筑紫の国の片隅で…

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「文民統制」の危機を煽る朝日・毎日

防衛省設置法改正に関する報道において、軍事(自衛隊)をいつまでも悪い力として封じ込めたい朝日・毎日は、相変わ
らずイデオロギー優先の非現実的で、プロパガンダ的な印象記事に終始しています。
朝日は、「文民統制」が「文官統制」で強化されるとしていますが、現在の体制では、官僚の思惑により自衛隊が運用され
るだけであり、そこに官意はあっても民意は反映されないも同然です。朝日や毎日は、日本が普通の国になることが、許し
難いことだと思っているようです。
設置法12条が改正されても、防衛大臣が統括し、自衛隊の最高責任者は内閣総理大臣という文民統制の体制に何等
変わりはありません。
文民制度(シビリアンコントロール)は、民主主義国において軍事に対する政治優先、もしくは軍事力に対する民主主義的
統制を意味し、主権者である国民が、「選挙によって選出された国民の代表」を通じて、軍事に対する最終的判断、決定
権を持つということであり、国家安全保障政策の基本原則といえます。
また、背広組と制服組が相携えて政治家を補佐する仕組みは、米国や英国をはじめ諸外国では当たり前の体制です。
2014年3月末、背広組(事務次官を含)約2万1400人、制服組が約24万7700人で、背広組と制服組が縦割りで仕事
をしているため、風通しが悪いとの指摘もあります。
今回の改正により、官僚(背広組)によるチェック機能低下を懸念する声も有るようですが、軍事に関する事を殆ど学ばな
い素人官僚達に、迅速で適正的確な判断がどれ程出来るというのでしょうか?現場を知らない人間が、書類上で運用の
適否を判断するのですから、「事件は会議室で起きてるんじゃない!! 現場で起きてるんだ!!」、という青島刑事の叫びのよう
に、現場としては納得できない事が多々あったであろう事は想像に難くありません。
特に安全保障上でいう「現場」とは、一瞬の判断や指揮命令が遅れれば、即、『死』につながる「戦場」だということを意味し
ますから、事はより深刻です。
産経が2月24日の記事で、<これまでは統幕長が防衛相に報告する際、運用企画局長との連絡・調整が必要だった。
(略) 今回の法改正で、速やかな防衛相への報告が可能となり、文民統制が強化されることになる>としているように、
文官統制の弊害が解消され、現状に即した、より的確で迅速な防衛体制がとれるようになるはずです。
読売・産経の記事を読めば、朝日・毎日の主張が如何に的外れなものか、分かろうというものです。

2月24日 NHK 防衛省設置法
(NHKニュースより)

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2015年03月05日 読売新聞 【社説】より
防衛省改革 背広組と制服組を車の両輪に
「背広組」と呼ばれる防衛官僚と「制服組」の自衛官が、「車の両輪」として防衛相を支えることが肝要である。
防衛省が省改革の一環として、官僚と自衛官が対等であることを明確にした防衛省設置法改正案を近く国会に提出す
る。改正案は、官房長や局長が政策的見地、統合幕僚長と陸海空3幕僚長が軍事的見地から、それぞれ防衛相を補
佐すると規定した。
現行法12条は、防衛相が各幕僚長に指示する際、官房長らが補佐すると定めている。これを根拠に、予算や装備調
達、部隊運用などで官僚が主導権を握ってきた、との不満が長年、制服組にあった。
だが、自衛隊が国内外で活動する機会が増える中、制服組の発言権は徐々に拡大し、背広組が優位にあるとの実態
は薄れている。
今回の改正については、「文民統制(シビリアンコントロール)が弱まり、制服組に対する抑制が利きにくくなる」といった批
判があるが、的外れである。
文民統制とは、民主主義国家で軍事に対する政治の優先を確保し、文民が軍人への最終的な指揮権を有することを
いう。軍部の暴走を許した戦前の反省を踏まえた考え方である。背広組による制服組の支配ではない。
憲法66条は、首相や閣僚は「文民でなければならない」と明記している。これに基づき、文民の首相や防衛相が自衛隊
を指揮・監督する。国会も、法律制定や予算決定、出動時の承認などで自衛隊に対するチェック機能を果たす。
こうした二重三重の文民統制は改正後も全く変わらない。
改正案では、背広組の所掌事務に「総合調整」を加えた。部隊運用などの判断に背広組が引き続き関与することを担保
したものだ。制服組の判断だけで部隊が運用されることはあり得ない。
気がかりなのは、内部部局の運用企画局を廃止し、統合幕僚監部に部隊運用を一元化する組織改編がうまく機能する
かどうかだ。局長を通さず、制服組の情報を防衛相に直接報告する体制を強化することは、迅速性や効率性が増す面は
あるだろう。だが、自衛隊の海外派遣や日本周辺の警戒監視活動などには、軍事的な合理性だけでなく、他省との調整
や、政府としての総合的な政策判断が欠かせない。背広組の情報や知見は重要である。
背広組と制服組がコップの中の権限争いをせず、それぞれの持ち味を生かして、緊密に協力する文化を確立することが
大切だ。

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平成27年3月7日 産経新聞より
     3月7日 産経「主張」

          3月7日 産経 文官統制


「文官統制」めぐる混乱解消
政府は6日に閣議決定した防衛省設置法改正案で、自衛官を意味する「制服組」と文官を意味する「背広組」が対等な
立場で防衛相を補佐することを明確にした。
自衛隊を取り巻く環境の変化などで、文官が自衛官よりも優位に立つ「文官統制」の弊害が目立ち始めていることが背景
にある。政府は改正案の今国会成立を目指す。
「文民統制」と「文官統制」は紛らわしい言葉だ。
中谷元防衛相も6日の記者会見で「政府としては文官が自衛官をコントロールする『文民統制』という考えは取っていない」
と言い間違えている。
だが、2つの言葉の意味は異なる。文民統制はシビリアンコントロールの和訳。国民から選挙で選ばれた政治家による軍
の統制を意味するが、戦後日本では文官統制は文民統制を構成する要素だと捉えられてきた。
防衛省は設置法12条が文官統制を意味していないとの立場だが、就任前の中谷氏や石破茂元防衛相ら自民党の国防
関係議員は、12条を文官統制の法的根拠とみなしていた。これを制度として支えてきたのが、防衛参事官制度と内局の
運用企画局だ。防衛相を補佐する防衛参事官は背広組が独占していた。自衛隊の部隊運用(作戦)も内局の運用企画
局が一端を担ってきた。しかし、自衛隊の役割が災害派遣や国際協力活動などに広がり、文官統制の弊害が目立つよう
になる。
平成7年1月の阪神淡路大震災では内局への説明に時間がかかり、装備の搬入が遅れた。
20年2月のイージス艦衝突事故では背広組・制服組の二重体制が防衛相への報告遅れにつながった。
背広組の優位に対し、制服組に感情的なわだかまりもあった。
ある自衛隊幹部は「自衛隊のことをろくに知らない20代の内局官僚が窓口になる。これでは話が進まない」と指摘。
陸上自衛隊OBの佐藤正久参院議員も「若い防衛官僚が陸自1佐の机に足を乗っけて、お酌をさせている姿を見たことが
ある」と語る。
こうした一連の反省を踏まえ、防衛参事官制度は21年5月に廃止され、運用企画局も25年8月の「防衛省改革の方向
性」で廃止が決まっていた。
「12条の条文と趣旨が整合的でないといった批判もあった。今までの状態をより整理した」。中谷氏は6日の記者会見で、
今回の法改正で文官統制をめぐる混乱に終止符を打ちたい思いをにじませた。

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2015年03月02日 毎日新聞 【社説】より
防衛省改革 文民統制を貫けるか
防衛官僚(背広組)と自衛官(制服組)の関係が大きく変わりそうだ。
防衛省は、防衛官僚からなる内局で自衛隊の部隊運用を担当してきた運用企画局を廃止し、幹部自衛官からなる統合
幕僚監部(統幕)に一元化する。あわせて背広組の制服組に対する優位を示すと受け止められてきた防衛省設置法12
条を改正し、両者を対等と位置づける。
いずれも改正法案を3月に国会に提出し、10月からの実施を目指す。文民統制(シビリアンコントロール)の原則にかかわ
る問題であり、慎重な審議を求めたい。
日本は旧日本軍が暴走し無謀な戦争に突き進んだ反省から、民主主義的な政治が軍事に優先する厳格な文民統制の
制度をとっている。
運用企画局の廃止案は、民主党政権では文民統制上の懸念から見送られたが、安倍政権になって自民党国防族が中
心になって推進してきた。
自衛隊の運用とは、行動(作戦)計画を立てるなど実際に部隊を動かすことだ。統幕から見れば、軍事専門知識を持たな
い運用企画局から口をはさまれ、迅速な対応ができない不満があった。
改正案では運用企画局を統幕に一元化し、制服組トップの統合幕僚長が運用について防衛相を直接補佐できるようにす
る。ただし統幕長の下に文官ポストを新設し、省庁間調整や対外説明を担当させる。
一方、防衛省設置法12条は、防衛相が統合幕僚長や陸海空の幕僚長を指揮・監督する際、背広組の官房長や局長が
防衛相を補佐する規定だ。
文民である防衛相が自衛隊を統括するのが文民統制だが、これを補い、背広組の防衛官僚が政策的見地からチェックを
働かせる狙いがある。だが、制服組からは「文官優位」や「文官統制」といった、背広組との上下関係を示す条文と受け止
められ、廃止論が強かった。改正により、背広組と制服組が対等の立場で防衛相を補佐できるようにする。
制服組の不満は理解できる面もある。一連の改正により業務の効率化や迅速な対応が、より可能になることはあるだろう。
だが自衛隊という武力を持った組織の運用は、慎重の上にも慎重を期す必要がある。
災害派遣、国連平和維持活動(PKO)、ミサイル対応などで自衛隊の部隊を動かす際、統幕長が背広組を通さず直接、
防衛相に運用計画を上げ、命令を受けられるようになり、政策的チェック機能が弱まる可能性がある。軍事的見地からの
必要性に力点を置くあまり、制服組に都合のいい情報が防衛相に優先的に上がる可能性も排除できない。
軽々に進めていい話ではない。議論をもっと深めるべきだ。

(筆者つぶやき…この社説は突っ込みどころが多いですが、2月27日の記事は事実関係をまじめに報じていました)

2月27日 毎日 防衛省設置法改正

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2015年2月25日 朝日新聞デジタル【社説】より
自衛隊の統制 抑制が生み出す信頼
「制服組」と呼ばれる陸海空の自衛官より、「背広組」と呼ばれる内局官僚が優位に立つ――。
そんなこれまでの仕組みを、防衛省が見直すという。実現すれば、制服組は背広組と対等の立場になり、制服組の軍事
的な意見が政治に反映されやすくなる可能性がある。
こうした防衛省内の力関係の変化が、自衛隊にどのような影響を及ぼすのか。文民統制(シビリアンコントロール)を担保す
る観点から懸念がある。
文民統制は、軍事に対する政治の優位を意味し、ひいては有権者が内閣や国会を通じて自衛隊をチェックすることだ。
日本では文民統制を確保する手段のひとつとして、背広組が防衛相を補佐する体制をとってきた。戦前・戦中に軍部が
暴走して無謀な戦争に突き進んだ反省から生まれた措置である。
旧日本軍と別の組織だとはいえ、自衛隊は武力行使ができる唯一の組織であり、政治が統制しなければ民主主義の基盤
を損ないかねない。背景にはそんな考え方がある。
補佐体制があることで、防衛相が自衛隊部隊への命令を出すときや、自衛隊から防衛相に連絡をするときは背広組を通
す仕組みになっていた。政治と軍事の距離を保ち、政策的な見地から一定のチェック役を果たしてきたと言える。
だがそれは、ともすれば制服組からは迂遠(うえん)な回路にみえる。実際、背広組の介在によって防衛相への情報伝達
が遅れたとの指摘もある。
国連平和維持活動(PKO)や災害派遣の実績を重ねてきた自衛隊への信頼が増し、制服組の発言力が強まっている。
現在の中谷防衛相は自衛官の出身だけに、制服組の立場の向上に熱心に取り組んできた。
制服組が直接、防衛相に情報をあげ、指示を受ければ、自衛隊の対応は素早くなるだろう。一方で、背広組が意思決定
の蚊帳の外に置かれれば、文民統制に影響を及ぼす恐れがある。関連する予算や人事も制服組が握るのか、国会答弁
も担うのかといった課題もある。
自衛隊はこれまで抑制的な姿勢に徹してきたからこそ、幅広い国民の信頼を受けている。制服組の矜持として、そのこと
を忘れるべきではあるまい。
政治の責任はきわめて重い。集団的自衛権の行使を認めた閣議決定を受け、新たな安全保障法制が焦点となる今国会
は、文民統制を洗練させる機会でもある。国会の関与を含め、自衛隊を統制する確かな方策を講じなければならない。

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2015年2月24日 朝日新聞デジタルより
「文官統制」見直し法案 制服組、背広組と対等 防衛省方針
防衛省は、文官である背広組(内局)が制服組(自衛官)を監督する根拠となってきた防衛省設置法の条文を見直す方
針を固めた。同法改正案を今国会に提出する方針だが、背広組を制服組より優位としてきた「文官統制」の大きな転換と
なるだけに、国会でも議論を呼びそうだ。
「文官統制」の仕組みができたのは、戦前・戦中の軍の暴走の反省からだ。
文民である防衛相が自衛隊を統制するのが「文民統制」。その防衛相を政策の専門家である「文官」の背広組が支えるの
が「文官統制」だ。「文官統制」をとり入れたのは、制服組への統制をより強化する狙いがあった。
その根拠になってきたのが、防衛省設置法12条だ。ここでは、防衛大臣が、制服組のトップである統合幕僚長や陸海空
の幕僚長らに対して指示を出したり、監督をしたりする際、背広組の幹部である局長や官房長が大臣を「補佐する」と定め
られている。これが根拠になり、防衛相が自衛隊部隊への命令や人事を出す際や、自衛隊から防衛相に連絡する際は、
背広組を通す仕組みになっていた。
一方で、制服組の中には「部隊の運用になぜ内局が口を出すのか」などの不満が根強くあった。
今回の改正案では、局長と官房長、それぞれの幕僚長とが対等に、防衛相を補佐する仕組みとする。
ミサイルへの対応や大規模災害などの危機対応の際に、背広組を通さずに部隊から直接、防衛相に連絡が上がるように
なるほか、防衛相から各幕僚長を通じて部隊に直接指示が出されることになるなど、制服組の影響力が強まることにつな
がる。 (三輪さち子)


制服組、増す影響力 揺らぐ「文官統制」 防衛省設置法改正案
「文官統制」の象徴だった防衛省設置法12条の改正に同省が乗り出した。
防衛省は、自衛隊の効率化や意思決定の迅速化などを理由に掲げるが、制服組(陸海空の自衛官)の影響力は増大
する。背広組(文官の防衛省職員)の影響力低下で、現場の自衛官の暴走が万一にもないのか。チェック態勢の確保
に加え、防衛相の責任が一層問われる。
同法12条をめぐっては、撤廃したい制服組と、残したい背広組との間で長年のせめぎあいがあった。「12条そのものを
削除すべきだ」との意見もあったが、背広組と制服組が対等に防衛相を補佐する条文案で折り合った。
見直しを求めてきたのは、自衛官出身の中谷元防衛相や自民党国防族の石破茂元防衛相らだった。
議員らは、2008年にイージス艦「あたご」と漁船の衝突事故で、現場から防衛相に報告が上がるまで、約1時間40分
かかった例を挙げる。内局の複数の部署のやりとりに時間を取られたためだ。
中谷氏は著書で、「オペレーション(部隊運用)と訓練は、各幕僚長や統合幕僚長が直接、大臣・官邸・総理に連絡し、
指示をもらうことを徹底すべきだ」と主張していた。今回、改正法の検討に至ったのは、中谷氏が防衛相に就任したこと
も大きい。
今回の改正案では制服組の権限が大幅に強化されることになり、制服組は歓迎している。
将官級の自衛隊幹部は「運用の専門家でもない内局職員(背広組)が大臣と統幕長の間に関与すること自体、論理矛
盾だった」と語る。
設置法改正案では、内部部局の運用企画局を廃止し、運用担当の内局職員も統合幕僚監部のスタッフになり、制服組
トップの統合幕僚長が自衛隊の運用について防衛相を直接補佐する仕組みに変わる。別の自衛隊幹部は、「背広組は
政策的な見地から判断をして、制服組は軍事的な見地から判断する。それぞれが車の両輪で支える」と話す。
一方、権限が縮小されることになる背広組幹部は「部隊の運用に関わる判断を制服組に任せて、本当に政策的な判断が
できるのだろうか」と懐疑的だ。
制服組にも権限の拡大を自戒する声がある。海自幹部は法改正を歓迎しつつも、制服組は自衛隊の運用の補佐に徹す
べきだ、と強調する。この幹部は、「『運用は制服の聖域』から始まって、軍部が政策、政治にまで介入していったことが戦
前の教訓。我々は絶対そこを超えてはいけない」と話す。 (三輪さち子、土居貴輝)

<考論>早く的確に反応できる
元陸将の志方俊之帝京大教授(安全保障)
小笠原、伊豆両諸島の周辺に統率のとれた中国漁船が続々とやって来る。ある日、突然、中国の漁民が尖閣に上陸す
るかもしれない。冷戦時代と違って、より迅速な対応が求められており、法改正は必要だ。
自衛隊を使う理由や制御を考えるのは「背広組」の仕事。一方、「制服組」が部隊の運用を考える。二つをわけた方が、
こうしたグレーゾーン事態により早く的確に反応できるはずだ。
制服組が何もかもやるということではない。防衛相は文民だ。文民統制は変わらない。部隊行動基準をあらかじめ決めれ
ば歯止めになる。法改正によって、制服組が暴走するという批判は当たらない。

<考論>統制へ新たな方策必要
青井未帆・学習院大教授(憲法)
「背広組」の要だった防衛参事官制度の2009年の廃止など文官優位は崩れつつあったが、法改正で完全に崩れるだ
ろう。本来、軍事を統制する立場にある政治家の足りない部分を補ってきたのが背広組と呼ばれる防衛官僚だった。
その力を弱め、「制服組」を強めれば軍事を統制するバランスは変わる。集団的自衛権など、防衛をめぐる論議はより専
門性を増している。政治家の質が変わらないなかで、首相、防衛相、国会に本当の意味で制服組を統制できるか心配
だ。政治家は「自分たちを信用してくれ」と言うだろう。だが、バランスを変えるのなら統制のための新たな方策が必要だ。
(聞き手・いずれも斉藤佑介)

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2015年2月24日 産経ニュースより
防衛省設置法改正で文民統制強化「背広組優位」の誤解払拭
防衛省は自衛隊各幕僚監部(制服組)に対する内局(背広組)の優位を規定したとされることもあった、防衛省設置法
12条を改正し、「内幕対等」を明確化する方針を固めた。また、部隊運用権限を統合幕僚監部に一元化し、運用に関
する報告をシビリアン(文民)である防衛相に直接行いやすくする。
中谷元防衛相は24日の記者会見で、「設置法12条の改正で、より一層シビリアンコントロール(文民統制)が強化される
という結論に至った」と強調した。
現行設置法は、内局の官房長や局長が防衛相を「補佐」するとした上で、防衛相は陸海空自衛隊と統幕に対し
(1)指示 (2)承認 (3)一般的監督-を行うと規定している。この規定により、局長らが自衛隊に「指示」「監督」を行うと
誤解されかねないとして、国会審議や自衛隊内から批判があった。
設置法改正で、内局が政策面で防衛相を補佐し、自衛隊は軍事面で補佐することを明確にする。
また、内局と統幕の役割に重複があった部隊運用の権限を統幕に一元化し、内局の運用企画局を廃止する。
これまでは、統幕長が防衛相に報告する際、運用企画局長との連絡・調整が必要だった。
文民統制は、背広組が制服組を統制する「文官統制」と混同されることもあるが、本来は国民から選挙で選ばれた政治家
による統制を意味する。今回の法改正で速やかな防衛相への報告が可能となり、文民統制が強化されることになる。

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ちなみに、福岡の地元紙の西日本新聞も朝日と同じ論調となっていました。

2月22日 西日本 文官統制廃止へ
(2015年2月22日 西日本新聞より)

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<参考・その1>
数多久遠のブログ シミュレーション小説と防衛雑感 2015年2月28日より
安倍政権がシビリアンコントロールを廃止?
http://kuon-amata.cocolog-nifty.com/blog/2015/02/post-ead9.html

文官統制と文民統制は別物です。(略)
これら(捕捉:新聞各紙の記事)を読み比べても、この「文官統制」が、日本の安全保障に今までどのような悪影響を及ぼ
してきたのか、廃止でどう変わるのか、そしてシビリアンコントロールに悪影響はないのかは殆ど分からないと思います



<参考・その2>
『GLOBE』(朝日系)に書かれている事例・・・確信犯的直訴の事例
http://globe.asahi.com/movers_shakers/091102/01_02.html

3月1日 GLOBEの記事



<参考・その3>
2015年3月5日 JBpressより
http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/43098

日本人は世界で最も危険な民族なのか?
防衛省設置法改正に「文官統制」なる造語を使い噛みつく大メディア

政府は防衛省設置法改正案に防衛官僚(背広組)と自衛官(制服組)の位置づけを見直す法案を今国会に提出する。
防衛官僚と自衛官双方の縦割りを解消して、自衛隊の部隊運営などの効率化を図ることを目的とするものだ。
この記事が出た途端、早速日本のメディアは、またぞろシャドウボクシング的な見出しを掲げて、ありもしない危機を煽り
出した。

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<参考・その4>
2014年3月28日 産経ニュース 【正論】より

歪んだ「戦力」「文民」の憲法解釈

《芦田修正考慮せぬは大問題》
憲法9条に関する政府解釈の最大の問題点は、いわゆる芦田修正を全く考慮に入れていないことにある。(略)
芦田修正とは、帝国議会に提出された政府案の9条2項に、「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」とある文言
の冒頭に、「前項の目的を達するため」の字句を加えて「自衛のためならば、陸海空軍その他の戦力」の保持を可能にす
るというものである。昭和21年8月、芦田均を委員長とする衆議院の帝国憲法改正小委員会で決められたことから芦田
修正といわれている。芦田は32年12月5日、内閣に設けられた憲法調査会で修正の理由について、こう証言している。
「私は、一つの含蓄をもってこの修正を提案したのであります。原案では無条件に武力を保有しないとあったものが、修正
によって、一定の条件のもとに武力を持たないということになります。そうすると、この修正によって原案は本質的に影響さ
れるのであって、したがって、この修正があっても第9条の内容に変化がないということは明らかに誤りであります」
芦田修正に対し敏感に反応したのが、日本を管理するために連合国が設けた極東委員会である。
委員会では、芦田の意図を踏まえて真剣な討議が行われた。
中国代表は21年9月21日、「修正によって、自衛のためであれば軍隊の保持が可能になろうと考えるのが常識である」
と語っている。
カナダ代表は、「将来、陸軍大将、海軍大将その他の将官が存在するであろうことは全く考えられ得る。全大臣がシビリア
ンでなければならないという規定があれば、現役の将官が大臣に任命される可能性はない」と発言した。

《極東委員会の議論知らず》
こうして委員会は連合国軍総司令部(GHQ)を通じて、憲法に大臣がシビリアンでなければならないとする条項を導入す
るよう強く働きかけた。
芦田修正で自衛の軍隊が創設される → 軍人が輩出する → 軍人が大臣になって政治をコントロールする(ミリタリー・
コントロール)状況が懸念される → それを阻止するにはシビリアン大臣制の条項を設けなければならない ---という思考
回路である。そうした背景で半ば強制的に押し込まれたのが、66条2項(「内閣総理大臣その他の国務大臣は、文民でな
ければならない」)だ。こうしてみると、文民条項と芦田修正とは不可分の関係にあることが明白に分かる。
ところが、当時の政府は、極東委員会でどんな議論が行われていたかを全く知らなかった。それゆえ、「文民」と「戦力」を
無関係のものとして解釈するに至った。
まず「文民」については、憲法議会で公職追放の一環と捉え、「内閣総理大臣その他の国務大臣は、武官の経歴を有しな
い者でなければならない」という条項にすることを提案している。
憲法施行後には自衛官を「文民」に入れていたが、昭和40年以降は憲法解釈を変更し、「現職自衛官は文民にあらず」
とした。今では「文民にあらざる者」に、現職自衛官のほか「旧職業軍人であって軍国主義的思想に深く染まっていると考
えられる者」を含めている。この解釈自体、実におかしい。
「軍国主義的思想に深く染まっていると考えられる」ことの判断を誰が、どんな基準で行うのか。国際標準では軍籍を離脱
すれば、思想を問うことなしに全て「文民」であるとされている。

《集団的自衛権の解釈も同根》
一方、政府は、「自衛のためといえども戦力の保持は認められない」という解釈に固執しているため、「戦力」の解釈をめぐ
って二転、三転してきている。
保安隊設置時には、「近代戦争を有効適切に遂行するに足る実力」と解していたが、自衛隊の発足に伴い、この解釈を打
ち止めにした。自衛隊を「近代戦争を有効適切に遂行するに足る実力」と認定したわけだ。そして、「自衛のため必要最小
限度を超える実力」という現行解釈に至っている。
だが、「自衛のため必要最小限度」とはどの程度なのか。自衛隊の装備、規模などが拡充されるに従い、繰り返し疑問が
提起されてきているところである。
今や、世界有数の実力集団たる自衛隊を「戦力にあらず」と言い続けるのは、非常識のそしりを免れまい。
このようないびつな解釈をとってこざるを得なかったのは、畢竟(ひっきょう)するに、芦田修正と文民条項の不可分性を、
当事者たるべき政府も議会も、知り得なかったという当時の憲法成立事情と深い関係がある。
異常な成立過程の生んだゆがんだ憲法解釈、それが憲法9条の「戦力」解釈であり、66条2項の「文民」解釈なのであ
る。集団的自衛権の行使に関する政府解釈も、このような脈絡から検証される必要がある。
(駒沢大学名誉教授・西修)




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テーマ:軍事・安全保障・国防・戦争 - ジャンル:政治・経済

海自輸送艦「おおすみ」 衝突事故の調査報告書公表

2月9日、昨年1月15日に発生した海上自衛隊の輸送艦「おおすみ」と釣り船「とびうお」の衝突事故についての事故調査
報告書が運輸安全委員会から公表されました。
私は、海自にも瑕疵が有ったかもしれないが、事故の大半の原因はプレジャーボート側に有ったと思っています。
小型船は、大型船に必要以上に接近しないのが世界中の船乗りの常識であると同時に、軍艦の航行を優先させるという
のは当たり前の事です。しかし不思議の国日本では自衛隊が関係する事故が起きると、「自衛隊のほうが悪い」という先入
観と決めつけで報道がなされます。一方、海上保安庁による捜査も、海自を“目の敵”にしているとしか思えない、公正な
ものとは言い難いものでした。
朝日は9日の記事で“釣り船乗船員、報告に憤り”として、釣り船「とびうお」に乗船していた寺岡章二氏と伏田則人氏の話
を紹介していますが、この二人の釣り客の矛盾だらけの過去の証言を紹介するどころか指摘さえしていません。
どうしても、自衛隊を悪者にしたくてしょうがないようです。
ちなみに、「衝突まで、まったく護衛艦に気付いていなかった」と証言し、「護衛艦は、ジグザグに蛇行してぶつかってきた」
とも言っていました。まったく気付いていなかったのに、どうして蛇行しているのが分かったのか不思議です。
また、「後ろからあたっているのは間違いない」と言っていましたが、「とびうお」の方が「おおすみ」の左後方にぶつかってい
るのは、どういうことでしょうか?私には、自己を正当化するために「ウソ」をついているとしか思えませんが・・・。


「ザ・ボイス そこまで言うか」 勝谷誠彦



事故調査報告書の詳細はをお読みください。

『船舶事故調査報告書』  平成27年1月29日 運輸安全委員会(海事部会)議決
http://www.mlit.go.jp/jtsb/ship/rep-acci/2015/MA2015-2-1_2014tk0001.pdf


平成27年2月 運輸安全委員会 【説明資料】
「輸送艦 おおすみ プレジャーボート とびうお 衝突」
http://www.mlit.go.jp/jtsb/ship/p-pdf/MA2015-2-1-p.pdf

おおすみ、とびうお 衝突

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~2月10日 産経新聞より~
2月10日 産経05

~2月9日 NHKニュースより~
2月9日 NHK 「おおすみ」事故

~2月9日 毎日新聞より~
2月9日 毎日 「おおすみ」事故

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2015年2月9日 朝日新聞デジタルより

◇おおすみ衝突事故、釣り船が針路変え接近 調査報告書
広島県沖の瀬戸内海で海上自衛隊の輸送艦「おおすみ」(全長178メートル)と釣り船「とびうお」(全長7・6メートル)が
衝突し2人が死亡した事故で、国の運輸安全委員会は9日、釣り船が衝突直前に右転し輸送艦に接近したのが主な原
因の一つとする調査報告書を公表した。輸送艦の減速や回避が遅かった点も一因とした。
事故は2014年1月15日午前8時頃、広島県大竹市の阿多田(あたた)島沖で発生。釣り船が転覆し、船長(当時67)
と同乗の男性(同66)が死亡した。
報告書では輸送艦の船舶自動識別装置(AIS)の記録などから、両船の位置や針路、速度を解析・推定した。
輸送艦は衝突約6分前の午前7時54分頃、針路を約30度左に転じ、以降は真南にほぼ一定の時速約32キロで直進。
釣り船は、輸送艦の左前方を時速28~30キロで南南西へ直進していた。
両船がそのままの速度で直進していれば、釣り船は輸送艦の前方約60メートルを左から右へ、斜めに横切るはずだった。
輸送艦の田中久行艦長(52)と当直士官だった西岡秀徳航海長(34)は、衝突の危険はないと判断。航海長は見張り
員を通じて、釣り船の船長が輸送艦を見ているのを確かめ、より距離を広げようと7時58分48秒ごろ減速を指示した。
艦長もさらに減速を命じた。ただ輸送艦は大型で急に減速できず、減速が始まるまで約1分かかった。
一方、釣り船は7時59分ごろから右転を始め、輸送艦の船首付近に近づいた。気づいた艦長と航海長は一層の減速と
警笛、右への回避を命じたが、釣り船は輸送艦の左中央から後ろへこすれるように接触。
右旋回中の輸送艦の船尾が左に振れて釣り船を押し、5回目の警笛が鳴った7時59分55秒から、輸送艦が救助艇の
用意を始めた8時0分24秒の間に、釣り船は転覆した。
この間、輸送艦は時速32キロから21キロへ減速。釣り船は輸送艦より低速か、止まっていたとみられる。
釣り船が右転した理由として、報告書は輸送艦の針路の右側に釣り場があったと指摘したが、船長の死亡により推測にと
どめた。助かった同乗者2人は調査に「衝突まで針路を変えていない」と話したが、阿多田島にいた目撃者の証言も踏ま
え、報告書では「同乗者は釣り船が徐々に右転したため、気づかなかった可能性がある」とした。
担当の事故調査官は、輸送艦の見張りに不備はないが、より早く減速や警笛などの対応を取れば衝突を避けられたとも
指摘。海上衝突予防法上の回避義務がどちらにあるかは、「事故の責任を問う立場にない」として明示しなかった。
一般的な再発防止策として、減速しにくい大型船のすぐ近くを小型船が通らないことや、大型船も小型船に警笛などで早
めに注意喚起することを挙げた。後藤昇弘委員長は「海自は報告書をよく読んで実行してほしい」と話した。
広島海上保安部は昨年6月、輸送艦の艦長と航海長、釣り船の船長の3人を業務上過失致死傷と業務上過失往来危
険容疑で書類送検。ともに見張り不十分の疑いがあり、広島地検が捜査を続けている。(工藤隆治)

〈海上衝突予防法〉 船の交通ルールを定めた法律。
2隻の船が互いに進路を横切る場合、衝突の恐れがあれば、相手を右側に見る船に回避義務がある。
一方、後ろから別の船を追い越す場合は、追い越す側に回避義務がある。
どちらが適用されるかは、互いの角度や位置関係で決まる。ただ、切迫した危険な状況では例外規定
もあり、船員には適切な判断による最善の回避動作が義務づけられている。


◇釣り船乗船員、報告に憤り 海自艦事故「右転あり得ぬ」
海上自衛隊の輸送艦「おおすみ」と釣り船「とびうお」の衝突事故で、運輸安全委員会の報告書は釣り船の旋回を原因
に挙げた。釣り仲間2人が犠牲となり、助かった人には、割り切れない思いが残る。
過去の海自艦の事故では、事実認定が揺れている。
「今でも、とびうおは真っすぐ進んだと思っている。『右に曲がる』なんて絶対にあり得ない」
とびうおの乗船者で救助された寺岡章二さん(68、広島市中区)は、報告書の内容に憤った。もう1人の生存者の伏田
則人さん(68)も「納得できん」と語った。
とびうおの航跡は船舶自動識別装置(AIS)や15秒間隔で記録したおおすみのレーダー映像などで解析。
だが、レーダー映像は、海面の反射に紛れて事故の5分ほど前から、とびうおの記録はない。
報告書は、おおすみ乗員や阿多田(あたた)島=広島県大竹市=の目撃者の証言などをもとに、とびうおが衝突1分前
ごろから右に曲がり始めて接近した可能性が高いと分析。
両船が同じ針路と速度で航行を続けていれば、とびうおがおおすみの前方60メートルを通過した可能性を指摘した。
寺岡さんと伏田さんは運輸安全委の調査で「とびうおは針路を変えていない」と証言。だが、報告書は「(とびうおが)徐々
に右に転針したことから、気づかなかった可能性がある」として採用しなかった。
一方で高森昶(きよし)船長が死亡しているため、「(右に曲がった)操船の意図を明らかにできなかった」とした。
高森昶(きよし)船長(当時67)と約30年間ともに暮らしていた栗栖紘枝さん(71)は、「寺岡さんらの証言が無視され、
亡くなった主人が悪者になるなんて納得がいかない」と語った。
栗栖さんから相談を受けている海難事故に詳しい田川俊一弁護士(79)は、「右手に大きな船が迫っているのに、右に
曲がったとは一般的に考えにくい」。おおすみ側の問題点として「南に針路を変えた時の判断は適切だったのか。その時
おおすみはとびうおに注意する義務があったのではないか」と疑問を示した。
(根津弥(わたる)、国米(こくまい)あなんだ、杢田(もくた)光)

海の事故、割れる判断
海自の艦船が民間船と衝突した過去の事故では、原因究明と行政処分を担った海難審判と、刑事責任の有無を審理
する刑事裁判で原因や責任の判断が揺れた。
道路や信号のある陸上と違い、海の事故は位置関係や航跡を特定しにくく、どちらに回避義務があるのか判断が難しい
からだ。
潜水艦「なだしお」は1988年、大型釣り船第1富士丸と神奈川県横須賀沖の東京湾で衝突し釣り客ら30人が死亡した。
運輸安全委員会の船舶部門の前身の海難審判庁は、双方の回避の遅れが原因として、二審で同等の過失を認定。
しかし、刑事裁判はなだしお側に主因を認め、元艦長の有罪判決が確定した。
2008年にはイージス艦「あたご」が漁船清徳丸と千葉県房総半島沖で衝突し、漁船の2人が死亡。
海難審判はあたごに回避義務があり、監視不十分と判断した。刑事裁判では一転、航跡からあたごに回避義務はなかっ
たと認定し、あたごの操船責任者だった自衛官2人の無罪が確定した。
08年に機構改革した現在の海難審判所は、国土交通省が認定する免許の取り消しなど行政処分のみを担い、原因究
明の役割は運輸安全委員会に移された。
今回のおおすみの事故では、処分対象となる釣り船の船長が死亡し、海自側の艦長や航海士は自衛隊の内部資格のた
め、海難審判は開かれない。
海自は「捜査に全面的に協力する。運輸安全委の調査結果を参考に、原因究明と再発防止に全力を挙げる」との談話を
発表した。 (工藤隆治)




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ガダルカナル戦没者遺骨が帰還 その2

防衛省 海上自衛隊(Japan Maritime Self-Defense Force)fbより

10月24日 父親の帰りを待つ

平成26年10月24日(金)東京晴海埠頭にて、
「平成26年度遠洋練習航海部隊帰国行事」及び「遺骨引渡式」が、執り行われました。

10月24日 遺骨に対して着剣捧げ銃をする儀仗隊員
(遺骨に対して着剣捧げ銃をする儀仗隊)


10月24日 yamatotube2
海自練習艦隊帰国行事・ソロモン諸島御遺骨引渡式 戦没者遺骨送還事業に初の自衛隊参加





ガダルカナル戦没者遺骨が帰還

10月16日に紹介しました海上自衛隊の平成26年度遠洋練習航海部隊が24日午前、東京晴海埠頭に帰港しました。
9月19日にソロモン諸島ホニアラ港で練習艦「かしま」艦内に収容安置された137柱の英霊も、70年ぶりに祖国に帰還
されました。西村眞悟議員が「今まで、祖国において、このような敬意と栄誉礼を以て迎えられたことがあろうか」と言わ
れるように、外地で戦死した兵士が祖国に帰還する際には、軍隊が栄誉礼をもって迎えるのが世界の常識だというのに
、日本では今まで、自衛隊が栄誉礼をもって英霊を迎えるようなことはありませんでした。
今回、練習艦隊とはいえ日章旗を翻した艦船で祖国に帰還され、海上自衛隊の栄誉礼を以て迎えられたのは、戦後に
おいて初めての事例なのです。

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平成26年10月25日産経新聞

10月25日 産経 戦没者遺骨 帰還

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2014年10月24日 産経WESTより

70年の時を経て「堂々」初の艦隊帰還
…「ガダルカナル戦没者遺骨」かつては飛行機の貨物室だった

第二次大戦の激戦地、ガダルカナル島(ソロモン諸島)で昨年夏以降に収容された戦没者137人分の遺骨を乗せた海
上自衛隊の練習艦隊が24日、東京・晴海埠頭に帰港した。遺族ら78人が70年以上を経て帰国した遺骨を出迎えた。
政府が実施する遺骨収集事業で海自の艦艇が日本に送る初めての事例。政府主導で帰還を推進するモデルケースと
して注目を集めていた。
晴海埠頭での引き渡し式では、遺骨が海自の儀仗隊に栄誉礼で迎えられた後、海自側から厚生労働省の担当者に引
き渡された。今後、身元が確認されない遺骨は、千鳥ケ淵戦没者墓苑(東京)に納められる。
遺骨は9月19日にソロモン諸島の首都ホニアラに寄港した海自艦隊に引き渡された。ガダルカナル島で収集に携わり、
この日出迎えた「ガ島未送還遺骨情報収集活動自主派遣隊」の崎津寛光隊長(42)は、「今までは飛行機の貨物室だ
った。今回、このように艦隊で正式に堂々とご帰還いただけることを喜ばしく思う。国として気持ちを表すことができた」と
話した。

御遺骨を運ぶ厚労省職員

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2014年(平成26年)10月24日 NHKニュースより

ソロモン諸島の戦没者遺骨 東京で引き渡し
南太平洋のソロモン諸島で新たに見つかった戦没者137人の遺骨が海上自衛隊の船で日本に運ばれ、東京の晴海ふ
頭で厚生労働省に引き渡されました。24日、遺骨の引き渡し式が行われ、遺族や厚生労働省の職員などおよそ300人
が参列しました。
ソロモン諸島で行われた今年の遺骨収集では合わせて137人の遺骨が見つかり、現地近くで練習航海をしていた海上
自衛隊の練習艦「かしま」で日本に運ばれました。
式では遺骨を納めた箱が海上自衛隊の隊員から厚生労働省の職員に引き渡されたあと、全員で黙祷を奉げました。
遺骨には身元の確認につながる手がかりはないということで、厚生労働省の霊安室にいったん安置されたあと、東京の
千鳥ヶ淵戦没者墓苑に納められるということです。
ソロモン諸島などで戦死した人の遺族などでつくる「全国ソロモン会」の住田陸快副会長(72)は、「遺骨でもいいから
一刻も早く帰ってきてほしい。国は収集の態勢を整えてほしい」と話していました。
厚生労働省によりますと、戦後69年が過ぎた今も海外や小笠原諸島の硫黄島などにおよそ113万人の遺骨が残され
ていて、収集をどう進めていくかが課題となっています。

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2014年10月24日 毎日新聞東京夕刊より

遺骨を海自が輸送 ガダルカナルなど、海外戦没者初
第二次世界大戦の激戦地となった、南太平洋・ソロモン諸島のガダルカナル島などで収容され、海上自衛隊の遠洋練
習航海部隊の艦艇で運ばれた日本人戦没者137柱の遺骨が24日、東京・晴海ふ頭に到着し、海自から厚生労働省に
引き渡された。海外戦没者の遺骨を自衛隊が輸送するのは初めて。
厚労省によると、遺骨は同省が今年9月にソロモン諸島へ送った派遣団が収容した。通常は派遣団が空路で持ち帰る
が、今回は海自幹部候補生の実習中だった同部隊が、同時期にソロモン諸島の首都・ホニアラに寄港したことから、同
省が防衛省に協力を依頼した。
晴海ふ頭で行われた引き渡し式では、遺骨の入った箱を抱えて練習艦「かしま」から下りてきた海自隊員10人を、海自
儀仗隊が敬礼で出迎え、参列した遺族らが黙祷して献花した。
参列した永岡桂子副厚労相は「今後とも防衛省などと協力して取り組んでいきたい」と述べた。
厚労省によると、約240万人に上る海外戦没者のうち約113万柱が未帰還で、民間団体とともに各地で収集を進めて
いる。 【斎藤良太】

戦没者の遺骨を手に入場する自衛隊員

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2014年10月25日 朝日新聞

戦没者の遺骨、海自艦が輸送 海外激戦地の137柱
第2次世界大戦の激戦地、ガダルカナル島などソロモン諸島で収容された戦没者の遺骨137柱が、現地から海上自衛
隊の練習艦で運ばれ、24日に東京・晴海埠頭に到着した。
厚生労働省によると、海外戦没者の遺骨を自衛隊が輸送するのは初めて。輸送したのは遠洋練習航海部隊。
遺骨はいつもは民間機で運んでいる。今回は厚労省の派遣団が9月に遺骨を収容した際、近くを航行していた同部隊
に運んでもらいたいとの声が戦没者遺族から上がり、厚労省が防衛省に依頼したという。
海外の日本人戦没者(硫黄島など含む)は約240万人に上るが、収容できた遺骨は約127万柱。
自民党は遺骨収容を「国の責務」と明記する法案の議員立法を目指す。その中では厚労、外務、防衛相らの協力義務
を規定し、収容の加速化を図る考えだ。

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平成26年10月24日(金) 西村眞悟の時事通信より

ガダルカナルから英霊の御遺骨百三十七柱が帰国
本日、海上自衛隊の平成二十六年度遠洋練習航海部隊が、五ヶ月以上にわたる遠洋航海を終え、旗艦「かしま」以下
三隻の練習艦が午前九時に東京晴海埠頭に入港した。
この度の遠洋練習航海の画期的なことは、大東亜戦争の激戦地であったソロモン諸島ガダルカナル島の土に埋没して
いた戦没日本軍兵士百三十七柱の御遺骨を、ソロモン海域において旗艦「かしま」に安置して帰国の途につき、本日午
前十時半、東京晴海埠頭で厳かな儀式のうちに厚生労働省遺体安置室に引き渡したことである。今まで、何度となく、
大東亜戦争において、外地に斃れたまま放置されていた戦没兵士の御遺骨が日本本土に帰ってきた。しかし、全て御遺
骨は民間の飛行機や船で日本に運ばれ、日本では厚労省職員がそれを受け取っていた。そこに、自衛隊の関与と自衛
隊員の姿はなかった。
外地で斃れた兵士達は、全て国家の命令により戦地に赴き、戦闘状態のまま兵士として戦死している。このような兵士
の御遺骨が祖国に帰還する時には、軍隊がそれを栄誉礼を以て出迎えるのが世界の常識である。
ところが、我が国においては、英霊の御遺骨を軍隊(自衛隊)が武人に対する敬意を以て迎えることはなかったのであ
る。よって、この度、御遺骨百三十七柱が、ソロモン海域から帝国海軍と同じ軍艦旗と日の丸を掲げた護衛艦により祖国
日本に運ばれ、海上自衛隊の栄誉礼を以て迎えられてから厚労省に引き渡されたことは、当たり前のことながら、戦後
初めてのことで、まさに、画期的なのである。 (中略)
午前十時三十分、「かしま」の前部タラップから十数個の御遺骨の入った白い箱がそれぞれ十数人の水兵に抱かれて、
静かに埠頭におりてきた。その時、軍楽隊は「海ゆかば」を演奏しはじめ、その演奏は、白い箱が儀仗兵の前で栄誉礼を
受け終わるまで続けられた。栄誉礼が終わると、水兵が白い箱を厚労省職員に渡し、厚労省職員はその箱を「かしま」
の前に設置された祭壇に置いた。来賓と遺族が、その箱が置かれた祭壇に黄色い菊を献花した。
再び軍楽隊の「海ゆかば」の演奏のなか、白い箱が厚生省職員によって安置所に向かうためにバスに運ばれ、埠頭か
ら離れていった。
御遺骨の入った白い箱が、「海ゆかば」が響くなかを、静かにゆっくりと軍艦からでてきて埠頭に向かうとき、言いしれぬ
思いに襲われ、涙が流れ出るのをこらえた。後に、来賓席の後方でカメラを構えていた親しいカメラマンが言った。
「泣きながら、カメラを持っていましたよ、みんな泣いていましたよ」
戦後六十九年、外地の戦場で斃れた兵士達は、未だ百万人以上も外地の土の中に放置されたままだ。また、幸いにも
身内のいる祖国に帰った御遺骨においても、今まで、祖国において、このような敬意と栄誉礼を以て迎えられたことがあ
ろうか。本日は、ささやかな帰還式であったが、実に画期的であったのだ。(後略)



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王滝小中学校の子供たち 感謝の歌声

御嶽山での今季の捜索活動打ち切りが決まり撤収する自衛隊員に対し、王滝小中学校の子供たちが「いつまでも」 「青葉」 「ビリーブ」
の3曲を合唱で披露し感謝の気持ちを伝えたそうです。

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2014年10月17日 14時16分
読売新聞

小中学生が感謝の歌「命がけの捜索ありがとう」

小中学生が感謝の歌

56人が死亡、7人が行方不明になった御嶽山(3,067メートル、長野・岐阜県境)の噴火で、捜索活動にあたった救助
隊員に対する感謝式が17日、麓の長野県王滝村の松原スポーツ公園で行われた。
式には、捜索が打ち切られた16日まで活動していた自衛隊、消防、関東管区機動隊などの約200人が参加。長野県の
阿部守一知事は、「過酷な状況の中、行方不明者の家族の思いに寄り添って活動をしてくれた」と述べた。式の前には、
王滝小中学校で、子供たちが歌を披露し、隊員に感謝の気持ちを伝えた。
陸上自衛隊の臨時駐車場となっていた王滝村立王滝小中学校のグラウンドで17日、児童生徒43人が、撤収の準備を
していた隊員へ感謝の気持ちを込めて、合唱曲「いつまでも」など3曲を披露した。
中学3年の女子生徒(15)らが発案した。整列した約40人の隊員を前に、女子生徒は「小さい頃から慣れ親しんだ御嶽
山は、私たちの心の古里。御嶽を愛した多くの方々が命を落として、悲しくて残念でたまらなかった。命がけの捜索、あり
がとうございました」とあいさつした。
会場に歌声が流れると、隊員らは目を閉じたり、涙を流したりしながら、聴き入っていた。陸自松本駐屯地(長野県松本
市)の第13普通科連隊所属の菅原利幸曹長(48)は「子供たちの歌声が、今までの苦労を全部忘れさせてくれました」
と笑顔だった。

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2014年10月17日15時44分
朝日新聞

御嶽山捜索に感謝、歌を贈る 隊員「胸がいっぱいに」

村立王滝小中学生から感謝の歌を贈られる

今季の捜索打ち切りが決まった御嶽山(長野・岐阜県境)のふもとで17日、自衛隊や警察、消防への感謝式が開かれ
た。整然と並んだ約300人の捜索隊員を前に、阿部守一長野県知事は「皆様方の活動をしっかりと胸に刻み、山の防
災対策や安全対策に全力を傾けていきたい」と話した。
式典の会場は、捜索隊や機材をヘリで頂上付近へ運ぶ拠点となった王滝村のスポーツ公園。阿部知事のほか、松本洋
平内閣府政務官や地元町村長らが参加し、先月27日の噴火から延べ約1万5千人が従事した災害救助活動への感謝
の言葉を述べた。
噴火では56人が死亡、7人が安否不明のままだ。捜索にあたった関東管区機動隊長野中隊の浅岡真・中隊長(42)は
「全員の下山を願うご家族の思いをかなえられず大変申し訳ない。捜索が再開されれば万全の態勢で臨み、最善の捜
索をする」と話した。
自衛隊員が滞在していた村立王滝小中学校では撤収作業が続くなか、児童生徒38人が隊員たちに3曲の歌を贈った。
中学3年の石井萌乃さん(15)は「たくさんの方が亡くなり、捜してくださった。感謝の気持ちを歌に込めました」。
隊員は「子どもたちの気持ちに胸がいっぱいになりました」と涙ぐんでいた。

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2014年10月17日13時36分
毎日新聞

「救助や捜索、ありがとう」王滝村で感謝式も

村立王滝小中学生の生徒から感謝の歌を贈られる自衛隊員たち=長野県王滝村

56人が犠牲になった御嶽山(長野・岐阜県境、3,067メートル)の噴火で、行方不明者7人の年内の捜索活動が打ち
切られたことを受け、自衛隊は17日朝、現地からの撤収を始めた。ふもとの長野県王滝村立王滝小・中学校の児童と
生徒計39人は、同校の校庭に車両などを置いていた自衛隊員たちに感謝の歌を贈った。
9月27日の噴火以降、約20日間にわたり救助・捜索活動を続けた自衛隊、消防、警察への感謝式も王滝村で開かれ
た。県災害対策本部長の阿部守一知事は、「降雪や凍結という山頂の過酷な状況での捜索は大変危険と判断した。
苦渋の選択だった」と捜索打ち切りを決めた経緯を隊員に説明した。「不明者家族の思いに寄り添い、最後の一人まで
発見するという強い思いで捜索にあたってもらった。心から感謝したい」と述べた。
王滝小・中学校の子どもたちは「ありがとうの気持ちを伝えたい」と歌3曲を自衛隊にプレゼント。歌を聴いた陸自松本
駐屯地の菅原利幸曹長(48)は「行方不明者を全員見つけられず無念の思いがあったが、感謝を伝えてもらい、たまら
なくうれしかった」と話した。 【松岡大地、稲垣衆史】

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2014年(平成26年)10月17日 NHKニュースより

長野県知事 捜索隊員をねぎらう

御嶽山の今年の捜索が16日で中止になったことを受けて、17日に麓の王滝村で、長野県の阿部知事らが行方不明者
の捜索にあたった隊員たちに対し、「過酷な環境の中、全力で活動してくれたことに心からお礼を申し上げたい」とねぎ
らいのことばをかけました。捜索活動で臨時のヘリポートとして使われた王滝村の公園には17日朝、警察や消防それに
自衛隊など200人余りが集まりました。
隊員たちを前に阿部知事は、「大変過酷な捜索救助のなか、ご家族の思いにしっかりと寄り添い全力で活動してくれた
ことに心からお礼を申し上げたい」とねぎらいのことばをかけました。
このあと阿部知事らは、隊員を乗せた車両に向かって一台ずつ頭を下げて「ありがとう」と言いながら見送りました。
戦後最悪の火山災害となった御嶽山の噴火では、警察や消防それに自衛隊から延べ1万5000人余りが投入されて捜
索が行われ、56人の死亡が確認されましたが、県の対策本部では7人の行方が分かっていないとしています。
長野県では、来年の春以降、噴火や雪解けの状況などを見ながら捜索再開の時期を判断することにしています。

◇官房長官「知事の判断を尊重」
菅官房長官は閣議のあとの記者会見で、「捜索活動の現場は、噴火活動や降灰、火山性ガス、さらに積雪もあり、気温
も氷点下と過酷な状況だ。命懸けで捜索活動を行っている消防や警察、自衛隊をはじめ、関係者の安全確保にも万全
を期さなければいけない状況であり、長野県知事が苦渋の判断をされたのだと思う。政府としては知事の判断を尊重し
これからもしっかりと協力、支援していきたい」と述べました。

◇防衛相「残念だが状況厳しい」
江渡防衛大臣は閣議のあと記者団に対し、「自衛隊は警察や消防と連携しながら延べおよそ7000人が捜索救助活動
に当たってきた。行方不明者がまだ7人いるなかで撤収せざるをえなくなったことは残念だが、冬に向かって山頂などの
状況が非常に厳しくなるなかで、自衛隊だけが活動を続けるわけにはいかない。春になったら、また自衛隊としても協力
していきたい」と述べました。

◇捜索に参加した警察官や消防隊員は
関東管区機動隊長野中隊の浅岡真中隊長は「ご家族への思いを果たそうとやってきたので、申し訳ない気持ちです。
視界が悪く火山灰などで常に安定しない状態で苦労したことが印象に残っている。初めての経験でしたが、今後も起こ
るという想定をもって訓練に当たりたい」と話していました。
また、長野市消防局の消防隊員の1人は「悔しいです。行方不明者全員を連れて帰りたかったです」と話していました。
岐阜県の消防隊員の1人は「行方不明者の人を助け出せず断腸の思いです」と話していました。


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*私的コメント*
新聞各社は自衛隊員を主とした内容を伝えていますが、NHKは警察・消防隊員の声は紹介しても、自衛隊員には言及
していません。意図的に外したとしか思えませんね。

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2014年10月17日 産経ニュースより

陸上自衛隊ヘリUH60JA 御嶽山噴火の救助で見せた「神業」

御嶽山山頂付近で救助活動をするUH60JAと自衛隊員ら=9月28日

9月27日に発生した御嶽山の噴火は、犠牲者が50人を超える戦後最悪の火山災害となった。
家族を失った人々の悲しみは想像を絶するが、自衛隊などによる懸命の救助活動で一命を取り留めた人も少なくない。
噴火翌日の28日、山頂付近で計23人を救助したのは、陸上自衛隊第12ヘリコプター隊の多用途ヘリUH60JAだ。
インターネット上では「自衛隊ヘリがみせた神業」と絶賛する声が相次いだ。「多用途」というだけあって、UH60の役割
は空中機動作戦や災害派遣など多岐にわたる。
平成16年の新潟県中越地震や、23年の東日本大震災にも投入された。そんな「修羅場」をかいくぐってきたUH60にと
っても、御嶽山での救助活動は難度を極めたという。
高度3000メートルでの救助活動は危険と背中合わせだ。標高が高ければそれだけ空気密度が低く、ホバリング(空中
停止)ではエンジン出力を限界近くまで上げなければならない。真冬であれば空気密度は濃いが、御岳山が噴火したの
は暑さが残る9月。こうした悪条件に加え、山頂付近ではあらゆる方向から突風が襲いかかる。強い風を受ければ墜落
しかねない環境下に置かれていた。また、ヘリは浮力を得るため、空気を下に送る。地表に近づけば降り積もった火山灰
が舞い上がりかねない。そうなれば視界が閉ざされ、救助活動は困難を極める。
これだけの厳しい条件下で任務を果たすことができたのはなぜか。UH60は、衛星利用測位システム(GPS)や航路を
維持させる慣性航法装置を装備しており、自機の位置を正確に把握できるからだ。航法気象レーダーにより雷雲などを
避けることも可能だ。エンジンに異物が混入しないための空気吸入口(エア・インレット)には特殊フィルターも備え付け
られており、火山灰であっても身を守れる。
陸自には、大量の人員と機材を運べるCH47がある。ただ重量はUH60の4.7倍になり、噴火直後は降り積もった火山
灰が飛散しやすく、離着陸は容易ではない。このため、CH47が御嶽山で活動を始めたのは、噴火から4日たった、10月
1日だった。UH60が自衛隊内で「最後のとりで」と呼ばれるのは、過酷な状況でも直ちに災害現場に飛び込むことがで
きるからだ。とはいえ、最後に求められるのはパイロットの技量になる。あるUH60パイロットは、「局地的な突風を予測し
てエンジン出力を調整するためには風を読むことが必要だ。木の揺れや火山灰の舞い方、機体の揺れなどを瞬時に判
断して突風に備えなければならない」と、操縦の難しさを説明する。
最新ハイテク機器を搭載したヘリコプターと熟練パイロットの勘。この2つのいずれかが欠けていたなら2次災害の危険
さえ十分にあったのだ。 (政治部 杉本康士)




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