筑紫の国の片隅で…

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天皇陛下、新年のお出まし

平成29年1月1日、皇居宮殿の「松の間」において『新年祝賀の儀』が執り行われました。
天皇陛下におかれましては、新年にあたり「国の発展と国民の幸せを祈ります」とのお言葉を述べられました。

NNN「新年祝賀の儀」

平成29年1月1日 NHKニュースより
皇居で新年祝賀の儀
元日に皇居では「新年祝賀の儀」が行われ、天皇陛下が「国の発展と国民の幸せを祈ります」
と新年の挨拶をされました。
「新年祝賀の儀」は、年の初めに天皇陛下が皇后さまとともに、皇族方や総理大臣、衆参両院
の議長と議員、それに日本に駐在する外国の大使などから新年のお祝いを受けられる儀式です。
皇居宮殿の「松の間」では、午前11時すぎから両陛下が皇太子さまなど皇族方とともに儀式
に臨まれました。
去年10月に三笠宮さまが亡くなり、喪に服している三笠宮妃の百合子さまなどは出席されま
せんでした。
はじめに、出席した衆参両院の議員や夫人を代表して大島衆議院議長と伊達参議院議長がそれ
ぞれ新年の挨拶をしました。
これに対し天皇陛下が「年頭に当たり国の発展と国民の幸せを祈ります」と述べられました。
両陛下は午前中、安倍総理大臣や閣僚それに最高裁判所の長官などからも挨拶を受けられまし
た。午後からは、日本に駐在する外国の大使などから挨拶を受けられることになっています。


平成29年1月1日の天皇陛下の行事
(宮内庁HPより)



新年を迎えられる天皇ご一家(宮内庁提供)
天皇ご一家近影(宮内庁提供)


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平成29年1月2日、皇居で一般参賀が執り行われました。
天皇皇后両陛下とともに皇太子同妃両殿下、秋篠宮同妃両殿下、眞子内親王殿下、佳子内親王殿下が宮殿
長和殿のベランダに計5回お出ましになられました。
天皇陛下は参賀者に対し「新年おめでとう。皆さんとともに、この日を祝うことをまことに喜ばしく思い
ます。本年が人々にとり、穏やかで心豊かに過ごせる年となるよう願っています。年頭にあたり、わが国
と世界の人々の平安を祈ります」
とのお言葉を述べられました。


新年一般参賀


2017年01月02日 読売新聞
一般参賀で天皇陛下「心豊かに過ごせる年に」
皇居で2日、新年恒例の一般参賀が行われた。
天皇、皇后両陛下や皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻らが午前、午後の計5回、宮殿のベランダに立ち、参賀者
の祝意に応えられた。天皇陛下は「本年が人々にとり穏やかで心豊かに過ごせる年となるよう願っています」
とあいさつされた。宮内庁によると、この日、皇居を訪れた参賀者は計9万6700人。
昨年8月に天皇陛下が退位の意向を示唆する「お言葉」を表明されたこともあり、皇太子ご夫妻の結婚翌年
の1994年(11万1700人)に次ぎ、平成に入って2番目の多さだった。
東京都八王子市の無職男性(63)は「退位後は拝見する機会がなくなってしまうかもしれないと思い、夫婦
で初めて一般参賀に来た。天皇陛下の生の声を聞かせていただき、感動した」と話していた。
1日には宮殿で「新年祝賀の儀」が行われ、両陛下が皇族方や安倍首相ら三権の長などから新年のあいさつ
を受けられた。


2017年1月2日
産経ニュース
平成で2番目の9万6千人超が祝う
陛下の譲位で関心高まる 4回目は入場制限

新年恒例の一般参賀が2日、皇居で行われ、天皇、皇后両陛下や皇族方が宮殿「長和殿」のベランダに立ち、
手を振って応えられた。宮内庁によると、計5回で9万6700人の参賀者が訪れた。
平成の新年一般参賀では、皇太子妃雅子さまがご成婚後初めて参列された6年に、計8回で11万1700
人が訪れたのが最多。今年はそれに次いで多かった。
天皇陛下が昨年8月に譲位の意向を示されたことで、国民の関心が高まったのが要因とみられる。
宮内庁によると、4回目だけで会場内の人数が2万6730人に達したため、入場を制限したという。
陛下は毎回、マイクを通じて「新年おめでとう。皆さんとともにこの日を祝うことを誠に喜ばしく思います。
本年が人々にとり、穏やかで心豊かに過ごせる年となるよう願っています」とあいさつをされた。


2017年1月2日
日本経済新聞/共同
陛下「人々の平安祈る」 新年一般参賀に9万人超
天皇陛下が新年に当たり、人々から祝賀を受ける恒例の新年一般参賀が2日、皇居で行われた。
陛下は宮殿・長和殿のベランダに立ち「人々にとり穏やかで心豊かに過ごせる年となるよう願っています。
わが国と世界の人々の平安を祈ります」とあいさつされた。
陛下は、皇后さまや皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻と長女眞子さま、次女佳子さまら成年皇族と共に並んだ。
一般参賀は午前と午後に計5回実施。宮内庁によると、平成に入って2番目に多い9万6700人が集った。
過去最多は皇太子妃雅子さまが初めて参加した1994年の11万1700人。この年は参賀の機会が8回あった。
昨年10月に亡くなった三笠宮さまの妻百合子さまは服喪期間のため欠席し、息子の妻の寛仁親王妃信子さ
まや高円宮妃久子さま、孫も参加しなかった。陛下の弟の常陸宮さまは車いすに乗り、妻の華子さまと共
に最初の2回だけ加わった。
陛下が退位の意向を強くにじませた昨年8月のビデオメッセージ以降、陛下の動静に注目が高まっている。
昨年12月23日の天皇誕生日を祝う一般参賀(3回)には、記帳と合わせ、平成に入って最多の計3万858
8人が訪れた。


2017年1月2日
朝日新聞デジタル
天皇陛下「穏やかで心豊かな年に」 皇居で新年一般参賀
新年恒例の一般参賀が2日、皇居であった。天皇陛下は皇后さまや皇太子ご夫妻ら皇族方と宮殿のベランダ
に立ち、「本年が人々にとり、穏やかで心豊かに過ごせる年となるよう願っています」と語った。
天皇陛下が昨年8月に退位の意向をにじませるお気持ちを表明し、注目が集まるなか、朝から多くの人たち
が足を運んだ。
陛下は「新年おめでとう。みなさんとともに、この日を祝うことを誠に喜ばしく思います」と述べ、「年頭
に当たり我が国と世界の人々の平安を祈ります」と話した。
宮内庁によると、天皇陛下や男性皇族方はモーニングコート。皇后さまは淡いうぐいす色、雅子さまはロイ
ヤルブルー、紀子さまは淡いあんず色、眞子さまはクリーム色、佳子さまは空色、常陸宮妃華子さまはブル
ー系のお長服姿。


2017年1月2日
毎日新聞
新年一般参賀 9万6700人…平成で2番目に多く
新年恒例の一般参賀が2日、皇居・宮殿で行われ、平成に入って2番目に多い9万6700人が集まった。
昨年8月に天皇陛下が退位の意向がにじむおことばを公表され、皇室への関心が高まったためとみられる。
天皇、皇后両陛下と皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻ら皇族方が宮殿・長和殿のベランダに5回立ち、笑顔で
手を振って応じられた。参賀の機会が7回から5回に減った2009年以降では最多の参賀者数だった。
天皇陛下は参賀者に「本年が人々にとり、穏やかで心豊かに過ごせる年となるよう願っています。年頭に
当たり、我が国と世界の人々の平安を祈ります」と述べた。
平成になって参賀者数が最多だったのは、皇太子妃雅子さまが結婚後に初めて出席した1994年。
この年の参賀の機会は8回で11万1700人だった。
今回は陛下のおことば公表から初の新年一般参賀で、「正月に陛下を見られるのは最後かもしれない」と
の思いで来た人や、初めて来たという人の姿も目立った。
福岡県筑後市の会社員、藤丸七次郎さん(68)は「今年が最後ではないかと思い家族と一緒に初めて来た。
お元気そうでうれしかった。退位をされるのなら残念だが、お元気にゆっくりしていただきたい」と話した。
大阪市東成区の会社員、石丸仁志さん(42)は「天皇陛下が退位されるのではとのニュースが話題になって
いるので来た。姿を見て声も聞くことができてよかった」と話していた。
昨年10月に三笠宮さまが100歳で亡くなったことを受け、妻百合子さまら三笠宮家と、三男の故高円宮
さまが創立した高円宮家のご家族は欠席した。
安倍晋三首相の私的諮問機関「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」は専門家からヒアリングする
など陛下の退位に関する議論を重ねており、月内に論点整理をまとめる予定。 (山田奈緒、高島博之) 


2017年1月2日
NHKニュース
皇居で新年一般参賀
2日、皇居で一般参賀が行われ、10万人近くが訪れました。天皇陛下は「わが国と世界の人々の平安を祈り
ます」とあいさつされました。
2日の東京は青空が広がる穏やかな天気となり、午前9時半に皇居の正門が開くと、待っていた1万1000
人余りが二重橋を通って宮殿の前に向かいました。
天皇皇后両陛下は、皇太子ご夫妻など皇族方とともに、午前中3回、宮殿のベランダに立ち、訪れた人たちに
笑顔で手を振って応えられました。
去年、三笠宮さまが亡くなり、喪に服している三笠宮妃の百合子さまなどは出席されませんでした。
天皇陛下は「新年おめでとう。皆さんとともに、この日を祝うことをまことに喜ばしく思います。本年が人々
にとり、穏やかで心豊かに過ごせる年となるよう願っています。年頭にあたり、わが国と世界の人々の平安を
祈ります」とあいさつされました。
天皇ご一家は、午後も2回、宮殿のベランダに立たれ、1日で平成に入って2番目に多い10万人近くが皇居
を訪れて新年を祝いました。
宮内庁は「天皇陛下が去年、お気持ちを表明された影響もあったと見られる」としています。

■訪れた人は
皇居を訪れた神奈川県の26歳の女性は「これまでは皇室に対して特別な思いはありませんでしたが、去年、
天皇陛下がお気持ちを表明され、今年は感謝の気持ちと、お元気でいて欲しいという思いで来ました。素敵な
姿を拝見できて嬉しいです」と話していました。
兵庫県の61歳の男性は「天皇陛下がお元気そうにされていて、私も良い正月を迎えられました。陛下は大変
な公務がめじろ押しなので、ゆっくりされて欲しいです」と話していました。
大阪の32歳の女性は「皇居ではたくさんの人たちが『天皇陛下』と声を上げていて、皆が天皇陛下のことを
思っているんだと感じました。天皇陛下には長く続けていただきたいという思いもありますが、私たちが立ち
入ることではないのかなとも感じます」と話していました。
埼玉県の37歳の男性は初めて3人の子供と訪れ、「自分自身、小学生の時は天皇陛下という方がいることを
あまり知らなかったので、子供たちには早いうちから実感を持って欲しいと思っています」と話していました。





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ケリー国務長官、天皇陛下に祝辞

12月23日の天皇陛下のお誕生日に際し、真面に報じていたのは産経新聞だけでした。その産経も報じな
かった故、どこのマスコミ・メディアも取り上げなかった事実があります。
12月21日に報道機関向け声明として、12月23日の天皇陛下のお誕生日に際し、米国のケリー国務長官が
大統領と米国国民を代表して「祝賀」の言葉を送られました。
過去に事例の無いことですし、しかも、親中派と言われるケリー国務長官が天皇陛下への祝賀を述べた
ことは、画期的かつ重要な意味を持つことだと思うのですが・・・。

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U.S. Department of State

The Emperor of Japan's Birthday

Press Statement
John Kerry
Secretary of State
Washington, DC
December 21, 2016

On behalf of President Barack Obama and the American people, I send warmest wishes and
congratulations to His Imperial Majesty on the occasion of his birthday on December 23.

In the more than quarter-century of Emperor Akihito’s reign, the ties between Japan and the
United States have flourished, and our alliance serves as a symbol of stability, friendship,
And mutual dedication to peaceful development in East Asia and the world.

The alliance took on an even deeper meaning earlier this year when President Obama and I
Had the honor of visiting the Hiroshima Peace Memorial Park and, along with our Japanese
hosts, reaffirmed our commitment to creating a world that will never again suffer the devast
ating effects of nuclear weapons. The United States looks forward to cooperating with Japan
to expand the work we have begun in so many important areas: the peaceful exploration of
space, protecting the environment, advancing healthcare, and protecting human rights, just
to name a few.

On the 83rd birthday of the Emperor of Japan we extend our gratitude to Emperor Akihito and
the people of Japan for their unwavering friendship and commitment to our shared values.




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奉祝天長節

 平成弐七年壱弐月弐参日

天皇陛下の御誕生日を心より御祝い申し上げ、陛下の御長寿と御皇室の弥栄を
御祈念申し上げます。

12月24日 産経 天皇誕生日 一般参賀 


天皇陛下におかれましては、一般参賀者に対し以下のお言葉をお述べになられました。

「誕生日に当たり、寄せられた祝意に対し、深く感謝致します。
ニュースで伝えられたように、昨日は新潟で強風の中、大きな火災がありました。
多くの人が寒さの中、避難を余儀なくされており、健康に障りのないことを願っ
ています。冬至が過ぎ、今年もあとわずかとなりましたが、来年が明るく、また、
穏やかな年となることを念じ、皆さんの健康と幸せを祈ります」


宮内庁によれば、記帳を含めて3万8千人以上の参賀者が皇居を訪れ、平成では最多となったそうです。

天皇誕生日 一般参賀
(12月23日 毎日新聞より)


12月24日 産経 一般参賀の推移
(12月24日 産経新聞より)


12月23日 産経 天皇陛下83歳

(12月23日 産経新聞より)

譲位と向き合われた1年 公務軽減は「困難」
天皇陛下が23日の誕生日を前にした記者会見で、8月のお言葉表明以降初めて、譲位の問題に
言及された。昨年の誕生日会見に前後して宮内庁、政府との間でお言葉の調整を続け、表明後は
政府の有識者会議の議論を見守るなど譲位に向き合われた1年だった。
譲位の意向の端緒となった象徴としての公務は以前とほぼ同じ活動量で、宮内庁は「公務の削減
は困難」との見解を崩していない。
陛下は昨年8月15日の全国戦没者追悼式で段取りを誤り、同12月の誕生日会見では「年齢と
いうものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました」と述べられた。
陛下は遅くとも平成22年7月には周囲に譲位の意向を伝えられ、宮内庁側は公表の時期を模索。
今年に入り、フィリピンでの慰霊、熊本地震の被災地慰問などを経た陛下がさらに思いを深めら
れ、8月のお言葉表明に至った。
公表方法については、陛下が最後まで国民に直接語りかける生中継での会見にこだわられた。
ただ、やり直しがきかない生中継のリスクは大きく、東日本大震災後と同じビデオメッセージで
落ち着いたという。
陛下はお言葉の中で「全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなる」と述べ
る一方、「国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろう」
と強調された。
宮内庁によると、この1年も法律の公布など内閣からの書類に目を通し、署名と押印をされたの
は1031件。新任の外国大使36人への信任状捧呈式に臨まれた。
公務を伴う地方ご訪問は10府県に上った。
宮内庁は21年、式典でのお言葉を原則取りやめるなどのご負担軽減策を公表。
今年5月にも10件程度の公務を取りやめるか、皇太子ご夫妻に譲られたが、数字上、目に見え
る大幅な削減は実現していない。
宮内庁関係者は「現在の議論とは別」と前置きした上で「世界的に交流する国の数が増え、国内
でも災害が頻発するなどした結果、陛下の意向に関わらず公務が増えている背景も理解してほし
い」と訴えた。

~参考~
平成28年 天皇皇后両陛下行幸啓など
・1月26~30日 フィリピンご訪問
・3月16日~18日 福島県及び宮城県行幸啓(東日本大震災復興状況ご視察)
・4月2日~4日 奈良県行幸啓(神武天皇二千六百年ご式年に当たり神武天皇陵ご参拝)
・5月19日 熊本県行幸啓(熊本地震による被災地お見舞)
・5月31日 小金井市行幸啓(東京都)
・6月4日~6日 長野県行幸啓(第67回全国植樹祭ご臨場、地方事情ご視察)
・9月10日~12日 山形県行幸啓(第36回全国豊かな海づくり大会ご臨席、地方事情ご視察)
・9月28日~10月2日 岩手県行幸啓(第71回国民体育大会ご臨場、東日本大震災復興状況ご視察)
・10月11日 ベルギー国王陛下及び王妃陛下 国賓歓迎行事
・10月12日 茨城県行幸啓
・10月23日~10月26日 京都府行幸啓(第40回国際外科学会世界総会開会式ご臨席)
・11月16日~18日 愛知県及び長野県行幸啓
・11月30日 シンガポール大統領閣下及び同令夫人 国賓歓迎行事
(宮内庁HPより抜粋)

12月23日 産経 天皇陛下の1年
(12月23日 産経新聞より)



天皇陛下、83歳の誕生日 事前の会見でお言葉述べられる

(FNNslineより)

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12月23日 産経 「主張」天皇陛下83歳 

1223日 産経新聞より)



平成28年8月8日
宮内庁HPより
象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば

戦後70年という大きな節目を過ぎ、2年後には、平成30年を迎えます。
私も八十を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩み
を振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。
本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇と
いう立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来
たことを話したいと思います。
即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、
日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に
日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社
会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。
そのような中、何年か前のことになりますが、2度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚
えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのよ
うに身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるか
につき、考えるようになりました。既に八十を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰え
を考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるので
はないかと案じています。
私が天皇の位についてから、ほぼ28年、この間(かん)私は、我が国における多くの喜びの時、また悲
しみの時を、人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と
幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声
に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました
。天皇が象徴であると共に、国民統合の
象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇
もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育
てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私
は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共
に行(おこな)って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地
道に支える市井(しせい)の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、
国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せな
ことでした。
天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、
無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくな
った場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分
にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりは
ありません。
天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民
の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉
に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が、
1年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人
々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けること
は出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。
始めにも述べましたように、憲法の下(もと)、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、こ
のたび我が国の長い天皇の歴
史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり
、相たずさえてこの
国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的
に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました

国民の理解を得られることを、切に願っています。






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敬頌新禧

平成28年 丙申(ひのえさる)

皆様、明けまして御目出度うございます。
皇紀2676年を迎えるに当り、御皇室の弥栄を寿ぐとともに、皆様の平安とご多幸を祈念申し
上げます。


1月1日 産経 天皇陛下 新年のご感想5
(平成28年1月1日 産経新聞より)


1月1日 NHK 新年祝賀の儀
(平成28年1月1日 NHKニュースより)

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平成28年1月1日 首相官邸HPより
安倍内閣総理大臣 平成28年 年頭所感

あけましておめでとうございます。
「石の上にも三年」
東北の被災地では、災害公営住宅への入居が進んでいます。新たな産業の芽も育ち、復興は新たなステージに移ろう
としています。
地球儀を俯瞰する視点で展開してきた、平和外交、そして経済外交も、大きな実を結びつつあります。
平和安全法制によって、あらゆる事態に万全の備えを行い、戦争を未然に防ぐ。私たちの子や孫の世代に平和な日本
を引き渡していく基盤を築くこともできました。
そして、20年近く日本経済を低迷させる原因となってきたデフレとの闘い。この3年間、経済の再生に全力を挙げ
てきました。その結果、雇用は100万人以上増え、17年ぶりの高い賃上げ。
昨年、青森、秋田、徳島、高知、福岡、熊本、沖縄の7県で有効求人倍率が過去最高を記録するなど、地方創生も着
実に進んでいます。もはやデフレではない。私たちは3年間で、そういう状況を創ることができました。
すべては、安倍政権の改革に、ご理解とご協力を賜り、大きな力を与えて下さった、国民の皆様のおかげです。
4年目の年頭にあたり、改めて、心より感謝申し上げたいと思います。

「築城三年、落城一日」
政府には、常に国民の厳しい目が注がれている。そのことを肝に銘じ、さらに高い緊張感を持って、政権運営にあた
っていかなければならない。その思いを、新年にあたって、新たにしています。
本年、新たな挑戦が始まります。
「少子高齢化」という構造的な課題に、真正面から、立ち向かう。「一億総活躍」社会への挑戦です。
半世紀前、初めて日本の人口が一億人を超えました。高度成長の真っただ中で、頑張った人が報われる、今日よりも
明日はもっと豊かになる。その実感があった時代です。
半世紀後の未来でも、人口一億人を維持する。お年寄りも若者も、女性も男性も、一度失敗を経験した人も、難病や
障害のある方も、誰もが、もう一歩前に踏み出すことができる。「一億総活躍」の社会を創り上げることは、今を生
きる私たちの、次世代に対する責任です。「戦後最大のGDP600兆円」「希望出生率1.8」「介護離職ゼロ」
という3つの明確な「的」を掲げ、新しい「三本の矢」を放ちます。いよいよ「一億総活躍・元年」の幕開けです。
いずれも、最初から設計図があるような簡単な課題ではありません。困難は、もとより覚悟の上です。
しかし、「未来」は他人から与えられるものではありません。私たちが、自らの手で切り拓いていくべきものであり
ます。そのスタートを切る本年は、挑戦、挑戦、そして、挑戦あるのみ。未来へと果敢に「挑戦する一年」とする。
その決意であります。
本日から日本は国連安全保障理事会の非常任理事国に就任し、世界の平和と安定に大きな責任を担うこととなります。
さらに本年、伊勢志摩に世界の主要なリーダーたちを招き、サミットを開催します。
日本とアフリカの首脳たちが一堂に会するTICADも行います。日中韓サミットも日本が議長国です。
日本が、まさに世界の中心で輝く一年であります。
不透明さを増す世界経済、テロとの闘い、貧困や開発の問題、さらには気候変動。世界は常に様々な課題に直面して
います。 より良い未来、より良い世界を築くための国際社会による挑戦に、終わりはありません。
そうした世界の中にあって、日本は、しっかりとリーダーシップを発揮してまいります。

最後に、国民の皆様の一層の御理解と御支援をお願い申し上げるとともに、本年が、皆様一人ひとりにとって、実り
多き素晴らしい一年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。

                                        平成28年1月1日
                                        内閣総理大臣 安倍 晋三

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
平成28年1月1日
安倍 晋三fbより

1月1日 安倍総理fbより

明けましておめでとうございます。
昨年は様々な事に挑戦いたしましたが、御支援いただきありがとうございました。
本年もより良い年にしていくため全力を尽くして参ります。
皆様にとっても今年一年が素晴らしい年となりますよう祈念いたします。







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本日は『天長節』(天皇誕生日)

この佳き日に当り、日本国民として心より慶祝を申し上げるとともに、天皇陛下の御健康、
御長寿、御皇室の弥栄を祈念申し上げます。

                        菊のご紋




天皇陛下は82歳の誕生日を前に、皇居・宮殿で記者会見にお臨みになられました。
http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/kaiken-h27e.html
天皇陛下お誕生日に際し(平成27年)

平成27年12月18日 宮殿 石橋の間
天皇陛下の記者会見



(宮内記者会代表質問)
今年は自然災害などいたましい出来事があった一方、日本人2人がノーベル賞を受賞するなど、明るい話題もありま
した。天皇陛下は戦後70年の節目に当たり、新年のご感想で「満州事変に始まる戦争の歴史を学び、今後の日本の
あり方を考えることが極めて大切」と述べられ、パラオをはじめ、国内外で慰霊の旅を重ねられました。
また、全国戦没者追悼式では「さきの大戦に対する深い反省」という表現を新たに用いてお言葉を述べられたほか、
玉音盤の原盤や、御文庫附属庫の公開もありました。年明けには、フィリピンへの公式訪問が予定されています。
戦争や平和への思いに触れながら、この1年を振り返るとともに、来年へのお考えをお聞かせください。

天皇陛下
今年の自然災害としては、まず5月に鹿児島県の口永良部島の新岳が噴火して、海岸まで達する火砕流が発生し、全島
民が島から避難したことが挙げられます。火砕流は雲仙岳の噴火災害のお見舞いに行った時に見ましたが、海岸まで達
する火砕流は本当に恐ろしい光景だったと思います。島民は幸い皆無事でしたが、まだ避難生活が続いていることに心
を痛めています。
9月には豪雨により鬼怒川などが氾濫し、8人が亡くなる大きな災害となりました。氾濫により多くの人々が家々に閉
じ込められ、どんなにか不安な時を過ごしたことかと思います。
自衛隊を始めとするヘリコプター等の救助活動により、人々が無事に救出されたことは本当に幸いなことでした。危険
を伴う救出活動に携わった人々に深く感謝しています

水につかった家屋や田畑の復旧作業には多くの労力を必要とするもので、多数のボランティアが協力してくれているこ
とをうれしく思っています。
困難に遭遇している人々を助けようという気持ちが、日本人の中に豊かに育っていることを非常に心強く思います
後日、常総市の被災地をお見舞いしましたが、泥水につかった田畑が広がり、苦労して作物を育ててきた人々の気持ち
はいかばかりかと察せられました。
今年の喜ばしい出来事としては、まず二人の日本人がノーベル賞を受賞されたことが挙げられます。
大村博士の生理学・医学賞は、アフリカや南米で人に感染すると盲目になる危険をもたらすオンコセルカ症を治す薬を
地中の菌から作り出されたことなどの業績によるものです。私は以前、オンコセルカ症を患って盲目になった人々が連
なって歩いている痛ましい映像を見ていましたので、この病気を治す薬が出来たということを本当にうれしく思いまし
た。
一方、梶田博士の物理学賞は、神岡鉱山の地下にあるスーパーカミオカンデにおけるニュートリノの研究で、ニュート
リノに質量があることを見出されたことに対する授賞でした。11年前、スーパーカミオカンデを訪問したことが思い
起こされました。お二人の長年にわたる地道な研究を誠に尊いものと思います。
また、日本製のジェット旅客機が完成し、試験飛行が行われたことも嬉しいことでした。
かつて、日本で戦後初めてつくられたプロペラの旅客機YS11の試験飛行を、羽田の空港で関係者と共に見守ったこ
とが懐かしく思い起こされました。それから50年以上がたったわけです。
今年は先の大戦が終結して70年という節目の年に当たります。この戦争においては、軍人以外の人々も含め誠に多く
の人命が失われました。平和であったならば、社会の様々な分野で有意義な人生を送ったであろう人々が命を失ったわ
けであり、このことを考えると、非常に心が痛みます。
軍人以外に戦争によって生命にかかわる大きな犠牲を払った人々として、民間の船の船員があります。
将来は外国航路の船員になることも夢見た人々が、民間の船を徴用して軍人や軍用物資などをのせる輸送船の船員とし
て働き、敵の攻撃によって命を失いました。日本は海に囲まれ、海運国として発展していました。私も小さい時、船の
絵葉書を見て楽しんだことがありますが、それらの船は病院船として残った氷川丸以外は、殆ど海に沈んだということ
を後に知りました。制空権がなく、輸送船を守るべき軍艦などもない状況下でも輸送業務に携わらなければならなかっ
た船員の気持ちを本当に痛ましく思います。
今年の6月には、第45回戦没・殉職船員追悼式が神奈川県の戦没船員の碑の前で行われ、亡くなった船員のことを思
い、供花しました。
この節目の年に当たり、かつて日本の委任統治領であったパラオ共和国を皇后と共に訪問し、ペリリュー島にある日本
政府の建立した西太平洋戦没者の碑と米国陸軍第81歩兵師団慰霊碑に供花しました。
パラオ共和国大統領御夫妻、マーシャル諸島共和国大統領御夫妻、ミクロネシア連邦大統領御夫妻もこの訪問に同行し
てくださったことを深く感謝しています。 この戦没者の碑の先にはアンガウル島があり、そこでも激戦により多くの
人々が亡くなりました。アンガウル島は今、激しい戦闘が行われた所とは思えないような木々の茂る緑の島となってい
ます。空から見たパラオ共和国は珊瑚礁に囲まれた美しい島々からなっています。しかし、この海には無数の不発弾が
沈んでおり、今日、技術を持った元海上自衛隊員がその処理に従事しています。危険を伴う作業であり、この海が安全
になるまでにはまだ大変な時間のかかることと知りました
。先の戦争が、島々に住む人々に大きな負担をかけるように
なってしまったことを忘れてはならないと思います。
パラオ訪問の後、夏には宮城県の北原尾、栃木県の千振、長野県の大日向と、戦後の引揚者が入植した開拓の地を訪ね
ました。外地での開拓で多大な努力を払った人々が、引き揚げの困難を経、不毛に近い土地を必死に耕し家畜を飼い、
生活を立てた苦労がしのばれました。北原尾は、北のパラオという意味で、パラオから引き揚げてきた人々が入植した
ところです。
この1年を振り返ると、様々な面で先の戦争のことを考えて過ごした1年だったように思います。年々、戦争を知らな
い世代が増加していきますが、先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切
なことと思います

私はこの誕生日で82になります。年齢というものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました。
したがって、一つ一つの行事に注意深く臨むことによって少しでもそのようなことのないようにしていくつもりです。
今年もあとわずかになりました。来る年が人々にとって少しでも良い年となるよう願っています。


= この1年のご動静 =
(宮内庁HP http://www.kunaicho.go.jp/okotoba/01/kaiken/kaiken-h27e.html より)

天皇陛下には,本日,大きなご健康上の問題もなく,満82歳のお誕生日をお迎えになりました。

この1年,国事行為に関して,内閣総理大臣の親任式,国務大臣始め136名の認証官任命式,新任外国大使26名の信任
状捧呈式,大綬章及び文化勲章の親授式に臨まれたほか,内閣から上奏のあった1,060件の書類にご署名やご押印をな
さいました。
また,宮殿や御所では,文化勲章受章者及び文化功労者,勲章受章者や各種の表彰受賞者,日本学士院会員,日本芸術
院会員,新認定重要無形文化財保持者夫妻,青年海外協力隊帰国隊員及び日系社会青年ボランティアの代表,シニア海
外ボランティア及び日系社会シニアボランティアの代表,両陛下のご成婚を記念して創設された皇太子明仁親王奨学金
の奨学生,海外に派遣されて帰国した国際緊急援助隊員,来日中の各国ハンセン病回復者団体代表者,等にお会いにな
り,その労をねぎらわれ栄誉を祝されました。 その回数は73回を数えました。
特に今年は航路標識事業の発展と航路標識職員の相互扶助を目的として大正4年(1915年)に創立された燈光会が創立
100周年を迎えたことから,宮殿でこれを記念する茶会をお催しになりました。
皇室と燈光会との関わりは明治期に遡りますが,両陛下は皇太子同妃両殿下の時代から度々地方の灯台や東京湾海上交
通センターをご視察になってこられました。
陛下は,学習院初等科ご入学前に三浦半島の剱埼灯台を見学されたご経験をお持ちですが,その思い出から皇后さまと
ご一緒に幼稚園ご入園前の皇太子殿下,秋篠宮殿下,黒田清子様をそれぞれにお連れになって房総半島の野島埼灯台を
訪問されています。
即位後の平成元年から平成15年までは,毎年の定例行事として永年勤続者と宮殿でお会いになってきました。
この行事は,灯台の無人化等により航路標識職員の生活環境が改善されたことなどから,拝謁辞退の申し出があり平成
16年11月の茶会をもって終了しました。
このほか,各府省庁の事務次官,外務省総合外交政策局長からのご進講を13回,行幸啓や行事に関するご説明を49回
お受けになったほか,新嘗祭の献穀者や勤労奉仕団として皇居にこられた延べ8,980人の方に63回にわたってお会いに
なりました。
今年は戦後70年に当たることから,戦没者を慰霊されるため,昨年6月の沖縄県(国立沖縄戦没者墓苑,学童疎開船対
馬丸犠牲者慰霊塔及び対馬丸記念館),同年10月の長崎県(長崎市平和公園及び恵の丘長崎原爆ホーム),同年12月
の広島県(広島平和都市記念碑及び広島原爆養護ホーム矢野おりづる園)ご訪問に引き続き,今年4月には慰霊と国際
親善のためパラオ共和国を訪問されました。慰霊のための海外ご訪問は,戦後60年に当たる平成17年6月にサイパン島
を訪問されて以来のことでした。ペリリュー島にある西太平洋戦没者の碑,米国陸軍の慰霊碑に参られるとともに同共
和国大統領ご夫妻,この折に参加されたミクロネシア連邦大統領ご夫妻,マーシャル諸島共和国大統領ご夫妻,さらに
パラオ共和国の多数の人々とお会いになりました。
ご帰国後は,4月に戦後復興に尽力し産業災害で殉職した人々を慰霊する「高尾みころも霊堂」に,5月には「東京都
慰霊堂」に参られ,6月には先の大戦で軍に徴用されて戦没した商船等の船員を慰霊する「戦没・殉職船員追悼式」に
ご臨席なさいました。
また,6月に私的ご旅行として宮城県及び山形県を訪問された折に,南洋パラオから引き揚げた人々が入植,開拓した
宮城県蔵王町北原尾地区をお訪ねになり,7月には満州から引き揚げた人々が開拓した千振開拓地(栃木県那須町)を,
8月には同様の大日向開拓地(長野県軽井沢町)を訪問され,先の戦争による苦境を乗り越えてきた人々に寄り添われ
ました。
同じく8月には,広島市被爆70周年記念事業として東京都で開催された広島交響楽団「平和の夕べ」コンサートをご鑑
賞になりました。
東日本大震災の関係では,皇后さまと共に今年3月に東京都で開催された4周年追悼式にご臨席になり,また同月,宮
城県で開催された第3回国連防災世界会議開会式にご臨席の折に,岩沼市の慰霊碑に参られたほか,岩沼市,名取市,
東松島市,石巻市の各市長から復興状況等をお聴きになり,東松島市のいちご栽培,石巻市のかまぼこ製造工場をご視
察になりました。
地方へのお出ましは,前述のほか,今年1月に「1.17のつどい―阪神・淡路大震災20年追悼式典」ご臨席のため兵庫県
を,5月には全国植樹祭ご臨場のため石川県をご訪問になったほか,両陛下御成婚記念として建設された「こどもの
国」の開園50周年記念式典ご臨席のため,神奈川県横浜市にお出ましになりました。
7月には国際第四紀学連合第19回大会開会式ご臨席のため愛知県をご訪問,9月には第70回国民体育大会ご臨場のため
和歌山県を訪問され,その折に紀伊半島大水害の被災者とご懇談になりました。
10月には,昭和39年の東京パラリンピックを始め身体障害者スポーツに深く関わり,その関連施設を含め両陛下も4回
お訪ねになった障害者の自立を支援する「太陽の家」創立50周年記念式典にご臨席なさるため大分県をご訪問,また
同月,全国豊かな海づくり大会ご臨席のため富山県をご訪問になり,併せて県立イタイイタイ病資料館をご視察になっ
て公害病克服の歴史について説明をお受けになりました。
11月には青年海外協力隊発足50周年記念式典ご臨席のため神奈川県横浜市を,12月には障害者週間にちなみ障害者の
競技用等の車いすを製造している施設をご視察になるため千葉県をご訪問になりました。
青年海外協力隊事業は昭和40年に発足しましたが,両陛下は初代隊員から派遣前に御所にお招きになって励まされ,
昭和43年からは帰国した隊員の代表ともお会いになってこられました。
また,外国ご訪問の折に青年海外協力隊員とお会いになったほか,青年海外協力隊発足10周年の記念行事,20周年,
30周年,40周年の記念式典へのご臨席,都内の訓練施設のご視察,現地での交通事故により負傷して帰国入院中の隊
員のお見舞い,殉職隊員の慰霊碑ご供花等,両陛下は様々な形で青年海外協力隊事業と,その隊員の活動を支えてこら
れました。ちなみに,派遣前の隊員とは138回,帰国隊員の代表とは45回お会いになっています。
事業発足から30年の節目に当たる平成8年からは派遣前隊員とのご接見を皇太子同妃両殿下にお任せになりましたが,
新たに設立された日系社会青年ボランティア代表,日系社会シニアボランティア代表及び帰国シニア海外ボランティア
代表とは,帰国隊員の代表と同様に今でも定期的にお会いになっています。
一昨年からお始めになった私的ご旅行では,6月に宮城県及び山形県をご訪問,宮城県では北原尾地区のほか平成9年
の全国植樹祭でお手植えになった樹木をご覧になり,山形県では東根市のさくらんぼ生産農家をご訪問,河北町の紅花
資料館ではご視察の後に皇太子同妃両殿下時代にお会いになった紅花関係者とご懇談,山形空港で知事から東日本大震
災への県の対応について説明をお聞きになりました。
7月には,一昨年7月の大雨災害のためご訪問をお取りやめになった福島県桑折町のもも生産農家をお訪ねになり,福
島市の復興公営住宅で飯舘村等からの避難者とご懇談になりました。
9月に予定されていた栃木県日光市のご訪問は関東・東北豪雨による災害のためお取りやめになりましたが,10月に皇
后さまと共に被災地の茨城県常総市をお訪ねになり,被災地域を視察され,被災者をお見舞いになりました。
私的ご旅行を含む地方へのお出ましは,ご静養のための御用邸へのお出ましを除き,15県29市11町でした。
都内の行幸啓としては,国会開会式,全国戦没者追悼式,恒例となっている日本国際賞,日本芸術院賞,日本学士院
賞,国際生物学賞の授賞式,ご即位20年に当たり天皇陛下からの御下賜金を受けて創設された「日本学術振興会 育志
賞」第5回授賞式にお出ましになったほか,今年は国連大学創立40周年に当たることから,国連大学本部において大学
院生とご懇談になりました。 その数は28回を数えました。
両陛下と国連大学とのお関わりは深く,国連大学が発足した昭和50年の国連大学本部開設レセプションにご臨席にな
り,平成19年に国連大学で講義の様子をご視察になったほか,願い出をお受けになって,初代学長から現在の第6代学
長までの各学長を御所にお招きになって説明をお聴きになり,ご懇談なさってこられました。
外国との関係では,6月に国賓としてフィリピン国大統領閣下をお迎えになり,歓迎行事,ご会見,宮中晩餐,お別れ
のご訪問をなさいました。
また,公式実務訪問賓客として来日されたカタール国首長殿下とは陛下お一人で,インドネシア国大統領閣下及び令夫
人,ウガンダ国大統領閣下及び令夫人とは両陛下でご会見・午餐に臨まれたほか,ニジェール国大統領閣下,ウルグア
イ国大統領閣下と会見されました。ポーランド国大統領閣下及び令夫人,ホンジュラス国大統領閣下及び令夫人,トル
コ国大統領閣下及び令夫人とは両陛下で会見されました。
さらに,公賓として来日されたベトナム国共産党中央執行委員会書記長,公式実務訪問賓客として来日されたラオス国
首相,ドイツ国首相,ポルトガル国首相をご引見になったほか,アゼルバイジャン国国会議長をご引見になりました。
また,公式実務訪問賓客として来日されたマレーシア国首相夫妻,イタリア国首相夫妻,スリランカ国首相夫妻,パプ
アニューギニア国首相夫妻,各種賓客として来日されたモンゴル国国家大会議議長夫妻,欧州理事会議長夫妻及び欧州
委員会委員長,メキシコ国上院議長夫妻,アメリカ合衆国最高裁判所長官夫妻,インドネシア国国会議長夫妻を両陛下
でご引見になりました。
また,同じく両陛下で,来日中のベルギー国首相と御所でご接見になったほか,英国ケンブリッジ公殿下,デンマーク
国皇太子同妃両殿下,パラオ国大統領閣下及び令夫人並びにマーシャル国大統領閣下及び令夫人を御所でのご昼餐に,
赤十字国際委員会総裁,スワジランド国国王陛下及び王妃殿下,クリントン元アメリカ合衆国大統領,ミシェル・オバ
マ・アメリカ合衆国大統領夫人,アリヨシ元ハワイ州知事夫妻,フレイ元チリ国大統領夫妻,かつて皇太子時代とご即
位後の2回両陛下でお訪ねになったスペイン国サラマンカ大学のエルナンデス学長ほかを御所でのお茶に,第7回太平
洋・島サミット首脳会議に出席する各国首脳を宮殿での茶会に,陛下お一方では,第7回日本・メコン地域諸国首脳会
議に出席する各国首脳等を宮殿での茶会に,それぞれお招きになりました。
なお,今年3月に仙台市で開催された第3回国連防災世界会議にお出ましの際には,会議の前日,会議に出席する
トルクメニスタン国大統領閣下とご会見になり,オランダ国マルグリート王女殿下をお茶にお招きになったほか,当日
は会議に先立ち,各国元首,国連事務総長夫妻始め各国政府要人とお会いになりました。
在京外交団とは,この1年間に着任後間もない30か国の大使夫妻をお茶に,着任後3年を経過した19か国の大使夫妻を
午餐にお招きになり,離任する24か国の大使夫妻をご引見になりました。日本から赴任する49か国の大使夫妻にも出
発前にお会いになり,帰国した62か国の大使夫妻をお茶に招いて任地の話をお聴きになりました。
御用邸へは,両陛下で葉山御用邸と那須御用邸にお出ましになりました。那須御用邸ご滞在中は,千振開拓地のほか,
例年どおり農家をご訪問になり,また,陛下のお考えからご即位20年の機会に御用邸用地の一部を宮内庁から環境省
に移管して整備された「那須平成の森」を散策され,居合わせた来訪者と歓談されました。8月下旬には,長野県軽井
沢町と群馬県草津町でお過ごしになりました。
今年6月,宜仁親王殿下の薨去から1周年に当たり,両陛下は一周年祭の儀の後に拝礼のため豊島岡墓地に行幸啓にな
りました。また今月は,11月に傘寿をお迎えになった正仁親王殿下のお祝いのご内宴をお催しになったほか,12月2日
に百歳を迎えられた崇仁親王殿下のご内宴にお出ましになり,お祝いなさいました。
宮中祭祀については恒例の祭祀等に19回お出ましになり,天長祭及び歳旦祭はご代拝とされました。
また新嘗祭神嘉殿の儀につきましては昨年同様,夕の儀はお出ましの時間を短縮して儀式の半ばより出御され,暁の儀
はご健康への影響を考慮して,儀式終了までの間,御所でお慎みになりました。
陛下は今年も例年どおり皇居内生物学研究所の一画で種籾のお手まき,お田植えをなさり,お手刈りをなさいました。
また,陸稲と粟をお子様及びお孫様方とご一緒に種をまかれ,刈り取られました。粟あわは新嘗祭の折にお手刈りに
なった水稲と共にその一部をお供えになりました。神嘗祭に際しては,お手植えになった根付きの稲を神宮にお供え
になりました。
皇居内生物学研究所では,国立遺伝学研究所等の研究者や生物学研究所職員らと,核DNAの分析によるハゼ科魚類キ
ヌバリとチャガラの種分化について研究報告をお聴きになりました。また,国立科学博物館本館で魚類分類研究会に
4回ご出席になりました。
この1年も,陛下の傘寿を奉祝する様々な行事が催されました。
春と秋には宮殿の特別参観が行われ,通常は平日に行っている皇居一般参観が土曜日も実施されました。
5月には両陛下の傘寿を奉祝して,皇居内の馬場で古式馬術である打毬(だきゆう)と母衣引(ほろひき)を披露する
記念行事が催され,思し召しによりご即位後の歴代三権の長及び閣僚が招かれ,その後に宮殿で茶会が催されました。
12月には,昨年に引き続いて皇居乾通りの一般公開が実施されました。
12月23日のお誕生日当日は,午前中は御所で侍従職職員から祝賀をお受けになった後,宮殿で皇族方を始め宮内庁職
員等による祝賀を5回にわたりお受けになります。また,この間に3回にわたり長和殿ベランダに立たれて国民の参賀
にお応えになります。午後からは内閣総理大臣,衆・参両院議長,最高裁判所長官の祝賀をお受けになった後,皇族
方もお加わりになって,三権の長,閣僚,各界の代表等との祝宴に臨まれます。
その後,外交団を招かれての茶会,元側近奉仕者等との茶会,次いでご進講者等との茶会に臨まれます。
夕刻には未成年の内親王,親王殿下のご挨拶をお受けになり,夜にはお子様方ご夫妻とお祝御膳を囲まれます。

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12月23日 NHK 天長節 一般参賀

12月23日 産経 天長節一般参賀

12月23日 朝日 天長節一般参賀
(12月23日 朝日新聞デジタルより)







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