筑紫の国の片隅で…

奉祝天長節

平成弐九年壱弐月弐参日

天皇陛下の御誕生日を心より御祝い申し上げ、陛下の御長寿と御皇室の弥栄を
御祈念申し上げます。

12月23日 朝日 天皇誕生日一般参賀

「皆さんの祝意に深く感謝」
 一般参賀、平成で最多
天皇陛下の84歳の誕生日を祝う一般参賀が23日、皇居で行われた。
陛下は午前10時20分ごろ、皇后さま、皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻と長女の眞子さまとともに、
宮殿・長和殿のベランダに並んで立ち、参賀者に笑顔で手を振って応えられた。
陛下はマイクを通じ、「晴れ渡った空の下、誕生日に当たり、皆さんの祝意に深く感謝いたします」
と謝意を述べた上で、「この一年もさまざまな出来事がありました。寒さに向かう今日(こんにち)
、台風や豪雨により被害を受けた地域の人々、また、東日本大震災など過去の災害により、いまだ
不自由な生活を送っている人々のことを深く案じています。今年もあとわずかとなりました。
来る年が国民皆にとり、少しでも穏やかな年となるよう願っています」
と挨拶をされた。
宮内庁によると、午前中の参賀者だけで4万5900人となり、平成に入り最多となった。
陛下が譲位の意向を示したビデオメッセージを公表された後の昨年の参賀者は、午後の記帳者を含
め3万8588人だった。 (平成29年12月23日 産経ニュースより)
http://www.sankei.com/life/news/171223/lif1712230035-n1.html






2017年12月22日 FNNslineより


平成29年12月20日 宮内庁HPより
http://www.kunaicho.go.jp/page/kaiken/show/17
天皇陛下お誕生日に際し(平成29年)
【この一年のご動静】
天皇陛下には、本日、満84歳のお誕生日をお迎えになりました。
陛下は、この1年、国事行為に関して、内閣総理大臣の親任式、国務大臣33名を始め副大臣46名、大使40名を含む
138名の認証官任命式、新任外国大使32名の信任状捧呈式、大綬章23名、文化勲章5名の親授式に臨まれたほか内
閣から上奏のあった955件の書類に、ご署名と押印をなさいました。
また宮殿や御所では文化勲章受章者及び文化功労者、勲章・褒章受章者や各種の表彰受賞者、農林水産祭天皇杯受
賞者、人事院総裁賞受賞者、日本学士院会員、日本芸術院会員、新認定重要無形文化財保持者夫妻、青年海外協力
隊帰国隊員及び日系社会青年ボランティアの代表、シニア海外ボランティア及び日系社会シニアボランティア、両
陛下のご成婚を記念して創設された皇太子明仁親王奨学金の奨学生にお会いになりました。その回数は81回を数え
ました。このほか各省庁の事務次官、外務省総合外交政策局長等からのご進講を12回、行幸啓や行事に関するご説
明を41回お受けになったほか、皇居勤労奉仕団延べ9,345人に55回にわたってお会いになりました。
今年2月にはベトナム国政府からの招請により国際親善のため、皇后さまと共に国賓として同国をご訪問になりまし
た。ハノイご到着の夕刻、べトナム北部及び南部で活躍する青年海外協力隊員とご懇談になり大使館員を労らわれ、
翌日、歓迎式典、国家主席閣下及び令夫人とのご会見並びに晩餐会に臨まれました。ハノイではホーチミン廟に参ら
れたほか、国会議長、首相夫妻、共産党中央執行委員会書記長夫妻をご引見になり、またベトナム人元日本留学生や
在留邦人等とご懇談になったほか、先の大戦後にベトナムに留まり同国の独立戦争に参加した元残留日本兵のベトナ
ム人家族とお会いになりました。こうした日本兵はベトナムの独立後、勧告により帰国を余儀なくされ、残された家
族は長年にわたり労苦を重ねてきましたが、両陛下は一人ひとりの話を熱心にお聴きになり、慰められました。
自然科学大学生物学博物館では、1970年代前半にベトナムのメコン川で採取されたハゼで、陛下により新種として
記載され、ハノイに日本大使館が開設された1976年(昭和51年)に陛下が模式標本として同国にご寄贈になった
「ウロハゼ」属の一種の標本と再会なさいました。
ご滞在4日目には同国中部の古都フエへご移動になり、フック首相夫妻主催の午餐会に臨まれたほか、フエ王宮にお
いて日本の雅楽と起源を同じくするベトナムの伝統舞楽「ニャーニャック」をご鑑賞、フランス植民地時代に独立
運動を指導したファン・ボイ・チャウの記念館をご訪問になりました。
またベトナム中部で活躍する青年海外協力隊員や在留邦人とご懇談になり、大使館員を労われました。
ご訪問の帰途には、昨年10月に崩御になったプミポン・アドゥンヤデートタイ国前国王にお別れをなさるためタイ国
にお立ち寄りになり、王宮においてご供花、ご記帳をされ、宮殿において同国国王ワチラロンコン陛下とご会見にな
ってお悔やみのお気持ちをお伝えになりました。陛下は平成18年6月、ご招待を受けてプミポン国王陛下の即位60周
年記念式典参列のためタイ国をご訪問になる前の記者会見において、昭和39年に昭和天皇の名代として皇后さまと共
に初めてご訪問になった折のことを「チェンマイの離宮にも国王王妃両陛下が飛行機でお連れくださり、両陛下と三
晩の思い出深い滞在をしました。その間には陛下のご運転で山道を走り、途中から徒歩でモン族の部落を訪れたこと
もありました。国王王妃両陛下も私どもも皆30代の時のことでした」と懐かしまれ、プミポン国王陛下が「即位以来
様々な苦労と努力を重ね、今のタイを築く上に大きく寄与なさった」とお話しになっています。
地方へのお出ましは、いずれも皇后さまとご一緒に、5月には富山県魚津市で開催された第68回全国植樹祭にご臨場
になり、その折に高岡御車山(たかおかみくるまやま)会館、YKKセンターパーク、高志(こし)の国文学館をご視
察。7月には、海の日にちなみ神奈川県横浜市の横浜みなと博物館で帆船日本丸の登檣(とうしょうれい)、総帆展帆
そうはんてんぱん)、登舷礼(とうげんれい)をご覧になり日本郵船歴史博物館をご訪問。
9月には、第72回国民体育大会ご臨場のため愛媛県をご訪問になり、開会式、役員懇談会にご臨席になった後、剣道
競技をご覧、併せて愛媛県美術館、道後温泉本館をご視察。
10月には福岡県で開催された第37回全国豊かな海づくり大会ご臨席に先立ち、7月の九州北部豪雨災害で多数の死傷
者、避難者が発生した福岡県及び大分県の被災地をご訪問になり、それぞれの知事から被災状況をご聴取の上、被災
者をお見舞い、災害対応尽力者をお労いになりました。なお全国豊かな海づくり大会は式典行事は予定どおり挙行さ
れましたが、荒天のため鐘崎(かねざき)漁港で予定された海上歓迎行事及びご放流はお取りやめとなりました。
この行幸啓の折、福岡県の宗像大社をご訪問、ご参拝後に沖ノ島から出土した国宝をご覧になったほか、安川電機み
らい館及び北九州市エコタウンセンターをご視察になりました。
11月には2泊3日で鹿児島県の屋久島、沖永良部島、与論島をご訪問。鹿児島空港で、知事から平成 27年5月の口永
良部島の噴火概要及び復興状況をご聴取になった後、飛行機を乗り換えて口永良部島の全島民が一時避難した屋久島
へ移動され、お出迎えした口永良部島の人々とお話しになり、代表者とご懇談になって労苦を労われました。翌日の
沖永良部島から与論島への日帰りご訪問は、悪天候のためご出発を早め休憩等の時間を短縮してのご訪問でしたが、
予定どおり沖合に現れる砂浜「百合ヶ浜」と国の重要無形民俗文化財「与論の十五夜踊」をご覧になりました。
最終日の沖永良部島では、知名町の花き生産者圃()場で特産のてっぽうゆりの栽培を、和泊町立国頭(くにがみ
小学校では子供たちの黒砂糖作りをご視察になりました。沖永良部島と与論島のご訪問は、平成24年2月に一度計
画されましたが、陛下が心臓バイパス手術をお受けになるなどご不例であったため見送られていました。
両陛下は、3日間の総移動距離が3,273kmに及ぶこの鹿児島県行幸啓により、ご即位後、全都道府県をそれぞれ2回
以上ご訪問になったことになります。なお陛下お一人の恒例の企業ご訪問としては、7月に川崎市の日本ゼオン株式
会社川崎工場及び総合開発センターのご視察がありました。

4年前から始められた両陛下の私的ご旅行として、9月に埼玉県をお訪ねになりました。
日高市にある高麗(こま)神社で、7世紀に高句麗から渡来した人々の歴史、文化に触れられたほか、巾着田曼珠沙華
きんちゃくだまんじゅしゃげ)公園をご訪問。翌日、深谷市を中心に大寄(おおより)公民館に併設された渋沢栄一にゆか
りのある誠之堂(せいしどう)・清風亭、渋沢の生家があった「中の家(なかんち)」、八基(やつもと)公民館内の渋沢
栄一記念館をお訪ねになりました。
ご静養については、1月、6月に両陛下で葉山御用邸に短期間お過ごしになり、3月には2月のベトナムご訪問のご静
養を兼ね、須崎御用邸にご滞在。この折に水産研究・教育機構の増養殖研究所南伊豆庁舎をご訪問になり仔()魚
からシラスウナギを大量生産する飼養技術の開発に成功したウナギ飼育施設をご視察。
7月の那須御用邸では例年どおり農家をご訪問になったほか、陛下のお考えから、ご即位20年の機会に御用邸用地の
一部を宮内庁から環境省に移管して整備された「那須平成の森」を散策されました。
8月下旬は長野県軽井沢町、群馬県草津町でお過ごしになりました。
私的ご旅行を含む地方へのお出ましは、ご静養のための御用邸等へのお出ましを除き、10県20市6町でした。

都内の行幸啓としては、国会開会式、全国戦没者追悼式、毎年恒例の日本国際賞、みどりの式典、日本芸術院賞、日
本学士院賞、国際生物学賞の授賞式などの式典にお出ましになったほか、日米協会創立100周年記念式典、理化学研
究所創立百周年記念式典、民生委員制度創設100周年記念大会、第24回国際光学委員会総会開会式、日本遺族会創立
70周年記念式典、地方自治法施行70周年記念式典、東京駅丸の内駅前広場完成記念式典等にご臨席になりました。
また、「世界遺産 ラスコー展」、国立劇場開場50周年記念文楽公演等をご鑑賞になったほか、今年3月に武蔵野陵、
武蔵野東陵をご参拝になった帰路、昭島市で田部井淳子さん(女性初のエベレスト登頂者)の回顧展を、11月には、
在京ブラジル大使館において、両陛下が国際親善のため昭和42年5月に昭和天皇のご名代として初めてブラジル国を
ご訪問になってから50年を記念した「天皇皇后両陛下ブラジル初訪問50周年記念写真展~永遠の絆を築いて」をそ
れぞれご覧になり,また,開園100周年を迎えた井の頭恩賜公園をご視察になりました。
12月には障害者週間にちなみ重度の障害者を雇用する(株)三越伊勢丹ソレイユ落合センターをご訪問になりました。
これら都内へのお出ましは45回になります。
外国との関係では、4月にスペイン国国王陛下及び王妃陛下を、11月にルクセンブルク大公国大公殿下をそれぞれ国賓
としてお迎えになり、歓迎行事、ご会見に臨まれ宮中晩餐をお催しになりました。
その折、スペイン国国王陛下及び王妃陛下を静岡県静岡市にご案内になり、静岡県地震防災センターをご視察、旧徳川
慶喜邸の浮月楼(ふげつろう)において、約400年前に当時のスペイン国王が千葉沖で遭難したスペイン船の乗組員を救
助したお礼として徳川家康に贈られた、「家康の洋時計」をご鑑賞になったほか、静岡浅間神社で伝統芸能をご覧にな
りました。
ルクセンブルク大公国大公殿下及びご同伴のアレクサンドラ王女殿下については、茨城県土浦市及びつくば市にご案内
になり、土浦市で小学生による合唱と亀城(きじょう)太鼓こによる市民の歓迎を受けられた後、大公殿下の宇宙工学へ
のご関心に合わせ、つくば市で宇宙航空研究開発機構筑波宇宙センターをご案内になったほか、ご宿舎である迎賓館赤
坂離宮にお出ましになって、大公殿下ご主催の答礼コンサートをご鑑賞になり、お別れのご挨拶をなさいました。
国賓以外のご接遇では、基本的に先方がご夫妻の場合は両陛下で、ご単身の場合は陛下がお一人でお会いになっていま
す。モザンビーク国大統領閣下及び令夫人、アルゼンチン国大統領閣下及び令夫人、ギニア国大統領閣下、ミクロネシ
ア国大統領閣下、フィリピン国大統領閣下及びアバンセーニャ女史、アメリカ合衆国大統領閣下及び令夫人、マダガス
カル国大統領閣下及び令夫人とはご会見、またベルギー国下院議長、オマーン国諮問議会議長、ベトナム国首相夫妻及
び英国首相をご引見になりました。さらにベトナム国ご訪問に尽力のあった駐日同国大使夫妻、サウジアラビア国国王
陛下、スウェーデン国皇太子殿下及びデンマーク国皇太子同妃両殿下を御所でのご昼餐に、ベトナム国国家副主席を御
所でのお茶に、それぞれお招きになりました。
このほか9月中旬には、ブルネイ国国王陛下から両陛下に、10月6日に行われる国王陛下のご即位50周年の祝宴へのご
招待がありましたが、非常に押し迫ったご招待であったためご出席は難しく、これまでの国王陛下と両陛下との深いご
親交にかんがみ、10月4日にブルネイ国大使館を両陛下でご訪問になりご記帳の上、駐日大使夫妻に国王陛下へのご祝
意を託されました。
在京外交団とは、この1年間に着任後間もない45か国の大使夫妻をほぼ3か国ずつに分けてお茶に、着任後3年を経過し
た18か国の大使夫妻を4か国ずつ午餐にお招きになり、離任する17か国の大使又は大使夫妻を各国ごとにご引見になり
ました。日本から赴任する45か国と3組織の大使夫妻にも出発前にお会いになり、帰国した28か国と1組織の大使夫妻
を4か国ずつに分けてお茶に招いて任地の様子をお聴きになりました。
宮中祭祀については恒例の祭祀等に24回お出ましになり、天長祭及び歳旦祭はご代拝とされました。
また1月の孝明天皇例祭の儀は、早朝に微熱がおありのため大事をとってお取りやめになり、掌典次長のご代拝となり
ました。また、ご高齢のため出御が案じられている新嘗祭神嘉殿の儀については、昨年同様、夕(よい)の儀はお出ま
しの時間を短縮して出御され、暁の儀はご健康への影響を考慮して儀式終了までの間、御所でお慎みになりました。
今年も例年どおり、皇居内生物学研究所の一画で種籾のお手まき、お田植えをなさり、お手刈りをなさいました。
またこれとは別に、陸稲と粟をお子様及びお孫様方とご一緒に種をまかれ、刈り取られました。粟は新嘗祭の折にお手
刈りになった水稲と共にその一部をお供えになりました。
神嘗祭に際しては、お手植えになった根付きの稲を神宮にお供えになりました。
ご健康面ではお咳と発熱を伴うお風邪のご症状がおありのため、5月15日及び16日の春の勲章受章者の拝謁・お礼言上
をお取りやめになり、皇太子殿下が代行なさいました。また、この時は勤労奉仕団へのご会釈もお取りやめとなり、皇
后さまが窓明館にお出ましになって陛下のお礼のお気持ちを団員にお伝えになりました。
5月17日から19日に予定されていた栃木県日光市への私的ご旅行もお取りやめになりました。
ご健康については、80歳を過ぎられた今、以前にも増してその維持に心を使っておられ、今年もほぼ欠かすことなく早
朝のご散策をなさり、また、規則正しいご生活をお続けになっていらっしゃいます。
なお、陛下のご譲位に関しては本年6月に皇室典範特例法が公布され、12月1日、同法の施行日について意見を聴くため
の皇室会議が開かれ、同月8日の閣議で同法の施行日が平成31年4月30日と定められました。

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12月23日 産経 天皇陛下84歳
12月23日 産経 天皇陛下84歳02
(産経新聞より)

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2017年12月23日 朝日新聞デジタル
https://digital.asahi.com/articles/DA3S13286502.html?rm=150
慈しみ、共に歩んだ きょう、天皇陛下84歳の誕生日
天皇陛下は23日、84歳の誕生日を迎えた。皇后さまとともに長年、困難に立ち向かう人々に寄り添ってきた。
その歩みをたどり、そばで仕えた人たちに話を聞いた。

■福祉施設へ精力的に「私どもの大切な務め――」
今月8日、天皇陛下は皇后さまと、重度の障害がある人たちが働く「三越伊勢丹ソレイユ落合センター」(東京・
新宿)を視察に訪れた。毎年恒例の「障害者週間」にちなんだ訪問だ。
商品袋にリボンをつける作業をしていた男性が、「失敗しました」と最初から作業をやり直した。陛下はその場か
ら動かずに約2分間、作業が終わるまで見守り続けた。「できました!」。男性の報告に、陛下はほほ笑み、「よ
かったですね」と声をかけた。
皇后さまは声をかけた男性が聴覚に障害があることに気づき、とっさに手話で「お仕事頑張ってください」と伝え
た。お二人を案内した四王天(しおうでん)正邦社長(60)は「一人一人の作業を丁寧に見ていただきありがた
かった」と話した。
お二人が最初に福祉施設を訪れたのは、皇太子ご夫妻時代の1959年7月。
都内の母子愛育会で病院や保育施設を視察した。皇后さまが白衣姿で赤ちゃんを抱きかかえる場面もあり、当時の
朝日新聞社会面は「お二人が関心をもたれている児童福祉問題を勉強される手はじめに行われた」と紹介し、「こ
の種の施設の見学を続けられる」と報じた。この言葉通り、お二人は国内外で福祉施設に精力的に足を運んできた。
宮内庁によると、その数は平成以降だけで200件を超える。年に10件以上を数えたこともたびたびあった。
年間13カ所に及んだ92年には、印象的な出来事があった。
両陛下が6月、知的障害児のために作られた日本初の教育福祉施設「滝乃川学園」(東京都国立市)を訪れたとき、
子どもたちはトランポリンで遊んでいた。皇后さまがそばで見守っていると、男の子が飛びついた。周囲が驚くな
か、皇后さまは動じることなく優しく抱きしめた。「私も!」と近づいてきた女の子と、天皇陛下はにこやかに握
手を交わした。現場にいた関係者に笑顔が広がった。
なぜお二人は福祉施設に長年足を運ぶのか。障害者や高齢者らに心を寄せていくことは私どもの大切な務め――。
陛下は1999年の即位10年にあたっての会見でそう思いを語っている。
小田部雄次・静岡福祉大教授は「障害者などの弱者に思いを寄せる『慈愛』は皇室の伝統だ」と指摘する。
大正や昭和の時代にも皇室が知的障害児らの施設などを支援したり、傷病者らを励ましたりしてきた。ただ、福祉
関連の施設などに頻繁に足を運び、入所者らと親しくふれあう両陛下の姿からは、伝統の枠を超えた福祉への強い
思いを感じる。
小田部教授は「障害者を慰めたり勇気を与えたりするだけでなく、その存在や現状に光をあて、国民に知らせる側
面もあるだろう」と話す。

■「ありがとう」のお声がけ、印象的  
天皇、皇后両陛下は被災地や福祉施設を訪れて、そこで働く人々の労をねぎらう時、「ご苦労さま」ではなく、
「ありがとう」とおっしゃいます。それは両陛下が、第三者ではなく、被災者や障害者という当事者の立場に立っ
ておられるのだということに気が付きました。他にも印象的な場面がありました。ハンセン病の療養所を訪れた両
陛下が、車いすの入所者の目線に合わせるように腰をかがめ、手を握って話をされていると、入所者の後ろで見守
っていた看護師がもらい泣きをし始めたのです。入所者の苦労や寂しさを知り尽くしている看護師だからこそ、両
陛下の対応に感動したのだと気づきました。
老人ホームや障害者施設など国内で訪れた福祉施設は、皇太子ご夫妻時代も含めると500を超えます。思いを寄
せ続けるだけでなく、思いに基づいて行動する――。それこそが陛下が追い求め続けた象徴天皇像なのでしょう。
このたび、色々な立場や意見の人たちがそれぞれに努力し、天皇陛下の退位が実現できるようになったのは大変良
かったと思います。今回のことで、天皇や皇室に対する人々の関心が広がりました。しかし、象徴としてのあり方
や安定的な皇位継承についての議論が深まっているわけではありません。
特に皇位継承問題は緊急を要しており、静かな環境で様々な考え方を出し合って検討するのが理想だと思います。

◇元宮内庁侍従長・参与、渡辺允(わたなべ まこと)さん(81)
1959年に外務省入省、儀典長など歴任。95年に宮内庁に入り、
96年12月から2007年6月まで侍従長。
著書に「天皇家の執事 侍従長の十年半」がある。

■一人一人を励まし、心通わせた
私は厚生省老人保健福祉局長だった1997年9月、両陛下が「敬老の日」にちなみ、東京都内の特別養護老人ホ
ームに来られたのをお迎えしました。天皇陛下がお年寄りとのジャンケンゲームに加わり、「こんなに親しく交流
されるのか」と驚いた記憶があります。
障害者スポーツについても、64年の東京パラリンピックでは皇太子時代の陛下が名誉総裁に就任するなど、まだ
リハビリの一環と見られていた半世紀も前から心を寄せていらした。現在、障害者スポーツが盛んになってきた背
景には、関係者を励まし続けた両陛下のお力も大きいのではないでしょうか。
かつて偏見と差別にさらされたハンセン病患者への思いは深く、全国に設けられた療養所の入所者をいつも気にか
けておられた。鹿児島・奄美大島で豪雨災害があった際には、かつて訪れたことがある「奄美和光園」の被害状況
を心配され、私から施設に電話して入所者の無事を確認したこともありました。
天皇陛下が、障害や病を持つ人々を訪ね続けるのは、国民に寄り添おうとするお心の表れだと思います。漠然と苦
しみや悲しみを想像するのではなく、直接励まし、一人一人と心を通わせることで、初めてその向こうに国民全体
が見えるというお考えなのだと思います。
退位の後はご研究にお時間を割くなど、少しでもゆっくりお過ごしいただきたい。

◇元宮内庁長官・羽毛田信吾(はけた しんご)さん(75)
厚生省(現・厚生労働省)事務次官を務めた後、2001年に宮内庁次長。
05~12年に同庁長官。陛下が退位の意向を明かした10年7月の参与
会議にも出席していた。


12月23日 朝日 両陛下福祉との関わり





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テーマ:天皇陛下・皇室 - ジャンル:政治・経済

天皇陛下、新年のお出まし

平成29年1月1日、皇居宮殿の「松の間」において『新年祝賀の儀』が執り行われました。
天皇陛下におかれましては、新年にあたり「国の発展と国民の幸せを祈ります」とのお言葉を述べられました。

NNN「新年祝賀の儀」

平成29年1月1日 NHKニュースより
皇居で新年祝賀の儀
元日に皇居では「新年祝賀の儀」が行われ、天皇陛下が「国の発展と国民の幸せを祈ります」
と新年の挨拶をされました。
「新年祝賀の儀」は、年の初めに天皇陛下が皇后さまとともに、皇族方や総理大臣、衆参両院
の議長と議員、それに日本に駐在する外国の大使などから新年のお祝いを受けられる儀式です。
皇居宮殿の「松の間」では、午前11時すぎから両陛下が皇太子さまなど皇族方とともに儀式
に臨まれました。
去年10月に三笠宮さまが亡くなり、喪に服している三笠宮妃の百合子さまなどは出席されま
せんでした。
はじめに、出席した衆参両院の議員や夫人を代表して大島衆議院議長と伊達参議院議長がそれ
ぞれ新年の挨拶をしました。
これに対し天皇陛下が「年頭に当たり国の発展と国民の幸せを祈ります」と述べられました。
両陛下は午前中、安倍総理大臣や閣僚それに最高裁判所の長官などからも挨拶を受けられまし
た。午後からは、日本に駐在する外国の大使などから挨拶を受けられることになっています。


平成29年1月1日の天皇陛下の行事
(宮内庁HPより)



新年を迎えられる天皇ご一家(宮内庁提供)
天皇ご一家近影(宮内庁提供)


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平成29年1月2日、皇居で一般参賀が執り行われました。
天皇皇后両陛下とともに皇太子同妃両殿下、秋篠宮同妃両殿下、眞子内親王殿下、佳子内親王殿下が宮殿
長和殿のベランダに計5回お出ましになられました。
天皇陛下は参賀者に対し「新年おめでとう。皆さんとともに、この日を祝うことをまことに喜ばしく思い
ます。本年が人々にとり、穏やかで心豊かに過ごせる年となるよう願っています。年頭にあたり、わが国
と世界の人々の平安を祈ります」
とのお言葉を述べられました。


新年一般参賀


2017年01月02日 読売新聞
一般参賀で天皇陛下「心豊かに過ごせる年に」
皇居で2日、新年恒例の一般参賀が行われた。
天皇、皇后両陛下や皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻らが午前、午後の計5回、宮殿のベランダに立ち、参賀者
の祝意に応えられた。天皇陛下は「本年が人々にとり穏やかで心豊かに過ごせる年となるよう願っています」
とあいさつされた。宮内庁によると、この日、皇居を訪れた参賀者は計9万6700人。
昨年8月に天皇陛下が退位の意向を示唆する「お言葉」を表明されたこともあり、皇太子ご夫妻の結婚翌年
の1994年(11万1700人)に次ぎ、平成に入って2番目の多さだった。
東京都八王子市の無職男性(63)は「退位後は拝見する機会がなくなってしまうかもしれないと思い、夫婦
で初めて一般参賀に来た。天皇陛下の生の声を聞かせていただき、感動した」と話していた。
1日には宮殿で「新年祝賀の儀」が行われ、両陛下が皇族方や安倍首相ら三権の長などから新年のあいさつ
を受けられた。


2017年1月2日
産経ニュース
平成で2番目の9万6千人超が祝う
陛下の譲位で関心高まる 4回目は入場制限

新年恒例の一般参賀が2日、皇居で行われ、天皇、皇后両陛下や皇族方が宮殿「長和殿」のベランダに立ち、
手を振って応えられた。宮内庁によると、計5回で9万6700人の参賀者が訪れた。
平成の新年一般参賀では、皇太子妃雅子さまがご成婚後初めて参列された6年に、計8回で11万1700
人が訪れたのが最多。今年はそれに次いで多かった。
天皇陛下が昨年8月に譲位の意向を示されたことで、国民の関心が高まったのが要因とみられる。
宮内庁によると、4回目だけで会場内の人数が2万6730人に達したため、入場を制限したという。
陛下は毎回、マイクを通じて「新年おめでとう。皆さんとともにこの日を祝うことを誠に喜ばしく思います。
本年が人々にとり、穏やかで心豊かに過ごせる年となるよう願っています」とあいさつをされた。


2017年1月2日
日本経済新聞/共同
陛下「人々の平安祈る」 新年一般参賀に9万人超
天皇陛下が新年に当たり、人々から祝賀を受ける恒例の新年一般参賀が2日、皇居で行われた。
陛下は宮殿・長和殿のベランダに立ち「人々にとり穏やかで心豊かに過ごせる年となるよう願っています。
わが国と世界の人々の平安を祈ります」とあいさつされた。
陛下は、皇后さまや皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻と長女眞子さま、次女佳子さまら成年皇族と共に並んだ。
一般参賀は午前と午後に計5回実施。宮内庁によると、平成に入って2番目に多い9万6700人が集った。
過去最多は皇太子妃雅子さまが初めて参加した1994年の11万1700人。この年は参賀の機会が8回あった。
昨年10月に亡くなった三笠宮さまの妻百合子さまは服喪期間のため欠席し、息子の妻の寛仁親王妃信子さ
まや高円宮妃久子さま、孫も参加しなかった。陛下の弟の常陸宮さまは車いすに乗り、妻の華子さまと共
に最初の2回だけ加わった。
陛下が退位の意向を強くにじませた昨年8月のビデオメッセージ以降、陛下の動静に注目が高まっている。
昨年12月23日の天皇誕生日を祝う一般参賀(3回)には、記帳と合わせ、平成に入って最多の計3万858
8人が訪れた。


2017年1月2日
朝日新聞デジタル
天皇陛下「穏やかで心豊かな年に」 皇居で新年一般参賀
新年恒例の一般参賀が2日、皇居であった。天皇陛下は皇后さまや皇太子ご夫妻ら皇族方と宮殿のベランダ
に立ち、「本年が人々にとり、穏やかで心豊かに過ごせる年となるよう願っています」と語った。
天皇陛下が昨年8月に退位の意向をにじませるお気持ちを表明し、注目が集まるなか、朝から多くの人たち
が足を運んだ。
陛下は「新年おめでとう。みなさんとともに、この日を祝うことを誠に喜ばしく思います」と述べ、「年頭
に当たり我が国と世界の人々の平安を祈ります」と話した。
宮内庁によると、天皇陛下や男性皇族方はモーニングコート。皇后さまは淡いうぐいす色、雅子さまはロイ
ヤルブルー、紀子さまは淡いあんず色、眞子さまはクリーム色、佳子さまは空色、常陸宮妃華子さまはブル
ー系のお長服姿。


2017年1月2日
毎日新聞
新年一般参賀 9万6700人…平成で2番目に多く
新年恒例の一般参賀が2日、皇居・宮殿で行われ、平成に入って2番目に多い9万6700人が集まった。
昨年8月に天皇陛下が退位の意向がにじむおことばを公表され、皇室への関心が高まったためとみられる。
天皇、皇后両陛下と皇太子ご夫妻、秋篠宮ご夫妻ら皇族方が宮殿・長和殿のベランダに5回立ち、笑顔で
手を振って応じられた。参賀の機会が7回から5回に減った2009年以降では最多の参賀者数だった。
天皇陛下は参賀者に「本年が人々にとり、穏やかで心豊かに過ごせる年となるよう願っています。年頭に
当たり、我が国と世界の人々の平安を祈ります」と述べた。
平成になって参賀者数が最多だったのは、皇太子妃雅子さまが結婚後に初めて出席した1994年。
この年の参賀の機会は8回で11万1700人だった。
今回は陛下のおことば公表から初の新年一般参賀で、「正月に陛下を見られるのは最後かもしれない」と
の思いで来た人や、初めて来たという人の姿も目立った。
福岡県筑後市の会社員、藤丸七次郎さん(68)は「今年が最後ではないかと思い家族と一緒に初めて来た。
お元気そうでうれしかった。退位をされるのなら残念だが、お元気にゆっくりしていただきたい」と話した。
大阪市東成区の会社員、石丸仁志さん(42)は「天皇陛下が退位されるのではとのニュースが話題になって
いるので来た。姿を見て声も聞くことができてよかった」と話していた。
昨年10月に三笠宮さまが100歳で亡くなったことを受け、妻百合子さまら三笠宮家と、三男の故高円宮
さまが創立した高円宮家のご家族は欠席した。
安倍晋三首相の私的諮問機関「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」は専門家からヒアリングする
など陛下の退位に関する議論を重ねており、月内に論点整理をまとめる予定。 (山田奈緒、高島博之) 


2017年1月2日
NHKニュース
皇居で新年一般参賀
2日、皇居で一般参賀が行われ、10万人近くが訪れました。天皇陛下は「わが国と世界の人々の平安を祈り
ます」とあいさつされました。
2日の東京は青空が広がる穏やかな天気となり、午前9時半に皇居の正門が開くと、待っていた1万1000
人余りが二重橋を通って宮殿の前に向かいました。
天皇皇后両陛下は、皇太子ご夫妻など皇族方とともに、午前中3回、宮殿のベランダに立ち、訪れた人たちに
笑顔で手を振って応えられました。
去年、三笠宮さまが亡くなり、喪に服している三笠宮妃の百合子さまなどは出席されませんでした。
天皇陛下は「新年おめでとう。皆さんとともに、この日を祝うことをまことに喜ばしく思います。本年が人々
にとり、穏やかで心豊かに過ごせる年となるよう願っています。年頭にあたり、わが国と世界の人々の平安を
祈ります」とあいさつされました。
天皇ご一家は、午後も2回、宮殿のベランダに立たれ、1日で平成に入って2番目に多い10万人近くが皇居
を訪れて新年を祝いました。
宮内庁は「天皇陛下が去年、お気持ちを表明された影響もあったと見られる」としています。

■訪れた人は
皇居を訪れた神奈川県の26歳の女性は「これまでは皇室に対して特別な思いはありませんでしたが、去年、
天皇陛下がお気持ちを表明され、今年は感謝の気持ちと、お元気でいて欲しいという思いで来ました。素敵な
姿を拝見できて嬉しいです」と話していました。
兵庫県の61歳の男性は「天皇陛下がお元気そうにされていて、私も良い正月を迎えられました。陛下は大変
な公務がめじろ押しなので、ゆっくりされて欲しいです」と話していました。
大阪の32歳の女性は「皇居ではたくさんの人たちが『天皇陛下』と声を上げていて、皆が天皇陛下のことを
思っているんだと感じました。天皇陛下には長く続けていただきたいという思いもありますが、私たちが立ち
入ることではないのかなとも感じます」と話していました。
埼玉県の37歳の男性は初めて3人の子供と訪れ、「自分自身、小学生の時は天皇陛下という方がいることを
あまり知らなかったので、子供たちには早いうちから実感を持って欲しいと思っています」と話していました。





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ケリー国務長官、天皇陛下に祝辞

12月23日の天皇陛下のお誕生日に際し、真面に報じていたのは産経新聞だけでした。その産経も報じな
かった故、どこのマスコミ・メディアも取り上げなかった事実があります。
12月21日に報道機関向け声明として、12月23日の天皇陛下のお誕生日に際し、米国のケリー国務長官が
大統領と米国国民を代表して「祝賀」の言葉を送られました。
過去に事例の無いことですし、しかも、親中派と言われるケリー国務長官が天皇陛下への祝賀を述べた
ことは、画期的かつ重要な意味を持つことだと思うのですが・・・。

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U.S. Department of State

The Emperor of Japan's Birthday

Press Statement
John Kerry
Secretary of State
Washington, DC
December 21, 2016

On behalf of President Barack Obama and the American people, I send warmest wishes and
congratulations to His Imperial Majesty on the occasion of his birthday on December 23.

In the more than quarter-century of Emperor Akihito’s reign, the ties between Japan and the
United States have flourished, and our alliance serves as a symbol of stability, friendship,
And mutual dedication to peaceful development in East Asia and the world.

The alliance took on an even deeper meaning earlier this year when President Obama and I
Had the honor of visiting the Hiroshima Peace Memorial Park and, along with our Japanese
hosts, reaffirmed our commitment to creating a world that will never again suffer the devast
ating effects of nuclear weapons. The United States looks forward to cooperating with Japan
to expand the work we have begun in so many important areas: the peaceful exploration of
space, protecting the environment, advancing healthcare, and protecting human rights, just
to name a few.

On the 83rd birthday of the Emperor of Japan we extend our gratitude to Emperor Akihito and
the people of Japan for their unwavering friendship and commitment to our shared values.




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奉祝天長節

 平成弐七年壱弐月弐参日

天皇陛下の御誕生日を心より御祝い申し上げ、陛下の御長寿と御皇室の弥栄を
御祈念申し上げます。

12月24日 産経 天皇誕生日 一般参賀 


天皇陛下におかれましては、一般参賀者に対し以下のお言葉をお述べになられました。

「誕生日に当たり、寄せられた祝意に対し、深く感謝致します。
ニュースで伝えられたように、昨日は新潟で強風の中、大きな火災がありました。
多くの人が寒さの中、避難を余儀なくされており、健康に障りのないことを願っ
ています。冬至が過ぎ、今年もあとわずかとなりましたが、来年が明るく、また、
穏やかな年となることを念じ、皆さんの健康と幸せを祈ります」


宮内庁によれば、記帳を含めて3万8千人以上の参賀者が皇居を訪れ、平成では最多となったそうです。

天皇誕生日 一般参賀
(12月23日 毎日新聞より)


12月24日 産経 一般参賀の推移
(12月24日 産経新聞より)


12月23日 産経 天皇陛下83歳

(12月23日 産経新聞より)

譲位と向き合われた1年 公務軽減は「困難」
天皇陛下が23日の誕生日を前にした記者会見で、8月のお言葉表明以降初めて、譲位の問題に
言及された。昨年の誕生日会見に前後して宮内庁、政府との間でお言葉の調整を続け、表明後は
政府の有識者会議の議論を見守るなど譲位に向き合われた1年だった。
譲位の意向の端緒となった象徴としての公務は以前とほぼ同じ活動量で、宮内庁は「公務の削減
は困難」との見解を崩していない。
陛下は昨年8月15日の全国戦没者追悼式で段取りを誤り、同12月の誕生日会見では「年齢と
いうものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました」と述べられた。
陛下は遅くとも平成22年7月には周囲に譲位の意向を伝えられ、宮内庁側は公表の時期を模索。
今年に入り、フィリピンでの慰霊、熊本地震の被災地慰問などを経た陛下がさらに思いを深めら
れ、8月のお言葉表明に至った。
公表方法については、陛下が最後まで国民に直接語りかける生中継での会見にこだわられた。
ただ、やり直しがきかない生中継のリスクは大きく、東日本大震災後と同じビデオメッセージで
落ち着いたという。
陛下はお言葉の中で「全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなる」と述べ
る一方、「国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、無理があろう」
と強調された。
宮内庁によると、この1年も法律の公布など内閣からの書類に目を通し、署名と押印をされたの
は1031件。新任の外国大使36人への信任状捧呈式に臨まれた。
公務を伴う地方ご訪問は10府県に上った。
宮内庁は21年、式典でのお言葉を原則取りやめるなどのご負担軽減策を公表。
今年5月にも10件程度の公務を取りやめるか、皇太子ご夫妻に譲られたが、数字上、目に見え
る大幅な削減は実現していない。
宮内庁関係者は「現在の議論とは別」と前置きした上で「世界的に交流する国の数が増え、国内
でも災害が頻発するなどした結果、陛下の意向に関わらず公務が増えている背景も理解してほし
い」と訴えた。

~参考~
平成28年 天皇皇后両陛下行幸啓など
・1月26~30日 フィリピンご訪問
・3月16日~18日 福島県及び宮城県行幸啓(東日本大震災復興状況ご視察)
・4月2日~4日 奈良県行幸啓(神武天皇二千六百年ご式年に当たり神武天皇陵ご参拝)
・5月19日 熊本県行幸啓(熊本地震による被災地お見舞)
・5月31日 小金井市行幸啓(東京都)
・6月4日~6日 長野県行幸啓(第67回全国植樹祭ご臨場、地方事情ご視察)
・9月10日~12日 山形県行幸啓(第36回全国豊かな海づくり大会ご臨席、地方事情ご視察)
・9月28日~10月2日 岩手県行幸啓(第71回国民体育大会ご臨場、東日本大震災復興状況ご視察)
・10月11日 ベルギー国王陛下及び王妃陛下 国賓歓迎行事
・10月12日 茨城県行幸啓
・10月23日~10月26日 京都府行幸啓(第40回国際外科学会世界総会開会式ご臨席)
・11月16日~18日 愛知県及び長野県行幸啓
・11月30日 シンガポール大統領閣下及び同令夫人 国賓歓迎行事
(宮内庁HPより抜粋)

12月23日 産経 天皇陛下の1年
(12月23日 産経新聞より)



天皇陛下、83歳の誕生日 事前の会見でお言葉述べられる

(FNNslineより)

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12月23日 産経 「主張」天皇陛下83歳 

1223日 産経新聞より)



平成28年8月8日
宮内庁HPより
象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば

戦後70年という大きな節目を過ぎ、2年後には、平成30年を迎えます。
私も八十を越え、体力の面などから様々な制約を覚えることもあり、ここ数年、天皇としての自らの歩み
を振り返るとともに、この先の自分の在り方や務めにつき、思いを致すようになりました。
本日は、社会の高齢化が進む中、天皇もまた高齢となった場合、どのような在り方が望ましいか、天皇と
いう立場上、現行の皇室制度に具体的に触れることは控えながら、私が個人として、これまでに考えて来
たことを話したいと思います。
即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、
日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に
日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社
会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています。
そのような中、何年か前のことになりますが、2度の外科手術を受け、加えて高齢による体力の低下を覚
えるようになった頃から、これから先、従来のように重い務めを果たすことが困難になった場合、どのよ
うに身を処していくことが、国にとり、国民にとり、また、私のあとを歩む皇族にとり良いことであるか
につき、考えるようになりました。既に八十を越え、幸いに健康であるとは申せ、次第に進む身体の衰え
を考慮する時、これまでのように、全身全霊をもって象徴の務めを果たしていくことが、難しくなるので
はないかと案じています。
私が天皇の位についてから、ほぼ28年、この間(かん)私は、我が国における多くの喜びの時、また悲
しみの時を、人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして、何よりもまず国民の安寧と
幸せを祈ることを大切に考えて来ましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声
に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました
。天皇が象徴であると共に、国民統合の
象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、天皇
もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らの内に育
てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私
は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共
に行(おこな)って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地
道に支える市井(しせい)の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、
国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せな
ことでした。
天皇の高齢化に伴う対処の仕方が、国事行為や、その象徴としての行為を限りなく縮小していくことには、
無理があろうと思われます。また、天皇が未成年であったり、重病などによりその機能を果たし得なくな
った場合には、天皇の行為を代行する摂政を置くことも考えられます。しかし、この場合も、天皇が十分
にその立場に求められる務めを果たせぬまま、生涯の終わりに至るまで天皇であり続けることに変わりは
ありません。
天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民
の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます。更にこれまでの皇室のしきたりとして、天皇の終焉
に当たっては、重い殯(もがり)の行事が連日ほぼ2ヶ月にわたって続き、その後喪儀に関連する行事が、
1年間続きます。その様々な行事と、新時代に関わる諸行事が同時に進行することから、行事に関わる人
々、とりわけ残される家族は、非常に厳しい状況下に置かれざるを得ません。こうした事態を避けること
は出来ないものだろうかとの思いが、胸に去来することもあります。
始めにも述べましたように、憲法の下(もと)、天皇は国政に関する権能を有しません。そうした中で、こ
のたび我が国の長い天皇の歴
史を改めて振り返りつつ、これからも皇室がどのような時にも国民と共にあり
、相たずさえてこの
国の未来を築いていけるよう、そして象徴天皇の務めが常に途切れることなく、安定的
に続いていくことをひとえに念じ、ここに私の気持ちをお話しいたしました

国民の理解を得られることを、切に願っています。






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敬頌新禧

平成28年 丙申(ひのえさる)

皆様、明けまして御目出度うございます。
皇紀2676年を迎えるに当り、御皇室の弥栄を寿ぐとともに、皆様の平安とご多幸を祈念申し
上げます。


1月1日 産経 天皇陛下 新年のご感想5
(平成28年1月1日 産経新聞より)


1月1日 NHK 新年祝賀の儀
(平成28年1月1日 NHKニュースより)

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平成28年1月1日 首相官邸HPより
安倍内閣総理大臣 平成28年 年頭所感

あけましておめでとうございます。
「石の上にも三年」
東北の被災地では、災害公営住宅への入居が進んでいます。新たな産業の芽も育ち、復興は新たなステージに移ろう
としています。
地球儀を俯瞰する視点で展開してきた、平和外交、そして経済外交も、大きな実を結びつつあります。
平和安全法制によって、あらゆる事態に万全の備えを行い、戦争を未然に防ぐ。私たちの子や孫の世代に平和な日本
を引き渡していく基盤を築くこともできました。
そして、20年近く日本経済を低迷させる原因となってきたデフレとの闘い。この3年間、経済の再生に全力を挙げ
てきました。その結果、雇用は100万人以上増え、17年ぶりの高い賃上げ。
昨年、青森、秋田、徳島、高知、福岡、熊本、沖縄の7県で有効求人倍率が過去最高を記録するなど、地方創生も着
実に進んでいます。もはやデフレではない。私たちは3年間で、そういう状況を創ることができました。
すべては、安倍政権の改革に、ご理解とご協力を賜り、大きな力を与えて下さった、国民の皆様のおかげです。
4年目の年頭にあたり、改めて、心より感謝申し上げたいと思います。

「築城三年、落城一日」
政府には、常に国民の厳しい目が注がれている。そのことを肝に銘じ、さらに高い緊張感を持って、政権運営にあた
っていかなければならない。その思いを、新年にあたって、新たにしています。
本年、新たな挑戦が始まります。
「少子高齢化」という構造的な課題に、真正面から、立ち向かう。「一億総活躍」社会への挑戦です。
半世紀前、初めて日本の人口が一億人を超えました。高度成長の真っただ中で、頑張った人が報われる、今日よりも
明日はもっと豊かになる。その実感があった時代です。
半世紀後の未来でも、人口一億人を維持する。お年寄りも若者も、女性も男性も、一度失敗を経験した人も、難病や
障害のある方も、誰もが、もう一歩前に踏み出すことができる。「一億総活躍」の社会を創り上げることは、今を生
きる私たちの、次世代に対する責任です。「戦後最大のGDP600兆円」「希望出生率1.8」「介護離職ゼロ」
という3つの明確な「的」を掲げ、新しい「三本の矢」を放ちます。いよいよ「一億総活躍・元年」の幕開けです。
いずれも、最初から設計図があるような簡単な課題ではありません。困難は、もとより覚悟の上です。
しかし、「未来」は他人から与えられるものではありません。私たちが、自らの手で切り拓いていくべきものであり
ます。そのスタートを切る本年は、挑戦、挑戦、そして、挑戦あるのみ。未来へと果敢に「挑戦する一年」とする。
その決意であります。
本日から日本は国連安全保障理事会の非常任理事国に就任し、世界の平和と安定に大きな責任を担うこととなります。
さらに本年、伊勢志摩に世界の主要なリーダーたちを招き、サミットを開催します。
日本とアフリカの首脳たちが一堂に会するTICADも行います。日中韓サミットも日本が議長国です。
日本が、まさに世界の中心で輝く一年であります。
不透明さを増す世界経済、テロとの闘い、貧困や開発の問題、さらには気候変動。世界は常に様々な課題に直面して
います。 より良い未来、より良い世界を築くための国際社会による挑戦に、終わりはありません。
そうした世界の中にあって、日本は、しっかりとリーダーシップを発揮してまいります。

最後に、国民の皆様の一層の御理解と御支援をお願い申し上げるとともに、本年が、皆様一人ひとりにとって、実り
多き素晴らしい一年となりますよう、心よりお祈り申し上げます。

                                        平成28年1月1日
                                        内閣総理大臣 安倍 晋三

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
平成28年1月1日
安倍 晋三fbより

1月1日 安倍総理fbより

明けましておめでとうございます。
昨年は様々な事に挑戦いたしましたが、御支援いただきありがとうございました。
本年もより良い年にしていくため全力を尽くして参ります。
皆様にとっても今年一年が素晴らしい年となりますよう祈念いたします。







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