筑紫の国の片隅で…

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安倍総理の第3次東南アジア歴訪について <その1>

安倍総理は7月25~27日、マレーシア・シンガポールフィリピンを歴訪しました。
今年1月にタイ・ベトナムインドネシア、5月のミャンマー訪問に続く、第3次東南アジア歴訪です。
日米同盟を基軸として、安倍総理が「世界地図を俯瞰する外交」と呼ぶ多角的外交を推し進めることで
東南アジア各国などと、安全保障や経済の分野で連携を強め、中国を牽制しようというものです。
安倍総理は今後も、自由や民主主義などの価値観を共有する国々との連携を深める「価値観外交」を
積極的に展開していくものと思われます。
マスコミはTPP交渉に関しては、大々的に報道していましたが、この安倍外交についての扱いは微々たる
ものでした。その意味合いや成果など、意図的に矮小化しているようでした。
よく、支那や南朝鮮との関係改善をせずに、「何が価値観外交だ」というような非難を耳にします。
まるで日本が、支那や南朝鮮との話し合いを拒んでいるかのような論調です。
安倍総理は常々「対話の扉は、いつでも開いている」と特定アジアの2国に語りかけているにも拘わらず、

支那は尖閣問題、南朝鮮は歴史問題での譲歩を首脳会談の条件にして、話し合いのテーブルにつこう
とはしません。問題を解決するために、様々なレベルでの話し合いが必要なのは言うまでもありません。
しかし、そのために理不尽な条件を突き付けてくるような、特定アジアの国との首脳会談など急ぐ必要は
まったくないのです。
 

 

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~2013年7月26日 毎日新聞 【クアラルンプール仙石恭】より
安倍首相:マレーシアなど歴訪、ASEAN外交強化
安倍晋三首相は25日午後(日本時間同)、マレーシアを訪問して同国のナジブ首相と会談し、参院選後
の首脳外交を再開した。会談後の共同記者発表で安倍首相は「参院選で私の政策は国民から信任を
受けた。これを背景に戦略的外交を進めていく」と宣言。対中韓外交が足踏みするなか、政権発足以来、
一貫して重視している東南アジア諸国連合ASEAN)との関係強化から再始動する方針を強調した。
首脳会談で安倍首相は23日から日本が交渉に参加した環太平洋パートナーシップ協定(TPP)について
「引き続き連携して交渉に臨みたい」と協力を要請。
中国の海洋進出を念頭に、海上安全保障の分野での協力を進める方針も確認した。
首相は27日までにシンガポールフィリピンと計3カ国の首脳らと会談することになっている。
TPPに加盟する10カ国のうち、今回の3カ国も含めて今年だけで7カ国を歴訪しており「12月までに残る
ラオス、カンボジア、ブルネイ訪問も検討している」(政府高官)。
ASEAN諸国には中国の海洋進出に警戒感を抱く国も多い。対中外交を打開するうえでも、まずASEAN
との関係強化で足場を固めておく意向だ。

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~平成25年7月26日 世界日報 【クアラルンプール時事】より
首相外遊、ASEANと関係深化-背後の中国を牽制
安倍晋三首相は25日午後、マレーシア入りし、参院選後初の外遊をスタートさせた。
経済重視の安倍政権としては、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟各国の活力を「日本の経済再生に
取り込んでいく」(首相)狙いがある。もともと経済的つながりが深いASEANとの関係をさらに強化する
ことで、沖縄県・尖閣諸島の問題で対立する中国をけん制する思惑もある。
「両国の間には東方政策に基づく層の厚い絆が存在している」。マレーシアのナジブ首相との会談後、
共同記者発表に臨んだ安倍首相は、日本とマレーシアの緊密な関係をアピールした。
マレーシアは1981年、マハティール首相(当時)が日本をモデルに経済成長を目指す「東方政策」を
提唱。82年以降日本へ送り込んだ留学生は既に約1万5,000人に上り、多くの知日派を生んだ。
この日の会談で安倍、ナジブ両首相は東方政策の継続に向け、日本側が「全面的に協力」していくこと
を確認した。
マレーシアでは、全国民の44分の1を占める中国系住民「華僑」の存在を無視できない。
中国の経済的な影響力は年々強まっており、「中国に気を使わざるを得なくなっている」(外務省幹部)
のが実情という。マレーシアのみならず、東南アジアでは中国が政治・経済面で存在感を増しつつある。
歴史認識で韓国との「共闘」が目立つ中国は、アジアで日本の孤立化を企図しているようにも見える。
今回の外遊には、もともと政府開発援助(ODA)などで密接な関係にあるASEAN各国との関係を深化
させ、中国の思惑通りに事を運ばせない意味合いもある。
参院選圧勝で長期政権も視野に入れる首相は、自由や民主主義などの価値観を共有する国々との連携
を深める「価値観外交」を積極展開していく方針。
26日にシンガポール、27日にはフィリピンでそれぞれ首脳会談を行う。
日本の首相が2国間会談のためシンガポールを訪問するのは実に11年ぶりで、マレーシアとフィリピン
6年ぶり。今後、ラオスやカンボジアといった「中国寄り」(首相同行筋)と目される国への年内訪問も検討
する意向だ。
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安倍晋三Fbより~
最初の訪問国マレーシア。
三十年前から「ルックイースト」と称して日本から学ぼう、という政策をとってきた国です。
今や日本では退職後のセカンドハウスとして最も人気がある、安全で豊かな国となっています。
ナジブ首相との首脳会談では、単なる貿易や投資の量的拡大にとどまらず、両国の社会の結びつきを
強めるような協力関係について話し合いました。
マレーシアの社会的課題に対応する、高速鉄道、水事業、廃棄物発電。そして、最近マレーシアでも深刻
になっているガン治療の最先端機器の重粒子線ガン治療装置の導入プロジェクト。
マレーシアの患者さんに希望の光となることは、両国の関係を強化することになるでしょう。
私も、佐賀の重粒子線ガン治療装置を視察しました。これまで治療困難と言われていた患者さんが、
入院しないで完治できる、日本が世界に誇れる技術です。
こうした「日本の強みで、相手国の課題解決に資する」。私の成長戦略の柱です。
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~平成25年7月25日外務省HPより
日・マレーシア首脳会談及びナジブ首相主催晩餐会(概要)
安倍晋三内閣総理大臣は、7月25日(木曜日)にマレーシアを公式訪問し、日・マレーシア首脳会談を
行うとともに、ナジブ首相主催晩餐会に出席したところ、概要は以下のとおりです。

 

1.日・マレーシア首脳会談
25日16時30分頃(現地時間)から約75分間、安倍総理はマレーシア首相府において、
ナジブ・ラザク・マレーシア首相との間で日・マレーシア首脳会談を行いました(先方:アニファ・アマン
外務大臣、ムスタパ国際貿易産業大臣ほか、当方:加藤官房副長官,中村駐マレーシア大使ほか同席)。
また首脳会談後、両首脳立会いの下、重粒子線がん治療に係る協力及びサムライ債発行に係る協力に
関する覚書の署名式が行われました。
(1)二国間関係
ア.安倍総理からは、6年ぶりに日本の総理としてマレーシアを公式訪問することができ喜ばしい旨
 述べるとともに、マレーシア側による温かい歓待に謝意を表明しました。
イ.両首脳は東方政策に基づく層の厚い絆の上に、時代に即した新しい関係を構築していくことで
 一致しました。ナジブ首相からは、東方政策「セカンドウェーブ」につき説明があり、両首脳はその
 方向性につき一致しました。
ウ.経済分野では、両首脳はインフラ整備協力の推進を確認し、高速鉄道、上下水道、医療などの分野
 において日本の高い技術を活用するために協力していくことで一致しました。
 特に医療分野では、両首脳は重粒子線がん治療に係る協力の進展を歓迎しました。
 また、25日までマレーシアで開催されていたTPP交渉会合について、両首脳は引き続き連携していく
 ことで一致しました。さらに、金融分野では、二国間スワップ取極の再締結交渉が開始されるなど
 協力の進展を歓迎しました。
エ.政治・安全保障分野では、両首脳は海上における防衛当局間、海上保安機関間の協力強化につい
 て一致するとともに、安倍総理からマレーシア海上法令執行庁(MMEA)への支援継続を表明しまし
 た。また両首脳は防衛交流を活性化することで一致し、安倍総理からは、防衛当局間覚書の早期の
 作成への期待が表明されました。
 さらに安倍総理から、マレーシアPKO訓練センターへの支援の継続を表明しました。
オ.交流分野では、安倍総理から「JENESYS2.0」による青少年交流、及びマレーシアに対する一般査証
 免除措置の再開につき言及し、両首脳は相互理解の促進の重要性を共有しました。
(2)地域情勢
日・ASEAN関係に関し、両首脳は日・ASEAN友好協力40周年を共に祝うとともに、12月に東京で行わ
れる予定の日・ASEAN特別首脳会議に向けて連携していくことで一致しました。
また両首脳は、アジア太平洋地域情勢についても意見交換を行いました。

 

2.ナジブ首相主催晩餐会
25日20時50分(現地時間)から約2時間、安倍総理は首相公邸において開催された、ナジブ首相主催
晩餐会に出席。
概要は以下のとおりです(先方:マハティール元首相、ナジブ首相夫人、アニファ・アマン外相ほか、
当方:加藤官房副長官、中村駐マレーシア大使ほか同席)。
(1)両首脳による挨拶
ア.ナジブ首相から、日本代表団に対する歓迎の意が述べられました。
 また、アベノミクスに対する高い評価が示され、日本経済の再興が日本企業によるマレーシアへの
 積極的な投資に結びつくことへの強い期待が示されました。さらに、過去30間の強い絆に基づいて
 二国間関係が一層強化されることへの期待が表明されました。
イ.安倍総理からは、6年ぶりに総理大臣としてマレーシアを訪問でき大変うれしい、マレーシアとの長年
 の友好関係は日本にとって貴重な財産であり、未来を担う青少年を中心に今後も両国間の相互理解
 を促進し、両国の絆を更に強固なものにしていく決意である旨述べました。
(2)やり取りの内容
両首脳からそれぞれの内政・経済事情について説明があり、東アジア情勢について意見交換が行われ
ました。また安倍総理から、日本国内における憲法改正や集団的自衛権に関する議論・検討状況につい
て説明しました。
さらにスポーツを始めとする文化交流について、親密な雰囲気の下、議論が行われました。

 

 

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時には、こんな話題も

子供たちの自殺や子殺しのニュース、死体遺棄や放火殺人などのニュースが、毎日のように報道され
「日本人はどうしちゃったんだろう?」と陰鬱な思いに沈みがちな今日この頃です・・・。
それでも、22日午前、JR南浦和駅での女性救出劇は「日本人もまだ捨てたもんじゃない」と思えるような
ニュースでした。もし自分がその場に居合わせたら、どうしただろう…?おそらく、40人の中に飛び込んで
いたことでしょう。こういう時って、理屈じゃないんですよね。
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~2013年7月26日 読売新聞より
「日本、また世界驚かせた」電車押し救助を絶賛
本紙が22日夕刊で報じた、さいたま市のJR南浦和駅での女性客救出劇は、現場に居合わせた
本紙記者の写真と共に世界各地でも報道された。
ホームと車両の間に落ちた女性を乗客らが力を合わせ助け出したニュースに、「うちの国だったら、
乗客は眺めるだけで何もしなかったかもしれない」「英雄的な行動」などの称賛の声が上がっている。
米CNNテレビは22日夜(日本時間23日午前)、キャスターが「日本から素晴らしいニュースです」と
前置きし、本紙の写真と共に女性救出を報じた。キャスターは「生死に関わる状況で、駅員と乗客が
冷静に協力した」と称賛。「おそらく、日本だけで起こりうること」として、電車が約8分後に通常運転を
再開したことも合わせて伝えた。
英各紙がロイヤルベビー誕生の特集紙面を組む中、23日付ガーディアン紙は、「(駅員や乗客が)集団
で、英雄的な行動を示した」とするAP通信の記事と本紙の写真を国際面で使った。
イタリアの主要紙コリエーレ・デラ・セラのウェブサイトには「イタリア人だったら眺めるだけだろう」と

いったコメントも。
香港でも、中国政府寄りの論調で知られるフェニックステレビのウェブサイトに、「中国で同様の事故が
起きれば、大多数の人はやじ馬見物するだけだ」と
いった書き込みが見られた。
対日関係が冷え込む中国では、政府の指導下にある有力ニュースサイト「中国ネット」が24日、日本で
の報道を引用する形で事実関係を論評抜きで報道し、国営新華社通信(電子版)などが転載。
韓国でも聯合ニュースなどのメディアが、多くは、読売新聞の報道を引用して伝えた。
23日の朝鮮スポーツ紙(電子版)は「乗客が力を合わせて救助する感動の写真が話題になっている」と
指摘した。
ロシアの大衆紙「コムソモリスカヤ・プラウダ」(電子版)には「どうしてこんなに迅速に乗客が団結できた
のだろうか」「他人の命に対して、我々ロシア人も無関心であってはならない」と、驚きのコメントが寄せら
れた。
タイのニュース専門チャンネル最大手TNNは、本紙の写真を「日本の人々が生来の結束力を余すところ
なく示し、困っている人に助けの手をさしのべた、素晴らしいニュース」と紹介した。
タイのソーシャルメディアでは、この写真をシェアする人が多く、フェイスブック上では
「日本が、また世界を驚かせた」「とっさにこのような行動ができる日本人は、どのような教育を受けて
いるのか」との声も出ている。

 

 

~2013年7月22日  読売新聞より
車両押して女性救出、ホームの乗客から拍手が…
22日午前9時15分頃、さいたま市南区のJR南浦和駅京浜東北線ホームで、大宮発磯子行き普通電車
から降りようとした30歳代の女性乗客がホームと車両の間に落ち、腰のあたりを挟まれた。
車内やホームにいた乗客や駅員ら約40人が協力して車両を押し、隙間を広げて女性を救出。
女性は病院に運ばれたが、目立ったけがはないという。
現場に居合わせた本紙記者によると、事故当時、ホームで「人が挟まれています」というアナウンスが
流れ、電車の乗客らが自主的に降車。車両を押していた駅員を手伝った。
女性は作業から数分で救出され、乗客らから拍手が起きた。
JR東日本によると、ホームが直線の場合、車両との隙間は20センチ程度という。事故のあった車両は
10両編成の4両目で、車輪を含めた1両の重さは約32トン。
車輪のある車台と車体の間にサスペンションがあり、車体を押すとサスペンションが伸縮し、車体だけ
傾くという。
この影響で京浜東北線に最大8分の遅れが出た。

 

 

 

 

やはり決められない、迷走する民主党

東京都議選に続き、参院選での惨敗の責任を誰も取らないという、民主党の体質には呆れかえります。
細野幹事長が引責辞任を表明したのは当然のことで、海江田代表も責任をとって辞めるのが当然の
身の処し方だと思いますが、まったくその気は無いようですね。輿石参院議員会長にいたっては、責任
そのものを負う気配は微塵もありません。元閣僚の岡田、前原、枝野、玄葉、安住氏などは「我関せず」
の無責任状態。党再建のために改革する気概など、どこにも見当たりません。
23日の産経新聞【産経抄】が的を射ていて、思わず納得してしまいました。民主党再生の第一歩は、
やはりハトとカンの罪状を告発し、国民が納得できるような、厳しい処分を課せるか否かに係っている
のではないでしょうか。
因みに、7月22日の産経新聞に“民主王国の長崎、完全崩壊…「菅元首相が最悪だった」”と題して
長崎選挙区(改選1)で落選した民主現職、大久保潔重氏(47)が次のように語っています。
「敗因はもちろん私の力不足ですが、長崎でも民主党に対する拒否感を、はっきりと感じました。
 最大の理由は、菅直人元首相でしょう。あの人が首相になったことが、民主党にとって最悪だった…」
「菅さんが首相就任直後に消費増税を言い出し、そのせいで22年の参院選に負けた。にもかかわらず
 首相に居座り、TPP参加など公約にもないことを、何の根回しも何の党内議論もなく言い出し、混乱を
 招いた。さらに東日本大震災でも、ひどい対応で批判を浴びた。首相にすべきではなかった。
 心からそう思います」 ---まったくその通り。悔やんでも悔やみきれないでしょうね。

 

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平成25年7月23日 産経新聞 産経抄より


長年の研究開発の苦労が実り、新製品が大ヒット、わが世の春を謳歌する企業があった。ところが、
その製品に重大な欠陥が見つかってしまう。消費者にそっぽを向かれ、業績は悪化するばかりだ。

 

▼その企業には、もうひとつの悩みがある。3人のかつての経営者の存在だ。
 直属の部下を連れて飛び出したAさんは、別の会社を立ち上げた。
 といってもかつての「剛腕」のイメージは失われ、経営は苦しそうだ。
 社長時代から常識はずれの言動が多かったBさんは、今もマスコミの格好の標的となって
 会社の信用低下に一役買っている。
 今も会社に籍を置くCさんは、現経営陣の方針に逆らって、やりたい放題だ。

 

民主党をモデルに、こんな筋書きの経済小説が書けるかもしれない。
 A、B、Cが、小沢一郎鳩山由紀夫、菅直人の3氏であることはいうまでもない。
 とりわけ参院選で喫した大敗について、菅元首相の責任は重いといえるのではないか。

 

▼東京選挙区で、党から公認をはずされた現職候補は、元首相と同じく「脱原発」を主張してきた。
 だからといって公然と支援するのは、まさしく「反党行為」だ。
 公認候補と共倒れという、悪夢のような結果を招いてしまった。

 

▼「不可欠意識」という言葉を、加藤秀俊さんの『隠居学』(講談社)から教わった。
 自分が組織にとって「不可欠」である、と思う気持ちは誰にもある。
 ただ社長や会長というエラい人たちに、その意識が強すぎると始末に負えない、と加藤さんはいう。

 

▼まして、首相や大政党の党首を務めた人たちの妄想は、「おれがいなきゃ、日本はダメになる」などと
 どこまでも大きくなる。そろそろ「可欠のひと」として、「隠居学」の勉強を始めてはいかがか。

 

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~2013年7月23日 zakzakより
細野幹事長が辞任表明 参院選惨敗で引責
民主党細野豪志幹事長は23日、参院選惨敗の責任を取って辞任すると表明した。
党本部で記者団に「8月末をもって辞任する」と述べた。海江田万里代表らは現執行部体制の維持に
向けて強く慰留したが、応じなかった。党再建へ痛手となりそうだ。
細野氏は22日、参院選で結党以来最低の17議席獲得にとどまったことを受けて海江田氏に辞表を
提出していた。同日夜のテレビ番組では「人事権は代表にある」と慰留に応じる姿勢も見せていたが、
その後、短文投稿サイト「ツイッター」に「幹事長は選挙の責任者だ。辞意は変わらない」と書き込んで
いた。
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~2013年7月23日21時3分 朝日新聞デジタルより
民主、菅元首相を処分へ 参院選での無所属候補応援で
民主党は23日の役員会で、参院選東京選挙区で党公認候補ではなく、無所属候補を応援した
菅直人元首相を処分する方針を決めた。24日の党常任幹事会で処分内容を協議する。
民主党公示直前、大河原雅子氏の公認を取り消し、鈴木寛氏に一本化。
菅氏は大河原氏を支援し、分裂選挙になった。結果として両氏とも落選した。
細野豪志幹事長は役員会後、記者団に「厳しい処分をしなくてはならないとの声が大勢を占めた」
と語った。
また、鳩山由紀夫元首相が6月、尖閣諸島(沖縄県石垣市)について「中国側からみれば、盗んだと
思われても仕方ない」と発言した問題で、党として何らかの抗議措置をとることを決めた。
鳩山氏は5月末、離党している。
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2013年7月24日 FNNnewsCH
民主党、参院選で公認取り消し候補を応援した菅元首相の処分協議


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~2013年7月23日 zakzakより
迷走する参院選大惨敗の民主 “居座り人事”でささやかれる背景
参院選で大惨敗した民主党が迷走している。
辞意を表明した細野豪志幹事長を、海江田万里代表ら党幹部が必死に引き留めているのだ。
これだけの落選者を出しながら、海江田氏らのポストへの執着は一体何なのか。
背景に、今年だけで85億円以上も配分される政党交付金の存在がささやかれている。
「本日、海江田代表に幹事長職の辞表を提出しました。幹事長は選挙の責任者です。
多くの方々から温かい励ましを頂きましたが、辞意は変わりません(抜粋)」。
細野氏は、22日午後11時31分、こうツイッターに書き込んだが、この日、自身の進退をめぐって
二転三転した。同日午後1時すぎ、党本部での幹部会合で、細野氏が辞意を漏らすと、海江田氏
や輿石東参院議員会長ら幹部は寄ってたかって慰留したという。
これを受け入れたのか、夜のNHK番組で、細野氏は「人事権は代表にある。私個人(の判断)を
超えて代表に考えていただいている」と発言した。
その後、何かがあったのか、細野氏は先のツイートをしたのだ。
そもそも、海江田氏は21日夜の時点で、早々と引責辞任しない意向を表明している。
参院選敗北の一因に、自身の存在感の低さと、安愚楽牧場事件との関係があることを忘れているのか。

輿石氏も、参院選敗北の責任を問われる立場だが、進退については何も伝わってきていない。
「党存続の危機」すら意識せざるを得ない民主党だが、今年の政党交付金配分額は85億3,402万円
にも上る。
もし、党幹部らが、莫大な資金と人事権にすがりついているとすれば、党勢回復は完全に不可能だ。
政治評論家の浅川博忠氏は「海江田氏の留任にメリットはない。デメリットだけだ。即座に海江田氏と
細野氏は辞任して、代表選をやるべきだ」といい、さらに「東京選挙区で公認候補の対抗馬を支援した
菅直人元首相は除名すべき。
こうしたケジメをつけられなければ、民主党は有権者からソッポを向かれる」と語っている。

 

 

安倍首相会見 7月22日

~2013年7月23日  SankeiNewsより 安倍首相会見

 

 

 


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~2013年7月22日 産経ニュースより
安倍首相会見・抄録
自民党総裁の安倍晋三首相は22日、参院選の勝利を受け、自民党本部で記者会見した。
詳細は次の通り。

 

昨年、総選挙の勝利について、この場で民主党の間違った政治に国民がノーを突き付けたものであり、
国民はまだまだ厳しい目で、自由民主党を見つめている。私はこのように申し上げました。
その認識の下、私たちは高い緊張感を持って経済の再生、復興の加速、外交・安全保障の立て直し、
教育再生などに全力を尽くして参りました。
GDP国内総生産)や雇用といった実体経済を表す指標は好転し、確実に成果はあがっています。
この道しかない、この思いを選挙戦で訴えて参りました。
そして、昨日、決められる政治によって、この道をぶれずに前に進んでいけと、国民の皆様から力強く
背中を押していただいたと感じております。
まず自由民主党を応援をしていただきました国民の皆様に心よりお礼を申し上げたいと思います。
今回の選挙で自由民主党がいただいた議席数は私の20年間の政治家人生で最も多いものでありま
した。振り返れば20年前のちょうど今日でありますが、7月22日、私はこの党本部での両院議員総会で
新人議員として紹介を受けました。その直後、当時の宮沢(喜一)総裁が衆院選の敗北の責任を取り
退陣を表明しました。いわゆる55年体制が崩壊をした瞬間でありました。まさにその瞬間にスタートを
切った私の政治家人生はいわば、新しい自民党への変革の日々でもありました。野党からのスタート。
55年体制下のライバル、社会党との連立。自民党をぶっ壊すと訴えた小泉純一郎総裁、そして改革政
党へと脱皮をさせた小泉総裁。私も幹事長幹事長代理として党改革に取り組んで参りました。
4年前の総選挙、119という数字。歴史的な惨敗で野党に転落をいたしました。
3年余りの野党生活は、私たち自由民主党に政治は国民のもと、政治は国民のものという立党の精神
に立ち戻るきっかけを与えてくれました。
20年間の荒波を乗り越え、私たちは間違いなく新しい自民党に生まれ変わりました。
だからこそ次元の違う経済政策も国家国民のため、一糸乱れず突き進むことができました。
国論を二分したTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)への交渉参加も決断することができました。
そうした新しい自民党の姿勢がこの参院選で国民から信任を受けた、私はそう思っています。
本日同席の党幹部を始め、これまで党改革に汗を流してきた全ての同志議員に改めて感謝するととも
に、勝利の喜びを分かち合いたいと思います。
この勝利により、日本政治を長く迷走させてきた「ねじれ」に終止符を打つことができました。
しかし、同時に60議席獲得という数の重みを、私たちはかみしめなければなりません。衆参両院での
多数を生かすことで、国民の負託に応え、政策実行をさらに加速させていかなければなりません。
国民との対話を怠り、あるいは改革から逃げるような古い自民党に逆戻りすれば、直ちに自民党への
国民の信頼は失われてしまいます。次の総選挙では自民党は4年前の1199議席、もしくはそれ以上の
大敗を喫することになるでしょう。
もはやねじれを言い訳にしたり、野党のせいにしたりすることはできません。国民の厳しい目線は今後
ひとえに自民党に向けられてきます。そのことを全ての自民党議員が強く意識しなければなりません。
1年半後には統一地方選挙もあります。過去の厳しい時代の経験を胸に、常に緊張感を持ち、気を引き
締めて、国家国民のための政治を進めていかねばなりません。
これが新しい自民党に与えられた使命です。そして、きょうからが本当のスタートだと思っています。
とりわけ国民が最も求めているのは全国津々浦々まで実感できる強い経済を取り戻すこと。
経済は国力の源泉です。外交力も安定した社会保障も、強い経済なくしては成り立ちません。
秋の臨時国会は「成長戦略実現国会」です。大胆な投資減税を決定する他、産業競争力強化法などの

成立を期したいと思います。実行なくして成長なし。日本再興戦略に盛り込んだ政策をどんどん実行に
移していきます。待ったなしの社会保障制度改革も国民会議の議論を取りまとめ、実行に移していかね
ばなりません。
来年度からの消費税引き上げについては、今年4月から6月の経済指標などを踏まえ、経済情勢をしっ
かりと見極めながら秋に判断をしてまいります。
デフレ脱却、経済成長と財政再建の両方の観点からしっかりと判断していく考えです。
成長をあきらめた国には未来はない。私は総理就任会見でこう述べました。日本全体を覆っていた自信

喪失への強い危機感から発した言葉です。しかし今、私は未来への希望にあふれています。
なぜなら今回の選挙において、成長に対する国民の強い意志を感じることができたからであります。
70年代、80年代、日本は力強く成長しました。しかし、この時代の日本人にできて今の日本人にできない

はずはありません。
日本を再び力強く成長させるため、一緒にやろうじゃありませんか、という私の呼びかけに対し、全国どこ

でも多くの国民の皆様が大きな声援で応えていただきました。日本人が自信と誇りを取り戻しつつある、

私はそう実感をいたしました。
大胆な規制改革もTPP交渉もそして消費税の引き上げも、いずれも困難な課題ばかりでありますが、
日本の将来のために決断を出していかねばなりません。しかし、国民の皆さんと一緒であればどんな
困難も必ずや乗り越えていくことができる、そう実感した参院選でもありました。
私からは以上であります。

 

<質疑応答>

---日本の政治は6年間、「ねじれ国会」で苦しみ、首相が毎年代わる不安定な政治を続けてきた。
 ねじれは参院選で解消された。国政選挙は衆院解散しない限り、3年後の参院選まで予定されて
 いない。この3年間、政権を継続して担う決意か。この3年間は選挙を恐れずに思い切った政策が
 できる「黄金の3年間」ともいわれる。経済政策に最優先の考えを示したが、そのほかにも集団的
 自衛権の行使をめぐる憲法解釈見直しや選挙制度改革の重要課題がある。どのように取り組むか

 

「まずですね。今回、選挙にあたって私はこう申し上げました。
まさにねじれによって政策は前に進んでいかない。このねじれの原因を作ったのは6年前の私であり、
その後私を含めて総理大臣が毎年代わっていくことによって、日本の国力は失われた。
実際外交においてはそうだったんだろうと思います。今回、国民の皆様が安定的な勢力を私たち与党、
自由民主党に与えていただきました。この安定的な勢力のもと、しっかりとぶれずに政策を前に進めて
いくように、そして総理大臣がしっかりと政策を落ち着いて前に進めていきながら、外交においても成果
を上げていくようにという国民の皆様の意志だったんだろうと思います。
当然、私も国民の皆様の声に応えていく覚悟でありました。どっしりと腰を据えて、政策を力強く前に
進め、強力な外交も展開していきたい。日本の存在感を世界にしっかりと示していきたいと思います」
「そのなかにおいて、まず集団的自衛権についてでありますが、日本を取り巻く安全保障環境が大きく
変わる中で、日本国民を守るために何が必要かという観点から、引き続き安保法制懇(政府の有識者
会議『安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会』)での議論を進めてまいります。
個別具体的な分類をしていくなかで、この議論は進めてきたわけでございますが、同時に友党、公明党
の皆様のご理解を得る努力も積み重ねていきたい。このように考えております」
「そして選挙制度改革でありますが、残念ながら先の国会において、この定数の削減、そして選挙制度
改革について進めることはできませんでした。これは党派間、それぞれの自分の党の主張を強く展開を
した結果、歩み寄りがなく、そのなかで私は第三者機関を国会に設ける。こういう提案をさせていただき
ました。ぜひともですね、各党、各会派の皆様にご賛同いただき、前に進めていきたいと思います」

 

---自民党役員は9月末で任期が満了する。新役員人事の焦点は、衆院選と参院選で陣頭指揮を執った
 石破茂幹事長の処遇だが、どう考えるか。内閣改造を行うことを考えているか

 

「非常にストレートな質問をいただきましたが(笑)。
あの、石破幹事長は皆様ご承知の通り、北海道から沖縄、まさに八面六臂の活躍で陣頭指揮を執って
いただいた。獅子奮迅の戦いを展開していただいたと思っています。昨年の衆院選も、参院選も私は
石破幹事長とともに戦って、この実績を得た。こう思っています」
「そうした観点からですね、役員人事について考えていきたい。また、役員の皆様それぞれ大きな仕事を
していただいた。ここにおられる役員の皆様ですね。大きな仕事をしていただいたからこそ、この結果を
出すことができたのだろうと思います。自民党というのは今まで、ともすれば中でぎくしゃくする。
それに対する支持者の皆様の嫌気もあったということもあるんだろう。今度はまさにこの昨年12月以来、
ずっと一致結束して、ここまできた。それはやはり、それは執行部の皆様の力、私はよるところが大きかっ
たんだろうと、こう思っているところであります」
「そしてまた、すぐに閣僚のメンバーもきょうから仕事に専念していただかなければなりません。
政策の実行を腰を据えて前に進めていけ、という国民の皆様の声だった。これに応えていかなければ
ならない、そういう観点から人事については考えていきたい。いまの段階ではまだ白紙です」

 

---憲法改正について、96条の先行改正か

 

「そもそも3分の2の発議要件に達しなければ、参議院衆議院、発議ができませんから、前に進めていこ
うと思ってもできませんね。まず順番としては、これはいつも申し上げているんですが、6年前、第1次安倍
政権のときに国民投票法が成立し、本来であれば3年以内に、18歳に投票権の年齢が上がって(下が
って)いく中において、選挙権との関係や、権利義務との調整を進めていくように。もうひとつは公務員の
行為規制、さらには国民投票の対象を逐条ごとに絞っていくべきか、議論をちゃんとやっていきましょうね、
そういうことでありました。残念ながら当初の3年、当時の民主党が強く反発して議論すらできなかった。
6年間経過をしてしまった」「まず、これに取りかかっていく必要がありますね。そして、国民投票ができる
状況をつくる。そして、その中において国民的な議論を深め、同時に憲法は普通の法律と違って決定的に
違う点は何かといえば、一般の法律であれば、国会の中で国会議員が過半数賛成すれば終わりでありま
す。しかし、憲法は単に発議するにすぎない。これはどうですか、ということを国民の皆様に、まさに決めて
くださいと提出をするわけでありまして、決めるのは国民の皆様です。これが決定的な違いであります。
ですから96条ということについていえば、国民の皆様に決めていただくべきであって、衆参どちらかで3分
の1をちょっと超える方の反対で、指一本触れられないのはおかしいのではないか。これが私たちの考え
方であります」「この考え方も、多くの人たちと共有するに至っておりません。そういう努力をしていく必要
もある。すでに我々は、憲法全体においては、昨年、谷垣禎一総裁時代の執行部においての素案を示し
ている。そうしたことも、全体を見ながら、まずは国民投票への整理をしていく。そしてその上に96条を
できればという考えなんですが、まず3分の2を、多数派を構成できるものは何かということも含めて、
政治は結果、現実ですから、そのことも踏まえて考えていきたいと思います。
いずれにしても、腰を落ち着けてじっくりと進めていきたいと思います」

 

---今後の派閥のスタイル、党内運営はどうするか

 

「派閥の機能は否定しておりません。仲間が集まって議論していく、そして選挙においてお互いが助け合
っていくことによって力を発揮していくという機能があります。新人を育成していく、あるいは落選議員を
支援していく機能があることは事実であります。これぐらい大きな所帯ですからね」
「しかし同時に、かつて人事は私は派閥の全盛時代も知っていますが、大臣も副大臣も政務官も委員長
も全部、派閥の代表者が出てきてですね、そこで相談をして決めていた。そんなことはもうしない。これは
間違えないわけであります。すでにそうなっているわけでありますし、それは今後もその方針で進めてい
きたいと思っている」

 

---安定した基盤ができて、野党が数の上で機能しないが、総理が今後、気をつけていくことは

 

「日本は民主主義国家でありますから、当然、野党の数が小さくなったとはいえ、我々はそうした少数の
方々の意見を尊重しながら進めていく。これが利害のあり方なんだろうと思います。我々は今までと同じ
ように謙虚に進めていく。このように思います。同時にですね、利害のあり方として国際社会を見て、その
中で経済はグローバル競争に勝ち残っていかなければならない。そういうスピードも要求されてくるわけ
でありまして、55年体制時代の国会でいいのか、議会においても議論いただきたいと思います。
基本的にはですね、政府の立場としては、議会に対して我々は謙虚にしっかり説明をしていくという姿勢
でいきたいと思います」

 

---今後3年間でどういう順番で、やらなければならないことをやっていくのか

 

「我々政府を預かっているものとしてですね、1つだけやっていればいいというものではないんですね。
一度に様々なことに対応していかなければいけません。しかし、まずどこに基本的に勢力を集中していく
か、他のことはやらないということではありませんよ。まずは、この選挙を通してですね、私たちはデフレ
脱却に向けて経済政策を進めています。この道しかない、ということを訴えてきました。そして国民の皆様
に、その方針でいけと、背中を押していただいたと思いますね。15年にわたるデフレから脱却するのは、
これはそう簡単なことではない。歴史的事業といってもいいと思いますね。まずはそのことに集中していく。
強い経済がなければ、社会保障の、いわば財政的な基盤を強くしていくこともできませんし、安全保障・
外交においてもそうです。そのことに集中をしていきたいと思います」

 

---日中関係を改善すると言うが、具体策は。目の前の困難は乗り越えられるのか

 

「様々なこれは課題が日中間にはあります。同時に日中関係というのは、最も重要な二国間関係の一つ
であろうと思います。それは、日本にとっても中国にとっても同じであろうと思います。
だからこそ、ともに協力して乗り越えていく努力が必要なのだろうと思います。ですから、そのためには、
まずお互いが胸襟を開いて話をしていくというのが大切ではないのかな、と思います。
ですから外相レベル、あるいは首脳レベルの、首脳会談、外相会談を行うべきだろうと思います。
今もですね、我々は対話のドアは開いている、ということを申し上げているわけでありますから、ぜひ、この
私の発言もですね、中国でもしっかり報道していただきたいと思います」

 

---集団的自衛権と安保基本法について。安保法制懇の議論が始まると思うが、最終報告をいつごろ
 受け、いつごろ見直しを決定するのか。
 安保基本法の国会提出の時期は。閣法でやるのか、議員立法なのか

 

「まず集団的自衛権の行使について申し上げれば、これは抽象概念で話をしていると、なかなか国民の
皆様は分かり難いんだろうと、こう思いますが、しかし、例えば、日本の近海の防衛に当たっている米国
艦船が、もしミサイル攻撃を受ける。そして近傍に公海上であって、近傍にわが国の例えばイージス艦
いたと。そして、そのミサイルを撃ち落とす能力がイージス艦にのみあった場合ですね、それは撃ち落とさ
なくていいんでしょうか、ということですね。撃ち落とさなければ、米国の艦艇、これは日本に協力するため
に、抑止力を効かせるためにそこに存在する船が、このミサイルで沈没し、若者の命が失われます。
日本は落とせるのに落とせなかった。これで同盟関係は維持できるかどうか、という具体的な問題なんで
すね。それはいつ起こるか分からないという状況であります。ですから、そういうことなどを踏まえてですね
、いま安保法制懇で議論をしています。憲法との関係においての整理もそうです」
「これは、選挙に入りましたので、しばらくこの議論はできなかったわけでありますが、また、夏休みには
入りますが、スタートしながら、さらに議論を深めていく。そして、これは解釈についてただ変えればいいと
いうことではなく、それにのっとって、部隊が対応していくためには、すべて法的な裏付けが必要でありま
す。そしてその法的な裏付けをしていくうえにおいて、石破幹事長が中心となって、すでに基本法というの
は、もう骨格以上のものができているわけでありますが、基本的には、議員立法でいくか閣法で行くか、
まあ、安保の基本であれば閣法であるべきだという、私はそういう考えでありますが、こうしたことも党側と
よく話をさせていただきたいと思います」

 

(終わり)

 

 

 

ついには落選運動などを

民主党は何故、この人を除名処分にしないのか、理解に苦しみますね。
東京選挙区で、民主党公認候補の対抗馬を支援しているかと思えば、現職の総理大臣を名誉棄損で
訴えるという暴挙にでる。挙句には、ブログで『落選運動』を呼びかける始末。異例というか特異というか
とても首相経験者とは思えない言動に呆れるばかりです。
民主党には、この人と似たり寄ったりの幹部が何人もいますから、この人を強制排除しようとはしないの
でしょう。批判ばかりで、対案も具体策も示さない。思い付きで発言し、責任は持たない。思い込み、妄言
で他を非難する。都合が悪くなると、だんまりか無視…等々。
参院選後は、自己崩壊して四分五裂になり、少数野党に転落することになるのでしょうか。。。

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~平成25年7月20日 産経新聞 【産経抄】
てっきり、高名な元首相の名前を騙った「なりすまし」の仕業だろうと思っていたら御本人だった。
民主党の菅直人元首相は、自身のブログできのう、参院選で自民党に投票しないよう「落選運動」を
呼びかけた。
▼特定の党派や候補者をリストアップし、当選を阻止しようとする落選運動は、ひところ韓国で大いに
 はやった。13年前の総選挙では、ネットを利用して多くの市民団体が参加し、かなりの“戦果”を
 上げた故事がある。
▼さすがは、韓国に詳しい政治家だけのことはある。日本でも解禁されたインターネットでの選挙運動
 存分に活用すれば、圧勝が予想される自民党に土壇場で一泡吹かせられると立ち上がったのだろう。
▼さぞかし元首相が所属する民主党幹部や同党公認候補たちは、元首相の熱い思いに感涙にむせん
 でいるはず。と、思いきやかつて部下だった民主党議員から「残念!やはりあの人は、バッジを外して
 市民運動に戻るべきだ、即刻!」と強い調子でこきおろされていた。
▼親の心、子知らず、とはこのことか。民主党候補がどんな立派な政策を街頭で訴えても通行人は立ち
 止まらず、まともに聞いてくれない事実を、元首相はよくご存じなのである。ならば、と安倍晋三首相が
 配信したメールマガジンの削除を求めて提訴し、落選運動までして自民党の足を引っ張ろうというの
 だから、ご立派というしかない。
▼6年前の参院選で、民主党が勝ちさえしなければ、落選運動の熱き指導者だけでなく、議員引退後も
 中国に媚びを売って歩いているあの人も首相になれなかっただろうに、と身に染みて感じてからでは
 遅い。有権者のみなさんには、6年後に後悔せぬよう、党と候補者をよく吟味してからの投票をお願い
 したい。
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~2013年7月19日 アメーバニュースより
菅直人元首相 自民の落選運動呼びかけ党内からも顰蹙
今回の参院選について多くのメディアが自民党の圧勝を予想しているが、この事態に民主党の菅直人
元首相(66)が自身のブログで、「このままでは福島原発事故以来『原発ゼロ』を求めた多くの国民の
意思が生かされません」と危機感を強め、「原発ゼロ」を求める有権者に対して「『比例では自民党
投票しない』を合言葉に、『落選運動』を繰り広げましょう」と落選運動を呼びかけている。
菅氏は選挙区選挙では自民党候補が落選しなければ効果が出ないとし「その点、全国比例区選挙では
自民党に対する全国民による投票ですから、自民党票の多寡で批判の強さがはっきり出ますし、自民党
の議席を減らすこともできます」と比例区に重点を置いて落選運動をする理由を説明。
既に参院選も終盤戦にさしかかっているが、「まだ間に合います」との見解を示し、その根拠として
「かつての韓国の大統領選では、投票前日の若者のメールによって情勢が逆転したといわれています。
それがネット選挙のだいご味です」と韓国の事例を挙げる。
しかし、この落選運動の呼びかけを受け、他の民主党議員のTwitterの下には
「金子さんや長島さんが一生懸命応援活動していても、菅直人がこんな事を書いて、後ろから鉄砲を
撃っていたら何にもなりませんよ」「選挙を戦う上で、政治家が政策を訴えるのではなく、他党の「落選
運動」を行うとは、民主党は何とも情けない党員をお持ちで…」などのコメントが有権者から寄せられ
ている。こうした声に、民主党の金子洋一参議院議員は「街頭でも私は『鳩山氏と菅直人氏にはご退場
いただきたい』と演説しています」。長島昭久衆議院議員は「残念!やはりあの人はバッジを外して市民
運動に戻るべきだ、即刻!」とそれぞれコメントしており、菅氏の落選運動の呼びかけは民主党内からも
顰蹙(ひんしゅく)をかっているようだ。


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そもそも、この人が毀損に値する「名誉」を持ち合わせていたのでしょうか…?
我が国を危機に陥れておきながら、何等責任をとらないどころか、あれこれと虚言を弄し自己を正当化。
衆院選で国民からダメ出しをくらったのに、あろうことか比例でゾンビのごとく復活。何事も無かったかの
ように議員として民主党に寄生中。いっそのこと、公判における関係者の証言で、この人の実態が白日の
下にさらされることを望むべきなのかもしれません。

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~平成25年7月18日 産経新聞 【甘口辛口】
今度は菅元首相が…民主の“お騒がせ”もここに極まれり
先月末、鳩山元首相が尖閣諸島について、領有権を主張する中国に理解を示すような発言をして驚か
せたと思ったら、今度は菅元首相が安倍首相を提訴した。
安倍氏が当時野党だった2011年5月に配信したメールマガジンで「原発事故で海水注入を止めたの
は菅総理自身だった」との記事で名誉を傷つけられたという。(サンケイスポーツ)
菅氏は約1,100万円の慰謝料を求めている。民主党元首相によるお騒がせもここに極まれりで、元首相
が現職首相を選挙中に提訴するのは前代未聞。
「ネット選挙が始まった中で、国民に誤った情報を流し続けることは参院選に悪い影響を与える」と提訴
に踏み切った理由を説明している。
しかし、ネット選挙といっても実際にはほとんど浸透しておらず、取って付けたような理由だ。
菅氏は参院選でも民主党の公認取り消しになった東京選挙区の候補者を応援し「退場してもらいたい」
と党執行部の怒りを買った。目立ちたがりの菅氏のことだから、提訴も参院選向けのパフォーマンスで
「またやったか」程度にしか見えない。
海水注入は9日に58歳で亡くなった震災当時の福島第1原発所長、吉田昌郎氏が東電本店の意向を
黙殺し継続させた。
「安倍メルマガ」には当時の菅首相が「俺は聞いていない」と激怒し注水を止めさせたとあり、菅氏は
「海水注入は当然。中止は指示してない」と反論している。
その真相は別にして、事故対応を遅らせたとされる大震災翌日のヘリ視察、東電本店への怒鳴り込み
など、当時の菅首相の常軌を逸したとも思える言動は、国民の脳裏に焼き付いている。
吉田元所長が存命の間に、いかに菅氏に振り回されたか、生の証言を聞きたかった。 (今村忠)
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~平成25年7月12日 産経新聞 【阿比留瑠比の極言御免】
吉田元所長死去で菅元首相、ネット上で大暴走
菅直人元首相のインターネット上での暴走が止まらない。
東京電力福島第1原発の吉田昌郎元所長が死去した際には、10日付のブログで「吉田所長の死を惜し
む」と題しこう書いた。「吉田所長は東電上層部の意向に反して独断で海水注入を継続した。英断だ」
平成23年3月12日、水素爆発した1号機への海水注入をめぐり、「菅首相の了解が得られない」と中断
を求めた東電本店の指示に逆らい、独断で注水を続行した吉田氏を称賛している。
ここまでは尋常だが、この後は文章の趣旨が追悼からずれ、自己弁護と他者攻撃へとどんどん傾く。
「当時安倍晋三氏(現首相)は『海水注入を止めたのは菅総理。即刻辞任しろ』とメルマガで私への辞任
を迫った。東電本店のウソの情報を振りかざして、原発事故までも政争の具にしようとした」
また、菅氏は関連して10日付のツイッターではこうも記している。
「海水注入問題では、東電が自分たちの判断を官邸の判断とすり替えた」「私を含め官邸の政治家は
海水注入は当然と考えており、誰も中止を指示していない」
菅氏は6日付のブログでも「安倍総理の大陰謀」と題し、安倍首相が「東電から頼まれて」でたらめの
情報を発信したため、「菅降ろし」が起きたと訴えた。
同様に11日には「ネットを利用した安倍晋三総理の巧妙な名誉毀損」と書くなどボルテージを上げた。
ただ、東電と安倍首相が陰謀の共犯者であるかのように決め付けたにもかかわらず、根拠は示さない。
あまりにためらいのない筆致には、「この人は大丈夫だろうか」と心配になる。実際のところはどうか。
事実関係をたどると、東電本店が吉田氏に海水注入中断を求めたのは、菅氏自身が「再臨界」に強い
懸念を見せたからにほかならない。官邸で一部始終を目撃していた関係者は、「速やかな海水注入を
求める専門家らに対し、菅氏はこう怒鳴っていた」と証言する。
「海水を入れると再臨界するという話があるじゃないか。君らは水素爆発はないと言っていたじゃないか。
それが再臨界はないって言えるのか。そのへんの整理をもう一度しろ!」
23年5月31日の衆院震災復興特別委員会では、菅氏自身がこう答弁している。
「水素爆発の可能性、再臨界の可能性、そして塩が入ることによるいろいろな影響。そこにいた専門家の
みんなに、そこも含めて検討してみてくださいと…」
当時、原子力安全・保安院や東電が、官邸政治家から「指示なく勝手なことはするな」と厳命されていた
のは周知の事実だ。菅氏に「整理」「検討」と言われたら、どう受け止めるか。
官邸に詰めていた東電の武黒一郎フェロー(当時)が、菅氏の反応を見て第1原発の吉田氏に電話で
「止めろ。官邸がグジグジいってんだよ」と中断を求めたことまで「東電の判断」と言い張る菅氏の主張
は無理がある。
海水注入続行はあくまで吉田氏の独断による「結果オーライ」にすぎない。
菅氏の「意向」がそのまま実行に移されていたら、1号機はどうなっていたことか---。
結果は想像したくない。
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~2013年4月1日 zakzak 【視線】阿比留瑠比
“不手際”で教科書に載った菅直人元首相
文部科学省が3月26日に公表した来春から使用される高校教科書の検定結果を見ると、当然のこと
ながら平成23年3月11日の東日本大震災と福島第1原発事故への言及が目立つ。
その中でも、当時の菅直人首相に関する記述に、首相官邸で取材をしていた1人として深い感慨を覚え
た。例えば歴史の教科書には、こんな記述がある。
「震災処理の不手際もあって菅内閣は同年8月に総辞職に追い込まれ、かわって野田佳彦が組閣した」
(日本史A)
「菅内閣は、放射能汚染の情報を十分に国民に開示しなかったことや、復興計画の立案と実行が遅れ
たことから、国民の批判を浴びて倒れた」(日本史B)
菅氏を支えた元首相秘書官によると、菅氏は在任時、口癖のように度々こう語っていたという。
「俺は歴史に名を残したいんだ」 その夢はかなったというわけだ。
菅氏は今や歴史上の人物として高校生が学ぶ対象となった。目指すべき手本としてではなく、反面教師
としてかもしれないが。
また、菅首相は内閣総辞職にあたって「歴史がどう評価するかは後世に委ねる」とする「首相談話」を
発表したが、評価は菅氏の予想より早く定まったようだ。
中曽根康弘元首相が繰り返し指摘してきた通り、「政治家は歴史法廷の被告」であるし、国のトップたる
首相であればなおさら国民の視線は厳しいのも当然だろう。
民主党の党改革創生本部がまとめた「総括」でも、昨年12月の衆院選大敗の理由について
「トップによる失敗の連鎖が続いた」ことを挙げている。ここでも菅氏の重大な責任は免れようがない。
にもかかわらず、肝心の菅氏にその自覚も潔さも反省も一切みられないのが残念でならない。党改革創
生本部の会合には可能な限り出席し、「自身に対する直接的な批判が『総括』に盛り込まれないよう目
を光らせていた」(党幹部)という。そこには、「歴史法廷の被告だ」という覚悟はうかがえない。
むしろ、民主党内から聞こえてくるのはこんな話ばかりだ。「菅さんは2月に自宅を新築してご機嫌だ」
「反原発で市民運動家の原点に戻り、非常にすっきりしている」
実際、菅氏は自身のブログで何度も最新省エネ技術を駆使した新居について、こんなふうに取り上げて
いる。「新居のエネルギー自給ができるかどうかは少しデータが蓄積されないとはっきりしないが、二重
ガラス窓の断熱効果は顕著だ」(2月25日付)
「エコ住宅の我が家を『エコカンハウス』と呼ぶことにし、時折エコカンハウス報告を載せるつもりだ」
(3月3日付)
「(週刊誌)アエラに、我が家が『脱原発ハウス』と紹介された」(3月25日付)
確かに、自分のお金を何に使おうと家を建てようと自由だし、うれしいのは理解できるが、少しはしゃぎ
すぎではないか。
菅氏の首相時代に起きた震災と原発事故により、いまなお約31万人が避難し、11万人以上が狭小な
仮設住宅で不便な生活を強いられているのである。
首相退陣後の菅氏は、事故の最高責任者として被災地を回るのではなく、個人的趣味の四国霊場
八十八カ所巡りを再開した。結局、国民や被災者よりも、自分探しの旅の方が大切なのだろう。
菅氏自慢の「エコカンハウス」の「エコ」は、「エゴ」の間違いなのではないかとすら感じる。
鳩山由紀夫元首相と菅氏の名前は、できるなら日本の政治史から抹消したい」
政治評論家の屋山太郎氏はこう語る。だがその名は、ある意味で長く語り継がれることになりそうだ。

 

 

 

参院選も終盤に

自民党 Youtubeより
参議院選挙 投票のしくみ  

 

参議院選挙の投票方法を、あべぴょんと一緒におさらいしよう。
参議院選挙には【選挙区選挙】と【比例代表選挙】があり、各1枚、一人合計2枚を投票­します。
1枚目は【選挙区選挙】の投票です。あなたの都道府県で立候補している自民党の候補者に投票します。
2枚目は【比例代表選挙】の投票です。住んでいる地域に関係なく、比例代表名簿の【自民党候補者名】
または【自民党】と書きます。参議院に比例代表選挙は【非拘束名簿式】が採用されています。
【非拘束名簿式】は、政党があらかじめ比例候補者の当選順位を決めていません。
だから、あなたが【当選させたい候補者】を選ぶことができます。

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平成25年7月16日 自民党HPより
安倍総裁 世界の中心で輝く日本を

参院選 アベノミクスで景気回復を実感
参院選も終盤に突入した。連日の記録的な猛暑にも負けず、安倍晋三総裁をはじめとする党役員は
全国各地を駆け巡り、熱のこもった訴えを続けている。
それは、今回の選挙の勝利で衆参ねじれを解消し、安定した政治を取り戻すことが、わが党の国家に
対する責務であるからに他ならない。最終日まで、わが党の候補、所属国会議員、全国の党員・党友
は最大の緊張感と使命感を持ち、全身全霊で戦い抜く覚悟だ。
その先頭に立つ、安倍総裁による街頭演説のポイントをまとめた。

 

◇日本を取り戻す
戦いに挑み政権復帰果たす
1年前、日本は長引くデフレで毎年、収入が下がる状況にあった。行き過ぎた円高により、企業がどんな
に頑張っても海外との競争に勝てず、工場を閉めなくてはならなかった。雇用がなくなり、若者は将来へ
の希望を喪失した。国力も失われ、海外から日本の主権が脅かされた。教育の危機も叫ばれていた。
「何とかしてもらいたい」という国民の多くの声に押されて、昨年12月、私たちは日本を取り戻す戦いに
挑み、政権に復帰した。

 

◇経済再生
金融政策、機動的な財政政策、成長戦略――3本の矢
まず取り組んだのは、強い経済を取り戻すこと。10年以上、デフレから脱却できなかったので、今までと
は次元の違う金融政策、機動的な財政政策、成長戦略――の「3本の矢」で挑んだ。
昨年の7~9月期、国内総生産GDP)は年率換算でマイナス3.6%。富や豊かさが失われていた。
しかし、わが党の政策によって今年の1~3月期はプラス4.1%と大きく変わった。
有効求人倍率も0.9倍と、リーマン・ショック前の水準に戻った。民主党政権が3年間でできなかったこと
を、わが党は半年間で実現した。
雇用も前年同月比で60万人増えた。実体経済は明らかによくなっている。

 

景気回復
私たちの進んでいる道は間違っていない
それでも、まだ景気回復を実感できないと言う声が多い。しかし、大手企業64社で、ボーナスがバブル
以来7%伸びている。こうしてボーナスが増えた人が、「今年の夏は家族みんなで旅行に行こうよ」という
ことになり、帰りにはお土産に名産品を買う。こうして地域の観光地も潤う。
また、焼き肉屋のお客さんが、食事やビールの量を増やせば、肉屋、八百屋、酒屋も潤う。
帰りにタクシーを使えば、タクシーの運転手も潤う。こうしてお金が回る。やっと今、その入り口に来た。
だからこそ迷うわけにはいかない。私たちの進んでいる道は間違っていない。この道しかない。

 

◇成長戦略
女性が世界で一番輝く国に
日本には薬や医療機材の高い技術があるが、輸出入で2兆円の赤字だ。効果的な新薬を開発しても、
認証に時間がかかり、外国の企業に先を越されるからだ。必要な薬を一日も早く患者に届け、画期的な
医療機材も迅速に使えるようにしなければならない。そのための法案を次の国会に提出する。
さらに元気で長生きできる社会をつくりながら、赤字を黒字に転換し、この分野でも成長する。
農業もしっかり守り、同時に可能性を広げる。農産物をもっと世界へ出す。
これだけおいしいのだから負けない。強化し、工夫をすれば付加価値が増える。農村の所得を10年で
倍増させる。
女性の力は日本を明るくする。しかし、女性の雇用には様々なハードルがある。これを取り除くことができ
れば、日本はもっと成長できる。例えば、待機児童問題を解消するため、2年間で20万人、5年間で40万
人分の保育の受け皿をつくる。しばらく子育てに専念したいお母さんのために、育児休暇を取りやすくし
ていく。様々な選択肢を用意し、日本を世界で一番、女性が輝く国にする。
やるべきことをやれば、10年間で1人当たりの国民総所得(GNI)を大幅に増やせる。
「そんなに大きなことを言って大丈夫か」という顔をしている人がいる。しかし、1970~80年代の日本人
はそれを実行した。今の私たちにできないわけがない。やろうではありませんか。
世界一を目指そうではありませんか。世界の真ん中で輝く日本をつくろうではありませんか。

 

 【安倍 麻生】応援動画

 

 

 

 

 

靖国神社の「みたままつり」で…

~2013年7月8日 市ケ谷経済新聞より
夏の風物詩、靖国神社で「たままつり」-境内にちょうちん3万個超
靖国神社(千代田区九段北3)で7月13日~16日、夏の風物詩の一つとして親しまれている
「みたままつり」が行われる。
1947(昭和22)年に始まり今年で67回を数える「みたままつり」は、家族連れや会社帰りの
ビジネスマンなど、老若男女問わず多くの参拝者でにぎわいを見せ、毎年30万人が訪れる。
境内に大小3万個を超えるちょうちんや懸雪洞(かけぼんぼり)が掲げられ、本殿では毎夜、
英霊を慰める祭儀が執り行われる。
境内では期間中、都内で最も早い盆踊りやみこし振り、阿波踊り(13日)、青森ねぶた(14日)、
つのだひろさんによる奉納特別野外コンサート(15日)など、さまざまな奉納芸能が繰り広げら
れるほか、光に包まれた参道には200もの夜店が軒を連ね、訪れた人々を楽しませる。

 

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この「みたままつり」に関して、人民朝日は、まつりの意味や内容を伝えずに政府の閣僚が“ちょうちん”
を氏名入りで奉納していることのみを記事にしています。
これはどうみても支那や朝鮮に対して「政府の閣僚がまたも、こんなことをやっていますので、日本批判
をしてくださいね」という、ご注進記事に他なりません。しかも、奉納した閣僚は4人(谷垣禎一法相、林
芳正農相、根本匠復興相、稲田朋美行政改革担当相)のはずなのに、意図的に稲田氏のことを取上げ
て伝えています。明らかに批判材料を提供し、支那や朝鮮の「反日気分」を煽り、安倍政権の立場を悪く
させたい、そんな意図が見え見えです。
これに対し15日、中央日報が「日本批判記事」を掲載していますが、読むのも「うんざり」の内容です。
日本国内の宗教行事であり、伝統的な先祖供養の奉納行為は当たり前であり、何の問題もありません。
他国から批判されたり、文句を言われる筋合いなど無いし、それを政治問題化しようとする隣国の悪意
には辟易してしまいます。

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~2013年7月13日 朝日新聞デジタルより
靖国神社にちょうちん奉納 稲田行革相と根本復興相
根本匠復興相と稲田朋美行政改革相は、東京・九段北の靖国神社で13日から始まる「みたままつり」
に、ちょうちんを奉納した。根本氏は肩書をつけておらず、稲田氏は所属する議員グループ「伝統と創造
の会」などとしている。稲田氏は今年4月にも同グループの一員として同神社に参拝しており、同氏側は
「閣僚としてではなく、伝統と創造の会で奉納した」と説明している。
同神社には、ほかに現職閣僚と同姓同名のちょうちんも奉納されている。
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~2013年7月15日 中央日報日本語版 【社説】~
靖国問題の再浮上を警戒する
日帝の侵略と軍国主義の象徴である靖国神社の夏季の祭事期間(13-16日)を迎え、靖国問題が
再浮上する兆しが表れている。
谷垣禎一法相、林芳正農林水産相、根本匠復興相、稲田朋美行政改革相の日本閣僚4人が相次いで
ちょうちんを奉納しているためだ。
さらに21日に行われる参議院選挙を控え、右派政治家の参拝や奉納が続く可能性もある。
これは、関係改善の必要性が議論されている韓日中の葛藤にまた火をつける行動となる。
最も大きな問題は、靖国問題が領土と過去の歴史をめぐる日本右派の隣国への挑発的な言動と常に
一組になってきたという点だ。
4月の春季例大祭にも内閣の第2人者である麻生太郎副総理兼財務相ら閣僚3人が靖国神社を参拝し
波紋が広がった。当時も靖国問題は領土および過去の歴史をめぐる日本右派の激しい言動につながり
韓国中国との深刻な外交葛藤を招いた。
靖国参拝の本質が、日本軍国主義の侵略歴史を否定するという事実を明確にする部分だ。
日本の政治家の靖国参拝や供物奉納を、国のために命を捧げた英霊に対する純粋な参拝、と見なす
隣国がない理由だ。
日本が過去の侵略行為を深く反省し、隣国と東アジアの建設的な未来の歴史を築いていくという考えが
少しでもあるなら、政治家と靖国との縁から断ち切らなければならない。
特に1カ月後に近づいた8月15日の終戦記念日に、日本の政治家がどう行動するかに関心が集中する。
この日、安倍晋三総理や閣僚が靖国を参拝するかどうかは、韓日中関係の未来に重要な分岐点になる
だろう。日本の政治家は、過去の世代の過ちに対する美化が、未来の世代が進取的な歴史をつくるうえ
で障害にならないよう、靖国との関係を整理しなければならない。
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~2013年7月16日 産経ニュースより
靖国神社のちょうちん奉納「問題なし」 稲田行革相
稲田朋美行政改革担当相は16日の記者会見で、靖国神社の「みたままつり」にちょうちんを奉納した
ことに問題はないとの認識を示した。「国のために命をささげた方に感謝と敬意、追悼の意を表すること
は主権国家であるならば許されるという思いだ」と述べた。
稲田氏はちょうちんに「伝統と創造の会 衆議院議員」の肩書を記して奉納していた。
終戦記念日の8月15日に靖国神社に参拝するかどうかについては「安倍内閣の一員として適切に判断
し、行動したい」と述べるにとどめた。

 

 


山笠気づかう博多の参院選

安倍総理は7月11日から12日にかけて、酷暑の中、九州7選挙区を遊説でまわられました。
11日は宮崎市内 →鹿児島市内 →熊本市内 →長崎市泊り
12日は長崎市内のホテルで長崎国際テレビのインタビューを受けたのち、長崎市内で街頭演説 →
 佐賀県武雄市内で街頭演説 → 午後1時過ぎには、福岡市に入り、中央区の警固公園で街頭演説を
されました。さらにJR博多駅からソニック29号で大分へ移動。午後4時過ぎに大分市内で街頭演説を
こなされてから帰京されています。遊説先はどこも、多くの聴衆で身動きできない状況だったそうです。
このハードスケジュールを見ていて不思議に思ったのが、JRで移動しているのに、博多駅前の広場で
街頭演説をせずに、何故にわざわざ天神地区に移動したのかな?ということでした。
博多駅前なら移動時間も無いし、終わってすぐにJRで移動できるから、効率いいはずですが・・・。
何のことはない、理由は山笠にありました。12日は「追い山ならし」があるため、博多駅周辺も混雑が
予想され、そこに安倍総理が遊説で来られては、とんでもないことになるのは目に見えています。
できれば安倍総理にも勇壮な「舁き山」を近くで見て、博多の男衆の熱気を感じてもらい、選挙後半戦
の力にしてもらいたかったですね。

 

 

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~2013年7月13日 朝日新聞デジタルより
山笠気づかう博多の参院選 マイクオフ、市内避け遊説も
この3連休、博多では、投開票が8日後に迫る参院選の選挙運動と、博多祇園山笠のクライマックスが
重なる。福岡選挙区(改選数2)の各陣営も、772年の歴史を誇る重要行事の山笠には気を使う。
大音量の演説で邪魔しないように、遊説ルートから博多を外したり、マイクを使うのを避けたりと工夫し
ている。
2003年から「海の日」が7月第3月曜日になり、以後は毎年、この日を含む3連休がある。
参院選は3年に1度あるが、選挙運動ができる最後の日曜日「ラストサンデー」と、山笠のピークが3連休
中に重なるのは初めてだ。
山笠は13日に集団山見せ、14日に舁(ながれが)き、15日に追い山がある。
14日の次の日曜日、21日は投開票日。候補にとってラストサンデー前後の休日は、街に繰り出した家族
連れらに支持を呼びかける大切な日だ。
しかし今年は、福岡の6陣営のうち多くが、山笠対策をいろいろ考えている。
新顔を擁立したみんなの党の江田憲司幹事長は連休中に福岡入りするが、人出の多そうな福岡市を
避け、周辺の春日市や大野城市、太宰府市などで遊説する。
民主新顔も連休中は福岡市内で演説せず、北九州市に重点をおくという。陣営は「本来は3日間とも福岡
でやりたいところだが、渋滞は避けたい」。
自民も「追い山」の15日まで数日間は、博多区では遊説しない予定だ。
一方、日本維新の会は、新顔候補の14日のスケジュールを博多区周辺中心に組む。ただ、徒歩で移動
し、マイクも切る。交差点で手を振るなどして支持を訴えるという。陣営の担当者は「山笠で集まった人た
ちに、のぼりやたすきでも目にとめてもらえれば。邪魔にならない範囲でアピールします」。

 

■「山笠終わるまでは仕方ない」
自民の井上貴博衆院議員=福岡1区選出=は、祖父や父が山笠振興会の会長経験者で、山笠とともに
育った。今は参院選の応援で忙しい日々を送る。
「物心ついてから、山笠のお汐井(しおい)とりや舁きに出られない経験は初めて。選挙を優先するの
は当然ですが、歯がゆい思いもあります」
一方、山笠を優先し、選挙に専念できない関係者もいるようだ。ある陣営の幹部は「博多区周辺の後援会
の動きがイマイチ。山笠で忙しい人が多い。終わるまでは仕方ない」とぼやく。

 

■法被姿で事務所は御法度
山笠と選挙には、苦い過去もある。1971年の参院選で、県議らが選挙への協力を求め、現金を配った
事件があり、現金を受け取るなどした地域の顔役や山笠の役員らが逮捕された。
役員らは事件後、政治や選挙には一切かかわりを持たないと誓いを立てた。
山笠の間、男衆は法被姿のまま冠婚葬祭にも行くが、同じ格好で選挙事務所を訪れるのは御法度だ。
山笠振興会は今年も、選挙にかかわるときは法被を脱ぐことを確認した。選挙と一線を画す姿勢を各
に徹底している。
山笠振興会の名越正志事務局長は「大きな組織なので、昔は選挙に利用されたこともあったが、今は
一切ない」と話す。

 

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~2013年7月13日 朝日新聞デジタルより
舁き山、旧城下町を駆ける 博多祇園山笠「集団山見せ」
博多祇園山笠の「集団山見せ」が13日、福岡市であった。
七つの舁(か)き山が、市中心部を東西に走る明治通りなど計約2.1キロを駆け抜けた。
商人の街・博多から那珂川の西側の旧城下町・福岡部に入る唯一の機会で、沿道や折り返し点の
天神の市役所周辺などは見物客であふれた。
祭りは15日早朝の勇壮な追い山で、クライマックスを迎える。
東流の舁き山では、福岡県八女市黒木町出身の直木賞作家、安部龍太郎さん(58)が山笠台に
上がった。安部さんは台を降りた後、「すばらしい」と興奮気味に話した。「舁き手の人たちの姿勢と
目がすごい。男の祭りだと感じました」
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~2013年07月13日 西日本新聞より
オイサオイサ勇壮に 博多祇園山笠追い山ならし
博多祇園山笠で、15日早朝にある「追い山」の予行となる「追い山ならし」があった12日、櫛田神社
(福岡市博多区上川端町)に設けられた桟敷席では、豪快な「櫛田入り」に歓声が湧いた。
糸島市の池田佳代子さん(57)は「桟敷席で見るのは初めて。張り詰めた雰囲気の中で響く『オイサ、
オイサ』の掛け声に感動した」と話した。
福岡市南区の小田琉登(るきと)君(8)は「とにかくかっこよかった。大きな山笠をあんなに速く動かす
なんてすごい。僕もいつか参加したいな」と目を輝かせた。

 

櫛田入りのタイムは次の通り(かっこ内は全コース、上川端通は櫛田入りのみ)。
一番山笠・恵比須37秒49(30分36秒) ▽二番山笠・土居36秒94(27分40秒)
▽三番山笠・大黒37秒53(27分25秒) ▽四番山笠・東32秒46(25分57秒)
▽五番山笠・中洲36秒95(29分43秒) ▽六番山笠・西32秒61(27分30秒)
▽七番山笠・千代34秒78(26分37秒) ▽八番山笠・上川端通58秒27

 

 

 

博多山笠・お汐井取り、本番モードに

9日夕方、筥崎宮の箱崎浜(福岡市東区)で、「お汐井取り」がおこなわれました。
全流の男衆が水法被に締込み姿で、身を清めるために使うお汐井(しおい)=海砂をすくい取り
「てぼ」と呼ばれる竹かごに詰めて持ち帰ります。
明日10日から、いよいよ山笠が動き出します。


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~2013年7月9日 西日本新聞より
オッショイ!」箱崎浜へ 博多山笠・お汐井取り
福岡市の夏祭り「博多祇園山笠」の舁(か)き山笠七(ながれ)の男たちが、身を清めるために使う
海砂(お汐井(しおい))をすくい取る「全お汐井取り」が9日、同市東区の筥崎宮・箱崎浜であった。
梅雨明けしたばかりとあって強い日差しが降り注ぐ中、額に汗を光らせた男たちは夕方に石堂橋(同
市博多区)を出発。「オッショイ、オッショイ」と掛け声を上げ、街中を駆け抜けた。
箱崎浜に到着すると、海に向かってかしわ手を打ち、「てぼ」と呼ばれる竹かごに海砂を詰めていた。
勇壮な舁き山笠が10日から同市博多区の各所で動きだし、15日早朝の「追い山」がフィナーレ。

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◇10日に舁き山始動 9~15日の見どころ紹介
博多祇園山笠は9日、「全(ながれ)お汐井(しおい)取り」で本番モードに入る。
10日からは福岡市博多区の各所で七流の舁(か)き山笠が動きだし、祭りは一気に「静」から「動」へ。
15日の「追い山」まで連日繰り広げられる行事の日程と見どころを紹介する。

 

【9日・全お汐井取り】
夕方、各流の男たちが石堂橋(博多区中呉服町)に集まり、身を清めるための海砂を取りに箱崎浜
(東区)まで走る。

 

【10日・舁(が)き】
1年ぶりに山笠が動く、舁き手たちが待ちわびた日。
午後4時~同6時にかけて始まり、区域内を舁き回る。

 

【11日・朝山、他流舁き】
夜明け前の博多の街で、静寂を破って山笠が走る「朝山」は、午前5時~同6時に開始。
山笠が流の区域外に出る「他流舁き」は、大黒、東、中洲、千代の四つの流が行う。
午後3時~同5時半にスタート。

 

【12日・追い山ならし】
午後3時59分、櫛田神社(博多区上川端町)前の土居通りに並んだ山笠は、一番山笠から順に出発。
「追い山」より約1キロ短い約4キロの道のりを走る。フィナーレへ向けた予行練習。

 

【13日・集団山見せ】
今年は歌手の五木ひろしさん、作家の安部龍太郎さんらが台上がり。
午後3時半、呉服町交差点(博多区)を出発。往路は明治通りを市役所に向けて走り、復路は同通りを
冷泉公園北付近まで折り返す。

 

【14日・舁き】
男たちは最終調整の段階に。恵比須など五流が午後4時~同5時にかけて舁き出し。

 

【15日・追い山】
午前4時59分、一番山笠・恵比須流が「ヤーッ」の掛け声とともに勢いよく走りだし、櫛田神社境内に
なだれ込む「櫛田入り」。一度山笠を止め、「博多祝い唄」を唱和する。
その後、各は5分おきにスタートし、約5キロ先の「廻(まわ)り止め」まで、夜明けの街を駆け抜ける。

 

 

“Honda Hands”が話題に

ホンダファン&ユーザーとしては、世界中の人々に見てもらいたい映像ですね。

 

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~2013年7月7日 産経ニュースより
英国ホンダ発 世界を変えた日本のものづくりを2分間に凝縮
技術者の夢と好奇心を源に、世界最先端の製品をつくり続けてきたホンダ。そんな日本のものづくり
の原点ともいえる「ホンダ・スピリッツ」を表現した映像“Honda Hands”が、なぜか英国ホンダにより
制作、公開され話題を呼んでいる。
この映像は、停滞する現在の日本のものづくりに、ヒントと力を与えてくれるかもしれない。
机の上に転がる、ひとつのナット。人の手がそれを拾い上げる。すると、ナットはエンジンに変わり
オートバイになる。それはさらにクルマ、船、ロボット、ジェット機と、さまざまな製品に変わっていく。
イマジネーションが、最先端のテクノロジーをつくり出していく。
英国ホンダのサイトで公開されているコンセプトムーヴィー“Honda Hands”は、技術者の夢と好奇心
から、世の中に役立つ製品を数多く生み出してきた「ホンダ・スピリッツ」を魅力的に表現している。
この映像に登場するのは、「世界を変えた」次のようなホンダの製品だ。
……… ……… ……… ……… ……… ……… ……… ………
誰でも乗れるバイク、スーパーカブ
1958年の登場以後、世界中で販売され、人類史上最も多く販売された乗り物になった。
ホンダの代名詞的製品。
悲願のマン島TTレースを制したロードレーサー、2RC143。
1961年の世界グランプリで「コンストラクターズ・チャンピオンシップ」をホンダにもたらした名機。
世界初の「環境にやさしいクルマ」、シビック。
当時、実現不可能と言われた環境基準「マスキー法」を、世界で初めてクリアした。
公道で走れるF1カー、NSX
オールアルミニウムのモノコックボディ、戦闘機をモチーフとしたキャノピー等、先進のテクノロジー
とデザインを詰め込んだスーパーカー。
世界最速のソーラーカー、ドリーム号。
初挑戦のワールド・ソーラー・チャレンジで世界新記録を樹立し、優勝した。
世界初の量産型燃料電池電気自動車、FCXクラリティ
搭載された水素燃料電池が排出するのは純水だけ、という完全ゼロ・エミッション車。
どこでも行ける全地形対応車、ATV。
車でもバイクでもないユニークな乗り物は、英国南極調査隊にも利用されている。
世界初の二足歩行ロボット、ASIMOアシモ)。
人間のように歩き、走る二足歩行ロボットは、世界中の人気者になった。
ホンダ初の航空機、ホンダジェット
燃費や居住性を改善するため主翼上面にエンジンを設置するなど、斬新な技術が取り入れられた
ビジネスジェット
……… ……… ……… ……… ……… ……… ……… ………
映像に登場するこれらの製品は、いずれも「世界初」「世界最高」のものばかりだ。
もしホンダが実現していなかったら、いま、この世の中に存在していないかもしれない。
ひとつのナットが、人の手によっていままでにない製品に変わっていく。このコンセプトムーヴィーが
表すように、技術者の夢と好奇心から、世の中に貢献するイノヴェイションを生み出し続けてきたホンダ。
日本の製造業が目標を失いつつあるいま、「ものづくりとは、世の中の役に立つ想像力である」と言う
本田宗一郎の言葉を、わたしたちはもう一度思い出すべきかもしれない。
そして何より残念なことは“Honda Hands”のような、ものづくりの理念や先進性をセンスよく、魅力的
に伝えるコンテンツが、母国日本からではなくイギリスから発信されている、ということだ。
優れたテクノロジーや製品の開発だけでなく、それを伝え、支え、時に刺激を与えるメディアもまた、
「科学技術立国日本」復興のための重要な要素のはずだ。
手遅れになる前に、早くそのことに気づいてほしいものだ。
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余談ですが・・・
「マスキー法」は1970年に米国で成立した大気浄化法改正法で、自動車排気ガスのクリーン度を従来
の10分の1以下とすることを求める、極めて厳しい内容ものでした。
日本勢だけではなく、当時の米国ビッグスリーにとっても、技術的に全く対応の見通しがたたない規制
案でした。結局、この「マスキー法」そのものは、どの自動車メーカーも達成の見通しがつかない、との
理由から、1974年に廃案となり、新たな規制緩和法案が成立し実施されました。
しかしながら、この「厳しすぎるマスキー法」に挑戦し、基準をクリアする車が1973年に登場します。
それがホンダの「シビック」なのです。搭載していたエンジンは、ホンダが独自に開発した「CVCC形式」
の低公害・低燃費の画期的なエンジンでした。
米国ビッグスリーも、日本の大手自動車メーカーのトヨタ、日産が技術開発の目途がたたなかった時期
に、それまでバイクメーカーとしか見られていなかった弱小ホンダが、世界の先陣を切ったのです。

 

ちなみに、私はこの時から「ホンダ」のファンになり、74年にシビックを購入以来、今日に至るまでホンダ

の車(シビック→初代アコード→シビック→インテグラ→アコード→シビック→インテグラ)を乗り継いで
います(今春N-oneにしました)。

 

歴代シビック CM

 

 

 

 

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