筑紫の国の片隅で…

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安倍総理発言に南朝鮮が反発

16日の聯合ニュースによれば、7月15日の参院予算委員会で安倍総理が「事前協議の対象になる。日本が行くことを了解しなければ、
(在日米軍が)韓国に救援にかけつけることはできない」と述べたことに対して、南朝鮮の軍関係者が「日本政府が朝鮮半島有事の際
に、在日米軍の投入について介入できる根拠がない」と反論したことを報じています。
南朝鮮は、安倍政権が集団的自衛権行使を容認したことに対して反発しており、朝鮮半島の安全保障などに関して、日本が行動するに
は韓国の「承認と同意」が必要だと主張しています。
これらを総合すれば、「日本は勝手な行動をするな」「日本の助けなど必要ない」と主張しているとしか思えません。
南朝鮮自ら、日本は余計なことはするなと言っているのですから、「関わらない」「助けない」「教えない」の三原則に従って、無韓心に徹
するべきだと思う次第ですが・・・。
3月18日の産経ニュースwest「大阪から世界を読む」に、<「日本は助けない」、韓国高官は凍り付いた>という記事が有りました。
記事を要約すると以下のような内容なのですが、朴政権や軍関係者には、この時の話の内容は知らされていないのでしょうか・・・。

昨年、日韓の外交・安全保障問題をテーマに、北朝鮮情勢や集団的自衛権の行使容認などについて意見交換するために開かれた
日韓両政府の非公式協議で、集団的自衛権行使容認に関連して緊迫したやりとりが交わされていたことは、余り知られていない。
日本側の出席者の一人が「朝鮮半島で再び戦火が起きて、北朝鮮が韓国に侵攻しても、日本は韓国を助けることにはならないかも
しれない」と呟いた。朝鮮半島有事になっても、日本は韓国支援に動けない可能性が有る、ということを示したものだった。ただ、その
意味を韓国側の出席者は、とっさには理解できなかったようだ。
日本は平成11((1999)年に、朝鮮半島で有事が起きた場合、韓国軍とともに北朝鮮軍と戦う米軍を支援することを主な目的とした
周辺事態法を制定している。
「自分達で、朝鮮半島有事が起きたことを想定した法律を作っておきながら、今さら何を言うのか?」。当初、韓国側の出席者に呆れ
かえったような雰囲気が漂ったという。日本側出席者は、ゆっくりと、かみ砕くような口調で説明した。
「日本は、米国との事前協議において、米軍が日本国内の基地を使うことを認めないこともあり得るかもしれない、ということだ」。
ここに至って、ようやく韓国側の出席者も、日本側出席者の発言の意味を飲み込んだようだった。
日米安保条約に基づいて、米国は日本防衛の義務を負っている。その米軍のために国内の基地を提供し、その使用を認めている。
ただし、これはあくまでも日本の防衛が目的だ。
米軍が日本国外で軍事行動するために、国内の基地から航空機などが発進する場合には、日米両政府の事前協議が必要となる。
日本側出席者の発言は、この事前協議において、国内から米軍が韓国来援に向おうとしても、日本側は「ノー」ということもあり得る、
ということを示したものだ。過去、日米両政府間で事前協議が行われたことは一度もない。
ベトナム戦争や湾岸戦争でも、日本政府は「米軍は移動している最中に命令を受けたのであって、ベトナムやイラクに直接向うため
に、国内の基地を発進したわけではない」という論理で、米軍の作戦行動を担保してきた。
だが、朝鮮半島有事が起きた場合、これまで通りの論理で、米軍の作戦行動を日本は裏打ちすることができるのか・・・。
国内の嫌韓感情が今以上に高まれば、韓国支援に対する拒否感情も当然、強くなる。政府がいかに韓国支援に動こうとしても、世論
の強い支持がなければ、全面的な支援は難しくなるだろう。
韓国の国防政策にとって、米軍の来援は死活的な意味を持つ。米軍の来援があるからこそ、韓国は北朝鮮と対峙することができる。
その米軍は、沖縄や岩国など日本国内の基地を使用して韓国軍と共に、武力攻撃を仕掛けてくる北朝鮮と戦うことになっている。
在韓米軍はいるが、韓国にとって日本の国内基地から米軍が来援することが、韓国の安全保障の大前提となっている。
日本政府が事前協議を米国に求めて、その場で「ノー」を言う可能性は限りなくゼロに近い。しかし、もしその前提が崩れるかもしれな
いとしたら…。 これまで、一切タブー視されてきた日米両政府の事前協議に、日本側が触れたことの意味は重い。


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2014年7月16日 聯合ニュースより
朝鮮半島有事に在日米軍は自動投入=韓国軍当局
日本の安倍首相が、朝鮮半島有事の際、在日米軍が出動するためには日本政府の了解が必要と述べた、という日本メディアの報道を
受け、韓国軍関係者は16日、「真偽を確認中」とした上で、「真偽はともかく、日本政府が朝鮮半島有事の際に、在日米軍の投入につい
て介入できる根拠がない」と指摘した。同関係者は、在日米軍は有事に、後方軍需支援や戦略的支援などの基本任務を遂行するために
基地化されていて、朝鮮半島有事には在日米軍も自動的に投入されると説明した。
別の関係者は、「朝鮮半島を直接防衛する役割を持つ在韓米軍が、紛争地域に投入されるには韓国政府と協議し、了解を得なければな
らないが、在日米軍は異なる」と指摘。「米国が、イラク戦争の際にクウェートを後方基地として利用したように、在日米軍基地も国連軍司
令部の後方基地の役割をする」と説明した。
韓米両国は毎年上半期に朝鮮半島有事の際、米軍の増援戦力の円滑な展開のため指揮所演習である合同軍事演習「キー・リゾルブ」
を実施している。
日本メディアによれば、安倍首相は15日、参院予算委員会に出席し、朝鮮半島有事の際、在日米軍基地から米海兵隊が出動するには、
日本政府の了解を得なければならない、と述べたという。

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2014年7月17日 J-CASTニュースより

朝鮮半島有事で「在日米軍出撃に日本の了解必要」 安倍首相発言に韓国「根拠ない」と反発

朝鮮半島有事の際の在日米軍の動きをめぐり、日韓政府の見解が割れている。
韓国側は「在日米軍は自動投入される」という立場なのに対して、安倍晋三首相が「事前協議の対象になる」として、日本の了解が
なければ出動できないとの見方を示したからだ。
韓国側は早くも、「根拠がない」などと反発しているが、事前協議が不要な理由を明確に示している韓国側の報道も見当たらず水掛
け論になる可能性もある。 韓国側が反発しているのは、7月15日の参院予算委員会でにやりとりだ。
松沢成文議員(みんなの党)が、韓国が日本の集団的自衛権の行使容認について批判的なことを念頭に、「朝鮮半島有事で、日本
が協力してどうにか収めようと思っても、米国は『出てきてくれ』、韓国は『日本なんて来なくていい』。これだったら、何も日本は行動
できない。韓国に対しては、どのように集団的自衛権の必要性を説明していくのか」と、質問したのに対して安倍首相は
「韓国にとってどういうことなのか、韓国に理解していただけるようにしたい」と、韓国側への説明に努めることを説明した上で
「そもそも、そうした事態において救援に来援する米国の海兵隊は日本から出て行く。当然これは、事前協議の対象になる。日本が行
くことを了解しなければ、韓国に救援にかけつけることはできない。その上においても、本来は日米韓の緊密な連携が必要。こういうこ
とも含めて理解を求めていきたい」と述べた。在日米軍が朝鮮半島に出撃する際は、日本の了承が必要だというわけだ。
これに対して韓国メディアは相次いで反発の声を伝えている。東亜日報系のケーブルテレビ局「チャンネルA」によると、韓国軍関係者
は、「『在日米軍出動に関連して、日本政府は介入する根拠が全くない』として不快感を隠さなかった」といい、聯合ニュースは首相発
言が、「牽制球」だと分析した。「結局、集団的自衛権に反発する韓国に向かって『私たちが反対すれば、朝鮮半島有事の際、米軍の
活動に制約がありうる』という牽制球を投げたと分析される。朝鮮半島を含んだ東北アジア問題で日本の“発言権”を無視するなという
話であるわけだ」

◇「事前協議不要」の「密約」、すでに効力失っている?
また聯合ニュースは、「本音と建前」を使い分けているとも主張している。有事の際は事前了解を必要としない日米「密約」が存在する
にもかかわらず、意図的にそれを無視した答弁をしているというのだ。
「有事の際適用される『密約』が現実的に存在する状況で、安倍総理は公式合意だけを取り上げ論じたのだ」
この「密約」は、かつては存在したものの、現在では効力を失っているとされる。
民主党政権下の10年3月に発表された「いわゆる『密約』問題に関する有識者委員会報告書」によると、1960年の新安保条約締結の
際、在日米軍が行う「戦闘作戦行動」を事前協議の対象にすることで合意している。ただ両国は「朝鮮議事録」として知られる非公開の
議事録の中で、場合によっては事前協議なしに出撃できることでも同意していた。
1969年の沖縄返還交渉に関連して、佐藤栄作首相(当時)について、報告書にはこのような記述がある。
「朝鮮半島有事の際に在日米軍が出撃することについて、事前協議において『前向きかつすみやかに態度を決定する方針』と表明した。
首相によるこうした公式の表明にもかかわらず、朝鮮議事録の失効・置き換えに関して、日米両国は明確な合意には達しなかったが、現
状では、事前協議なしの出撃という密約は、事実上有効性を失っているとみられる」
言い換えれば「密約」は、なしくずし的に反故にされた訳だ。



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テーマ:政治・経済・社会問題なんでも - ジャンル:政治・経済

人民朝日の「扇動」で、暗黒面に・・・

この一週間ほど、朝日と毎日の記事をWEBで拾い読みしてみました。両紙ばかり読んでいると、いつのまにか「集団的自衛権行使容認」
は、「立憲主義に反する暴挙だ」「憲法違反だ」「戦争をするための解釈改憲だ」「安倍はとんでもない軍国主義者だ」・・・云々、というよ
うな考え方をしてしまいそうになります。憲法学者や大学教授、元法制局長官や元外務省官僚、元自衛隊幹部、作家・評論家から文化
人といわれる人物まで多士済々で、反対や批判の声を取上げ、もうウンザリするくらい執拗に報じ続けています。他紙を読まなければ、知
らず知らずのうちに、朝日・毎日の報道が正しく、安倍政権のやっている政策が悪い事だと思い込んでしまう怖れが有ります。
だいたい、憲法学者といっても「日本国憲法」を観念的にこねくり回して悦に入っているばかりで、国際法の何たるかを全く理解していな
い朴念仁ですし、大学教授といっても、専門分野以外の事は中学生程度の知識しかなく、一般常識が欠如しており、軍事に関しては全く
の素人です。また、元○○といって「昔の名前で出ています」的な人物は、今は市井に暮らすただの一般人に過ぎません。しかも、その殆
どが左翼リベラルか、「9条の会」関係で左巻き思想の持ち主ばかりです。当然、一方的に偏向した話しか出てきません。
それを、社の主張に沿って、あたかも正論のごとく掲載するのですから、無知で善良な一般読者は、朝日的暗黒面に取り込まれてしまう
のも無理からぬことかも知れません。
かような事を思いつつ、読売や産経の記事を読むと、何故か「ホッ」とするのは私だけでしょうか・・・? そんな記事の中の一つに、私の
お気に入りが、産経の高橋記者が書く、「朝日・毎日への反論」という不定期連載記事があります。毎回「そうだ、その通りだ」と相槌を
打ちながら読んでいます。今回も集団的自衛権問題について、朝日・毎日の報道姿勢について辛辣な指摘をしていますが、成程、納得
の内容だと思います。また、「安保法制懇」のメンバーの一人、佐瀬昌盛防衛大学校名誉教授が『週刊新潮』2014年7月3日号に寄稿
した「集団的自衛権に集団ヒステリーを起こした朝日新聞」で、朝日の報道姿勢を問題視し批判している内容がとても分かり易いので
転載しておきます。

反日左翼の嘘を上念司が完全論破!


一部マスコミの偏向報道を辛坊治郎が非難


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平成26年7月6日 産経新聞 【新聞に喝!】より

平和国家日本のビジョンを語れ

集団的自衛権行使容認の閣議決定(1日)を受け、2日付新聞各紙には大見出しが躍った。
なかでも産経は、「『積極的平和』へ大転換」という大見出しで、その歴史的意義を強調。中見出しで、「今後50年日本は安全だ」と
いう首相発言を掲げた。
対照的に朝日は1面で「9条崩す解釈改憲」、2面で「ねじ曲げられた憲法解釈」、3面で「危険はらむ軍事優先」という見出しを打ち、
日本が戦争に巻き込まれる危険性を警告した。
産経は、集団的自衛権行使容認によって、戦後日本の国の守りがあるべき国家の姿に近づいたと評価。政治家も国民も共に考え、
日本がより主体性をもって判断すべき時代を迎えたという(同主張)。
朝日は、戦後日本が築いてきた民主主義が踏みにじられるとの懸念を示した。この政権の暴挙をはね返すには国会論戦だけでなく、
メディアを含めた草の根の異議申し立てが必要だとした(同社説)。
こうした両紙論調のコントラストは、これが初めてではない。慰安婦問題の「河野談話」を検証した政府報告書(6月20日公表)でも
顕著だ。
産経は、河野談話が「日韓合作」だったという特ダネをすでに報じていただけに、「根拠のない談話により日本の名誉は著しく傷つけ
られている。談話は破棄、撤回を含め見直さなければならない」と断じた(同21日付主張)。
一方、朝日はもともとこの問題の火元と目されているせいか、元慰安婦たちの救済を重視すると同時に、韓国政府の猛反発を懸念。
「もう談話に疑義をはさむのはやめるべきだ」(同社説)と幕引きを主張している。
集団的自衛権や河野談話について、両紙の論調に違いがあることは別に問題ではない。それぞれ、社の方針に沿った主張があって
いい。その違いが、安倍晋三首相の政治信条や国家観に対する評価の違い、ないしは日米同盟、日中韓関係に対する評価の違いに
起因していることは間違いない。
保守を自任する産経が、ナショナリストと評される安倍首相の肩を持ち、中国の東アジア地域での急台頭を牽制する日米同盟強化を
支持するのは当然だ。
逆にリベラルを自任する朝日が、安倍首相の「戦後レジームの転換」を批判、どちらかといえば反米、親中に傾くのも不思議ではない。
両紙論調が併存していることは、むしろ、日本の言論界の健全性を物語るともいえよう。
いま日本の言論界に求められているのは、その健全性よりも平和国家日本のビジョンを語ることだ。歴史の教訓を踏まえ、過去の過ち
を繰り返すことなく、未来志向の展望を切り開くことだ。
戦争の危険性をいくら論じたところで、戦争は防げない。戦争をいかにして防ぐか。その知恵を絞るのに、保守もリベラルもない。

伊豆村房一(いずむら・ふさかず) 昭和16年東京生
慶大経卒、ジャーナリスト、元東洋経済新報社編集局長

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2014年7月5日 産経ニュース 【高橋昌之のとっておき】より

朝日・毎日への反論(10)
集団的自衛権問題 「扇動」ではなく「報道」をしよう


集団的自衛権の行使容認のための憲法解釈変更をめぐる議論は1日、自民、公明両党の与党間で合意が成立し、政府が閣議決定した
ことで決着しましたが、これに対する新聞各紙の紙面・論調はやはり、産経と読売は評価、朝日と毎日は反対と、真っ向から対立したまま
でした。私が書き続けてきたこの「朝日・毎日への反論」シリーズも今回で10回目となります。
朝日、毎日両紙がこれまでの指摘を受け止めていただいたのかどうか分かりませんが、集団的自衛権をめぐる報道ぶりや社説での論じ
方は多少、変わってきたと思っていただけに、先祖返りして自らの従来の主張を読者に押しつけるばかりの「現実から目を背けた情緒的
な紙面と論調」には、落胆を超えてあきれるばかりです。
議論の舞台は今後、秋の臨時国会以降の具体的な立法作業に移ります。そこでは改めて、国会にもマスコミにも政策的で論理的な議論
を求めたいと思います。 国民も同じ気持ちだと思いますので、今回も朝日、毎日両紙の社説の問題点を指摘しておきたいと思います。
まず閣議決定の評価について、産経は「戦後日本の国の守りが、ようやくあるべき国家の姿に近づいたといえよう」、
読売は「米国など国際社会との連携を強化し、日本の平和と安全をより確かなものにするうえで、歴史的な意義があろう」としました。
一方、朝日は「この暴挙を超えて」と題して、「戦後日本が70年かけて築いてきた民主主義が、こうもあっさり踏みにじられるものか」、
毎日は「閣議決定に反対する」と題して、「解釈変更による憲法9条の改正だ。このような解釈改憲は認められない」としました。
この4紙の社説の書き出しではっきりするのは、集団的自衛権行使の憲法解釈変更について、産経、読売が「現在の国際情勢において
日本の安全保障はどうあるべきか」という観点からとらえているのに対し、朝日、毎日はつまり「国際情勢が変化しているとしても、日本は
従来のまま一国平和主義を貫くべきだ」と主張していることです。
どちらが政策的で論理的であるか、良識ある国民の方々には明らかでしょう。
朝日は社説の中で、「自衛隊がPKOなどで海外に出ていくようになり、国際社会からの要請との間で、折り合いをつけることが難しくなっ
てきているのは否めない」と認めています。しかし、論理展開は「それでも日本は9条を維持してきた。『不戦の国』への自らの誓いであり、
アジアをはじめ国際社会への宣言でもあるからだ」となります。
毎日も「確かに日米同盟が強化されれば、一定の抑止力としての効果はあるだろう」としながらも「だが、米国から派兵を求められて断り
切れずに不当な戦争に巻き込まれる危険もある。自衛隊員が殺し、殺されるかもしれない」と、一転して反対論を展開しています。
国際情勢を考えれば必要だとしながらも、それより従来の憲法解釈を守る方が大事だという主張には到底、同意できません。
国民は仮に、集団的自衛権の行使が必要となる事態が生じた場合、日本の安全を守り国際社会の要請に応える道と、それらを無視して
従来の憲法解釈に殉じる道と、どちらを選ぶでしょうか。答えは明白です。
また、毎日は「そもそも、なぜいま集団的自衛権の行使容認なのか。現在の憲法解釈のもと、個別的自衛権の範囲内で安保法制を整備
するだけでは足りないのか」と、いまだに初歩的な疑問を投げかけました。紙面では事例ごとに、政策的な検証をやってきたにもかかわら
ず、いまだにその程度の認識しかないのでしょうか。
これでは、報道機関として政策の理解能力が欠如していると言われても仕方ありません。さらに朝日、毎日両紙が問題視したのが、憲法
解釈の変更という手法の問題です。
朝日は「閣議決定は『できない』と政府が繰り返してきたことを『できる』ことにする、クロをシロと言いくるめるような転換だ。まごうことなき
『解釈改憲』である」とし、「極端な解釈変更が許されるなら、基本的人権すら有名無実にされかねない」と、全く別の次元の問題を引き合
いに出して国民の不安を煽ろうとしています。こういうのを「論理の飛躍」といいます。
毎日は「安倍政権がやりたかったのは結局、安全保障論議を尽くして地道に政策を積み上げることよりも、首相の持論である『戦後レジー
ム(体制)からの脱却』を実現するため、集団的自衛権の行使容認という実績を作ることだったのではないか」と、これまた安倍首相の真
意をねじ曲げた想像で批判を展開しました。
そうではないことは、安倍首相を取材していれば分かるはずですが、取材していないのでしょうか。
両紙の主張はつまり、集団的自衛権に反対してきた自らの主張を正当化するために、これまでの政策論議から目を背けて、それこそ「シ
ロ」を「クロ」と言いくるめる論理展開をしているだけです。これでは、両紙の読者の中にも納得できない方はたくさんいるでしょう。
それにもかかわらず、両紙は「この政権の暴挙を、はね返すことができるかどうか。国会論戦に臨む野党ばかりではない。草の根の異議
申し立てやメディアも含めた、日本の民主主義そのものが、いまここから問われる」(朝日)、「歯止めをかけるのも国民だ。私たちの民主
主義が試されるのはこれからである」(毎日)と、集団的自衛権行使反対に立ち上がるよう求めています。
産経は3日付朝刊の1面で、こうした主張について「扇動」と指摘しましたが、まさにその通りだと思います。「報道」とは言えません。
また与党協議の間、朝日、毎日両紙は公明党に対して「平和の党の看板をおろすな」と呼びかけ続けましたが、同党は閣議決定に同意
しました。すると、翌日の紙面では「権力の蜜 折れた公明」(朝日)、「平和の党 連立重視」(毎日)という見出しで、批判を展開しました。
公明党は1991年の湾岸戦争を受けたPKO法から始まって、アフガニスタン、イラクへの自衛隊派遣を経て、現実の国際情勢、日本の安
全保障における集団的自衛権の行使容認の必要性については考え続けてきたのです。その結果、与党として国の行く末に対する責任が
あることを自覚して、現実的な判断をしたのです。従来の自らの主張を守ることありきの、朝日、毎日とは違うのです。それを「権力欲から
合意した」と、決めつけるのはいかがなものでしょうか。
こういう真実をねじ曲げてまで、自らの主張を正当化しようとする紙面作り、社説はやはり「扇動」であって「報道」ではありません。
新聞は、何を主張しようが自由を保障されていますが、少なくとも多くの読者を持ち影響力が大きい全国紙は、後世の歴史の批判に耐え
うる責任ある報道をしていきましょう。 どこかの政治団体の機関紙ではないのですから。

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「週刊新潮」2014年7月3日号より

集団的自衛権に集団ヒステリーを起こした朝日新聞

集団的自衛権の行使容認を巡る与党協議。反対派の急先鋒、朝日新聞は連日、日本が戦争に巻き込まれると不安を掻き立てる。一方、
安倍総理の私的諮問機関「安保法制懇」のメンバーである佐瀬昌盛・防衛大学校名誉教授(79)は、そんな朝日の報道をどう見たか。

このところの朝日新聞の記事を読んでいると、自らの希望的観測に基づいて過去の事例を都合よく解釈しているものが目につきます。
とても危なっかしくて読んでいられません。
とにかく政府の見解の欠陥を一つでも拾い上げようと、躍起になっているものの、焦って“誤報”を飛ばしてしまったのでしょう。言わば、
遠くのものを見ようと望遠鏡をのぞいているのですが、焦って逆さにのぞいてしまっているような状況です。
私が最も酷いと思ったのは、6月15日付朝刊の1面トップ記事です。
〈平和貢献のはずが戦場だった 後方支援 独軍55人死亡〉という扇情的なタイトルが付けられていますが、正直言って、味噌もクソ
も一緒にしたデタラメという他ありません。そもそもこの記事は〈集団的自衛権 海外では〉という連載の一つで、オーストラリア、カナダ
、韓国、英国の事例を扱っている。リードにも〈集団的自衛権をめぐる海外の事例のうち、ドイツの経緯を追った〉とある。つまり、海外の
「集団的自衛権」を扱ったものであるはずです。記事を読むと、
〈ドイツは、昨年10月に撤退したアフガニスタンに絡んで計55人の犠牲者を出した。/アフガンでは後方支援に限定した派兵だったが、
 戦闘に巻き込まれた死亡例が6割あった〉
〈2001年の米同時多発テロで、NATOは米国主導のアフガン戦争の支援を決定。ただ、独国内では戦闘行為への参加に世論の反発
 が強く、(中略)米国などの後方支援のほか、治安維持と復興支援を目的とする国際治安支援部隊(ISAF)への参加に限定した〉
と、アフガン戦争の例が取り上げられています。ドイツがアフガンに派兵したのは、いみじくも朝日が指摘しているようにISAFへの参加の
ためです。しかし、このISAFとは国連決議に基づいて立ち上げられた部隊であって、ドイツが集団的自衛権を行使したわけではありませ
ん。集団安全保障の一環として派兵したものなのです。
集団的自衛権とは、国連憲章第51条に規定されていて、実態としては、ある国が攻撃された時に同盟国がその国を守るために反撃する
権利。一方、集団安全保障とは、国連決議などに基づいた多国籍軍や国連軍などのように様々な国が協力して派兵することです。
つまり朝日は、“集団的自衛権の海外事例を取り上げる”と言っておきながら、その記事の中で書かれている、“55人が死亡した”とか
“戦闘に巻き込まれた”というのは、全て集団的自衛権の例ではありません。
さらに、この記事は2面に続いています。しかし、ここで扱われているドイツがコソボ紛争に派兵した例も、集団的自衛権ではなく、NATO
(北大西洋条約機構)決議に基づく域外平和強制活動の一環です。
しかも1面の記事の中には、〈ドイツは戦後制定した基本法(憲法)で侵略戦争を禁じ、長らく専守防衛に徹してきた。だが91年の湾岸戦
争で米国から「カネを出しただけ」などと批判を浴び〉、基本法の解釈を変更した、とある。
もっとも、ドイツの基本法は、「侵略戦争の準備」を禁じていますが、専守防衛に徹する、という解釈はありません。古い憲法を除き、明らか
に国際法に違反する侵略戦争を禁止していない憲法は、むしろ稀です。
それに専守防衛というのも日本にしかない概念で、ドイツ語や英語では、誰も理解できません。また、湾岸戦争で「カネを出しただけ」と
批判されたのは、ドイツでなく日本です。
この記事を書いた記者が、集団的自衛権と集団安全保障をわざと混同して使ったのか、それとも、全く理解していなかったのかは分かり
ません。しかし少なくとも、安倍総理の集団的自衛権行使容認の憲法解釈変更に対して、ネガティブな記事を書けという空気が朝日内部
に醸成されているからこそ、このような記事が出てしまうのでしょう。

防衛省は否定
朝日は、翌16日付朝刊にも、1面トップで〈集団的自衛権行使で想定「米艦で邦人救出」米拒む〉という記事を載せています。
安倍総理は、集団的自衛権の行使容認が必要となるケースの一つとして、朝鮮半島有事で避難する日本人を乗せた米艦を日本が守る
事態を想定しています。
記事には、これに対し、米国は米艦で日本人を救出することを拒んでおり、安倍総理が想定するようなケースは現実的には困難との主旨
が書いてあります。ところが、記事をよく読むと、日本と米国は1978年につくられた「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)を97年
に改定する際、避難する日本人を米軍が運ぶ「非戦闘員救出作戦」(NEO)を協力分野に加えることで合意した。しかし、98年にガイドラ
インに基づく協力内容を定める周辺事態法をつくる際、米側の強い意向でNEOはメニューから外された、と書いています。その一方で、
〈当時の政府関係者によると、米軍が海外の自国民らを救出・保護する作戦では、国籍による4段階の優先順位があるという。「米国籍、
米国の永住許可証の所有者、英国民らが優先で、日本人は最後の『その他』に位置付けられていると説明された」〉との記述もある。
要するに、優先順位は低いものの、日本人を米艦に乗せて避難させること自体は拒まれていないということです。
米国が、自国民や永住許可証の所有者から優先的に避難させるのは、ある意味当然です。その上で〈「米艦で邦人救出」米拒む〉という
見出しを付けたのは、無理があると思います。
案の定、この“スクープ”は、17日、防衛省の辰己昌良報道官が、会見で否定しました。
私は防衛省の報道官室に電話して、報道官の発言がどのようなものだったのか確認してみました。すると、現行のガイドライン協力項目
の中に〈非戦闘員を退避させるための活動〉が明記されている。在外邦人の退避に関しては〈米国との協力が行われることについても
言及されている〉〈実際上、日米共同訓練において、この在外邦人を含む非戦闘員の救出は、訓練項目の一つとして繰り返し行われて
きている〉等々、重ね重ね具体的な事例を示して、朝日の記事が事実でない旨、説明していました。
報道官の会見とは、国際政治上も非常に大きな意味を持つものです。その報道官が具体的事実を挙げ、否定していることから、もはや、
朝日に弁明の余地はないでしょう。
朝日が集団的自衛権を意図的に曲解していると感じる記事は他にもあります。
安倍総理は5月15日、集団的自衛権の解釈変更へ向け与党協議に入ることを表明し、翌16日、新聞在京6社は集団的自衛権に関する
社説を掲載しています。

天動説
朝日の5月16日付社説は非常にお粗末でした。
タイトルは〈集団的自衛権 戦争に必要最小限はない〉。とりわけ、〈自衛権の行使=戦争〉という中見出しには開いた口が塞がらなか
った。集団的自衛権の行使は即ち戦争である、との考えを読者に植え付けようとしていることは、一目瞭然でした。
「戦争の違法化」が、国連憲章の基本線です。国連憲章第51条では、ある国が外部からの攻撃を受けた場合、加盟国は集団的・個別的
自衛権を行使できる旨が書かれています。ただし行使にあたっては“自衛権を行使した後、すぐに国連安全保障理事会に報告すること”
“自衛権の行使は、国連安全保障理事会が必要な措置を講じるまでの間に限る”という二重の制限も掛けられている。
この国連憲章をきちんと読み、理解していれば、とても〈自衛権の行使=戦争〉などという記述が出てくるはずがありません。
それに、自衛権の行使とは戦争である、という主張は、取りも直さず、国連憲章を否定することを意味します。
朝日が安倍総理の集団的自衛権行使容認という解釈改憲に反対する根拠の一つとして、田中角栄政権で出された政府答弁資料(72
年見解)と鈴木善幸政権で出された政府答弁書(81年見解)があります。朝日は、この2つの見解で出された「集団的自衛権は国際法
上は保有していても憲法上行使できない」という見解を楯に、集団的自衛権の行使はできない、と主張。この政府見解から、改憲を経ず
に解釈だけを変更するのは適当でない、と言っています。
実際、5月16日付の社説で〈憲法96条に定める改憲手続きによって国民に問うべき平和主義の大転換を、与党間協議と閣議決定によ
ってすませてしまおうというものだ〉、5月31日付や6月20日付の社説でも、解釈改憲ではなく改憲の手続きを取るべきだ、との主張を繰
り返している。
しかし元はと言えば、72年見解も81年見解も、当初の政府見解から解釈だけを変えたもの。解釈改憲によって「集団的自衛権は保有し
ていても行使できない」と結論付けたのです。その証拠に51年、吉田茂元総理のもとで署名された旧日米安保条約では、日本は集団的
自衛権を行使していることになっている。
また60年、岸信介元総理のもと、旧日米安保条約が改定されました。その年、岸元総理は「他国に基地を貸して、そして自国のそれと協
同して自国を守るということは、当然、従来集団的自衛権として解釈されている点であり、そういうものはもちろん日本として持っている」
旨の発言をしています。従って60年安保でも、政府見解としては、集団的自衛権を制限的に保有、行使できるという解釈になるのです。
そう考えれば、72年見解、81年見解で出された「集団的自衛権は国際法上保有しているが、憲法上行使できない」という解釈は、立派な
解釈改憲の実例です。朝日が72年見解や81年見解を根拠に、今回の解釈改憲に反対するのは説得力に欠けるというわけです。

数ある日本のマスコミの中でも、集団的自衛権の行使容認に何が何でも反対の朝日新聞。その報道ぶりは“集団ヒステリー”状態と言
っても過言ではあるまい。当の朝日に聞くと、
「読者にお伝えしなければならないと判断した事柄は、当社の紙面や電子版などを通じて報道することが、当社の基本姿勢です。それ
以外で当社の報道をめぐる様々なご指摘や、貴誌の様々な主張について、当社の考えを逐一お示しすることは差し控えます」(広報部)

総論的に見ると、一連の集団的自衛権に関する朝日の報道は、まるで天動説です。
集団的自衛権は、他の国にしてみれば自明の権利。空気のようなもので、議論にもなりません。にもかかわらず、朝日は「集団的自衛権
を行使できない」日本がスタンダードだと思い、行使できる国では様々な問題が起きていると喧伝。集団的自衛権を妖怪のように仕立て
上げています。私は6月22日午後、そうした報道への違和感が我慢ならず朝日に投書しました。私の意見を載せる度量は、彼らにはない
でしょうけれど。

佐瀬昌盛(防衛大学校名誉教授)

・………………………………………………………………………………………………………………
~参考までに、読者コメントをいくつか・・・~

マスメディアは概ね、賛否は別として、集団的自衛権の限定容認を安保政策の大転換と報じているが
国連憲章で認められている権利を一部行使できるよう改めるものであり、大転換とまではいえない。
とりわけ、朝日、毎日、東京などの左翼メディアは、事あるごとに平和主義の大転換といったネガティブ
表現で我が国の安保政策を批判してきた。
PKO協力法成立時の騒ぎも今回と同じであり、その数年前には防衛費のGNP1%枠突破問題で大騒
ぎをした。さらに遡れば、70年安保改定、60年安保改定、自衛隊創設などの折に、その都度平和主義
の大転換だと非難してきたのである。
それほど大転換を繰り返していれば、とっくに一周回って元の位置に戻りそうだが、とにかく左翼メディ
アはアジテートを繰り返し、国民を扇動しようとする。
しかし、国民も左翼メディアの本質を見抜き、徐々にではあるが冷静な判断力を身に着け始めている。


平和は金だけでは買えない。侵略者が日本近海で挑発行為に及んでも、手は出せない、戦いに参加しな
いでは、何の抑止力にもならない。有事に戦闘行為が起き、自衛隊や国民が死ぬ危険ももちろんある。
だが平和憲法があったとしても、竹島周辺の漁民が大勢殺され、自国民が北朝鮮に拉致されているのだ。
だからこそ、そういったならず者国家に対して、日本に手を出せば痛い目を見ると分からせる必要がある。
手を出しにくい国になること、それが抑止力なのだ。
朝日、毎日の記者は、そんなに日本を守るのが嫌なら中国へ行くべきだ! 日本に居なくて良い。


日本以外のほぼすべての国が行使できる集団的自衛権。中国や韓国も、もちろん行使できます。
なのに、日本には日本には行使するなという。アジア各国は歓迎するのに、中韓は反対。
集団的自衛権に反対している国民は、まさに人でなしですよね。
日本が中国から攻撃されたときに、同盟国の米軍が助けに来てくれます。しかし、「その助けに来てくれた
米軍」が中国から攻撃されたときに、日本は「見殺し」にするしかありません。
なぜなら集団的自衛権(≒同盟国が攻撃された場合に助ける権利)を持っているが行使できないからです。
だれだって戦争は嫌ですが、上記は正しい行為なのでしょうか? 正しいかどうかは知らないが、俺は人と
して最低な行為だと思う。助けに来てくれた仲間を助けない人って、どうなの・・・。てっか、自分は助けない
のに、他人に助けてって、いいの・・・??
中国から攻撃されるのも、戦争なんですよ。マスコミに惑わされて、戦争ができる権利って解釈、すごい。



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閣議決定に関する、一問一答

集団的自衛権、「わが国を防衛するためのもの」---政府、HPでアピール
政府は、内閣官房のホームページで、集団的自衛権の行使を可能とする閣議決定を一般向けに説明する、一問一答を掲載した。
(2014年7月5日 産経ニュースより) 内容は以下の通り。
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内閣官房HPより
http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/anzenhoshouhousei.html

「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について」の一問一答

【問1】 なぜ、今、集団的自衛権を容認しなければならないのか?
【答】 今回の閣議決定は、我が国を取り巻く安全保障環境がますます厳しさを増す中、我が国の存立を全うし、国民の命と平和な
   暮らしを守るため、すなわち我が国を防衛するために、やむを得ない自衛の措置として、必要最小限の武力の行使を認める
   ものです。

【問2】 解釈改憲は立憲主義の否定ではないのか?
【答】 今回の閣議決定は、合理的な解釈の限界をこえるいわゆる解釈改憲ではありません。これまでの政府見解の基本的な論理
   の枠内における合理的なあてはめの結果であり、立憲主義に反するものではありません。

【問3】 なぜ憲法改正しないのか?
【答】 今回の閣議決定は、国の存立を全うし、国民の命と平和な暮らしを守るために必要最小限の自衛の措置をするという政府の
   憲法解釈の基本的考え方を、何ら変えるものではありません。必ずしも憲法を改正する必要はありません。
 
【問4】 国会での議論を経ずに憲法解釈を変えるのは、国民の代表を無視するものではないか?
【答】 5月に総理が検討の方向性を示して以降、国会では延べ約70名の議員から質問があり、考え方を説明してきました。自衛隊
   の実際の活動については法律が決めています。閣議決定に基づき、法案を作成し、国会に十分な審議をお願いしていきます。

【問5】 議論が尽くされておらず、国民の理解が得られないのではないか?
【答】 この論議は第一次安倍内閣時から研究を始め、その間、7年にわたりメディア等で議論され、先の総選挙、参院選でも訴えて
   きたものです。5月に総理が検討の方向性を示して以降、国会では延べ約70名の議員から質問があり、説明してきました。
   今後も皆様の理解を頂くよう説明努力を重ねます。

【問6】 今回の閣議決定は密室で議論されたのではないか?
【答】 これまで、国会では延べ約70名の議員からの質問があり、総理・官房長官の記者会見など、様々な場でたびたび説明し議論
   しました。閣議決定は、その上で、自民、公明の連立与党の濃密な協議の結果を受けたものです。

【問7】 憲法解釈を変え、平和主義を放棄するのか?
【答】 憲法の平和主義を、いささかも変えるものではありません。
   大量破壊兵器、弾道ミサイル、サイバー攻撃などの脅威等により、我が国を取り巻く安全保障環境がますます厳しくなる中で
   「争いを未然に防ぎ、国の存立を全うし、国民の命と平和な暮らしを守るために、いかにすべきか」が基点です。

【問8】 憲法解釈を変え、専守防衛を放棄するのか?
【答】 今後も専守防衛を堅持していきます。国の存立を全うし、国民の命と平和な暮らしを、とことん守っていきます。

【問9】 戦後日本社会の大前提である平和憲法が根底から破壊されるのではないか?
【答】 日本国憲法の基本理念である平和主義は今後とも守り抜いていきます。

【問10】 徴兵制が採用され、若者が戦地へと送られるのではないか?
【答】 全くの誤解です。例えば、憲法第18条で「何人も(中略)その意に反する苦役に服させられない」と定められているなど、
   徴兵制は憲法上認められません。

【問11】 日本が戦争をする国になり、将来、自分達の子供や若者が戦場に行かされるようになるのではないか?
【答】 日本を戦争をする国にはしません。そのためにも、我が国を取り巻く安全保障環境が厳しくなる中で国の存立を全うし、国民の
   命と平和な暮らしを守るために、外交努力により争いを未然に防ぐことを、これまで以上に重視していきます。

【問12】 自衛隊員が、海外で人を殺し、殺されることになるのではないか?
【答】 自衛隊員の任務は、これまでと同様、我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される
   というときに我が国と国民を守ることです。
 
【問13】 歯止めがあいまいで、政府の判断次第で武力の行使が無制約に行われるのではないか?
【答】 国の存立を全うし国民を守るための自衛の措置としての武力の行使の「新三要件」が憲法上の明確な歯止めとなっています。
   さらに、法案においても実際の行使は国会承認を求めることとし、国会によるチェックの仕組みを明確にします。
 
【問14】 自衛隊は世界中のどこにでも行って戦うようになるのではないか?
【答】 従来からの「海外派兵は一般に許されない」という原則は全く変わりません。
   国の存立を全うし、国民を守るための自衛の措置としての武力の行使の「新三要件」により、日本がとり得る措置には、自衛の
   ための必要最小限度という歯止めがかかっています。
 
【問15】 国民生活上、石油の供給は必要不可欠ではないか?
【答】 石油なしで国民生活は成り立たないのが現実です。
   石油以外のエネルギー利用を進める一方で、普段から産油国外交や国際協調に全力を尽くします。

【問16】 日本は石油のために戦争するようになるのではないか?
【答】 憲法上許されるのは、あくまでも我が国の存立を全うし、国民の命と平和な暮らしを守るための必要最小限の自衛の措置だけ
   です。
 
【問17】 従来の政府見解を論拠に逆の結論を導き出すのは矛盾ではないか?
【答】 憲法の基本的な考え方は、何ら変更されていません。我が国を取り巻く安全保障環境がますます厳しくなる中で、他国に対する
   武力攻撃が我が国の存立を脅かすことも起こり得ます。
   このような場合に限っては、自衛のための措置として必要最小限の武力の行使が憲法上許されると判断したものです。

【問18】 今回の閣議決定により、米国の戦争に巻き込まれるようになるのではないか?
【答】 憲法上許されるのは、あくまで我が国の存立を全うし、国民の命を守るための自衛の措置だけです。
   もとより、外交努力による解決を最後まで重ねていく方針は今後も揺らぎません。万が一の事態での、自衛の措置を十分にして
   おくことで、却って紛争も予防され、日本が戦争に巻き込まれるリスクはなくなっていきます。

【問19】 今回の閣議決定により、必要ない軋轢を生み、戦争になるのではないか?
【答】 総理や大臣が、世界を広く訪問して我が国の考え方を説明し、多くの国々から理解と支持を得ています。
   万が一の事態での自衛の措置を十分にしておくことで、かえって紛争も予防され日本が戦争に巻き込まれるリスクはなくなって
   いきます。

【問20】 今回の閣議決定によっても、結局戦争を起こそうとする国を止められないのではないか?
【答】 日本自身が万全の備えをし日米間の安全保障・防衛協力を強化することで、日本に対して戦争を仕掛けようとする企みをくじく
   力、すなわち抑止力が強化されます。
   閣議決定を受けた法案を、国会で審議、成立を頂くことで、日本が戦争に巻き込まれるリスクはなくなっていきます。

【問21】 武器輸出の緩和に続いて今回の閣議決定を行い、軍国主義へ突き進んでいるのではないか?
【答】 今回の閣議決定は戦争への道を開くものではありません。むしろ、日本の防衛のための備えを万全にすることで、日本に戦争を
   仕掛けようとする企みをくじく。つまり抑止力を高め、日本が戦争に巻き込まれるリスクがなくなっていくと考えます。

【問22】 安倍総理はなぜこれほどまでに安全保障政策が好きなのか?
【答】 好き嫌いではありません。総理大臣は、国民の命、平和な暮らしを守るために重い責任を負います。
   いかなる事態にも対応できるよう、常日頃から隙のない備えをするとともに、各国と協力を深めていかなければなりません。


<自衛の措置としての武力の行使の新三要件>
○我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これに
 より、我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること。
○これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと。
○必要最小限度の実力行使にとどまるべきこと。

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集団的自衛権の行使容認について、細谷雄一慶応大学法学部教授がご自身のブログで、各種の報道や国際的反応を
踏まえた上で、これまでの解釈の問題点について分かりやすくまとめられていますので、参考になると思います。


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ブログ「細谷雄一の研究室から」より

2014年07月02日
集団的自衛権の行使容認に関する閣議決定

7月1日、昨日になりますが(私はパリにいるのでまだ7月1日です)、安倍晋三政権で集団的自衛権の行使容認をめぐる閣議決定が
ありました。2006年に第一次安倍政権が成立してから実に8年が経っています。
私は、2013年9月から、安保法制懇のメンバーに入りまして、今年の5月15日に安倍総理に提出された報告書作成にも多少は安保
法制懇有識者委員としては関係しておりますし、報告書提出の際にも首相官邸で安倍総理の近くに座って、その重要な場面に居合
わせることができました。
この問題をめぐるマスコミの報道、反対デモ、批判キャンペーンを見ていて、少々落胆しております。あまりにも誤解が多く、あまりにも
表層的な議論が多いからです。

続きは http://blog.livedoor.jp/hosoyayuichi/archives/1865199.html で・・・

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2014年07月05日
政府の閣議決定について:補足

パリから帰国しました。二つの会議で講演をしてきて、建設的なディスカッションを楽しんできました。(中略)
それにしても、先日投稿したブログのエントリーが、驚くほど多くの方に読んで頂いているようで、自分でも驚いております。
いつもは、一日あたりで100名ほどのアクセスなのですが、なんと昨日は4万3千アクセス。驚異的です。(中略)
海外出張でパリに行く飛行機に乗っているときに、閣議決定があったのですが、パリ到着後にスマホやiPad Miniで読んだ日本の報道
ぶりに愕然として、失望と倦怠感から夜に勢いでブログを書いてしまいました。
私は学術論文を書くときとは違って、ブログを書くときはいつも勢いで書いておりますので、誤字脱字がたくさんありました。そのあたりは
大目に見て下さい。ただし集団的自衛権に関して「武力行使」と書くべきところ「武力攻撃」と書いてしまっており、こちらは修正をさせて
頂きました。国際法上の概念として、「武力攻撃(armed attack)」と、「武力行使(use of force)」と、「武器使用(use of weapons)」
は当然ながら異なります。
国連憲章51条では、「武力攻撃」が発生した場合のみ安保理が平和と安定のための措置を執るまでの間、個別的自衛権と集団的自衛
権を発動することが認められています。
自衛権の発動の際には、自衛のための武力行使をすることが容認されます。しかしながら、その際には安保理への報告が義務づけられ
ています。ややこしいですね。
今回の投稿については、多くの方にとてもわかりやすかったといってもらえたことが、何よりも嬉しいです。

続きは http://blog.livedoor.jp/hosoyayuichi/archives/1865635.html で・・・

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さらに、軍事ブロガーの「dragoner」さんの7月6日の記事も、参考になると思いますので紹介しておきます。

時代と共に変わってきた集団的自衛権の憲法解釈
これまで憲法解釈上認められてこなかった集団的自衛権の行使が、解釈の変更により認められるようになった事は、各種報道で
ご存知の方が大半と思います。
この解釈変更について報道各社は様々に報じていますが、「歴史的な転換」、「憲法の柱」等、解釈変更の重大性、歴史性を強調
する論調が目立ちます。特に目立つのは、憲法9条では個別的自衛権のみが認められており、これが憲法の平和主義の根本だ、
とする論調です。
続きは http://bylines.news.yahoo.co.jp/dragoner/20140706-00037115/ で・・・

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平成26年7月2日 産経新聞より

21世紀の日本のかたち示す時 

自衛隊発足から60年を迎えた1日、閣議決定によって、長らく日本の安全保障政策を覆っていた「集団的自衛権」という“呪縛”から
解き放たれた。その意義は大きい。
日本が強みを発揮できる後方支援を中心とした新たな安全保障体制を構築すると同時に、「21世紀の日本のかたち」を世界に示す
重要な一歩としなければならない。「わが国を取り巻く安全保障環境の変化」。閣議決定文の随所に出てくる文言だ。
政府の有識者会議「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会(安保法制懇)」の冒頭あいさつで、毎回のように安倍晋三首相
が言及していた文言でもある。政府筋は「憲法解釈変更に踏み切った意味が込められている」と指摘する。
閣議決定文に「グローバルなパワーバランスの変化」という間接的な表現で示された中国の急速な軍備拡張に伴う東シナ海や南シ
ナ海での緊張の高まり深刻度を増す核兵器や弾道ミサイルの拡散、テロやサイバー攻撃のような新しい脅威にわが国は直面している。
これまでは米軍が圧倒的な力を持ち、日本はその傘の下で守られていたが、米国は内向き志向になっている。
「日本は逃げ口上として集団的自衛権の制約を使ってきたが、もはやそうした態度は許されない」(政府筋)というわけだ。
アジア・太平洋の安定と繁栄にとって引き続き不可欠なのが日米同盟であり、同盟強化のためには経済面では環太平洋戦略的経済
連携協定(TPP)、安全保障面では集団的自衛権の解釈変更に伴う抑止力の強化を「車の両輪」として進めなければならない。
今日と似たような光景が、平成4年成立のPKO協力法の審議でもあった。社民連議員だった菅直人元首相の長時間演説など、野党が
反対するなかで賛成したのが公明党と民社党だった。
その後、カンボジア、インド洋、イラクと自衛隊が海外で行った活動は数多い。自衛隊の地道な活動の積み重ねは海外で評価されている。
だからこそ、米国や東南アジア諸国も集団的自衛権に賛意を示している。
反対派は、「軍国主義復活だ」などと批判するが、この実績は簡単に揺らぐものではない。
PKOで活動中の自衛隊が他国軍を助ける「駆け付け警護」の問題などは以前から指摘されており、拙速な議論との批判はあたらない。
むしろ、「具体例を挙げ、内外に手の内を明かした以上、とりまとめを急ぐのは当然だ」(政府高官)。
今後、法整備が本格化するなかで野党の対応も問われる。国連の集団安全保障への参加も宿題として残った。日本がより一層主体性
をもって取り組む必要があり、まさにこれからが勝負なのである。 (政治部長・有元隆志)

7月2日産経1面

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以下、海外の反応を紹介したNewSphere(ニュースフィア)の記事と、7月2日付の ウォール・ストリート・ジャーナルの記事ならびに
7月3日付の英フィナンシャル・タイムズ紙の記事を転載しておきます。


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2014年7月2日 ウォール・ストリート・ジャーナルより

【社説】 日本の新防衛方針-中国の脅威が背景

日本政府は1日の閣議で、憲法を再解釈して集団的自衛権の行使を容認することを決めた。アジアの民主主義諸国の安全保障を強化
する重大かつ長年懸案だった決定だ。
だがこれと同じほどに重要だと思われるのは、この決定が中国の行動が大きなきっかけであることを北京(中国政府)に思い至らせるだ
ろうという点だ。つまり、東シナ海での中国の侵略的な行動が、日本をこの地域でより積極的な役割を担うように決意させたということだ。
安倍晋三首相はタカ派であり、集団的自衛権をめぐる今回の動きを強く推進してきたが、他方で、日本の安保環境の変化がそれを必要
で不可避なものにした。こうした変化には、中国の軍事力が急速に拡大していることや、係争水域の尖閣諸島の現状(ステータス・クオ)
変更のため中国が力を行使していることが含まれている。
中国外務省は1日、猜疑の目をもって反応した。また国営新華社通信は論評で、日本は「戦争の亡霊とたわむれている」と非難した。
しかし過去5年間にわたって、この東アジア地域全体を警戒させてきたのは、中国の好戦的な発言であり、その一方的な行動だった。
日本が軍国主義的な過去に戻るというのは問題外である。今回の変更は、日本の軍事力に課されている多くの制限を取り払うものでは
ない。むしろ、それは一つのプロセスの中の漸進的な一歩であって、そのプロセスは続くかもしれないし、続かないかもしれない。
それはおおむね中国の行動次第だろう。安倍氏は、平和主義的な連立パートナーである公明党の支持を取り付けるため、譲歩しなけれ
ばならなかった。したがって日本の集団的自衛権は非常に限定的だ。
集団的自衛のドクトリンによって、日米防衛同盟における日本の役割はより対等なものになるろう。日本の自衛隊は、日本の沿岸越えた
水域ではどのような紛争でも、矛先としての役目を果たす公算はほとんどないが、例えば部隊防護には参加するかもしれない。
日本と米国を北朝鮮の攻撃から守るため、イージス搭載艦がミサイル防衛システムに統合される可能性もあるだろう。
平和主義的な日本国憲法は、第2次世界大戦後に米国が日本に課したものだが、それを弱体化することに対し日本の一般国民に依然
ためらいがあることは頭にとどめておくべきだ。
幾つかの主要なニュースメディアが今月実施した世論調査では、日本人の過半数が集団的自衛権の再解釈に反対していることが判明
した。安倍政権はこの再解釈を可能にするため、憲法改正によらずに閣議決定という形を使った。このため同政権は、今回の変更を慎重
に履行しなければ、一般国民の反発によって弱体化しかねない。
地域的にも、日本は用意周到に足を踏み出さねばならない。とりわけ韓国に対してはそうだ。
韓国政府は1日、日本が朝鮮半島における集団的防衛に韓国の招請なしで参加するのは容認されないと慎重な姿勢で強調した。
日本の植民地支配下に置かれた韓国人の痛い記憶があり、したがって、遠くない将来に日本が韓国防衛に参加する公算は殆どない。
ただ、他の民主主義諸国との安全保障上の関係を強化する余地は増えるかもしれない。
日本はフィリピンとベトナムに対して沿岸警備艇を供給すると約束しており、オーストラリアとの間では潜水艦の共同開発の取り決めに
署名した。こうした関係は今後、拡大するかもしれない。
一方、オバマ政権は軍事費を削減しており、敵対勢力が一線を越えた場合の軍事行動に消極的になっている。この結果、アジアでは米国
が提供する安保に対する信頼性に懸念が高まっている。
日本は、同盟パートナーとしての自らの価値を証明しなければならないことを認識している。それは、同盟を支持する米国国内のコンセン
サスを守るためでもある。
この1年、今年が第1次世界大戦の開戦から1世紀になること、そして当時のヴィルヘルム2世時代のドイツと今日の中華人民共和国との
類似点について多くのことが書かれてきた。
権威主義的でノン・ステータス・クオ(現状打破志向)的な大国の台頭は、双方の政治家によって対応することができる。
しかし平和の究極の保証は、民主主義諸国が団結して、侵略に対抗し、ルールに基づいた国際秩序を防衛する能力があるかどうかにか
かっている。他の民主主義諸国の防衛に駆けつけねばならないという日本の認識は、アジアでの平和維持に決定的に重要なのだ。

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【オピニオン】 日本の防衛政策のシフトは限定的

安倍晋三首相は1日、祖父である岸信介氏から受け継いだ野望を果たした。
岸氏は戦時中に東条英機内閣の商工大臣、戦後には首相を経験。首相時代には、より平等な日米関係を目指して安全保障条約の改定
交渉に力を尽くし、1960年には自らの政治生命と引き換えに新安保条約に調印、成立させた。
そして今、その孫がさらに平等な日米関係の構築に向けた一歩を踏み出した。安倍内閣は、自衛隊が他国への攻撃に反撃する集団的自
衛権の行使を認めるため、長年維持されてきた憲法9条の解釈を変える閣議決定を下した。
ある意味、安倍政権による憲法解釈の変更は、東アジアの安保環境で日本の役割の重要性を際立たせる転換点になったと言える。
首相は当初の目標より限定的な憲法解釈を受け入れざるをえなかったが、それでも重要で象徴的な勝利を手に入れた。
実務面では憲法解釈の変更により、米国が地域紛争に巻き込まれた場合に自衛隊が積極的な役割を果たす可能性が高まった。
ただ自衛隊が前線で戦闘に参加する可能性は低い。第一に、依然として世論が日本の軍事力行使に対する重要な抑止力になっている。
国民は、集団的自衛権の行使を積極的に支持したことはなく、むしろ議論が進むにつれて一段と疑心暗鬼になっていった。
安倍首相は1日に行った閣議決定後の記者会見で、憲法解釈の変更がいかに限定的だったかを強調する必要があった。政府が新解釈
を乱用すれば、国民が直ちに反発するだろう。このため、1日の閣議決定が日本の右傾化を示していると考えるのは誤りだろう。
国民はまだ、憲法9条が重要で守るに値すると信じている。いずれにせよ、首相が憲法改正でなく解釈の変更にとどめたため、9条が将来
の自衛隊の活動を厳しく制限し続けることが確実になった。国民は今後、集団的自衛権の議論が始まる前よりも、憲法9条を改正しようと
する試みに強い警戒感を抱くだろう。
集団的自衛権に関する議論を通じて、安倍首相が比肩する者のない政策形成能力を持つことが示された。首相は、憲法解釈の変更を心
に決め、他のすべての政治勢力に強く迫った。一方、ここでは首相の力の限界も示された。
公明党は、従来の憲法解釈を維持する方針だっただろう。だが、それでも最終的な結果を形作る上で影響力を行使した。一貫した姿勢を
示せる有力な野党がいないなか、連立政権のパートナーである公明党が安倍首相の野心にブレーキをかける役目を担った。解釈変更を
受けて政府は関連法案の準備を進めているが、公明党が自衛隊の活動に歯止めをかける拒否権を持ち続けるのは間違いない。
最後に、新たな憲法解釈は従来より拡大したが、解釈の変更である以上、日本の安保政策が依然として憲法9条の正確な意味をめぐる
法的議論に支配されることを示している。個別の事態における日本の役割は、今後も政治家や官僚、学者などが政府の新解釈について
議論することによって決められるだろう。安保政策の議論の根幹には、日本が「法的にできることとできないこと」を明確に見極めようとす
る姿勢が残っており、「やるべきこととやるべきでないこと」をベースにした議論にはならないだろう。そうした意味で、日本は再軍備からほ
ど遠く、依然として「普通の国」からも距離を置いている。ただ、日本にとってはこれがベストとも言える。
日米同盟の担当者には不都合かもしれないが、日本は戦後に定められた軍事面の制限の解除に前向きでない。逆説的だが、これが地
域で中国に対抗する力の源泉なのかもしれない。日本が安保政策や方針を少しでも変えれば、中国政府は日本が根本的に好戦的だと
いうイメージを描き出そうとする。だが、戦後安保体制の変更が日本国民によって慎重に進められたことが、日本の意図がいかに穏やか
なものであるかを示す重要なシグナルになった。
安倍氏は最近の首相の中で最も力を持っている上、米国が戦後に押しつけた日本の軍事制限を取り払おうと長く主張してきた。
この安倍氏が、限定的な憲法解釈の変更を受け入れざるを得なかったことは極めて重要だ。
日本政府は、東アジアの現状を力で変更することに反対するとよく表明するが、こうしたメッセージが、国際紛争を解決する手段としての
戦争を放棄した憲法を持ち、この憲法を捨てたいと思っていない国民のいる国から発せられることは、早急にすべての武力制限を取り払
ってしまうような国から発せられるのと比べて、その重みが違う。

By Tobias Harris
トバイアス・ハリス氏は、戦略コンサルティング会社テネオ傘下で、政治リスク評価を手がけるテネオ・インテリジェンスのアナリスト。 

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2014年7月3日 NewSphere(ニュースフィア)より

日本が参戦?ありえない…英米メディア、安倍政権の新方針は「防衛」コンセプトと報道

安倍内閣は1日、集団的自衛権の行使を容認する憲法再解釈を閣議決定した。海外メディアはこのニュースを「日本が歴史的な一歩
を踏み出した」(ワシントン・ポスト)などと大きく報じ、専門家の見方を交えた論説記事も盛んに展開している。

■米国にとっては「非常に良いニュース」
ワシントン・ポスト電子版のオピニオン記事は、今回の日本の動きは同盟国アメリカにとって「非常に良いニュースだ」とする専門家の
意見を掲載した。
米シンクタンク「アメリカン・エンタープライズ・インスティテュート」のダニエル・ブルンメタル氏は、北朝鮮が米軍に向けてミサイルを放
っても日本は公式に撃ち落とすことができないという、これまでの「ねじれ現象」が解消された、と歓迎のコメントを寄せている。
同氏は、対中国の安全保障面でも安倍政権の決定を評価する。中国がベトナムと領有権を争う海域で油田の掘削を始めたことを「(4
月末の)オバマ大統領のアジア歴訪からたった数日後に、(アメリカの)ヘーゲル国防長官やケリー国務長官の警告を無視して行われ
た」と批判。こうした情勢下での安倍首相の決断を賞賛し「我が国が何もできていない分、引き続き大胆なリーダーシップを発揮してほ
しい」とコメントしている。

■「国内世論の反対」がリスクの一つ
英BBCの公式サイトの論説記事は、オーストラリア、フィリピンなどのアジア太平洋地域諸国も日本の動きを歓迎していると論じる。
米軍との協力関係はもちろん、「アジア太平洋地域の国々とよりアクティブな防衛協力を行うための門戸を開いた」との評価だ。
日経新聞の最新の国内世論調査によると、新しい憲法解釈に反対する意見は50%で、賛成の34%を上回っている。
BBCはこれを受け、国内や中国・韓国の反対論の拡大をリスクの一つに挙げる。反対論者の多くは、集団的自衛権の行使により、日本
がアメリカなどが関与する大きな戦争に巻き込まれることを心配している。
これに対し、同メディアは「安倍政権はそのようなオプションは明確に除外している」と反論する。安倍政権が、日本の財産と利益を守る
「集団的自衛権」と、同じ敵の攻撃を受けている国家がお互いの財産を守る「集団的安全保障」を慎重に区別していることに触れ、「安
倍首相自身、自衛隊は湾岸戦争やイラク戦争のような戦闘には参加しないと明言している」と記している。

■「防衛のためのコンセプト」
「日本は平和憲法からの歴史的な離脱を果たし、中国を怒らせた」と、対中関係の悪化を懸念するのは、米ニュース専門サイトCNBCだ。
上智大学のティナ・バレット助教授は、記事の中で「私は必ずしも日中が衝突するコースにあるとは思わない。しかし、中国では既に日本
のナショナリズムと攻撃性が高まっているという物語が作られている」と述べている。
一方、米シンクタンク「デルタ・エコノミクス」のトニー・ナッシュ副代表は、「(憲法再解釈は)国粋主義的な動きに映るかもしれないが、安
倍首相がやろうとしているのは、日本に新たなアイデンティティを築き、国全体の意識を近代化することだ」と論じる。同氏はアジア太平洋
地域でのパワーバランスの変化や米軍の予算削減などを見ても、「この動きは不可避なものだったと言える」とも述べている。
国際基督教大学(ICU)のスティーブン・ナギ准教授は、憲法再解釈の考え方を次のように総括する。
「この再解釈には、一定の制限があり、戦闘地域には部隊を派遣しないとされている。つまり、これは攻撃のためのコンセプトではなく、
他国と協力して行う防衛のコンセプトだ」。

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2014年7月4日 Financial Times(翻訳)より

「普通」の国に徐々に近づく平和主義の日本

日本の内閣は今週、同盟国を防衛する日本の権利を宣言し、戦争放棄を規定した憲法の名残を破り捨てた。日本はこうして、扇動的
なことで知られるニュージーランドやスウェーデンを含め、同じ権利を持つ多分に戦争好きの国々の仲間入りを果たすことになる。
実は、ほぼ全ての国が専門的には集団的自衛権として知られる権利を保持している。日本と同様に、第2次世界大戦で間違った側に
ついたドイツは実際、1955年に西ドイツが北大西洋条約機構(NATO)に加盟して以来、同盟国を守る義務を負っている。
憲法で軍隊を廃止したコスタリカのような国だけが、平和主義の原則を果敢に守り通している。

◇主要国では例外だった日本
つまり主要国の中では、日本は例外だった。我々は必要とあらば戦争を仕掛ける用意がある、と宣言する国がまた出たということを嘆く
かもしれないし、安倍晋三首相の国家主義的な雄弁な表現を嫌悪するかもしれない。
だが、日本がやったことは、ただ単に「普通」の国になることに、ほんの少し近づいただけだと認めなければならない。
米国占領軍のメンバーが、日本の憲法を起草した1947年以降、日本は交戦権を放棄した。
「平和主義条項」と言われる憲法9条は、「日本国民は国権の発動たる戦争を永久に放棄する」と書いている。これを達成するために
「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」としている。
日本の兵士がもう70年近く敵に対して1発たりとも発砲したことがないのは事実だ。しかし、日本は陸軍も海軍も空軍も持っていないと
いう考えは、検証に耐えない。日本の「自衛隊」は事実上、近代的な戦闘マシンだ。
米国は、日本憲法が制定されたほぼその瞬間から、日本を説得して平和主義を捨てさせようとしてきた。朝鮮半島で戦争が勃発した後、
米国は力のない同盟国は欲しくないとの判断を下した。ただ日本にとって平和主義の憲法は便利だった。
国防を米国に委ねることで、日本は豊かになることに専念できたからだ。この立場は、おおむね有効だった。最近まで戦車は信号で停止
することを義務付けられていた。
だが10年前、当時首相だった小泉純一郎氏が「平和主義」の定義を徐々に変え始めた。同氏はアフガニスタンでの戦争のために補給
支援を行った。イラクには、(困ったことに)戦うことは許されなかったものの、自衛隊の小さな部隊を派遣した。
小泉氏はまた、たとえ米軍の空母が日本の海岸沖で攻撃を受けたとしても、厳密には日本は米国を助けることができないと指摘し集団
的自衛権の問題を提起した。

◇戦後の実績でも判断されるべき
安倍氏は状況をさらに押し進めた。同氏の下で、日本は国家安全保障会議を創設し、秘密保護法を制定し、武器輸出の制限を弱めた。
2008年刊行の著書『Japan Rising』で、日本の防衛政策の抜本的な見直しを予想した学者のケネス・パイル氏は、次第に強まる中国
の力と強硬姿勢によって容易になった「大転換」を、安倍氏は成し遂げたと言う。
ここで、いくつかの疑問が出てくる。まず、我々は日本がより標準的な防衛態勢を採用することを警戒すべきなのか?
結局のところ、ドイツはアフガニスタンなどの紛争に参加した。徴兵制まである。他国に与えられている権利を、日本に認めてはならない
と言うなら、日本は一意的に信用できないあるいは悔悟しない国だということを暗示する。これは疑いようもなく、中国と韓国の多くの人
が抱いている見方だ。日本政府は数々の場面で謝罪したが、そうした謝罪の誠意は疑われている。
とはいえ、日本は戦後の実績によっても判断されるべきだ。確かに、日本の平和主義は米国の核の傘に保護されてきた。
だが日本は1945年以降、どんな紛争にも一切、直接関与していない。

◇不足していた国民的議論
2番目に、安倍氏はずるかったか?
名高い学者のドナルド・キーン氏は、憲法9条を「日本の誇り」と呼ぶ。修正するのではなく解釈を見直すことで、安倍氏はほぼ間違いな
く負けただろう国民投票の必要性を回避した。「人々は、安倍氏が日本をどこに向かわせようとしているのか、大きな不安を抱いている」。
東京のテンプル大学のジェフ・キングストン氏はこう言い、平和主義は日本国民のアイデンティティーの「試金石」になったと指摘する。
確かに、これ程の大きな変更に国民的議論は不足していた。ある男性が、憲法解釈変更に抗議して自分の体に火をつけた事件が報道
に値すると考えた日本のメディアが殆ど無かったことは心配だ。中国メディアが同じように、選択的な報道をした時、我々はそれを国家の
検閲と呼ぶ。
3つ目は、憲法解釈変更が国会に承認されると仮定して、安倍氏が新たに勝ち取った自由で一体何をしようとしているのか。
それと関係するのが近隣諸国、特に中国がどう反応するかという問題だ。一部の日本人は、日本はこれで次の米国の軍事的冒険に引
きずり込まれると確信している。
ワシントンでは、次第にその反対を懸念するようになっている。つまり東シナ海での日中の領有権争いを巡り、米国が紛争に巻き込まれ
かねない、ということだ。
安倍氏は、フィリピンなどの比較的小さな国が、自国の領有権を中国から守るのを、日本が手助けできると示唆しているように見える。
これは、フィリピン政府やベトナム政府に安心感を与えるかもしれないが、中国政府を憤慨させる可能性がある。
より標準的な防衛態勢を取る日本の権利を否定するのは難しい。だからと言って、我々がそれを祝わねばならない訳ではない。

By David Pilling (2014年7月3日付:英フィナンシャル・タイムズ紙/翻訳協力=JBpress)

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2014年7月4日 NewSphere(ニュースフィア)より

「異常」な日本、「普通の国」へ一歩 海外識者、集団的自衛権の行使容認を論評

集団的自衛権を行使するための憲法再解釈が閣議決定されたのを受け、国内外で賛否両論の声が渦巻いている。
海外メディアでも様々な意見が交わされているが、これまで特異な「平和主義」を貫いていた日本が、良くも悪くも「普通の国」に近づい
ているという見解は概ね一致しているようだ。
一方、現在も抗議デモが続くなど反対世論が過半数を占めていることも関心を集めている。知日派の学者の一人は、その原因が“戦後
日本のトラウマ”にあるとする見解を述べている。

■日本はほんの少し“普通”に近づいた
「平和主義の日本がジワジワと“普通”に近づいている」と評したのは、フィナンシャル・タイムズ紙(FT)のコラムだ。
世界中の「ほぼ全ての国が集団的自衛権を有している」とし、日本と同じ第2次大戦の敗戦国であるドイツでさえも「西(ドイツ)がNATO
に加盟した1955年以来、同盟国を守る義務を負ってきた」と記す。そして、「主要国の中で日本だけが異常だった」と表現している。
同紙は、日本が再び戦争を起こすという懸念や「安倍首相の国粋主義的なレトリック」に対する反対論者の嫌悪を皮肉りながら、「日本
はほんの少し“普通の国”に近づいただけだ。我々はそのことを冷静に認めなければならない」としている。
また、戦前・戦中の日本の行為に対し、中国と韓国が戦後幾度となく謝罪と賠償を求めてきたことについて、「(平和憲法のもとで)日本
は1945年以来、ただの一度も紛争に関わっていない」とした上で、中韓が求める日本の“誠意”は、そうした戦後の歩みによっても汲み
取られるべきだと論じている。そして今回の再解釈は再び中国の怒りに火をつけることになるだろうが、「日本がよりノーマルな防衛姿勢
を取ることを否定するのは難しい」と結んでいる。

■戦争へのトラウマが9条を神格化
一方、複数のメディアが、閣議決定に至るまでに国民的な議論が欠けていたと指摘している。
エコノミスト誌はそれに加え、首相官邸を連日大勢の反対派市民が取り囲んでいることや、閣議決定の2日前に東京・新宿駅前で男が
抗議の焼身自殺を図ったことに触れている。FTは、この自殺未遂事件をほとんど報じなかった日本メディアを「中国メディア同様に選択
的だ。我々はそれを検閲と呼ぶ」と批判している。
テンプル大学ジャパンキャンパスのジェフリー・キングストン教授(アジア研究)は、日本の一般市民の世論が再解釈反対に傾いている
理由について、戦後の日本人の心に刷り込まれた平和主義が「日本の国民的なアイデンティティになっているからだ」と指摘する。
同教授はAPが配信した識者座談会で、「日本の子供たちは、修学旅行でどこへ行く? 広島と沖縄だ。そこで反戦感情が強化され、教科
書などで語られる戦時中の悲劇の記憶がそれを後押しする」などと述べ、日本人には戦争への「消えることのない恐怖がある」と指摘す
る。外国人から見れば、中国や北朝鮮の脅威のまっただ中にあるにも関わらず、集団的自衛権を放棄し続けようとする感情は奇異に映る
かも知れないが、それが日本人が「9条に救済を見出す」トラウマの正体だという。

■「アジアのNATO」を目指す?
同じ座談会で、安全保障を専門とする道下徳成政策研究大学院大学准教授は、中国の脅威にさらされているベトナム、フィリピンなどの
東南アジア諸国の日本に対する期待が高まっていると指摘する。「これまでの日本は、『我が国は集団的自衛権を行使できないので、地
域に貢献することができない』としか言えなかった。しかし日本は今、その言い訳を失った」。
これに呼応して、岩屋毅・自民党安全保障調査会長は「長期的視点に立てば、アジア太平洋地域全体をヨーロッパのように安全保障の
傘で覆わねばならない」と発言。将来、アジアにもできるであろうEUのような自由貿易ブロックを守るため、NATO(北大西洋条約機構)
のような「集団的安全保障の枠組みの構築」が、将来的な目標だと述べた。


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集団的自衛権の行使容認を閣議決定

【集団的自衛権】安倍晋三内閣総理大臣 記者会見(全録)








~平成26年7月1日 首相官邸HPより~

【安倍内閣総理大臣記者会見】

いかなる事態にあっても国民の命と平和な暮らしは守り抜いていく。内閣総理大臣である私にはその大きな責任があります。その覚悟の
下、本日、新しい安全保障法制の整備のための基本方針を閣議決定いたしました。
自民党、公明党の連立与党が濃密な協議を積み重ねてきた結果です。協議に携わった全ての方々の高い使命感と責任感に心から敬意
を表する次第であります。集団的自衛権が現行憲法の下で認められるのか。そうした抽象的、観念的な議論ではありません。
現実に起こり得る事態において国民の命と平和な暮らしを守るため、現行憲法の下で何をなすべきかという議論であります。
例えば、海外で突然紛争が発生し、そこから逃げようとする日本人を同盟国であり、能力を有する米国が救助を輸送しているとき、日本近
海において攻撃を受けるかもしれない。我が国自身への攻撃ではありません。しかし、それでも日本人の命を守るため、自衛隊が米国の
船を守る。それをできるようにするのが今回の閣議決定です。
人々の幸せを願って作られた日本国憲法がこうしたときに国民の命を守る責任を放棄せよといっているとは私にはどうしても思えません。
この思いを与党の皆さんと共有し、決定いたしました。ただし、仮にそうした行動をとる場合であっても、それは他に手段がないときに限ら
れ、かつ必要最小限度でなければなりません。
現行の憲法解釈の基本的考え方は、今回の閣議決定においても何ら変わることはありません。海外派兵は一般に許されないという従来
からの原則も全く変わりません。自衛隊がかつての湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなことはこれからも決してありません。
外国を守るために日本が戦争に巻き込まれるという誤解があります。しかし、そのようなこともあり得ない。
日本国憲法が許すのは、あくまで我が国の存立を全うし、国民を守るための自衛の措置だけです。
外国の防衛それ自体を目的とする武力行使は今後とも行いません。むしろ、万全の備えをすること自体が日本に戦争を仕掛けようとする
企みをくじく大きな力を持っている。これが抑止力です。今回の閣議決定によって日本が戦争に巻き込まれるおそれは一層なくなっていく。
そう考えています。日本が再び、戦争をする国になるというようなことは断じてあり得ない。いま一度、そのことをはっきりと、申し上げたいと
思います。二度と戦争の惨禍を繰り返してはならない。その痛切な反省の下に、我が国は戦後70年近く一貫して平和国家としての道を歩
んできました。しかしそれは、平和国家という言葉を唱えるだけで実践したものではありません。
自衛隊の創設、日米安保条約の改定、そして国連PKOへの参加、国際社会の変化と向き合い、果敢に行動してきた先人たちの努力の結
果である。私はそう考えます。憲法制定当初、我が国は自衛権の発動としての戦争も放棄したという議論がありました。
しかし吉田総理は、東西冷戦が激しさを増すと自らの手で自衛隊を創設しました。その後の自衛隊が国民の命と暮らしを守るため、いか
に大きな役割を果たしてきたかは言うまでもありません。1960年には日米安全保障条約を改定しました。当時、戦争に巻き込まれるとい
う批判が随分ありました。正に批判の中心は、その論点であったと言ってもいいでしょう。
強化された日米同盟は、抑止力として、長年にわたって日本とこの地域の平和に大きく貢献してきました。冷戦が終結し地域紛争が多発
する中、国連PKOへの自衛隊参加に道を開きました。当時も戦争への道だと批判されました。
しかしカンボジアで、モザンビークで、そして南スーダンで自衛隊の活動は世界の平和に大きく貢献し、感謝され、高く評価されています。
これまでも私たち日本人は時代の変化に対応しながら、憲法が掲げる平和主義の理念の下で最善を尽くし、外交、安全保障政策の見直
しを行ってまいりました。決断には批判が伴います。しかし批判をおそれず、私たちの平和への願いを責任ある行動へと移してきたことが、
平和国家日本を創り上げてきた。そのことは間違いありません。平和国家としての日本の歩みは、これからも決して変わることはありませ
ん。むしろ、その歩みをさらに力強いものとする。そのための決断こそが、今回の閣議決定であります。
日本を取り巻く世界情勢は、一層厳しさを増しています。あらゆる事態を想定して、国民の命と平和な暮らしを守るため、切れ目のない安
全保障法制を整備する必要があります。もとより、そうした事態が起きないことが最善であることは言うまでもありません。だからこそ、世界
の平和と安定のため、日本はこれまで以上に貢献していきます。
さらに、いかなる紛争も力ではなく、国際法に基づき外交的に解決すべきである。私は法の支配の重要性を、国際社会に対して、繰り返し
訴えてきました。その上での万が一の備えです。そして、この備えこそが万が一を起こさないようにする大きな力になると考えます。
今回の閣議決定を踏まえ、関連法案の作成チームを立ち上げ、国民の命と平和な暮らしを守るため、直ちに作業を開始したいと考えてい
ます。十分な検討を行い、準備ができ次第、国会に法案を提出し、御審議いただきたいと考えています。
私たちの平和は、人から与えられるものではない。私たち自身で築き上げるほかに道はありません。私は、今後とも丁寧に説明を行いなが
ら、国民の皆様の理解を得る努力を続けてまいります。そして、国民の皆様とともに前に進んでいきたいと考えています。
私からは以上です。

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~参考資料~
平成26年7月1日 国家安全保障会議決定 【閣議決定】
国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備について
http://www.cas.go.jp/jp/gaiyou/jimu/pdf/anpohosei.pdf

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2014 年7月1日 時事ドットコムより

■安倍首相の念願成就=憲法改正に照準-集団的自衛権
集団的自衛権行使を可能とする憲法解釈変更は、安倍晋三首相にとって第1次政権以来の念願だった。第2次政権では経済優先の姿勢
を続けながら着々と布石を打ち、7年越しで成し遂げた。首相は今後、自衛隊の活動を裏付ける関連法整備に全力を挙げるとともに、宿願
である憲法改正に照準を合わせる考えだ。
「集団的自衛権(の行使容認)は明治維新と同じだ」。首相は、公明党が憲法解釈変更に慎重姿勢を崩していなかった頃、解釈変更の意義
をこう自民党幹部に強調していた。この幹部は首相の決意を「本気だ」と感じたという。
首相は1日の記者会見で「国民の命、平和な暮らしを守るため、様々な課題に目を背けずに正面から取り組む責任がある。その責任で閣議
決定した」と述べた。
首相は第1次政権でも憲法解釈変更を目指したが、「戦後レジームからの脱却」のスローガンの下、保守色の強い政策の実現を急ぎすぎた
ことが影響し、内閣支持率が急落。参院選大敗を受け退陣に追い込まれた。再起を果たした第2次政権ではデフレ脱却を最優先課題に
据え、当初はタカ派色を封印した。しかし、昨年夏の参院選で国会のねじれが解消されると、武器輸出3原則緩和など安全保障政策の
転換に次々とかじを切った。その集大成が集団的自衛権の行使容認だ。
従来の憲法解釈を下支えしてきた内閣法制局の組織に風穴を開けるため、行使容認に前向きな外務省出身の小松一郎氏(先月死去)
を長官に送り込み、行使容認賛成派を並べた有識者会議での検討も本格再開。首相自身も、外遊先で自らが掲げる「積極的平和主義」
を繰り返し説き、安倍政権の外交・安保政策への国際的な支持取り付けに努めた。
対公明党では、集団的自衛権の全面解禁ではなく「限定容認」を強調することで理解を求めた。閣議決定の時期を通常国会閉会後とし
たのは、公明党への根回しに時間をかけるためだったが、解釈変更の根幹部分は譲らなかった。
今回の閣議決定に関し、同党の北側一雄副代表は「解釈の見直しはこれが限界だ。基本的な論理を変えるなら、憲法改正しかない」と
指摘。自衛隊の役割をさらに広げるには、改憲を政治課題に乗せることが不可欠となる。
自民党は前回衆院選公約に、「国防軍」を創設する憲法改正を盛り込んだ。長期政権も視野に入れる首相は在任中の改憲実現に向け、
国民的な議論を深めていく方針だ。
だが、改憲の発議に必要な衆参各院の総議員の3分の2以上を確保する見通しは立っておらず、道のりは険しい。

安倍総理記者会見7月1日

■集団的自衛権の行使容認=憲法解釈変更を閣議決定-安保政策、歴史的転換
政府は1日午後、首相官邸で臨時閣議を開き、集団的自衛権の行使を容認するための憲法解釈変更を決定した。
自衛隊の海外での武力行使に道を開くもので、「専守防衛」を堅持してきた戦後日本の安全保障政策は歴史的転換点を迎えた。
憲法改正によらず、権利を保有していても行使できないとしてきた従来の政府解釈と正反対の結論を導き出した手法も含め、安倍政権
は説明責任を問われる。
安倍晋三首相は閣議決定を受けて記者会見し、集団的自衛権の行使容認の狙いについて「いかなる事態にあっても国民の命と平和な
暮らしは守り抜いていく」と説明。日米同盟が強化され、抑止力が高まるとして「戦争に巻き込まれる恐れは、一層なくなっていく」と述べ
た。政府内に法案作成チームを設置し、自衛隊法改正案など関連法案策定作業に直ちに着手する方針を明らかにした。
憲法解釈変更に関しては「現行憲法の基本的考え方は今回の閣議決定でも何ら変わらない。海外派兵は一般に許されないという従来
の原則も全く変わらない」と強調。「日本が戦後一貫して歩んできた、平和国家の歩みは変わることはない」とも語った。
一方、公明党の山口那津男代表は国会内で会見し、自民党との合意を経た閣議決定について「(行使に)厳格な歯止めをかけられた」
と評価。「国会審議を通じて、国民に趣旨を理解してもらえるよう説明を尽くしていく」と述べた。
閣議決定の核心は、自衛権発動の要件緩和だ。従来は「わが国に対する急迫不正の侵害の発生」としてきたが、「わが国と密接な関係
にある他国に対する武力攻撃」で、国民の権利が「根底から覆される明白な危険がある場合」は自衛権を発動できると改めた。他に適当
な手段がないことと、必要最小限度の実力行使にとどめることとした要件は維持した。
自衛権発動の根拠は、憲法が前文に「国民の平和的生存権」、13条に「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利」を定めたことに
求めた。これらを踏まえ、「9条が、わが国が自国の平和と安全を維持し、その存立を全うするために必要な自衛の措置を取ることを禁じ
ているとは到底解されない」との見解を打ち出し、1972年に示した政府見解の「自衛措置は必要最小限度の範囲内」との整合性は保っ
ていると主張した。
首相は閣議に先立ち、山口代表と与党党首会談を開催。自公両党幹部から協議の結果について報告を受け、合意を確認した。
国家安全保障会議(日本版NSC)の9大臣会合も開いた。

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2014 年7月1日 ウォール・ストリート・ジャーナル 【東京】より

安倍首相、安保政策の歴史的変更へ

日本の安倍晋三首相は1日、60年にわたって続いてきた日本の平和主義政策の歴史的変更を正式に発表する。
これにより、安倍氏が抱き続けてきた個人的な目標は実現するが、一方で有権者を遠ざける可能性もある。
安倍内閣は1日、日本を取り巻く安全保障環境が「根本的に変容」していると指摘して憲法解釈の変更を発表し、攻撃を受けている
同盟国を自衛隊が支援できるようにする。
日本政府はこれまで、米国が作った戦後憲法では、自衛のための限定的なケースを除いて軍事力を行使できないとしてきた。
憲法解釈を拡大して、いわゆる集団的自衛権を可能にすることで、日本は米国との同盟関係において、これまでより重い軍事的負担
を受け入れることになるだろう。
ウォール・ストリート・ジャーナルが入手した閣議決定案は、新しい憲法解釈によって自衛隊は「密接な関係にある他国」が攻撃された
場合に軍事力を行使できるとしている。
安倍氏とその側近は、これによって日本は自国が目標になっていなくても、例えば、北朝鮮がグアムなどの米軍基地に向けて弾道ミサ
イルを発射した場合、これを撃ち落とすことができると述べている。
閣議決定案は「日米安全保障体制の実効性を一層高め、日米同盟の抑止力を向上させることにより、武力紛争を未然に回避し、わが
国に脅威が及ぶことを防止することが必要不可欠である」としている。
オバマ大統領ら米国の当局者は、この解釈変更を是認している。日本戦略研究フォーラム(JFSS)の防衛研究者グラント・ニューシャム
氏は「米国はその時期が来たとみている」とし、「日本の影響力拡大は、米国の国防予算が縮小し、アジアでのプレゼンスを高めるよう
(米軍が)強く求められている時に大いに役立つ」と述べた。
しかし、世論調査ではこの問題での日本人の見方は割れている。日本の三つの新聞―日経、毎日、朝日―が過去1週間に行った調査
では、回答者の少なくとも半数が集団的自衛権の行使という考え方に反対し、賛成しているのは3分の1かそれ以下だ。
毎日新聞の調査では、解釈変更によって日本が他国の戦争に巻き込まれることを懸念する人は71%に上った。
この調査では、憲法改正をせず解釈の変更によって大転換を図る安倍氏の手法に、国民が不安を抱いていることが示された。回答者の
半分以上は、この政策変更は単なる閣議決定で行われるべきではないとし、目的達成のために受け入れ可能なやり方だとしているのは
30%以下だった。
安倍氏は2006―07年の第1次政権の時に軍事力の拡大を目指した。同氏は憲法を修正しようとしたが、リベラル派からの反対や国民
の不信感に直面し、1年後には退陣に追い込まれた。12年12月に復帰した際、安倍氏は憲法改正を容易にすることを提案したが、弾み
はつかななった。
安倍氏は、1947年に施行された憲法の文言を修正するという殆ど不可能な作業の代わりに、集団的自衛は憲法の再解釈によって実現
できると宣言する道を選んだ。これは、連立相手の公明党の反発を招いた。同党は解釈変更は早計であり、不必要だとしていた。しかし、
同党の執行部はここ数日の間に主張を後退させ、安倍氏の自民党とともに解釈変更を容認する用意のあることを示唆するようになった。
自民党は、集団的自衛権の発動には、新しい法律が議会で承認される必要があると指摘している。衆参両院で過半数を制し、16年まで
は国政選挙がないとみられることから、現政権は政策に広範な裁量を行使できる。
安倍政権の支持率は過去数週間にわずかに低下したが、依然として40―50%程度で、これまでの政権に比べれば高い水準だ。
しかし、不満は膨らんでいるとの見方もある。29日には、東京である男性が焼身自殺をしようとした。メディアやツイッターによると、この男
性はラウドスピーカーを使って集団的自衛権を批判する演説をし、その後にガソリンのようなものをかぶって、火を付けた。
テンプル大学現代アジア研究所のジェフ・キングストン所長は「このような大きな政策変更において世論に向き合わなかったことで安倍
氏は日本の憲法と民主主義を冷笑しているのだ」とし、「有権者が彼を選んだのはイデオロギー面での政策ではなく景気政策に期待した
からだ。景気が勢いを失えば、人々の忍耐も限界に来るかもしれない」と語った。

(By Toko Sekiguchi)

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2014 年7月1日 ロイターより

安倍首相が抑止力強調、集団的自衛権の行使容認を閣議決定

政府は1日、集団的自衛権の行使を認める憲法解釈の変更を閣議決定した。日本への直接的な攻撃に対して最小限の武力行使しか
許されなかった自衛隊は、親密な他国が攻撃を受けた場合でも、一定の条件を満たせば反撃可能になる。
安倍晋三首相は、抑止力の強化につながると強調。中国の軍事力増強など安全保障の環境が変化する中、日本は防衛戦略の幅が広
がる。一方で、条件に当てはまるかどうかは政権の判断に依存しており、武力行使の範囲が拡大する恐れがある。

自国防衛の縛りを強調
歴代政権は集団的自衛権について、国連憲章で権利を認められてはいるものの憲法が制約する必要最小限の武力行使に含まれない
との立場を取ってきた。しかし、地政学的な変化や技術革新の加速など日本を取り巻く安全保障の環境が変わったとして、必要最小限
の範囲に集団的自衛権が含まれるよう憲法解釈を変更することを決めた。
閣議決定文は、日本と密接な関係にある国が攻撃された場合、
1)日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由と幸福の追求権が根底から覆される明白な危険がある
2)日本の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がない
3)必要最小限の実力行使にとどまる
──の3条件を満たせば、集団的自衛権は「憲法上許容されると考えるべきであると判断するに至った」としている。 

安倍首相は閣議後に会見し、「現行の憲法解釈の基本的な考え方は、今回の閣議決定においても何ら変わることはない。海外派兵は
一般に許されないという従来からの原則もまったく変わらない」と説明。その上で「憲法が許すのはあくまで自衛の措置。外国の防衛
自体を目的とする武力行使は今後とも行わない」と語った。
政府は今後、3条件に照らしながら自衛隊を動かすための法整備を進める。特別チームを立ち上げ、同日から検討を開始する。
安倍首相は「外国を守るために日本が戦争に巻き込まれるという誤解があるが、それもありえない。むしろ万全の備えをすること自体が、
日本に戦争を仕掛けようとする企みをくじく」と述べた。

「万が一の外交カード」
安倍政権は国家安全保障会議の設置、武器の禁輸見直しなど、戦後日本の安保政策を変えつつあるが、集団的自衛権の容認は、自衛
隊創設以来の大きな転換になる。元外交官の宮家邦彦氏は「次元が変わる。今生きている世界が二次元だとしたら、三次元に突入する。
つまり世界標準の国になる」と話す。
集団的自衛権の行使容認で安倍政権が目指すのは、日米同盟、さらに米以外の友好国との関係強化。中国が台頭する一方、米国の力
の低下が指摘される中、自衛隊の役割を拡大して米軍の負担を減らすとともに、東南アジア諸国やオーストラリアなどとの防衛協力を進
めやすくする。
政府関係者として協議に携わる礒崎陽輔首相補佐官は「これは外交カード。万が一のときには助け合おうというカードを切ることで友達
の輪が広がる。これで日本の外交的な抑止力がより担保される」と語る。

政府が総合して判断
一方、自国防衛のための限定的な容認としながら、具体的に何が可能になるかは明確にされておらず、政権の解釈次第で行使の範囲
が拡大する可能性がある。
自民党と公明党は与党協議の中で、8つの具体的な事例を挙げ、集団的自衛権の行使が可能かどうかを検討してきたが、いずれも答え
は出ていない。政府が作成した集団的自衛権に関する想定問答集は、8つの事例について、3条件を満たせば「集団的自衛権の行使とし
ての武力行使が憲法上許容される」としている。また3条件に該当するかどうかは「政府が全ての情報を総合して客観的、合理的に判断
する」、実際に武力を行使するかどうかは「高度に政治的な判断」としている。
上智大学の中野晃一教授はかねてから「1つでも小さな穴が開けば、その後はたいした世論の反対もなく穴が大きくなる可能性がある」
と指摘。「すぐに全てを容認する必要はない、まず集団的自衛権の行使をできるようにする、という点が(限定的行使容認の)ポイントだ」
との見方を示している。
このほか政府は、武力攻撃には至っていないものの、主権が侵害される「グレーゾーン」事態への対応についても決定。離島防衛を念頭
に、自衛隊の派遣手続きを迅速にする。さらに国連平和維持活動(PKO)などでの武器使用基準を緩和、給油活動などの後方支援を拡
大することも決めた。

(久保信博、竹中清 編集:山川薫 田巻一彦)

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2014 年7月1日 J-CASTニュースより

集団的自衛権容認を閣議決定、世論は賛成?反対?
「国論」メディアによって大差、官房長官会見でも攻防


政府は7月1日夕方臨時閣議を開き、集団的自衛権の行使を容認する憲法解釈を閣議決定した。直後に安倍晋三首相は首相官邸で
会見し、閣議決定の正当性を強調した。だが、官邸のすぐ外では大規模なデモが繰り広げられ、国論は二分されたままで閣議決定に
踏み切った形だ。
実は「国論」を調べるための世論調査の結果も二分されており、ここ数日、官邸の会見場では世論調査のあり方をめぐる攻防が繰り
広げられていた。

◇朝日調査では「賛成28%、反対56%」、産経は「集団的自衛権 63%が容認」
集団的自衛権をめぐる世論調査は、調査を行うメディアの「社論」によって結果が大きく異なっているようだ。例えば行使容認に批判的
な朝日新聞が6月21日と22日に行った電話世論調査では、集団的自衛権について
「集団的自衛権とは、アメリカなど日本と密接な関係にある国が攻撃された時に、日本が攻撃されていなくても、日本への攻撃とみなし
て一緒に戦う権利のことです。これまで政府は憲法上、集団的自衛権を使うことはできないと解釈してきました。集団的自衛権を使える
ようにすることに、賛成ですか。反対ですか」と聞いている。その結果、賛成28%、反対56%だった。
いわゆる解釈改憲をめぐっては、「安倍首相は、国会の議論や国民の賛成を経て憲法を改正するのではなく、内閣の判断で政府の憲法
の解釈を変えて、集団的自衛権を使えるようにしようとしています。こうした安倍首相の進め方は適切だと思いますか。適切ではないと思
いますか」と聞いた。その結果「適切だ」という回答が17%で、「適切ではない」が67%だった。
こう見ると、世論は圧倒的に「容認反対」に見える。たが、行使容認に積極的な産経新聞とFNN(フジニュースネットワーク)が6月28日と
29日に行った世論調査では、対照的な結果が出ている。
この世論調査では、「同盟国の米国など日本と密接な関係にある国が武力攻撃を受けたとき、日本への攻撃とみなして一緒に反撃する
『集団的自衛権』について」という問いに対して、4つの選択肢から選ぶ方式。選択肢と回答は以下のとおりだった。
「全面的に使えるようにすべきだ」(11.1%)、 「必要最小限度で使えるようにすべきだ」(52.6%)
「使えるようにすべきではない」(33.3%)、 「他」(3.0%)
解釈改憲については、「前問で『使えるようにすべきだ』と回答した人に質問する。集団的自衛権を使えるようにする方法は」という問い
に続いて、やはり4つの選択肢を提示した。その結果は以下のとおりだ。
「必ずしも憲法改正の必要はなく、憲法解釈を変更すればよい」(22.8%)
「憲法改正が望ましいが、当面、憲法解釈の変更で対応すればよい」(48.0%)
「憲法解釈の変更は認められず、必ず憲法の改正が必要だ」(25.4%)
「他」(3.8%)
「必要最小限度」という選択肢の有無で、調査によって賛否の割合が大きく違って見える仕組みになっているとみられる。

◇産経「こうして国民の理解が進んでいることについてどう考えるか」
産経新聞は自社の調査結果について、7月1日朝刊の1面で「全面」と「必要最小限」を合計した数字にもとづき「集団的自衛権 63%が
容認」の見出しを掲げた。
6月30日午前の官房長官会見では、調査について産経新聞の記者が
「反対の論調が目立つ中で、こうして国民の理解が進んでいることについてどう考えるか」と政府を後押しする質問をし、
菅義偉官房長官が、「確かに反対の論調の中で、こうした国民の皆さんの世論調査があるということは大変ありがたい」と応じる一幕も
あった。
7月1日午前の会見でも、同様のやりとりが繰り返された。やはり産経新聞の記者が
「メディアによって賛否がかなりきれいに分かれた。このことについてどう考えているか。中には過激な報道も散見された。こうした報道に
はどう考えているか」 他社を間接的に批判しながら質問。
これに対して、菅官房長官は「質問の仕方によって国民の皆さんの答えが変わってくると思っている。少なくとも政府が今、基本的な考え
方の中で目指している限定的な集団的自衛権の行使、そうしたものについて『必要だ』ということを入れると、6割ぐらいの皆さんに、ご理
解いただけていると思う」と分析した。

◇記者からも「世論調査が恣意的に使われているのではないかという懸念」
こう見ていくと、メディア各社は世論調査を社論を補強するための道具に使っているとの指摘も出そうだ。
実際、6月30日の会見では、テレビ朝日の記者が
「端的に言えば、集団的自衛権に反対したいメディアは賛成か反対かで(選択肢を)分けて、『反対の方が多い』。賛成したいメディアは、
その(選択肢の)間に『限定』と入れて『賛成の方が多い』。世論調査が、恣意的に使われているのではないかという懸念もある」
と質問している。菅官房長官は、「政府としてコメントすることは控えたいと思う」と苦笑いしていた。

7月1日夕方の会見では、安倍首相は、「米国が(日本人を)救助、輸送しているとき、日本近海において攻撃を受けるかもしれない。我が
国自身への攻撃ではない。しかしそれでも、日本人の命を守るため自衛隊が米国の船を守る。それをできるようにするのが、今回の閣議
決定」 「万全の備えをすることこそが、日本に戦争をしかけようとする企みをくじく、大きな力を持っている。これが抑止力」
などと、5月15日に使用したパネルを再び持ち出して閣議決定の正当性を強調。
だが、自民党の村上誠一郎元行政改革担当相は、同日朝に行われた総務会で閣議決定に反対意見を述べるなど、足元ですら完全には
まとまっていない状況だ。同日19時時点でも官邸前では大規模なデモが続いており、反対意見が目立つ形になっている。

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2014 年7月1日 世界日報より

集団的自衛権に賛否2択、「限定容認」加えた3択で変わる各紙調査

◇読売調査結果の衝撃
新聞の世論調査で衝撃を与えたのは、何といっても6月2日付の読売だろう。
集団的自衛権行使の憲法解釈の見直しについて政府が与党協議で示した15事例のうち、5事例をそのまま世論調査で問うたからだ。
他紙にはない。
結果は、紛争中の外国から避難する邦人を乗せた米輸送艦を自衛隊が守れるようにすることに「賛成」との回答が75%、国際的な機雷
掃海活動への参加に「賛成」が74%もあった。米艦護衛については、公明党の支持層でも8割弱が賛成していた。
読売によれば、この世論調査を起点に公明党も容認に傾くようになったという。我田引水の感がしないでもないが、インパクトを与えたの
は間違いない。なにせ、朝日などは行使反対が多数派と声高に叫んできた。それを読売は見事にひっくり返した。
5月の世論調査で「行使反対が多数派」と報じたのは、毎日と日経、朝日の3社である。
毎日は賛成39%、反対54%(19日付)、日経は賛成29%、反対51%(26日付)、朝日は賛成29%、反対55%(26日付)。
いずれも集団的自衛権の行使を「賛成」「反対」の2択で聞いている(ちなみに本紙も時事通信社の2択の世論調査で、賛成37%、反対
50%と報じた=17日付)。
これに対して読売と産経は2択ではなく「限定容認」を加えた3択で聞いている。
読売では全面行使賛成8%、必要最小限の容認賛成63%、行使反対25%で、容認派が70%を超えた。
産経も同様に10.5%、59.4%、28.1%で、ほぼ70%が容認派だった(29日付=いずれも5月)。

◇3択で毎日賛成多数
こうした世論調査(4、5月分)について毎日の世論調査室の大隈慎吾氏は、各社結果の矛盾は政府の説明不足を反映しているもので
「国民は決めかねている」としている(集団的自衛権と世論調査=「記者の目」6月26日付)。
その中で、毎日は4月の世論調査では3択で質問し(結果は全面容認12%、限定容認44%、反対38%で容認派が過半数=4月21日付)
、5月調査では2択に戻したことに触れ、「『限定的』の内容が政府・自民党内でさえ固まっておらず、国民が確固たる意見形成をできてい
ないにもかかわらず、『行使容認多数』が独り歩きして『限定的』の内容の議論が深まらないことを懸念したからだ」と弁明している。
が、これは詭弁と言うほかあるまい。安倍晋三首相が記者会見で「限定容認」の15事例をパネルで示したのは5月15日のことだ。
毎日の世論調査はその直後の同17、18日に行っており、前掲の読売のように「限定的」の中身の賛否を問うこともできたはずだ。
それにもかかわらず、毎日はなぜか2択で聞いている。おそらく、「限定容認」が多数派を占めるのを恐れ(現に4月の調査がそうだった)、
あえて2択にしたのだろう。まさに世論誘導である。
つまり各社結果の矛盾は、当初は政府の説明不足もあったであろうが、安倍首相の会見後の矛盾は、2択で質問する毎日の説明不足の
たまものなのである。この姿勢を毎日は変えようとせず、29日付の世論調査でも2択で問い、「反対58%」と報じている。

◇反対多いと世論誘導
さすがに限定容認を問わざるを得なかったようで、2択で聞いた後、政府の限定容認について「全面的に行使」「限定内容にとどめる」
「行使すべきでない」の3択で聞き、その結果は7%、41%、43%だった。つまり行使容認派が合わせて48%と反対派を上回っている。
ところが、毎日は行使すべきではないが43%で「最も多く」と記し、あたかも反対派が多いかのように報じ、ここでも詭弁を弄している。
大隈氏は「国民は決めかねている」と言うが、そうではなく、毎日が決めかねているかのように装っているにすぎない。事ほどさように毎日
の世論誘導はずる賢い。
が、朝日はそれに輪を掛け、3択で聞くことは一度もなく2択を続け、24日付の世論調査では行使容認に賛成28%、反対56%としている。
集団的自衛権の定義も相変わらず「一緒に戦う」と、「戦う」を強調し「自衛」を葬っている。
「戦争のできる国」といったプロパガンダに余念のない朝日は、もはや一般紙とは呼べない。無論、こういう新聞の世論調査は読むに値し
ない。
 (増 記代司)


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集団的自衛権行使=戦争というプロパガンダ

6月18日の人民朝日の記事によれば、“集団的自衛権の閣議決定に反対する人たちが17日、全国で声をあげた”そうです。さらに記事は
“戦争体験者がいた。法律の専門家がいた。初めて参加した母親もいた。(略)危機感を持つ市民たちが声を強めている”“各地で共通し
ているのは、政権の考え一つで憲法が骨抜きにされる国のありようと、崖っぷちに立たされた「平和主義」への危機感だ”と続き、参加者
の訴えを紹介しています。日比谷野外音楽堂に約5千人が集まり、「9条こわすな」「戦争反対」と書いた紙を掲げたとのことです。

「集団的自衛権の行使=戦争」という、朝日・毎日のプロパガンダに煽動された民衆の愚かな行為としか思えませんが、彼らの世界には
他国からの侵略という脅威は存在しないのでしょうか・・・。
いかに我が国が平和主義を主張したところで、他国による「急迫不正の侵害」が起こらないという保証は無いのです。想定外では済まな
いのです。その状況下に置かれたとき、彼等はどうするつもりなのでしょうか?
批判し反対するのは言論の自由です。しかし、「解釈改憲は認めない」とか「9条を守れ」などという宗教論ではなく、国家・国民をどうや
って守るのかという具体策を明示すべきでしょう。それもせずに空想的観念論を振りかざすだけの批判は、何の説得力もありません。
また、集団的自衛権行使に反対する、反日マスコミや左翼勢力、反日リベラル派文化人達が「立憲主義に反する」と主張して、安倍政権
を糾弾していますが、これっておかしくないですか?これまでの経緯の中で、安倍政権が憲法を無視し、憲法の規定に沿わない違法行為
を何かやっていますか?もし有るのなら、具体的に指摘して欲しいものです。
現在、安倍政権が進めているのは、安保法制懇から提出された報告書をもとに政府与党内で協議し、その結果を立案化したうえで閣議
決定をしようというものです。これは、国家権力の三権分立の一機関である行政府が、「こういう憲法解釈をします」と決めるだけです。
さらに言うなら、閣議決定しただけでは何もできません。関連する国内法を整備し、国会(立法府)の審議をへて、可決成立させる必要が
あります。仮に、関連法が成立したとしても最高裁で「違憲判決」が出されれば、法的に無効になってしまいます。
この流れのいったい何処が「立憲主義に反する」というのでしょうか・・・。私には理解できません。
安倍政権打倒を目論む反対派は、「集団的自衛権行使」ばかりを取り上げてネガティブキャンペーンを繰り返していますが、安保法制懇
から提出された報告書を真面目に読んだことがあるのでしょうか?
一般大衆の一人である私が報告書を読んでみて分かるのは、その要旨は「安全保障の法的基盤の再構築」をどうすべきか、という内容
だということです。これに基づいて大きく①憲法解釈の現状と問題点、②あるべき憲法解釈、③国内法制の在り方 ― というようにまとめ
られています。「集団的自衛権行使」は、その中のほんの一項目に過ぎないのです。
現在の世界情勢において、日本の領土・領海を、国民の生活と安全を「急迫不正の侵害」から守るには、何をどうすべきかという提案が
示されているのです。

私はごく普通の庶民で若くもありませんが、『教育勅語』のなかにある「一旦緩急アレバ義勇公ニ奉ジ」という精神を大切しています。
愛する家族、友人が、郷土が危機に晒されそうになったとき、何をすべきかを、この一文が教示してくれていると思っているからです。
我が愛する日本が、チベットやウィグルのように独裁国家に蹂躙されるのを、黙って受け入れることなど絶対に出来ないのです。

~参考~
「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」報告書 (PDF)
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/anzenhosyou2/dai7/houkoku.pdf

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平成26年6月17日 産経新聞 【正論】より

集団的自衛権行使は「戦争」に非ず

大江健三郎氏らが中心の「九条の会」は先日、発足10年の集会を開いた。同氏は折からの集団的自衛権行使問題に触れ、報道によれ
ば、「戦争の準備をすれば戦争に近づいていく」と語った。その2日後、同氏も加わる「戦争をさせない1000人委員会」が175万筆の集団
的自衛権行使反対の署名を国会に提出した由である。いずれも、集団的自衛権の行使とはすなわち戦争をすることだと捉えているらしい。

◇意図的に使う大江氏と朝日
5月15日、第2次「安保法制懇(安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会)」が、報告書を安倍晋三首相に提出した。
翌日付の朝日新聞は、「集団的自衛権 戦争に必要最小限はない」と題する6段ぶち抜きの長大社説を掲げ、いみじくも「自衛権の行使
=戦争」なる中見出しを打った。これまた、集団的自衛権の行使イコール戦争だと捉えている。
馬鹿も休み休み言うがよい。大江氏は高名な作家だし、朝日はインテリ紙なのだろう。だから、用語には人一倍うるさいだろうと思ってきた。
今でもそう思っている。
その両者が「戦争」を連呼するのはなぜか。思うに2種の解釈があり得る。(1)無知から出た用語間違い(2)策略による用語選択。
(1)だと見ては失礼だろう。大江氏も朝日も、間違い御免の床屋政談をやっているわけではあるまいから。
だとすれば、(2)になる。両者は不適切な用語を意図的に反復使用し、聞き手、読み手を自分の思う方向へ誘導しようとしている。
巷間、そういう行為を煽動と呼ぶ。
「安保法制懇」報告を読んで、集団的自衛権行使の容認とは戦争準備のことだと説明するのは無茶だ。どこをどう読んだら、そんな説が
成り立つのか。同報告は憲法解釈をめぐり息苦しいまでに理詰めの文書で、感情が立ち入る余地は皆無である。
それも道理、集団的自衛権は国連憲章抜きでは議論できず、わが国の現行政府解釈、すなわち「国際法上は保有、だが憲法上は行使不
可」もまさにその線上での議論である。ともに感情を抑えて砂を噛む思いに耐える覚悟なしでは理解できない。
 
◇国民の説得と煽動とは違う
日本国憲法は「戦争の放棄」を謳(うた)う。これは「戦争の違法化」を法典化した国連憲章と整合関係にある。その憲章第51条が全国家
に「個別的、集団的自衛の固有の権利」を認めている。 むろん、「戦争の権利」ではない。
大江流、朝日流の「それは戦争する権利だ」説を聴けば、世界中にブーイングが起きること間違いなしだ。朝日も大江氏も「井の中の蛙」
の議論をやっている。大海には目を閉ざしている。なぜか。その方が大衆煽動には都合がよいからだ。が、それは国民説得の道ではない。
煽動と説得とは大違いで、説得に煽動は不要。 地味でよい。 一言補うと、戦争という言葉は情況説明のために日常、しばしば使われる。
私だって使う。 が、こと自衛権の法理、文理的説明のためには、この用語を使ってはならない。 この点、肝に銘ずべきだ。
私は自分の経験から集団的自衛権について有権者の99%は理解ゼロだと考える。有権者1億400万強の1%は104万強だが、この抽象
的概念を曲がりなりにも説明できる人数はそれ以下だ。99%の有権者にとり、それは正体不明の〈妖怪〉なのだ。

◇現代日本版〈妖怪〉が彷徨
そう、19世紀中葉にカール・マルクスが「共産主義という妖怪が欧州を彷徨している」と言ったが、集団的自衛権は、それに似た現代日本
版〈妖怪〉なのだ。賢人たちが、その行使は戦争に繋がるとおっしゃる。 おお怖い-。 とはいえ、日本の有権者だけが無知なのではない。
国民の99%が、この〈妖怪〉の理解度ゼロなのは他国でも同じこと。違いは、他国はそれで一向に困らないのに、わが国だけがこの抽象
的概念を理解するよう求められている点だ。他国では国連憲章第51条の集団的自衛権はすべての国が保有し、行使できると理解されて
いて、ゆえに国民的議論は不要である。わが国だけが負うべき宿命と言おう。
「消費税8%への引き上げ」とか「一票の格差」とかの問題だと国民は理解できるし、賛否も言える。ところが、集団的自衛権問題で、その
行使の是非を問われると、国民は理解ゼロの問題だけに答えに迷う。
すると、「妖怪が彷徨すると戦争なのだぞ」という賢者のご託宣が聞こえる。大衆は「そうかもしれないな」と思う。
他方、「戦争だぞ」と脅さず、かくかくしかじかの具体的ケースで集団的自衛権による「反撃」には賛成ですか反対ですか、と世論調査する
と、賛成多数となる。世論は揺れている。世論獲得戦はなお熾烈化する。我田引水型の世論調査も横行する。
煽動派には、メガホンと国会周辺という舞台装置は不可欠らしい。逆に説得派にとり、それらは不用、むしろ有害である。有権者の情動化
が目的ではないからだ。分かりにくいことを、諄々(じゅんじゅん)と説き続ける持続心が必要とされる。

(防衛大学校名誉教授・佐瀬昌盛)

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6月16日 PHP Biz Online 衆知(Voice) より

集団的自衛権は「正当防衛」だ

■日本の国際的責任はどこへ ―他国の安全に思いが至らない日本人の恥ずかしさ―

◇法律に関する常識を知らない
安倍晋三総理は、5月15日に有識者懇談会(安保法制懇)から提出された報告書を踏まえて、政府としての検討の進め方の基本的
方向性を示した。この方針に対して、護憲派のマスコミは反発している。
『毎日新聞』は、16日付の社説で「集団的自衛権 根拠なき憲法の破壊だ」としている。また『朝日新聞』は5月3日付社説で日本近
海での米艦防護を例に挙げ、「個別的自衛権や警察権で対応できる」「ことさら集団的自衛権という憲法の問題にしなくても、解決で
きるということだ。日本の個別的自衛権を認めたに過ぎない砂川判決を、ねじ曲げて援用する必要もない」と記した。
だが、「個別的」「集団的」の違いを言挙げして自衛権の問題を論じているのはこの日本だけである。前記の社説をもし英訳して海外
に配信したら、世界中の笑い物になるだろう。 なぜか---。 根本的に、法律に関する国際常識を知らないからだ。
その常識とは何か。欧米において自衛権が、刑法にある「正当防衛」との類推(アナロジー)で語られているということである。
実際に以下、日本の刑法で正当防衛を定めた条文を見てみよう。

……………………………………………………………………………………………………………・
第36条
1、急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
2、防衛の程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。

……………………………………………………………………………………………………………・

正当防衛の条文であるにもかかわらず、「他人の権利を防衛する」という箇所があるのに驚かれた読者がいるかもしれない。
しかし、これが社会の常識というものである。
自分を取り巻く近しい友人や知人、同僚が「急迫不正の侵害」に遭っていたら、できるかぎり助けてあげよう、と思うのが人間である。
そうでない人は非常識な人と見なされ、世間から疎まれるだけである。少なくとも建前としてはそうだ。もちろん実際の場合には、「他人」
と「自己」との関係、本人がどこまでできるかどうか、などで助けられる場合も、そうでない場合もあるが。国際社会の論理も、何ら変わら
ない。「自己」や「他人」を「自国」「他国」と言い換えれば、つまるところ国際社会では「急迫不正の侵害に対して、自国又は他国の権利
を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない」。
そのまま自衛権の解釈として成立することがわかるだろう。英語でいえば、自衛権も正当防衛も同じ言葉(self-defense)である。
繰り返すが、正当防衛をめぐる条文は、万国問わず「自己または他人」への適用が原則である。
したがって、自衛権の定義において「個別的か集団的か」という問いが国際的に通じないことはもはや明らかであろう。
冒頭に引用した社説のような「個別的自衛権や警察権で対応できる」という意見は、他国が攻撃されても自国が攻撃されたと見なして
個別的自衛権で対応できるので、集団的自衛権は不要という意味だ。一見もっともらしいが、国際社会では通じない。
というのは、正当防衛でも、「他人」の権利侵害を防ぐために行なう行為を、「自己」の権利侵害と見なす、と定義するからだ。
つまり、他国への攻撃を自国への攻撃と見なして行なうことを、集団的自衛権と定義するのであるから、冒頭の社説を英訳すれば集団
的自衛権の必要性を認めているという文章になってしまう。
そのあとで、集団的自衛権を認めないと明記すれば「私は自分の身しか守らない。隣で女性が暴漢に襲われていようと、警官がいなけ
れば見て見ぬふりをして放置します」と天下に宣言しているのと同じである。いくら自分勝手な人間でも世間の手前、上のような発言は
表立っては控えるのが節度であろう。よく恥ずかしげもなく、とは思うが、しかし戦後の日本政府は、無言のうちにこの社説と同じ態度を
海外に示しつづけていたと思うと、憲法前文にある「国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ」を恥ずかしく思ってしまう。
ついでにいえば、憲法前文で「いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」とも書かれている。個別的自衛
権のみを主張するのは、この理念からも反している。
集団的自衛権の反対論者がいう「巻き込まれ論」は、国際的に日本だけが「見て見ぬふり」を公言していることになるのをわかっていな
い。地球の裏側まで行くのか、という議論も極論である。正当防衛論から見れば、「緊迫性」「必要性」「相当性」が求められているので、
地球の裏側というのは、そうした要件に該当するものとはなりにくいから、極論といえるわけだ。

◇内閣法制局の掌握事項ではない
このように正当防衛とのアナロジーで見ると、自衛権に対する批判は利己的なものであり、論理的にも、倫理的にも破綻していることが
わかる。もちろん正当防衛と同じように、国際法のなかでは自衛権の行使にあたって歯止めとなる条件が存在する。
正当防衛の条文が示している「緊迫性」があることに加えて、その防衛行為がやむをえないといえるために、「必要性」と同時に、限度内
のものである「相当性」が求められている。防衛の範囲を超えた攻撃、すなわち「過剰防衛」になってはいけない。さらに、他国の「要請」
があることが条件となる。
民家で襲われている人が隣人の助けを拒否するとは考えにくいが、それでも最低必要限度にしなければならない。
国内法や国際法は、それ自体で漫然と存在しているわけではない。互いに厳密な整合性と連関をもっている。
個人の正当防衛が認められるにもかかわらず、国家の自衛権が認められないとすれば、日本の刑法36条が憲法違反ということになって
しまう。国内法における個人の正当防衛という延長線上に、国際法における国家の自衛権がある。この当たり前の常識を理解している人
が日本ではきわめて少ない。
加えて日本特有の事情として、内閣法制局という政府の一部局にすぎない組織が権威をもっている点が挙げられる。
内閣法制局の役割は総理に意見具申をするところまでであって、「集団的自衛権をめぐる憲法解釈の変更」などという大それた権限を掌
握できるポストではないのだ。
ところが、東大法学部出身の霞が関官僚が、あたかも自らを立法(国会)と司法(裁判所)の上位に立つかのように、法案づくりと国会の
通過、さらに法律の解釈に至るまで関与しようとする。そのこと自体が異常な現象なのである。
にもかかわらず、霞が関官僚の仕事ぶりの基本は「庭先掃除」だから、国内を向いた仕事しかできない。
自衛権や正当防衛の国際的理解などは一顧だにせず、ひたすら立法府を形骸化させている。官僚は、表向き立法を司る国会を否定はで
きないので、内閣に法案を持ち込んで閣法(内閣提案立法)をつくらせ、実質的に立法府の権限を簒奪していく。
これは国会議員が仕事をしないからで、議員立法をしない政治家の怠慢が問題である。

■総理の危機意識を共有すべき

◇「9条にノーベル平和賞」はない
もう1つ、自衛権の行使容認に反対する人が決まって口にするのが「憲法9条の護持」である。
護憲の主張はおろか、近年では「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会なる組織が活動を行なっているという。
国会議員の福島瑞穂氏はこの運動に賛同して、憲法9条に対する「推薦文」をノルウェーのオスロにあるノーベル平和賞委員会宛てに
送付した。

………………………………………………………………………………………………………………………………
〈推薦文の概要〉(プログ「福島みずほのどきどき日記」2014年4月18日より、字間の空白は引用ママ)

ノルウェー・ノーベル委員会 御中

 日本国憲法は前文からはじまり 特に第9条により 徹底した戦争の放棄を定めた国際平和主義の憲法です。
特に第9条は、戦後、日本国が戦争をできないように日本国政府に歯止めをかける大切な働きをしています。
そして、この日本国憲法第9条の存在は、日本のみならず世界平和実現の希望です。しかし、今、この日本国憲法が
改憲の危機にさらされています。
世界各国に平和憲法を広めるために、どうか、この尊い平和主義の日本国憲法、特に第9条を今まで保持している
日本国民にノーベル平和賞を授与してください。

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国際常識を知る者から見れば、冒頭の社説と同様、顔から火が出るほど恥ずかしい文章である。なぜなら9条にある戦争放棄は、べつに
日本の憲法だけにある規定ではないからだ。次の表は、日本との比較で韓国、フィリピン、ドイツ、イタリアの戦争放棄をめぐる条文を記し
たものである。一見して、日本国憲法9条の戦争放棄に相当する条文が他国の憲法に盛り込まれていることがわかる。
とくにフィリピンの憲法には「国家政策の手段としての戦争を放棄」とはっきり書いてある。「憲法9条にノーベル平和賞を」授与しなけれ
ばならないとしたら、フィリピンにもあげなければならない。
希少性のないものを顕彰する理由はないので、日本の憲法9条にノーベル平和賞が授与されることは、世界で現行の憲法が続くかぎり
永遠にない。
このように少し調べればでたらめとわかる話で、憲法改正に反対したいためにノーベル賞まで持ち出す意味を筆者は理解しかねる。


<日韓比独伊の憲法比較>

【日 本】
第9条
(1)日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、
国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
(2)前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

【韓 国】
第5条
(1)大韓民国は、国際平和の維持に努力し、侵略的戦争を否認する。
(2)国軍は、国の安全保障と国土防衛の神聖な義務を遂行することを使命とし、その政治的中立性は遵守される。

【フィリピン】
第2条
(2)フィリピンは国家政策の手段としての戦争を放棄し、そして一般に認められた国際法の原則をわが国の法の一部分として採用し、
すべての諸国との平和、平等、正義、自由、協力、そして友好を政策として堅持する。

【ドイツ】
第26条
(1)諸国民の平和的共存を阻害するおそれがあり、かつこのような意図でなされた行為、とくに侵略戦争の遂行を準備する行為は、
違憲である。これらの行為は処罰される。
(2)戦争遂行のための武器は、連邦政府の許可があるときにのみ、製造し、運搬し、および取引することができる。詳細は、連邦法で
定める。

【イタリア】
第11条
イタリアは他の人民の自由を侵害する方法としての戦争を否認する。
イタリアは、他国と等しい条件の下で、各国のあいだに平和と正義を確保する制度に必要な主権の制限に同意する。
イタリアは、この目的をめざす国際組織を推進し、支援する。

(出所:https://www.constituteproject.org/ http://www.ioc.u-tokyo.ac.jp/~worIdjpn/)


◇なぜ日米は同盟を結んでいるか
筆者がプリンストン大学で勉強したのは経済学ではなく、国際関係論である。
マイケル・ドイル(プリンストン大学助教授、現在はコロンビア大学教授)という国際政治学者が私の先生で、カントの『永遠平和のため
に』を下敷きにDemocratic Peace Theoryを提唱した人物である。「成熟した民主主義国のあいだでは戦争は起こらない」という理論
で、たしかに第二次世界大戦後の世界を見れば朝鮮戦争やベトナム戦争、湾岸戦争やイラク戦争など2国間ないし多国間で戦争が起
きる場合、いずれかの国が軍事政権あるいは独裁政権であった。イギリスとアルゼンチンとの間で生じたフォークランド紛争でも、アルゼ
ンチンは独裁政権だった。
ドイル先生のいうように、民主主義国の価値観や手続きのなかで戦争が勃発する事態は現代の世界において考えづらい。
彼の理論を日本と中国に当てはめれば、日本は民主主義国家だが、共産党一党独裁国家の中国はそうではない。
この一点を見れば、なぜ日本とアメリカが共に民主主義国として同盟を結んでいるのか、根本的な理由を知ることができる。
私がドイル先生に国際政治学を学んでいた1998年当時から、日本の平和憲法は特別ではないという点、自衛権の行使を妨げる議論が
おかしいことは聞いていた。たいへん説得力のある話で、日本で巷間いわれる平和論が、いかに論理を欠いているかを理解することがで
きた。たとえば国際法をわずかでも勉強すると、集団的自衛権が国連憲章51条に規定されていることに気付く。
「国際連合加盟国に対して武力攻撃が発生した場合には、安全保障理事会が国際の平和及び安全の維持に必要な措置をとるまでの間
、個別的又は集団的自衛の固有の権利を害するものではない」。
つまり武力攻撃に対しては最終的には国連の安保理によって解決するのが最も望ましいが、それに至る過程でその国が占領支配されな
いように、(個別的・集団的の別を問わず)自衛権で対処するという発想である。
もちろん安保理が機能して対応を図るのが最善だが、そうならない局面も現実には起こりうる。
場合によっては、中国のような安保理の常任理事国が紛争当事者となり、拒否権を発動するケースも考えられる。
実際に2014年3月、常任理事国であるロシアがクリミアをロシアに併合した際、国連は何もできなかった。
万が一、日本が他国からの武力攻撃を受けた際は当面、自衛権でしのぎ、安保理に報告を行ないつつ最終的な解決に結び付けるという
のが最も現実的な選択である。その際、日本一国で中国のような軍事国家の侵攻に持ちこたえられるか、という問題が生じる。
だからこそ、日本は他国と「正当防衛」を共に行なえる関係を構築すべきだ。
具体的に筆者が提唱するのは、NATO(北大西洋条約機構)のアジア版である。ウクライナがクリミア侵攻を許したのは、ひとえにNATOに
加盟していなかったからだ。NATO自体がいわば集団的自衛権の固まりのようなものであり、わが国も安保理の措置が機能しなかった際
に、日米の2国間同盟だけでは対処しきれない事態が発生することを想定する必要がある。
2014年5月、中国がベトナムの排他的経済水域(EEZ)を公然と侵し、石油掘削作業を進めようとしてベトナムと衝突した。
南シナ海では中国に加えて台湾、ベトナム、フィリピン、マレーシア、ブルネイが領有権を主張している。
2002年にASEAN(東南アジア諸国連合)が中国と結んだ自制と協調をめざす行動宣言はあっさり無視され、ベトナムが面と向かって中
国と対峙せざるをえない状況が生まれた。
中国の台頭と膨張により、南シナ海における中沙諸島・西沙諸島・南沙諸島と同じ領土危機が、日本の尖閣諸島に起こりうる事態はいっ
そう切実なものになっている。いま安倍総理が感じている危機意識と「緊迫性」をわれわれも共有すべきではないか。

高橋洋一(たかはし・よういち) 嘉悦大学教授
1955年、東京生まれ。1980年、大蔵省(現財務省)入省、理財局資金企画室長、内閣参事官などを歴任。
小泉内閣、第一次安倍内閣で「改革の司令塔」として活確。2008年・山本七平賞受賞。
近著に、『消費税でどうなる?日本経済の真相【2014年度版】』(KADOKAWA/中経出版)がある。

(『Voice』2014年7月号より)

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2014年6月18日 朝日新聞デジタルより

■今、声をあげる 各地でデモ・集会 集団的自衛権

集団的自衛権の閣議決定に反対する人たちが17日、全国で声をあげた。東京都千代田区の日比谷野外音楽堂では約5千人
(主催者発表)が「9条こわすな」「戦争反対」と書いた紙を掲げた。東京都新宿区の公明党本部前にも40人余りが集まり、
「公明党はしっかり」と声をあげた。大阪や名古屋でもデモや集会があった。

6月18日朝日01

■平和憲法崖っぷち 各地でデモ・集会・人の鎖

戦争体験者がいた。法律の専門家がいた。初めて参加した母親もいた。安倍政権が目指す集団的自衛権の行使容認に反対して
17日、各地であったデモや集会。「解釈改憲にNO」「戦争をする国に反対」。危機感を持つ市民たちが声を強めている。
横浜市では、横浜弁護士会の呼びかけに応じた約200人が、風船を配りながら「憲法9条をどう読んでも、戦争参加を許すとは書
いていない」と訴えて、繁華街を練り歩いた。会として街頭行進をするのは、国家秘密法の反対デモをして以来、二十数年ぶりという。
金沢市では、行使容認の賛否を問うシール投票が11日から続いている。
各地で共通しているのは政権の考え一つで憲法が骨抜きにされる国のありようと崖っぷちに立たされた「平和主義」への危機感だ。
大阪市の大阪YWCAで開かれた「けんぽうCafe(カフェ)」。ふだんはチラシなどで集まった女性たちが、お茶菓子を囲みながら憲法
について「ゆる~く、気軽に」考える集まりだが、17日の参加者は真剣そのものだった。ある女性は「閣議決定をされたら終わり、という
感じがする」。 まず自分が動かねば、という思いで、デモや集会に来た人も少なくなかった。
長野市の集会では、沖縄戦を体験した市内在住の親里千津子さん(82)が「一人の力は弱いが、団結して平和の道に貢献していきま
しょう」と訴えた。13歳の時、目の前で母や祖父を失った。「戦争も平和も人間がつくること。絶対に戦争に手を貸してはいけません」
東京都日野市の私大職員の男性(40)は、ツイッターの呼びかけに応じて日比谷野外音楽堂の集会に来た。「沈黙は服従なり、という
言葉もある。反対の意思表示をしたいと思った」
小学生の子どもが4人いる千葉県市川市の介護士、阿部智美さん(35)は初参加。「子どもたちが戦争に巻き込まれるかもしれないと
思ったら居ても立ってもいられなかった」と言う。
同じ集会に参加した千葉県館山市の元教師、田中良子さん(77)は「国家の犠牲になるのは一人ひとりの国民。平和の党である公明
党や支持者の皆さんには、日頃の生き方を貫いてほしい」。
公明党の国会議員全員に1日がかりで手書きのファクスを送り、「政権にいる立場で責任を果たしてほしい」と訴えたという。
東京都新宿区の公明党本部前での「人の鎖」を企画した杉原浩司さん(48)。「自民党にずるずると押され続けながらも、公明党はブ
レーキ役を果たしてきた。最後の命綱だと思う」


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