。

 

 

 

 

映画『終戦のエンペラー』を映像で

8月5日に「終戦のエンペラー」について投稿しましたが、その冒頭にあたる、「バターン号」内の
シーンを含めた3分強の映像が、『終戦のエンペラー』 Fbで公開されています。
あと、前回紹介し忘れた「メイキング映像」も載せておきますので、興味がある方はみて下さい。

 

『終戦のエンペラー』冒頭映像

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width="1280" height="720" frameborder="0"></iframe>

 

『終戦のエンペラー』特別映像
 

 

 

『終戦のエンペラー』メイキング映像 (1)
 

『終戦のエンペラー』メイキング映像 (2)
 

 

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 ~平成25年8月24日 産経新聞 【解答乱麻】より
「終戦のエンペラー」主人公の光と影
7月27日から全国ロードショーが始まった映画「終戦のエンペラー」は、日本人必見の映画である。
3月13日付米ニューヨーク・タイムズが写真入りで大々的に報じた記事を読み、翌日、封切られた映画
を私はニューヨークで見た。
基本的には史実に基づいて製作されているが、主人公であるボナー・フェラーズ准将(マッカーサー
軍事秘書官)に関して重要な史実が映画では紹介されていなかった。
それはフェラーズが対日心理作戦をリードし日本人の心に戦争に対する罪悪感を植え付けるために
GHQ(連合国軍総司令部)が行った「ウォーギルトインフォーメーションプログラム」(戦争犯罪情報宣伝
計画)に深く関わった人物だということだ。映画では「天皇の大恩人」として描かれている。
これも確かな史実ではある。しかし、彼のもうひとつの顔を見落とすべきではない。
昭和20年8月8日、マッカーサーは情報頒布部を創設し、フェラーズをその責任者に任命した。
情報頒布部というのは、1944年戦時情報局(OWI)に創設された心理作戦部を引き継ぐものだった。
情報頒布部はのちにGHQ民間情報教育局(CIE)となるが、その主要スタッフはフェラーズの指示に
よって任命された戦時情報局出身者だった。
日本人を「精神的武装解除」させる、ウォーギルトインフォーメーションプログラムを始めたが、
「南京虐殺」などの今日の歴史論争の発端は、このプログラムでもたらされたものだった。
その中で日本を一方的に裁いた「太平洋戦争史」が強要されたことによって、自虐史観が広がった。
戦後の教育改革の出発点は、彼らによって行われたことを忘れてはならない。
昭和21年1月25日、マッカーサーが米陸軍省宛てに送った極秘電報によって昭和天皇を戦犯として
裁かないことになったことはよく知られている。しかし、その電報の下敷きとなったのは、フェラーズの
マッカーサー宛ての覚書(昭和20年10月2日と同8日付)であったことはあまり知られていない。
スタンフォード大学フーバー研究所およびマッカーサー記念館所蔵のフェラーズ文書によれば、彼は
この覚書において天皇を「象徴(シンボル)」と規定している。
昭和6年に新渡戸稲造が執筆した『日本-その問題と発展の諸局面』において、「天皇は国民の代表
であり、国民統合の象徴である」と明記した天皇観が、教え子である河井道(恵泉女学園の創立者)
からフェラーズ、フェラーズからマッカーサーへと継承されたことが判明している。
米アーラム大学で知り合った一色ゆりから紹介された河井に、フェラーズは前述した覚書の草案を
2度訂正してもらっており、彼はマッカーサー天皇観は河井の影響を受けたことを認めている。
昭和466年、フェラーズは日本政府から勲二等瑞宝章を贈られた。
叙勲推薦書には、彼は「わが国天皇の大恩人」であり、皇太子殿下の家庭教師として「バイニング女史
を推薦して、殿下の御教育に貢献した」などの叙勲理由が書かれてあった。
歴史の光と影の両面を曇りのない目で直視することによって、日本を取り戻し、未来を切り開くことが
できる。フェラーズについても両面を見る必要があろう。 (明星大教授・高橋史朗)

 

 

 

 

「はだしのゲン」読んだことありますか?

私は、「はだしのゲン」が嫌いです。平和を訴える良書だと思ったこともありません。
「週刊少年ジャンプ」にこの漫画が連載され始めたときに読みましたが、内容は独善的で、とても平和を
願うものとは思えませんでした。絵も下手くそ、根暗で、残虐・グロテクスな表現ばかりがめだち、嫌悪感
を覚えたものです。こんなものを子供達に進んで読ませようとする神経が理解できません。
朝日新聞が《「ゲン」には連載当時から「残酷」という声が寄せられ・・・。旧軍の行為や昭和天皇の戦争
責任を厳しく糾弾している点から、「偏向している」「反日漫画だ」といった批判も保守層の間で根強い》
と書いているように、内容的に問題があるのは確かですから、松江市教委が子供が閲覧する際は教員の
許可が必要とした適切な措置を、一方的に非難すべきではないでしょう。
古川康徳副教育長が「立派な作品だが、表現が教育上、不適切。平和学習に使う場合は教員が解説を

加えるべきだ」と正当な理由をあげているのですから、それを「行き過ぎた規制は表現の自由を侵す恐れ
がある・・・」(毎日新聞)と糾弾するのは、ある種の弾圧ではないのでしょうか。
一方で《漫画を否定しがちだった先生たちが、限られた図書館予算の中から「ゲン」を積極的に受け
入れたのも、作品のメッセージ力が強かったから》(朝日新聞)と主張していますが、それは日教組の
反日教育方針沿う表現内容だったからに過ぎません。
汐文社は日本共産党御用達の出版社(他に大月書店、新日本出版社)だということを知っていますか?
汐文社の表の顔は児童書ですが、過去には部落解放同盟を批判した「入門部落解放」や「八鹿から
全国へ全国から八鹿へ―八鹿高校事件の真実」など、共産党の部落問題教科書を出版しています。
いわゆる、日本共産党プロパガンダ機関なのです。
はだしのゲン』は1973年から「週刊少年ジャンプ」に連載後、雑誌『市民』(左翼系)を経て『文化評論』
(日本共産党の論壇誌)、『教育評論』(日教組の機関紙)に連載されていました。
つまりは左翼の「折り紙付き」の反日マンガなのです。
「平和教育の入門書」として、英語やロシア語など18カ国語に翻訳されているそうですが、それが誇れる
ことなのでしょうか?偏向的で自虐的な歴史観に基づいた誤った日本像を、世界に拡散していることに
ならないのか危惧してしまいます。
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朝日新聞デジタル 8月21日(水)19時45分配信
はだしのゲン閲覧制限、文科相「問題ない」
被爆体験や戦争を描いた漫画「はだしのゲン」を学校で閲覧制限した松江市教育委員会の対応に
ついて、下村博文文部科学相は21日の記者会見で、「特段の問題はない」と述べた。漫画の内容に
ついて、「教育上好ましくないと考える人が出るのはあり得る」とも話し、対応に理解を示した。
松江市教委は、旧日本兵がアジアの人々の首を切り落としたり、銃剣術の的にしたりする場面について、

「過激で、子どもが自由にみられる状態で図書館に置くのは不適切」と判断。
昨年12月、小中学校長に書庫などに納めるように指示した。教員が校内で教材として使うことはできる。
下村氏は、松江市教委の判断について「(内容を)子どもたちが誤って解釈する恐れがあるため、
『教員と一緒に行う学習活動を大切にしたい』という考えに基づくもの。特段の問題はない」と指摘。
「学校図書館には、子どもの発達段階に沿う教育的配慮の必要がある。児童生徒の自由な閲覧を
避ける判断は、教委の当然の権限だ」と話した。

 

毎日新聞 8月21日(水)19時8分配信
はだしのゲン>閉架措置に下村文科相「問題ない」
 漫画「はだしのゲン」を松江市の全小中学校が閉架措置としたことについて、下村博文文部科学相は
21日、閣議後の記者会見で「子供の発達段階に応じた配慮は必要で、法的にも問題はない」と述べ、
松江市教委の判断に理解を示した。
下村文科相は「大人が読むことを規制すべきではない」と前置きした上で「私も(残虐性などが)指摘
されている所を確認したが、果たして小中学生が正しく理解できるのか、必ずしも教育上、好ましくない
のでは、と考える人が出てくるのはありうる話」と述べた。
鳥取市立中央図書館での措置についても「児童書コーナーだと、(自由に手に取れない状態にする
ことは)一つの判断」とし、問題はないとの認識を示した。【福田隆】

 

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◆2013年8月19日  ANNnewsCH

 

◆2013年8月20日  yamatotube2
毎日新聞社説「はだしのゲン」論点をすり替えるな 

 

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~2013年8月21日 産経新聞 【阿比留瑠比の極言御免】より
はだしのゲン」はどんな本か
米国による原爆投下後の広島を生きる少年を描いた漫画「はだしのゲン」(中沢啓治著)が物議を
かもしている。松江市教育委員会が市内の公立小中学校に、倉庫などにしまって図書館で自由に読め
なくする「閉架」措置をとるよう指示したのがきっかけだ。
この作品の残虐表現について「発達段階の子供に適切かどうか疑問」と判断した市教委に対し、
いくつかの新聞が社説で取り上げ批判する事態になっている。
例えばこんな論調である。
「閲覧制限はすぐ撤回を」(20日付朝日新聞)
「戦争知る貴重な作品だ」(同日付毎日新聞)
「彼に平和を教わった」(21日付東京新聞)
どれも「ゲン」を高く評価した上で、市教委の指示に関しては「子どもたちの(原爆に関心を持つ)そう
した出会いを奪いかねない」(朝日)、「子供たちが考える機会を奪う」(毎日)、「子どもたちよ、もっと

ゲンに触れ、そして自分で感じてほしい」(東京)などと主張する。
だが、これらの社説は、実際の「ゲン」の作品世界とは遊離していないか。
社説を書いた各紙の論説委員は、本当に「ゲン」を読んでいるのかと疑問に思う。
40年近く前、小学校の学級文庫に並ぶこの作品を読んだ筆者は、そこから「平和の尊さを学ぶ」
(毎日)というより、人間社会の「悪意」と「憎しみ」ばかりを印象に刻んだ。
グロテスクな表現と登場人物の自己中心的な言い分にうんざりした記憶はあっても、「中沢さんの思い
に子どもたちが共感した」(朝日)とはにわかに信じがたい。
3紙の社説は具体的に触れていないが、「ゲン」では何ら根拠も示さず旧日本軍の「蛮行」が「これで
もか」というほど語られる。
「妊婦の腹を切りさいて中の赤ん坊を引っ張り出したり」「女性の性器の中に一升ビンがどれだけ
入るかたたきこんで骨盤をくだいて殺したり」…。
特に天皇に対しては、作者の思想の反映か異様なまでの憎悪が向けられる。
「いまだに戦争責任をとらずにふんぞりかえっとる天皇」「殺人罪で永久に刑務所に入らんといけん
奴はこの日本にはいっぱい、いっぱいおるよ。まずは最高の殺人者天皇じゃ」
東京社説によると「ゲン」は、韓国では全10巻3万セットを売り上げるベストセラーだという。
さだめし、韓国の「反日」活動の論拠の一つとして利用されていることだろう。
朝日社説は「漫画を否定しがちだった先生たちが、限られた図書館予算の中から『ゲン』を積極的に
受け入れたのも、作品のメッセージ力が強かったからこそだ」と持ち上げる。
とはいえ、日教組好みのメッセージだったからこそ、学校現場で普及したのだから当たり前の話である。
憲法は表現の自由を保障しており、「ゲン」のような漫画があってもいい。だが、それと教育現場にふさ
わしいかはおのずと別問題だ。
「閉架」措置うんぬん以前に、小中学校に常備すべき本だとはとても思えない。

 

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~2013年8月20日 朝日新聞 社説
はだしのゲン―閲覧制限はすぐ撤回を
広島での被爆を主題にした漫画「はだしのゲン」を、松江市教委が小・中学校の図書館で自由に
読めなくするよう指示していたことがわかり、全国から批判が相次いでいる。
作品の終盤には、旧日本軍がアジアの人々の首を切断するなどの描写がある。
市教委は昨年12月、「過激な表現だ」として、学校の許可なしで見られなくするよう校長会に求めた。
貸し出しも認めないという。
ゲン」は昨年12月に死去した漫画家の中沢啓治(なかざわけいじ)さんの作品だ。
実体験した原爆の惨状と戦後の苦難に加え、資料などで知った戦場の様子を強烈なタッチで描い
て反響を呼んだ。
学校図書館で読める数少ない漫画として「ゲン」を手に取り、初めて原爆に関心を持った子どもも
少なくない。
市教委の指示は、子どもたちのそうした出会いを奪いかねないものだ。しかも重要な決定の場合、
公開の教育委員会議にかけるべきだが、今回は事務局の判断で決まっており、不透明というしかない。
市教委はただちに指示を撤回すべきだ。
きっかけは、ある男性から昨年8月に市議会に出された陳情書だった。
「ありもしない日本軍の蛮行が掲載され、子どもたちに悪影響を及ぼす」とし、学校からの撤去を求め
ていた。陳情は不採択となったが、一部市議から「不良図書」ととらえ、市教委が適切な処置をすべき
だとの意見があり、閲覧制限の指示につながった。
ゲン」には連載当時から「残酷」という声が寄せられ、中沢さんも描き方に悩んだと述懐している。
旧軍の行為や昭和天皇の戦争責任を厳しく糾弾している点から、「偏向している」「反日漫画だ」と
いった批判も保守層の間で根強い。
それでも、「ゲン」が高い評価を得たのは、自身が目の当たりにした戦争の残酷さを力いっぱい描く
ことで、「二度と戦争を起こしてはならない」と伝えようとした中沢さんの思いに子どもたちが共感した
からだ。 漫画を否定しがちだった先生たちが、限られた図書館予算の中から「ゲン」を積極的に受け
入れたのも、作品のメッセージ力が強かったからこそだ。
旧日本軍の行為や天皇の戦争責任をめぐっては今もさまざまな見方があり、「ゲン」に投影された
中沢さんの歴史観にも議論はありえるだろう。
それこそ、「ゲン」を題材に、子どもと大人が意見を交わし、一緒に考えていけばいい。
最初から目をそらす必要はどこにもない。

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~2013年08月20日 毎日新聞 社説
はだしのゲン 戦争知る貴重な作品だ
 原爆や戦争を教育現場で学び、その悲惨さを知る機会を子供たちから奪うことになるのではないか。
自らの被爆体験を基に描いた故中沢啓治さんの漫画「はだしのゲン」が松江市内の小中学校の
図書室で自由に閲覧できなくなったことだ。
市教委は昨年12月、過激な描写があるとして、書庫に収める閉架措置を取るよう校長会で求めた。
旧日本軍のアジアでの行動などで暴力的な場面があり、子供が自由に読むのは不適切と判断したと
いう。全10巻を保有する39校全てが応じた。
この措置が先週明らかになると、市教委に全国から抗議や苦情が多数寄せられた。現場の教員からも
子供の知る権利の侵害だという批判が相次いでいる。
戦争の恐ろしさを知り、平和の尊さを学ぶことは教育の中でも非常に重要な要素だ。平和教育を推進
すべき教育委員会がそれを閉ざす対応をとったことには問題があり、撤回すべきだ。
また、今回の措置は教育委員が出席する会議には報告していないというが、学校現場の校長らも含め
てしっかり議論すべきだろう。
市教委がこのような判断をしたきっかけは、松江市議会に昨年8月、1人の市民から「誤った歴史認識を
子供に植え付ける」と学校の図書室から撤去を求める陳情があったことだ。
市議会は、過激な部分がある一方で、平和教育の参考書になっているとの意見があり、陳情を不採択に
した。だが、独自に検討した市教委は「旧日本軍がアジアの人々の首を切るなど過激なシーンがある」と
して小中学生が自由に持ち出して読むのは適切ではないと判断した。
1973年から少年漫画誌で連載された「はだしのゲン」は、戦争が人間性を奪う恐ろしさを描いた貴重な
作品として高い評価を得てきた。約20カ国語に翻訳され、原爆被害の実相を広く世界に伝えている。
松江市教委も、作品が平和教育の重要な教材であること自体は認め、教員の指導で授業に使うことに
問題はないと説明している。
作品に残酷な描写があるのは、戦争や原爆そのものが残酷であり、それを表現しているからだ。
行き過ぎた規制は表現の自由を侵す恐れがあるだけでなく、子供たちが考える機会を奪うことにもなる。

今回のような規制が前例となってはならない。
中沢さんは生前、「戦争や原爆というテーマは奥が深い。ゲンを入り口にいろいろと読んで成長してくれ
れば作者冥利に尽きる」と話している。
被爆者が高齢化する一方、戦争を知らない世代が増え、戦争や原爆被害の体験を語り継ぐことがます
ます重要な時代を迎えている。こうした継承を封じてはならない。

 

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~2013年8月21日 東京新聞 社説
はだしのゲン 彼に平和を教わった
原爆の焦土をたくましく生き抜く少年を描いた漫画「はだしのゲン」。世界中の子どもたちが彼に平和
を学んでいる。それを図書館で自由に読めないようにした大人。ちょっと情けなくないか。
はだしのゲン」は、英語、ロシア語、クロアチア語など世界約二十カ国語に翻訳されている。
書物を出すのに政府の許可が必要なイランでも、ことし五月にペルシャ語訳が出版された。
原爆を投下した米国でも、全米約三千の図書館に所蔵され、韓国では全十巻三万セットを売り上げる
ベストセラーになっている。
一九七三年に連載がスタートし、八五年に完結した。誕生から、ことし四十年になる。
はだしのゲン」は、漫画やアニメが日本文化の代表として、世界でもてはやされる以前から学級文庫に
並んでいた。
今月五日、広島原爆忌の前夜には、市民グループの手によって、原爆ドームの足元を流れる元安川の
川面に、作者の中沢啓治さんとゲンの姿が映し出された。
なぜゲンが選ばれ、読み継がれているのだろうか。
単行本一巻目の表紙には、青麦を握り締めてほほ笑むゲンの横顔が描かれている。
踏まれても踏まれても、たくましく穂を実らせる、青麦は成長のシンボルだ。
<私は「はだしのゲン」を読んで、原子爆弾が投下された日の広島のことを知った気になっていました。
しかし、(被爆体験者の)お二人の話を聞いて、たくさんのことが分かりました>
愛媛県の少女が地元紙に寄せた投書の一節だ。
松江市教委が問題視したような残虐とも思える描写も確かにある。しかし、子どもたちは、それも踏まえて
物語を貫く平和への願いや希望を感じ取り、自分の頭で考えながら、ゲンと一緒にたくましく成長を遂げ
ている。
表現の自由や図書館の自由宣言をわざわざ持ち出すまでもない。
大人たちがやるべきなのは、目隠しをすることではない。子どもたちに機会を与え、ともに考えたり、話し
合ったりしながら、その成長を見守ることではないか。
昨年末に亡くなった中沢さんは「これからも読みつがれていって、何かを感じてほしい。それだけが、
わたしの願いです」と、「わたしの遺書」の末尾に書いた。
子どもたちよ、もっとゲンに触れ、そして自分で感じてほしい。

 

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参考までに・・・

 

~2012年12月25日 産経ニュースwest~
はだしのゲン、作者死去】
全10巻 計1,000万部売り上げ、英語やロシア語など18カ国語に翻訳


最期まで原爆の悲惨さを伝え続けていた-。19日に死去した中沢啓治さん。
近年は、入退院を繰り返し、一時は危篤状態に陥ったこともあったというが、原爆の証言活動を続け
ようと、病床でも強い意欲を示していたという。
関係者によると、死去前日には新刊の「はだしのゲン わたしの遺書」が手元に届いたところだったと
いい、それを見届けるような旅立ちだった。
作品「はだしのゲン」は、原爆が投下された広島を舞台に、原爆で家族を失った主人公の中岡ゲンが
たくましく生きる姿を自伝的に描いた。
作品は原爆の惨状を伝える名作として、ベストセラーに。単行本を昭和50年から発刊している汐文
(ちょうぶん)社(東京)によると、コミック版と愛蔵版(ハードカバー)それぞれ全10巻の累計売り上げは
1千万部を超えた。小中学生を中心に「平和教育の入門書」として広く浸透したほか、英語やロシア
など、18カ国語に翻訳されているという。
執筆活動を引退した後も講演活動などをこなして、核兵器の廃絶などを訴え続けていた。
中沢さんと親交が深く、昨年8月に上映されたドキュメンタリー映画「はだしのゲンが見たヒロシマ」の
製作に携わった渡部朋子さん(59)は、訃報を受け「子供たちに絶対に戦争や原爆はいけない。
踏まれても踏まれても麦のように強く生きていってほしいと熱く訴えていた姿が今も目に浮かびます」と
声をつまらせた。
また、広島市中区の原爆資料館の前田耕一郎館長(64)は中沢さんの人柄について
「明るく前向きに自分の考えをストレートに語ることができる人だった。核兵器廃絶と平和については、
並々ならぬ信念をもっていた」と語った。
広島県原爆被害者団体協議会の坪井直理事長も「中沢さんの核兵器廃絶の訴えは徹頭徹尾、一直線
だった。中沢さんの精神を世界に訴えていくのが私の務めだ」と話した。
一方、広島市の松井一実市長は25日、「自らの被爆体験を基に核兵器廃絶と世界平和を訴え続けて
こられた。『人類にとって最高の宝は平和』という中沢さんの思いは『はだしのゲン』によって間違いなく
次世代の人々に受け継がれ、共有されるものになります」とコメントした。

 

 

ガンダム好きですか?

機動戦士ガンダム」がTV放送されてから30年以上経っているのに、未だにガンダム人気は衰えること
を知らないようです。
私も若い頃からガンダムファン(熱烈ではありませんが)で、初期のガンプラ制作に熱中した時期もあり
ました。劇場公開された作品のLDを揃えていたのですが、DVDが主流になったため、改めて揃え直さ
ざるを得なくなりました。そして時代はBRが主流となり、より綺麗な画像で楽しめるようになりました。
かねてより、TVシリーズの「機動戦士ガンダム」を、より綺麗な画像で楽しみたいと思っていたところ、
今年3月22日の読売新聞に、TVシリーズ全43話が「機動戦士ガンダム Blu-ray メモリアルボックス」
(36,750円)として、8月28日に発売されるとの1面広告が掲載されました。オールドファンとしては、これ
はもう「買うしかないでしょ!」ということで、Amazonで予約してしまいました。


 

 ◇「機動戦士ガンダム公式Web」 http://www.gundam.jp/index.html

 

最新シリーズは「機動戦士ガンダムUC」で、TV放送はなく、動画サイトでの有料配信か、BD/DVDでし
か見ることができません。「機動戦士ガンダム」から続く、地球連邦とジオンとの抗争に決着を付けると
いう総括的な作品となっており、「機動戦士ガンダム 逆襲のシャア」から3年後の、宇宙世紀0096年が
主な舞台です。また「機動戦士Zガンダム」「機動戦士ガンダムZZ」から発展させたと思われる設定も
多く見受けられます。2010年3月に第1巻BD/DVD発売以来、今年3月に第6巻まで発売中。


◇「機動戦士ガンダムUC」プロモーション映像

  http://www.gundam-unicorn.net/sp/pv_ep1.html

 

自分はガンダムファンとはいえ、日頃から熱心に情報収集している訳ではありませんので、あれこれと
ガンダムについて語る資格はないと自覚いたしております。それでも気になる情報は、確かめてみたく
なるもで・・・。8月4日に産経ニュースで“「見せてもらおうか、Ver.3.0の性能とやらを!」MGガンダム
徹底レビュー”なる記事を目にしたときには、初期のガンプラからかなりのブランクがあるにもかかわらず、
自分で制作してみて、その進化具合を確かめてみたいという衝動に駆られてしまいました。
時間の余裕が出来たら、年甲斐もなく挑戦してみようかと思う次第であります。

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~2013年8月4日 産経ニュース【最新ガンプラ事情】
「見せてもらおうか、Ver.3.0の性能とやらを!」 MGガンダム徹底レビュー


テレビアニメ『機動戦士ガンダム』(ファーストガンダム)の放映が始まったのが1979年。
以降、膨大な作品群が展開され、さまざまな派生商品を生んできた。中でも最大のヒットといえるのが、
ガンダムのプラモデル、いわゆる“ガンプラ”だ。
かつては社会現象となるほどの大ブームを起こし、今なお多くのファンを持つ。

現在、株式会社バンダイが展開している主なガンプラのラインアップには、1/144スケールで多くのMS
(モビルスーツ)がキット化されているHG(ハイグレード)、同じく1/144のサイズながらリアルさと最大級
の可動域を追究したRG(リアルグレード)、1/100スケールで内部メカやギミックまでをも精密に再現さ
せたMG(マスターグレード)、究極のガンプラを目指した1/60スケールのハイエンドモデルであるPG
(パーフェクトグレード)などがある。
そして、この8月10日。バンダイがこれまで培ってきた技術の集大成として発売するのが「MG1/100
RX-78-2ガンダムVer.3.0」(4,725円)だ。RX-78-2は、ファーストガンダムで主人公のアムロ・レイが
搭乗した機体。MGでは、初代の「RX-78-2(Ver.1.0)」(1995年)、「Ver.1.5」(2000年)、「Ver.Ka」
(2002年)、「Ver.ONE YEAR WAR0079」(2005年)、「Ver.2.0」(2008年)に次ぐ6度目のキット化
となる。前作の「Ver.2.0」が発売されてから5年、ガンプラは、どれほどの進化を遂げたのか…。
今回は、「MG1/100 RX-78-2ガンダムVer.3.0」のサンプルキットを一足早く入手。
徹底的に検証してみた。まず、驚かされるのが、そのパーツの豊富さだ。ランナーは19枚。部品総数は
約400点にも及ぶ。これは、「Ver.1.0」の約1.8倍、「Ver.2.0」と比較しても約1.1倍に相当する。
加えて成型色も豊富で、装甲部分だけでもホワイト系3色、レッド系2色、ブルー系2色、イエローと塗装を
しなくてもリアリティーの高い、兵器感にあふれる仕上がりが表現できるようになっている。
全体のデザインやプロポーションは、2009年に東京都港区台場で公開され、大人気となった高さ18㍍
の実物大ガンダム(現在は東京都江東区のダイバーシティ東京内に展示)に近い。
「Ver.3.0」の開発コンセプトの一つは、「あの巨大立像が実際に動き出したらどうなるのか?」というも
のだったという。巨大感を演出するのに役立っているのが、成型色の微妙なトーンの違いによる情報量
の拡大、そして「ムーバブルアーマーシステム」と呼ばれる新しい関節可動技術の導入だ。
実際に実物大ガンダムをよく見てみると、大腿部や上腕部に装甲のズレがあり、装甲の引き込みやフレ
ームの移動によって生じる隙間などを確認することできる。これが架空の人型巨大兵器に「今にも動き
出しそう!」というリアリティーを与えているのだ。「Ver.3.0」では、この巨大感リアル感を徹底的に追求。
「ムーバブルアーマーシステム」によって、フレームのみならず装甲にも可動機構を持たせて装甲のズレ
を再現している。これまでの可動ポイントは、本体→腕という2点式だったが「ムーバブルアーマーシス
テム」では、本体→可動プレート→腕というように、可動を多層化。これによってメカニカルな動きが一層
リアルになり、ポージング時のディテール、表情の豊かさが格段に増している。
実際に動かしてみると、関節の曲げ伸ばしに合わせて装甲の一部も追随して動き、絶妙なズレ、隙間が
生まれる。これらの可動する外部装甲は、ホワイト系の3つのトーンで色分けされたパーツが、分割して
動くため、本当に実在する機械が動いているかのような臨場感がある。
可動箇所、可動範囲はともに、これまでのガンプラと比較しても最大級と言っていいだろう。
武器の両手持ちや片膝立ちのポーズ、腰のひねりなど、劇中の人のような動きを完全に再現できる。
可動に関しては「Ver.2.0」の段階でほぼ完成の域に達していたとも言えるが、「Ver.3.0」では、可動に
よる外部装甲のズレという新しいディテールを加えることによって、単なる動かせるプラモデルに“リアリ
ティー”という新機軸を盛り込んでいる。
また、これまでのガンプラは、フレーム部分に主にABS(アクリロニトリル・ブタジエン・スチレン)樹脂が
使われていたが、堅牢な反面、有機溶剤に弱く、塗装にはやや不向きという難点があった。
「Ver.3.0」では、フレーム部を一般的なスチロール樹脂の性質を持つ新素材に変更。PS(ポリスチレン)
素材と同様に塗装が容易にできるようになっている。
手のパーツには、2012年末に発売された「MGνガンダムVer.Ka」から導入され、ユーザーにも好評だ
った「エモーションマニピュレーターSP」という精密な技術を採用している。
これは、ABS・PP(ポリプロピレン)素材で、あらかじめランナーに組み込まれており、切り離すだけで組み

立ては不要。人間の手と同様に指一本一本の全ての関節が可動する。多彩な手指の表現が可能で、左

右どちらの手でも武器類の保持ができるようになっている。
このほか、胸部排気ダクトのフィンは可動し、コックピットのハッチも開閉可能。頭部バルカン砲は黄色の

別パーツで、各スリットも開口されている。
コアファイターは劇中と同じくコアブロックに完全変形し、胴体部分にそのまま格納できる。
別売の「MG 1/100 RX-78-2ガンダムVer.3.0用拡張セット」(1,575円)に含まれているLEDユニットを
取り付ければ、実物大ガンダムと同様に、頭部カメラアイを発光させることも可能だ。
付属の武器類は、ビームライフル、ハイパーバズーカ、ビームサーベル、ガンダムシールド。
シールドの視察窓は開閉可能で、内側にはビームライフルを格納することもできる。それぞれの武器には、

手首パーツに取り付けるための突起を出し入れできるギミックがあり、武器の保持性を高めている。
付属武器類は基本的な物に限られているが、ビームジャベリンやガンダムハンマーといった特殊な追加

武装は、前述の拡張セットに含まれている。また、付属のリアリスティックデカールを使用することによって
外装や武器類の各種マーキングはもちろん、フレーム部の金色の金属表現に至るまで、実物大ガンダム
のディテールを再現することが可能だ。
肘、膝、足首の関節部分のパーツは、ノーマルバージョンとマグネットコーティングバージョンの2種類
から選べるようになっており、好みによって付け替えることができる。この辺の設定の細かさも、ファンに
とってはうれしい要素だろう。
接着剤を使わずに組み立てができるスナップフィット、1枚のランナーに複数の成型色や素材を混在させ
るシステムインジェクションなど、ガンプラは目覚ましい進化を遂げてきたが、今回の「Ver.3.0」は素材
デザイン、ディテール、可動、ギミックと、あらゆる面において完成度が高く、さすがはバンダイが「現時点
におけるガンプラの集大成」と自負するだけのことはある。
ガンプラ界においてカリスマ的な人気を持つ女性プロモデラーのオオゴシトモエ氏は「今回の1/100
スケールのVer.3.0は、1/144のRGシリーズと比較してパーツが大きいので、初心者の方でもストレス
なく組み立てられるキットだと思います。組み立てるだけで色分けが再現でき、パーツの情報量が豊富な
ため、十分な完成度が楽しめます。RX-78-2は、人それぞれ『俺のガンダム』という思い入れが強い機体
です。MGは過去のキットも並行して生産されていますから、アニメらしさを求めるならばVer.2.0、カトキ
デザインが好きならばVer.Kaというように、選択肢が増えるのは非常に歓迎すべきことです」と評価する。
加えて、「組み立ててシールを貼るだけでも十分格好いいキットですが、改造や塗装をして楽しむことが
できるのもガンプラの魅力です。プロモデラーとして改造や塗装例を提案させていただくならば、外部装
甲を開閉可能に改造して内部機構を見せたり、お台場の情景を再現しても面白いでしょう。
またVer.3.0を塗装してバリエーション機、グレーを基調にした塗装のG-3ガンダムや、赤い機体のキャス
バル専用ガンダムにするのも楽しいと思います」と話す。
それにしても、ファーストガンダムの放映から既に34年。いまだに「RX-78-2」がリメークされ続けている
背景はどこにあるのだろうか…。模型文化に詳しいフリーライターのあさのまさひこ氏は
ガンプラ発売10周年記念に多色成型パーツを用いたHGを出してから、今のリメークの流れが始まった
と言っていいでしょう。以来その時代のニーズに合わせて、より実在の兵器らしく次々とディテールが加え
られていきました。当初はバンダイが主導する形でしたが、最近は逆に世の中が求めるガンダム像をバン
ダイが追い掛けているという感じです。架空の兵器にこれといった完成形はありませんから、クリエーター
やイラストレーター、デザイナーらが『もっとこうした方がいいんじゃないか?』という提案を次々と出して

いって、ディテール、解像度がどんどんと高まっていった。
インターネットの普及もあり、ユーザーが求めるガンダムの理想像は日々、進化しているというのが現状
です」と解説する。そして「現時点でのデファクトスタンダードとも言えるガンダムのイメージは、お台場の
実物大ガンダムです。
バンダイは2010年に1/144のRGをスタートさせ、実物大ガンダムをキット化しましたが1/100スケール
で作り込みの要素も大きいMGではキット化されていなかった。
あえてアニメらしいフォルムにこだわった5年前のVer.2.0は、今見ると、どうしても古臭く見えてしまう。
バンダイとしては、時代のニーズに応えるためにも、ライトユーザーからコアユーザーまで幅広いファン層
を持つMGで、RX-78-2をリニューアルさせる必要があったわけです」と話す。
また「内部フレームの改造のしにくさなどから、一部には批判的な見方があることも確かですが、現時点
における“最高のガンダム”として、大ヒットすることはまず間違いないでしょう」と予測する。

この10月からはテレビ東京系列で、『ガンダムビルドファイターズ』という新しいテレビアニメもスタート
するが、ファースト世代からその子供、ゲームから入った若い世代に至るまで、未だにファーストガンダム
の人気は高い。
お台場の実物大ガンダムは今や、人気の観光スポットとなっており、この夏休みも連日、全国から多くの

人が訪れている。観光客を“参拝客”、熱心なファンを“信者”と置き換えれば、「実物大ガンダム=現代の
大仏」という例えも、決して的外れではなさそうだ。“御利益”があるかどうかはともかくとして、老若男女を
問わず、幅広い層から支持を得ているという点では、まさに“神話的な存在”と言ってもいいだろう。
もはや、一つの文化とも言えるガンダムの世界観が世代から世代へと引き継がれていく限り、ガンプラ
進化にも終わりはないのかもしれない。

 

◇「バンダイ ホビーサイト」
 
http://bandai-hobby.net/site/mg_evolution/index.html

 

 

 

 

オスプレイ追加配備について

オスプレイの追加配備に対して、沖縄全体が反対しているような報道がなされていますね。
沖縄の地元2紙とメディアは当然として、それに追随すかのような朝日、毎日、主要メディアの偏向報道
ぶりには、呆れてしまいます。かたや、オスプレイ配備に関しての問題を払拭しそうな話題は、まともに
取上げようとしません。産経新聞が8月11日に、オスプレイがホワイトハウス職員の移動で初使用された
ことを小欄で伝えたのですが、他紙は無視状態。1日遅れで共同と朝日が報じたくらいです。
産経はオスプレイの安全に問題が無いので、ホワイトハウス用に12機配備したこと、将来的には大統領
専用機「マリーン・ワン」として活用することを伝えています。
共同は何か意図でも有るのでしょう、「オスプレイが大統領本人の移動に使われる計画はない」として
産経とは正反対のことを書いています。
思うに、産経が伝えるようにオスプレイがホワイトハウスで本格的に運用され、大統領専用機としても
使用されるとなれば、それだけ安全性が高く信頼度も高いという事になります。
となれば、マスコミをはじめとする反日勢力が「オスプレイは危険だ!配備を撤回しろ」という論拠(事故
率が高いなど)が揺らぐことになります。当然、沖縄で反日団体や活動家等が火病のように繰り広げて
いる、反対運動にも影響が及ぶことになりかねません。自分達に都合が悪い事は伝えようとせず、伝え
るとしても歪曲するか印象操作をするかして、事実を隠蔽しようと画策するのです。

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~平成25年8月11日 産経新聞【ワシントン=佐々木類】より
ホワイトハウス 「オスプレイ」初使用で安全性保証
オバマ米大統領が夏休みのため、北東部マサチューセッツ州マーサズ・ビンヤード島に入った
10日、正副大統領の輸送を担当する海兵隊は輸送機MV22オスプレイで、大統領補佐官や
警護官(シークレット・サービス)や記者らを輸送した。米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)に
配備されたオスプレイと同型機がホワイトハウスの移動で運用されたのは初めて。
大統領はこの日、遊説先の南部フロリダ州からマサチューセッツ州に大統領専用機で到着。
専用ヘリコプター「マリーンワン」に乗り換え、歴代民主党大統領が好んだマーサズ・ビンヤード島
に到着した。
海兵隊は、オスプレイを成熟した航空機で安全性は確認済みとして、旧式CH46ヘリから機種変更
を進めるため、今年4月からホワイトハウスの輸送部隊に12機を順次配備してきた。
オスプレイは昨年、沖縄県・尖閣諸島など離島防衛を想定して普天間飛行場に12機配備、今後も
追加配備が予定されている。
海兵隊は将来、大統領専用機「マリーン・ワン」として活用する方針


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~2013年8月12日 共同通信【ワシントン共同】より
「オスプレイ」オバマ氏同行スタッフを初輸送 大統領本人が使う計画はなし
オバマ米大統領は10日、ミシェル夫人と共に東部マサチューセッツ州のマーサズ・ビンヤード島に到着
18日までの日程で夏休み入りした。これに伴い、海兵隊の新型輸送機MV22オスプレイが、オバマ氏
同行するホワイトハウスのスタッフや記者らを輸送した。
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)に配備されているオスプレイと同型機で、こうした目的で運用され
たのは初めて。
オバマ氏夫妻は10日午後、遊説先の南部フロリダ州を出発し、マサチューセッツ州にある沿岸警備隊
の飛行場に専用機で到着。その後、海兵隊所属の大統領専用ヘリコプター「マリーンワン」に乗り換え、
歴代大統領が好んだ保養地として知られるマーサズ・ビンヤード島に降り立った。
米メディアによると、この日は複数のオスプレイがホワイトハウスのスタッフらを輸送する目的で使用され
た。オバマ氏らの到着を控えた9日以前にも、警備など準備作業の一環とみられるオスプレイの飛行が
同島周辺で目撃されたという。
海兵隊はことし5月、オバマ氏やホワイトハウス高官らを輸送する部隊にオスプレイ12機を配備したと
発表していた。ただ、オスプレイが大統領本人の移動に使われる計画はない
オスプレイは昨年、普天間に12機が配備され、今月3日には追加配備の2機も到着している。

 


 (5月に公開された大統領専用オスプレイ)

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下の映像を見て下さい。8月12日(月)の野嵩ゲート前の光景です。メディアが決して伝えようとはしない
沖縄の現実です。ニュース映像が、いかに恣意的に作られているかが分かります。
そして、この日の毎日新聞の記事は異常なくらい「オスプレイ反対」を主張したものになっていました。

 

そもそも、8月5日にキャンプ・ハンセン(宜野座村)内で墜落したヘリコプター(HH60)とオスプレイとは
何の因果関係はありません。HH60とオスプレイは構造も異なれば、その運用目的も作戦行動も異なる
もであり、HH60の事故原因究明とオスプレイ配備とは全く無関係なのです。
にもかかわらず、墜落事故が、まるで米軍が爆弾でも落としたかのような、非難の嵐、馬鹿騒ぎです。
殉職者も出ているというのに、哀悼の意を表すどころか、まともには触れず、「危ない」「怖い」の声ばかり
を取り上げ「米軍は出ていけ!」「基地なんていらない!」「苦しむのも限界だ!」というのが沖縄の声だと
言わんばかりです。挙句に「だからオスプレイも危険だ!」「オスプレイ配備反対!」などという、おかしな
主張に結び付けています。まったく、めちゃくちゃにも程があります。
ヘリコプター(HH60)が墜落したハンセン訓練場は、人の住まない山岳地帯であり、既に1998年には
そのうちの162㌶が返還されることが決まっていた地域なのです。さらには普天間基地を辺野古に受け
入れることの交換条件として、名護市が「継続使用」を要求した地域でもあるのです。
稲嶺名護市長は「基地収入に頼らない」「米軍基地に依存しない名護市」などと豪語していたのです
から、当然このハンセン地区軍用地返還を受け入れるものと思われていました。ところが、なんと4度目
の使用継続の延長を要請したのです。市長が使用延長する理由は、返還予定の訓練場のその殆どが
名護市有地であり、年間1億3千万円の借地料が、市の財政を潤おすからに他なりません。
この稲嶺名護市長の恥知らずな行為について、沖縄県民でさえ殆ど知らないのが実情なのです。
今回の事故は、基地エリア内でHH60によるレスキュー訓練中に発生したものだと思われます。
当然、様々な困難な状況を想定して実施しており、それこそ一歩間違えば、墜落しかねない厳しい訓練を
日々繰り返しています。それもこれも、イザという時のためであり、いかなる状況下においても仲間を救助
するというのが彼等の使命であり任務だからです。そんな危険と隣り合わせの訓練をこなしている最中
に今回、不幸にも不測の事故が起きてしまったのです。
一方、基地からの移動は安全運転に徹しています。大事な機体と乗組員の安全を確保しながら慎重に
運航しているため、墜ちる可能性は極めて低いのです。
ちなみに、8月10日付の産経は「墜落事故の現場で見つかった遺体の身元が、乗員で第18航空団
第33レスキュー飛行中隊のマーク・スミス三等曹長と確認された」と伝えていますが、他紙はこの件に
ついて全くふれていません。
殉職された、フライトエンジニアのマーク・スミス三等曹長は、アフガンにも2回派遣されたベテランで、
面倒見が良く、部下からの信頼が厚かったとのこと。奥様と2人の娘さんがいるそうです。
主要マスコミやメディアは、米国軍人が亡くなっても、追悼する必要はないとでもいうのでしょうか?
また墜落したHH60と犠牲になったクルー達が、東日本大震災の「トモダチ作戦」で捜索救難、物資輸送
を行った部隊所属だという事実までも報道しませんでした。

 

◇2013年8月12日 【完全無法地帯!! 】野嵩ゲートの暴力団

 

オスプレイ8機が岩国から到着した8月12日(月)の午前7時頃の野嵩ゲート前の光景です。
野嵩ゲート(県警の青いバスが駐まっているところ)から普天間基地内に入る米兵の車両に
対してこんな暴力的な嫌がらせが行われています。
片側2車線を集団で完全に封鎖。米兵の車をプラカードで叩く者。車の上に飛び乗る者。
車のドアを開けようとする者。中央線上に脚立を置いて撮影する者。対向車線からUターン
停止し通行妨害をする者。
ピンクのシャツを着た抗議活動家が、前の白い車(トヨタセリカ)に飛び乗り車両に損害を
与えたそうですが、現行犯逮捕されず。
その後、米兵は宜野湾署に被害届を出しましたが、またしても受理を拒否されたそうです。
撮影者の車にプラカードを突き付けた男は、車のドアを開けようとしていたそうです。

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◇2013年8月12日  ANNnewsCHより


 

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○2013年8月12日 毎日新聞
<オスプレイ追加配備>市民ら「米国に帰れ」 基地前で抗議
米軍の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの追加配備が再開された米軍普天間飛行場(沖縄県宜野
湾市)野嵩(のだけ)ゲート前に12日早朝から追加配備に反対する市民らが駆けつけ、午前9時ごろには
約150人が集まった。
同県宜野座村のキャンプ・ハンセンでの米軍ヘリコプター墜落事故からわずか1週間での配備再開に、
軍用機の安全性に懸念を深める沖縄側は強く反発している。
ゲート向かいの歩道に陣取った市民らは「OSPREY NO!」と書かれた赤い紙を掲げ、「オスプレイ来る
なー」「アメリカに帰れー」などとシュプレヒコール。
オスプレイ8機が普天間飛行場に着陸したとの一報が入ると「えー」と驚きや悲鳴を上げ、抗議の声を
一層強めた。
糸数慶子参院議員(地域政党「沖縄社会大衆党」委員長)は「米軍と日本政府は、5日の米軍ヘリ墜落
事故の対応も全くできていない状況で再配備を強行した。沖縄が切り捨てられているが、負けてはいけ
ない」。普天間飛行場の名護市辺野古への移設に反対するヘリ基地反対協議会の安次富(あしとみ)浩
共同代表は「安倍政権は沖縄県民の思いを受け止めず、オスプレイを押し付ける姿勢を変えようとしな
い。絶対にあきらめず、県民一丸となって沖縄の基地を減らしていく闘いを続けていこう」と訴えた。
現場では沖縄県警の機動隊員ら約50人が警戒にあたり、車道での座り込みをしようとした市民らともみ
合うなど緊迫する場面もあった。
普天間飛行場の敷地内では、米兵たちが金網のフェンス越しに市民らの行動を見つめ、ビデオ撮影する
などしていた。【福永方人】

 

○2013年8月12日 毎日新聞 東京夕刊
在日米軍再編:オスプレイ配備再開 沖縄米軍ヘリ墜落1週間で、普天間に
米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)への追加配備のため岩国基地(山口県岩国市)に駐機中の
垂直離着陸輸送機MV22オスプレイ10機のうち8機が12日午前、普天間飛行場に移動した。
オスプレイの追加配備は5日に沖縄県宜野座村で米軍ヘリが墜落した事故を受け延期されていた。
事故原因や再発防止策が明らかにされないまま、わずか1週間で再開されたことに、同飛行場周辺では
住民らが怒りの声を上げた。
8機は12日午前7時50分ごろに岩国基地を離陸し、約2時間半後、次々と普天間飛行場に到着した。
残り2機も同日午後には移る見込みで、普天間飛行場のオスプレイは計24機態勢になる。
追加配備のオスプレイ12機は7月30日に岩国基地に陸揚げされ、うち2機は3日に普天間に移った。
しかし、5日に宜野座村の米軍キャンプ・ハンセンで米空軍嘉手納基地所属の救難用ヘリが墜落し、
乗員の米兵1人が死亡。
沖縄県の仲井真弘多知事は6日に菅義偉官房長官らと会談し、原因究明や再発防止を米側に求める
よう申し入れた。米軍は事故を受け、追加配備を延期していた。 【福永方人、大山典生】

 

○2013年8月12日 毎日新聞 20時36分配信
■<オスプレイ>沖縄の住民、激しい怒り 米軍と安倍政権批判
沖縄県宜野座村のキャンプ・ハンセンに米軍ヘリが墜落した事故からわずか1週間。
事故原因も分からないまま12日、米軍の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイの追加配備が再開され、
9機が米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)に降り立った。「沖縄の反対の声を何だと思っているのか」。
事故への恐怖におののく住民を無視して追加配備を強行する米軍と、米軍に物言わぬ安倍晋三政権
に、沖縄で激しい怒りが渦巻いた。
「墜落事故の原因もまだ分かっていないのに、追加配備をごり押しするなんて信じられない。沖縄を一体
何だと思っているのか」。宜野座村城原区の行政委員、雨宮節さん(77)は憤りを隠さない。
キャンプ・ハンセンに隣接する城原区では昨年10月のオスプレイ配備以降、住宅上空すれすれの飛行が
繰り返されてきた。区は8日、沖縄防衛局に事故への抗議とオスプレイの配備撤回を求めたばかり。
雨宮さんは「沖縄が何を言っても無視され続けている。我々の怒りはもう限界だ」と語った。
ハンセンのオスプレイ発着帯(ヘリパッド)から約350メートルに暮らす泉忠信さん(83)も「沖縄はまさに
踏んだり蹴ったりの状態」と嘆き、「危険性が指摘されているオスプレイが増えれば、いつどこに落ちる
か分からない」と不安を語る。
当真淳村長(41)も取材に対し「事故のショックが村民に残っている中で追加配備されたことに憤りを感じ
ている」と米軍を批判。事故の原因究明や、オスプレイ追加配備反対を求める村民大会を22日に開くと
いう。一方、普天間飛行場の野嵩(のだけ)ゲート前では住民らが抗議活動を続けた。
「オスプレイを撤去せよ」などとシュプレヒコールを上げ、オスプレイの機影が南西の空に現れると「帰れ
ー」と怒号が飛んだ。
普天間爆音訴訟団の島田善次団長は「普天間周辺の住民は今も騒音被害を受けている。米軍に好き
勝手させている安倍政権に抗議しないといけない」と訴えた。
抗議活動に参加した沖縄市の比嘉美代子さん(67)は「安倍首相は『沖縄県民の思いを大切にする』と
か言ってるけれど、県民感情を逆なでしている」と怒りをたぎらせた。【佐藤敬一、福永方人】

 

■<オスプレイ>政府、沖縄の反発に苦慮 早期に負担軽減策
米軍が垂直離着陸機MV22オスプレイの普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)への追加配備を再開し、
日本政府は沖縄県の反発をどう和らげるかに苦心している。
米軍ヘリHH60の墜落事故発生後、1週間での配備再開により、沖縄の反基地感情はさらに拡大。
政府は米軍とも連携し、オスプレイ訓練の本土移転など、目に見える基地負担軽減策を迫られている。
安倍晋三首相は12日、首相官邸で記者団に対し、オスプレイの配備再開について「住民の生活を第一
に考えていく。同時に、日米の合意を適切に実施していくよう、米側と緊密に連携を取っていきたい」と
理解を示した。その上で「沖縄の負担が少しでも軽減するよう、全力を挙げていく」と強調した。
日本政府にとって、オスプレイ追加配備の早期再開は既定路線だった。墜落事故後に延期を米側に要請
したものの、政府内では「事故機とは機種が違う」との声が大勢。政府関係者は「延期は極めて政治的、
社会的な判断だった」と語り、HH60の運航停止と扱いが異なるとの認識を示した。
しかし、沖縄側はオスプレイの追加配備そのものを中止するよう要求。県内では12日も、追加配備の再開
に抗議活動が続いた。民主党の海江田万里代表は同日、記者団に対し「(HH60の)事故の原因解明も
終わっていない段階で、拙速すぎる」と批判した。
普天間飛行場の県内移設への影響を恐れる日本政府は、早期に負担軽減策を打ち出し、沖縄の理解を
求めたい考え。米側も日本の懸念を共有しており、オスプレイの沖縄での訓練を、本土へ移す訓練移転
計画を今秋に公表する見通しだ。
訓練移転を巡っては、日本維新の会の橋下徹共同代表が、八尾空港(大阪府八尾市)に訓練の一部を
受け入れる構想を提案。政府も検討する構えを見せたが、地元首長が反対し、実現のめどは立っていな
い。自民党幹部は「八尾空港は住宅街にあり、できるわけがない」と否定的だ。
米軍が3月に初めて行った本土での低空飛行訓練では、本土側の自治体から懸念の声が上がり、訓練
の受け入れ先はなお見通せない。
小野寺五典防衛相は10日の読売テレビの番組で「普天間飛行場が名護市辺野古沖に移転されれば、
(米軍機は)訓練場まで海上をずっと飛び、市街地を通らなくていい」と指摘。
県内移設が沖縄の負担軽減につながると強調した。【青木純、中島和哉】

 

 

 

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2013年8月9日『沖縄オスプレイファンクラブ』(https://www.facebook.com/events/215547678600012/)では
「HH-60ヘリ墜落事故の殉職隊員に哀悼の意を表しましょう」と題して、以下のように呼びかけています。

 

2013年8月5日午後4時頃、沖縄県宜野座村の米海兵隊キャンプ・ハンセン内の訓練場に、
米軍嘉手納基地所属の救難ヘリHH-60が墜落、炎上した事故で、隊員3名が負傷し米海軍
病院へ搬送され、1人が遺体で見つかりました。
第18航空団広報局報道部長・広報官によると、墜落したHH-60ペイブ・ホークと、犠牲になった
クルー達は東日本大震災後、トモダチ作戦で捜索救難、物資輸送を行った部隊に所属している
そうです。
事故原因はまだ調査中とのことですが、彼らは救助訓練という危険な任務のため、日々訓練を
行っていますので、墜落という最悪の事態の中でも、一人の犠牲者も出さないため、最大の努力
をしたものと思います。
オスプレイ追加配備への反発が高まる中で起きた米軍ヘリ墜落事故に対する沖縄のメディアや
一部の反米議員らの反応は、信じがたいものでした。悔やみの言葉は一切なく、オスプレイ配備
反対活動を煽る米軍批判の言葉しか伝えませんでした。
基地と隣り合わせで生活している住民の恐怖は分からなくもないのですが、それでも、遠い異国
の地で殉職した兵士に対し、お悔やみの言葉一つかけずに、米軍批判のネタにするのは、日本人
として恥ずべき行為だと思います。人として、親として、沖縄の将来を担う子ども達に見せられる姿
ではありません。
嘉手納基地ウェブサイトの問い合わせページは、日本人からの弔意メッセージでパンク状態に
陥ったと思われ、昨日からウェブメッセージの送信ができなくなっていますので、ケガをなさった
3名のクルーの早期回復と亡くなられたクルーが天国で安らかに眠れるよう、みんなで祈りましょう。
また、突然、大事な家族を失ったご遺族へお悔やみといたわりのメッセージを、このページに書き込
んで頂けませんか? 皆様から寄せられたメッセージは、後日、嘉手納基地広報部へお届けします。

嘉手納基地広報部には日本人基地従業員もいますので、メッセージは日本語でも英語でもOKです。

 

 

 

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沖縄2区選出宮崎政久衆議院議員自民党)は自身のFbで、以下のような内容を発信して
おられます。これが、正常な日本人がとる行動であり、発言ではないでしょうか。
そして、それに対するコメントが、沖縄の本当の声なのではないでしょうか。
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<ミヤザキ 政久 月曜日>
本日16時頃、嘉手納基地所属米空軍ヘリHH60がキャンプハンセン内に墜落した。
詳細情報は確認中。 まずは乗員の無事を心から祈る。
そして、事故はいかなるものであれ県民の生命、安全への危険であり、誠に遺憾である。
原因究明と再発防止を強く求める。事故後の対応として不可欠なのは情報開示。
事故が不安と不信を招くのは当然。これを払しょくするためにも適時適切な情報開示が欠かせない。

 

<ミヤザキ 政久 火曜日>
本日朝一番の午前9時、外務省へ、引き続き防衛省へ、昨日の米軍ヘリ墜落事故について
抗議と申し入れをした。県選出自民党国会議員かけはしの会として。
事故は住民の生命、安全を危険にさらすものであって極めて遺憾であること、県民からすれば
「またか」という思いであること、沖縄の過重な基地負担の解消を強く求めること等を伝えた。
その上で
1.アメリカ側へ迅速な情報提供の要請
2.提供された情報の国民、県民に対する適時適切な情報開示
3.徹底した原因究明と再発防止策の策定と実施
4.訓練の分散移転を含めた目に見える形での沖縄の基地負担軽減の実行を申し入れた。
その他即座に政務三役を現地に派遣するなどして全力で事態対処にあたってほしいことや、
その時点では明らかになっていなかった乗員の安否確認にも万全を尽くしてほしいなど様々に
意見を述べた。 外務、防衛からは、申し入れ事項は了承しきちんと対応する旨の回答を得た。
亡くなられた隊員のご冥福を祈りつつ、県選出国会議員として務めを果たしたい。

 

~コメント~
○レスキュー訓練中の不幸な事故…。亡くなられた隊員及びご家族様にお悔やみ申し上げます。
 特に市街地で高度な特殊訓練するワケではないのですが、変な論調になりそうです。
 国土防衛、高度レスキュー、災害派遣と必要なモノとそーでないモノを、ハッキリと示す必要が
 あるかと思います。

○沖縄県知事も、首長もメデイァも識者も、誰も亡くなられた兵士へのお悔やみの言葉がありません。
 ミヤザキ先生、事故の再発防止の申し入れは当然ではございますが、亡くなられた兵士への哀悼
 の意を直接、米側にもお伝え頂ければ幸いです。
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<ミヤザキ 政久 火曜日>
15時40分、外務省を訪問し、若林外務大臣政務官および冨田北米局長に対し、日本国政府
として、ヘリ事故によってお亡くなりになった隊員およびご家族に対し哀悼の意を表することを
強く申し入れました。 人の命に国籍は関係ない。 訓練中にお亡くなりになった。
その場所が沖縄。国民として、県民として、哀悼の意を表するのは当然のことと考えてのことです。

 

~コメント~
○県内の報道見てると安否を気遣う報道がほとんどないのが残念でなりません。
 もし、東北の震災で救助にあたってた隊員の可能性もあるわけで、きちんと追悼の意を表して
 欲しいです。

○県民代表してくださって、ありがとうございます。隊員とその家族に御悔やみ申し上げます。
 そして、最後まで着陸する場所に責任をまっとうしてくれた。隊員に感謝します。

○地元紙で事故の犠牲者に対する哀悼のコメントは、私が捜すのが下手なのか見つからず、煙が立ち
 上る演習場の様子が何枚も大きく載り、心無い紙面だと思っていましたので、このような対応、申し入
 れに感謝いたします。

 

 

 

68回目の終戦の日

本日68回目の終戦の日を迎え、英霊に感謝を捧げるとともに、心から追悼の意を表したいと思います。

 

『 凛として愛 』

明治開国から大東亜戦争まで日本が戦って来た歴史を約70分でまとめてあります。
明治27年の朝鮮半島をめぐる清国との戦い、ロシアフランス、ドイツの三国干渉、
朝鮮半島、満州をめぐり大国ロシアとの戦い、満州事変、支那事変、ABCD包囲網
なぜ日本は戦わなければいけなかったのか・・・。
資料に基づいて制作された映画、真実の歴史を知る事ができます。

 *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  

【特別公開】 映画「南の島に雪が降る」

俳優の加東大介氏の従軍体験を基に、ニューギニア戦線で兵士の士気高揚のために創設された
「演芸分隊」の活躍をコミカルタッチで描いた『南の島に雪が降る』。
1961年に加東大介氏の主演で映画化された作品を、1995年に水島総が、豪華キャスティングで
シリアスタッチの「戦後日本に帰ってこなかった未帰還兵」の物語としてリメイクした作品である。
現在、靖國神社遊就館で連続上映されている本作品を、大東亜戦争記念特集として特別公開します。

 

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~2013年8月15日産経ニュース【終戦の日】より
戦没者追悼式に6,091人、首相「国の未来切り拓く」
68回目の終戦の日を迎えた15日、政府主催の全国戦没者追悼式が東京都千代田区の日本武道館
で開かれた。昭和38年8月15日の初開催から今回で51回目となる追悼式には、天皇、皇后両陛下の
ご臨席のもと、安倍晋三首相や全国各地の遺族ら6,091人が参列。
戦争の犠牲となった軍人・軍属約230万人および一般市民約80万人、あわせて約310万人の冥福を
祈るとともに、平和への誓いを新たにした。式典では、両陛下のご入場後、参列者全員で国歌を斉唱。
安倍首相は式辞で戦没者に哀悼の意を表し、「私たちは歴史に対して謙虚に向き合い、学ぶべき教訓
を深く胸に刻みつつ、希望に満ちた国の未来を切り拓いてまいります」と決意を述べた。
その後、正午の時報とともに、1分間の黙とうをささげ、
天皇陛下が「終戦以来既に68年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き
上げられましたが、苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません」と、

お言葉を述べられた。
また、夫が奄美大島古仁屋沖で戦死した東京都練馬区の遠矢みち子さん(92)が遺族代表として
「私たちが体験した悲しみや苦しみは、誰にも味わわせたくはありません。すべての人々が平和で心豊
かな世界となりますよう、たゆまぬ努力をいたします」と追悼の辞を述べた。
厚生労働省によると、参列予定遺族4,813人のうち戦没者の父母は3年連続でゼロ
妻も昨年(24人)の3分の2の16人、兄弟姉妹も昨年(588人)より減って508人となった。
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◇天皇陛下のお言葉全文
本日、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」に当たり、全国戦没者追悼式に臨み、さきの大戦において、

かけがえのない命を失った数多くの人々とその遺族を思い、深い悲しみを新たにいたします。
終戦以来既に68年、国民のたゆみない努力により、今日の我が国の平和と繁栄が築き上げられましたが、

苦難に満ちた往時をしのぶとき、感慨は今なお尽きることがありません。
ここに歴史を顧み、戦争の惨禍が再び繰り返されないことを切に願い、全国民と共に、戦陣に散り戦禍
に倒れた人々に対し、心から追悼の意を表し、世界の平和と我が国の一層の発展を祈ります。

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~2013年8月15日 読売新聞 全国戦没者追悼式より
<安倍首相の式辞>
天皇皇后両陛下のご臨席を仰ぎ、戦没者のご遺族、各界代表多数のご列席を得て、
全国戦没者追悼式を、ここに挙行致します。
祖国を思い、家族を案じつつ、戦場に倒れられた御霊、戦禍に遭われ、あるいは戦後、
遠い異郷に亡くなられた御霊の御前に、政府を代表し、式辞を申し述べます。
いとしい我が子や妻を思い、残していく父、母に幸多かれ、ふるさとの山河よ、緑なせと
念じつつ、貴い命をささげられた、あなた方の犠牲の上に、いま、私たちが享受する平和と、
繁栄があります。そのことを、片時たりとも忘れません。
御霊を悼んで平安を祈り、感謝をささげるに、言葉は無力なれば、いまは来し方を思い、
しばし瞑目し、静かにこうべを垂れたいと思います。
戦後わが国は、自由、民主主義を尊び、ひたすらに平和の道をまい進してまいりました。
今日よりも明日、世界をより良い場に変えるため、戦後間もない頃から、各国・各地域に、
支援の手を差し伸べてまいりました。
内にあっては、経済社会の変化、天変地異がもたらした危機を、幾たびか互いに助け合い、
乗り越えて、今日に至りました。
私たちは、歴史に対して謙虚に向き合い、学ぶべき教訓を深く胸に刻みつつ、希望に満ちた、
国の未来を切りひらいてまいります。世界の恒久平和に、能(あた)うる限り貢献し、万人が、
心豊かに暮らせる世を実現するよう、全力を尽くしてまいります。
終わりにいま一度、戦没者の御霊に平安を、ご遺族の皆様には、ご健勝をお祈りし、
式辞といたします。
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本日付の「ねずさんのひとりごと」(http://nezu621.blog7.fc2.com/)で、昭和20年8月15日に
玉音放送として全国にされた「終戦の詔勅」についてのお話しが書かれています。
全文の口語訳と、その解説を分かりやすく書いておられますので、是非一読してみて下さい。

 

【終戦の詔勅原文】
朕深ク世界ノ大勢ト帝国ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ茲ニ忠良ナル
爾臣民ニ告ク
朕ハ帝国政府ヲシテ米英支蘇四国ニ対シ其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ
抑々帝国臣民ノ康寧ヲ図リ万邦共栄ノ楽ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遣範ニシテ朕ノ拳々措カサル所
曩ニ米英二国ニ宣戦セル所以モ亦実ニ帝国ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ他国ノ主権ヲ
排シ領土ヲ侵スカ如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス然ルニ交戦已ニ四歳ヲ閲シ朕カ陸海将兵ノ勇戦
朕カ百僚有司ノ励精朕カ一億衆庶ノ奉公各々最善ヲ尽セルニ拘ラス戦局必スシモ好転セス世界ノ
大勢亦我ニ利アラス 加之敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所真ニ測ル
ヘカラサルニ至ル而モ尚交戦ヲ継続セムカ終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス延テ人類ノ
文明ヲモ破却スヘシ斯ノ如クムハ朕何ヲ以テカ億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神霊ニ謝セムヤ是レ
朕カ帝国政府ヲシテ共同宣言ニ応セシムルニ至レル所以ナリ
朕ハ帝国ト共ニ終始東亜ノ解放ニ協力セル諸盟邦ニ対シ遺憾ノ意ヲ表セサルヲ得ス帝国臣民ニ
シテ戦陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内為ニ裂ク且戦傷ヲ負ヒ
災禍ヲ蒙リ家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ 惟フニ今後帝国ノ受クヘキ
困難ハ固ヨリ尋常ニアラス爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル 然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所耐ヘ難キヲ
耐ヘ忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ万世ノ為ニ太平ヲ開カムト欲ス
朕ハ茲ニ国体ヲ護持シ得テ忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ常ニ爾臣民ト共ニ在リ若シ夫レ情ノ激
スル所濫ニ事端ヲ滋クシ或ハ同胞排擠互ニ時局ヲ乱リ為ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ
朕最モ之ヲ戒ム 宜シク挙国一家子孫相伝ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ任重クシテ道遠キヲ念ヒ総力ヲ
将来ノ建設ニ傾ケ道義ヲ篤クシ志操ヲ鞏クシ誓テ国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ
期スヘシ爾臣民其レ克く朕カ意ヲ体セヨ

 

御名御璽
昭和20年8月14日

 

 

 

 

 

 

 

 

「風立ちぬ」観ましたか?

「風立ちぬ」を観てきました。正直なところ、肩透かしを食らってしまいました。
ジブリお得意の手作業による、アニメーション作りはやはり素晴らしいものがあります。
空の色、雲の様子、風の捉え方、飛行する感覚、どれも宮崎監督ならではの描き方でした。
しかしながら、作品としては★3つ、凡庸としか言わざるを得ない。宮崎夢想物語とでもいうところか。
淡々と物語は進行し、テーマも曖昧模糊で、その終わりは物足りなさを感じずにはいられなかった。
宮崎アニメの魅力は、何といっても「元気」「一生懸命」「諦めない」というのが基本だと思っている。
主人公・堀越青年には葛藤が無いのである。「諦念」らしきものさえ感じさせる。
ま、見る人其々で感じ方が違うだろうから、細かな批評するのは止めておきます。
ただ、中学生以下の子供達には、理解するのが難しいと思います。ファミリーで楽しく見れる作品とは
言い難いですね。
なにやら、南朝鮮では公開すべきでないとの非難が喧しいようですが、例え彼等がこの作品を見たと
しても、殆ど理解不能だろうと思います。嫌がるものを無理に公開する必要は無いと思いますが・・・。

 

 

シネコンはこんな様子でした。全面ジブリです。すごい・・・。

 

向かい側もこんな感じでした。

 

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~2013年7月27日 日本経済新聞電子版より


 

(関原) 「アニメーションは子どものもの」という信念を持ち、
   当初はこの作品の映画化に難色を示していたそうだが。
(宮崎) 「模型雑誌に連載していた漫画を映画にしろと(鈴木敏夫)プロデューサーに言われた時は、
   どうかしている。できるわけがないと思った。なぜなら、この漫画はあくまでも、自分の道楽で
   描いていたものだったからだ。だが、分からないことに出会うのも子どもには必要という(スタ
   ッフの)言葉が映画化の後押しになった」
   「自分自身もそういう経験をした。子どものころ、僕は毎週のように映画館に行っていた。
   今とは違って映画を選んでいくのではなく、そこで上映している映画を見に行くという感覚だ
   った。『煙突の見える場所』(五所平之助監督)や『めし』(成瀬巳喜男監督)、小津安二郎監督の
   『お茶漬けの味』……。旅芸人が雨に降られて客が来ないとか、よく分からないけれど、生きる
   のも大変だなと思いながらトボトボと映画館から帰ってきた。(子供向けの)チャンバラよりも、
   こうした日本のモノクロ映画の方がはるかに深く今も心に残っている」

(関原) 監督は子どものころから飛行機好きで、堀越が設計した九試単座戦闘機(九試単戦)
   の写真を小学生の時に見て鮮烈な印象を受けたというが。
(宮崎) 「九試単戦を今から数年前、5分の1のサイズでラジコン(の飛行機)を作ってもらい、飛ばした
   ところ本当にきれいだった。この戦闘機は(主翼が途中から上に曲がる形をした)逆ガル翼。
   翼が下がっているから脚(着陸脚)が短く、空気抵抗が少なくて済む。一時、世界的に流行した
   もので、堀越はこれを絶対にやってみたかったと思う。
   九試単戦ができるちょっと前まで、(日本の飛行機は)イギリスフランス、ドイツの設計者に設計
   してもらうというレベルだった。優秀な技術者や努力している会社もあったが、日本型の飛行機と
   いうものを決定づけたのが堀越二郎と(映画で堀越の友人として登場する)本庄季郎だと思う。
   本庄は明朗、明晰で、自分のやってきたことを包み隠さず話す。一方、堀越は英国型の紳士という
   感じの人。とても頭がよく、分かりきったことを議論しても仕方ないという考えだったのではないか。
   実際の2人は仲がよくなかったかもしれないが、映画の中では友達にした」

(関原) もう一人のモデル、堀辰雄については。 
(宮崎) 「若いころに読んだが、実はピンとこなかった。古書店で見つけ、たまたま読み直した。繰り返し
   読むうちに『美しい村』『晩夏』はすばらしいと気づいた。堀辰雄は戦時中、(長野県軽井沢の)
   追分で過ごしていた。あの寒い追分の冬を過ごすとは、(病を得た)体のためという以上になんら
   かの覚悟があったのではないか。しかも戦争のせの字も一切書かず、干上がるのを覚悟して
   『大和路・信濃路』を書いた。そういうことがだんだん分かってきて、この人は線が細そうに見えて、
   ものすごく骨太で強い人だなと思った。
   この時代の人で一番自分に身近に感じられたのが堀越二郎と堀辰雄だった。堀越二郎の内面
   はおのずと堀辰雄になっていった」

(関原) 大正から昭和にかけての時代が舞台だが、あからさまな戦争場面は出てこない。
   戦争表現をどう考えているか。
(宮崎) 「堀越二郎の戦闘機が一番活躍したのが中国大陸。本庄の設計した爆撃機を援護するのに
   使われた。映画にするとなると、中国軍と空中戦をやることになる。
   中国や朝鮮半島全体(の人たち)がどういう感情を持つのか当然予測はつく。
   あの時代を描く時には避けて通れない問題だ。やらなければならないのであれば、やるしかない
   と思ってこの作品の制作に入った。
   (結果的に描かなかったのは)あえて避けたのではなく、(描くべきことは)その時代に自分の志に
   まっすぐ生きた人がいたということだった。
   堀越と堀辰雄の2人はインテリで、とんでもないところに(日本が戦争に)行くということを予感して
   いる。分かっていても一切そういうものとかかわらない生き方はできるのだろうか。僕は違うと思う。
   職業人というのは、その職業の中で精いっぱいやるしかないんだ」
   「まるで歴史的感覚をなくしたわけではありません、と言い訳するように、軍の行進の場面を入れ
   たりということはやめようと思った。歴史というものはそういうものだからとあいまいにしたり、零戦
   は強かったという表現をしたり。そういうインチキ映画は作らない。一生懸命やった人たちのことを
   描く覚悟をした」

(関原) 反戦主義でありながら、世界の戦記を読み、武器にも造詣が深い。
   鈴木プロデューサーは「矛盾の人」と監督を評している。
(宮崎) 「武器や鎧などそういうものに他人の3倍ぐらい興味がある。ただ飛行機マニアも戦車マニアも
   好きではない。例えば戦車に弾が当たるとどんな音がするのか、戦車に乗っている人と戦車を
   外から目の当たりにしている人とどちらが恐怖を感じるのか。僕はそういうことばかり気になって
   いた。確かに僕は矛盾に満ちているかもしれない。でも仕方がない。矛盾のない人間は、たぶん
   つまらない人だ」

(関原) 宮崎監督は昭和16年(1941年)生まれだが、戦中、戦後の思い出は。
(宮崎) 「物心ついた時から空襲警報が鳴っていた。ただ、昭和20年8月15日以前の日本というと、断片
   的でわずかな記憶しかない。敗戦後というと、敗戦の反省ばかり。
   お祭りの露天商も『日本が発明したのは亀の子だわしだけ』などと言っていた時代だ。
   戦前に整備された公園の動物の檻には落ち葉が積もり、滑り台は赤さびが浮いてかしいでいた。
   かつての栄華が干からびていた。そんな感じだったから、その後の高度経済成長にも、僕の中で
   は、どこかクエスチョンマークがついていた。東京タワーも大嫌いで、エッフェル塔の貧乏なマネを
   しやがって、と屈辱感しかなかった。昭和30年代が懐かしいなんて、ちゃんちゃらおかしい。
   あの頃が良かった、というのが僕にはない」
   「その一方で、戦前は灰色の世界だと長く思い込んでいたが、そうではなかったことに気づいた。
   民主的という意味では(戦前の日本を舞台にした)『ノンちゃん雲に乗る』に出てくる家庭の方が
   はるかに民主的。戦前、戦後とすっかり分けるのではなく、連続しているものなんだと考えるように
   なった。(今回の映画では)自分のおやじの世代の思いも入れているが、おやじより少し上の堀越
   二郎、堀辰雄の生きた時代とおやじの時代、そして今。(これまで自分の中では)ブツブツに切れて
   いた歴史の流れが(今回の映画で)つながったような思いがする」

(関原) 監督が敬愛の念を抱く小説家・堀田善衛。今回の作品ではその影響が色濃く出ている。
(宮崎) 「堀田さんは『空の空なればこそ』という随筆集で旧約聖書の伝道の書の『凡(すべ)て汝(なんじ)
   の手に堪(たふ)ることは力をつくしてこれを為(な)せ』を引用している。
   力を尽くせ、という言葉は単純ではあるが胸に刺さった。二郎の夢に出てくる、イタリアの飛行機
   製作者カプローニが二郎にたびたび『力を尽くしているかね?』という言葉をかけるが、やっぱり、
   どんな状況であれ力を尽くしてやった方がいいと思う」

(関原) 再びファンタジーを作る気持ちはあるか。
(宮崎) 「才能がある人間がいれば、今はやはりファンタジーを作るべき。しかも、今まで見たこともない
   ファンタジーを作らなければいけない時代が来ていると思う。
   僕が今の時代に向けて作るのなら『もののけ姫』だが、もうすでに作ってしまった。見たこともない
   ファンタジーを作るためには相当なインスピレーションと力がないとできない。
   それはハイ・ファンタジー(異世界を舞台にしたもの)ではなく、現実感のあるファンタジーだろう。
   (ストーリーが)ひっくり返ってひっくり返って何が本当なのか分からなくなりながら、単純化して
   いくようなもの。今の自分が作るのはちょっと無理だと思う」
   「以前は午前1、2時まで働いて、午前9時からまた仕事を始めることもした。だが今はできない。
   朝、2時間は体操など自分の体のために使わないと、とてもじゃないが、仕事に出てくる気力が
   なくなった。『ポニョ』の時より仕事を切り上げる時間も30分早くなった。限界だなということを今、
   痛切に感じている」
   「僕はアニメーター上がりの画工で、机に向かう作業をしていないと映画を作れない。
   画工は具体的に絵を描かないと意味がない。この登場人物はこの時、こういう表情をして、こんな
   セリフをしゃべる、と絵コンテに書いても本当のところは分からない。紙の上であっても実際に絵を
   (動画のように)動かしてみて初めて人物に血が通う。そうして、初めて登場人物のことが分かって
   くる。絵は他の人にまかせれば、と言われることもあるが、それは僕にとって映画をやめろと言われ
   るのに等しい。
   (新作の制作を終えた今、必要なのは)まず空っぽになること。最低でも半年はかかる。
   それから次を考えればいい」

(聞き手:文化部・関原のり子)

 

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~2013年8月12日 J-CASTニュースより
ジブリ「風立ちぬ」韓国公開が危機 ゼロ戦題材に「右翼映画」批判止まず
宮崎駿監督最新作「風立ちぬ」に、意外なところから逆風が吹いている。
韓国だ。公開直後からくすぶっている「右翼映画」批判がなかなか止まず、
一部からは公開取り止め説まで流れている。
「風立ちぬ」は、ゼロ戦の開発主任として知られる技術者・堀越二郎を主人公としたアニメ映画だ。
2013年7月20日の日本公開以来、興行収入は3週連続トップ、累計では早くも40億円を突破した。
興行収入150億を突破した前作「崖の上のポニョ」(2008年)に迫る今年最大級のヒット作になりそうだ。
ところが、韓国ネットなどでは日本公開の前後から、第二次世界大戦当時の戦闘機開発が描かれていることを理由に「この映画は『日帝時代』を賛美している」との思わぬ批判が出始めた。批判は宮崎監督の「歴史認識」にも及び、たとえば予告編などで、「かつて、日本で戦争があった」としていることに対し、
韓国紙「毎日経済」などが「日本が戦争を起こした、に変えねばならない」と主張するのがその典型だ。
宮崎監督は政治的にはリベラルな立場で知られ、「風立ちぬ」公開直前にも、安倍政権が目指す憲法
9条改正への反対、また慰安婦への賠償や領土問題への「譲歩」を主張するインタビューがスタジオ
ジブリの小冊子に掲載され、物議をかもした経緯がある。
今回の作品についても宮崎監督は、決して戦争を称揚するのではなく、あくまで技術者としての「夢」を
追い続けた主人公・堀越の姿を描きたいと説明している。そんな宮崎監督にとって、韓国からの反応は
不本意だったようだ。7月26日にはスタジオジブリに韓国メディアを招き、
「戦争の時代を一生懸命に生きた人が断罪されてもいいのかと疑問を感じた」
「堀越は軍の要求に抵抗して生きた人物だ。あの時代を生きたというだけで罪を負うべきだろうか」
と反論した。 しかし、韓国側からの攻撃はまだ止む様子がない。韓国内では、
「(『風立ちぬ』を公開するのなら)米国の原爆開発者ロバート・オッペンハイマーを主役に『爆弾裂けぬ』
なんてアニメを作って封切りすればいい。それなら見ものだ」
「徹底的に自分たちを被害者として描く、戦争の惨禍は描いてもその原因には言及しない、典型的な
日本国民用の自慰的映画だ」
「そもそもゼロ戦を開発した三菱重工業は、朝鮮人を徴用して働かせていた会社ではないか」
などといった批判が相次いでいるという。韓国の通信社「ニューシース」にいたっては、
韓国国民は、韓国での『風立ちぬ』上映中止を呼びかけるべきではないか」 
「映画のテーマだけでも上映を拒否するべき」 という声まであることを紹介している。
今のところ韓国では予定通り9月に封切りが行われる見込みで、映画情報サイトなどでも、公開予定
リストの中に「風立ちぬ」の名が確認できる。ただし詳細は発表されておらず、先行きはやや不透明だ。
 

 

忘れまじ「二日市保養所」のこと

毎年、この時期になるとマスコミやメディアが、戦後○○年として「終戦特集」みたいなものをやります。
ほんの数年前まで、私は、そういった特集記事や番組を見て殆ど疑問に感じることがありませんでした。
「日本軍は勝てる見込みのない戦争に突き進んだ」「侵略戦争をした日本が悪かった」、だから未だに
反省し続けなければいけない・・・という自虐的な内容にもかかわらず、それを受け入れていたのです。
戦後教育による歴史観に、殆ど疑問を抱かなかったのです。
とはいえ、心の片隅には「祖父や同朋たちが、そんなに酷い人間だったとは思えない」という疑問符が
あったのは確かで、納得できないものがありました。
不勉強ゆえの無知に気付いてから、今まで毛嫌いして目を向けることのなかった書籍や雑誌を読むよ
うになり、その度に「恥ずかしながら、こんな事も知らなかったのか…」「こんな事実が有ったとは…」
と驚きの連続で、それこそ、学んでも学んでも追いつきません。
そんな戦後史の中に、「二日市保養所」という忘れてはならない悲惨な史実があります。
敗戦後、博多港に着いた引揚者で、旧満州などでソ連兵や支那人・朝鮮人らに強姦され、妊娠した女性
たちの堕胎手術がここで行われた、ということです。
地元の近くの事なのに、旧筑紫駅の銃撃のことは知っていても、このことについて全く知りませんでした。
戦後の混乱期でもあり、日本政府がまともに機能していなかったこともあり、被害者女性達への対応は
非人道的でもあり、不十分なものであったろうことは想像に難くありません。それを現在の価値観で非難
したり糾弾することは、当時、懸命に処置にあたってくれた医師や看護婦さんたちの行為を、貶めること
になるとともに、被害者女性の屈辱と無念の想いを、踏みにじることになるのではないでしょうか。
侵略戦争と自衛戦争は表裏一体であり、国々の立場によって異なります。加害者でもあり、また被害者で
もあるのです。「日本が悪かった」と一方的に責められる不条理に、子々孫々、未来永劫、耐え続けなけ
ればいけないのでしょうか…?
本土無差別縦断爆撃や、広島・長崎への原子爆弾投下による大量虐殺をおこなった
米国連合国は、本当
に正義なのでしょうか…?
そんな事を思いながら、二日市保養所跡の母子像に手を合わせてきました。

 

< 二日市保養所母子像堂外観 >

 

< 二日市保養所母子像 >

 

< 二日市保養所石碑の裏面にある銅版 >

この石碑裏面の銅版には以下のように記されています。

建立趣旨   福岡市 児島教三

昭和二十一・二年の頃、博多港には毎日のように満州からの引揚船が入っていた。
その中に不幸にしてソ連兵に犯されて妊娠している婦女子の多いことを知った旧京城帝国大学
医学部関係の医師達は、これら女性を此処 -旧陸軍病院二日市保養所- に連れてきて善処した。
この事実を千田夏光氏のルポ『二日市・堕胎医病院』(晩聲社刊)で知った私は、堕胎が当時法律
で禁止されていることを知りつつ職を賭して行った彼等の人道行為は後世に伝えらるべきである
と思いこの碑を建てた。
そして今は夫々の家郷で平穏な日々を送っておられるであろう彼女たちが三十数年を経た今日、
この地を訪れて往時の先生や看護婦さんに感謝の意を伝えたい時、この碑がそのよすがとなれば
と念じている。

昭和五十六年三月
福岡市博多区堅粕四丁目 平藤権 刻字

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 終戦から62年 日韓それぞれの引揚げ


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■ NHK戦争関連番組『証言記録/市民たちの戦争』より
吉田ハルヨさん(京城日赤看護学校)の証言

Q:吉田さんは二日市の保養所では何をされていたんですか。

看護婦の仕事。二日市の保養所は、博多の港に船が着くでしょう。そして、問診て、言葉かけの診療があるんですね。
それで、問診によっておなかの大きい女の人がたくさん出てきたのよね。そういう人をそのままふるさとに帰すわけ
にいかないので、二日市の保養所で、ハシヅメ先生といったかな婦人科の先生は。厚生省の働きで始めたんだけどね。
堕ろす施設ができたの。 堕ろすの、赤ちゃんを。海軍の保養所だったの、戦争中は。海軍の軍人て船の中ばっかりに
いるから、陸に上がったときはそういう保養所で保養させないと精神的にまいるみたいね。
海軍の保養所が福岡県の二日市温泉という温泉があるんだけれど、その二日市に厚生省の保養所としてあったし、今
もあるよ。そこを日赤が堕ろすための施設として使ったの。

Q:どうして堕胎するんですか。

どうしてって、そのまま帰ったら誰の子かわからん子を、ふるさとというか自分のふるさとに帰って育てていかない
といけない。そんな育てるような余裕ないでしょう。みんな着のみ着のままで逃げて帰った人は、その子どうやって
育てるお金もないのに。その人が生きるための手段として堕ろした。誰の子かわからないでしょう、強姦されたら。
逃げて帰る途中で強姦されているんだから。北朝鮮からソウルまでは歩いて帰らないとね。輸送してくれないんだか
ら自力で帰らないと。お金もないし、歩いて帰らないと。ソウルに来たら南朝鮮だからアメリカ軍が何とかしてくれ
たわけよね。ソウルから北はロシアだから何にもしてくれない。

Q:初めてその女性たちを見たとき、どんな様子で、どう思いましたか。

物言わない。とにかくね、黙ってる。物言わない。二日市の保養所ね、海軍の保養所だから個室もあって大部屋もあっ
て、わたしたちは大部屋で暮らしていたようだけど、その人たちは辱めを受けて堕ろしてつらいね。
わたしも、堕ろすなんていうことも知らないでしょう、まだ18~19でね。わからないでしょう。ただ、かわいそうに、
かわいそうにと思うのよ。そんなに暴れなかったね。暴れる体力も気力も、打ちひしがれて。
普通なら、「あんたどこでどうだった、ああだ」って、普通なら話すじゃない、普通の生活してたら。みんなが無口。
つらーい目にあってるから。そうよ、そうですよ。みんな未婚の若い、そんな経験生まれて初めて。
自分から好んでやったパンパンとは違うからね。犯されて、連れ去られて、もう物言えない。涙も出ない。
「何が起こったの、わたし。わたし、これ何。これわたし?」というような、そんな感じ。知らないけど、その経験
ないからわかんないけど。じゃないかと思うよ。年いった人は、「わたしは大変な目にあったんだ」とか思ったか
もしれないね。でも、若い子は何が何やら訳わからん。ねぇ。と思うよ。
それから、二日市の保養所に運ぶまで、物言わないんだもの、皆。一言も。バスなんかないからトラックで運ぶのよ。
二日市の保養所までぎゅうぎゅう詰めでね。物言わないの。辛いつらい思いしてここで堕ろした人たちは、一言も物
も言わず、言わないのよ。泣き声も出さず、堕ろすとき、今よりは麻酔薬も効き目の薄い麻酔薬だったと思う。戦後だ
から。今はもう痛くないような麻酔薬あるんでしょうけど、わたしは手術したことないからわかんないけどね。
戦後だもの。日本の国が医薬品どころか鉄砲の弾も持ってないような時代に、痛み止めの注射薬なんかなかったでしょ
うね、あんまり。それがね、ぎゃーぎゃー泣く人いなかったから。それくらい辛い思いして逃げて帰ってきたんだと
思うよ。

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2008年8月10日 読売新聞より

二日市保養所跡
◆「堕胎、鬼になるしか」 元看護師証言、助産師ら「事実に向き合う」 
赤みがかった髪をした胎児の遺体は、桜の木の根元に埋められたという。
「生きたくても、生きられなかった命をたくさん見てきた」。筑紫野市の元看護師、村石正子さん(82)
は、敗戦後、旧満州(現中国東北部)などで当時のソ連兵らに強姦されて妊娠した女性たちに堕胎手術を
行っていた「二日市保養所」(筑紫野市)に勤務していた。
極秘の施設だったため正確な資料が残っていないが、戦後約1年半で少なくとも200人以上が手術を受け
たとされる。
村石さんのように、この施設について口を開く関係者は少ない。悲惨な歴史を風化させてはならないと、
助産師らがこの夏、保養所での事実を語り継ぐ活動を始めた。
保養所跡には、慈愛に満ちた表情で乳児を抱く母親の像がひっそりと立っている。1982年、保養所跡に
開設された病院の院長らによって建立された。
7月下旬。母子像前で、葬られた胎児や手術の失敗で亡くなった女性たちを供養する法要が営まれた。
主催したのは福岡市の助産師、平田喜代美さん(66)と田川市出身の画家、大友慶次さん(68)(東京都)。
村石さんも含めた約15人は、読経が響くなか、汗もぬぐわず、一心に手を合わせた。
母乳育児を支援する活動を約30年間続けている平田さんは6月、福岡市で個展を開いていた大友さんと
知り合った時、この事実を聞いた。
「命の誕生にかかわる助産師こそ、事実に向き合い、次世代に伝えなければ」と思った。
母子愛をテーマに書画を描いている大友さんは、田川市で過ごした子供時代、九州大病院の医師だった
叔父から知らされて以来、いつか自らの手で供養したいと思い続けてきたという。
「麻酔はなく、激しい痛みに耐える女性の手を握るのは、看護師の役目だった」。
法要後、村石さんが切り出した。
女と分からないよう、坊主頭に男性の服を着た女性たちが、トラックの荷台から次々に降りてきた。
やせこけているのに、おなかだけがせりだした姿に、何度も絶句したという。
医師や助産師が手術を担い、妊娠間もない場合は、子宮に器具を入れてかき出した。
4か月を過ぎていたら、陣痛促進剤を使ってすぐに出産させ、メスで赤ちゃんの命を奪ったという。
「違法行為だったが、女たちの人生を守るために必要なことだった。鬼になるしかなかった」
「助産師は命をはぐくむ役割を担っているが、ひとたび戦争が起こると、命を奪う立場にもなりうる
ことを知った。助産師はもちろん、若い母親たちにも伝えていきたい」と平田さん。
9月、助産師たちが村石さんの体験を聞く場を作るつもりだ。

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2006年8月読売新聞九州版より

二日市保養所。 入り口脇には「厚生省博多引揚援護局保養所」の看板がかかっていた。
(福岡市総合図書館所蔵「博多引揚援護局史」より)

「不幸なるご婦人方へ至急ご注意」。
満州や朝鮮半島から博多港に向かう引き揚げ船では、こんな呼びかけで始まるビラが配られた。
「不法な暴力と脅迫により身を傷つけられたり、そのため体に異常を感じつつある方は、診療所へ収容
し、健全なる体として故郷へご送還するので、船医にお申し出下さい」。
全文を読んでも、どのような治療を行うのか明示されていなかったが、ソ連の兵隊などの暴行で妊娠し
ていた女性には見当が付いた。中絶手術。
優生保護法が1948年に成立するまで、原則、違法とされた手術だった。ビラを配ったのは京城帝大医
学部の医師たちのグループ。このグループは終戦後の朝鮮半島で日本人の治療に当たっていたが、
ほとんどは45年12月ごろに帰国。
引き揚げ者の治療を続けるため、外務省の外郭団体「在外同胞援護会」に働きかけ、グループ全体を
「在外同胞援護会救療部」に衣替え。46年2月、博多港に近い日本最古の禅寺「聖福寺」に、診療所
「聖福病院」を開設した。帝大医学部の医師たちが、なぜ、違法な手術を決断したのか。
きっかけは暴行されて妊娠した1人の教え子の死だったという。このグループの一員で、京城女子師範
学校で講師も務めた医師は、引き揚げてきた教え子と久々に再会した。しかし、話しかけても泣くばかり。
両親から、「ソ連兵に暴行されて妊娠した」と打ち明けられた医師は、グループの他の医師と相談して
中絶手術に踏み切ったが、手術は失敗し、女性も胎児も死亡した。
すでに博多港に着きながら、暴行されて妊娠していることを苦にした別の女性が、海に飛び込んで自殺
する事件も起きていた。外国人との間に生まれたとすぐにわかる子供を連れた母親が1人で故郷に帰り、
新しい生活を始めることは極めて難しい時代。
医師たちは、目立たない場所に別の診療所を作り、ひそかに中絶手術を行って故郷に帰そうと考えた。
医師らから提案を受けた厚生省博多引揚援護局は、福岡県と交渉し、同県筑紫野市・二日市温泉の一
角にあった広さ約420平方メートルの木造2階の建物を借り上げた。
旧愛国婦人会の保養所で、博多港から車で約40分。交通の便は良く、浴室にいつも温泉がわいている
建物は医療施設としても好都合で、医師たちは医療器具を持ち込み、46年3月「二日市保養所」を開設
した。厚生省が違法な手術を行う医療機関開設に踏み切った背景について、当時、聖福病院に勤務して
いた元職員は「妊娠は、暴行という国際的に違法な行為が原因。国は目をつぶって超法規的措置を取っ
たのだろう」と推測する。

特別養護老人ホームわきの水子地蔵の前で、今年5月14日に行われた「水子供養祭」
(福岡県筑紫野市で)
恨みと怒りの声、手術室に響く
引き揚げ先の博多港から「二日市保養所」(福岡県筑紫野市)に到着した女性たちは、数日間の休養の後、
手術室に通された。麻酔はない。手術台に横たわると、目隠しをしただけで手術が始まった。
医師が、長いはさみのような器具を体内に挿入して胎児をつかみ出す。「生身をこそげ取るわけだから、
それはそれは、痛かったでしょう」。看護師として手術に立ち会った村石正子さん(80)(同)は、硬い表情で
思い返す。ほとんどの女性は、歯を食いしばり、村石さんの手をつぶれそうなほど強く握りしめて激痛に
耐えたが、1人だけ叫び声を上げた。「ちくしょう」---。手術室に響いたのは、痛みを訴えるものではなく、
恨みと怒りがない交ぜになった声だった。
おなかが大きくなっている女性には、陣痛促進剤を飲ませて早産させた。「泣き声を聞かせると母性本能
が出てしまう」と、母体から出てきたところで頭をはさみのような器具でつぶし、声を上げさせなかった。
幾多の手術に立ち会った村石さんには、忘れられない“事件”がある。
陣痛促進剤を飲んで分べん室にいた女性が、急に産気づいた。食事に行く途中だった村石さんが駆けつけ、
声を上げさせないために首を手で絞めながら女児を膿盆(のうぼん)に受けた。白い肌に赤い髪、長い指---。
ソ連(当時)の兵隊の子供だと一目でわかった。医師が頭頂部にメスを突き立て、膿盆ごと分べん室の隅に
置いた。食事を終えて廊下を歩いていると、「ファー、ファー」という声が聞こえた。
「ネコが鳴いているのかな」と思ったが、はっと思い当たった。分べん室のドアを開けると、メスが突き刺
さったままの女児が、膿盆のなかで弱々しい泣き声をあげていた。村石さんに呼ばれた医師は息をのみ、
もう一本頭頂部にメスを突き立てた。女児の息が止まった。
死亡した胎児の処理は、看護師のなかで最も若かった吉田はる代さん(78)(埼玉県川口市)らの仕事だった。
手術が終わると、庭の深い穴に落とし、薄く土をかぶせた。
手術を終えた女性は2階の大部屋で布団を並べ、体を休めた。会話もなく、横になっているだけ。
大半は目をつぶったままで、吉田さんは「自分の姿を見られたくなかったから、他の人も見ないようにして
いたのでしょう」と振り返る。
女性たちは1週間ほどで退院していった。村石さんは「これから幸せになって」と願いを込めながら薄く口紅
を引いて送り出した。
中絶手術や陣痛促進剤による早産をした女性は、400~500人にのぼると見られる。
1947年7月に設立された済生会二日市病院は、二日市保養所の建物の一部を共同で使用していた。
設立当初の同病院に勤務していた島松圭輔さん(89)(筑紫野市)は、保養所の医師らと一緒に食事をしたことも
あったが、仕事の話は一切出なかった。
島松さんは、二日市保養所が閉鎖されたのは「47年秋ごろ」と記憶している。
一緒に食事をしたことがあった医師らのあいさつもなく、「誰もいなくなったな」と感じた時には、約1年半に
わたった業務を既に終えていた。
二日市保養所の跡地に立つ特別養護老人ホームでは毎年5月、水子地蔵の前で水子供養祭が行われている。
今年の供養祭では村石さんも静かに手を合わせたが、当時を思い出しながら、むせび泣いた。
「私はこの手で子供の首を絞めたんです。60年前、ここの手術室にいた私の姿は忘れられません…」





沖縄県与那国町長選は

8月6日告示の沖縄県与那国町長選は、日本最西端の島の単なる地方選挙ではありませんでした。
選挙結果しだいでは、陸上自衛隊の沿岸監視部隊配備に影響がでかねず、日本全体の針路に大きな
影響を及ぼす可能性がありました。
幸いにも、陸上自衛隊の部隊誘致を推進する現職の外間氏が再選を果たし、監視部隊の新設計画が
進展しそうです。ただし、選挙結果からも部隊誘致に関する賛否は拮抗しており、予断を許さない状況
ではあります。今までも紆余曲折のすえ、監視部隊の新設計画が頓挫しかけた経緯もあり、外間町長
はじめ、島の住民の方々への配慮と、丁寧な話し合いが必要になることでしょう。
とはいえ、沖縄本島以西は無防備状態であり、支那の強硬姿勢を牽制するためにも、一刻も早く島嶼
防衛体制を充実する必要があることは、言うまでもありません。
この配備計画に対して、「中国網」が報じているように、支那もその成り行きを注視しています。
与那国の島民の方々にも、「自分の国は、自分達で守る」という国土防衛の意義を理解していただき、
早期の部隊配備に協力していただきたいものです。

 

 
 (外間守吉与那国町長)

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~2013年8月11日 読売新聞より
与那国町長選、陸自部隊誘致推進の現職3選

陸上自衛隊の部隊配備計画が進む日本最西端の島、沖縄県与那国町で11日、町長選の投開票が
行われた。
部隊誘致の是非が争点で、誘致を推進する自民党現職・外間守吉(ほかましゅきち)氏(63)(公明党推薦)
が、配備に慎重な無所属新人の農業・崎原正吉(さきはらしょうきち)氏(65)(共産、社民党推薦)を破り、
3選を決めた。得票は、外間氏が553票、崎原氏が506票。投票率は95.48%(前回96.03%)だった。
部隊配備は、尖閣諸島(沖縄県石垣市)を含む南西諸島地域の防衛強化の一環で、防衛省は2015年度
までに100人規模の沿岸監視部隊を置く計画。
同省と町は駐屯地などに使う町有地の賃貸仮契約を結んでおり、外間氏は今後、配備に伴う振興策など
について国との協議を本格化させる。
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~2013年8月11日 産経ニュースより
与那国町長選、陸自誘致派の現職3選 島を二分わずか47票差

陸上自衛隊の部隊誘致の是非を争点に、日本最西端の沖縄県与那国町(与那国島)で行われた
任期満了に伴う町長選は11日投票、即日開票の結果、誘致推進派の自民現職、外間守吉氏(63)
公明推薦=が、反対派で無所属新人の農業、崎原正吉氏(65)=共産、社民、沖縄社大推薦=を
破り、3選を果たした。投票率は95.48%で、得票数は外間氏553票、崎原氏506票。
人口減少や高齢化などに苦しむ島の有権者1,128人を二分する激戦となった。
政府は国境に位置する南西諸島の防衛力強化のため、2015年度末までに与那国島に陸自沿岸
監視部隊を新設する計画で、推進派の勝利により信任を得た格好だ。
ただ得票数は拮抗しており、配備計画を強引に進めれば町民の反発が大きくなる可能性もある。
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~2013年7月1日 サーチナより
日本の与那国島での武装強化に3つの意図=中国報道
防衛省は6月27日、陸上自衛隊の沿岸監視部隊を配備するため、沖縄県与那国町と土地賃貸契約を
結んだ。防衛省は2015年末までに自衛隊員を約100人配備することを計画している。
現在、陸上自衛隊の南西諸島における正式な拠点は沖縄本島の那覇基地だけだが、今後は与那国島
にも配備され、中国の艦船の動向の沿岸監視とレーダー監視を行うことになる。
中国網日本語版(チャイナネット)が報じた。

 

■日本の与那国島での武装強化に3つの意図
軍事学者の周晨鳴氏は、日本が戦略的意味の大きい島「与那国島」での武装を進める動きには、
中国艦船の動向の監視、尖閣諸島(中国名:釣魚島)問題における「支配力」の強化、台湾海峡関係
をかき乱すことの3つの意図があると見ている。
日本はここ数年、第一列島線に沿って各島に多くのレーダー施設を設置し、第一列島線の軍事活動を
監視している。
周晨鳴氏は、今回の与那国島でのレーダー施設の設置は日本の尖閣諸島問題に対する戦略的な動き
であり、中国艦船に対する監視力を強めることができると分析。
与那国島の空港における大型機の離着陸にはまだ問題が残るが、中型機と戦闘機の離着陸に大きな
問題はない。日本の戦闘機が那覇空港から尖閣諸島に飛んだ場合は距離が近くないが、与那国島が
基地に改造され戦闘機がそこから飛べば、わずか6分で尖閣諸島に着き、与那国島に停泊する公務船
または海上自衛隊の船も短時間で尖閣諸島に駆けつけることができる。
周晨鳴氏は、与那国島で港や空港を増築するなど、日本は軍事インフラを強化する長期的計画を立てる
と見ている。
与那国島と台湾の間には防空識別圏の問題もあるため、日本は与那国島での施設建設を通して台湾
海峡関係をかき乱すことを望んでいる可能性が高い。
周晨鳴氏は、日本は与那国島での武装を強化し、台湾を自身の防衛の利益に引き込むことを望んで
いると分析。日本は、他国が与那国島に空中威嚇をする際は台湾を経由する必要があり、台湾の防空
識別圏に入ることになり、台湾海峡問題に試練をもたらすに違いないと見ている。
しかし、日本が与那国島に強い部隊を置いていれば、逆に中国と台湾の軍事協力を促進する可能性
がある。
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<過去の経緯>

~2013年6月27日 NHKNEWSwebより
陸自 与那国配備で町と仮契約
沖縄県与那国町への陸上自衛隊の部隊の配備計画を巡り、与那国町は、27日、町有地を有償で貸す
仮契約を防衛省との間で結びました。
日本の最も西にある与那国町では、政府が、南西諸島の防衛態勢を強化するためとして、100人規模の

陸上自衛隊の監視部隊の配備を計画しています。
与那国町役場では27日、町有地を国に有償で貸すための仮契約の調印が行われ、沖縄防衛局の武田
局長と与那国町の外間町長が契約書に署名しました。
町有地はおよそ21万平方メートルで、当初、昨年度中に防衛省が町から購入する計画でしたが、町が
部隊受け入れの条件として、10億円の協力費の支払いを求めたことなどから協議が難航し、結局、町が
有償で貸す形でまとまりました。
町有地の一部の土地は、民間の牧場が借りているため、防衛省では、今後、牧場側と土地の引き渡しや

補償について協議したうえで、町と本契約を結ぶ方針です。
調印に立ち会った防衛省の左藤政務官は「住民の中に反対の声もあることは承知しているが、民主主義

にのっとり手続きを行ってきた。計画が予定より遅れており、なるべく早く進めたい」と話していました。
与那国町の外間町長は「一つの区切りとして、調印できてほっとしている。過疎化を止めるため、国には
具体的な振興策を求めたい」と話していました。
一方、牧場の代表は「まだ町から何の説明もなく、このような状況でいきなり防衛省に交渉に来られても

対応できない」と話しています。

 

◇遅れを取り戻したい
陸上自衛隊トップの君塚栄治陸上幕僚長は
「計画が遅れた分を取り戻すべくスケジュールを立てたい」と述べました。
そのうえで、「平成27年度末までの配備という目標に向け、整備を早急に進めたい。
反対していた住民にも理解していただくため説明していきたい」と述べました。
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~平成25年6月20日 産経新聞より
与那国町が賃貸議案可決 来週中にも契約 陸自配備
与那国島(沖縄県与那国町)への陸上自衛隊「沿岸監視部隊」の配備計画で、町は20日、用地の賃貸
契約に関する議案を町議会に提出し、賛成3、反対2の賛成多数で可決された。
これを受け防衛省は来週中にも町と賃貸借契約を締結。最終調整の結果、年間賃貸借料は100万円
上積みした1,500万円で決着した。沿岸監視部隊は中国をにらんだ南西防衛強化の第1弾。
用地交渉で、外間守吉(ほかましゅきち)町長が「迷惑料」としての10億円の支払いを求めたが国が
拒否し、契約は当初予定の3月から遅れていた。君塚栄治陸上幕僚長は20日「目標に向け努力する」
と述べ、計画どおり平成27年度末までの配備を目指す考えを示した。
賃貸借料について、防衛省は当初提示した500万円から1,200~1,400万円に引き上げたが、最終調整
で1,500万円まで上積みした。現状の農牧地として500万円を算出したが「隊舎などを建設すれば農牧
地ではなくなる」との町側の主張を受け入れ、最終的に宅地並みの1,500万円を提示した。
陸自用地に充てるのは町内2カ所の約21ヘクタール。
1カ所に駐屯地、もう1カ所には監視レーダーを置く。

 

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~平成25年6月19日 産経新聞より
陸自配備、与那国と用地賃貸借へ 年1,200~1,400万円
与那国島(沖縄県与那国町)への陸上自衛隊「沿岸監視部隊」の配備計画で、防衛省と町が用地の
賃貸借契約を締結することで合意する見通しとなった。複数の政府高官が18日、明らかにした。
外間守吉(ほかましゅきち)町長が配備に伴う「迷惑料」としての10億円の支払いを要求し、国がこれを
拒否したことで計画は頓挫しかけたが、町長側は要求を撤回。防衛省も用地の年間賃借料を500万円
から1,200~1,400万円に上積みした。町は20日に賃貸契約に関する議案を町議会に提出。
24日までの会期中に可決し次第、防衛省との契約手続きに移る。賃貸料とは別に、町は周辺施設整備
の要望も伝えてきており、防衛省は地域振興などに資する範囲で検討する。
暗礁に乗り上げていた交渉に動きがあったのは今月14日。外間氏は、訪問した防衛省の担当課長に
10億円の要求撤回と賃貸借契約に応じる意向を明言した。
これを受け、防衛省は町内の2カ所で約20ヘクタールの用地について、新たな契約条件を提示。
当初、農牧地として年間500万円の賃借料を示していたが、宅地と農牧地の間をとり1,200~1,400万
円を打診した。この額は10億円を支払った上での賃貸料として外間氏が要求していたもので、外間氏も
受け入れる方向だ。防衛省は今年3月までの契約を目指していた。
部隊配備が遅れれば周辺海・空域で挑発を続ける中国への対処能力を向上できない状態が続く恐れ
があったが、今夏中に契約を終えれば予定どおり平成27年度末までの部隊配備は可能という。
ただ、与那国町では8月に町長選を予定。今回の混乱で自衛隊受け入れ派が分裂し、別の候補を擁立
する動きが浮上。反対派が漁夫の利を得る可能性があり、そうなれば陸自配備は白紙となりかねない。
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~2013年05月21日 読売新聞より
「迷惑料」10億円の要求撤回、陸自配備で町長
沖縄県の与那国島(与那国町)への陸上自衛隊の沿岸監視部隊配備を巡り、国に市町村協力費
(迷惑料)として10億円を要求していた与那国町の外間守吉町長が、この要求を撤回する意向を
防衛省側に伝えていたことが21日、わかった。
複数の政府と町関係者が明らかにした。暗礁に乗り上げていた配備計画が進む可能性が出てきた。
ただ、町長は別の形での地域振興策などを求める意向を示しており、同省は真意を慎重に見極める
方針だ。
外間町長の要求撤回について、小野寺防衛相は21日午前の記者会見で「話は承っているが、まだ
正式な話はない」と述べた。さらに、「正式な話があれば、話を聞く機会を作り、地域振興という形で
精いっぱい努力したい。そのような話し合いができることを期待している」と続け、計画前進への
期待感を示した。
関係者によると、部隊誘致を目指す与党町議らが今月13日、町長に方針変更を要求。
了承した町長は10億円の「協力費」要求を撤回する代わりに、同省が提示した年間500万円の地代
を1,200万~1,400万円に上げることや、特別交付税の増額などを求める文書を政府に提出する意向
を示したという。
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~2013年5月12日 産経ニュースより
自衛隊を悩ますトンデモ交渉 ほくそ笑む中国
日本最西端の離島が自衛隊を悩ませている。
テレビドラマ「Dr.コトー診療所」のロケ地として知られる与那国島(沖縄県与那国町)。
南西防衛強化の第1弾として陸上自衛隊の「沿岸監視部隊」を配備する計画をめぐり、与那国町長が
法外な見返りを求め、防衛省側をあきれさせた。町長は一体どんな人物で、何を根拠に法外な要求を
続けているのか。トンデモ交渉の内実を探るべく直撃した。(半沢尚久)

 

迷惑料10億円の根拠
「それが10億円を要求する根拠になりますか」
4月上旬、与那国町の外間守吉町長にインタビューした際、何度も同じ質問をした。
外間氏は3月になり突然、沿岸監視部隊配備に伴う「迷惑料」として、防衛省に10億円の支払いを
求めたためだ。
防衛省は部隊を配置する用地の取得費を最大1億5千万円と見積もり、それ以外の支払いは拒否し、
10億円の要求にも応じない構えだ。血税から10億円の拠出を要求するだけの積算根拠を、外間氏に
示してもらうのがインタビューの目的だった。
実は、外間氏と直に交渉したことのある政府高官が漏らした言葉の意味も知りたかった。
「◯◯◯を相手にしているような交渉なんだよ」高官はそう言った。
もちろん◯◯◯も口に出していたが、ここでは伏せる。自治体の長を相手にした交渉とは思えないと
いう趣旨だった。
インタビュー時間は1時間弱。その中で外間氏が10億円要求の根拠として挙げたのは3つ。
(1)平成24年度の防衛予算に、部隊配備関連で10億円を計上
(2)町の施設整備などに対する国の補助金を積み上げると10億円
(3)沖縄の宜野座村では、米軍の土地賃貸料は年間10億円以上 ・・・というものだ。

 

要求は無理筋ばかり
結論からいえば、いずれも積算根拠とは受け取れない内容だった。
(1)については、防衛予算に10億円が計上されているのは事実だが、名目は「用地取得『など』」。
 支出項目の中には地代のほか、工事費や移転補償費なども含まれる。
 このことは、昨年2月の政府答弁書でも明確に説明されている。
(2)も煮詰まった計画とはいいがたい。外間氏の説明によると、ゴミ処理施設など30~40億円規模
 のインフラ整備を進めれば、町が本来負担すべき費用は10億円に上るが、それを国に負担しても
 らいたいという。ただ、「特別措置法でもつくらない限り、そんな補助金は出せない」(防衛省幹部)
 とされる。
(3)はとても比較の対象にならない。宜野座村は米軍から年間18億円の賃料を得ているが、米軍に
 貸している村有地の面積は1,400㌶。与那国が提供する予定の用地は、民有地を含め26㌶にす
 ぎない。宜野座村とはケタが違い、同規模の支払いを求めるのは無理筋といえよう。
こうした疑問点を投げかけると、外間氏はその時点ではいずれについても「(10億円の)積算根拠に
ならない」と認めた。しかし、後になると「根拠になり得る」と次々と前言を撤回した。
「10億円を担保するのが私の課題だ。理論は破綻していない」とも強弁した。つまるところ、「(予算で)
10億円が計上され、町民は10億円が入ると思っている」ため、何が何でも10億円の支払いを求める
姿勢は崩せない、というのが本音だと感じた。

 

前言撤回を期待
外間氏の前言撤回の最たるものは「国防上の意義」をめぐる認識だ。
沿岸監視部隊は、領海や領空の「境界」近くのエリアに配置され、艦船や航空機をレーダーで捕捉する
役割を担う。対ロシア警戒を目的に北海道の2カ所にだけ置かれていたのを沖縄にも配備することは、
「北から南」への防衛力のシフトを象徴している。
与那国島北方約150キロにある尖閣諸島(同県石垣市)周辺領域で中国が威嚇と挑発を繰り返す中
部隊配置は不可欠といえる。
そもそも外間氏は、平成21年に自衛隊を誘致した張本人。その際、「安全・安心」という表現で自衛隊
配備による国防上の意義を語っていた。
ところがインタビューでは最初、「国防の意義を言ったことはない」と明言した。そのため、誘致の際の
「安全・安心」発言をただしたところ、あっさり発言したことは認めた上で、こう反論した。
「あの時点ではそう(国防上意義があるとの認識)だったが、今は経済効果だ」こうも堂々と開き直られ
ては戸惑うばかりだが、外間氏の見解にはまったく賛同できない。
4月23日には尖閣周辺の日本領海に中国の海洋監視船8隻が一挙に侵入。空では中国軍の戦闘機
など40機以上が尖閣周辺に押し寄せてきた。中国海軍が意のままに太平洋へ出入りできるようにする
ため、先島諸島を一括占領する危険性も指摘される。
沿岸監視部隊の配置という国防上の意義は、日々高まるばかりなのだ。監視部隊の与那国配備が頓挫
すれば、ほくそ笑むのは中国人民解放軍。
それに対する町の備えは、2人の警察官と彼らの携行する拳銃2丁のみ。1,572人の町民の安全と安心
を守るためには、陸自部隊の配置は待ったなしだ。
ここはもう一度、外間氏の前言撤回を期待したい。もちろん撤回すべきは「10億円要求」だ。

 

 


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