筑紫の国の片隅で…

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南朝鮮のプロパガンダ報道

2月27日に南朝鮮のマスコミが「日本軍による朝鮮人慰安婦に対する大量虐殺の証拠」として、米国国立公文書記録管理
局所蔵の19秒の無音の白黒フィルムと公文書を公開しました。

KBSNEWS


ニュースキャスター:身の毛のよだつような映像が公開されました。
第二次世界大戦の終戦間際に、日本軍の軍人たちが朝鮮人性奴隷たちを殺害した場面です。
日本政府は継続的に否定していますが、残忍な戦争犯罪が明るみに出ました。

ナレーション:丘に放置された5人か6人の裸の死体です。その集団の1人から連合軍の軍人
がソックスを脱がせています。焼かれた死体からいまだに煙が上っています。
これは19秒のビデオで、支那の騰越で1944年9月15日に米国人カメラマンによって納めら
れたものです。連合軍の報告書によれば、日本軍の兵士が30人の朝鮮人女性を撃ち殺した
との事です。

Kang Seoung-hyunソウル大学教授:この動画は様々な大量虐殺に関する証言を裏付け
る強力な証拠です。これは日本の兵士たちによって犯された戦争犯罪の強力な証拠です。

ナレーション:動画は70年ほどして始めて公開されました。
国立ソウル大学校の調査チームが米国国立公文書記録管理局での調査で発見したものです。

小林久公(ひさとも)日本軍『慰安婦』問題解決全国行動 資料チーム
あれを見て大変ショックでした。このショック、多分、多くの日本人もそういうショック
を受けると思うのです。

ナレーション:日本政府の継続的な否定にもかかわらず、74年前のこのビデオが日本軍に
残虐な行為を物語っています。


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ソウル大人権センターが新発見と言っているのは、「短い動画が見つかった」ということで、これまで知られていた写真
と同じものです。具体的な内容が無いのは、これまでに発掘された以上のものが無かったからで、学術的な信憑性を欠い
ています。あとは手前勝手な解釈により「虐殺の証拠」と言っているに過ぎません。日本を悪者扱いにするプロパガンダ
だと思われます。
「拉孟・騰越(らもう・とうえつ)の戦い」において、日本軍は騰越城内から敵陣地に突入。3名を残して玉砕(全滅)
しています。支那側の資料『騰衝會戰概要』には、この戦闘での傷亡人数が以下のように記載されています。
《 日方2,700餘人、几乎全員戰死、自殺或胁迫自殺。遠征軍生俘日方軍官4員、士兵20餘名、印緬籍軍伕30餘名、
  慰安婦18名 》
https://zh.wikipedia.org/wiki/騰衝戰役
ちなみに、この慰安婦18名は死者ではなく捕虜です(陶達綱の『嗔西抗日血戦写実』によると「台湾人3人、朝鮮人2人、
残りは日本人の合計18名の営妓」と記されています)。
この資料には当時の日本軍の窮状を示す内容もあり、11日には手榴弾を含め全ての弾薬を使い切ったと書かれていますか
ら、13日の夜に30人もの朝鮮人婦女達を撃ち殺すことなど不可能なはずです。
この件については、約20年前に浅野豊美・早稲田大教授が検証された論文「雲南・ビルマ最前線における慰安婦達 死者
は語る」
http://www.awf.or.jp/pdf/0062_p061_088.pdf )が、アジア女性基金の資料に有ります。
今回の報道をうけて、浅野豊美氏は自身のfbに以下の様に投稿されていました。

浅野 豊美fb(3月1日)より( https://www.facebook.com/toyasano/posts/1672700286121706 )
この写真は、山の斜面で、しかも埋められていないことから、虐殺ではなく砲撃の犠牲になったことを
20年前のアジア女性基金の報告書で紹介した
( http://www.awf.or.jp/pdf/0062_p061_088.pdf )。
ようやく韓国社会の世論の注目を集めていることは感慨深い。
しかしこの報告書はだいぶ改良されて岩波の世界の99年11月号の論文、および軍事史学2008年の日中
戦争再論に掲載された論文となった。
ビルマ人の証言で30人を日本軍が殺したと言う資料がある事は無視できない反面で、玉砕が北東の城壁
の角で行われていること、外に城壁を守るための陣地はあったものの30人を連れ出して外で虐殺できる
ような余裕は守備隊になかったと考えられること、写真が城壁の外に遺体があることを示していること、
城壁内に追い詰められる前の段階で城壁の外で虐殺されていたとすれば、ご遺体の腐乱は相当進んでい
たはずであること、台湾人朝鮮人日本人の慰安婦が生き残って中国軍の捕虜となり、写真まで取られて
いること。
以上を考えると、朝鮮人慰安婦のご遺体の写真は、城壁の穴から最後の夜に集団で日韓台の慰安婦達が
脱出したときに迫撃砲弾を浴びて散会した際に犠牲になった女性である可能性が高い
と思う。
もしかしたら、脱出の混乱の中で射殺された慰安婦がいたかもしれないけれど、それは、日本の守備隊
自体が玉砕する過程で道ずれにされたのではなかろうか。脱出と玉砕がせめぎあう混乱の中で、一緒に
死を選ぶべく射殺された慰安婦がいて、その現場から飛び出したのが日韓台の慰安婦達であったのかも
しれない。


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2018年2月27日 ハンギョレより
http://japan.hani.co.kr/arti/politics/29893.html
日本軍“慰安婦被害者虐殺”映像が初めて出てきた



日本軍が敗戦直前に朝鮮人「慰安婦」被害女性たちを集団虐殺した事実を見せる映像と文書が初めて出てきた。
ソウル市とソウル大人権センターは27日、ソウル市庁で開かれた「韓・中・日 日本軍慰安婦国際カンファレンス」で、
朝鮮人慰安婦被害者の虐殺現場を撮影した映像を初めて公開した。
映像は、ソウル市とソウル大人権センターのチョン・ジンソン教授の研究チームが2016~2017年に二度にかけて米国
立文書記録管理庁(NARA)を訪れて資料調査と発掘作業を経て公開したものだ。
日本軍が「慰安婦」被害者を虐殺したという記録は、当時中国国民党の機関紙「掃蕩報」(1944年9月18日)など一部の
メディアの記事としては残っているが、映像が公開されたのは初めてだ。
これまで「慰安婦」の強制連行と虐殺を否定してきた日本政府の主張に正面から反論する資料である。
映像では埋葬しにきたと見られるある中国軍人が、裸にされた遺体を見回し、ある遺体から靴下を脱がせる場面が出て
くる。画面の片側には煙が広がり始めている。研究陣は「公開本では曇らせて処理したが、元の映像では頭が無かった
り身体の一部だけが残っている遺体もあり、当時の残忍な状況をうかがわせる」と話した。
ナチスドイツのユダヤ人虐殺現場を見るようなこの映像は、1944年9月15日に中国雲南省の騰衝で、連合軍164通信隊
写真中隊のボールドウィン兵士が撮ったものだ。長さ19秒の映像の中間7秒は騰衝城門付近、前後の6秒は騰衝城内を映
している。映像を発掘したソウル市とソウル大人権センターは、同時に公開された連合軍報告文書などを通して、この
映像が「当時日本軍に強制動員された朝鮮人慰安婦被害者が集団銃殺された現場」という結論を下した。
1944年5月、米中連合軍は中国の西南側に沿って日本軍の通信線を切る「サルウィン作戦」を繰り広げ、日本軍が占領
した雲南省のスンサン、騰衝、龍陵を順に占領した。敗戦が差し迫った1944年9月、当時日本の作戦参謀であった辻政
信大佐は、中国のスンサンと騰衝に駐留していた日本軍に「支援兵力が到着する10月まで抵抗を続けよ」と指示した。
歴史学者は、これを事実上の「玉砕(強制的集団自決)指示」と解釈している。
スンサンと騰衝には朝鮮人慰安婦70~80人がいたが、玉砕を拒否した朝鮮人慰安婦被害者の大部分を日本軍が殺害した
と推測される。
9月14日、米中連合第54軍が午後6時55分に報告した情報文書には「9月13日夜、日本軍は(騰衝)城内にいる朝鮮人女性
30人を銃殺した」と記録している。
昨年、研究陣は日本軍慰安婦として連れて行かれたがスンサンを脱出した女性7人を撮影した写真を公開した。写真には
臨月の女性が写っていたが、2000年12月に東京で開かれた「日本軍性奴隷戦犯女性国際法廷」の準備過程で写真の中の
臨月の女性は自身であると明らかにしたパク・ヨンシムさんであった。
当時の人名簿と捕虜記録を通じてみる時、スンサンと騰衝にいた慰安婦被害者23人は脱出し、30人は集団虐殺されたと
見られる。その他に確認できない死も多い。
1997年に、中国で虐殺された朝鮮女性たちの遺体を写した写真が報道された。当時の写真には明確な説明や関連資料が
なく、慰安婦被害者虐殺の証拠として認定するのに論議があった。
研究陣は、戦争当時は動画記者と写真記者が一緒に活動したという点に注目して、これまで写真と共に撮影されたかも
知れない映像を探してきた。
今回公開された映像と写真には、同じ身なりの中国軍人が出てくる。撮影角度と遺体の状態を見る時、映像と写真は同
じところで撮影されたと推定される。発掘を進めた聖公会大のカン・ソンヒョン教授は「当時の戦況を報告した文書は
すべて受動態の文章であったが、唯一1944年9月14日の記録だけが『日本軍が銃殺した』と主体を明示した。
すでに発見された写真と今回確認した映像、文書を交差分析し、慰安婦虐殺の客観的証拠として提示することができた」
と話した。今回の虐殺動画は、日本軍が朝鮮人慰安婦被害者をどんな存在として取り扱ったかを明確に見せる資料だ。
種々の軍資料から、日本軍は慰安婦被害者を人間ではなく“特殊補給品”に分類し、強制的に連れてきて性的道具として
使い廃棄するかのように虐殺した。
カン・ソンヒョン教授は「日本は安倍政権になって慰安婦被害者の証言さえ明確な証拠ではないとし握りつぶしてきた
が、今回公開された資料を通じて戦時動員体制で強行された極端な人権抹殺事例を正面から直視しなければならない。
最近の日本における修正歴史主義、証拠主義傾向を覆す事例になることを希望する」と話した。
今回のカンファレンスに参加した「日本軍『慰安婦』問題解決全国行動」の小林久公氏は「日本政府は慰安婦強制連行
を直接示す資料は目につかないとし、相変らず責任を否定している。だが昨年、日本の国立公文書館が、日本軍がバリ
島などに直接慰安婦を動員し性奴隷生活を強要した記録文書182点を内閣官房に提出するなど、慰安婦資料を通じて真
実は明らかになり続けている」として安倍内閣の態度変化を求めた。
韓国、中国、日本の慰安婦問題専門家が参加したカンファレンスで、パク・チョンエ東国大学対外交流研究院研究教授
らは、男性軍人の視角で記録された残忍な動画と写真を公開する前に感じた悩みを話し「日本政府の加害責任を立証す
る資料はすでに豊富なのだから、今後は資料を公開する前に慰安婦の人権と個人情報を保護する方法を討論しなければ
ならない時期」とも提案した。 (ナム・ウンジュ記者)

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2018年2月27日 中央日報日本語版より
http://japanese.joins.com/article/072/239072.html
ソウル市、旧日本軍の「朝鮮人慰安婦」虐殺映像を初めて公開

中国雲南省騰沖で 
中国雲南省騰沖で朝鮮人慰安婦が虐殺されて捨てられる場面を撮った写真。
米軍写真兵フランク・マンウォレン(Frank Manwarren)氏が撮影した。
(ソウル市・ソウル大人権センター提供)


ソウル市が三一節(抗日独立運動記念日)99周年を記念して27日に開催した韓日中「日本軍慰安婦国際
カンファレンス」で、旧日本軍の朝鮮人慰安婦虐殺を見せる映像を初めて公開した。
終戦前の1944年、中国雲南省騰沖で朝鮮人慰安婦が虐殺されて捨てられる場面を見せる19秒間の白黒
映像だ。ソウル市とソウル大人権センターが2016年と17年の2回、米国立公文書記録管理局(NAR
A)を訪問して資料調査と発掘作業を行った結果、撮影から70余年後に映像が公開された。
映像には、朝鮮人慰安婦が旧日本軍によって殺害された後に捨てられる残酷な場面が映っている。周辺では
遺体を埋葬しにきたとみられる中国軍兵士2、3人の姿も見える。連合軍164通信隊写真中隊のボルドウ
ィン兵士が1944年9月15日に撮影したもので、映像の場所は中国雲南省騰沖と推定される。
ソウル市とソウル大人権センターはこの映像資料1点をはじめ、写真資料2点、当時の米中連合軍が作成し
た作戦日誌をはじめ、旧日本軍の慰安婦虐殺を裏付ける文書14点も共に公開した。
映像と共に公開された連合軍情報文書には騰沖が陥落する直前の1944年9月13日夜、旧日本軍が朝鮮
人女性30人を銃殺したと記録されている。
旧日本軍が慰安婦を虐殺したという証言、記事などが公開されたことはあるが、朝鮮人慰安婦を含む旧日本
軍の慰安婦虐殺現場が撮影された映像が公開されたのは今回が初めて。
朴元淳(パク・ウォンスン)ソウル市長は「国を失って力がない祖国で女性と少女がどんな苦痛を経験した
のか、あまりにも胸が痛む現実を私たちは直視している」とし「このような不幸な歴史も記録して記憶して
こそ二度と繰り返さないだけに、今後もソウル市が可能なすべての力と資源を集中し、歴史を記憶して正す
作業に率先していく」と述べた。

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3月1日 OUTSIDESOUNDより




動画に添付されている説明書き
(動画に添付されている説明書き)


【拉孟・騰越(らもう・とうえつ)の戦い】
1944年6月2日から9月14日まで中国・雲南省とビルマ(現ミャンマー)との国境付近にある拉孟
(保山市竜陵県)・騰越(同市騰衝市)地区で行われた、日本軍と中国国民党軍・アメリカ軍
(雲南遠征軍)の陸上戦闘。第56師団(福岡県久留米市)の一部が玉砕・全滅した。この戦闘に
おける日本軍の戦死者は約2800名。

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2018年3月3日 zakzak(夕刊フジ)より
『慰安婦虐殺記録』に大疑義 「新発見ではない」
慰安婦問題では、ソウル市も2月27日、旧日本軍が慰安婦を虐殺したという映像や写真、文書を、米国立公文書
館で発見したと公表した。韓国メディアなどが報じたが、これには大きな疑義がある。
安全保障や戦史について研究・執筆するジャーナリスト、石井孝明氏が緊急寄稿した。
問題の資料は、ソウル市とソウル大人権センターとの共同調査で見つけたといい、太平洋戦争中の1944年、中
国南部雲南省・騰越(現・騰衝市)の記録だという。ネットで公開された約20秒の映像や写真を見ると遺体の埋
葬光景だ。写真は、女性のためのアジア平和国民基金が発行した『「慰安婦」問題調査報告・1999』内の論稿
「雲南・ビルマ最前線における慰安婦達-死者は語る」で紹介されており、新発見ではない。
同稿によると写真説明には、「(遺体の)大半は日本軍基地にいた朝鮮人女性たち」と書いてあったそうだ。
中国国民党軍に同行した米軍人が撮影したもので、正確な情報とは思えない。
44年6月から9月、雲南省と北ビルマ(現・ミャンマー北部)の国境付近で、米軍に指導された中国国民党軍と
日本軍が激突した。この戦いで、米軍式装備をした約30万人の中国国民党軍は、2、3万人の日本軍を圧倒。
日本軍は拉孟と騰越の2都市で、陸軍第56師団(福岡県久留米市)の一部が玉砕した。
日本軍側の資料には、朝鮮人慰安婦を殺害した記録はない。前出の調査報告によると、ここで慰安婦18人(=台
湾人3人、朝鮮人2人、残りは日本人)が、中国国民党軍の捕虜となっている。これは日本軍が慰安婦を組織的に
殺害していない証拠となるだろう。
北ビルマで戦った陸軍第33軍の参謀、野口省己少佐は手記『回想ビルマ作戦』(光人社)を残している。
同著によると、「慰安婦約20人が拉孟で死亡したもよう」という報告に、同軍作戦参謀の辻政信大佐は衝撃を受
け、慰安婦などの民間人を後方に下げるよう反対を抑えて実行した。
辻は戦史に頻繁に登場する有名な軍人で有能さの半面、捕虜への残虐行為でも知られる。その彼でも慰安婦を虐殺
する発想はなかった。日本軍にその動機はない。
朝鮮人慰安婦は、戦場近くで戦闘に巻き込まれて亡くなった可能性がある。哀悼の念を示したいが、虐殺の証拠は
ない。
ソウル市の記録公表は、騰越の戦いでの日本軍戦死者約2800人や、ビルマ戦線の戦死者約16万4500人の
「名誉の問題」に直結する。日本政府は実態を調査して、同市に発表の疑義を指摘すべきだ。

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~参考その①~

2018年02月28日 記者石井孝明のブログより
http://blog.livedoor.jp/ishiitakaaki3/archives/7388976.html
「ソウル市、旧日本軍の「朝鮮人慰安婦」虐殺映像を初めて公開」はフェイクニュース
■韓国の怪しい報道
韓国メディアが、「ソウル市、旧日本軍の朝鮮人慰安婦虐殺映像を初めて公開」(中央日報)という情報を伝えた。
ソウル市とソウル大人権センターが、米国立公文書記録管理局(NARA)を訪問して資料調査を行った結果、見
つかったという。(中央日報記事)
場所は現中国雲南省の騰越だ。 ここでは1944年9月に2ヶ月の戦闘で、第56師団(久留米)の一部が玉砕、つまり
全滅した。日本軍の戦死者は2800名という。
映像は不鮮明だ。日本のネット上では、写真のコマ数が多く映像が明瞭など怪しさを指摘する声が多かった。
当時は映像のコマを写す撮影機の能力が乏しく鮮明にならない。ただ写真で見る限り、中華民国兵の軍服で、映像
は本物の可能性がある。 ただし、遺体の片付けしか映っていない。殺害場面ではない。
韓国は、日本軍が慰安婦を殺害したとしている。しかし、それは違う。
日本のアジア女性基金の資料集に「雲南・ビルマ最前線における慰安婦達-死者は語る」という文章がある。
早稲田大学の浅野豊美教授の文章だ。同じアングルの写真がこの67、68ページに掲載されている。すでに写真
では、見つかった資料だ。浅野氏は米公文書館からこの写真を見つけている。さらに、この戦いの後で慰安婦18人
(台湾人3人、朝鮮人2人、残り日本人)が捕虜になったことを伝えている。
慰安婦らからは日本軍が組織的に殺害した証言はない。また捕虜が出たということは、殺害が広範囲に行われてい
ないことの証拠になるだろう。遺体の女性らは、戦闘に巻きこまれたものと推定される。
また写真の説明に「朝鮮人」とは書かれているが、その他の文字の判読は難しいという。日本軍が殺害したとは書
いていないようだ。遺体の一部が裸らしいのは時間が経過し、引っ張って埋葬の穴に入れために、服が脱げたのだ
ろう。

■ビルマの戦い
私は、野口省己陸軍少佐、33軍参謀の「回想ビルマ戦線」、辻政信陸軍大佐、33軍参謀の「十五対一」という2つ
のビルマ戦線の回顧録を読んだ。 この1944年に生じたビルマの戦いでは、中国軍の来襲は予想されていた。
しかし、米国式装備の中国軍30万に日本軍は弱体化した2−3万人の兵士しかいなかった。
それが辻大佐の15対1の名前の由来である。(ウィキ拉孟・騰越の戦い) 日本軍は中国軍に押され、2つの都市で
玉砕してしまう。今は両方の回顧録とも手元にないが、その中で慰安婦が行方不明になったという記述がある。
野口参謀の手記によれば、拉孟で慰安婦約20人が行方不明、おそらく戦闘に巻きこまれたと報告があったとき、辻
参謀は民間人がなんでいるんだと怒り、前線近くの慰安所を撤収させたという。彼はエキセントリックだが有能で、
人情に厚い毀誉褒貶のある人物だ。ビルマでも越権行為と活躍の双方を見せる。その彼も慰安婦を殺害するなどと
いう発想は毛頭なかった。 慰安婦がいたことは、別に軍の中で隠されたことでもなかった。
作戦に熱中していた辻参謀が、最前線の部隊に慰安婦が一緒にいたことを、どうも知らなかったようだ。
おそらく北ビルマに朝鮮人慰安婦はいた。そして、戦闘に巻きこまれ亡くなった可能性がある。
その点で、故郷を離れて亡くなった女性たちは、あまりにも気の毒で深い哀悼の念を示したい。
また女性民間人を最前線付近に置いたことは、当然現地部隊は批判されるべきだ。しかし、日本軍が朝鮮人慰安婦
らを積極的に、組織的に殺害した記録も証拠もない。日本軍にその必要もない。
韓国ソウル市、ソウル大学の新資料と称するものは、すでに見つかった資料であり、新発見ではないし、日本軍に
よる慰安婦虐殺を示したものでもない。それを伝える韓国メディアは、「フェイクニュース」を流したようだ。
さらに日本でも知る人の少なくなった雲南・北ビルマの戦いの情報を韓国人が調査するのは、日本人の協力者がい
るだろうと私は推定した。
予想通り、韓国メディアの報道では、日本にあるのに慰安婦問題を糾弾し続けるWAM(アクティブミュージアム 
女たちの戦争と平和資料館)が、ソウル市のシンポジウムに出席し、調査に協力していると書いてある。
反日活動で有名な「西早稲田界隈の組織」(西早稲田2-3-18に集まる、キリスト教、韓国関係団体)の一つだ

ビルマの戦いでの日本人の戦没者数は16万4500人。その英霊の名誉の問題だ。慰安婦を、日本軍は虐殺などして
いない。私は、この事実を日本人に知ってほしい。
また日本政府は実態を調査し、韓国のソウル市、ソウル大学に事実を伝えるべきであろう。



~参考その②~
2月28日 木走日記(
http://d.hatena.ne.jp/kibashiri/ )より
韓国の『朝鮮人慰安婦虐殺映像資料』は歴史的事実と矛盾しているとおもう






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テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

シャピロ博士から朴槿惠大統領への公開声明

クリントン政権で商務省次官を務めた経済学者のロバート・J・シャピロ博士が、You Tubeにアップした朴槿惠大統領
に向けたスピーチを、ケント・ギルバート氏が翻訳し自身のブログで紹介してくれています。
博士の語る内容に首を傾げたくなる箇所もありますが、我が国のへたれ外務省がやるべき情報発信を、米国の著名人
が世界に向けて発信してくれるのは、ありがたいことだと思います。ケント・ギルバート氏にも感謝です。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ケント・ギルバートの知ってるつもり」より( http://ameblo.jp/workingkent/entry-11975133087.html
2015年1月9日
シャピロ博士から朴槿惠大統領への公開声明
アメリカ人であれば、クリントン政権時代に商務省次官を務めた、著名かつ高名な経済学者、ロバート・J・シャピロ
博士の名前を聞いたことがあると思います。
このたびシャピロ博士が韓国の朴槿惠大統領に向けた非常に興味深いスピーチを、You Tubeにアップしたことで
韓国のネットユーザーは大騒ぎしています。
私が調べた時点では、博士のスピーチは英語のみで日本語字幕付きの動画が見当たらなかったので、スピーチの
文字起こしと日本語への翻訳をしてみました。(略)

ロバート・J・シャピロ博士の韓国大統領 朴槿惠氏に対する公開声明


朴大統領 本日、私は友人の一人として、また韓国という国のファンとして、それから、絶望的に貧しかった農業経済国
から世界的な経済先進国の一つになった貴国の目覚ましい発展に関する論文を数多く書いてきた経済学者の一人と
して、話をさせていただきます。
韓国という国は過去50年間における最も偉大な経済成功物語そのものです。しかし韓国は今日、新しい課題に直面し
ています。そしてこの課題は、韓国という国が次の10年間も繁栄を継続できるか否かの問題に影響を与えるはずです。
初めに、大統領。 言論の自由は真の民主主義の存在を証明するものですが、貴国ではこれが侵されています。
加藤哲也氏(産経新聞前ソウル支局長)を名誉棄損罪で起訴した件は、外国人記者に対する韓国内での不当なハラス
メント傾向の一例です。
国連はご存知の通り、韓国内における非韓国人に対する差別について、公式に調査を行う方針を打ち出しています。
人権侵害の範囲を越えた、言論の自由に対するあのような攻撃は、韓国に対する外国からの直接投資の流れを阻害す
るだけです。
韓国の繁栄の継続に対するより大きな障害は、日本との関係が修復していないことです。
日本は同じ地域内における最大の自由経済国家であり民主主義国家です。第二次世界大戦の終結から約70年が経
つのに、両国間の感情には多くのしこりが残っています。
過去に日本は、韓国の戦争被害者に対して約8億ドルを支払っています。ところが情報公開された書類によると、当時
の朴正煕大統領はこの資金を被害者、いわゆる慰安婦たちには分配しませんでした。
なぜ古傷が決して癒えないのかという件について、この事実が一部を解き明かしているかも知れません。
さらにこれらの古傷は、韓国メディアに見られる日本への不愉快かつ敵対的な態度によって再び傷口が開き、韓国政府
の声明がこれを後押しすることが多いのです。
日本は、韓国における外国人直接投資の大きな資金供給元であり、韓国製品輸出の大きな市場であり、韓国が輸入す
る製品の大きな提供元です。
アジア地域で民主主義国家として最大の成功を収めた二つの国家として、二国間の貿易関係を今まで以上に発展させ
て深めるべき時期がそろそろ来ています。
朴大統領、私はこれら全ての課題に対して行動を起こすことをあなたにお勧めします。
あなたは、ベトナム戦争のときに韓国人兵士がベトナム市民に行った行為のことは脇に置いて、ベトナムとの貿易協定
を見事に成立させたではありませんか。
朴大統領、過去の争いごとよりも、更なる発展を優先させて、日本に対して友好の手を差し出すべき時期が来ているの
です。
ありがとうございます。

~ロバート・J・シャピロ博士の経歴(現在)~
・Sonecon, llc(経済研究所)共同創立者兼会長、ジョージタウン大学ビジネス学部上席研究員
・国際通貨基金顧問、NDN研究所グローバル化センター長、米国気候専門委員会会長
・米国アルゼンティン専門委員会共同会長






韓国にもこういう声がある(拡散希望)

韓国にもこういう声がある(拡散希望) 山田 高明

韓国のネットユーザーの生の声を翻訳して紹介している 「カイカイ反応通信」 という著名なサイトがあります。
このたび「太平洋戦争における米軍と日本軍の被害状況を比較してみよう」というスレに寄せられた韓国人の
皆さんのコメントの中に、たいへん俊逸なやり取りと、歴史的価値の高い資料の紹介がありました。
ぜひとも「アゴラ」の読者の方々にも紹介したいと問い合わせたところ、「カイカイ反応通信」管理人さんから
快諾をいただくことができました。 (2014年11月29日 「アゴラ」より)

(以下引用)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
52. 韓国人
朝鮮人志願兵の現状と日本軍であった朝鮮人のインタビュー映像


53. 韓国人
>>52
強制徴兵はなかったのか? 朝鮮人明るい姿をご覧ください。

54. 韓国人
>>53
強制徴兵はガセ。むしろ、朝鮮人は、旭日旗や日の丸をはためかせながら、
身につけてるものまで寄付し、先頭に立って戦争準備を推進した。

55. 韓国人
>>54
それはごく少数ではないのか?

56. 韓国人
>>55
この動画も見てみて


57. 韓国人
>>56
病身… 衝撃すぎた。俺が思っていた日帝時代とは違うんだけど…
二つの映像を見る限り、植民地というより、同盟国に近い感じ?

58. 韓国人
>>57
韓国は絶対に日本の植民地ではなかった。韓国の近現代史の9割は捏造である。
日本に深く同化した朝鮮人を日本から切り離すために、反日教育をする他になかったのだ。
それが現在まで続いている。そして、今の日本が韓国を嫌うのも、このような捏造教育のため
日本の立場で見れば、韓国は日本を裏切ったのも同然だから。

59. 韓国人
>>58
それでは、抗日運動や3.1運動のようなものは、どう説明するのか?

 <カイカイ補足:三・一運動 – Wikipedia>
  三・一運動は、1919年3月1日に日本統治時代の朝鮮で起こった運動。
  独立万歳運動や万歳事件とも(日本では三・一事件、三・一独立運動という名称もある)。
  韓国では3月1日を三一節として祝日に指定している。

60. 韓国人
>>59
抗日運動をしていたのはごく少数であり、3.1運動の場合も日本に取り込まれた
初期の頃にあった日本への反発+群集心理が作用したものだ。
上で示した動画は1930年代のものであり、すでに内鮮一体が確立されていた。
知れば知るほどヘル朝鮮。

61. 韓国人
>>59
それは、両班や儒学者たちが起こした運動だ。いわゆる、朝鮮時代の支配層たち。
日本が身分制度を廃止しようとしていたのだから、両班や儒学者たちが黙っているか?
当然、日本を追い出そうとするだろ。

以下、慰安婦の話題に移行していきます(この中に歴史的価値の高い資料の紹介があります)。
続きは 「太平洋戦争における米軍と日本軍の被害状況を比較してみよう」
http://blog.livedoor.jp/kaikaihanno/archives/42133774.html をご覧ください。

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上記のスレの内容にしても、慰安婦の事についても、きちんと理解している日本人がどれだけいるでしょうか・・・。
朝鮮人云々という前に、日本人自身が正しい歴史認識を身につけ、間違った主張に対し正論を語れるようになる
必要があるのではないでしょうか。



ニューヨーク・タイムズの反日報道について

先月末より体調不良で、ブログを更新する元気がありませんでした・・・。あれこれと書きたいことは沢山有るのですが・・・。

戦後70年近くともなると、その地域の事情に詳しかった方々がお亡くなりになり反論できる人々がいないため、共産党系や9条の会系
さらには在日系の反日左翼団体が、各地で日本と日本人を貶めるための活動を執拗に繰り広げています。日本各地で設置されている
「朝鮮人追悼碑」も、そんな問題の一つといえます。
J-CASTニュースによれば、10月28日、ニューヨーク・タイムズ紙に「戦争犯罪を忘れさせようと、日本で圧力がかかった」という記事が
掲載されたそうです。記事を書いたのはニューヨーク・タイムズ東京支局長のマーティン・ファクラー記者。また彼か、という感じですが…。
ファクラー記者は随分と日本がお嫌いなようで、今までにも数々の日本叩きの記事を書いています、それも殆どが虚報紛いの内容ばかり。
私は、彼は朝日の代理記者ではないのかと思っています。
今回の猿払村(北海道)の件については、昨年12月に追悼碑は自主的に撤去されおり、その後、村に申請が無い状況なのに、何故それ
を蒸し返すような記事を報じたのでしょう・・・。この問題については、朝日と北海道新聞が盛んに報じてきた経緯もあり、ネタ元はおそらく
朝日だと思われます。誤報問題で鳴りを潜めている朝日に代わって、ファクラー記者が反日記事を書いたとみて間違いないでしょう。
中央日報などが早々に彼の記事を引用し日本批判を報じたのが、何よりの証拠というところでしょう。

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2014年10月31日 J-CASTニュースより

朝鮮人追悼碑「ネット右翼の圧力で中止になった」 NYタイムズ紙の日本批判報道が物議

北海道猿払村で2013年11月、戦時中に労働力として動員された朝鮮半島出身者の追悼碑が建立されたが、村の
申し入れで除幕式が中止になる騒ぎがあった。米ニューヨーク・タイムズ紙は、これをネット右翼の圧力でそうなった
と批判的に報じて、物議を醸している。
「戦争犯罪を忘れさせようと、日本で圧力がかかった」 ニューヨーク・タイムズ紙の2014年10月28日付サイト記事
では、こんなセンセーショナルな見出しが躍っている。記事は、アジア版の1面にも掲載された。
圧力がかかったとされた追悼碑の建立は、猿払村の共同墓地で進められていた。もともとは地元の男性が朝鮮出身
者を慰霊しようと発案したものだ。村では旧陸軍が対ソ戦に備えて1942~44年に浅茅野飛行場を建設し、日本人も
含めて多くの朝鮮出身者が過酷な環境で働いていたとされる。そんな中で、80人以上が栄養失調やチフスなどで亡
くなったと伝えられ、飛行場近くの旧共同墓地などに埋葬されたという。
そのことを知った地元男性の呼びかけで、市民団体「強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道フォーラム」などが
06~10年まで発掘調査を行い、39人の遺骨を見つけて近くの寺に安置した。
その後、韓国政府機関「対日抗争期強制動員調査・支援委員会」も加わって追悼碑の建立が進められ、13年11月
26日に除幕式が行われる予定になった。このことが韓国でも報じられると、日本のネット上で騒ぎになり、村には、
「強制連行というが、根拠はあるのか」といった抗議が相次いだ。
そんな中で、村有地の追悼碑建立に村への許可申請がなかったことが分かり、村は除幕式の中止を求めていた。
12月8日には、追悼碑が自主的に撤去され、村の総務課によると、その後は改めて申請はないという。
しかし、ニューヨーク・タイムズ紙は、記事の中で追悼碑が無許可だったことに触れず、ネット右翼の抗議が相次いで
村が建立中止を命じたと書いている。記事では、その抗議について、「村の住民たちは国賊だ」「特産のホタテガイの
不買運動をするぞ」といったものだったと指摘している。
ニューヨーク・タイムズ紙の報道について、猿払村の総務課では、「ニュアンスについては、違う部分があると思います」
と戸惑いがちに取材に答えた。「抗議の電話やメールが多数あったのは事実ですが、圧力があったので除幕式の中止
を申し入れたわけではありません。あくまでも、手続き上の不備があったということです」と説明した。
一方、追悼碑建立などを進めてきた「強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道フォーラム」の共同代表は、取材に
対し、村が話し合いの中でネット右翼の圧力に何か言及したかについてはコメントしなかった。しかし、村が手続き上
の不備だけを挙げたことについては、「それが役場の見解でしょう」と含みを持たせた。
別の場所に建てるかなど、今後については、「まだ何も決めていません」と取材に答えた。ただ「抗議などは気にしない
で追悼碑を建てるべきだという立場に立っています。近く何らかの主体的なアクションをする可能性はあります」と言っ
ている。
記事を書いたのは、ニューヨーク・タイムズ紙の東京支局長だった。そこで、支局に話を聞こうとすると、支局長は取材で
外出しているとのことだった。

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2014年10月30日 中央日報/中央日報日本語版より

右翼から脅迫も「朝鮮人徴用追悼碑」設置する日本の村

北海道の小さな村、猿払。人口2400人規模の「村」で暮らしてきた水口孝一さん(79)は「村のどこかに朝鮮人の遺骨
が隠されている」という50年前の町内郵便局長の言葉を今もはっきりと記憶している。若い頃に聞いたその言葉が気に
なったのは2000年に入ってからだ。水口さんは調査の末、浅茅野飛行場の建設のために朝鮮人徴用者が連れられて
きて、少なくとも80人が栄養失調やチフスで死亡したという文書を入手した。
謎は遺体が埋められた場所だった。墓地と推定されるところは日本製紙が造林したマツ・シラカバの森に変わった状態。
水口さんは村役所および韓国側の団体と協力して発掘を始め、2006年から09年まで3回の作業の末、38人の遺骨を
発見し、近くの寺に安置した。しかし水口さんと村の同僚は「裏切り者」という烙印を押された。
インターネットを通じて結集した日本の右翼団体の脅迫電話が鳴り続け、猿払村の事務所は昨年11月、推進してきた追
悼碑の設置も中断した。右翼団体は、設置費用の一部を韓国政府が支援したという点も問題視した。
ニューヨークタイムズは28日、これを取り上げ、猿払を「裏切り者の村」として脅迫した勢力が「ネットライト(Net Right)」
という点に注目した。「規模は小さいがインターネット空間を通じて団結し、攻撃的な性向を見せる」とし、「水口さんのよう
に自国の暗い歴史を忘れてはいけないという人たちを脅かしている」ということだ。
同紙はネットライトの構成員は主に安定した職場に通えない若年層であり、極右性向を通じて社会に不満を表出してきた
と分析した。阪口正二郎一橋大学教授が「ネットライトの勢力拡大は、(日本人が)自国の衰退を心配する状況を反証して
いる」と解説する背景だ。
同紙は「ネットライトは、日本が過去70年間、長崎原爆を主導した米国はもちろん、隣国である韓国・中国によって『悪党』
と表現されたという点に憤慨している」と診断した。
京本和也(26)という有名右翼ブロガーが代表的なネットライトだ。猿払村の追悼碑設置を「自己虐待的発想」として強く
反対した京本は、ニューヨークタイムズに「日本にずっと謝れという声にぞっとする」と主張した。この人たちは「強制徴用」
という表現にもアレルギー反応を見せる。
同紙の取材に応じたネットライトの一員、的場光昭は「「強制徴用というのは捏造」と主張した。しかし同紙が指摘するよう
に、「日帝時代に朝鮮人約70万人が強制徴用されたというのが主流歴史学者の見解」 「猿払村の朝鮮人徴用者は監獄
のような非衛生的な施設で労役しなければならなかった」というのは否定できない事実
だ。
ネットライト自体は数千人ほどと推定されるが、最近の日本の長期景気低迷に疲れた若い世代がこれに同調して勢力化し
ている。同紙は、ネットライト勢力の牽制に消極的な安倍晋三首相と、安倍政権を制御できないほど没落した野党が問題を
拡大しているという見方を示した。
猿払村だけでなく▼群馬県の朝鮮人追悼碑撤去決定▼長崎原爆朝鮮人犠牲者追悼碑設置の挫折▼極右人種差別団体
・在特会(在日特権を許さない市民の会)の勢力拡大などを取り上げ、「日本には、軍国主義の過去を直視するのが容易で
なかった」とし「最近はネットライトの勢力拡大などで、さらに状況が悪化している」と懸念した。
安倍内閣の山谷えり子拉致問題担当相らは、在特会の幹部と一緒に撮った写真のため非難を受けたりもした。
記事を書いたニューヨークタイムズのマーティン・ファクラー記者は中央日報とのメールで、「極右主義者が意見の異なる人
たちを脅かす傾向が目立っているうえ、これにブレーキをかける日本政治・社会指導者がいないという点に警鐘を鳴らそうと
思った」とし「違う意見を尊重するのは健全な民主主義の基本」と強調した。
しかし水口さんののような人たちの奮闘は希望を見せている。水口さんは、「(ネットライトに反対する)他の日本人が沈黙を
続けているのは薄情だ」とし、「歴史を直視しようとする私たちの目を閉じさせようとする一部の外部勢力には屈しない。最後
まであきらめない」と語った。

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上記の中央日報の記事でネットライトの一員とされる的場光昭氏は、北海道旭川市在住の医師であり、以前から朝鮮人強制連行問題
に取り組まれている方で、いわゆるネトウヨとは違います。的場氏のブログ『そよ風』をご覧になれば、「中央日報」の記事が事実とはほど
遠く、ニューヨークタイムズ東京支局長のマーティン・ファクラー記者が書いた日本叩きの記事が、まともな取材をしないで書かれた虚報
であることが分かります。以下に、マーティン・ファクラー記者が的場氏に問い合せした内容に関しての返信の一部を転載します。
詳しくは、9月9日付けのブログ『そよ風』をご覧になってください。
更に2014年11月05日のブログでは、「ニューヨークタイムズ紙に対する反論」と題して、マーティン・ファクラー記者に対して詳細な反論
文を書いておられますので、あわせて読まれることをお薦めします。
また、的場氏が『正論』 2014年11月号に、〝朝鮮人「人骨」騒動の呆れた顛末〟というタイトルで寄稿されたものも、最後に参照しておき
ますのでご覧ください。


9月9日付けのブログ「そよ風」
http://blog.livedoor.jp/soyokaze2009/archives/2014-09-09.html

「ニューヨークタイムズ紙に対する反論」
http://blog.livedoor.jp/soyokaze2009/archives/51837836.html


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猿払村朝鮮人強制連行慰霊碑建立の問題点

(1)第一点は猿払村への朝鮮人強制連行はなかったという史実です。日本が朝鮮半島に強制性を伴う徴用を施行した
のは1944年9月以降です。猿払村の飛行場建設は1942年着工1943年にはほぼ完成し、通信施設などの付帯設備を
残すのみとなって重労働を必要とする状況ではなくなりました。

(2)飛行場建設に携わった朝鮮人がいたとすれば、それは自由渡航者によるものです。もちろん賃金も、同じ現場で働く
日本人同様に支払われていました。これは道内の炭鉱などで働いていた朝鮮人と同様の処遇であり、こうした重労働に
対しては、当時の巡査の給与の約4倍という高給が支払われていました。 これに関連して重大な証言を紹介します。
樺太残留朝鮮人の補償を日本政府に求める運動がありますが、これについては北海道サハリン友好協会の世話役とし
て、〝サハリン平和交流の船〟で何度も樺太を訪れた元道庁職員の(平成22年)の証言を紹介しておきましょう。
20年ほど前、樺太へ行った時に会った朝鮮人が言うには、「戦前、朝鮮では飯が食えなかった。飯が食いたかったら博多
へ行けといわれて、博多へ来た。博多では飯は食えたが、贅沢ができなかった。贅沢したかったら樺太へ行けといわれて
樺太へ来て生活が楽になった」と言っていたのが、最近行った時に彼は同じ私に向かって「自分は戦前朝鮮半島から強
制連行されて来た。日本政府は補償せよ」と言うのだから、呆れてしまう。
この残留朝鮮人は、終戦間際に朝鮮人にも適用された徴用ですらなく、自らの意思で樺太へ渡ったにもかかわらず、こう
いうことを言うのです。

(3)当時、日本にはタコ部屋労働というものがありました。
あらかじめ賃金を貰い、賃金に応じた期間、宿舎に寝泊まりして、労働力を提供するというものです。また年季が明けた者
についても、正直でよく働く者は宿舎から出て居を構え、「通いタコ」と称して本人の希望によって雇用される場合もありま
した。通いタコの中には、現場近くで家庭をもつ者もありました。

(4)これに関連して重大な証言があります。
2011年に、東川町の遊水池建設のために強制連行されたという二人の老人、パク・シヨン(91歳)・パク・インシク(90歳)
を招いて町民を交えた交流会を行なった席上、挨拶に立った強制連行被害者の一方が多くの町民を前に「仕事はきつか
ったが、おかげで米も買えたし、帰国して家も建てることができた」と語って、〝東川9条の会〟 〝歴史を掘る会〟(これの構成
員は、「強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道フォーラム」と重複する)関係者をあわてさせたといいますが、こうした
報道は一切なされておりません。
私は町民に事実を確かめ、東川町に記録提示するよう申し出ましたが、町が参考にしたのは「強制連行・強制労働犠牲者
を考える北海道フォーラム」が作成したビデオで、該当部分は無かったとの返事でした。

(5)猿払にもどります。
この石碑建立の中心になった「強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道フォーラム」の共同代表は、殿平善彦深川一乗
寺住職・同じく共同代表蔡鴻哲朝鮮総聯北海道本部副委員長であり、参加者の中には北朝鮮関係者をはじめ元日本赤軍
関係者やパレスチナ連帯(元革マル派)など国内だけでなく海外でも過去に重大な破壊工作をおこなった組織の関係者が
含まれています。

(6)月刊誌『正論』の拙稿(朝鮮人「人骨」騒動の呆れた顛末2013.11)に詳述してありますが、この団体は過去に東川町、
次いで、美瑛にも同様の石碑を建立しようとして、特に美瑛町の発掘調査ではニセ墓穴、ニセ人骨を用いて大々的に慰霊祭
まで行っています。これに参加し中心的役割を果たした韓国人は、過去に北のスパイ容疑で韓国公案の家宅捜索を受けた
前歴の持主でした。

(5)美瑛町で彼等が発掘した墓穴や人骨については、警察の科学捜査研究所による鑑定結果、法医学者の証言を得て偽物
であることが判明しています。しかしこのような重大事件を、朝日はもちろん北海道新聞も報じておりません。
しかもこの発掘に参加した大谷大学の宋基燦は、黒土で埋められたニセ墓穴について、「人体など腐るものと接触すると土は
黒くなる」などと、法医土壌学の知見からは全くかけはなれたデタラメを証言しています。
また地元の古老の証言に基づいて発掘を行い、証言の場所に証言と同じ大きさの墓穴が出たのですが、この証言そのものが
法医昆虫学から明らかに間違いであったことも証明されています。

(6)猿払村で発見された人骨についても多くの疑念があります。
①美瑛町もそうですが、猿払の土壌で60年以上埋められた人骨が残ることはない。つまり、埋められた人骨が50年以上残る
のは貝塚周辺、サンゴ礁土壌、石灰岩地域や洞窟、砂漠のような乾燥地域に限られる(法医学者の見解)。
②2006年の発掘調査では「火葬されそのまま放置されたとみられるあばら骨や肩甲骨が数か所で見つかった」としているが、
大腿骨骨幹部でさえも60年以上保存されることは奇跡に近いのに肋骨や肩甲骨が残存することはない(法医学者の見解)。
③彼等が2010年に第三次発掘で発見したという人骨について数々の疑念がある。
まず、埋葬後70年を経て人骨が残ることは美瑛町同様ありえない。歯にたばこのヤニが付着していたというが、長く埋められた
歯は白色または淡いピンクであり、ヤニが残存することはない。つまり比較的新しい人骨である(法医学者の見解)。
また当時日本国内ではタバコは貴重品で遅くとも1941年当時、一人一個に制限されていた。これを歯にヤニがたまるほど豊富
に彼らがいう強制連行された朝鮮人労働者に与えるとは考えにくい。
歯の状態から幼い頃の栄養状態が悪いことまで分る、としているが歯に異常がでるほど栄養状態が悪いということは、成長もそ
れなりに阻害されているはずであり、重労働の人夫としては不適であり、彼らのいう強制連行の対象にはならない。
腰の骨から腰痛があったことがわかり、遺骨は30代前半のものとしているが、腰椎は長管骨に比べて骨皮質がうすく、腰痛の
有無を論じる程の保存状態は考えられない。また、私は腰痛を専門とする医師であるが、骨の形からでは腰痛の有無は判断で
きないのが通常である。
④殿平氏はその著書『遺骨』の紹介記事(北海道新聞2013.12.4)において、「背骨が不自然に曲がった遺骨が物語る過酷な
現実」などとしているが、成人男性の背骨が2年程度の重労働で「不自然に曲がる」ことはない。
以上の数々の疑念、そして美瑛町の経緯から考えると、発見された人骨は他から持ち込まれた新しい人骨、もしくは動物の背骨
である可能性が高いということです。

(7)この碑の問題点
①浅茅野には徴用による朝鮮人労働者は来ていなかった。したがって碑文に「強制」があるとすれば、これは歴史の捏造である。
②発掘したとされる人骨は本当に骨なのか、或は骨であったとしても人骨だったのか、さらに朝鮮人労働者のものなのかという
検証がなされていない。仮に日本人の人骨が含まれているとすれば、亡くなった方は朝鮮人として祀られることをどう思うであろ
うか。再発掘して一体一体厳密な法医鑑定とDNA鑑定をすべきである。
③日本の領土である村有地に、韓国政府機関が出資、その意を受けた朝鮮総聯が深く関わる組織が施設を建てる、しかも無申
請で建てることは立派な犯罪である。
④仮に村が土地を提供したとすれば、日本政府の頭越しに韓国政府と村が勝手に金(村は地価分)を出し合って施設を造った
ことになり、外交・行政両面から大変な問題である。日本の主権を韓国と北朝鮮に侵害されたといっても過言ではない。
⑤村の共同墓地の取り付け道路真正面に、韓国政府機関出資による碑がドカンと建っていることに対する、村民感情への配慮
が全くない。

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2013年11月22日 KAZUYA CHANNEL
北海道猿払村で韓国が不穏な動き

2013年11月23日 KAZUYA CHANNEL
猿払村朝鮮人追悼碑は建設許可をとっていないことが判明!

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北海道新聞 平成25年11月23日朝刊34面より

除幕式中止に 朝鮮人追悼碑 設置申請なく (猿払)

〔猿払〕 宗谷管内猿払村は22日、戦時中に日本へ労働力として動員され、犠牲になった朝鮮半島出身者の追悼碑除幕式
を中止するよう主催者の実行委に伝えた。
建設地が村有地であるにもかかわらず、必要な許可申請が出ていなかったためで、今後、碑の設置場所や碑文の内容な
ど善後策を実行委と協議する。除幕式は26日に予定されていた。市民団体「強制連行・強制労働犠牲者を考える北海道
フォーラム」や地元住民で作る実行委は、1942~44(昭和17~同19年)に同村と同管内浜頓別町にまたがる旧陸軍浅茅
野飛行場の建設工事に動員され、犠牲になった朝鮮半島出身者の発掘調査を2010年まで行い、計39体分の遺骨を発見。
韓国政府機関と実行委が共同墓地(村有地)に追悼碑を建立することを決めた。
韓国側では、政府機関が20日、追悼碑建設事業費180万円について「韓国政府予算と猿払村からの支援金が使われた」
と発表。韓国メディアが同日、同様の表現で報道したところ、インターネットニュースを見た日本の市民団体などから事実関
係をただす電話やメールなど約100件の抗議が猿払村に相次いだ。村によると、村が費用を支出したという事実はないが、
村が経緯を調べるうち、村有地使用手続きの不備などが判明し、実行委に除幕式の中止を要請した。
実行委の水口孝一共同代表(78)=猿払村=は、「村側に設置の許可を取らないなど、実行委側にも落ち度があった。関係
者にご迷惑をかけ申し訳ない。韓国側にも説明した上で、今後、いい方向に進められればと思う」と話している。


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2013年11月25日 J-CASTニュースより

北海道で「強制連行」朝鮮人慰霊碑騒動、実は「無許可」
「日本最北の村」役場も困惑・・・「根拠はあるのか」抗議100件以上


北海道北部に位置する「日本最北の村」猿払村(人口2854人)で、一基の「慰霊碑」が波紋を呼んでいる。
追悼の対象となっているのは、第2次大戦中、この地に「強制連行された」とされる朝鮮半島出身の労働者たちだ。
2013年11月26日に除幕式が行われる予定で、地元紙 北海道新聞も14日付でその完成をしっかり報じていた。
ところがこの慰霊碑、実は「無許可」。しかも韓国紙が、村も建立に関わっていたと報じたため、騒動はますます大きくなった。
「強制連行というが、根拠はあるのか」 村役場の担当者は、この5日ほどの間に、こうした「問い合わせ」を優に100回以上
は受けたと語る。「確かに、慰霊碑を作るという意向があるということは聞いていた。だが、村役場として正式に把握したのは、
19日、村長に除幕式の出席を求める案内が届いてからです」(村職員)問題の慰霊碑は現在、村の共同墓地に静かに鎮座
している。
「記憶」「継承」---こう大書された、高さ2メートル余りの真新しい石碑だ。碑には日本語とハングルで建造の趣旨が刻まれる。
なぜ、この村に慰霊碑が作られねばならなかったのか。話は第2次大戦中にさかのぼる。
かつてこの地では旧陸軍により対ソ戦に備え、浅茅野飛行場の建造が進められていた。1942~44年にかけて行われた工事
には、日本人労働者に加え、多くの朝鮮半島出身者が動員され厳しい環境での重労働に。少なくとも100人近くが亡くなった
ことが当時の資料から確認されている。
遺体は飛行場近くの旧共同墓地などに火葬・埋葬され、その後は半ば忘れられた存在となっていた。2000年代に入り、これら
の動員を「強制連行」と位置付けた上で、朝鮮人労働者たちの遺骨を「故郷」に返還しようという運動が本格化する。
中心となったのは、地元住民、そして研究者や宗教者、在日コリアンなどからなる市民団体「強制連行・強制労働犠牲者を考え
る北海道フォーラム」だ。
2006年から始まった発掘作業には、日韓の大学生などが参加、その取り組みは、地元紙・北海道新聞、朝日新聞などにもたび
たび紹介された。そして建てられることとなったのが、上記の慰霊碑だ。
建立には発掘関係者とともに、韓国政府系機関「対日抗争期強制動員被害調査及び国外強制動員犠牲者等支援委員会」も
携わった。除幕式には村長の出席も求めるなど、猿払村での活動の「集大成」となるはずだった。
ところが、この事実を韓国紙が20日に報じると、日本のネットは大騒ぎとなった。特に、その報道では村も建立に関わっていると
受け取れる内容だったため、「韓国側の主張に沿った碑を自治体が作るとは」などと唱える人が相次いだのだ。
突如日本各地からの「電凸」を受ける羽目になった村役場の担当者はしかし、村は建立には関与していなかったと強調する。
そもそも村有地である共同墓地への建立には村長の許可が必要だが、その申請も村側では受けていなかった。要するに「勝手
に作られた」というのだ。このことを理由に猿払村は除幕式の中止を市民団体側に求め、ひとまず慰霊碑のお披露目は先送り
に。宙に浮いた格好の慰霊碑はどうなるのか。「もちろん、このままにはできません」と担当者は言う。協議はこれからだが「改め
て申請を出すか、移転するか」のどちらかを選ぶことになるそうだ。
なお、韓国・聯合ニュースでは「無許可」問題には触れず、あくまで上記の「抗議活動」などの圧力が除幕式中止の原因だとし
ている。

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2013年12月13日 NEWSポストセブンより

韓国の反日工作が日本でも 最北端の村に強制徴用記念碑建立

従軍慰安婦問題について、韓国側は世界各地に慰安婦像をつくり、問題を拡大させてきた。
いま、それと同じことが、朝鮮人労働者の戦時徴用問題で起きようとしている。なんと北海道の寒村に、追悼碑を建てようという
動きが起きていたのだ。 11月20日、韓国メディアの報道が、北海道のある村に波紋を起こした。
「韓国政府機関の『対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者支援委員会』は20日、日本による植民地時代
に北海道・猿払村の浅芽野飛行場の工事現場へ強制動員された犠牲者を追悼する碑石を建設すると明らかにした。除幕式は
猿払村で26日に行われる」(聯合ニュース日本語版) 北海道新聞でも同様に追悼碑の建立計画が記事になった。
猿払村は、北海道の宗谷岬に位置する「日本一北にある村」で、人口は3000人に満たない。その村が期せずして、日韓問題の
矢面に立たされたのだ。本誌記者が現地に飛ぶと、村役場の職員は困惑していた。
「石碑の件は報道で知りました。村では以前、(飛行場に徴用された)朝鮮の方々の遺骨を発掘する調査に協力したのですが、
今回のことは経緯も全く知らず、報道の直後にいきなり『石碑の除幕式をやるから村長に出席して欲しい』との案内状が届いた
のです。ただし、石碑の建立が予定されている共同墓地は村の所有地なので、その手続きが済んでいません。石碑はまだ完成し
ていなかったので、工事の中止を要請しました。報道のあとには村に抗議の電話もいただいている。正直、動揺し困惑していると
いうのが、隠しようのない事実です」(総務課長)
結局、抗議の殺到や役場からの要請を受けて、除幕式はいったん中止になった。
石碑の建立が予定された共同墓地を訪れてみると、草原の中に墓石が並んでいる。そのなかの周囲を真新しい砂利で囲われた
一角に、ベニア板で覆われた四角い箱があった。ここに高さ2メートル以上の石碑を建て、「記憶 継承」などの文字を刻む予定
だという。石碑は、韓国の政府機関に日本の市民団体や一部の地元村民が協力する形で計画が進められてきた。
共同墓地の関係者は、「遺骨の発掘調査にはみんな協力的だったけど、そのあと韓国の人たちや市民団体がどんどん入ってきて
資料を見せろ、確認させろと騒がしくなってきた。それで地元民はだんだんお付き合いしなくなった」という。
地元で石碑の実行委員会の共同代表を務める水口孝一氏が一連の経緯を説明する。
「村が全く知らなかったはずはないんですが、自分たちもしっかり申請していればよかったし、石碑に入れる文言をすりあわせたり
する必要もあったかと思います。(日本の)市民団体が『強制労働』という言葉にこだわり、騒動で、文言の入ったプレートを外すこ
とになりました。そもそもは(韓国政府機関の)委員長が昨年4月に韓国から来て、『形に残したい』という話が出た。今年の9月は
じめに再び委員会から『部署がなくなるかもしれないから急いで作れないか』と打診が来て、地元民として以前、遺骨の発掘調査
を手伝っていたし、犠牲になった人たちを忘れないという思いはあるから、お手伝いすることにしたんです。ただ、こうした騒ぎにな
ると、政治的に利用されたという側面も、おっしゃるとおり多分にあるのかもしれません」
石碑は韓国から石を送ってもらい、文字を彫るなどの費用も含め130万~140万円ほどの実費を、韓国の政府機関が負担する予
定になっていたという。石碑は殆ど完成しており、今後改めて除幕式が開かれるのか、計画が中止されるのか、現段階では決まっ
ていない。

(週刊ポスト2013年12月20・27日号)

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ちなみに、記事に出てくる水口孝一氏(実行委共同代表)は、2009年5月に北海道新聞のインタビューを受けています。
不思議なのは、朝鮮人のことは熱っぽく語るのに、同胞の日本人に対する追悼の念を示そうともしません。余程、朝鮮人に対して
思い入れがあり、〝朝鮮人強制連行〟という虚構を信じて疑わない人物なのでしょう。


北海道新聞 水口孝一氏


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『正論』 2014年11月号より
正論 2014年11月号「朝鮮人人骨騒動」01
正論 2014年11月号「朝鮮人人骨騒動」02
正論 2014年11月号「朝鮮人人骨騒動」03






テーマ:気になるニュース - ジャンル:ニュース

領海内に〝赤い旗の漁船団〟 支那の密漁船か!?

小笠原諸島の父島からおよそ10kmの近海(日本の領海内)で、赤い旗を掲げた多数の漁船が網を海に投げ入れ操業
していたとのこと。8月頃から増え始めたらしい。
山田吉彦東海大学海洋学教授によれば、「中国の漁船で、宝石サンゴや赤いサンゴを採る密漁漁船」ではと・・・。
海上保安庁も尖閣諸島における支那との対応に手一杯で、密漁船の取り締まりが手薄になっているとすれば、支那の
密漁船団のやりたい放題、という状況になっているのかもしれません・・・。


小笠原諸島に赤い旗掲げた大量の漁船団 サンゴ密漁か


2014年9月26日(金)18:59 フジテレビ系(FNN)より
9月22日、大量の漁船団が日本の領海内に現れ、船には赤い旗が掲げられていた。船に掲げられた謎の赤い旗。
大きなアンテナを装備している船もあった。その数は、およそ20隻。
これは9月22日、ダイビングショップの人が小笠原諸島で撮影した写真。当時、ダイビングショップの人は、嫁島から
父島へ戻っていた。そのとき、この船団が航路をふさいできたので、写真を撮ったという。
漁船が操業していたのは、父島からおよそ10kmの近海で、まぎれもなく日本の領海内。複数の船員たちが青い網で
何かを大量に引き上げていた。船団は網を海に投げ入れ、サンゴなどを採っていたとみられている。
東海大学海洋学部の山田吉彦教授は「中国の漁船だと思います。おそらく、宝石サンゴ、赤いサンゴの密漁漁船だと
考えられます」と語った。
宝石サンゴと呼ばれる赤サンゴは様々な宝飾品に加工され、中国の富裕層に人気があり、日本では高知沖や沖縄沖
などが漁場となっている。サンゴ専門店アートコーラル銀座の清水和洋社長は、「価格面では、どんどん値段が上がっ
ているのが現実。3倍から5倍くらいには、なっているかなと思います」と語った。
中国の富裕層の増加にともない、赤サンゴの価格は上昇しているという。北京市のアクセサリーショップ店員は、「贈り
物として買う人が多く、最近は一般の人でも買えるようになってきた」と語った。
これまでにも、日本近海では、たびたび違法なサンゴ漁をする中国や台湾の漁船が摘発されている。
山田教授は「まずは、現行犯でなければいけない。小笠原沖というのは非常に離れた海域なので、常に監視ということ
ができないので…(摘発は非常に難しい)」と語った。


小笠原諸島に赤い旗の漁船団 目撃した船長を直撃しました


2014年9月26日(金)19:02 フジテレビ系(FNN)より
9月22日、大量の漁船団が日本の領海内に現れ、船には赤い旗が掲げられていました。 漁船団の写真を撮影した
人が乗るダイビングボートの船長・笹井信利さんを電話で直撃しました。

(船の航路をふさぐようにしてきた時の状況は?)
大体、午後0時ぐらいから船団が現れて、ダイビング終わって帰る3時ごろまで、ずっとそのへんに回ってまして。
いよいよ帰ろうかという時に、進路方向に数隻船が浮いてまして、その船をよけるように帰ってきたわけです。


(向こうの漁船側が笠井さん側の船をよけるような感じはなかった?)
20隻ぐらい浮いている大量の船は、中心線よりに、東の方にまとまっていまして、数隻が周りをパトロールするように
回ってるんですね。その船の1隻が、僕らが真っすぐ帰るところの進路を、右に左に動いているわけですよ。右に行く
から左を通ろうとすると返ってくる。いやでも進路を変えなくちゃいけないと。その一番最短に寄った時に撮った写真
が、アップの写真なんですけど、初めてですね。

(何かを引き揚げるような様子、専門家によると赤サンゴではないかということだが、これはどのように映った?)
わたしも専門家ではないので、以前から、こういう密漁が行われているといううわさは島では流れていますので、また
何かしているのかな、という感じで。あまりにも数が多いので、2014年になって、8月の頭から、少しずつ見え出して
るんですね、はじめ1隻、次3隻。9月15日に11隻、22日に20隻、また25日に17隻ってね。結局、大群でわたしたち
の目の前に現れてるわけですよ。


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